第四十四話「矛盾だらけのスカイピア」

 ■ □ ■

 隊長格達がそれぞれ戦闘を終わらせている一方、ウォルス達は階段を駆け下りて地下最深部へと向かっていった。
 最初はアカービィを追っていたものの天使達の妨害やアカービィ自身速すぎた事もあって見失ってしまい、これ以上は追跡不可能と判断して目的を最優先の「レッドラム救出」に変更。ウォルスが探索魔法でレッドラムを包んでいる水晶と同じ反応がスカイピアの地下最深部を示した為、急遽そちらに向かう事にした。
 人相手だと探索魔法も少々ブレが出るものの、建物内部だけならばすぐに把握は出来る。どんなにも広かろうがややこしかろうが、ウォルスにとっては朝飯前だ。主に伝説クラスの方向音痴である自隊の隊長のおかげで。
 最短ルート且つ敵の反応が少ない道を選び、下り階段を見つけて降りていく最中、ローラースケートだってのに段差など無いかのように滑り降りていくエダムはウォルスに尋ねてしまう。

「そーいえばウォルスさん、大体場所を把握してるみたいですけど具体的に言うとどうなってるか分かります?」
「朝飯前だってヴぁよ! えーと、最初にオイラ達が来たのは地下一階。で、次に到着する階は地下三階。めんどくっせー事に水晶の反応は地下七階からだってヴぁよ」

 階段を下りて振り向きながら、ウォルスはエダムに答える。ご丁寧にやれやれポーズ付。
 それを聞いたエダムは思わず立ち止まり、驚きの声を上げてしまう。

「はぁ!? 地下七階!?」
「オリカビヘッドラインの画像でスカイピアの全貌は確認してたけど、やっぱりそれぐらい広いのか……」

 話を聞いていた豪鉄もあまりの階層に頭痛を感じてしまう。
 一方で翼を使って、パッと見て一番楽に階段を下りているカタストロがウォルスの隣に降り立つと向かいの扉から廊下に顔を出して周囲を見渡す。初めてここに来た時と変わらない作りの立派な廊下で、壁には数多くの蝋燭が立てられていて頼りなく揺らめきながらも明かりとなって地下を照らしている。
 階段の部屋は丁度右が突き当たりに位置しており、左に顔を向けると突き当たりに数名人がいるのが見えた。かなり距離が離れている為、細かいところが分からない。どいつもこいつも羽が生えている為、天使という事には間違いない。
 何か話し合っているようだが遠すぎて話し声は全く聞こえない。向こう側も同じなのか、侵入者である自分達には全く気づいていない。だがこの一方通行では戦闘は間違いなく免れないだろう。
 カタストロは見つかる前に引っ込み、階段の前に集まっている三人に伝える。

「おい、天使がいるぞ」
「ん、知ってる。えぇと六体か、ちょっと多いけど最初の三体に比べりゃずっと弱いから全部ただの一般兵っぽい。隊長無しでも十分ぶっ飛ばせるレベル」

 ウォルスは魔法陣も魔力も見せず、さらっと分析を口にした。
 何時の間にやったんだ、とカタストロとエダムが内心感心する隣で豪鉄も不思議に思っていたのか、ウォルスに尋ねる。

「魔法陣も出してないのに良く位置が分かるね。君、一階の時からずっとスカイピア全体の配置とか敵の配置とか、一瞬で出来ている。それに行動も何処か慣れてるみたいに俊敏だし。六番隊だからかい?」
「あー、六番隊っていうよりは隊長、いや、絶対的方向音痴女王に鍛えられただけだから。……あの人、よっっっぽど慣れた道じゃないと本城内部でも絶対道迷うから。サザンクロスタウンに行くつもりがタワー・クロックに辿りついちゃった人だから」

 そりゃ鍛えられるわ。
 ウォルスから絶対的方向音痴女王の迷子レベルを聞き、三人は彼の高度な探索魔法の理由に大いに納得した。
 三人が納得している一方、ウォルスは変わらぬテンションで話を本題に戻す。

「まっ、そんな事は今はどーでもいいってヴぁ。それよりもさっさと突入すっぞ!」

 そう言いながら豪鉄の手をつかみ、扉を勢い良く蹴破って大きな音を立てながら廊下に出た。
 突き当たりにいた天使の一般兵達が音に気づき、ウォルスと豪鉄に振り向くと一斉に翼を羽ばたかせて突撃してくる。
 ウォルスは廊下の中央に堂々と立ち、豪鉄をつかむ手に風の力を宿すと一歩前に出て迫ってくる天使たちを見据えながら徐々に豪鉄を持ち上げていく。その行為に豪鉄はウォルスの目的を察し、一気に顔が青ざめた。
 ウォルスは豪鉄に風を纏わせて勢い良くぶん投げた。

「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 その身を風に包まれたまま空中を凄まじい速度で飛んでいく豪鉄は丁度突撃してきた天使達の先頭にぶつかるものの、彼個人の勢いは止まらなかった為にボウリングのピンのように先頭から広がるように並んでいた天使達は連鎖するかのように弾き飛ばされていく。
 弾き飛ばされた天使達が天井や壁、床とぶつかり合っていく中、豪鉄は高速スピンしながら廊下の突き当たりに大の字でめりこんだ。あっという間の出来事だった。
 ぶん投げたウォルスはその場で軽くジャンプし、嬉しそうに笑ってガッツポーズする。

「おっしゃ、ストラーイク!」
「何をぬかしているんだ、お前は!!」
「あべしっ!?」

 すかさず出てきたカタストロに頭どつかれました。ウォルス、あまりの衝撃に床とごっちんこ。
 同じく出てきたエダムはスカウターモードにしたアーバルで遠くでめり込んでいる豪鉄をすかさずチェックし、まだくたばっていないかどうか確かめる。
 幸いな事に豪鉄本人が普通の人より硬いロボットだった為か、壁にめり込んでいるだけでたいした外傷は無いのがすぐに分かった。エダムはホッとする。

「ご、豪鉄さんがロボットで良かった……!」

 確かに普通の人だったら放送できない事態になっていただろうけど、心配する場面が何か違う気がする。
 三人は六人の天使達が豪鉄ストライクでのびている間に突き当たりまで移動し、壁にめり込んだ豪鉄の両足をつかみとり、カタストロは勢い良く引っ張って引きずり出す。
 その時。

「侵入者だ! Gに等しき侵入者が出たぞー!!」

 運悪く、廊下の奥にいた別の天使兵に発見されてしまった。
 天使兵の声に四人が振り向くと同時に廊下の空中に次々と穴が出現してそこから天使兵達が出現し、彼らの道を立ちふさがろうとしている真っ只中だった。
 出現した天使兵に対し、ウォルスは魔力を高め、エダムはアーバルをビームサーベルに変形させ、カタストロはカービィよりも一回り大きい巨大十字架を二つ出現させる。
 そして、地上の民と天空の民は同時に突撃を開始した。

「どけええええええええ!!!!」

 先頭を飛ぶのはカタストロ。十字架を持った両手を左右に伸ばし、台風のように回転しながら天使達を吹き飛ばしていく。
 廊下一杯に広がる竜巻の中で回転している巨大十字架に直撃して吹き飛ばされていく天使達。しかし横は確かに廊下一杯であるものの、彼女の上下は空きがある為に数名がそこをかいくぐって後方の三人目掛けて槍で突きにかかる。
 カタストロの後ろについていたウォルスが走りながら両手を前に出す。すると天使達の槍に不可思議な文字が浮かび上がり、主を巻き込んで爆発していく。
 爆発に耐え切れずぼたぼたと地面に落ちていく天使達だったが、一部しぶとく生き残っていた者達が能力を発動させようと一同の前に立ちふさがる。
 するとローラースケートを使い、壁を疾走しながらジャンプしたエダムがビームソードで大道芸の如く残っている天使達に一撃を与えて倒していく。
 カタストロが大半を崩し、打ち損なった一部をウォルスとエダムが倒していく形で進んでいく。尚、豪鉄は武器を持っていない為、最後尾で三人を必死に追いかけるのがやっとである。

「いくらカービィの防御力が低いからって飛ばしすぎじゃないか……?」

 豪鉄は走りながら呟いたその時、鈍器同士がぶつかり合った大きな鈍い音が前方から響いてきた。
 何が起きたんだと三人がカタストロに注目する。そこにあったのはカタストロが右手に持つ巨大十字架と同サイズの飴で防いでいる天使の姿だった。
 天使は大地に足をつけて踏ん張り、力を振り絞ってカタストロを押し飛ばすと子悪魔のような可愛らしくもちょっと憎たらしい笑顔で四人の前に立ちふさがる。

「こっから先は通行止め! 残念でしたぁ!!」

 頭にシンプルな王冠を被り、左目をハートマークのついた黒い眼帯で隠した桃色の天使は巨大飴を四人に突きつける。
 明らかにいまどきの女の子と言った感じの彼女に対し、何とか着地したカタストロは両手に持った巨大十字架を黙って構えるだけ。代わりにウォルスが問う。

「お前、誰だ? 見たところ、一般兵じゃなさそーだけど」

 天使はウォルスの態度を見てあからさまに嫌そうな表情を浮かべ、拒絶する態度で反論する。

「何であんた等なんかに名前を名乗らなきゃいけないわけぇ? 名前聞いたら素直にみーんな答えてくれるって思ってるなんてありえないし。もう超ウザくてたまんないわよ。シエル、そーゆーの大嫌い。そーいうのはジス様みたいな真面目な人相手にやんなさいよ」
「……名乗ってるじゃないですか」
「うわ、地上の民ってやっぱりゴキブリ並にひっど~い。自分のことを名前で呼んじゃいけないわけぇ? 堅苦しいにも程ありすぎるし、シエルに私とかあたしとかって似合わないから名前で呼んでるの! そんなのもわかんないってあんた達地上の連中は目がすっごい腐ってるってことじゃない。うーわー、考えただけできっつー! 殺虫剤何処においてたっけ?」

 エダムのさりげないツッコミに対し、天使のシエルは十倍の量で言い返す。しかもめちゃくちゃ失礼な事ばっか言いまくってる。
 明らかに相手を見下しまくっているシエルを見て、カタストロは声を低くして言い返す。

「あんまりふざけた事を口にするな」
「え、何で? 別にいーじゃない、シエルが何を言おうとシエルの勝手! あ、もしかして馬鹿にされた事に怒ってるの? うっそ、ちょーびっくり。あんた達にそんな知能があるなんて再発見~! シエル、歴史の新事実発見しちゃって感激~!!」

 次の瞬間、シエル目掛けて二つの巨大十字架が振り下ろされた。
 シエルは間一髪で後ろに引いて攻撃を避ける。哀れ、二つの巨大十字架を喰らった床はえぐれており、見るも無残な状態となっている。シエルが避けきらなかったらグロテスクな光景が広がっていただろう。
 巨大十字架を振り下ろした張本人は黙って目の前の天使を睨みつける。それを見たシエルは顔を歪ませ、不快そうに話しかける。

「……何さ、暴力で解決しようってわけ?」

 その声色は可愛らしい様子と打って変わり、とても低くて怒りがこもっているのが良く分かる。
 カタストロはそれに怯まず、何時もと変わらない音程だけれどもシエルと同じかそれ以上の怒りを乗せて挑発する。

「生憎と俺はお喋りじゃないんでな。それに……お前のような天使気取りのビッチが心底嫌いなんだよ」
「あら、奇遇ね。シエルもあんたみたいな何でもかんでも暴力に持っていく悪魔が世界一大嫌いなの」
「そうか」

 そして、二人は互いに口元に小さな笑みを浮かべた。
 次の瞬間、カタストロとシエルは互いの獲物を握り締めて目前の相手目掛けて飛びかかり、同時に武器を振り下ろす。
 二つの巨大十字架と巨大飴が押し合う。力に関しては両者共に均等だが先ほどと違って二つの十字架で押しているカタストロは力を込めてシエルを押していく。
 しかしシエルも負けていられない。

「ざっけんな! あんたみたいなゴキブリより醜い糞悪魔なんかみたいに負けてたまるもんか!!」

 シエルはカタストロに暴言を吐き、巨大飴の持ち手である棒から無数の棘を出現させてカタストロの顔面目掛けて発射していく。
 カタストロは棘が刺さる寸前で己の顔に十字架模様の仮面を出現させて貼り付け、攻撃を全て防いでいく。
 防がれた事にシエルが驚く隙にカタストロは一度十字架を引く。直後、全ての怒りをぶつけるかの如く全力を込めて巨大十字架でシエルを全力で床に叩きつけた。
 背中から強く強く叩きつけられたシエルが血反吐を吐くのもお構いなしで、カタストロは巨大十字架をめいいっぱい押し付けながら悪魔そのものと言った様子でこう言った。

「ぶりっこしてれば何を言っても良いというその精神、ぶち壊してやろう……!」

 間違いなく子供が泣き叫ぶ顔だった。それぐらい怖かった。
 空気的に見ているしか出来なかった男勢はというと、カタストロとシエルの異常なまでの敵対心を見て震えていた。

「こ、怖ぇ! 何であんなに怒ってるんだ、あいつ!?」
「相手の言動は確かにムカついたけど、あそこまでやる程……?」
「……多分アレじゃない? 生理的に絶対受け付けられないって感じの奴。生まれつきの犬猿の仲とか」
「言いたい事は分かる! 分かるんだけど!!」

 そんな会話をしていたら、煩いと言わんばかりにカタストロに振り向かれて睨みつかれて三人は固まった。
 シエルを押し潰そうとする力を全く緩める事無く、カタストロはその悪魔のような姿に相応しい声で末恐ろしい事を口にした。

「手は出すな。出したら……すりつぶすぞ?」

 何を!?
 三人はそう思ったけど、口にしたら実際にされそうなんでやめた。今の怒りに満ちたカタストロならばやりかねない。
 その時カタストロの力が緩んでしまったのか巨大十字架が二つとも押し返され、カタストロはバランスを崩してしまいその場に尻餅をついてしまう。
 どうにか押し返し、その場に立ち上がったシエルはカタストロに巨大飴を突きつけて心の底から怒鳴りつける。

「良くもやったわね、この男女悪魔! 決めた。あんたはクリスタル化させない。シエルが粉々に砕いてやる!!」
「その言葉、そっくりそのまま返してやろう!!」

 カタストロも立ち上がり、シエルに言い放つ。
 両者の姿は正しく対峙する龍と虎を連想させるぐらい恐ろしく、威圧感があった。
 その証拠に先ほどの突撃から復活して起き上がりだした天使兵達が恐れのあまり、死んだフリを始めている。新手と思われる天使兵達も駆けつけてきてはいるものの、あまりの気迫に動けなくなっている。
 一方で男どもを震えさせている女二名は互いの武器を捨て、拳を握り締めながら構えている。どうやら武器持ちでは拉致があかないと判断し、純粋な殴り合いに変えたようだ。
 どちらともに殺る気満々な表情をしており、男達は背筋にゾッと悪寒が走った。

「女、怖ぇ……!!」

 誰かが漏らした言葉に、男達は全員頷いた。


 ■ □ ■

 地下三階では恐ろしい女の戦いが始まっている一方、地下一階の五番隊主従はオルカと対峙していた。
 驚く事にオルカの目的、正確には否定の魔女一派の目的は突入チームと同じスカイピア討伐というもの。色々と衝撃的ではあるものの、オルカ自身に敵意が無い事から事実と受け止める事は出来る。
 そのように取ったコーダは警戒し続けるレイムを他所にオルカに確かめる。

「天使討伐……つまり、スカイピアはトレヴィーニが復活させたわけではないということですか?」
「あぁ。ノアメルトっていうロリゾンビ魔女が蘇らせたんだよ。これ知った時のトレヴィーニの荒れっぷりは半端無かったぜ? おかげで雑用ダイダロスが何匹かぶっ飛ばされてよ、キングが涙目」
「ダイダロスに雑用とかあんの!?」
「ある。というかほとんどそんなんばっかだぞ、ダイダロス。否定使えば食欲も消えるし、死んでるから疲れを感じないんで眠りもしねーし休みもしねー。キングはそいつ等のまとめ役だから体力削られるみてぇだけどな。まぁ、一種の中間管理職だ」

 うわ、地味にきついポジション。
 思わぬところで知らされたダイダロスの役目とそのまとめ役のキングが中間管理職という事実にレイムは内心同情した。
 オルカは百戦錬磨にもたれかかる体勢のまま、本題へと話を戻す。

「とりあえずどう動くかはお前等次第だ。俺等を信用せずに単独で動くも良し、今回だけ俺等と組んでスカイピアをぶっ潰すのも良し、ここで情報を殺してでも奪い取っても良し」

 その言葉を聞き、コーダは思考する。
 否定の魔女一派が大国の敵であることは明確である事実。しかしスカイピアと関係のある彼らが持つ情報はほしいところだし、手ごわい天使がこれ以上出てこられると体力が持つかどうかわからない。既に送った一般部隊がやられており、己等も分断している以上、ここで下手な敵対は避けるべきところ。向こうに殺意が無いならば尚更だ。不穏な動きを見せるようならば……戦えばいい。
 表情に出さず静かに決めたコーダはオルカに顔を向け、真剣な口調で尋ねる。

「そちら側の要望は?」
「天使討伐のお手伝いだな。どうにも人数が少ないし、それにこのスカイピア自体に面倒なものがかかっていやがる。トレヴィーニはサザンクロスタウンで準備中だから否定使って無効化は出来ねぇ。まぁ、ブチギレてるから仕事はさっさと済ませるだろうよ」
「準備? 仕事?」
「おっと喋りすぎたか。とにかくお前等次第だな、どうする?」
「……生憎と無駄に敵を増やすつもりはございませんよ」
「そうかい。そいつはよかった」

 オルカが不敵に笑い、コーダが小さく微笑む。それはこの場において交渉は成立されたという証。
 黙って話を聞いていたレイムはとんでもない決断をしたコーダにギョッとし、思わず声を上げてしまう。

「えぇぇぇ!? な、何考えてるんですか!?」
「共同戦線に決まってるじゃないですか。今回ばかりは利害が一致してるんですからね」
「で、でもトレヴィーニ一派と一緒に動くなんて……」
「大丈夫ですよ。もしもの時は龍化してスカイピアごとぶっ飛ばしますから」
「そういう物騒な会話は聞こえないようにやれよ」

 不安がるレイムを元気付ける言葉があまりに物騒且つ見境無いコーダに対してツッコミを入れるオルカ。どこかツッコミどころが違う気もしなくはない。
 コーダはにこにこ笑いながらスルーすると己等が倒したまま気絶している二人の天使を抱え込み、オルカに尋ねる。

「さてとこの二人の事もどうにかしたいんですけど、何かあります?」
「だったら避難所に来い。話の続きはそこでやった方がいい」
「避難所とは?」
「一種の幻想空間みたいなもんだ。それに尋問に向いてるぜ?」
「ほう……」

 オルカのいかにも悪役といった笑みに対し、コーダも似たような表情を浮かべて頷いた。
 その様子を隣から見ていたレイムは少しだけ自分の隊長が悪役に見え、天使たちに同情してしまった。コーダの性格の悪さは副隊長である自分が良く知っているからである。

 ■ □ ■

 オルカの導きにより、気絶したままの天使二名を持った五番隊主従が辿りついたのは文字通り待機場所と呼ぶに相応しい箱庭のような幻想空間だった。
 小さなランプが宙に浮き、黒いレンガが敷き詰められた床を照らしている。空を見上げると星無き漆黒が広がっているだけ。小さなベンチも無い、そこにあるだけの公園がこの幻想空間だった。公園の向こうにはスカイピアの様々な回廊に通じているのか、複数の穴が浮いているのが見える。
 幻想的だけれどもこの世から切り離されたような空間は最果ての世界にも思えた。
 レイムは戦闘目的ではない幻想空間を見て、ぼそりと呟いてしまう。

「……時の最果て?」
「確かに有名でリメイクされてますけど分かる人いますかね?」

 コーダが続けて首を傾げる。正直どうでもいいことだと言わざるを得ない。
 二人をここに連れてきたオルカはランプの真下で寝転がり、一人トランプで遊んでいるジョーカーの下へと歩いていく。

「おい、ジョーカー。フル・ホルダーは?」
「んー? あいつなら情報収集に出かけちまったぜ。まっ、半分はアレの回収が理由だろーけど」

 起き上がってオルカに体を向けながらジョーカーは答えている中、視線に五番隊主従が目に入った為に驚いた様子で声を上げた。

「あひゃ! 何で大国防衛隊いんの!?」
「俺がスカウトした。恨み買いまくってるキングとモザイクはいねーからどうにかなると思ってな」
「こいつ等と言い、アレと言い、ほいほいついてくるなんて大国防衛隊って馬鹿?」
「それ、お前に一番言われたくない言葉だと思うぜ?」

 オルカがジョーカーに呆れるようにツッコミを入れた後、黙って待っている二人に体を向けて説明する。

「こちら側のスカイピア突入グループは俺とジョーカーと雑魚一体、ここにはいないがフル・ホルダーの四名だ。正確には三人と一体だけどな」
「本当に少ないですね。モザイク卿、ディミヌ・エンド、キング・ダイダロスは別の任務と言ったところで?」
「そんなとこさ。内容については話せられねぇけどよ」
「なら雑魚一体というのは? 見当たらないのですが」
「あぁ、変なとこに迷い込まないように隔離してるんだ。今、見せてやる」

 オルカがそう言ってパチンと指を鳴らす。
 するとジョーカーの真横に小さな亀裂が現れる。亀裂は独りでに大きくなっていき、穴となっていく。その穴の中から一体のカービィが巨大な注射器を持って出てくる。

「オ、ハヨ、ウ。コン、ニ、チハ。コンバ、ンハ。ハジ、メマシ、テ。オヒ、サシブ、リデ、ス」

 途切れ途切れの挨拶を並び立て、ゆっくりとお辞儀するのは桃色の女性看護士だった存在――アクス。
 ただその右目には忌まわしき死人の証である黒の痣が浮かんでおり、彼女がもう人ではない事は一目で分かってしまった。
 彼女はゆっくりゆっくりとオルカの横まで移動し、そこで立ち止まると笑みを浮かべた。本人にとっては挨拶か、もしくは仕事で浮かべる何時もの笑顔のつもりなのだろう。だけどレイムには酷く引きつっていて、今にもぼろぼろ崩れてしまいそうにしか見えなかった。
 目前で見せ付けられる変わり果てたアクスに悲哀と畏怖を感じたレイムはコーダにすりよる。
 コーダはそんな彼女に少しだけ優しい笑みを浮かべて慰めた後、すぐさま表情を険しくしてオルカに視線で問いつめる。オルカはそっけなく答える。

「こいつが雑魚一体ことダイダロスだ。スカイピア討伐用にキングから借りてきた雑兵だよ」
「ヨロシ、クオネガ、イシ、マスネ」

 アクス・ダイダロスは途切れ途切れに言いながら、またぺこりとお辞儀する。
 ずり落ちそうになる看護帽とその横に飾り付けた薄汚い赤黒い色で染まった薔薇の乗った頭を見て、コーダは不快そうな表情を隠さずオルカを睨みつける。

「……趣味が悪いですね。私がサザンクロスタウンの生還者で、彼女が死亡者であるのを知っててやっているんですか?」

 面識はほとんど無いに等しい。彼女という存在がいた事をコーダが知ったのはは生還後の別チームからの報告、つまりアクスがキング・ダイダロスの手で殺された後だ。
 コーダ自身は大国に忠誠を誓っているわけでもないのだが、人命を一つでも多く救いたいという気持ちは誰とも変わらない。だから生還者になりえたかもしれない人物の事を聞くと心が痛む。それだけならすぐにでも克服できるのだが、目の前で元凶と同じ存在と成り果てた彼女を見せ付けられると……酷くきつい。
 コーダの心中を知ってか知らずか、オルカは小さくため息をつく。

「文句はキングに言ってくれ。一番マシなのを選んだのがこいつだって言ってたからよ」
「これでマシなのですか」
「そうだよ。……実際、ダイダロスは知能も自我も無くしているキングだけの便利な人形だ。その中でこいつは汚い薔薇を絶対離そうとしなかったし、少しだけ喋れた。だから選んだんだとよ」

 それだけで選ばれたということは、ダイダロス化してしまえば知能も自我も何もかも無くなってしまっているのが普通だということ。
 キング・ダイダロス以外で自我を、いや、少しでも己を持っていたのならばそいつは異例ということになる。その異例であるアクス・ダイダロスはキング・ダイダロスに逆らうほどの己が無かったから他のよりもまだ便利な人形として送り込まれた。
 異例の証拠は彼女の頭につけている赤黒い汚らしい色で染まっていて、ほんのちょこっとだけ青色の薔薇。その薔薇を見て、コーダはアクスと同じ死者のとある男性を連想する。
 キング・ダイダロスは知っててやっているのだろうか? もしそうだとしたら……どこまで外道なのだろうか。
 レイムは何とかアクス・ダイダロスに慣れてきたのか、おずおずと口を開く。

「だ、ダイダロスを出してきたって事はスカイピアを第三の夜明国にする気……?」
「最初はな。だが面倒な事に計画は変更させられちまった」
「へ?」

 レイムは理解できず、思わず間抜けな声を出してしまう。コーダは察したようだが確信できないのか、視線でオルカに詳細を言えと訴えている。
 オルカは顎でアクス・ダイダロスを指しながら、衝撃的な事実を口にした。

「……ダイダロス化が発生しなかったからだ」

 つまりダイダロスに触れても人は同じゾンビにならなかったということ。具体的に言えば、地上では触れただけで感染し、あっという間に無限増殖していく魔女が生み出した悪夢の存在が……天使達には通用しなかった。
 そのとんでもない事実にコーダは目を丸くし、レイムは驚きのあまり大声を出してしまう。

「はぁぁぁぁぁぁ!? ちょ、ダイダロスにならなかったってマジ!?」
「結構実験とかしたぜ? 結果、スカイピアの中だと死んでも生き返っちゃう結論が出た」
「……スカイピアの中?」
「そっ。スカイピアと切り離されているこの幻想空間内部ではダイダロス化は出来た。ダイダロス化した天使をスカイピアに送り込んでみてもダイダロスのまんま」
「……なるほど。天使そのものに原因があるわけではないのですね」

 オルカの話を聞き、コーダはダイダロス化の原因がどこにあるのかを察する。
 それを見たオルカは頷き、原因を口にする。

「あぁ。スカイピアという建物そのものに原因がある。といっても天使殺しはまだやってねーけどな」

 だからそっちの方はこれから検討するつもりだ、とオルカは続ける。
 それを聞いたコーダは心底意外という顔をしてオルカに尋ねる。するとオルカは乱暴な口調で答えた後、深いため息と共に愚痴をこぼした。

「おや? もうやっていたと思っていたのですが、違うのですか?」
「スカイピア構造把握と動きまくる赤色で一週間使ったんだよ! 折角否定使ったってのに、こんな進展無いんじゃ駄目だろーに……」
「一週間?」
「あぁ、そうだよ! 一週間も費やしたんだよ!」

 そのままオルカは愚痴りだした。
 愚痴の内容は支離滅裂で書いていると切りが無いので、ここに必要事項をまとめたものをあげていこう。

 ・トレヴィーニがスカイピアを根こそぎぶっ潰す気満々。オルカ達はどちらかというと情報収集がメイン。
 ・トレヴィーニの魔法で幻想空間を作成。幻想空間ごと一週間前(サザンクロスタウン編終了直後)の時間帯にタイムトリップ。
 ・一週間前に飛ばされた理由:スカイピア内部把握+アカービィとセラピム回収。後者の理由は禁則事項。
 ・下手に騒ぎ立てない為にも戦闘はほぼ避けており、ほとんど幻想空間を経由して調査。その為、鬱憤たまってる。
 ・アカービィは回収したものの、セラピム救出で頭がいっぱいなのかゲート使って勝手に抜け出して飛びまくっている。
 ・現在は好き勝手やっているアカービィを囮にして隠れながら調査をしている。ほどほどのところで回収してはいるらしい。
 ・天使達にアカービィの顔はしっかりと覚えられているが、オルカ達はその分気づかれていない。
 ・尚、気づかれていない理由はトレヴィーニ作成Hiteiの粉改良バージョンの効果。青だぬき化してると言ったら黄金の風食らった。
 ・トレヴィーニが来る事はまず確定。間違いなく兵隊連れて来る。

 ……という内容を二割、残りの八割は戦闘できない+ナグサのいるタワー・クロックに行けなくて悔しい+トレヴィーニさっさと来いというイライラから募る愚痴をコーダにぶちまけていた。
 思わぬところで愚痴をぶつけられる羽目になったコーダは珍しい事に反論も何もせず、黙って聞いていた。オルカの隣にいるアクス・ダイダロスはいいこいいこと言わんばかりに彼の頭をゆっくりとだが優しく撫でている。
 置いていかれているレイムとジョーカーはこの空気に入る気が起きず、とりあえず何気ない会話を始める。

「ねぇ、何でオルカってあんなにストレスたまってるの?」
「戦闘できなかったからじゃね? あいつが狙ってるのナグサとフー・スクレート、でもってミラリム+αなんだけどここに無理矢理抜擢されちゃったし、やる事は苦手な潜入捜査だし。しかも赤色が好き勝手暴れてるから余計に鬱憤たまるたまる」
「なるほどねー。ってかナグサ君の事好きなの、あいつ? そうだとしたらさすがのあたしでも引くんだけど」
「あひゃひゃひゃひゃひゃ! 俺様も引く!! 違うと思うけど、あの様子じゃそう見えてもおかしくねー!」
「ちょ!? そこはハッキリ否定しなさいよ! 腐った女の子に聞かれたらどうすんの!?」
「あひゃ? あのダイダロスに聞かれたら何かまずいもんでもあんの?」
「そっちの意味じゃない! でも何の意味かは理解すんな!」
「あひゃ!? 意味わかんねー!!」

 何か連想してはいけない方向の話になりかけているけど、良い子悪い子普通の子な読者の皆々様はスルーしてくださいませ。本筋には関係ないですから。
 二つのグループに分かれて一方は愚痴聞き、一方は呑気な会話となっている中、コーダが持つの疲れたんで放置していた天使の内の一人ミゼラブルの手がぴくりと動いた。

「ぐっ……」

 小さなうめき声をあげきながら、ミゼラブルはゆっくりと目を開きながら戦闘の事を思い出す。
 レイムが最後に放ったマグマに対しては本気で死ぬかと思ったが、向こうが威力を制限してくれていたおかげでかどうにか意識は残っている。しかし全身が大火傷でほとんど動けず、殺されるよりもある意味きつい状態であった。
 ちらりと隣で気絶しているままのノルムに目を向ける。彼女もそれなりに怪我を負っているものの、ミゼラブルに比べると多くは無い。呼吸をしているところを見ると死んではいないようだ。
 その事に一安心しながらミゼラブルは見知らぬ空間の中、視線をめぐらせる。

「俺等はあくまでも協力体制をとったからであって、上下関係無かった筈だよな? それなのに有無を言わさずこっちってどーよ? こちとら再戦出来ると思ってたのに問答無用で叩き潰すなんて鬼にも程があるだろ、トレヴィーニ……」
「イイコ、イイコ。ナカ、ナイデ」
「泣いてねーよ……」
「……半泣きではあるでしょう?」

 何か明らかに強面な水色の男が桃色の女に頭撫でられ、先ほどまで戦っていた二人組の一人に呆れられてた。

「え、ちょっとあっちの会話マジ? 行けないから泣きかけって……え、ちょ、リアルはマジ無理なんだけどあたし!」
「唯単に自分の扱いに不満たまってるだけじゃねーの? ってかお前の事か、腐った女の子って」
「ちっがーう! あたしはれっきとした恋する乙女であって、そういうのは興味ないってばぁー!!」

 ちょっと離れた場所では戦っていた二人組の一人が、ピエロみたいな男の言葉を必死に否定していた。
 その光景はどう見てもさっきまでの緊迫した戦闘の空気とは違いすぎました。どう見てもギャグジャンルの空気です、ありがとうございました。
 しかも辺りを見渡せば明らかにスカイピアじゃないし。

「……誰か説明しろ」

 あまりの事態に追いつけず、ミゼラブルは思わず口にしてしまった。

 ■ □ ■

Cパート「ルヴルグの激戦」

 確認したい事がある。
 そう言われて、スカイピアのとある一室に監禁されていたセラピムはとある部屋へと連れ出されていた。
 その部屋は一見図書室に見えた個人の部屋。大きな二つの本棚にびっしりと隙間無く本が並べ立てられているのが目に入ってくるものの、それ以外には簡素なテーブルと椅子、そして奥のもっと小さな寝室に繋がる扉だけだからある意味仕方ないかも知れない。
 椅子に座らされたセラピムは向かいに座る部屋の主であるスカル=ホーンに顔を向ける。

「あの、どうして私をここに?」

 スカルはずれた眼鏡を軽く直しながら、理由を説明する。

「少々確認したい事がありましてね。ジス様にも立ち会っていただきたかったのですが、侵入者騒動に借り出されているので私が個人でやらさせていただきます」
「……何も今でなくても良いのでは?」

 既に侵入者が現れているのは一般兵達が騒いでいるので知っているし、それが己を捜し求めているアカービィだけでなくなったのも聞こえていた。
 侵入者は大国防衛隊の援軍だろう。特徴も聞こえた為、六番隊と五番隊の隊長・副隊長がこっちに来ているから確定だ。
 恐らくスカイピア討伐と自分達の救出が目的なのだろう。それならば自分も早々に合流したいところだが、如何せん監視が強くて下手に動ける状況ではない。
 だから今のセラピムに出来るのは天使達に余計な情報を与えない事ぐらいだ。といっても既に天使達は前に侵入した大国防衛隊の潜入兵から色々と搾り取っているので意味があるかどうかは微妙なところだ。
 そんなセラピムの心情を知ってか知らずか、スカルは首を左右に振って話を進ませる。

「いえ、寧ろ今やっておかないと面倒なのです。……あなたがここからいなくなるのは私達にとって良くない事ですから」
「同じ天使だからですか?」
「最初はそれだけでしたね。ですが、今はそれだけではありません」

 スカルは顔を険しくすると、少しだけ深呼吸すると意を決したようにセラピムに尋ねた。

「単刀直入に聞きましょう。この世界は本物ですか?」
「……え?」

 セラピムは最初その質問の意味が分からなかった。
 目の前の天使は一体何を言っているの? 世界が本物なのかどうかを尋ねるなんて、まるでこの世界が偽者みたいじゃない。
 唐突過ぎるその問いにセラピムは必死に頭をめぐらせるものの答えが出てこない。
 彼女の様子を眺めていたスカルは混乱を察してくれたのか、言い方を変えた。

「言い方を変えましょう。この世界に歴史はありますか?」
「歴史? それならありますけど……」
「スカイピア以外でお願いします」

 世界全体から歴史の質問に変わり、ちょっと拍子抜けするセラピム。
 すぐに思いついたのは数年前に誰もが身を持って体験した世界大戦だったので、それを口にする。

「つい最近のだと世界大戦で六年ぐらい続きました」
「それ以外には?」
「それ以外ですか? え~と……」

 何があったっけ、と思いながら己の知識を発掘していく。
 しかし何も思い浮かばなかった。数年前の世界大戦と八百年前のスカイピア以外には。
 それ以外の歴史も、人物も、出来事も、マメ知識も、それら全て思い浮かばなかった。否、知らない。何も知らない、何も教えられていない。否、存在しない。
 オリジナル・カービィ大帝国を生み出した筈の歴史が何一つとして――存在しない。
 その答えに気づいたセラピムは目を大きく見開き、驚愕のあまりに全身を振るわせていく。
 何故歴史が存在しない? 現在へと繋がる道を生み出した過去が、どうして思い浮かばない!? これではまるで私達に過去そのものが存在しないと言っているようなものではないか!!
 あまりにも信じられない、驚天動地、天変地異、その言葉がピッタリ当てはまってしまう恐ろしい事実。
 セラピムの様子を見て、悟ったのだと察したスカルは頷きながら重々しい顔でこの世界について話していく。

「そう、この世界は最初から矛盾してるんですよ。認めたくないですが、本来愚劣でどうしようもない地上の民は私達天使よりかは衰えていながらも知能と文明を持っている。しかしそれを得る為にはそれ相応の歴史が必要なのです。それなのにこの大国と呼ばれる大陸にはスカイピアと世界大戦ぐらいしか歴史が存在しない! こんな世界、存在するのですか……!!」

 話していく中、感情的になっていき最後には悲痛な顔をあらわにして、認めたくないという気持ちを口にするスカル。
 伝わってくるその思いはたった今知らされたセラピムと同じ気持ち。いや、スカイピアに住まう天使達の方がショックは大きいのかも知れない。
 ここは蘇ったスカイピア。大国にとって八百年前の存在、唯一の歴史。
 だが彼らの視点に立ってみるとどうだ? 過去が存在しないあまりにも不気味な世界へと陥れられたということではないのか? 神すらも超える力を持った魔女が存在する悪夢に免れてしまった、といっても過言ではない。
 一体どうしてこんな世界なのだろうか……? 一体何が真実なのだろうか……? もしかしたら、この戦いは自分達が思っている以上にとんでもないものではないのだろうか……?
 世界の一旦を垣間見た為か、疑問が耐えない。ただただ悩み続けそうになるセラピム。
 その一方、落ち着きを取り戻したのかスカルは腕を組むとある矛盾点について口にする。

「しかし解せません。少し考えればあっという間に分かる事を、何故地上の民は気づかなかったのですか? こんなあまりにも可笑しすぎる世界規模の矛盾を何故誰一人として異を唱えなかった?」

 確かにそうだ。こんな大きすぎる矛盾、誰だって気づいてしまう。
 知っていてあえて目を瞑っていたのか、それとも自分のように今の今まで本当に気づけなかったのか。
 あまりにも規模が大きすぎるとんでもない問題に頭を悩まされる。全くもって予想していなかったとんでもない情報に、どうすればいいのか全く分からない。
 そんな中、部屋の扉が勢い良く開いた。
 二人が振り向くと部屋の中に羽根をばらまきながら、天使の一般兵が慌てて入ってきてスカルが口を開くよりも早く報告してきた。

「ししししししし侵入者です! 地下から床をぶち抜き、たった一人でダンスホールに魔法使いが飛んできました!!」
「はぁ?!」

 信じがたい情報に思わず声を上げるスカル。
 一方でその魔法使いが誰なのか瞬時に理解したセラピムは呆れながらもホッとする。まだ、死んでいなかったと。
 そんな彼女等を他所に一般兵は凄い勢いで戦況を報告していく。

「現在ワルツ王子殿下がフリージア氏、コクハ氏、一般兵団を連れて対処しています! ただし相手側の勢いが激しく、苦戦を強いられております!! あ、後それから地下ではシエル氏が別の一団と戦闘中で、ミゼラブル氏とノルム氏の消息が不明状態ですっ!!」
「まだそんなに時間は経ってはいないというのに、これは一体……!? 他のメンバーは!?」
「地下の方に数名向かい、例の赤い奴は強い人が一人追っています。ダンスホールの方は恐らく何名かが向かっているかと……」
「何ですか、その不確かすぎる報告は!」
「ひいいいい、すいません!!」

 叱られて恐縮する一般兵の情けなさにため息をつくスカル。
 しかしこの状況は見逃せない為、彼女も出ざる終えない立場になってしまった。
 その為、スカルは立ち上がってからセラピムにこう言った。

「すみませんが部屋に戻っていただきます。彼に案内させるので、あなたは大人しくしていてくださいね?」

 次の瞬間、スカルは赤と黒の独特な翼を羽ばたかせて部屋から出て行った。
 あまりの速さに追いつけず、セラピムがぱちぱちと瞬きしながら一般兵に顔を向ける。一般兵は間抜けにも大口を開けて、スカルが飛んでいった扉を眺めていた。
 あまりにも隙だらけなその姿を見て、今なら逃げ出せるんじゃないかと思ったセラピムは音を立てないように能力を発動しようとした。
 しかし一般兵は大きく背伸びすると先ほどとは明らかに違う声で、いきなりこんな事を口にした。

「全く……これだからトレヴィーニは面倒だ。だからこそ幼稚園児に遊ばれちゃうのを分かっていない」

 その声はヘタレな男のものではなく、地獄から這い上がってきたような狂戦士を連想させる声。天使という一般兵には明らかに似合わない低くも艶のある声。
 いきなりの変貌にセラピムは咄嗟に警戒を強め、何時でも能力と魔法を発動できるように体制を整える。
 一般兵は白い翼をガラスのように薄く滑らかな七対の羽へと変化させ、その鎧を消していきながらも彼女に背を向けたまま話しかける。

「始めまして、セラピム。私はノアメルト・ロスティア・アルカンシエル。真実を知る者、だよ!」

 今度は元気な女子学生を連想させる生き生きとした声だ。柔らかいながらも芯があり、聞いているこっちが元気になりそうな声。
 しかしその声を出しているのは明らかに異様な存在だった。
 何時の間にか一般兵はダイダロスを連想させる青白い肌を持った異様な羽と輪を持った不気味ながらも独特の可愛さを持つ幼女へと変貌しており、セラピムを見て笑っていた。
 無邪気なようで全てを見通し、相手の心が読めているような、そんな悪魔のような笑顔。
 セラピムはその笑顔に言葉に言い表せないぐらいの悪寒が背筋に走った。
 悪魔の幼女――ノアメルトはセラピムの心情を知ってか知らずか、否、間違いなく確信犯といった様子で親切ぶった様子でこんな事を提案してきた。

「あなたに真実を教えてあげる! ふふ、ノアって気まぐれだけど優しいんだよ? でもさ」



 小さな親切大きなトラウマ、だけどね。



 ■ □ ■

 地上一階にある小部屋。ほとんど使われておらず物置と化してしまっている為か、ただでさえ狭い部屋の中に複数の木箱が置かれていて更に狭くなっている。しかも天使達がほとんど利用しない為、埃だらけだ。
 しかし今の状況では好都合。姿を隠すには十分すぎるものだ。向こう側も侵入者に苦労しているらしく、わざわざ部屋の中を一々創作するつもりは無いらしい。こんなんで良いのかとツッコミを入れたくなるもののスルーしておこう。
 フル・ホルダーは魔法で埃を掃除した木箱の上に乗りながら、その手に持った小型ノートパソコンを操作して通信を行う。すると画面に今は亡き四番隊の副隊長が映り、陽気に対応する。

『はいはーい、何でしょうかー?』

 フル・ホルダーはキング・ダイダロスが出てきたのに少し驚き、つい尋ね返してしまう。

「おや、珍しい。コンピューター関連でディミヌ・エンドじゃなくてあなたが出てくるなんて。トレヴィーニ様にこき使われているのではなかったのですか?」
『今はあいつが調整の為にこき使われてるよ。スカイピア関連での俺の仕事はもう終わってる。……ってーかお前、作戦概要知ってるのに良く平然としてるな』
「そりゃ回避方法知ってますし」

 それでもあの作戦は自分でもどうかと思うが、口にはしない。回避手段が間に合えばいいだけの話だ。
 平然と返すフル・ホルダーにキング・ダイダロスは素っ気無く返す。

『あっそ。とりあえず確認するけどさ、侵入者メンバー内部にオルカのターゲットは一人もいなかったんだな? でもってナグサと縁の深い連中もいなかったな?』
「天使から聞きだしたところ、六番隊の主従とサザンクロスタウン生還者の内豪鉄、カタストロ、エダムの計五名が確認されています。ジョーカーからの連絡で五番隊の主従と接触したとの事。この事から連想するとこちら側に深い縁を持つ者はいないに等しいですね」
『そうか。これでそちら側の心配は消えたか。……でもよ、マジで気をつけろよ? トレヴィーニはマジでやる気だ。ちょっとでもタイミングが遅れたら終わりだぞ』
「分かっています。絶対に回避します」
『オーケー。あ、でもってツッコミファイアーと囚われエンジェルは今までどおり?』
「はい、そうです」
『そうか。こっちは作戦自体の決行は近いけど、トレヴィーニが最大のタイミングで行うって言っていた。あの様子から見ると何か予知したみてぇだからな。そっちでどでかい何かが起きたら即座に逃げておけ』
「分かりました」

 そこで一旦通信を切り、ノートパソコンを閉じる。
 丁度その時、小部屋の扉が開いて待ち人が入ってくる。通常通りの赤色に戻ったアカービィだ。
 フル・ホルダーは彼に顔を向け、木箱の上からなので見下ろす形で話しかける。

「……おかえりなさいませ。セラピム女史は見つかりましたか?」
「いいや、まだ。それよりも気になる事があるから尋ねに来たんだ」
「何でしょう?」
「先ほど天使達が二階のダンスホールに大穴が出来た。砲撃が下からやってきた。そう騒いでいたんだが、全く魔力も震動も感じなかったんだ。その理由を知らないか?」

 その言葉を聞いて、フル・ホルダーは目を見開く。
 大きな砲撃があったのならば衝撃が来ていてもおかしくはない。魔法ならば尚更だ。それなのにどうして何も無かった? 何も感じなかった?
 答えなど決まってるではないか。彼女以外にいない。
 何とまぁ、分かりやすい。けれども分かりやすすぎて背筋がゾッとする。だからトレヴィーニがあんな作戦を選んでまで徹底的に潰そうとしているのだろう。
 一人納得している自分をアカービィはワケが分からないと言った顔で見上げている。視線に気づいたフル・ホルダーは答えた。

「……全てが矛盾した存在してはならない魔王。トレヴィーニ様が全く望んでいないイレギュラー。ノアメルト・ロスティア・アルカンシエルが関与しているからに決まってるじゃないですか」

 彼女が関わってしまえば、ありえない事象は現実となってしまう。
 それがどういうものであっても絶対に。

 ■ □ ■

 場所は大きく変わって地上二階。ダンスホールなのか、それともパーティ会場なのか、全く分からないけれど、とてもとても広い円状の大きな部屋がある。中央には大きなお立ち台があり、その上にはきっと主役が立つのであろう。だけど今立っているのは主役じゃない。
 そこに立っているのは、四つの水晶がついた紫の帽子を被った太陽の瞳の女ルヴルグ。
 彼女の周囲から絶えず攻撃を与えていくのは二十人を超えた天使兵団。ほとんどが軽い鎧を身に着けた一般兵であり、前衛の兵達が的確且つ交互に槍で突き、後衛の兵達が前衛の攻撃が止んだわずかな隙に様々な魔法で攻撃していく。
 ルヴルグは己の周囲を防衛魔法陣で包み、全ての攻撃を防ぎきる。皮肉な事に先ほどジスに殺された時の蘇りの反動でか、体そのものの疲れやダメージも消滅しているから体力はまだまだ余裕だ。

「決して進ませるなーっ! 見ているだけでも反吐が足る地上の糞をここで掃除してしまう為にも、これ以上先には進ませるな!! 穢れを取り払え、麗しき天使達よ!!」

 羽を象った冠をつけた若い天使が剣をルヴルグに向け、一般兵達に叫ぶ。それによって士気が上がり、ルヴルグに対する攻撃の勢いが高まっていく。
 その天使の左右には一般兵とは明らかに一般兵とは姿の違う天使が二名傍にいるけれど、一般兵の猛攻のせいでルヴルグは詳しい見た目を判断する事は出来なかった。
 だけどその事は気にせず、ルヴルグは己の進路を拒む天使達に向かって怒鳴りつける。

「どけ! 私は……行かなければならないんだ!!」

 直後、己の足元と天井に巨大な魔法陣を出現させると天使達目掛けて水晶の豪雨を天地両方から飛ばしていく。
 一般兵達が水晶の豪雨に全身を切り刻まれ、苦しみの声を上げる最中、ルヴルグの脳裏を駆け巡るのは死神天使の横顔と唐突に聞こえた憎き魔女の声。





『妾は、この城の中にいる』

 己が蘇った直後、唐突に己とあいつの耳に入ってきた純白の魔女が奏でる美しき声。

『謎を知りたいか。真実を知りたいか。矛盾を知りたいか。それならば――もう一度、殺し合おうではないか』

 明確な意思を持って誘い込む言葉にジスは一瞬で嘘だと見破った。ルヴルグもまた偽りだと見破った。
 明らかに否定の魔女らしかぬ誘い。己自ら来ているのならばもっと破壊を行っている筈だ。堂々と黄金の風を吹かせ、殴りに来ている筈だ。
 その証拠に聞こえてきた否定の魔女を演じる偽りの声は否定もせず、笑いを含んだ声で再び誘った。

『妾が汝の愛する魔女なのかどうかはどうでもよきこと。汝等が知りたいのはカラクリだろう? 早くしないと汝等は殺されるぞ。一人残らず殺されるぞ。怒りの鉄槌がもうじき振り下ろされる。だからその前に、妾のいるところまで来い』

 否定の魔女の声に複数の声が被る。その中で特に良く耳に入ってくるのはおぞましい老婆の声と天真爛漫という言葉がパッと思いつく明るい幼児の声だ。
 明らかに彼女ではない。といっても人でも天使でもない。言い表すならば悪魔が相応しいだろう。そんな存在が何の目的を持って己等に呼びかけている?
 そんな疑問に答えるように、否定の魔女を演じるのを止めた不気味な声はこの言葉を最後に途絶えた。

『私は箱庭の真実を知っている。しかしそれは同時に絶望でもある。……否定の魔女の操り人形でいたいのかい?』

 最後の言葉は理解するのに遅れてしまった。
 だから、表情を読み取る前にジスが転移していったのを黙って見逃してしまった。
 その直後に己もまた頭の中で「上だ」と叫ぶ声が聞こえてくる。あの魔女の声が聞こえてくる。間違いない。トレヴィーニを偽る誰かは、己等を誘い込もうとしている。何かを伝えようと待っている。
 明らかに怪しすぎるけれども大きな手がかりがあるかもしれないそれに、食いつかない手は無かった。
 だからルヴルグは一直線に進む為に――天井を魔法でぶっ壊して進む事にした。





 そして今、二階に値するダンスホールでは中央のお立ち台に立つルヴルグ以外にはほんの数名程度しか天使は立っていなかった。
 先ほどの水晶豪雨にほとんどの者が大ダメージを負い、吹き飛ばされていき瀕死の状態で倒れているからだ。
 尚、手加減はきっちりしており、全員致命傷は負っていない筈だ。殺す事は簡単だが、殺してしまえば先ほどの己のように蘇りがおきてしまって全回復される可能性が非常に高い。だから連中をあくまでも戦闘不能にした。
 予想以上に一般兵が弱かったのが幸いだった。ジスとまでは行かないが、最初に遭遇した天使二体と同レベルの敵ばかりだったらかなり面倒なことになっていただろう。否、これからなるだろう。

「……ここでやられていればいいものを……」

 疎ましそうにルヴルグはまだ生き残っている三人を睨みつける。
 右方は緑の缶バッジをつけた黒い帽子を被った紫の天使。
 中央は先ほどまで一般兵の指揮を行っていた羽を象った冠をつけた若い天使の男。
 左方は青と緑の瞳、黒と白の翼を持つ頬に不可思議なハートのペイントを持つ天使。
 感じる力は最初に遭遇した天使二体とそれほど変わらないだろう。ジスに比べればよっぽどマシだが、それでもそれなりの強さを秘めた者と戦い合う事になるのは面倒だ。
 だがここで引くことも出来ないし、第一任務の一つにスカイピアの殲滅とある。それならば手段は一つしかない。
 ルヴルグが再び魔力を込めようとした矢先、右方にいる紫色の天使が口を開く。

「君が強い事は認めてあげよう。だけどここは天使達しか許されていない聖なる秩序の領域だ。君のような破壊者はここにいてはならないんだよ」
「お生憎様、私は地上でも良く暴れているからな。破壊者なんて称号は今更だ」
「中々お転婆なお姫様だね。そんな可愛らしい顔をしてるっていうのに勿体無いよ」

 そう言われてルヴルグは自分が仮面を付け忘れた事に気づく。あの時ドタバタしていたせいか、気にしている暇が無かったから仕方ないけど少々複雑な気分だ。男と呼ばれるよりかはよっぽどマシだが。
 紫の天使に対し、左方にいる左右非対称の天使が呆れながら口を挟んでくる。

「フリージア、口説かない。目が狂ったの?」
「思った事を正直に口にしただけだよ、コクハ。あーいうタイプの女の子はスカイピアでも中々見ないからね」
「……三階分天井をぶち抜いた魔砲戦士なんて見かけるもんじゃないでしょ」

 フリージアとコクハの二人が軽い会話を交わす中、中央に立っていた天使が一歩前に出てルヴルグに向かって叫んだ。

「とにかく! お前はここで消えなきゃいけねーってこと!! 忌まわしい伝染病は消え、俺達がこの地に蘇った以上……この大地をかつてと同じように支配しなきゃならない。そうしないとお前等は自滅の道を歩む。だからここで立ち止まれ!! これはスカイピア王子、ワルツの命令だ!!」

 ワルツは剣の矛先をルヴルグに勢い良く向け、拒否権なんてないと言わんばかりに命令する。
 少々子供っぽさは残るものの、その意気込みと使命感は王族が持つに相応しい姿だ。その証拠にフリージアとコクハも指示を出されたわけでもないのに、互いに獲物を手にして戦闘体制になっている。
 ルヴルグは絶対零度のような冷たさを連想させる静かな声で言った。

「御託は終わりか、クソガキ」

 一対三という不利な状況ではあるものの、ルヴルグに恐怖心は何一つ存在しなかった。寧ろこいつ等が邪魔としか思えなかった。
 先ほどの一般兵一掃が原因か、それとも最初にぶつかり合ったジスとの戦いが原因か、それとも真実を知りえる否定の魔女を偽った何者化の言葉が原因か。……いや、そんな事はどうでもいい。
 今は目の前に存在する邪魔者どもを排除する事が最優先だ。
 ルヴルグは己の周囲にカービィとサイズが同じ四つの水晶を浮かばせながら、こう言った。

「殺したら全てが台無しになるから、殺さない。だが……死んだ方がマシだという錯覚は感じるだろうな?」

 その時、浮かべた表情は女の子と呼ぶにはあまりにも物騒だった。

 ■ □ ■



  • 最終更新:2014-05-29 18:43:07

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