第四十三話「隊長VS天使」

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 天空王国スカイピア第一回戦コーダ&レイムVSミゼラブル&ノルム

 レイムによる幻想空間「終わり無き絵画」が広がっていき、あっという間に四人は通路ではなく、とてもとても大きくて正方形状の形をした博物館へと迷い込む。
 真っ白な絵ばかりが飾られている事以外は何も置かれていない、博物館というにはあまりにもさびしすぎる空間の中、絵描能力を保持する二人は到底武器とは思えない己の獲物を天使二名に突きつけて自信満々と言った態度で言い切った。

「ようこそ、我が美術館へ!」
「存分に干渉してくださいね、生きた化石さん達」

 それは両者共に明らかに勝つ気でいる戦士の顔。
 いきなり先手を打たれてしまったもののミゼラブルは冷静な態度を崩さず、隣にて呆然としていた桃色の翼の天使に話しかける。

「……ノルム。この世界、読み取れるか?」
「あ、はい! わりと簡単に読み取れました!」
「解説しろ」
「はい。恐らくこの魔法は相手側にとって有利なフィールドを生み出すものです。しかしこの構造からして私達を妨害するのではなく、彼等の力を引き出すと見た方がよろしいかと」
「そうか。まぁ、そんな小細工をしない限り勝てない蛆虫ども相手には良いハンデだ」

 そう言うとミゼラブルは浮かせていた複数の雷球を一斉に飛ばし、コーダとレイムに攻撃を仕掛ける。
 レイムは飛んできた雷球に対し、巨大絵の具チューブから勢い良く灰色の絵の具を噴出させると己等の目の前に巨大な灰色の壁を出現させて雷球を防ぎきる。
 ミゼラブルは防がれながらも絶えず複数の雷球を生み続けていき、放ち続けていく。
 再び壁に当たるのかと思いきや、雷球は当たる直前でカーブして隙間からレイムとコーダ目掛けて飛んでいく。
 コーダはどこからともなく紙を二つ取り出し、雷球が飛んでくる左右目掛けて投げつける。すると紙は灰色の壁より一回り小さな盾となって雷球を防ぐ。
 攻撃を全て防ぎきった後レイムが次の攻撃をしようとした矢先、灰色の壁が突如として消滅した。
 いきなりの事態にレイムが思わず目を丸くしたその時、ミゼラブルが低空飛行のまま彼女に急速接近して雷の剣で切りかかる。
 彼女に当たる寸前でコーダがレイムの帽子をつかんで後ろに放り投げ、彩筆を振るって雷の剣を受け止めるとそのまま力を振るってミゼラブルを押し返して距離を取る。
 その後、どうにか体勢を直してコーダのもとに小走りで戻ってきたレイムがぷんすか怒ってきた。

「ちょっと隊長ー! いきなり人を投げないでくださいよー!!」
「だったら混乱しないでください。一瞬の隙が戦闘では命取りになるんですから」
「……あー、えーと、すいません」

 けどキッパリ言い切られて、何も返せなくなった。そして会話が終わった途端、二人は同じタイミングで左右にジャンプした。
 すると二人が元いた位置目掛けて落雷が落ち、床の模様が見えないほどの黒焦げが出来る。
 レイムが着地し、雷を放ったミゼラブルとその後ろで控えているノルムに体を向けると己のすぐ傍に巨大絵の具チューブを転送し、一気に色とりどりの中身を放出させて召喚する。

「世界を彩る色彩達よ、レイムの呼び声聞いてちょーだいなっ! 指定:赤色!」

 放出された絵の具は赤一色となり、上半身は筋肉がもりもりとついた巨人、下半身は幽霊を思わせるような煙に形作っていく。その鋭い眼光と偉大なる者を見せ付けてくる髭とまげ、そして他者を圧倒させる存在感はまさに炎を擬人化させた存在としか言いようが無い!
 絵の具チューブから出現したそれは巨大な両腕を組み、レイムの目の前に浮かぶと彼女を護る戦士の如く天使達を睨みつける。
 召喚士、正確には創造者たるレイムは意気揚々と天使達を指差して己が生み出したそれに向かって指示を出す。

「火の精霊イフリート! その天使達を思い切りぶっ飛ばしちゃって!!」

 イフリートはレイムの指示を聞くと勢い良く息を吸い込み、そして息を吐くと同時に広範囲の火炎放射をミゼラブルとノルム目掛けて放っていく。
 火炎放射を目にしたノルムは素早く桃色の翼を輝かせ、己とミゼラブルを囲む半透明のバリアーを展開させて攻撃を防ぎきる。
 その間にコーダは翼を羽ばたかせ、真っ白な絵画に次々と彩筆で簡単な絵を描いていく。真っ白な絵画に描ききれなくなった途端、パチンと指を鳴らして博物館そのものの高さを上げていく。すると博物館の高さに応じて真っ白な絵画も次々と浮かび上がっていき、コーダは新たに出てきた真っ白な絵画に彩筆を走らせていく。
 その様子をバリアーの中から見ていたミゼラブルは不利な状況だというのに全く動揺を見せず、冷静に分析している。

「両者共に実体化の能力……か。時間を置かせるとどんどん兵力を増やしていくぞ、あいつ等」
「援軍を頼みますか、ミゼラブル様」

 未だに火炎放射を防ぎ続けているノルムが顔色を変えずに提案してくる。ミゼラブルは首を左右に振る。

「それはまだ早すぎる。恐らく召喚者に絞り込んで攻撃していけばどうにかなる。……ノルム、攻撃は出来ないわけではなかろう?」
「……ミゼラブル様はどちらを?」
「雌をやる。相性的に雄はお前の方が相性が良いからな、できるだろう?」
「はい、出来ます。……私達天使が大地の民に殺されるなんて馬鹿な真似、あるわけないでしょう?」

 ノルムの言葉を聞き、ミゼラブルはわずかに笑みをこぼす。
 そうだ、その通りだ。スカイピアの天使が大地に蔓延る愚劣な害虫どもなんかに遅れなどとるものか。命を狩られるわけがあるものか。何たって我等は神が翼を与えた偉大なる秩序の戦士たちなのだから! ならばやるべき事は何か? そんなもの決まっている。――目の前の愚者どもの排除だ!!
 そうと決まれば天使達の行動は早いものだ。
 ノルムは足元に翼の生えた四角形型の魔法陣を出現させ、呪文を唱える。すると二人を包み込んだバリアーはドリルのように急速回転し始め、イフリート目掛けて突撃する。
 イフリートは突撃してくるバリアーを両腕で両サイドからつかんで止める。
 ノルムはすかさず呪文を唱え、魔法陣の回転を早めていく。それに合わせてバリアーも円形から鋭く細いひし形となり、イフリートの硬い腹筋を先端で貫いた。
 しかしイフリートは痛みを感じていないと言った様子でバリアーを両腕でつかみつづけ、押し戻そうとしている。
 その最中、高層ビル並の高さに変貌した博物館の天井近くにいたコーダは彩筆をバリアーに向けて、まるでショーを始めるかのように高らかに言い切った。

「さぁさぁ、私の落書きに等しい芸術をご鑑賞くださいませ!」

 真っ白な絵画……いや、コーダ作の絵全てが一斉に輝き出して実体化していく!
 それを見たレイムは何が来るのか瞬時に悟り、大慌てでホバリングしてイフリートの肩に乗っかっていく。
 次の瞬間、実体化した絵が我先にとバリアーに張り付いていく。地上に近いものはとたとた走って、空中からのものはパラシュートを使ってふわふわ落ちて、と言った様子でくっついていく。
 そのくっついていく実体化した絵をレイムは一目見て「うげっ!」と声を出して表情を歪ませた。
 理由は簡単だ。頭には導火線が生えていて背中には大きな螺子が生えた黒くて丸いシンプルな存在――通称「ボム兵」だけが実体化されており、それの軍勢が一気にバリアーへとくっついていっているのだから。
 しかもレイムが生み出した炎のイフリートもいるのだから、オチはもう見え見え。
 あっという間にバリアーの外部が黒一色で染め上げられた次の瞬間、イフリートの炎に引火して連鎖するかのように爆発を引き起こしていき、バリアーそのものが見えなくなるほどの連続の大きな炎、鼓膜が破けてしまいそうな終わらない爆音がイフリートとレイムの目の前で発動している。

「こ、コーダ隊長容赦なーい……」

 目の当たりにした爆発に対し、レイムは顔を青ざめながら呟く。
 いくら相手が敵だからってこれはやりすぎではございませんか? 私達、大国防衛隊という正義の名の下に戦う軍人ですよね? こんな非人道的手段ありですか?
 唖然としてしまったせいか、レイムは目の前に止まぬ爆音の中から一瞬の煌きがあったのを見逃してしまった。
 だからボム兵軍団の爆発が止んだ瞬間、レイムは己に向かって突撃してくる雷そのもののカービィに対する防御が遅れてしまいまともに喰らってしまった。
 イフリートの肩から吹き飛び、己をつかむ雷そのもののカービィによって共に地面へと叩きつけられるレイム。
 全身に電撃がほとばしり、言葉に出来ない激痛がレイムを襲い掛かる。
 しかしただやられるわけではなく、レイムは苦痛に耐えながらイフリートの足元で転がっている巨大絵の具チューブから茶色の絵の具を噴出させて雷そのもののカービィに突撃させる。
 茶色の絵の具は濁流となって雷を包み込み、レイムからやや離れた位置でカービィより一回り大きい泥団子となって爆発で黒焦げだらけの床の上を転がる。
 その間にレイムは指を鳴らし、己の両手に五つの小さな絵の具チューブを出現させて臨戦態勢に入る。
 直後、団子は内部から勢い良く割れてそこから雷の身体から元に戻ったミゼラブルが身についた泥団子をぱっぱと払いながらレイムを睨みつける。
 そんなミゼラブルに対してレイムは傷だらけにも関わらず、勝利をつかみとると言いたげな顔でこう言った。

「ビリビリするだけの天使がレイムに勝とうなんて、無謀にも程があるわよ!」

 ミゼラブルの周囲が真っ黒な影に覆われた。ミゼラブルは即座に己の身体を雷に変貌させ、光速でその場から回避する。
 直後、元いた場所目掛けてイフリートの拳が振り下ろされ、床をへこませた。
 雷状態のミゼラブルは目にも止まらぬ速さでレイムの背後に回り込んでから実体化し、蹴りをぶち込む。
 まともに喰らって吹き飛ばされながらもレイムは床に両手をつき、くるりと一回転した後両手に持った五つの絵の具チューブから一斉に絵の具を噴出させながら叫ぶ。

「世界を彩る色彩達よ、レイムの呼び声聞いてちょーだいなっ!」

 それぞれの絵の具が明確な色を浮かび上がらせ、形を生み出し、そこに誕生するのは五つの武器。
 レイムが華麗に着地すると共に生み出された武器――剣、斧、槍、弓矢、鎖鎌――が周囲に集まり、ミゼラブルに矛先を向けて突撃させる。
 まず先に鎖鎌が鎖を伸ばし、ミゼラブルの胴体を縛り付けて自由を奪うと剣と槍が貼り付けにするかのように彼の両足に突き刺さり、続いて斧が彼の頭部へと振り下ろされる。最後に弓が独りでに矢を引いていき、ミゼラブルの眉間目掛けて矢を放つ。
 全て直撃したミゼラブルは様々な部分から血を流しながらも、傷を受けた部分から雷化していって拘束から抜け出す。そしてシンプルな球形になるとその場からレイム目掛けて雷の矢を無数に放っていく。
 レイムは己の目の前にイフリートの拳を振り下ろさせ、盾にする。
 雷を食らっても諸共しないイフリートは雷球状態のミゼラブルを睨みつけながら、その口から勢い良く火炎放射する。
 飛んできた火炎に対し、ミゼラブルは雷の体を生かして避けた後、火炎放射が無いイフリートの間合いに入ってからレイムへと接近していく。
 レイムはイフリートの拳から前に出ると先ほど出現させた鎖鎌をその手に召喚させるとぶんぶん振り回してから、鎌をミゼラブル目掛けて投げる。
 ミゼラブルはそれを容易く避ける……のだが、矛先が左頬をかすってしまう。しかしそんな傷も関係ないと言わんばかりにミゼラブルはレイムの前まで行くと、拳に雷を宿して殴りかかる。
 咄嗟に剣を召喚して防ぐものの電撃はまともに喰らってしまい、レイムの黒く焦げていた体が更に黒くなってしまう。
 幸いなのは先ほどに比べると雷の威力がグッと落ちていることなのだろうか? それでもダメージは畜産されており、体力的にかなり削られてしまっている。
 ふらふらになりながらもレイムは目の前の雷天使に言い放つ。

「……あんた、ちょっと疲れてきてるでしょ? 雷化には相当の代価が必要っぽいね」
「それがどうした? ……お前に勝つのは無謀にも程があるんじゃなかったのか?」
「えぇ、そうよ。だから……完全にぶっ殺してない段階で勝利を確信してるんじゃないわよ、バーカ!!」

 レイムが思い切り罵った次の瞬間、イフリートの身体は唯一つのマグマとなってミゼラブル目掛けて流れ込んでいく。
 ミゼラブルは突然の多すぎるマグマを避けきる事が出来ず、飲み込まれてしまう。
 床全体が真っ赤なマグマに飲み込まれていく。発動者であるレイム自身はマグマそのものが避けてくれるので巻き込まれてはいない。
 姿が見えなくなったミゼラブルに対し、レイムは身体に鞭を打ちながらこう言った。

「天使だけが死闘を繰り広げられると思ったら……大間違いなんだから……!」

 その顔は辛くも勝利した、戦士の顔。
 いくら全身を雷化できるといってもこんなに大量のマグマに飲み込まれてしまえば、ただでは済まないだろう。レイム自身の体力が減っている事と致命傷を与えないギリギリのレベルで止まるように調整はしている為、かろうじて死ぬ事は無い。ただ戦闘は確実に続行不能であるのは間違いない。
 初っ端から体力を大幅に使われる戦いを強いられた為、レイムはその場に座り込む。周囲のマグマが暑いけど気にしてる余裕さえも無かった。
 そんな時、片手に気絶したノルムを持ったコーダが空中から降りてきた。

「これはまたド派手にやりましたね。そんなに強かったんですか?」
「す、スパークとかプラズマとか、そんなのとは、非にならないぐらいに……。ってか、コーダ隊長は?」
「カウンター系統がかなり面倒な相手でしたけど、ちょっと脅しかけてやればすぐに潰せましたよ」

 紳士のように上品に、けれども確実に裏があると思わせる笑顔でコーダは答えた。
 どうやらレイムよりも早く終わっていたようだ。その証拠にコーダは無傷どころか先ほどよりも体力があるように見える。恐らくマキシムトマトを実体化させてとっとと回復したのだろう。
 それならば援軍に来てほしかったと思うけれどももうそれは過去の話。言っても毒舌で叩き伏せられるのが目に見えている。
 ドッと疲れがきたレイムを他所にコーダは書き溜めしておいた紙の内、マキシムトマトの紙を取り出すと実体化させてレイム目掛けて投げる。
 レイムはそれを受け取り、かじり出す。マキシムトマトの効力により、どんどんと傷が回復していき、ホッとする。

「あー、助かった……。ところでそのピンクエンジェルはどうするんですか?」
「ここの情報を洗いざらい吐いてもらいます。……拷問は得意な方なのでご安心を」
「隊長、拷問じゃなくて尋問でしょ? 隊長格の人がそういう事言うと本気で洒落にならないんだから自重して」
「あぁ、すみませんね。とりあえずこのマグマを解除してくれませんか? 幻想空間から現実に戻り、至急調査に移ります」
「合流しないんですか?」
「向こうがどこまで動いたか分からない以上、合流を目指さずにこちらで独自に調査した方が早いですよ。それに今回の目的はアカービィ副隊長とセラピム副隊長補佐官の救出、及びにスカイピアの行動を阻止。そしてレッドラムの水晶化解除。こんだけ多いんですから、行動は早い方がいいですよ。今回の戦闘で天使も弱い連中ではないと判明しましたし」
「あー、それもそうですね。そんでは両方とも解除しますんで少々お待ちを……」

 マキシムトマトを食べ終えたレイムがそう言って能力解除しようとした矢先の事だった。
 彼女が行うよりも早く幻想空間「終わり無き絵画」と床を支配するマグマが同時に消滅し、一気に元の通路へと戻ってしまったのは。
 いきなりの事態に五番隊主従は驚きながらも、元の通路に戻った途端目に入った人物に警戒する。
 その人物は注目を浴びているにも関わらず、心底つまらないと言った顔で拍子抜けしていた。

「……誰かと思えば大国防衛隊の絵描かよ。天使どももくたばっちまってるし、つまんねぇじゃねぇか」

 右の頭が欠け、灰色の何かが露出した大きくひび割れしたような水色の胴体を持つ男――オルカはその手に持った愛用長槍の百戦錬磨にもたれかけながら欠伸までする始末。
 一方で大国防衛隊の二人はというと、いきなり登場した否定の魔女に加担している連続殺人犯に強く警戒しながら何時でも戦えるように構えている。
 ……なんだけど、肝心のオルカさんは全く戦おうとする気配無し。すんごい嫌気発しながらため息ついてる。サザンクロスタウンでの暴れ具合は何処に行ったんだと言いたくなるぐらい暗い。
 そんなオルカの様子に拍子抜けしてしまったのか、レイムは呆れ半分警戒半分で尋ねる。

「……魔女一派の連続殺人犯が何でこんなとこにいるわけぇ?」
「好きで来てるわけねーだろ、ボケッ! こっちはタワー・クロックに行きたかったのにトレヴィーニの野郎、配役決まってるからって理由で却下しやがって……」

 うわ、愚痴りだした。
 しかしオルカの言い分からするとこのスカイピア突入は彼自身の意思ではなくトレヴィーニの企みが分かる。
 やはり関わってきた否定の魔女の一味にコーダはその企みを見破る為、オルカから話を聞きだす。

「それで? あなたは何が目的でこのスカイピアにやってきたのですか?」
「トレヴィーニの命令に決まってるだろ。ノアメルトってロリゾンビの矛盾に警戒して本人は準備してから行くって言ってたけどな」

 ノアメルト。その名前を聞き、コーダはサザンクロスタウンの時に遭遇した不揃の魔女を即座に連想する。
 あの時は彼女がいたお陰でサザンクロスタウンからの脱出が出来たけれど、オルカの言い方からするとスカイピア復活の原因はトレヴィーニではなくノアメルトのようだ。
 物語を最高の形で終わらせるのが目的だと語っていたのだが、自分の意思で余計なイレギュラーを付け足すのは物語の蛇足に過ぎないのではないのかと思うのだが今は考察する時間ではない。

「……トレヴィーニはどのような命令をあなたに下したのですか?」

 コーダはオルカに目的を問う。オルカはこう答えた。

「天使潰し共同戦線。それがスカイピアグループに対する命令だ」

 その情報はとっても意外なものだった。

 ■ □ ■

 そこは煌きに満ちた、夜の世界。
 星々を連想させるかのように無数のつかみとれないぐらいに小さな小さな粒が空中を舞う中、細長い水晶の筒の上にルヴルグとジスは立っていた。
 水晶同士を混ぜ合わせ、数式を連想させるかのような複雑怪奇な魔法陣が描かれた床の上でルヴルグは舞台に立った役者の如く、お辞儀して目の前の死神天使を歓迎する。

「幻想空間「クリスタルワールド」にようこそ、死神よ」

 そこに立つ彼女は無数に散らばる水晶の輝きもあってか、この世界に何よりも相応しいと思わせる。
 ジスは軽く拍手を送り、素直に思った事をルヴルグに言う。

「中々綺麗な世界だな。愚劣なる大地の民にも芸術を愛し、生み出す技術が存在するとは全く思わなかった。八百年の歳月でここまで文明が進化しているとは思ってもいなかったな。いや、それとも魔法というべきか? 短い歳月でここまで生み出せているとは……」
「ほざけ。天使を何時までも特別扱いするな。貴様等も私達も同じカービィだ。能力に然程違いがある訳ではないだろう? 違いがあると言い切れるのならば……私に証明してみせろ」

 ルヴルグは仮面の下からジスを睨みつけ、静かな口調で挑発する。
 その言葉を聞いてジスは何が可笑しいのか笑みをこぼしながら巨大な鎌を持ち直しながら、目を細めて目の前の女戦士に向かってこう言った。

「ならば教えてやろう。究極と至高の美しさをもつ魔女と愛し愛され合った男の力をな」

 次の瞬間、ジスはルヴルグの目の前まで移動していた。その鎌の内側にルヴルグを入れる形で。
 瞬間移動ともいえるジスの行動にルヴルグは驚くものの冷静に対処し、風魔法を発動して鎌が引かれる前に上空に避難する。
 ジスも当たるとは思っていなかったらしく、即座に翼を羽ばたかせて上空に浮遊するルヴルグを追いかけていく。
 ルヴルグは右手を勢い良く振り、夜空の星の如く輝いていた水晶達を一斉にジス目掛けて飛ばしていく。その光景はさながら流れ星の大群のようだ。
 己の正面に魔法陣を展開させ、水晶を防ぐジス。その水晶はそれぞれ炎、氷、雷、木に変化しており、ルヴルグの魔力の強さが伺える。というか良く燃えたり溶けたりしなかったな。
 ジスが防いでいる間にルヴルグは更に呪文を唱え、相手の周囲に八つの魔法陣を展開させて氷で一気に四股と翼をとらえて動きを封じると拘束した部分から棘を生やさせ、抉るように突き刺していく。
 そのままルヴルグは詠唱し、ジスの上下に二つの魔法陣を展開させると巨大な鋼の手を召喚して叩き潰しにかかる。
 叩き潰される寸前、ジスは動かずにただ小さな小さな声で呟いた。

「失せろ」

 直後、氷も鋼の腕も魔法陣も、ジスを妨害していた全てがひび割れて粉々になって消滅した。
 否定とは違う、けれども良く似た能力にルヴルグは驚くもののすぐに冷静さを取り戻して、攻撃を加えようとして口を開く。
 それを阻止しようとジスは傷ついた翼を羽ばたかせてルヴルグの目の前まで移動し、血塗れの左手で彼女の口を封じるとその手から爆発を引き起こして己共々吹き飛ばす。
 ルヴルグは爆発によって吹き飛ばされるものの、無数に散る水晶達が独りでに集まっていってルヴルグのクッションとなってジスと間合いがとれた位置で止まる。
 それを好機と見たジスは自己再生を行いながら、鎌の柄を伸ばしてその場から勢い良く横から振るう。調整された鎌の長さは尋常ではなく、その場からでもルヴルグの身に刃を突き刺すのは十分だと思い知らせるほどのものだった。
 ルヴルグを支える水晶のクッションは鎌が彼女に突き刺さる寸前に引いて攻撃を逃れる。ただ完全に避けきれたわけではなく鎌の外側が仮面に当たってしまい、その衝撃で仮面が割れる。
 本体に直撃させられず、ジスは舌打ちしながらルヴルグを見る。
 目を見開いた。
 彼女の素顔は先ほどまで何度も挑発した気高き魔法戦士と連想させるには――あまりにも幼くて、不釣合いだったから。
 仮面をつけていた時には二十過ぎた戦士だとハッキリと見せ付けてきたというのに、素顔になった途端それが崩れてしまった。明らかにその顔は戦士というよりも護られる立場にある姫に近く、とても可愛らしかった。
 まるで分厚い雲に遮られていた明るい太陽が姿を現したようだ。
 太陽と思えるような橙色の瞳をゆっくりと開き、ルヴルグは動きが止まったジスに話しかける。

「……力があるからって間抜け面を見せ付けるな。それとも究極と至高の美しさを持つ魔女と愛し愛され合った男が私如きに見惚れたのか?」

 話しかけられ、漸くジスはハッと我に帰る。
 そうだ。自分が心を奪われていたのはスカイピアを滅びに導いた純白の魔女唯一人だ。天使よりもはるかに劣っていて、愚かな行為を繰り返す事しか出来ない地上の民に見惚れてしまうなんて馬鹿げている。
 鎌を元の長さに戻しながらジスはルヴルグに怒りを込めて言い放つ。

「ふざけた事をぬかすな! その仮面の下があまりにも子供だったから笑うのを堪えていただけだ。偉大にして崇高なる天使が貴様のような幼稚な女に見惚れると思っていたのか? それこそ笑い話にしかならないな」
「そうか。……惚れられたのかと思って少し冷や冷やしたよ。全くタイプじゃない男を振る方法なんて、顔の面影が無くなるほどボコにする事しか思いつかなかったからな」

 その言葉を聞き、ジスは一言も話さずにルヴルグ目掛けて接近して鎌の外側で突きにかかる。
 ルヴルグは水晶のクッションを操り、一気に滑空して避けると真下から呪文を唱えて水柱を立ててジスを飲み込む。
 水柱に飲み込まれるもののジスは鎌を一回転させるように振るい、水柱そのものを消滅させた後に己も滑空してルヴルグの頭部目掛けて両足を叩き込んだ後に魔法を使って鎌から鎖を出現させ、彼女の両手を縛り上げて己の目の前まで引っ張り込む。
 攻撃をまともに喰らってしまった事と至近距離に顔を近づけさせられた事もあり、ルヴルグは不快で顔を歪ませながらも強く睨みつける。
 それを見たジスは嘲笑い、ルヴルグの顎をつかんで本当に触れ合ってしまいそうな至近距離でこう言った。

「愚かだな、大地にへばりつく事しか出来ない劣等種の女よ。魔女の箱庭遊戯の中で揚々と生きている事しか出来ず、ただインヴェルトの恐怖に怯えていればいいものを……わざわざ貴様等よりもずっと神に等しい位置にいる天使に歯向かい、命をこれより落とす事になるとは愚かにも程がある。あまりにも馬鹿すぎて、同情すらできない」

 そう言いながらジスは鎌をゆっくりと振り上げていく。
 ルヴルグは頭を後ろに引かせ、そのまま勢い良く頭突きをかましてジスに手痛い一撃を与え、尚且つ反動で距離を離す。
 向こうが痛がっている隙にそのまま己とジスの周囲に無数の水晶を呼び寄せ、ジスの全身へへばりつかせていく。へばりついた水晶は彼の体力を吸い取っていってルヴルグへと転移させていく。
 回復していくルヴルグは輝かしい太陽のような瞳で、ジスに向かって言った。

「馬鹿で結構。ただ死ぬ気は無いさ、生き残る気はあるけどな」

 その姿はとても可愛らしい少女と気高き女戦士の二つ、まるで太陽と月の裏表の輝きをもっているように感じるほど――魅力的だった。
 ジスはルヴルグの姿を見て一瞬動きを止めるもののすぐさま先ほどと同じ言霊を唱え、己の身についた水晶を全て消滅させる。その後、自分の鎌とルヴルグを繋ぐ鎖も消すと鎌を下ろす。
 その行動を見て、ルヴルグは不審に思って警戒する。
 ジスはそれを見てまぶたを閉じて頭を左右に振って否定し、ゆっくりとまぶたを開いてルヴルグを見つめながら静かな口調で問いかけていく。

「自惚れたその精神こそ大地に這い蹲る下劣な害虫そのもの。その思いこそが哀れ且つ情けない事に貴様等は何も知らずに地上を食い荒らし、滅びへと導いていく。そんな未来を考えるだけで背筋がゾッとする。だからこそ地上はスカイピアが支配しなければならないのだ。それなのに貴様は無駄に天使に歯向かい、己の命を削っていく。それが自殺願望ならば思い通りに殺してやりたいところだが、生き残る気と答えるなんて俺には理解できん。それ故に問おう、太陽の瞳を持つ女戦士よ。貴様は何故、ここに来た?」

 人を見下しまくった不快な語りもついてきたものの、ルヴルグはそれに怒りを見せずに己もジスを見つめる。
 希望を表した太陽の瞳と絶望を表した紅月の瞳が重なり合い、互いの瞳に己の姿が見えた。
 ルヴルグは口元に不敵な笑みを浮かべて、その口を開いた。その際彼女の瞳は静かに、けれども強く強く輝いているように見えた。

「貴様等と同じさ。貴様等がスカイピアに命を賭けるように我等も大国に命を賭けているだけ。だから大国を食い散らかそうとする天使気取りの侵略者を……叩きのめしにきた!」

 そう言ってルヴルグは右手を前に出し、そこから魔力を凝縮させた厚い砲撃をジスへと放つ。
 ジスは至近距離から向かってくる砲撃を避けず、咄嗟に鎌を振り上げた。
 すると砲撃は鎌によって切り避けられてしまい、ジスを分岐点にしたまま二つに別れて幻想空間内部を一直線に飛んでいくだけだ。
 それを見たルヴルグは砲撃を消し、黄色のクリスタルを一際強く輝かせる。直後ルヴルグはその場から消え、ジスの真後ろへと回り込んでおり、拳に氷を宿らせて殴りかかる。
 殴られる寸前にジスは咄嗟に振り向き、屍と描かれた拳を相手の氷の拳にぶつけて相殺させる。
 普通の手よりも硬い氷とぶつかり合ったことからジスの手が耐え切れずに裂傷して血を流す。しかしジスはそんなもの気にせず、勢い良く右足でルヴルグを幻想空間の夜空へと蹴り飛ばす。
 夜空に蹴り上げられたルヴルグはあまりの威力に血反吐してしまうものの、即座に四つのクリスタルを輝かせて回復に営む。
 その最中、無限に広がる夜空から幻想空間クリスタルワールドを包み込むように大きく螺旋を描きながら、無数の水晶が集った流星群――まるで天の川のようだ――が流れてくる。
 ルヴルグは己の方に流れ込んできた流星群に飛び乗り、足元に魔法陣を展開させる。すると流星群は八つに分離していき、それぞれが我先にとジス目掛けて突撃していく。
 目の前に迫ってくる流星群に対して、大鎌を両手に持ち直したジスは強い意思を込めて咆哮する。

「無駄だ。そんな数だけに頼った技に……俺を殺せると思うな!」

 ジスは体を急速回転させ、鎌を大きく振るって流星群全てを切り裂いて跡形も無く消滅させる。ルヴルグもいなくなっているが、肉体を斬った感触は無かった。
 逃げた。ジスはそう察すると即座に翼を羽ばたかせ、ルヴルグの気配がする遥か下へと滑降する。
 複数立ち並ぶ水晶の筒よりももっともっと下、この幻想空間を煌びやかに演出する小さな小さな水晶達の灯だけが照らす奈落へとジスは降りていく。
 しかしルヴルグの姿は見当たらない。気配はするのに、どこまで落ちていっても見つからない。
 そこで何かに気がついたのか、ジスは翼を止めて奈落の真っ只中で停止する。その場で目を閉じると鎌をゆっくりと振り上げて……そのまま一気に振り下ろした。
 するとジスの周囲に浮かんでいた小さな水晶達は次々と消滅していき、立ち並ぶ水晶の筒も全てひび割れて粉々に砕け散っていく。漆黒に染まっていく幻想空間にも所々ひびが入り、欠片が落ちていく。そこから漏れていくのは輝かしい明かり。崩れ落ちていく欠片は数を、大きさを、増していき、漆黒の世界を光で包み込む。幻想空間に閉じ込められた天使を本来の世界へと導いていく。
 そこでジスは再び目を開く。
 今、己のいる場所は幻想空間クリスタルワールドではなく、故郷スカイピアの城内部である通路。その正面には驚愕に満ちた顔をしたルヴルグ。よっぽど幻想空間が破られた事を信じられないようだ。
 そんな彼女に対し、ジスは振り下げた鎌を両手で横に持ち直すと翼を広げて突進していく。
 ルヴルグは咄嗟に風を己の身に宿し、避けようとする。
 しかしそれよりもずっと速くジスは彼女目掛けて鎌を右から左へと大きく振って突き刺した。
 勢いがありすぎた為か、ルヴルグの体はまるで団子のように鎌に深く刺さっていた。しかし鎌の方が太くなっていった為か、体が耐え切れずに裂けていて血をだらだら流しながらぼろぼろと崩れていく。
 ジスは鎌に残った肉塊を手で払いのけ、ルヴルグだったものを床に落としていく。落としていく際、肉の中の眼球と目が合った。だけど眼球は血塗れた紫色の帽子に飲み込まれてしまい、床に落ちた時には帽子の中に隠れてしまった。
 帽子を取り、その下に隠れている惨劇の血肉と眼球を見つめながらジスは少し寂しそうに呟いた。

「……その太陽の瞳は、インヴェルト以上だというのにもったいない」

 ルヴルグの素顔が見えたあの瞬間、心を奪われた。滅びの魔女インヴェルトという最高の美女を知っていながら。
 何故心を奪われたのだろうか。何故インヴェルト以外の女に見惚れてしまったのだろうか。
 ……いや、答えは分かっている。ただジスはそれを認めたくないだけだ。認めてしまったら、天使としての己が終わってしまいそうな気がしてならない。
 だから長丁場になる前にとっとと終わらせた。スカイピアに生きとし生ける存在として当然のように、地上のゴミを消した。
 己にそう言い聞かせながら帽子を手放そうとした。
 その寸前、ジスは信じられない光景を目にする羽目になった。散らばった血肉から煙が噴出し、己の意思を持ったかのように一つに集まっていくという悪夢のような光景を。
 生命の源となる血は肉の中へと入り込み、原型を留めていなかった肉は彼女の体色を取り戻していきながら球体へと戻っていく。生きた意志を持った存在として、確実に蘇っていく。
 絶対にありえないその光景にジスは大きく目を見開き、一歩二歩引きながら驚愕の声を上げる。

「何故だ! 何故、何故……死者が蘇る!! 滅びの魔女はこの場に存在しないというのに、何故だ!? これは一体どういう事だ!!」

 生死の輪廻が覆されるなんて、よっぽどの例外が無い限りありえない事実。
 それなのにどうして……彼女は蘇る……!?
 ジスが戸惑う中、完全に元に戻ったルヴルグはゆっくりと目を開いて起き上がる。彼女の表情もまた驚きに満ちていた。

「……えぇと、私思い切り殺されたよな?」

 殺されたという事実を自覚している。これは時が戻ったとかいう無茶苦茶な理由なんかではない。地上ともスカイピアとも異なる何かが発動して、こんな事が起きたのだ。
 ルヴルグ蘇生という事実に両者互いに戸惑いを隠せない中、問われたジスは落ち着きを取り戻して答える。

「あぁ。貴様は俺が殺した。だが貴様は俺の目の前で蘇った。……問おう、貴様がやったんじゃないのか?」
「馬鹿言うな」
「そうか」

 ルヴルグのキッパリした返答を聞き、ジスは彼女が行ったものではないと判断する。そして謎は深まる。
 この原因不明の死者蘇生は一体どういうことなのか――?
 それは決して生きた人が入り込む事が出来ない領域。死者が漂う冥界でさえ、大きな代償が必要な儀式。生と死は絶対且つ相反し合う事象、簡単に覆す事が出来るものではない。
 出来るとするならば事象そのものに干渉できる力そのものが人となった存在――。

「「……魔女……」」

 二人の脳裏を過ぎるのは純白の花嫁である否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガン。
 だけど一人は知らない、一人は気づかない。
 矛盾だらけの不揃の魔女ノアメルト・ロスティア・アルカンシエルという存在を。






 ■ □ ■










「絶対なる輪廻転生を持つ森羅万象を凝縮した結晶達よ、我が呼び声に答えよ! 創造と破壊を兼ねた勇気の炎。深き愛情を持ついたわりの水。全ての人を支える希望の土。未来という道を示す探求の風。世界の始祖たる四つの力よ、一つとなれ!」


  • 最終更新:2014-05-29 18:41:55

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