第四十七話「魔女の鉄槌」


 時を少し戻し、場所はスカル=ホーンの部屋。ノアメルトが選択を五人に強いて、手を差し伸べている時のことであった。
 あからさまな彼女の態度に対し、ルヴルグがその手を払いどけようとした寸前、ノアメルトは唐突に目を見開いてパクパクと口を動かしだした。その表情は先ほどまでの女神の皮を被った幼女のものではない。体を震わせ、これから来る何かに怯え、警戒しているものだ。

「おい、待て。どういうことだ。何だ、この手段は。そんな方法で、私の城を破壊するというのか……!?」
「……何を言っているんだ、貴様は?」
「お前の方こそ何を言っているんだ!? まさか感じないのか? この絶大なる否定の力を! 怒りに満ちた魔女の力を!!」

 ノアメルトはかなり乱暴に言い返した後、ハッとして一人納得したように苦々しく呟く。

「否定の力か……! あの女、それほどまでにここを破壊したいのか。失敗を認めないというのか。だからそんな無茶苦茶な手段に出たというのか!! クソ、クソクソクソクソッ! ただの死にたがりの癖して、こんな真似しやがって!! 白いだけのビッチババァがふざけた事してんじゃねぇよ!! スカイピアはもう俺のもんだっていうのに、あのヤロォ……!!」

 徐々に怒りをあらわにし、可愛らしい幼女の姿には不釣合いな暴言を次々と吐いていく。
 突如変貌したノアメルトにルヴルグが唖然とする中、その言葉を聞いていたフル・ホルダーが驚きながらこう言った。

「まさかトレヴィーニ様、もう……!?」
「フル・ホルダー! トレヴィーニは何をするつもりだ!?」
「そこの魔女が散々言っているでしょう! このスカイピアの破壊ですよ!!」
「だから、その手段についてだな……!」

 明確な答えが見えてこず、ルヴルグはただ大変な事が起きている事しか理解できずに焦る。
 一方でノアメルトは激しく色が変わっていく目を見開きながら、翼を広げて完璧に歪みきった顔で悪態をつく。

「こうなりゃ一匹でも多く、ババァの牙から逃さねぇと……! クソッ、完璧に計算外だった!!」

 そう言ってノアメルトは消え去った。
 残された五人は一体何がどうなっているのか把握できずに困惑するものの、よっぽどの緊急事態なのは理解できた。自分達を混乱させ続けた不揃の魔女があそこまで慌てふためいたのだ。何も無いわけがない。
 この中で唯一トレヴィーニが何をするのか知っているフル・ホルダーはすぐさま幻想空間に繋がる穴を開く。

「申し訳ございませんが、私は巻き添えを喰らいたくないのでここで失礼させていただきます。避難したいのならば勝手に入ってきてくださいませ」
「何?」
「こちらの目的はトレヴィーニ様による襲撃の間に、スカイピアの情報収集とアカービィ・セラピム両名の回収。まだ現在の目的は達成されておりませんので……ね」

 フル・ホルダーはそう告げると、我先にと穴の中に入って幻想空間へと逃げ込んだ。穴は消える事が無く、その場に浮いているままの状態で残っている。
 罠のようにも見えるが否定の魔女の襲撃自体は真であろう。それならばトレヴィーニと対峙するよりかは幻想空間に自ら飛び込んだ方がマシなのではないのだろうか?
 他の三人を見渡してみる。まだショックで立ち直れていないセラピムはアカービィに支えられる形で立ち上がっており、スカル=ホーンはぶつぶつと呟きながらもゆっくりと立ち上がっている。どうやら真実という重圧に押し潰されそうにはなっていたものの、生命の危機となれば動ける程度の余力はあるそうだ。
 それを見たルヴルグは再会したばかりのアカービィに命令する。

「アカービィ、セラピムとそこの天使を連れてフル・ホルダーの幻想空間に避難しろ」
「……ルヴルグ隊長は?」
「少々気になる奴がいるんでな。そいつのとこまで行こうと思っている」
「はぁ?! 何を無茶言ってるんですか! あんた、自分がどんっっっだけ道に迷いやすいか分かってんですか!?」
「分かっている。だが、ここぞという時にはちゃんと行けるんでな。それに間に合わなかったら、自分の幻想空間に避難すればいいだけだろう?」

 根拠も無いのに言い切ったルヴルグにアカービィはあきれ果て、言い返す気力をなくした。こうなるとこの人はトコトン頑固になる性質なのは良く知っている。

「……分かりました。死なないでくださいね?」
「言われなくてもな。お前こそ、女の手は離すなよ!」

 ルヴルグはそう告げると足元に魔法陣を展開させ、その場から消える。
 アカービィはそれを見送るとセラピムとスカル=ホーンを連れ、幻想空間に通じる穴へと飛び込んでいった。

 ■ □ ■

 一方で最上部。個室の様々なところに血が飛び散っていて、人に殺人事件がおきたのかと錯覚させそうになる。唯一血がついていないのは神々しい女神が彩られたスタンドガラスのみ。
 その中でただ一人、ジスはその身に無数の傷を負いながらも、スタンドガラスを見上げていた。白を基調とした出せる限りの美を正面に出した麗しいだけの虚実の女神を見上げていた。

「インヴェルト……。お前は、それほどまでにスカイピアを忌み嫌うのか?」

 ぽつりと、呟く。
 先ほどまで殺し合いをしていたノアメルトは唐突に姿を消した。インヴェルトが何かを行うと言って酷く焦っている様子だった。あの様子からしてろくでもない方法でスカイピアを潰す気なのは、まず間違いないだろう。
 そう考えると腹立たしい。八百年前の死闘を嘲笑われているように感じたからだ。先ほどノアメルトに告げられた真実の事もあり、その思いは益々深まっていく。
 ジスは怒りのままに床を叩き、虚実の女神に叫ぶ。

「どうしてそんなに俺達を毛嫌いするんだ。俺達はそんなに存在してはならないのか? お前にとって、俺達はそんなにも……邪魔でしかないのか……!」

 蘇る。八百年前、インヴェルトを封印した時のことを。
 彼女は常に悲しげな顔で己と向き合っていた。誰よりも愛しく、殺してしまいたいと思っていた彼女は、ただ涙を流していた。その時は最早全てを失ってでもインヴェルトを封印する事しか頭に無かったから、気にする余裕なんて無かった。
 だけど、これから訪れる魔女の裁きとあの涙が関係しているとすれば、彼女は心の底からスカイピアを忌み嫌っている事になる。
 何度も闘い合ったというのに、どうして? どうして、そんなにもスカイピアを否定する――!

「何がいけないというのだ! 俺達は天使達の為に、スカイピアの為に、全てを賭けて滅びの魔女インヴェルトと戦ってきた!! 貴様はそれすらも認めないというのか! 貴様にとって、それほどまでに天使とはちっぽけで穢れた存在だというのか!! 地上の民よりもずっとずっと愚かで、哀れで、存在する価値が無いというのか!!」

 ジスは叫ぶ。虚実の女神を通し、全ての者に黄昏を与える純白の魔女インヴェルトに向かって心のままに叫ぶ。やりきれない絡まった思いを込めて、ジスはただ叫び続ける。スカイピアの運命を狂わせ続けた全ての元凶にして、無数の命と心を奪い去った滅びの魔女には届かないと知っていながらも、叫ばずにはいられなかった。
 それほどまでに魔女が犯した裁きは、天使達――少なくともジスにとっては重過ぎるものだったから。



「ならば何故、俺を愛しているなどと抜かしたああああああああああああああああああ!!!!」



 血涙を流しながら、ジスは出せる限りの大声で、これから鉄槌を下さんとしている魔女に向かって叫んだ。
 その叫びに呼応するかのように、背中から新たに四枚の赤い翼が生える。合計六枚となった翼はジスの嘆きと連動するかのように徐々に大きくなっていく。彼の手に描かれた屍の文字が、両の布につけられた呪の文字が、紅に染まる。薄暗い赤色の瞳が、真紅へと変貌していく。その身についた血は消え、代わりに元からあった複数の傷跡全てが赤色に染まっていく。
 黒き死神が、赤き堕天使へと、変貌していく。
 その最中だった。唐突に己の背後から魔力を感じたのは。ジスが振り向くと同時に、床に小さな魔法陣が出現すると共にルヴルグがその場に出現する。

「ジス! ここにいたか!! ……って何だ、その姿は。イメチェンか?」

 ルヴルグはジスの変貌した姿を見て、思わず尋ねてしまう。
 ジスはそれにツッコミを入れる事無く、今頃やってきたルヴルグに対して静かに返す。

「遅かったな、太陽の瞳の娘。インヴェルトの偽者はもう退散したぞ」

 先ほどとは打って変わって、妙に落ち着いた様子だ。叫びまくって鬱憤が晴れた、にしては落ち着きすぎている。
 己が最初に対峙した時とは心身ともに変わり果てているジスに一瞬言葉を失うものの、ルヴルグはじきに訪れるであろう否定の魔女の襲撃を伝えようと声を上げる。

「そんな事はどうでもいい! それよりも今、否定の魔女がこちらに向かっていて、相当やばい状態なんだ。だからお前も……」
「逃げるつもりはない」

 しかしジスは彼女が喋っている途中で遮った。ルヴルグが「どうして」と言うよりも早く、六枚の翼で少しずつ上昇しながらルヴルグに理由を語る。

「彼奴の目的がスカイピアを木っ端微塵に破壊する事ならば、俺は最後のスカイピアになってでも足掻き続けなければならない。例え奴にとってスカイピアがくだらないものであろうとも……天使にとっては何よりも大切な故郷なんだ。太陽の瞳の娘よ、それはお前達とて同じことであろう?」

 その手に持ちきれないほどの長さと黒き螺旋が描かれた柄と真紅の刃を持つ鎌を召喚し、ジスは静かに語りながらもその思いの強さをルヴルグにぶつけていく。
 ルヴルグはそれを聞いて、ジスの決意があまりにも深いものだと思い知る。間違いなくこの男は最期の一人になろうとも、絶対なる力をもった否定の魔女トレヴィーニ、物語を歪曲させる不揃の魔女ノアメルト、どちらにも恐れる事無く立ち向かい、命が散るまで闘い続ける。
 馬鹿馬鹿しいけれど、誰も寄せ付けないほどの誇り高さにルヴルグは感銘した。
 その一方、ふとジスはルヴルグは尋ねる。

「……しかし解せんな。何故、貴様は逃げずに俺のもとに来た?」
「そんなもの、私が聞きたいよ」

 ルヴルグが困ったように苦笑しながら答えたその時、とてつもない衝撃がスカイピア全体を襲った。

 ■ □ ■

 場所は変わり、スカイピア外部。そこでは慌しく報道陣のヘリが集まっていた。
 数分前まではほんの少ししかなかったというのに、今では我先にと誰もが現在のスカイピアに対して生放送で状況を報告している。ニュースキャスターは興奮と恐怖で一杯なのか、誰も彼もがヒステリックに叫んでいる。
 恐らく今、どの局でも凄まじい勢いでこのニュースが報道されている事であろう。どんなニュースがあってもテレビアニメを流し続けている局ですら、番組を切り替えている始末なのだから。
 そんなにも彼等を奮い立たせるほどの事体とは一体何なのか。その理由は簡単だ。





 天空王国スカイピアに黄金の風を纏った飛行機が激突し、そのまま貫いて破壊したからだ。




 その様は誰が見ても、否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガンによる裁きそのものでしかなかった。
 つい数秒前にはレッドラムがクリスタルから解放された事で大ニュースだったというのに、それに続くように空中王国目掛けて魔女の鉄槌が下されれば報道陣がこんなに騒ぐのも無理は無かった。
 彼等が騒ぐにつれ、崩壊したスカイピアから瓦礫や人だったものが崩れ落ちていく。飛行機もまた衝撃に耐え切れず、少しずつその身を崩れさせていく。それに合わせて黄金の風はスカイピアを包み込み、壊れゆく空中王国と飛行機を空中に固定する。しかし全てを支える事は出来ず、ぼろぼろと様々なものが崩れ落ちていく。黄金の風はそれをつかみとろうとせず、見送るだけだ。
 かつて大国を戦乱の渦に導いた否定の魔女の圧倒的な残酷さを再び思い知らされ、報道陣は恐れ多くもこの様をテレビに映しながらも戦慄する。テレビの向こう側からこの状況を知った者達も戦慄する。

「妾の怒りに触れるとどうなる事か、思い知ったであろう」

 誰もが黄金の風が否定の魔女の言葉を代弁しているように見えた。



 第四十七話「魔女の鉄槌」終了



  • 最終更新:2014-05-29 18:46:38