第十六話「NIGHTMARE CITY」


 サザンクロスタウンの北・東・西に位置するゲートは全て大きな開閉式の橋となっている。
 普段は多くの交通がある為、滅多に閉じる事が無いのだが緊急事態になると全てが閉じられる仕組みとなっており、かつての世界大戦時サザンクロスタウンは一種の鎖国と化していた。
 今回『戒厳令』も出された為、サザンクロスタウンは近い内にゴーストタウンと化すであろう。それならば他者との交流は無しとなり、閉鎖を開始する。
 既に連絡も行き渡っており、橋は今閉じられることになった。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴ! と大きな音を立てて、二つに隔てられて空に向けて垂直になろうとしている。
 もう誰も来ないとサザンクロスタウンの者達は思っているのだろう。だが実際は違う。
 ナグサ達九人を乗せたトラックがサザンクロスタウン東ゲートに向かっている真っ最中なのだ。

「わあああああ!! 橋が! 橋があがる!!」
「何でこんなタイミングであがるんだよ! 空気読め!!」

 遠目に見える垂直にあがっていく橋にナグサとローレンが悲鳴にも似た声を上げる。
 だけども橋に通じる筈が無く、どんどんあがっていくばかり。既に斜め45度ぐらいになってしまっており、飛び越えない限りサザンクロスタウンに行く事は不可能だ。
 揺れ動く中、ちるがこけそうになりながらも小窓越しにカルベチアに叫ぶ。

「どうにかできないの!?」
「無理ですよ! このトラックはそんなにスピード出ませんし、第一仮に飛び越えられたとしてもその後の衝撃に耐え切れません!!」
「そんな!」
「それじゃ、三日月島にいけないよ!!」

 カルベチアの言葉を聞き、ちるがショックを受け、ミルエも声を上げる。
 そんな事を言われてもカルベチアにはどうにも出来ない。運転席に座るダム・Kを横目で見るものの、彼はブレーキと自分を交互に見ている。止まる気満々だ。
 とりあえず行こう、という考えであった自分達や和風コンビはともかく、ナグサ達にとってはどうしても行かなければならない目的地。
 しかしサザンクロスタウンの橋が一度上がると、長い長い間下りてくる事は無い。このチャンスを逃すとそれこそ否定の魔女が姿を消す時まで、入る事は出来ないだろう。
 ならば今、行くしかない。しかし仮に飛び越えられたとしても、落下時の衝撃に耐え切れるかどうかは分からない。寧ろ大破する可能性の方が高い。
 あまりにも八方塞がりな状態にカルベチアは打開策を思い浮かぶ事が出来ない。
 その時だった。

「運転手さん! アクセルを力いっぱい踏んでっ!!」

 ナグサがダム・Kに向かって叫んだのは。
 ダム・Kは驚きながらも、反射的に言われた通りアクセルに全体重をかける。当然トラックはスピードをあげ、トラックに乗っている全員に衝撃が走る。
 アクセルをめいいっぱい踏みつけたトラックは100キロを越し、安全運転だった先ほどとは打って変わって一直線に走っていく。
 一番軽いちるがトラックから投げ出されそうになるものの、タービィが何とかキャッチする。他のメンバーも荷台に必死でつかまり、振り落とされないようにしている。
 片手で帽子を抑えながらミルエはナグサに話しかける。

「ナッくん、何か思いついたの!?」
「一か八かの賭けだけどね! でもやるしかない!!」

 ナグサは力強く頷いて答える。それを聞いたローレンは露骨に嫌な顔をする。

「げっ! ギャンブラー魂をここで発動しやがった!!」
「な、ナグサ君何やる気ですか!?」

 続けてちるが不安と混乱が入り混じった顔で叫ぶ。
 ナグサは過去にコッペリア相手に無謀にも近いギャンブルを行った事がある。結果は地雷踏みまくりだったが九死に一生を得られた。
 だがその場に居合わせたローレンや、コッペリアの分身であったちるからすればあまり良い思い出ではない。寧ろあれ程の強運は滅多に出るものではないし、あんな無謀なのは二度としてほしくないとまで考えている。
 そんな二人の思いを他所に、ギャンブラーナグサは指示を出す。

「ちるちゃん! とびっきりの衝撃波出す準備しておいて!!」
「え!? あ、はい!!」
「ツギ・まちは飛んだ後の衝撃に備える! 言いたい事分かる!?」
「!」
「OK! 他の人は魔力をためて、その魔力をトラックとちるちゃんに移して!! 出来る!?」
「わかったー!」

 ナグサに言われた通り、ちるは己の身に力を蓄え出し、ツギ・まちはトラックの端の方に移動して何時でも飛び出せる体勢となる。ミルエは速攻で体内に魔力をため、トラックへと魔力を転移させる。
 ローレンはナグサが出した最後の指示を聞き、その内容を理解してしまい顔を青ざめて発狂したように叫ぶ。

「うわあああ! 読めた! 地雷君の考えが読めてしまった!! これ、地雷通り越して集団自殺だよ。ぼくさま、こんなところで人生終わらせたくないよ!!」
「ローレン、落ち着きなさい! 気持ちはものすごく分かりますけど!!」
「んじゃどーしろと!?」
「彼の言われた通りにするしかないでしょうね。私達に幸運の星が宿っている事を祈りながら、一か八かの片道特急に挑戦しましょう!!」
「カルベチアも結局賛成!? あーもう、こうなりゃヤケだー!!」

 半ば神に祈るような形でローレンとカルベチアが魔力を一気にためていき、トラックへとその魔力を叩きつけるように転移させる。
 その様子を見たタービィとチャ=ワンは互いに頷き、彼らも魔力を蓄えるとちるに転移させる。
 タービィはナグサに振り向き、粗方終わった事を報告する。

「ボウズ! 言われた通りにやったぞ、大丈夫なんだろうな!?」
「分かりません! ただ衝撃が凄まじい事になると思いますのでご注意を!!」
「安心しろ。ボウズのギャンブルの方がよっぽど衝撃的だ!」
「それはありがとうございます!」

 どう考えても褒め言葉ではないが、ナグサは礼を言うと己もすぐに魔力を貯めてちるに転移させる。
 全ての準備が整った直後、カルベチアとチャ=ワンが同時に声を上げた。

「これより橋に突入します!!」
「全員、トラックにしっかりつかまるでござる!!」

 二人の声を聞き、荷台に乗っているメンバーはしっかりとつかまり、助手席のカルベチアはドア付近についた支えをしっかりと握り締める。
 ダム・Kはアクセルが壊れるぐらい力いっぱい踏みつけ、魔力によってスピードがより上がったトラックが60度まで上がった橋を駆け上がる。
 あまりにも急な坂道とスピードに全員の体が後方へと叩きつけられていく。荷台の上に乗った者達全員が絶対落ちないようにと思いながら、力強くつかまっている。
 トラックはあっという間に橋の切れ目まで到着するものの止まらず、寧ろそれ以上のスピードで走り続ける。
 当然トラックは橋の切れ目から、空へと飛び出した。

「ちるちゃん、今だ!!」

 空に飛び出した瞬間、ナグサが叫ぶ。ちるはトラックの後方目掛けて自分と三人の魔力を込めた衝撃波を発動させる。
 衝撃波はコッペリア時に出したものよりもずっと強く太く、ジェットのような勢いを見せる。その発動により衝撃波はトラックのジェットとなり、トラックをより空中へと飛ばす。


 トラックは巨大橋を飛び越え、サザンクロスタウン上空を飛ぶ。


「と、飛んだ! トラックがめっちゃ飛んだ!!」
「魔力の上乗せとはいえど、ここまで凄い事になるとは……」
「なんちゅー滅茶苦茶な! さすがはミル公の旦那だ!!」
「ふ、普通は考えんでござるよ。こんなこと……!」
「~~~~!!」

 空飛ぶトラックの上、ローレンとカルベチアが呆然とし、タービィがあまりの無茶苦茶さに思わず笑い出し、チャ=ワンは唖然としている。ダム・Kは涙目どころか、もう色々重なって泣き出しちゃってる。
 トラックから下を見てみると、星型の巨大大陸の下部に製作された巨大な十字街全体がその目に入ってくる。本城城下町に劣る事無く沢山の建造物があるものの、空から見ても道路が広く交通に困る事は無い。
 これならまだ大丈夫だとナグサは内心頷く中、ミルエが目を輝かせて歓喜の声を向ける。

「ナッくんすごーい! すごいよかっこいいよ!」
「安心するにはまだ早いよ。寧ろ問題はこっからだよ!!」

 ナグサが緊迫した状態のまま返した途端、ガクンとトラックが大きく揺れる。
 勢いを無くしたトラックが空中から地面へと落下しだしたのだ。トラックは車体部分から垂直に地面へと落下していき、その際に荷台に乗っていた七人が空中に投げ飛ばされる。

「「きゃあああああ!!」」←ミルちるコンビ
「のゎあああああ!!」←タービィ
「やっぱりいいいいいい!!」←ローレン
「やっぱりって予想してたああああ!!?」←こういう時はボケになるナグサ
「当たり前だろおおおおお!!」←ナグサが絡むとツッコミになるローレン
「空中漫才はいらんでござるうううう!!」←更にツッコミ属性のチャ=ワン

 六人が悲鳴を上げて、落ちていく中一番下にいるツギ・まちは体を一気に膨らませ、巨大なクッションとなる。
 六人は次々にツギ・まちに落ちていき、何回か跳ねるものの地面に落ちる事は無くツギ・まちに落ちたまま何とか落ち着いた。
 その時、六人が落ちた位置から少し離れた所(もちろんツギ・まちの上なのに変わりは無い)から落ちてくるトラックの車体部分がバラバラに分解され、そこからダム・Kを抱えたカルベチアがツギ・まちの上に勢い良く着陸する。同時にトラックの残った荷台もツギ・まちに落ち、彼の体にめり込んだ。
 トラックがめり込んだ衝撃と痛みにツギ・まち涙目。

「~~!!」
「ま、まっちん痛くても我慢だよ。ミルエ、我慢強いまっちん信じてるからね!?」

 ミルエが慌てて慰め、ツギ・まちは根性で痛みを我慢する。漢だ。
 一方で無茶苦茶すぎる突入劇を終えたナグサはその場に倒れこみ、大きく深いため息をついた。

「はああああああ……。寿命が十年ぐらい縮んだ、もう二度とやるもんかー……」
「「「「「それはこっちの台詞だ!!」」」」」

 直後、ちる・ローレン・カルベチア・タービィ・チャ=ワンからの一斉正論ツッコミが入った。
 異口同音のツッコミを聞き、ナグサは飛び起きて若干混乱した様子で五人を見渡す。

「うえ!? え、何々!?」
「何々じゃなーーーい! あーもう、地雷君のアホアホアホアホ! 一度ならず二度までもぼくさまをびびらせやがって!!」
「すみません、ナグサ君。今回ばかりはローレンに同意なの! すっごく恐かったんだからね!?」
「結果的に助かったとはいえど、あんなの普通はやりませんよ!!」
「この無茶苦茶ボウズが! ちったぁモノ考えてやりやがれ!!」
「あのような無茶苦茶な作戦をやっておいてそれでござるか!?」

 思い切り怒り心頭状態の五人はナグサ目掛けて走り出す。
 ナグサは慌てて立ち上がり、追いかけてくる五人から逃げ出す。

「うわああああ! ごめん、ごめんなさーい!!」
「ごめんで済むなら防衛隊はいらないんだよー!!」

 ツギ・まちの上なのでグルグル回っての追いかけっこ。といっても追いかけられる側一名、追いかける側五名なのであっという間に追いかけっこは終わったが。
 その光景をダム・Kは未だに呆然とした様子で眺めていた。
 そりゃ誘拐されてトラックの運転手にされたと思ったら、こんなハリウッドも真っ青な飛び越えをやったんだ。普通なら絶対死んでる。
 これで本城に戻れたら一番嬉しいのだが、閉鎖寸前のサザンクロスタウンに入ってしまったのだ。それは当分出来ない相談であろう。
 あぁ、あそこで止まっておけばよかったと深く後悔する。

「お花さんもだいじょーぶ?」

 何時の間にか横に来ていたミルエが顔を覗き込んでくる。
 だけども、ダム・Kは精神的疲労により答える元気は無かった。寧ろミルエの元気の方が異常であり、普通ならばあの五人みたいにナグサを追い掛け回している筈だ。
 ダム・Kはどこからともなく看板を取り出し、ミルエに尋ねる。

『何で君は怒ってないなの?』
「? どーして怒らなきゃいけないの?」
『いや、さっきのアレは怒ってもいいと思うんだけど』

 ちらりと六人を横目で見る。五人に囲まれたナグサがいっせいに説教を受けているのが見える。
 五人の怒りはまっとうなものであり、ダム・Kも疲労さえ無ければ加わりたいぐらいだ。だけどもミルエはそれをしようとしない。ダム・Kはそれが疑問でならなかった。
 対してミルエは無邪気に笑って、こう答えた。

「ナッくんならだいじょーぶって思ってたもん!」

 その答えはナグサへの信頼の証。
 しかしダム・Kからすれば、何処か惚気のようにも聞こえた。

 彼らを乗せた巨大ツギ・まちはゆっくりとサザンクロスタウンへと降下していく。

 ■ □ ■

 ツギ・まちはサザンクロスタウンの西方大型道路に着陸し、ゆっくりと息を吐き出して元の大きさに戻っていく。一方方向に突風が吹いているが、九人はあえてスルー。
 各自飛び降りれるぐらいの高さになると、自分からツギ・まちの上から飛び降りていく。(ちなみにちるはタービィに抱えてもらった)
 やがてツギ・まちは完全に元の大きさに戻ると、その場に倒れこむ。
 ミルエが慌てて駆け寄り、彼の顔を覗き込む。ツギ・まちの目がグルグルと回っており、ぜぇぜぇと深呼吸している。
 疲れているだけだと分かるとミルエはホッとし、同じく駆け寄ってきたナグサに報告する。

「だいじょーぶ。まっちん、疲れただけだよ」
「ホッ。それなら良かったよ」
「あー、そこのお二人さん。安心するのは早すぎます」

 ナグサもホッと一息つくものの、カルベチアが横から口を挟んでくる。
 どうして? と思いながら、彼のほうを振り向く。すると歩道側から沢山の住民が自分達を注目しているのに気がついた。
 それも一人や二人ではない。本当にたくさん、たくさんの人々がざわざわと自分達を注目して何かを話している。現在何故か車が通行していないから余計に目立っている。
 しかもパトカー独特のサイレンが耳に入ってくる。徐々に音が大きくなってきているので、どんどんこっちに近づいてきているのが分かる。

「……あー、やっぱり目立つか。あの作戦」
「当たり前だよ。ってかどうすんの?」
「選択肢は一つしかないでしょ。本当ならもっと穏便に行きたかったんだけどね」

 ローレンにナグサは仕方なさそうにため息をつきながら答える。
 その言葉を聞き、ナグサ、ミルエ、ツギ・まちの三名を除いた全員が己の耳を疑い、顔を見合わせる。

「チャ=ワン、オレっちの耳に今とんでもない幻聴が聞こえたんだが……」
「拙者もでござる」
「私もです。確か穏便がどうたらこうたら」
「ぼくさまも聞こえちゃったよ。ありえないよね」
「あ、あたしも……」
『以下同文』
「お前等何だその反応は」

 六人揃ってあまりにも失礼な言い方(約一名看板だが)を見て、ナグサは少々殴りたくなった。先ほどのフルボッコで気が済んだんじゃなかったのか、お前等。
 だが今はそれどころではない、急いでここから離れないと。警察のご厄介になるのだけはごめんだ(といっても捕まっても言い訳できない事をやっちゃっているのだが)。

「とにかくこっから離れるよ!」

 ナグサはツギ・まちを背負い、歩道に向かって走り出す。他のメンバーも彼を先頭とし、この場から離れていく。
 歩道にいた住民達はこっちに来たナグサ達に驚き、思わずその場から離れていく。無謀な若者が一人でも良いから捕まえようとするものの、タービィのヨーヨーで投げ返されたり、ローレンの鋏で叩かれたり、ちるの衝撃波で吹っ飛んだりと、逆に返り討ちにあっている。
 しかし如何せん九人組なのだ。どうしても目立ってしまい、野次馬も妨害も絶えない。しかもパトカーが到着し、警官まで追いかけてきている。
 追っ手の多さに対し、ナグサは苛ついてきたのか声を上げる。

「これじゃイタチごっこだよ!!」
「だったらもうここで別れてしまいましょう!」
「右に同じくでござる!」
「なら決まり! 各自散れー!!」

 カルベチアの意見とチャ=ワンの同意を聞き、ナグサが指示を出す。
 それを聞いたタービィが素早く立ち止まって振り返り、ボムを投げて爆風を起こす。爆風が辺り一体に広まっていき、人々の視界を防ぐ。
 タービィは素早くちるをミルエに投げ渡すと、チャ=ワンと共に一番近くの路地裏へと逃げ込む。カルベチアは羽を背に生やし、ローレンを抱えて空へと飛んでいく。ナグサ達はそのまままっすぐ走っていき、子の場から逃げ去った。
 爆風が消え、追っ手達の視界が漸く晴れた時には全員が逃亡完了していた。

「~~~!!」

 爆風が目にしみるあまり、涙目になって立ち止まってしまったダム・Kを除いては。
 当然彼が連行されてしまったのは言うまでも無い。なんというか、ご愁傷様です。

 ■ □ ■

 着陸地点から大きく離れた町外れの人がほとんどいない路地裏。
 追っ手も来なくなったところでナグサとミルエはその場に座り込む。ツギ・まちはちゃんとミルエの横に寝かせている。
 緊張が緩んだのか、二人して大きなため息が出る。

「つ、つかれた……」
「ミルエも~。もうヘトヘトだよ~」
「二人とも大丈夫?」

 ミルエの頭に移動していたちるが心配そうに話しかける。

「な、なんとかね。すっごく疲れたけど」
「暫くのんびりしよっ」
「でも三日月島はどうするの?」
「……混乱が収まってから行くよ。今行っても間違いなく自殺行為だし」

 ちるの質問に対し、ナグサは少々ダルそうに答える。
 まぁ、それは当然だろう。今考えると無謀にも程がある即興で思いついたトンデモ大作戦を実行し、尚且つ全力で逃げ回った後では全身に疲労が現れるのも無理は無い。
 それでもゲートの橋が上がっている時は必死だった。あそこで諦めていたら、こうしてサザンクロスタウンに入る事は出来なかった。
 にしても何故橋が上がっていたのだろうか? サザンクロスタウンはよっぽどの事が無い限り、閉鎖をする事は無いというのに。閉鎖するとすれば、世界大戦の時ぐらいだった筈だ。
 そこまで思い出し、ナグサはハッと気がつく。世界大戦、つまり否定の魔女が起こした惨劇。その時サザンクロスタウンは『戒厳令』を発令し、鎖国状態となっていた。己に余計な被害が来ない為に。そう、サザンクロスタウンは戦乱になると静まり返る。
 現在もまた否定の魔女が復活し、大国での動乱が起きたが故に終わるまで静かにしようとしているのだ。
 つまり巨大な十字街が外との接触を拒み、出入りすらも止めて冬眠するという事。当然中にいる者達も、外に出る事は出来ない。

「……閉じ込め、られた?」

 自分達は今、サザンクロスタウンという名の籠に自ら入ってしまったのだ。
 ナグサは自分の判断がとんでもなく馬鹿げていて、尚且つ取り返しのつかない事に気づき、顔を青ざめる。
 どうする? どうすればいい!? 三日月島どころか、外に出る事すら出来ない!! 突入できたと思ったら、脱出不可能なんて聞いてないぞ!! いや落ち着け、KOOLになれ。ここで我を失ったら、どうにもできない。だけど、どうすればいいんだ!!
 必死で案を考えるけれども、全く思い浮かばない。寧ろ落ち着こうとすればするほど、頭が真っ白になっていく。

「な、ナッくん?」
「大丈夫? どこか悪いの?」

 様子がおかしいナグサを見て、ミルエとちるが心配そうに話しかけてくる。
 だけどもナグサはそれに返す余裕すらなく、ただ現状のサザンクロスタウンからどうやって抜け出すかを考えるので必死だった。
 考えれば考えるほど、絶望的だ。サザンクロスタウンが一度封鎖されると、それこそ戦争が終わるまで開く事は無い。交通網も使われる事は無い。三日月島に行く手段は絶たれてしまった。
 どうしろっていうんだよ。
 予想外の結末に、ナグサは唇をかみ締め自己嫌悪に陥りかけそうになったその時だった。

「ナグナグみーつけたっ!」

 あまりにも場違いすぎる幼女の声が空から聞こえてきたのは。
 四人が反応して空を見上げると、七対の羽を持つ幼女が空からゆっくりと降下しているのが見えた。
 太陽をバックにし、自分達に向かって降りてくる姿はまるで――。

「……天使?」

 思わずナグサが呟いた。
 同時に、天使と称された幼女は四人の前に降り立つ。
 とても美しく、将来が期待できる幼女だ。その一方で何ともいえぬ不自然さを持っていた。それもそのはず、彼女の体はあまりにも不揃なのだから。
 生気を感じられない青白い肌を常に色が変わり続ける瞳が引き立たせ、不気味さを他者に与える一方、彼女の背中から生えたガラスのように薄く滑らかな七対の羽と頭上に浮かぶ七つの水晶付のワッカが神秘性を与えている。あまりにも正反対で、けれどもピッタリと一致した彼女の容姿はトレヴィーニとは違うベクトルで美しかった。
 ワッカと羽だけを見れば虹の天使。体だけを見れば生きた死者。二つを合わせると不揃の美幼女。
 それが目の前にいる幼女が与える印象だった。

「はじめまして! えと、ナグナグにミルミルにまちまちにちるちるだよね?」

 幼女は元気良く挨拶すると、四人を見渡して確かめる。
 話しかけられた四人は思わず頷くものの、ナグサがハッと我に返って彼女に勢い良くツッコミを入れる。

「って待て待て待て! 君何!? ってーか何ゆえそんなあだ名!?」
「おおー! さすがはツッコミプリンス、キレがいいの~!」
「人の話を聞かんかー!!」

 きゃっきゃと無邪気に笑う幼女に対し、先ほどの自己嫌悪分のストレスもあってか半ばキレ気味に怒鳴るナグサ。だけども幼女は聞いておらず、笑っているだけだ。
 そんな幼女に対し、ミルエが不思議そうな表情をしながら尋ねる。

「あなたはだぁれ?」
「ノア? ノアはね、ノアメルト・ロスティア・アルカンシエルっていうの!」

 幼女ノアメルトは無邪気な笑顔を維持したまま、自己紹介する。
 誰かさんを連想させる長ったらしい名前にナグサは思わず毒づいてしまう。

「……否定の魔女みたいに長いんですけど」
「だってノア、不揃の魔女だもん」
「は?」

 だが、あっさりと返されたその言葉の意味は理解しがたいものだった。
 知らないけれども、決して聞き逃してはならない『不揃の魔女』という単語。
 意味が分からず困惑するナグサを見て、ノアメルトは無垢な幼女そのものの笑顔で再び自己紹介する。

「おっ、それじゃもう一回言うね! ノアはね、不揃の魔女ノアメルト・ロスティア・アルカンシエル。トレちゃん、否定の魔女のお友達なの!」
「なんだって!?」
「ま、魔女の仲間!?」
「~~~!?」

 元気良く名乗ったノアメルトの言葉を聞き、ナグサとちるが驚愕し、ツギ・まちは思わず飛び起きてしまう。
 ミルエは素早く能力を発動し、両手にごつい銃器を両手に宿すとノアメルトに突きつける。
 だけどもノアメルトはクスクス笑って恐れる事無く、ミルエの銃器に手を触れると安心させるように優しく優しく話しかける。

「大丈夫だよ? ノア、ナグナグ達を殺しに来たんじゃないの」
「……それじゃ、何?」

 ミルエは目の前のノアメルトに警戒し、何時でも発砲できるように引き金に指を添えている。
 彼女の瞳はノアメルトに対する敵意が込もっており、ちょっとでも刺激を与えたら彼女をすぐに撃ち殺してしまいそうだ。
 だがノアメルトは全く怯まず、全く変わらない調子で理由を話し始める。

「えっとね、何ていえばいいかな。うーん……やっちゃった方が早いかも」

 後半では少々悩みながらの呟きになっていたが、彼女は自分で勝手に納得すると羽をぱたぱた動かしてナグサの前に移動する。
 移動したノアメルトにミルエがすばやく銃器を向け、ツギ・まちとちるが攻撃態勢に入る。
 ナグサも咄嗟に構えようとするも、それよりも早くノアメルトが動いた。

「えいっ♪」

 可愛らしい声と共にノアメルトは、



 ナグサの唇にキスをした。



 ナグサの顔がこれまでにないぐらい真っ赤になり、ミルエがストーン能力持っていない筈なのに石化したり、ツギ・まちの大きく空いた口が塞がらなくなり、ちるがショックのあまり倒れそうになるなどと、ノアメルトのキスは四人にとんでもないインパクトを与えた。
 触れる程度のキスをしたノアメルトはナグサからすぐに離れ、一人頷きながら言う。

「うん。これでオッケー!」
「……な、何がなの!?」

 それに言い返すのは真っ赤なナグサでもなく、石化ミルエでもなく、何とか我に返ったちる。
 いきなり目の前で見せられたキスを見て、相当なショックを受けて気絶しそうになるものの、何とか自我を保ったのだ。
 場合によってはただじゃすまさない、と少々おっかない事を考えているちるだったが、ノアメルトから返ってきた答えは意外なものだった。

「何ってトレちゃんのゲーム対策だよ?」
「え?」
「……ゲームだって?」

 意味が分からずキョトンとするちるに変わり、我に返ったナグサが聞き返す。

「うん、ゲーム。トレちゃん、すっごい気合入れてるんだ。でもね、それはもしかしたらトレちゃんのワンサイドゲームになるかもしんない。それじゃつまんないから、対戦者のナグナグにちょっとだけ魔力をあげたの!」
「それが、さ、さっきの……?」
「そうだよー? ノア、力加減うまくできないの。だから一番弱く力を与えるほーほーでやったの!」

 だからってキスじゃなくてもいーだろうが!!
 ナグサとちるは全く同じ文句を心の中で叫んだ。口にしないのはこの幼女に何を言っても無駄だと判断したから。
 しかしツッコミどころはそこだけではない。否定の魔女によるゲームと何時の間にか相手に選ばれてしまっているナグサの部分も気になるところだ。
 このタイミングでノアメルトがこんな事をしてきた理由はつまり、トレヴィーニがサザンクロスタウンで何かを行うということ。それも魔女の加護が無いと生き延びられないようなゲームという名の惨劇を。
 どうやら本当に厄介なタイミングで、サザンクロスタウンに来てしまったようだ。
 ナグサは内心やや後悔しながらもそれを押し殺し、不揃の魔女に尋ねる。

「……どうしてこんな事を?」

 トレヴィーニと同じ魔女ならば、わざわざこんな事をする必要があるのだろうか。
 疑問に思うナグサだったが、ノアメルトの返す答えはとてもシンプルだった。

「魔女はね、退屈嫌いなの。そんだけ」

 そう言ってノアメルトは翼を大きく広げ、空へと羽ばたいていく。
 ナグサが空を見上げた時には、不揃の魔女の姿はとっくに消えていた。
 数秒も経っていないぞ!? と驚くものの、多分魔女には何を言っても無駄なのだろう。
 自分にそう言い聞かせ、ナグサは硬直状態のミルエに振り向く。頭の上のちるが必死に呼びかけたり、ツギ・まちがぺしぺしとほっぺを叩いているけれど、ミルエは復活しそうにない。
 予想以上に重症なミルエにナグサがすぐに駆け寄り、彼女の目の前で手を振ってみる。だけど、反応は皆無。どう見ても完全放心状態です、ありがとーございました。

「うそおおおお!? ミルエちゃんショックでかっ! ちょ、何で!?」
「いや、今までの態度から見て明らかでしょ!?」
「!!」

 ナグサが慌てふためくのを見て、ちるがご尤もなツッコミを入れる。ツギ・まちもちるに同意し、ぶんぶんと何度も首を縦に振る。
 それを聞き、ナグサは一瞬理解が遅れてしまう。だが悲しい事に賢い彼はちるとツギ・まちの言いたい事をすぐに察してしまった。

「……え? えーと、それまじで?」
「そうじゃなかったら説明つかないよ! あぁもう、驚くのは後にして!!」
「いや、それならどうしろと!? ミルエちゃん、戻りそうにないんですけど!!」
「そりゃアレしかないでしょ。王子様のキス」

 ちるの爆弾発言に、ナグサまで固まった。もちろん全身真っ赤になって。
 硬直したナグサを見て、ちるが「しまったー!」と慌てふためくもののツギ・まちがナグサの後ろに回ると、ドンッと彼を突き飛ばした。
 突き飛ばされたナグサはバランスを崩し、前にいるミルエとおでことおでこがぶつかっちゃいました。

「あいだー!」
「いったーい!」

 いきなりのごっちんこで二人は正気に戻り、おでこを抑えて転がりまわる。あ、ちなみにちるはごっちんこした際にミルエから落ちちゃいました。
 何とか痛みが引いたナグサが立ち上がり、ツギ・まちに怒る。

「ツ~ギ~ま~ち~! いきなり何すんだー!!」
「~! ~~!!」
「ほえ? ナッくんとミルエをキスさせようとした?」

 両手をばたばたと振って必死になって説明するツギ・まち。その意味を体を起き上がらせたミルエが何時ものように翻訳してしまう。
 翻訳したツギ・まちの言葉にナグサとミルエは思わず顔を見合わせ、顔を赤らめる。
 先ほどのちるの証言と硬直とキス等、互いがどう思っているのかは言わなくても分かる。ナグサはコッペリアとの戦いで見せ付けたし、ミルエに至っては平然と口にしている。
 だけども根っからの気持ちを相手にぶつけるのは双方共に勇気が必要すぎて、言葉にする事が出来ない。
 甘酸っぱい空気により誰も何も言わない状況下、ナグサは慌てて口を開く。

「えと! 僕は、その、キスは不本意だからね!? あんまり好きじゃないし、第一さっきのは不意打ちだったし……」

 しどろもどろで、ハッキリと言う事が出来ない。
 人形屋敷でのローレンや、食い逃げの時に見せた口先の魔術師の姿が嘘のようだ。
 だけどもミルエはナグサが何を言いたいのか、理解する事が出来た。
 彼女は銃器を消して素手になると彼の両頬に手を添え、ナグサと顔を合わせると優しく言う。

「大丈夫。全部わかってるよ」

 その言葉だけで、ナグサには十分だった。
 ノアメルトからのキスを理不尽に怒る事無く、自分の気持ちを正面から理解してくれたのだから。
 そして、次は自分の番だ。
 勇気を振り絞り、顔が赤くなるのを感じながら、ナグサは目の前の少女に向かって、叫ぶ。

「ミルエちゃん! ……僕はっ!!」

 ミルエが、息を呑む。
 黙って様子を見ていたちるとツギ・まちが凝視する。
 ナグサがミルエに己の思いをぶつけようとした口を開いた――

『きんきゅーれんらく、きんきゅーれんらくだよ~。みんなー、聞いてねー?』

 ――と思ったら、それよりも早く呑気な女の子の全体放送が乱入してきた。
 空気読め。

 ■ □ ■

 少々時間を戻し、風来コンビは裏道を曲がりくねったりして着陸地点からやや離れた場所の表街道にいた。
 さすがにあの濃い爆風で尚且つここまで離れれば追っ手も気づかないだろうと判断し、裏道からある程度はなれた場所で表街道に堂々と姿を現したのだ。自分達(主にタービィ)の食い逃げ経験からの知恵だ。
 人ごみの中に自然に混ざりこみ、タービィはホッとする。

「よし、これで大丈夫ぜよ」
「全く……。お前と一緒にいるとハチャメチャな事が起きすぎるでござる」
「やかましい。ってか今回のはオレっちのせいじゃない」
「分かっているでござる。アレはナグサ殿の方が酷かった」

 先ほどの空飛ぶトラックを思い出し、今ここにいる事が奇跡だと本当に感じる。
 それなりに長い間旅をしているけれども、トラックで空を飛ぶなんて無茶な真似は初めてだし、これから先もう二度とやりたくない。ってか普通はやらん。
 その為ツギ・まちの上に着陸した後、本気でナグサに怒っておいた。凶器を取り出した人形コンビはさすがに止めたけど。

「ったくミル公の奴、何であんなのと一緒にいるのやら」
「荷台で話していた時は良き好青年であったでござるよ。……ただ、ギャンブラーすぎるだけで」
「そのギャンブルでオレっちもお前も死にかけたんぜよ」
「……そうでござるな。下手なフォローはやめておくでござる」

 チャ=ワンはタービィに言い返され、フォローするのを止めた。実際タービィとほぼ同意見であり、無理に言い返すつもりも無かったからだ。
 二人は人ごみの中歩いていく。その間、通り過ぎていく住民達の会話でサザンクロスタウンが封鎖されるのを聞いたけれども、動揺しない。橋が上がっている時点で何となく予想していたし、もしもの時は無理矢理抜け出すだけだ。
 それよりも今は腹が減った。ここまで走りっぱなしだったので、疲労が溜まっているから休みたい。
 適当に飯屋を探そうとタービィは前方ではなく辺りを見渡しながら歩いている。チャ=ワンが「危ない」というものの、タービィは聞いていない。
 で、案の定。

 ごっつーーーん!

「あでえ!!」
「きゃう!!」

 見事、通行人とごっつんこ。ぶつかっちゃいました。
 ぶつかった衝撃で二人ともしりもちをつき、おでこを抑えている。チャ=ワンはタービィに一瞬呆れるものの、すぐに通行人の方に駆け寄って起こしてあげる。

「大丈夫でござるか?」
「あ、はい。大丈夫です」

 通行人の女性はおでこを抑えながら答える。
 タービィもおでこを抑えながら自分で立ち上がると、チャ=ワンにからかうように話しかける。

「チャ=ワン。お前が友より女に走るとは思ってなかったぜよ」
「タービィは無駄に石頭でござるからな。それに武士として友を信頼し、か弱き者を心配するのは当然の事でござろう?」
「うわー、何だその屁理屈」
「言わなくても分かるだろうに」

 慣れてるチャ=ワンの屁理屈を聞き、タービィは思わず笑ってしまう。チャ=ワンもつられて微笑みながら返す。
 そんな二人を見て、女性もクスクスと可愛らしく笑う。

「ふふ、仲が良いんですね」
「仲が良い、でござるか。拙者からすれば保護者になってる気分でござる」
「チャ=ワン、お前オレっちより年下だろ! 勝手に逆転させるな!」
「すまんすまん。ただタービィの場合、普段の言動が年のわりには少々幼稚だからつい」
「かーっ! 昔は可愛かったのに、何時からそんな捻くれ者になったんだ?」

 チャ=ワンにからかわれ、ぷんぷん怒るタービィ。そんな二人を見て、女性は更に笑う。愉快で面白くて笑う。
 ナグサ一行とは打って変わってのんびりとしているそんな時だった。

『きんきゅーれんらく、きんきゅーれんらくだよ~。みんなー、聞いてねー?』

 あの空気を全く読まなかった放送がサザンクロスタウン全体に響いたのは。
 その声を聞き、人々は放送スタンドに顔を向ける。

『えーとね、サザンクロスタウンは完全閉鎖されたのは知ってるよね。そして長い長い間、自分達だけで生きていくんだよね。さみしくなーい?』

 放送はのんびりとした口調で続いていく。
 人々は困惑しており、「おかしくないか?」と口にしていく。こんな放送初めてだし、第一緊急放送のアナウンスにしては口調が変だ。
 放送は未だ続く。一向に本題に入らず、のんびりと世間話をしている。どう考えても緊急放送には結びつかないどーでもいい事ばっかだ。
 一体何なのだと人々が首を傾げている中、放送は漸く本題に入った。

『だからね、そんなみんなにトレ様からのプレゼント! これよりサザンクロスタウン全体でゲームをおっこないま~~~す!! 司会者はディミヌ・エンドだよ!』

 先ほどに比べるとテンションが高い放送に対し、その内容は全員が耳を疑ってしまう程とんでもないものだった。
 ディミヌ・エンド、世界大戦の始まりとなった機械反乱事件の首謀者でもあるデリートされたプログラムの名前。
 魔女による本城襲撃事件のニュースでその名前が現れた為、ほとんどの人々が知っている。
 その事実から人々が一つのある事に気づくのは容易であった。
 “否定の魔女がサザンクロスタウンに降臨した”という何よりも来てほしくなかった事実に。
 夢であってほしい、と住民達は思う。
 けれども悪夢の使者である電子の乱姫は全く変わらない様子で、ルールを説明していく。

『これからキングさんとトレ様が鬼さんを作ります。鬼さんは右目に特徴がありますので、とっても分かりやすいですよ~。鬼さんにならなかった人達は鬼さんから逃げて逃げて逃げまくってくださいねー。あ、でも鬼さん以外にもハンターが皆様を狙うので気をつけてね~』

 どうやら否定の魔女主催のゲームは一種の「鬼ごっこ」らしい。
 一体何が起こるのだと人々がざわめく中、タービィとチャ=ワンの顔は青ざめていた。

「キング、鬼を作る、右目に特徴……?」
「おい、嘘だろ? そんな、そんなこと……」

 タービィは放心したように単語をぶつぶつ呟き、チャ=ワンは顔をゆっくりと左右に振りながら与えられていく放送の意味を拒絶している。
 様子がおかしい二人に女性は心配そうに話しかける。

「あ、あのどうしたんですか……?」

 けれども二人からの返答は返ってこない。依然として二人は放送の内容に驚愕しているままだ。
 一体どうして? と困惑と不安が混ざり合ったその時、場違いにも明るすぎるディミヌが放送を通してこんな事を言い出してきた。

『あ、もしかして気づいている人います? 今、トレ様からオッケー貰ったので鬼さんの正式名称言いますねー! 鬼のお名前はね“ダイダロス”でーす!』

 ダイダロス。その名前が響いた途端、人々が突如として騒ぎ出した。
 それもその筈。世界大戦史上最悪と称された「ダイダロスの軍勢」事件を起こした存在であり、一体でも街中に放り込めば感染・増殖し続け、あっという間に死の街に返るとまで称された悪夢の化身ともいえるゾンビ。
 そんなものが鬼となるのだ。人々が恐れ、不安になり、混乱するのも無理は無い。
 その時だった。



「ふざけんなあああああああ!!!!」



 タービィが怒涛の叫びを上げたのは。
 あまりにも大きすぎる叫びに驚きのあまり、周囲の者達は彼に注目する。酷い時にはびっくりしすぎて、しりもちをついた者までいる。傍にいた女性も目を丸くし、チャ=ワンもやや呆気に取られている。
 タービィはそれらを全て無視し、空に向かって吼える。

「あの惨劇を、あのくそったれな惨劇を、再び繰り返す気か! 九年前の夜明同様、くっだんねぇ理由でまた滅ぼす気か!! 人が人で無くなり、何もかも……何もかも奪っていく、あの悪夢をまたやるっていうのかああああ!!!!」

 その叫びは、心底からの叫び。
 全てを滅ぼした悪魔に対しての様々な思いが、ひしひしと伝わってくる。
 それは恨みか、辛みか、嘆きか、怒りか、悲しみか、その全てか、それ以外の何かは分からない。それでも感じる。
 タービィは言葉に出来ないほどに、ダイダロスを憎んでいると。

 だけどもディミヌは態度を変えず、ただそれに答えるだけ。

『そうだよ。それが今回トレ様から送られるデスゲーム! ルールは簡単、鬼が消えるまで生き延びれればいいの!! もしくは私達を屈服させ、鬼を消す。それがあなた達の勝利条件だよ! みーんな鬼になったら、その時点で私達の勝ちだからね~』

 その直後、サザンクロスタウン上空をすっぽり囲めるぐらい大きな煌びやかに輝く黄金の円が出現する。
 黄金の円の中にもう一つの円が出現し、外側の円と内側の円の間を無数の線と複雑な絵柄が繋いでいく。内側の円の中には似合わぬ漆黒の太陽を模した文様が出現し、その中央から巨大な目玉が浮かび上がっていく。ダークマターかと人々は思うけれど、その目玉からは生気も暗黒も感じない。
 あまりにも不気味で奇妙な魔法陣の出現に人々が注目する中、黄金の風が魔法陣よりも上空から流れてくる。

「ルールは理解したな、敗北主義の弱者どもよ」

 風に乗って、否定の魔女の声が人々の頭に直接聞こえてくる。

「精々逃げ惑え。何も抵抗せず、無様に殺されるのが望みならば、勝手に殺してくれるから」

 巨大目玉が大きく見開いていき、魔法陣がより一層輝きだす。
 すると魔法陣から小さな何かがこぼれていく。一つや二つではない、数え切れないほどの量が地面に向かって落ちていく。

「死ぬのを恐れるならば、己自身の刃を使って逆に相手を殺してみせろ」

 何処か期待が込められた挑発の言葉を否定の魔女は口にしていく。
 同時に落ちていく小さな何か……目玉は狙っているかのように、全てカービィの右目へと落ちていく。

「最も……それが出来るかどうかは、貴様等自身の運にあるけどな」

 その直後、右目に目玉が落ちたカービィ達は発狂する。
 その体が溶け出していく。何も考えられなくなる。強すぎる空腹感が襲う。一つの欲求に染め上げられていく。

 食いたい。
 食いたい。食いたい。
 食いたい。食いたい。食いたい。
 食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。
 食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。
 食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。
 食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。
 食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。
 食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。
 食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。
 食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。
 食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。食いたい。

「アァ……」

 右目から黒の液体が周囲に広がっていき、それは奇妙な星型の痣となる。
 口からはみっともなく涎をこぼし、ただただ己の空腹を埋める為に彼らは次々と隣にいる者達へと襲い掛かっていく。
 襲われた者は逃げようとするものの、相手の方が力強く、その肉を噛み千切られる。辺りに血を噴出させていき、汚していく。耐え難い痛みが襲い掛かってくるものの、襲われた者はその痛みを何とも思わなくなってきた。
 何故ならばその者の右目も、相手と同じものになっていたのだから。
 その様子を目撃した人々はパニックになり、自分だけでもと思って走り出す。その後ろを彼らは追いかけて、次々と捕食していく。
 捕食された者は全ての肉を喰われるか、己も感染して捕食者へと堕ちていく。
 そのスピードはあまりにも速く、人々の群れが死者の群れへと変幻していくのはあっという間の出来事。





 南十字街は悪夢都市<NIGHTMARE CITY>へと変貌した。





 次回「生き残った者達」に続く。

  • 最終更新:2014-05-28 00:07:01