第十二話「絶望の魔女。希望の勇者」2

 ■ □ ■

 注意。
 第十二話Dパートは他の話に増してグロ・残虐要素が多く含まれています。
 それらの要素が苦手な方は戻る事をお勧めします。

 ■ □ ■

 質問しましょう。
 生きたいと願う事はいけないことでしょうか?

 質問しましょう。
 好きだという事はいけないことなのでしょうか?

 質問しましょう。
 生かしてくれと叫ぶ事はいけないことでしょうか?

 質問しましょう。
 拷問を受けなければならない決まりはあるのでしょうか?

 質問しましょう。
 それほどまでに私は罪深い存在なのでしょうか?

 ■ □ ■

 風が吹く。黄金の風が吹く。
 壁・床・天井・装飾品、全てが黄金色に染まっていく。風圧に耐え切れず、窓ガラスが全て割れていく。運悪く近くにいた兵士達も、傷つけていく。
 それでも、ベールベェラとフズは無傷だった。

「どうしたんですか? こんな展開ぐらい、予測出来るでしょう?」

 フズは子供の微笑を絶やさず、ベールベェラに話しかける。
 対してベールベェラに出来るのは、ただフズから目を離さずにそこに立ち尽くす事だけ。
 絵描き能力者の子供が、黄金の風なんか出せるわけがない。黄金の風を出せるのは、彼女以外にありえない。ありえないのだ。
 それなら目の前にいるフズは何だ? 答えなんて、たった一つしかないじゃないか!!

「そんな姿で私をどうしようというのですか!? トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガン!!」

 フズ、いや否定の魔女トレヴィーニに向かって叫ぶベールベェラ。
 しかし彼女はフズそのものの姿形、口調で答える。

「あ、この姿は駄目ですか。それなら出ます、ベェラ隊長!」

 何処か控えめで、けれどもしっかりとしたその態度からはトレヴィーニの気配なんて微塵も感じさせない。
 だけど黄金の風を出している時点で、それは防衛隊隊員じゃない。否定の魔女、もしくはその関係者とういうことになるのだ。
 現に目の前のフズから黄金の風が吹いてしまっているのだから。
 フズの体から黄金の風が吹き出ていく。風は少しずつ白色となって形を作っていく。リボンがついた純白のヴェール、純白のスカート、赤の瞳を持つ白の美女、否定の魔女トレヴィーニを。
 トレヴィーニが完全な形となった途端、フズは糸が切れたようにその場に倒れた。しかも黄金の風によって、そのままベールベェラ目掛けて飛んでいく。
 ベールベェラは素早く杖を振るい、暗黒の穴を正面に出す。フズはその穴の中に吸い込まれていき、子の場から姿を消す。同時に穴も消滅する。
 トレヴィーニは穴についてすぐに見破り、口調だけは感心する。

「暗黒転移か。手際が良いな、ベールベェラ」
「そういうあなたは他者憑依。暗黒物質ダークマターの能力を使ってましたわね」
「ふん。あの程度の力など妾からすれば容易いもの。それよりもだ」

 トレヴィーニはその手に持つ扇子を黄金の風で纏い、華奢な剣に変換させる。
 彼女はその柄を両手で握り、刃の先を勢い良く地面につける。直後、黄金の風が刃の先から吹き荒れていく。先ほどのものとは比べ物にならないほどの風圧と魔力。
 魔力に耐え切れず、周囲にひびが入っていく。明かりが消えていく。この廊下を、黄金だけが輝かせていっている。
 風圧に耐え切れず、廊下に飾られた鎧と絵画が呆気なく破壊されていく。鎧はバラバラとなり、飛んでいくものの目線から消える前に塵となり、絵画も瞬きする間にその影すら無くなってしまう。
 目の前の魔女が出した魔力に、ベールベェラの体が震えていく。頭の中が「殺される」という事実だけに染まっていく。
 分かる。分かってしまう。分からされる。教えられている。
 魔女は今まで本気を出していない事実を。黄金のの大風を吹かせた復活時も、氷の鬼神出現の時も、彼女は全くもって本気を出していなかった。
 あの時本気を出していたのならば、これは何だ? この終端が見えない圧倒的な力は、何だ!? こんな魔力、デタラメだ! ありえない、あってはならない!!
 だけど、否定の魔女はハッキリと強く濃く圧倒的な魔力を出している。殺意を込めて、己を睨み付けながら。

「この妾が貴様なんかの前に現れた理由、分かるな?」

 トレヴィーニが言う。その口調は重く、強く、女王の貫禄を見せ付けてくれる。
 ベールベェラは動けない。瞬きできない。目をそらせない。答えることが出来ない。出来るのは体を震わせる事だけ。
 殺される殺される殺される殺される殺される!!
 リピートされる恐怖と逃げ出したい気持ち。だけども、彼女がそれを許さない。一歩でも動いてしまったら、彼女の手で否定されてしまう。
 トレヴィーニは剣を持ち直し、ベールベェラにゆっくりと近づく。ベールベェラには剣を持った花嫁が、何よりも恐ろしい死神に見えた。
 そして手と手が触れ合える程近づいた時、トレヴィーニはベールベェラの顔面目掛けて、剣を振り下ろした。
 ベールベェラは圧倒的な差に動けず、防御も出来ず、ただ黄金の剣を顔面に受け止めてしまう。
 血が噴水のように飛び、トレヴィーニの体を赤で汚していく。しかし血はすぐに消えていき、何者も受け付けない純白に戻っていく。
 顔面に巨大な切り傷を負ったベールベェラは倒れている。斜めに降ろされた傷は誰が見ても深すぎるものであり、もう少し力を入れていたら確実に真っ二つになっていただろう。
 あまりにも呆気なく死んだベールベェラに対し、トレヴィーニは呟いた。

「死亡否定」

 するとどうだろう。
 ベールベェラの顔面についた切り傷は逆再生するように消えていき、生気を失おうとしたその目に再び光が宿っていく。
 回復され、あの苦痛が癒され出した事に、ベールベェラは意識を取り戻す。死んだと思ったのだが、今生きている事に心からホッとする。
 直後、トレヴィーニは剣の形を鞭に変えて、彼女の頬を思い切りぶった。鞭が直撃し、ごろごろと壁に転がっていくベールベェラ。
 トレヴィーニは鞭を振るい、彼女を傷つけながら、恐ろしい笑みを浮かべる。

「蘇ったぐらいで何を安心している?」

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も鞭を振るい、ベールベェラの全身を傷つけていく。彼女が悲鳴を上げる間も無いほどに、連続して叩きつけていく。何もやれないぐらい彼女を傷つけて傷つけて傷つけていく。
 鞭に風が宿りだし、風が刃となって、ベールベェラの全身を無数の血がにじんだ痣と切り傷が染める。反撃しようにも、魔女がそれを許さない。
 彼女の杖はトレヴィーニによって吹き飛ばされ、哀れ天井に突き刺さる。ベールベェラが咄嗟につかもうと手を伸ばしたけれど、その手は黄金の風によって切断された。
 ベールベェラはあまりの苦痛に悲鳴を上げる。だけどトレヴィーニは「煩い」と呟き、空いている手に黄金の風を竜巻状に宿して口の中に突っ込んだ。
 とんでもない吐き気が催す。一瞬だけ。
 手と共に突っ込まれた黄金の風がカマイタチとなり、ベールベェラを内側から傷つけていく。やがて黄金のカマイタイは肉壁を貫き、彼女を内側から殺していく。
 目玉を、瞼を、体を、片手を、両足を、次々と貫き、彼女をあっという間に、赤い水溜りの中に沈む肉の塊へと変貌させた。
 純白のトレヴィーニは鞭を扇子に戻しながら、呟く。

「死亡否定」

 あっという間に全ての傷が完治されていく。肉の塊はあっさりと元の形に戻っていく。切り落とされた手もしっかりと戻っている。
 けれども、その全身に残る苦痛はそのままで、動く事も喋る事も出来ない。息を切らし、倒れた体を震わせ、ただ拷問が終わる事を望む事しか出来ない。
 その時、勢い良く帽子をつかまれ、強引に立たされる。

「おいおい、まさかこの程度で終わりとは思っていないよなぁ?」

 トレヴィーニは笑う。しかしその目は笑っておらず、怒りと殺意を溢れそうなぐらい、ベールベェラを睨みつけている。
 その姿は花嫁にあらず。ありとあらゆるものを跳ね飛ばし、滅びに導く魔王そのもの也。
 あまりにも恐ろしすぎる魔王に、ベールベェラは恐怖で震えるしかない。
 目からは涙が、口からは涎が、全身からは汗が、こぼれていく。あまりにも強すぎる魔力に、体が耐え切れない。
 トレヴィーニは彼女を勢い良く壁にたたきつけ、正面から睨み付けながら強い強い憤怒を魔力と共にぶつけていく。

「貴様はなまぬるい仕打ちだけ受けて生き残り、のうのうと生き続けている! 貴様は人を捨てた癖に、妾に魂を売った癖に、魔女に心が堕ちた癖に、今は人として生きている! ふざけるな、このたわけが!! 妾が何よりも嫌うのは貴様のような都合良く生きようとする裏切り者よ!! 死? 地獄? 悪夢? 否! そんな言葉、なまぬるい!! 罪深き裏切り者に与える罰に与えるのは、何よりも醜く酷く苦しく痛く絶望!! 思い知るが良い、裏切り者よ。自分の愚かさがどれ程のものかを!!」

 そう言ってベールベェラをつかみ、再度壁にたたきつける。
 トレヴィーニは勢い良く扇子を開き、高らかに宣言する。

「魔女による魔女の為の魔女裁判を行ってやろう! 被告は裏切りの魔女ベールベェラ! 執行人は否定の魔女トレヴィーニ!! 判決は拷問連続死刑+α!!」

 その瞬間、壁を黄金の光に包まれた触手が埋め尽くす。
 ベールベェラは驚き、痛む体に鞭を打って逃げ出そうとするものの、触手はあっさりと彼女を捕まえ、あっという間に壁の中へと飲み込んでいった。
 ベールベェラの全身が壁に飲み込まれた直後、その中からモノを食べる音が凄まじい音量で響く。柔らかいものを噛む音がすれば、硬いものを噛み砕く音も入ってくる。時々悲鳴が入ってくるけれど、それは小さくて聞き取れないものだった。
 数分後、触手がもぞもぞと動き、ごぼりごぼりと帽子と二つの目玉と僅かな肉片を吐き出した。
 吐き出した後の触手はすぐに消滅し、元の壁へと戻る。
 トレヴィーニは残りカスを見下ろしながら、呟く。

「死亡否定」

 目玉と肉片から、彼女の体が再生されていく。
 血と肉、皮が独りでに生み出され、ベールベェラを形作っていく。紫の体も、頭に大きく残った傷跡も、その生命も、元に戻っていく。

「はぁ……はぁ……」

 肩で息をするだけで、最早体を震わせるほどの体力も無い。
 全身が言い表せないほどの痛みで覆われている。酷い吐き気がしていて、口から汚物を出してしまいそうなぐらいに気持ち悪い。目の前に何があるのか見えないぐらい、視界がぼんやりしている。聞こえる筈が無いノイズが耳を支配する。
 何で、こんな目に合うのだろうか。
 ぼんやりと頭の中に浮かぶ、当然ともいえる疑問。

「裏切りとはな、それほどまでの痛みを自他共に負うのだよ。そして、お前は裏切る相手を間違えた。否定の魔女に忠誠を誓っておきながら、男なんかの為に裏切るとは……反吐が出る」

 否定の魔女は頭の中を呼んだのか、答える。静かで、けれども憤怒を含んでいる。
 死体のように倒れるベールベェラに対し、トレヴィーニは思い切り彼女を踏みつける。

「ぁ……!」

 怒涛の連続殺戮により、体力を全て失っているベールベェラは声にもならない悲鳴を上げる。だけどトレヴィーニはそれを無視し、グリグリと彼女を踏みにじる。
 彼女は何度も何度も口を開ける。だけど声は出てこず、それは言葉にならない。
 トレヴィーニは最初こそその動きを無視していたものの、絶えず動く口に呆れ、足を離す。
 ベールベェラはトレヴィーニが足を退けても口を動かし続けていく。それは短くも、定期的な動きをしていた。
 その動きを読み取り、トレヴィーニはあきれ果てた。

「ったく、この期に及んでまたその男か。そいつは助けに来んよ」

 その言葉にベールベェラの口が止まり、目がトレヴィーニを見る。その目は驚愕と困惑、そして恐怖と不安で混ざり合っていて、理由を知りたいけれども聞きたくない感がありありだ。
 しかしトレヴィーニはベールベェラを抱き起こし、その耳元で禁断の言葉を口にした。



















「“架空 空”は妾が否定してやったのを忘れたか?」

 それはベールベェラが最も忘れたかった、悪夢。

 ■ □ ■

 世界大戦の真っ只中、その人は突然現れた。
 空色のマントを羽織った、青みがかかった黒の髪を持つ白色の戦士。水と青のオッドアイが異常に綺麗だった事を覚えている。
 最初こそ、私達は警戒した。「魔女の手先ではないのか?」と。
 だけど違った。彼はどこにでも現れたけれど、決して魔女の軍勢に加勢する事は無かった。ただ、その時その時に応じて“正しき義を歩む国”を選び、加勢しているだけなのだ。
 こちらに加勢していた時、私は意を決して尋ねた。

「空、でしたわよね。あなた、何者なんですの?」
「そうだな。勇者、とでもいえばいいか?」
「……無茶苦茶ですわね。勇者という言葉の意味、分かってますの?」
「魔王を倒す者の職業名」
「違います。勇者というのは大儀を果たし、英雄となった者に与えられる称号の事ですわ! あなたの脳内、どーなってるんですの!?」
「少なくともお前よりかは柔らかいと思うぞ。お前は少し堅苦しい」
「あなたがフリーダムすぎるだけでしょ」
「それが勇者だ」
「意味が分かりませんわ」
「分からなくて結構。俺が言っているのは、俺という勇者がそういう奴だからってこと」
「……今度、精神科紹介しますわ」
「自分の恋煩いが酷すぎて、恋焦がれ死にしそうでーす。って?」
「よし、そこになおりなさい。そのボサボサ頭、殴って差し上げますわ!」

 つかみどころが無く、自称勇者と言い続ける彼の名は「架空 空」。
 少し電波みたいなところがあったけど、信頼する者に対しては確かに優しさがこもっていて、戦場では力強い男だった。
 何を考えているのか分からず、彼のボケには何度もツッコミを入れてしまう私。でも、この瞬間は戦争中だというのに楽しいと思えた。
 このようなやりとりが何回か繰り返されていき、戦争の中共闘する内に、一つの思いがこみ上げてきた。“好き”という思いが。
 抱いていいものかどうかは分からなかったけれど、彼と触れ合っていく内にその思いは膨れ上がっていく。共に生きていきたいという思いが、広がっていく。それでも戦場には必要の無いものと自分に言い聞かせてきた。
 だけど、それが惨劇に繋がるとは思っていなかった。

「トレヴィーニ! トレヴィーニ様!! あなたの下で、生きたい!! だから、殺さないで。殺さないでください!! 私は、生きたいのです!!」

 運悪く否定の魔女と戦った時、死に掛けていた私は彼女に命乞いをした。暗黒騎士隊も、何もかも、全てを裏切って、悪の魔女のしもべとなろうとした。
 あまりにも魔女が強すぎて恐ろしすぎて。けれども、惹かれてしまったのだ。力も恐怖も、己の美しさの種とし、高らかに生きる絶対的な女王に。
 その瞬間、私はひれ伏してしまった。彼女に魂を売り、人を捨ててしまった。

「ふん。本来ならば貴様のような下種、否定するところ。しかし……今の妾は気分が良い。妾の足を舐め、綺麗にするというのならば、しもべにしてやらん事も無いぞ?」

 それからは魔女のしもべとなり、彼女の命ずるがままに戦いを行った。
 多くの者たちが私を裏切り者と称した。でも、その時の私はトレヴィーニの誘惑に負け、彼女の事しか考える事が出来なかった。
 何よりも美しく、何よりも強く、何よりも聡明で、何よりも優れている、絶対的な否定の魔女。彼女の魅力に負け、私のように裏切る者は多数存在していた。だけど大半が彼女の手によって、否定されていた。この時、私はとても運が良かったとつくづく思う。
 だけど、私は出会ってしまった。何よりも会いたくないと思っていた人、空に。

「どうして、そっちにいるんだ?」

 彼は、驚愕していた。当然だ、私が魔女の傍についたのだから。
 今になって罪悪感があふれ出してくる。だけど、私はもう否定の魔女に魂を売った。だから、彼を倒す為に全力を注いだ。
 何者にも勝つ事が出来ない、否定の魔女の為に。自分にそう言い聞かせ、戦い続けた。
 だけど空は、それを打ち破った。

「裏切った理由は何だ? 死ぬのが怖いのか? 滅びるのが怖いのか? いなくなるのが怖いのか?」

 空はその手に持つ剣で、私の暗黒をあっさりと切り捨てた後、そう尋ねてきた。
 あぁ、私は空に殺されてしまうのか。まぁ、裏切り者だから仕方が無いか。
 私は力を抜き、剣が己に突き刺さるのを待った。だけど、その瞬間は来なかった。代わりに来たのは、一瞬だけの優しいキスだった。
 呆然とする私に対し、空は戦場でも見せた事が無い真剣な顔でこう言った。

「それなら、俺の妻になれ」

 その後は、圧倒的だった。
 空は私以外の魔女のしもべをあっさりと倒していった。しかも、全ての攻撃を防ぎきり、私にはどんなに小さな傷でもつけようとはしなかった。(他の兵士達は何人か巻き添えくってたけど)
 私は呆然とした。空の考えが全く分からなかった。
 さっきのキスは何? というか、妻って何? 私、裏切り者じゃなかったっけ?
 心の音が煩いぐらいに響いてくる。頬が熱くなってくる。魔女に傾いていた思いが、揺らめきだす。
 そんな思いを知ってか知らずか、空は私に手を伸ばした。

「俺はお前が好きだ。だから、妻になれ」

 それは、あまりにも唐突なプロポーズだった。
 多分、色々な人が耳を疑っただろう。私のような裏切り者を、空のような素敵な人が求婚してきたのだから。私もその一人だった。
 どうして、私なんかを? 私は魔女に魂を売った裏切り者ですわよ!?
 混乱しながらも幸せを拒む私だったけれど、彼は再びキスを与えてきた。

「惚れた女に「妻になれ」と言うことの何が悪い。分かったら、頷け」

 空は本気で私を愛していて、そして裏切りという罪を無条件で許していた。
 あまりにも一筋に私を見てくる空に、私は心の底から頷き、色んな思いを込めたキスを返した。
 否定の魔女に魂を売った筈だったけれど、それは違った。
 私はとっくに空に奪われていたんだ。

「私の心を奪った罪、重いですわよ?」
「お前も俺の心を奪っているんだ。同罪だ」

 同時に、空も私に心を奪われていた。



 終戦が近く、否定の魔女をどうにかできれば全ては終わる。皆がそう思っていた時。
 あまりにも強すぎる力を発揮する否定の魔女に私達はくじけそうになるものの、多くの兵士達が力を合わせ、傷つけていった。
 だが多くの思いを持った否定の魔女は怒りに満ちていた。

「裏切りに裏切りを重ねた愚か者どもよ! 失望したぞ、貴様等には!!」

 その時、私は自分が考えていた以上にも否定の魔女に魂を売ったにも関わらず、戻ってきた者が多く存在している事を知った。
 否定の魔女は「裏切り」を嫌っている。弱者が行う最も下劣な手段だと、本人が言っていた。
 だから裏切りに裏切りを重ねた私達を憎み、真っ先に「否定」を行った。
 黄金の風が吹くと共に、魔女の裏切り者たちが消えていく。だけど、私は消えなかった。空が「否定」を斬ったから。
 それを見た魔女は益々憤怒した。

「糞弱者が! 束の間の幸せを手にした程度で、妾の否定を拒むのかっ!!」

 否定の魔女の魔力が、爆発するように広がっていく。
 あまりにも強すぎて、魔力だけで地割れがおき、雲が裂け、多くの兵士達が倒れていく。私自身、気を失いそうになった。だけど、空が支えてくれた。
 空はしっかりと大地を踏み、壊れ続ける自然の中、真と理を破壊する否定の魔女に剣を向けた。
 次の瞬間、否定の魔女と空の戦いが始まった。
 視界が全て黄金に染まる中、二つの白が強い力を持ってぶつかりあっていく。二つの剣がぶつかり合う度に、空気が大きく震えていく。
 アニメや漫画なんかじゃ、こんな戦いを描く事なんて出来ないだろう。それぐらい、二人は相手を殺すという思いを込めて、戦い合っていた。
 否定の魔女は不機嫌なのを隠さず、空を睨み付けながらこう言った。

「あぁ、残念だ。貴様は良い男だ。だがそれ故に残念だ。そんな裏切り者に心を奪われ、護るその姿は見ていて嫌になる」
「きみはじつにばかだな」
「……何だと?」
「俺にとってはあんたが最低のブスで、ベールベェラが最高の美女だって事。裏切り者とかそんなの関係無い。まっ、喧嘩しか出来ない年齢だけはババァのオコチャマには分からんだろうけど」

 バキッ、と扇子が折れた音が聞こえた。心なしか黄金の風の勢いが強まった気がした。

「架空 空よ。先ほどの言葉、訂正してやろう。貴様は妾が見てきた中で、最低の男だと」

 淡々とした口調が逆に怖い。否定の魔女を益々怒らせてしまったようだ。
 もうそれだけで十分人を殺せる殺意を空に向け、その手に巨大すぎる黄金の槍を構える。
 だけども空は怯まず、己の剣を彼女に向ける。
 黄金の暴風が吹き荒れる中、否定の魔女は槍を持って突撃し、空は剣で応戦する。
 しかし、それは罠だった。

「貴様を絶対否定してやろう! 架空 空!!」

 私の目の前で、空がこの世界から否定され、消えた。
 続いて私も消されそうになったものの、その寸前にマナ氏が出現して否定の魔女と戦いを繰り広げた。
 その戦いが切欠で、全ては終わった。
 架空 空が否定されたまま。

 ■ □ ■

 トレヴィーニは固まったままのベールベェラを抱いたまま、優しく撫でる。

「そう、架空 空は妾によって否定された」

 不気味すぎるほどに優しい手に反して、口調は何の感情も篭っていない。

「裏切り者を愛し、護るその姿は実に気色悪かったよ。しかもこの妾をあそこまで貶した男は、初めてだったよ。本来ならば、あの程度の戯言は無視していたんだがな。どっかの誰かさんのせいで、頭に血が上ってたからな。うっかり否定してしまったよ」

 懐かしそうに語るトレヴィーニ。
 だけどもベールベェラは、ただ彼女を畏怖するしかない。
 存在を否定されてこの世から散ってしまった空。その原因は、自分にあると言われているのだ。

「あぁ、今思い出してもイライラする。お前等ほどクソな夫婦はいなかったよ。今すぐ殺してやりたいほどだよ。だが夫の方は否定してしまったからな。戻す事は出来なくもないが、それをするのも癪だ。だから、貴様で晴らさせてもらおう。裏切りの魔女よ、裏切りの罪人よ」

 トレヴィーニは優しい手で撫でながら、静かな怒りを込めて言う。
 ベールベェラはただ震えることしか出来ない。
 剣で顔面を斬られ、鞭とカマイタチで全身を傷つけられ、触手で全身をズタズタにされて、けれども死を否定されて蘇らされてしまう。
 こんな無限ループ、しないでほしい。殺したいのなら、さっさと殺してほしい。
 だけど己を抱える魔女は、それを行わない。さっきまで怒涛の勢いで虐殺を繰り返していたというのに、今は言葉で責め続けるだけ。
 いったい何を考えているのだろうか?

「裏切り者は、決して幸せにはなれない。それは貴様も例外ではない。いや、貴様の場合、貴様が犯した裏切りのせいで、余計に死者を増やしている。本来ならばこっそりモザイク卿、ホロ、ディミヌ・エンドを起こすつもりだったのだが、貴様の事を聞いて気が変わった。貴様を妾の人形にしてやろう。憂さ晴らし人形にしてやろう。あぁ、この場合こう言えばいいのか? お持ち帰りと」

 トレヴィーニは言葉を続ける。ベールベェラはいつの間にか、彼女から目を離せなかった。
 これだ。この恐ろしさだ。戦時中、何度も見せ付けられた圧倒的な恐ろしさ。それを飾りとし、その美貌をさらに彩らせている。人では決して作る事の出来ない美しさ。その美しさと共にいたくて、裏切ってしまった。
 だが裏切った結果が、これだ。愛する人は消され、自分はそれよりもひどい苦痛を与えられている。

「だが、そのせいで無駄に傷つく者が出てしまった。こんな風に」

 トレヴィーニがそう言うと同時に、周囲を不気味な小さいモニターが包む。
 一つのモニターに映るのは無残にも殺されてしまったユニコス。
 一つのモニターに映るのは全身に弾幕を喰らい、瀕死状態のセラピム。
 一つのモニターに映るのは全身にカマイタチを受け、血を出し続ける絵龍とジャガール。
 一つのモニターに映るのは混沌の炎モザイクと激闘を繰り広げるイブシ。
 一つのモニターに映るのは電子の乱姫ディミヌ・エンドに苦戦するZeOとアルケー。

「お前だけの罪なのに、こんなトバッチリ可哀想だろう? だから、せめてもの罪滅ぼしとして、同等の痛みを喰らうが良い」

 ベールベェラは驚き、トレヴィーニを見る。
 次の瞬間、ベールベェラの体が混沌の炎によって包まれた。
 彼女は大きな悲鳴を上げ、その場に悶え苦しむ。だけど魔女は彼女から離れ、無様に燃えていく姿を見物していくだけだ。




















 ■ □ ■

 質問に答えよう。
 誰が死んでいいといった?

 質問に答えよう。
 俺も大好きだ。

 質問に答えよう。
 俺の女になれば、生きれるから安心しろ。

 質問に答えよう。
 無いな。少なくとも俺個人の話だが。

 質問に答えよう。
 お前は俺の大切なものを盗んでいきました。それは俺の心です。

 ■ □ ■







  • 最終更新:2014-05-28 20:25:57

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード