第十二話「絶望の魔女。希望の勇者」

 ありえない。ありえない。ありえない。
 ジャガールは、絵龍は、レイムは、セラピムは、困惑していた。
 何の異常も無かった筈だし、ここにやってきたのはレイムとセラピムだけ。
 牢中のクウィンスは黙々と本を読んでいただけ。彼女一人だけだった。
 でも、それならば、目の前の光景は一体何なのだ?

「おいおい、クウィンス。妾が否定の魔女だからって、何でもかんでも「否定」に結び付けないでほしいなぁ?」
「あっ! も、申し訳ございません。トレヴィーニ様」
「構わんよ。否定という二つ名を持っていれば、そう勘違いされても無理は無い」
「とれさま、ひてい、やりまくり」
「……それに間違ってもおらんしな」

 堂々と扉を開き、姿を現したのはクウィンスと見知らぬ子供、そして否定の魔女トレヴィーニ。
 一体何故? 何時の間に? この三人は、どうやって接触していたの?
 疑問は絶えない。けれども誰もその答えを知らない。三人は教えてくれない。彼女たちは、ただ話を続けているだけ。
 そこでハッとレイムが我に返り、三人に向かって怒鳴りつける。

「こら! あたし達を無視して、和やかにお話してるんじゃないわよ!!」

 その横で、次に我に返ったセラピムが通信機を取り出して即座に全体連絡を入れる。

「こちら、五番隊副隊長補佐官セラピム! 否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガンが出現しました!! 場所は大罪人専用特別牢前!! 繰り返します! 否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガンが出現しました!! 場所は大罪人専用特別牢前!!」

 一気に言い切り、すかさず通信機を切って絵筆を取り出す。
 ジャガールと絵龍もそれぞれ構え、何時でも戦える状態となる。
 それを見たトレヴィーニはパチパチと瞬きしながら、呆れたため息をつく。

「はぁ。コイバナはどうしたんだ、貴様等? 妾が出てきたぐらいで、そんな態度を取るとは。何かワンパターンでつまらんぞ」
「アホなこと言わないでほしいんだけど? 世界を滅びに導く魔女が現れたら、誰だって構えるよ!!」

 ソレに対し、ジャガールが素早く言い返す。
 しかしトレヴィーニは見抜いていた。彼女達の体が若干震えている事に。
 それは仕方が無い事。絶対なる否定の力を持つ、魔王以上の魔女。この世の地獄ともいえる世界大戦を引き起こした張本人であり、彼女が一度「否定」してしまえば全てが狂う。
 否定の魔女はどんなものでも否定する。人も、心も、物も、記憶も、何もかも。
 それだけじゃなく、実力もありすぎる。氷の鬼神との戦闘時、彼女は同等に戦いぬいた。本城と同じぐらいの大きさを持つ巨人相手に、全くの無傷でだ。
 そんな相手に勝てると思うか? 答えは否。負けて、殺されるのが目に見えている。
 トレヴィーニは笑いそうになるものの、何とか抑え込み、四人に向かって話しかける。

「さてと、妾は少々やらねばならん事があるのでな。道を譲ってはくれぬか?」

 口調こそ穏やかだが、その後ろから感じる威圧感は圧倒的なもの。
 けれども、彼女たちは恐怖を押し殺し、勇ましく立ち向かう。

「誰が譲るもんですか!」

 真っ先に仕掛けたのはレイム。
 どこからともなく、自分と大きさが変わらない絵の具チューブを出現させ、キャップを開く。

「世界を彩る色彩達よ! レイムの呼び声、聞いてちょーだいな!!」

 キャップが開かれたチューブから、一気に絵の具が放出される。絵の具の色は特定できず、常に変わっていっていく。幻想的で自然のように。

「色指定:青&水色! さぁ、私の呼び声に答えなさい!」

 レイムが叫ぶと共に絵の具の色が青色と水色に統一され、レイムとトレヴィーニの間に放出された絵の具が集っていく。集った絵の具は一人でに形を作っていき、徐々にその姿を作っていく。
 その姿、カービィの二倍はある長い手足を持つ蒼い肌を持つ女性の人。(読者の言葉で言うならば「小さな人間」という言葉が適切であろう)
 肩、膝、胸にのみ軽いアーマーがつけられており、その手には長い槍。人が決して持つ事は無いまるで液体のような青色の長髪を生やしており、同色の瞳は目の前の魔女をにらみつけている。
 それは御伽噺にしか存在しない精霊「ウンディーネ」と呼ばれる存在。ウンディーネは今、レイムによって描かれた。
 レイムはトレヴィーニを睨み付ける。

「水の精霊ウンディーネ、製作完了! そんじゃ、相手してあげるわっ!!」
「……そんな紛い物で妾に立ち向かおうとは。何とも愚かな娘だ」

 しかしトレヴィーニは嘲笑うだけ。
 掌を軽く扇子で叩く。すると魔女の後方に二つの黒い穴が出現する。トレヴィーニは振り返らず、己と共にいるホロとクウィンスに指示する。

「ホロ、クウィンス、貴様等は貴様等の役目を果たせ。妾は正面玄関から出ていこう、貴様等の主らしく」
「分かりました、トレヴィーニ様」
「とれさま、ほどほどに」

 二人は頷くと、それぞれ別の穴に飛び込んでいった。飛び込んだと共に、穴はそれぞれ消滅する。
 それを見たセラピムが通信連絡を入れようとしたら、突如通信機が色が整わない炎に包まれる。いきなりの熱さと痛みに、セラピムは思わず手放してしまう。
 地面に落ちた通信機は炎によってあっさりと燃え尽き、その場から消滅する。同時にトレヴィーニがタイミングを見計らったかのように、セラピムに向かって言う。

「ちくりすぎるのは良くないと思うぞ? ツッコミファイアーに片思い中のセラピムちゃん」
「……防衛隊として、当然の事をしただけだよ」

 少々つっこみたい単語はあるものの、セラピムは飲み込んで、筆を持つ。すると筆先が輝きだし始め、魔力がこもりだす。
 筆を前に出し、中に大きな円を描く。すると円の内側から、独りでに隅々まで細かく且つびっしりと模様が描かれていく。その形、魔法陣そのもの。

「そして、これから防衛隊として当然の事をやらせてもらう!!」

 そう言って、勢い良く絵筆で魔法陣の中心を突く。
 すると魔法陣から桃色の煙が出現し、トレヴィーニ目掛けて蛇の如く絡み付いていき、拘束する。その隙に、すかさずジャガールと絵龍、ウンディーネが突撃する。
 ジャガールはコピー:ファイターを発動し力を最大限に発揮するスマッシュパンチ、絵龍は右手に力を集中させての蹴り、ウンディーネは槍を真っ直ぐに突き刺す。
 それらは全て桃色の煙を通して、トレヴィーニに直撃する。だがトレヴィーニは平然とした様子で、一言こう言った。

「ぬるい」

 直後、桃色の煙が消滅し、黄金のカマイタチが彼女達を襲う。
 ジャガールと絵龍は咄嗟にガードするものの、全身をカマイタチに傷つけられ、あっさりと壁にその身を叩きつけられる。
 セラピムは咄嗟に防壁魔法陣を展開し、自分とレイムをカマイタチから防御する。しかしウンディーネは防御しきれず、カマイタチの猛攻によってその身を崩壊させてしまう。

「ウンディーネが一撃でぇ!? ちょっと嘘でしょ!?」

 崩壊していくウンディーネを見てレイムはショックを受け、声を荒げる。
 だが誰も答えない。代わりにトレヴィーニが扇子を振るい、黄金の弾を出現させてレイムとセラピム目掛けて飛ばしていく。
 もちろん一つや二つではない。数え切れないほどの弾が、一直線上に防壁魔法陣目掛けて飛んでいく。最初こそガードされたものの、次々と連続で同じところを攻撃されていってしまえば、ヒビが入っていってしまう。
 それに気づいた時には、時既に遅し。弾は防壁魔方陣を突き破り、中にいたセラピムとレイムを容赦無く突き当たっていく。
 レイムは弾を喰らった衝撃により、横に吹き飛ばされてしまう。
 だがセラピムはもっと酷かった。何せ魔法陣の正面に立っていたのだ。正面から何度も何度も何度も弾を喰らってしまっており、地上に繋ぐ階段にその身を吹っ飛ばされても、未だに弾は彼女を傷つけていく。
 女性で尚且つ絵描き能力者は体力が低く、本来ならば守られる立場にいる。言ってしまえば、このように傷つく事は滅多に無いのだ。
 つまり、セラピムの体は早々に限界を見せていた。

「カハッ……」

 あまりのダメージに吐血するものの、弾は止まらない。
 弾をぶつけられ続け、全身を痛々しい痣とにじみ出た血で染めている。手足がダランと落ちており、目も空ろになっていく。
 けれども弾は止まらない。ただ目の前の命が尽きるまで、攻撃をし続けているだけ。
 あまりにも一方的すぎるその様子を見て、レイムは声を上げた。

「やめて! お願い、もうやめて!! 死んじゃう、セラピム死んじゃう!!」

 目元には涙を浮かべながら、体の痛みを無理矢理抑え付けて叫ぶ。
 チラリとジャガールと絵龍に目を向けるものの、彼女達は壁にたたきつけられたショックで気絶している。それだけでなく両方共に全身切り傷だらけで、彼女達の真下には血の水溜りが出来ていた。
 力の差があっており、勝てる相手とは思っていなかった。ただ、応援が来るまでの時間稼ぎぐらいは出来るだろうと踏んでいた。副隊長という自信があったからなのだろうか?
 だが甘かった。力の差が、ありすぎた。いや、ありすぎたなんて表現じゃ言い表す事は出来ない。あまりにも絶対的過ぎる。これが否定の魔女の実力。戦争を引き起こした魔王の実力。
 ……いや、違う!
 レイムは知っている。数時間前、城下町で否定の魔女と氷の鬼神が戦った事を。その時、否定の魔女はどうだった? 傷ついたか? 否、全く傷ついていない! アカービィからの報告では、全くの無傷で氷の鬼神を消したとあった。これは魔女の実力なんかじゃない。魔女からすれば、全力を出す意味が無い雑魚にすぎないのだ。自分達も、そしてあの氷の鬼神も。
 そして今、三つの命が目の前で尽きかけている。

「いや……やめて……! 殺さないでぇ!!」

 最初の時の勇ましさは何処へやら。レイムはただ必死になって泣き叫ぶだけ。
 死にたくない。死んでほしくない。
 彼女の心を埋めているのは、この二つだけ。わずかな希望を願いながら、涙を流す。

 その時、セラピムを傷つけていた弾が突然止まった。

 レイムは驚愕と困惑の色を顔に見せる。
 同時にトレヴィーニがレイムに振り向いて、一瞬だけ優しく微笑んだ。その微笑にレイムは一瞬ドキッとする。何だ、このとんでもない美しさは。
 しかし、それは一瞬だけの微笑み。
 トレヴィーニの顔つきは邪悪なものに変わり、レイムを見つめながら、不気味な事を口にし始めた。

「こんなにも早く絶望に堕ちるのは美しくないよ。もっと歯向かえ、そして私に心底から絶望に満ちてしまった顔を見せてくれ。その美しさ、君達の可愛らしさを彩り、麗しき乙女をもっと魅力的にさせてくれるものだ。さぁ、見せてくれ。彼に匹敵するほどの、歪んだ美しさを!!」

 最初こそ子供に物を教える先生の声色だった。だが、彼女は語っていくにつれてヒートアップしてきたのか、勢いが増していく。
 狂気のままに叫ぶその姿は、正しく魔物というにふさわしい。先ほどの美しさは、何処にいった?

「あぁ、彼というのはね、ユニコスという名前の素敵な剣士の事さ。最期の瞬間はとても美しかったよ、彼は。希望が消え、絶望に染まった時のあの美しさは彼にしか出せない。その時に流れた涙が、彼の美しさを倍増させていた。本当に、彼は素敵だった。死ぬ瞬間こそ、人の最も美しい姿だという事を再認識させてくれたよ」

 レイムはその言葉の意味が、理解出来なかった。
 死んだ? あのユニコスが? 四番隊副隊長のユニコスが殺された!?
 その瞬間、体の振るえが止まらなくなる。抑え付けていた恐怖があふれ出てくる。絶対に勝つ事が出来ないと、理解してしまう。
 四番隊は直接戦闘では最も強い部隊であり、少なくとも五番隊よりはよっぽど強い。その副隊長が、目の前の存在によって殺されてしまった。
 それ即ち、自分が勝てる筈が無い。自分も殺されてしまう。
 レイムの心が絶望に堕ちていこうとしたその時だった。



「――何時から否定の魔女はそんな変態になったんだ?」



 階段の上から、男の声が聞こえてきたのは。
 それは聞き覚えのありすぎる声。そして、希望の声。
 レイムとトレヴィーニが階段を見上げたと同時に、階段の上から男が勢い良く跳んだ。次の瞬間、トレヴィーニの体を、一つの刀が斬る。
 しかしトレヴィーニの体は斬られた瞬間、混沌の炎と化して分散する。分散された炎は男から少し離れ、再びトレヴィーニを作り出す。
 それを見た男はニヤリと笑い、刀を勢い良く向ける。

「俺が知っている限りじゃ、絶望を美しい美しいって連呼するクソ変態は一人だけだぜ? どんなつもりで否定の魔女に化けたかは知らんが、全く似合わないぜ。混沌の炎モザイク卿!!」

 羽飾りがついた黒い帽子、背につるした木の鞘、それを身につけるのは灰色の男。その男は一番隊隊長を務める者。
 刀を向けられたトレヴィーニ、否トレヴィーニの姿を模したモザイクは、口が引き裂けそうなぐらいの細長い三日月に似た笑みを浮かべる。

『……おやおや、これでも頑張ったんだがな。思ったより駄目だったようだ』

 直後、モザイクの体が混沌の炎に包み込まれていく。トレヴィーニを模倣した殻は消滅し、モザイク本来の巨大な火の玉が公に現れる。
 一番隊の部下達が次々と降りてくる中、男とモザイクは向き合ったまま。
 回復担当の部下達が気絶しているジャガール・絵龍・セラピムの下に行く。レイムの下にも訪れ、回復魔法をかけていく。
 だがレイムは不安で仕方が無かった。ユニコスを殺した者を、倒せるのかどうか。また、傷つくだけではないのかと。
 そんなレイムの頭に、ポンッと手が置かれる。
 レイムが見上げるとそこにいたのは、白の男。

「イブシはそんな弱い男ではない。お前もそれは良く知っているだろう?」

 赤色のマントをつけた白い体色の鋭い目を持つ男。見た目こそ若いけれども、その内に秘めた貫禄はエンペラーを超える程。それを持つのはたった一人だけ。四番隊隊長のホワイトだ。
 彼の言葉を聞き、レイムはこくんと頷く。

「それに、もしもの時は俺がいる。だから安心しろ」

 ホワイトは彼女の頭を撫でながら、続けて言った。
 レイムの目から涙がこぼれた。恐怖からの涙ではない、希望からの涙だ。

 ■ □ ■

「……OK。要するにトレヴィーニだと思っていたのがモザイク卿。レイムが言うにはクウィンス、そしてもう一人誰かが一緒にいた。その二人はモザイク卿の魔法によって、何処かに転移。本物のトレヴィーニは何処にいるのか不明。それでいい?」
『オッケーだよ! でもモザイク卿をあんな形で出したってことは』
「言わなくても分かる。陽動だろ? 見事にイブシとホワイトが捕まったらしいね。コーダとルヴルグは、まだ修復活動中?」
『うん。だからトレヴィーニ探しの指揮、飛燕かベールベェラにお願いしたいんだ。出来る?』
「出来るよ。今、ベールベェラが尋問してるけど、僕がこれから変わるところ。ZeOは引き続き情報整理、及びに何でも屋ラルゴの捜索を頼むよ」
『ラジャー! 何か分かったら、即連絡すっから!』

 ZeOはDSに似た形をした小型携帯コンピューターを通じて言うと、通信を切る。
 飛燕は通信が切れたのを確認するとコンピューターを閉じ、しまう。「何処にしまった?」というツッコミはこの世界では無しである。
 その時タイミング良く木製の扉が開き、中からベールベェラが出てくる。飛燕は出てきた彼女に尋ねる。

「どうだった?」
「魔女と関係があるのはセツだけですわ。残り二名の目的はクウィンスの奪還らしいですわよ、緑色の悪魔さん」
「これはまた、とんでもないな。それで?」

 ベールベェラの皮肉(多分ウェザーがつけたあだ名)も軽くスルーしながら、飛燕は続きを求める。ベールベェラは続きを話していく。
 セツが否定の魔女トレヴィーニと戦った事、彼が氷の鬼神である事。それだけでなく、現在モザイクの奇襲によって、姿が見えなくなったセレビィとも関わっている事。
 カタストロがラルゴの言っていた「連れ」だという事。ウェザーがクウィンス奪還目的で侵入、それにラルゴ達が乗ったという事。
 途中でラルゴと別れ、クウィンスのいる場所を求めているところで捕まったという事。
 そこまで聞き、飛燕は苦笑する。

「何というか、本当に彼は頭冷やしてなかったんだね」
「寧ろどっかの誰かさんが火をつけてしまって、鎮火するどころか全体に燃え広がりそうな状態でしたわ。飛燕、あなた一体何やったんですの?」
「幻使っただけだよ。それとベールベェラ、僕は彼等にもうちょっと色々聞いてみるよ。気になる事もあるし。君はトレヴィーニ捜索に集中してくれないか? イブシとホワイト、モザイクの陽動に引っかかっちゃったみたい。コーダとルヴルグは城下町の活動が忙しいから、呼び戻せないし」
「分かりましたわ。それじゃ後はお願い」

 ベールベェラはそこまで聞くと部屋から出ていって、捜索に向かった。
 ここは尋問部屋のすぐ隣に位置する小部屋であり、尋問部屋の唯一の出入り口ともいえる場所だ。
 緊急事態であるため、情報を早く知りたいので、先ほどまで隊長二人が直々に尋問を行っていた。最もウェザーの頭に血が上ってしまう原因の飛燕は、ほとんど見張り役であったが。
 とりあえず聞くべき事は聞いたし、後はいくつかの質問と協力要請を行うだけ。この事態だ、少しでも人では多い方が助かる。
 そんな事を考えながら、飛燕は尋問部屋の扉を開いた。

「オラアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 雄たけびと共に木の十字架が勢い良く振られ、飛燕の顔面に激突した。
 いきなりの不意打ちに飛燕はガードする事も出来ず、ごろごろと転がっていき、頭から壁にぶつかってしまう。
 気絶こそしてないものの、頭がガンガン響く。顔面も無茶苦茶痛い。二重攻撃で、体が起き上がれない。防衛隊隊長が飛んだ失態だ。
 飛燕が起き上がるよりも前に、尋問部屋からカタストロ達が我先にと出て行く。

「狙い通り! 不意打ちなら、あいつも予測してなかった!!」
「めっちゃ嬉しそうだな、ウェザー」
「本当は自分でボッコボコにしてやりたかったんですけどね。一発蹴ってもバレませんかね?」
「いや、さすがにバレる。それよりもとっとと行くぞ」
「ひ、飛燕さん、ごめんなさい……」

 飛燕に痛い目見せれて嬉しそうなウェザー、トコトン冷静なカタストロ、とりあえず届かないだろう謝罪を行うセツ、と様々だ。
 ウェザーはそのまま勢い良く扉を蹴破り、小部屋から廊下へと出て行った。その後をカタストロ、セツが続く。
 どたどたどたと大きな足音を立てて走る三人に対し、飛燕は顔を抑えながら立ち上がる。

「あだだだ……。まっさか、あんな典型的な手段を使うとは」

 我ながら情けない。防衛隊隊長としてあるまじき失態だ。
 それよりも一緒に中にいた見張りはどうしたんだ。何を見逃しているんだ。
 見張り部屋の中を覗いてみる。見張りは凍っていた。間違いなくセツが凍らせたのだろう。
 こんな事ベールベェラが見逃す筈も無く、先ほどの会話中にやっておいたのだろう。なんとも行動力がある。防衛隊に入隊してほしいぐらいだ。
 しかし今はそんな場合じゃない。話を聞いてもらうどころか、逃げられてしまった。あらかたの情報が分かった今、彼等を拘束する気は無い。けれども自分が行っても攻撃されるのは明らか。ここは隊員の誰かを使って、説得させるのが早いだろう。
 飛燕はそう判断し、再びコンピューターを開いて通信する。

「ZeO、悪いけど侵入者三名が逃げ出した。早急に探査を頼む」
『――――』

 しかし返事が無い。コンピューターにもZeOは映っていない。

「ZeO? どうした、アルケーに殴られたのか?」
『――――』
「……まさか」

 返事が無いZeOに対し、飛燕は嫌な予感がする。
 性格こそつかみどころがないけれども、やる事はやるプログラムのZeOと繋がらない。それは大国のコンピューターそのものに異常が起きたか、もしくはZeOそのものに異常が起きたか。
 現状ではおそらく後者。この状況下、それを起こす意味があり、尚且つ起こせる人物といえば一人しか存在しない。
 「『ありえる』を『ありえない』、『ありえない』を『ありえる』」に変換する事が出来る否定の魔女。彼女ならば本来肉体がある筈の者が、媒介無しで行く事が出来ない電脳世界に何のしがらみも無く行く事は可能だ。
 彼女はモザイクとホロ、両者を復活させ、尚且つクウィンスを己の手に導いた。
 それでもこの城に滞在する理由。その理由になる電子上の人物は、一人、いる。機械反乱を起こした張本人であり、大国の手によって消去された存在が。
 飛燕はそこまで推理すると、即座にアクセスを開始する。だがコンピューターは反応を示さない。何度も何度もアクセスするけれど、反応を示さない。
 完全に向こう側の“あの人物”にやられている。
 飛燕はドンッと壁を叩き、苛つく気持ちを抑えながらも愚痴をこぼす。

「相変わらず、行動が早い……! 魔女に魂を売ったのが残念な限りだ!」

 ZeOと同等ともいえるその性能さを、今ほど疎ましく思ったことは無い。
 “あの人物”を蘇らせたいが為に、あんな陽動を行ったのだろうか?
 しかし飛燕はすぐにその考えを改めた。
 電子生命体相手に、わざわざモザイク卿を使った陽動をするものでもないし、第一トレヴィーニならばあっさりと戻せる事が出来る筈だ。
 ならば陽動はトレヴィーニの「本命」から目を背ける為、と考えるのが正当だろう。恐らく“あの人物”復活も彼女の「本命」ではない。
 それなら一体何なのか? 手下を集結させる以外に、トレヴィーニが執着するもの。
 トレヴィーニが偉く気に入った者、もしくはトレヴィーニの機嫌を酷く損なった者。前者は色々な意味で不運だが、後者はそれ以上に不運だ。
 トレヴィーニは「命乞い」を嫌う。それも多くのモノを「裏切った」場合をトコトン嫌い、全くの手加減無しで相手を傷つけ、殺しに導く。
 飛燕はそれを見た事が無く、マナ氏の報告書で知っている程度だ。けれどもトレヴィーニに命乞いをし、殺されていった連中は無数に存在する事は知っている。
 この事実が本当だとすれば、トレヴィーニの「本命」は――――。
 そこまで推測し、顔を青ざめる飛燕。即座にコンピューターの通信システムを起動し、呼びかける。

「ZeO、戻って来い!! 早急に全体探査を行え!! アルケーでもいい、だから早く!!」

 しかし返答は無い。
 飛燕は舌打ちすると乱暴にコンピューターの電源を切り、小部屋から出ながら通信機を開き、全体放送システムを起動させる。隊長格の通信機は放送スピーカーとリンクしており、緊急時には全体放送システムで連絡を行うようにしている。
 ソレほどまでの緊急事態が発生しかけている為、飛燕は通信機に向かって力いっぱい叫んだ。

「手が空いている者は早急に否定の魔女を探索せよ!! 否定の魔女の目的はモザイク卿、クウィンス、ホロにあらず!! 魔女の本命はたった一人。全てはその為の遊戯!! 最悪の事態になる前に、即座に行動せよ!!」

 そこまで叫ぶと、繰り返す事も忘れて通信機を切って走る。
 曲がり角を曲がっていけば、モザイクの出現した場所に向かおうとした隊員達が困惑しているのを発見する。武器を複数持っていることは一番隊だろう。
 隊員の一人が飛燕に気づき、駆け寄ってくる。

「あ! 飛燕隊長、先ほどの通信は一体!?」
「話している暇があるなら、早く捜索しろ!!」
「えぇ!? で、でも地下牢前のトレヴィーニは……」
「そいつは偽者だ! 本物はまだ見つかっていない。それ以上にやばい事を行おうとしている!」

 飛燕らしくない焦った口調に、隊員達はますます戸惑う。
 一体何がどうなっているのだろう、どうして飛燕隊長はこんなに焦っているのだろう。否定の魔女の危険性は分かっているけれど、一体何故?
 理解できない彼等に対し、飛燕は説明せずに、とんでもない言葉を口にした。



「早急に止めないと――死者が無限に増え続ける!!」



 ――ソレ即ち、否定の魔女の憤怒による大虐殺を現していた。


 ■ □ ■

 一方、空に0と1が浮かんでいる、真っ白なタイルが敷き詰められた電子空間内。
 ZeOとアルケーは追い詰められていた。
 何の前触れも無く、突然現れた人物によって。

「あらあら、どうしたの? ヒトみたいに疲れちゃって、どうしたの?」

 魔法なのか電子なのか分からない狼の形をした黒の魔物を引き連れ、彼女は微笑む。
 とても愛らしい笑顔で、見る人々を魅了させるであろう。魔物がいない平和な状況であれば、の話だが。
 桃色の線によって形作られた体、複数に別れた長い耳は飾りで止めている。灰色の足を包むのは大きなわっか。
 独特な体だけれども、寧ろそれが可愛いと思える。けれども今はそれが不気味でならない。

「わんちゃん嫌いだったっけ、ZeO君。折角あの人から許可貰って、借りてきたのに」

 のほほんとした口調で、首(ってか体)を傾げる彼女。
 それを見たアルケーはとてつもない悪寒を背中に感じ、慌ててZeOに話しかける。

「ちょっとちょっと何なのよ。何で、あんなのが入ってきたのよ? 普通、ありえないでしょ!?」
「多分否定の魔女じゃない? 彼女が色々否定しちゃえば、ここに入るのも容易でしょ」
「何よ、そのチート。だからって、あんなのあり!?」

 アルケーは動揺しているらしく、ZeOと彼女を困惑と驚愕が混ざり合った顔で交互に見ている。
 本来アルケーは人数不足の為、ZeOのサポートとして派遣されただけ。コンピューターウィルスには強くても、こんな事態は始めてだろう。
 ZeOもこんな事態は世界大戦、機械反乱戦集結直前の時だけだ。あの時も、彼女は何時もと全く変わらない様子で無邪気に笑っていた。
 今もまた同じように笑っている。自分のやっている事がどういう事なのか、理解せずに。
 ZeOは彼女をしっかりと見据えながら、その名前を口にする。

「相変わらず、怖いわんちゃんを連れてるね。――ディミヌ・エンド」

 それは、穏やかでのんびり屋の少しドジな女の子の名前。
 名前を呼ばれた女の子、ディミヌはこくんと頷いて嬉しそうに話す。

「うん! トレ様がまた創ってくれたの。素敵でしょ?」

 純粋に笑うその姿は、全くもって悪者には見えない。寧ろヒロインだ。
 多少黒いところはあるものの、根は純粋な女の子だ。そう、恐ろしく純粋な女の子。それ故に疑う事を知らない。善と悪の区別が分からない。
 だから、否定の魔女トレヴィーニの手に堕ちてしまった哀れな女の子。

「悪趣味だと僕は思うけどなぁ。君は好きなの?」
「えぇ。こんな不思議なプログラム、見たことないもの。それにトレ様、凄い優しいもの」

 眩暈がした。今何言った、この娘。
 戦争を起こした魔女が優しい人と言うなんて、気が狂っているとしか思えない。これが旧プログラム故の人格なのだろうか?
 ディミヌはZeOに比べると、かなり旧型のプログラムだ。性能そのものは最新型のZeOと同等だが、その人格プログラムには不備が多数存在する。
 それ故に、世界を裏切り、魔女に加担し、削除された存在。
 それだけを聞くと、とても哀れな存在に聞こえる。けれども、今目の前にいる彼女はその罪を理解しないまま、この世に蘇っている。

「今ね、トレ様に命令を出されてるの」
「命令?」
「そっ。しばらくの間、外界からのアクセスを遮断しろーって。特に探査と通信。ZeO君のフリもしたんだけど、ちょっと大変だからすぐに止めちゃったの~」

 まるで世間話をするかのように、まったりと話すディミヌ。
 通りでさっきから外との連絡がとれないわけだ。
 ZeOはあまりにも的確且つ正確な処理を行う彼女を感心すると同時に、その人格プログラムがどうなっているのかを疑いそうになる。
 ZeOやアルケーのような最新型につけられた人格プログラムは「人に近く人から遠い」プログラム。対して、ディミヌ・エンドに与えられたのは「人のようで人じゃない」都合の良いプログラム。
 違いがあやふやで、多くの人々がその意味を理解できていない。この中にいる三人も、理解出来ない。いや、理解しないようにプログラムされているだけなのかもしれない。

「ポチちゃん、クロちゃん、大人しいね~」

 ……少なくとも狼の魔物をポチ、クロ、等と名づけて可愛がっているディミヌが理解しているとは思えない。
 一人勝手にのんびりムードになるディミヌに対し、アルケーが口を挟む。

「ちょっとあんた! あたし達をどうしたいの? その化け物で、あたし達を食い散らかすわけ!?」
「ううん、そんなことしないよ。トレ様が駄目だって言ったし、あたしが行うのはあくまでも拘束。ここでの見張りだけなの」

 ディミヌは体を左右に振り、否定する。
 見張りという言葉を聞き、アルケーは拍子抜けした。襲撃に来たから、てっきり攻撃するものだと思っていたのだ。
 その一方でZeOはディミヌの話を整理していく。
 ディミヌは良くも悪くも、命令に忠実だ。それなら多分これは本当の事なんだろう。そうすると、トレヴィーニの目的は何だ?
 かつての部下達を集わせる事? 大国にダメージを与える事? 戦争の下準備をする事?
 多分どれもこれも間違ってはいないだろう。だけど、決定的な答えなのかどうかは分からない。
 部下はZeOの知っている限りでは大国にいた者は粗方戻し終わっているし、大国へのダメージは氷の鬼神戦やモザイクの炎で十分ある。戦争の下準備はあの魔女の事だ。既に作戦は立てている筈だ。
 ほとんど完了している。なのに、トレヴィーニは未だに本城に存在している。つまり、トレヴィーニはまだやっていない事があるという事だ。
 そのやっていない事とは何か? それを見つけ出し、どうにかしなければいけない。
 自分の中の解析・分析能力をフルに使い、わずかな可能性を探し出していく。
 解析を開始したZeOを見て、ディミヌはのんびりした口調で呟く。

「あらあら、ZeO君ったら考え事始めちゃった。どうしよう?」
「いや、あたしに聞くな」
「でも退屈なの~。あっ、そだ! 神経衰弱やらない? トランプ出すから」
「はぁ!? 何ゆえこんな時に神経衰弱!?」
「ZeO君、考え事してるし、あたしのお仕事は見張りだけなの。でも、それじゃ退屈でしょ?」
「いやいやいや、立場考えなさい。立場」
「立場? あ、そっか。長耳さんは神経衰弱じゃなくて、テレビゲームがしたいんだね!」
「ちがああああああああああああああああああう!!!!」
「嫌なの? それじゃ……ぱ、パソコンのゲーム?」
「何でそーなるの!? ってーか何ゆえパソコンのゲームで、顔を赤くしたり、青くしたりする!? テレビゲームとそんなに大差無いでしょうが!!」
「え? でも前に検索した時は鋸持った病んだ女の子とか、鉈を使って学校をのっとった女の子とか、そう言った感じの子が誰かを殺してるのを見つけたんだけど……」
「ちっがーーーーう!! どっちも有名だけど、違うからね!? パソコンのゲームって、そんなんばっかじゃないからね!?」
「そ、それから、その、えと」
「待て。そっから先は言うな。顔が真っ赤になってる時点で展開が読めた。とりあえず、それは違うからね? パソコンのゲームはそんなんばっかじゃないからね!?」

 ぼけまくりのディミヌに、アルケーツッコミしまくり!
 尚、顔が赤くなった理由については読者の皆様にお任せいたします。

(ううん、通常に会話する分には普通なんだけどなぁ)

 その様子を眺め、ZeOは一人思う。
 ディミヌはプログラムの不備さえ無ければ、機会反乱を起こさなかっただろう。世界大戦の始まりにもならなかっただろう。魔女に従わなかっただろう。
 だが、それはもしもの話に過ぎない。現在ディミヌが否定の魔女に加担しているのに変わりは無い。それでも彼女の無垢な姿に、思わずにはいられなかった。どうしてトレヴィーニの手に落ちてしまったのだと。

(ディミヌ・エンド、気づいて。それが何よりも間違っている道だと)

 全てを己の為に利用する魔女を、信じないで。
 そう思った時、ZeOはふと気づく。魔女の目的とその対象に。
 否定の魔女は我侭な芸術家だ。己が思う展開を希望し、何よりも予想外の形で相手がポジティブに変わるのを望んでいる。
 その一方、裏切りをひどく嫌う。自分にしても、相手にしても、だ。自分に都合の良い考えで生き残ろうとする者を嫌い、殺す。
 否定の魔女の目的がその「裏切り者」の始末だとすれば?
 何事にも対等に戦おうとする彼女だが、「裏切り者」に関しては別だ。何の手加減も無く、拷問し、何度も何度も殺していく。己の気が済むまで。
 それに該当する人物は、この本城城内では一人しかいない。

「――!」

 ZeOはそこまで感づくとアクセスブロックを破壊し、コンピューターに直接アクセスしようとする。
 すると、ディミヌの片割れにいた狼の魔物達が一斉にZeOに襲い掛かる。
 ZeOは体を分散させ、魔物の牙と爪をあっさり避けるとディミヌの前まで移動し、元の状態に戻る。それを間近で見てもディミヌは感心するだけ。

「すっごーい。ZeO君、一気に色々気づいちゃったんだね」
「……外に、出してくれない?」
「無理だよ。トレ様をもっと怒らせちゃう。トレ様、隠してたけど不機嫌だったの。あたしでも分かるぐらいに、誰かを殺したがっていたの」

 ディミヌはZeOの言葉を拒絶し、そう言った。
 その言葉を聞いて、ZeOは己の推理が正しい事に確信した。同時に時間が無いという事実も。
 ZeOはのん気な彼女をしっかりと見据える。

「ディミヌ、僕らは大国のプログラムだ。どんなに報われなくても、どんなに傷ついても、どんなに扱いが酷くても、僕らは大国に尽くす。だからね、邪魔をする君は……ただの敵だ」

 空の色が一気に赤に変わり、真っ白なタイルも真っ赤に変わっていく。
 ZeOのモノクロの体を彩るように、右手の形が鋭く巨大な紅の槍となる。
 それを見たアルケーはすかさずZeOの傍に駆け寄り、長い耳に複数の輪を出現させるとディミヌに振り向いて応戦体勢になる。

「勝てるの?」
「確率的には半々だよ。彼女のタチの悪さは良く知っている。……それでもやるのが、僕らのお仕事だろ」
「あたしは大国主義じゃないんだけどね。でもま、やるしかないなら、やるまでだけどね!」
「それでこそアルケー!」

 意気込むZeOとアルケーに対し、ディミヌは一転して無表情となり淡々と語っていく。

「大国の願いどおりに動くのが、ZeO君達の役目ならば」

 ディミヌの長い耳が浮かび上がり、足のわっかが光り出す。

「トレ様の願いどおりに動くのが、ディミヌ・エンドの役目なの」

 機械反乱の首謀者はただ純粋に己の主に従い、敵の排除を開始する。

 ■ □ ■

『手が空いている者は早急に否定の魔女を探索せよ!! 否定の魔女の目的はモザイク卿、クウィンス、ホロにあらず!! 魔女の本命はたった一人。全てはその為の遊戯!! 最悪の事態になる前に、即座に行動せよ!!』

 飛燕の緊急放送が城内に響く。
 何時に無く必死で焦った口調に、多くの隊員達に不安を感じさせていく。既に副隊長が複数やられているのは連絡されており、一般隊員達を震え上がらせるには十分なものだ。
 そんな隊員達に対し、ベールベェラは渇を入れる。

「何やっていますの、あなた達! こんなところで立ち止まってる暇があるなら、さっさとトレヴィーニを見つけ出しなさい!! それでも防衛隊の一員なの!?」
「し、しかし隊長! 相手は否定の魔女、自分達はマナ氏ではないのですよ!?」
「何をふざけた事を口にしていますの? 私達の役目は最悪の事態を避ける事。誰も否定の魔女を倒せと言ってませんわ!」

 それでも不安を隠しきれない隊員達。
 それもその筈、相手は何でもありの否定の魔女。この世の悪夢と呼ばれる戦争を引き起こし、尚且つ“混沌の炎”“戦闘狂”“空刃の魔女”“電子の乱姫”“ダイダロス”という危険人物達を引き連れている。
 現に今、混沌の炎モザイク卿が目覚めている。他の者達だって目覚めないなんて保証はないし、何よりも魔女自身の実力は相当のものだ。
 ダイダロスの軍勢との終戦時、否定の魔女トレヴィーニと可能の魔術師マナ氏の戦いを見た事があるけれど、アレほど凄まじい戦いは無かった。
 九年の歳月が経っているけれど、魔女に勝てる確立なんて無いに等しい。否定の魔女に勝てる人物など、マナ氏以外存在しない。
 けれども、やらなくてはならない。ここで隊長が逃げてしまっては意味が無い。否定の魔女が最悪の事態を起こす前に、命を賭して止めねばならない。

「さぁ、グズグズしている暇があるのならば動きなさい! 草の根を分け、隅という隅、魔法という魔法、全てを探索し、あのくそったれ魔女を見つけ出しなさい!!」

 ベールベェラが勢い良く叫ぶ。
 隊員達がそれを聞き、慌てて蜘蛛の巣状に散っていく。
 それを見送ったベールベェラは別所で魔女を捜索している己の副官シルティ、飛燕の副官零式の二名に連絡を入れようと通信機を取り出す。
 その時、ベールベェラの下に一人の少年隊員が駆け寄ってくる。

「あ、あのベェラ隊長!」

 民族的な青い帽子を被った水色の少年、というよりも子供だ。その手には羽ペンを持っている。
 姿と羽ペンから見て、恐らく五番隊だろう。

「あら、何かしら? 見たところ五番隊のようですけど」
「はい、うちは五番隊のフズです。えと、伝えたい事があって来たんです」
「伝えたい事?」

 五番隊ということは、コーダからの連絡係だろうか?
 そんな事を考えながらベールベェラはフズの連絡を聞く。

「エリア修復と民間人の避難・救助が完了した為、これより一部を除き多くの隊員達をこちらに戻すってコーダ、ルヴルグ、両隊長から連絡です」
「それなら普通に通信機で連絡すればいいものの……。了解しましたわ、あなたはどちらの配属で?」

 コーダとルヴルグに呆れながらも、ベールベェラはフズに尋ねる。
 見たところまだ子供の隊員。恐らくこれから城内の修復、もしくは損傷を負った隊員の回復に向かうのだろう。そう推測する。
 フズはちょっと戸惑いながら、言葉を続ける。

「あ、まだ連絡残ってるんですよ」
「一体何かしら?」
「アカービィ、ウォルスの両副隊長とその部下達が空に投げ出されていたものの、救助完了っていう良い連絡ですよ! ただ数名助けられませんでしたけど……」
「それは良かった。副隊長二名は?」
「ピンピンしてました。寧ろウォルス副隊長の場合、ルヴルグ隊長の一撃の方が重傷です」
「ご愁傷様、ウォルス。これはアカービィの方も説教地獄が待っていそうですわね」

 イブシの説教は、受ける側からすれば最悪。一部の隊員からは拷問とも呼ばれている。
 一時間越えは当たり前。最高三時間のスーパーねちねち毒舌説教ほど、恐ろしいものは存在しない。しかもほぼ正論で反撃の隙すら与えてくれないのだから、悪夢としか言いようが無い。先日説教を受けた隊員達の顔は凄まじかった。青紫色だった。
 戦後のアカービィのこれからを考え、ベールベェラは内心同情した。助けないけどね。
 フズは苦笑しながらも、話を続ける。

「副隊長って結構きついですね……。あ、それじゃ次の連絡です」
「まだあるの」
「はい。次の連絡は」

 そこで言葉を切り、フズは笑ってこう言った。

「ベェラ隊長が否定の魔女に殺されるという運命です」

 風が、吹いた。


  • 最終更新:2014-05-28 20:26:00