第十九話「The オリカビ Survivor」
幕間 否定と不揃のお茶会
かつては三日月島に安全に行ける唯一の巨大空港。
否定の魔女によって悪夢都市と化した今では、そこは魔女の城となった。
魔女の魔力で空港の形はすっかり変わってしまい、本当にお城の状態。兵隊達は哀れな死霊達。
そんな地獄のような光景にて、シックに決められた豪華な一室にて二人の魔女がお茶会をしていた。
「さて、今回首を突っ込んできたのはどういう目的だ? 不揃の魔女ノアメルト・ロスティア・アルカンシエル卿よ」
丸いテーブルの上に紅茶を置き、否定の魔女トレヴィーニは尋ねる。彼女にしては珍しく不可解極まりないといった表情だ。
それに笑って答えるのは天使と幼女を掛け合わせた存在、死者の体を持つ魔女ノアメルト。
「えへへ。そんな質問、ノアに意味があると思ってるの?」
「……何時もの気まぐれで通すにしては、少々不可解な点があるんでな」
「あぁ。今回のプレイヤーに手を出した事を言ってるんだね」
あくまでも話を進めようとするトレヴィーニに対し、ノアメルトは不気味にも笑いを収めない。
そんな彼女を見て、トレヴィーニは内心気持ち悪かった。
見た目とそぐわぬ無邪気な幼女であり、気まぐれに物語を歪めるのがノアメルト。ただしこれは彼女にとって明確な目的をもたず、ただ遊びたいと言う考えのみだったらの話だ。
けれども騙されてはいけない。ノアメルトは「不揃」「矛盾」そのものなのを忘れてはいけない。
彼女が明確な目的を持って物語に介入してきた場合、それは否定の魔女よりもずっと厄介な物語になるのだから。
ノアメルトは自分に出されたミルクを一口飲み、カップの中を見せながら答える。
「私はトレヴィーニが望んでいる展開に一歩近づけてあげただけだけど?」
その口調はさっきと打って変わって大人の女性となっており、纏う雰囲気も変わっている。
その手に持つカップの中身は真っ白なミルクから真っ黒なコーヒーになっている。
早速「不揃」を発動したか、とトレヴィーニは思いながらも全く動揺せず話を続けていく。
「それならばナグサ個人に行う魔法でもないし、第一奴は今死にかけている。近づいてはいないぞ」
「あら、そう? 惚れているって聞いたのは嘘かしら?」
「まだそこまで至っておらん。まだ気に入っているの段階だ」
「おばちゃん、嘘つきだね」
ここでノアメルトの口調が一転して、少年のものとなる。
トレヴィーニが彼女の発言を聞いて睨み付けるものの、ノアメルトは全く気にせずイタズラを思いついた悪がきのようににやにや笑っている。
「僕は不揃の魔女だよ? 不揃はむっちゃくちゃな嘘なんだよ? そんなでっかい嘘を相手にして、そんな些細な嘘意味が無いよ? そんなのもわかんないの? 否定のおばちゃんったら意外に頭悪い?」
ころころと口調と態度が変わる不揃の魔女を見て、トレヴィーニは確信する。
ノアメルトは目的を持って否定の魔女が起こした物語に介入している。
それも簡単に口にするようなものではなく、とてもとても大きな何か。それが事象での問題か、人での問題かは全く分からない。
とにかく向こうのペースに流されないように自分は彼女の目的を探るべきだ。
「勝手に思っていろ。それよりも妾の望んでいる展開とはどういうものだと考えているのだ?」
まるで人の立場になった気分だと内心苦笑する。
不揃の魔女は相手がどんな存在であろうとも惑わすところがある。
否定の魔女である自分に友好的だと自称するが、それさえも本当なのかどうか全く分からない。
常に変わり続ける瞳が表すように、ノアメルトの存在は無茶苦茶なのだから。
そのノアメルトはいうとコーヒーを飲めず、頬を膨らませて不機嫌そうな顔を見せつけながらも答える。今度は最初の時と同じ幼女のものだ。
「第二次世界大戦を起こす。ただし前回と違って完全な人VS魔女の戦いという形で。今回の事で兵隊を集め終えた後、一気に行くつもりでしょ? それじゃつまんないよ」
「それは妾の勝手だ。妾は否定である以前に闘争の魔女、最悪の軍神、黄金の破壊神、そう呼ばれてしまうぐらいに闘いを好んでいる。だからこそ闘いを起こすだけだ」
トレヴィーニは戦いという行為を好んでいる。大規模になればなるほど興奮する。
だからこそ、戦い続ける。戦争を発動させる。自分に立ち向かうカービィ達との戦いを行い、全身全霊をぶつけてしまいたい。
強すぎる力を持った魔女だからこそ出来る単純でくそったれな遊び。
それを何度も何度も繰り返すからこそ、否定の魔女トレヴィーニは無数の民に恐れられている。
ノアメルトは予想通りの答えを聞き、コーヒーをミルクに変えて飲み干すと唐突にこんな事を口にした。
「ねぇ、知ってる? この世界にはね、天国が存在するんだよ。死者の国という意味じゃない、本当に文字通りの天国がね」
「スカイピアの事か。既にその国は何百年も前に妾が滅ぼしている。そんな国の話を今更出すなぞ……貴様は馬鹿か?」
「うん、馬鹿だよ。馬鹿だからさ、ついつい矛盾をやっちゃったの」
その言葉を聞き、トレヴィーニは机を思い切り叩きつけながら勢い良く立ち上がって怒鳴りつける。
「何を考えている貴様! それは魔女達の中でもタブーとされている事象だぞ!!」
魔女の魔法にほぼ不可能は存在しない。
あまりにも強すぎるが故に、彼女達はある程度の事象にはあえて関わらない事にしている。
その一つが滅びた存在の復活。殺した直後ならばともかく、既に過去の遺産と化しているモノを復活させるのはあまりにも反則。世界全体を歪ませる。
それなのに不揃の魔女はそれを行ってしまった。
「でもさ、タブーと言ってもそれは勝手に決め付けただけ。魔女達は同種がいるだけであって、関係が深いわけじゃない。だからさ、誰かが事象を大きく歪ませてもそんなに問題じゃないの」
「妾にとっては大きすぎる問題だ! 妾は大国と戦っているのだ。いらん存在を出してきおってからに」
ノアメルトの言い分はある意味最もだが、トレヴィーニからすれば非常に大きな問題だ。
自分が否定した事象ならばともかく、ノアメルトによる矛盾した事象相手だと再度消す事も不可能。ノアメルトの絶対矛盾ほど厄介な能力は存在しない。
何せどんな力を使っても矛盾の前では、それが消されてしまうのだから。
存在そのものが矛盾している不揃の魔女ノアメルト・ロスティア・アルカンシエルはクスクス笑ってこう言った。
「登場人数が増えれば増えるほど、面白いでしょぉ?」
その微笑みは無邪気な幼女にも見えたし、残虐な悪魔にも見えたし、無慈悲の天使にも見えた。
それらを統合してしまえば、結局この魔女は不揃。矛盾の化身。
二人の魔女のお茶会が続く中、悪夢都市の物語もまた続いている。
■ □ ■
今日ほど否定の魔女を恨んだ日は無いだろう。
自分は二番隊情報処理班、ぶっちゃけてしまえば書類などのデータ処理担当の雑用公務員という平凡ながらも安定している職業についており、癖はあるものの良き仕事仲間が出来ていた。
このまま平凡に過ごし、普通の人生を送る。それだけで十分幸せだった。
しかし否定の魔女が復活し、黄金の風が大国全土に吹き荒れたのが始まりだった。
不運にも休憩時間に外出していた為に見事に風にさらわれてしまい、南東のグリーンズへと飛ばされてしまったのだ。それも二日かけて。
グリーンズでは幸いな事に守護担当のシードさんに保護され、宿もゲット。人の優しさに触れて涙が出そうになった。あの時いただいたアップルパイは美味しかった。
だけど修復活動に借り出された防衛隊達により、同じ防衛隊だからって理由で肉体労働に強制参加。違う意味で泣きそうになった。一瞬仕事やめようかなって考えてしまった。
その後漸く修復活動も終わり、やっと大国に戻れると思った矢先に狂気の人形コンビとして恐れられているローレンとカルベチアが襲撃。シードさんが対処するものの自分が人質にされて動けず。しかも狂気の人形コンビは手近にあったトラックを強奪し、運転席に自分を乗せると「サザンクロスタウンまで行け」と脅す始末。死にたくないので従うしかありませんでした。
その後食い逃げしてきた風来人のチャ=ワンとタービィが無理矢理荷台に乗り込み。続いて同じく食い逃げしてきたナグサ一行が乗り込んできた為、逃げ場失って本気で涙目。神様、自分が何かしました?
唯一幸いだった事は自分で何かしようと考える者が意外にもいなかった事と、食い逃げ組のおかげで自分の扱いがある程度マシになった事ぐらいだ。
あ、この人達良い人だ。と再度人の優しさを再確認。シードさんの時以来だ。
だが、それはへし折られた。サザンクロスタウン突入の時にだ。
ある意味自分の歴史上に残るであろうあのトラック・大ジャンプ。何故あそこでブレーキ踏まないで、アクセルをベタ踏みしてしまったのだろう。結果的に大成功したものの、本気で寿命が十年ぐらい縮んだ。人生で二度も空を飛ぶとは思ってもいなかった。
その後、警察がやってきて逃亡する話になったのだが思わず立ち止まっちゃった自分のことなんて誰も気にせず、逃亡。当然立ち止まった自分だけ逮捕され、連行される自体に。やっぱりあの人達酷いよ。
警察署そのものは東エリアにあるらしく、手錠かけられてパトカーに乗せられる始末。
それだけでも十分悪夢だというのに、更にディミヌによる緊急放送とトレヴィーニによる一斉ダイダロス化現象によって悪夢レベル急上昇。
パトカー目掛けて襲い掛かったダイダロスに驚き、警察官はパニックになってしまう。もちろんそれで安全な運転が出来る筈も無く、民家に正面衝突。
この際運転席と助手席に座っていた警察官二名死亡。民家の方は家族全員ダイダロス化しておりました。
あまりの地獄絵図にパニックになりそうだったが、慌てて警察官二名の死体から警防と拳銃を拝借するとドアを乱暴に蹴り開けて逃亡。
自分の能力を使った方が早いのだが、不運な事に手錠には能力封じ魔法が宿っていた為に使えない状態なのでこうしないといけない。何でこういう時だけ仕事はキチンとやるんだ、警察官。
幸いにもダイダロス関係の資料を見た事があるので、弱点や対処法については分かっている。それでも相手が強敵なのに変わりは無いのでほぼ逃げていたが。まっすぐに戦おうとして、喰われ死ぬのは本気でごめんだ。
現在は物陰に隠れながら、どこか安全な場所を探して放浪中。あのパトカーからある程度離れたとはいえど、まだ東エリア内部であろう。
道中はほとんどダイダロスがさまよっており、生き残ったカービィは見当たらない。否、いたとしても既にあれらの仲間入りしているだろう。自分は嬉しい事にダイダロスにならないタイプだが、餌として見られる対象ではあるのであんまり意味が無い。
あ、今ダイダロスの一体と目が合った。……気のせいだよな。
アレ、今目が合ったダイダロスが他のダイダロスに話しかけてる。こっちを指差しているな。何かを見つけたのだろうか。……分かっている。連中の見つけたものが自分だっていうのは分かっている。一種の現実逃避だ。しても無駄なの分かっている。
って待て。お前等、大群になってこっち来るな。涎垂らしながら来るな。「メェェェェェェシィィィィィィィィ!!」って叫びながら来るな。自分ダークマターと合体しているから不味いぞ。美味しくないぞ。
ってか意外に足早くね? 確かに近々のゾンビって走れるみたいだけどさ、それを現実に反映しなくてもよくね? リアルバイオハザード状態なんだからさ、そこはゆっくり歩いてくれよ。
うん、分かってる。心の中でどんなに呟いても無駄だっちゅーことは。
そうこうしている内にダイダロス軍団こっちに来てるし。ってか本当に足早すぎだろ、お前等! そんなに走ってたらへばるぞ。体力尽きてぶっ倒れるぞ。空腹で走り回ったらモモンジャに蹴られるぞ。ってか、本当にこっち来るなあああああああ!!
自分、大慌てで回れ右して逃亡開始。不謹慎だがパトカーに乗せられてたおかげで、体力回復は出来ていた。だからといって逃げ切れるかどうかは全く分からんけどな。
あぁ、もう神様仏様魔女様のどれでもいいから助けてください。自分が何をしたっていうんですか。
その時曲がり角を曲がりました。そしたらはい、新たなダイダロスさんとこんにちは。お辞儀されたけど警棒で叩いてノックダウンさせました。心臓に悪いわ、ボケ!
だがこれがタイムロスになってしまい、追っ手の方々がご到着。しかも正面からも自分が叩いたダイダロスに反応して、他のダイダロス達も集結。要するに囲まれました。
お願いだから寄ってこないで。涎たらしながら来ないで。ってか目が、目が尋常じゃありませんよ。って分かりやすいぐらいに腹を鳴らさないで、もっと怖くなるから。一部の方々、お願いだから口しめて。中にグロテスクなもの見えちゃったから。ってかほんと、お願いします。ジャンピング土下座でも何でもしますから本当に勘弁してください。見逃してください。
だけど「そんなの関係ねぇ!」と言わんばかりにこいつら接近中。ってか喰うならさっさと喰えよ。あ、やっぱり喰わないでください。ってかさ追い詰める時は無茶苦茶足速かったのに、何で今はゆっくり近づいて来るんだよ! 逆に怖ぇよ!!
もう誰でもいいから助けてくれえええええええええええええ!!!!
「おい、そこでジッとしていろ。ドSの攻撃に巻き込まれたくなかったらな」
その時、天からのお告げが我が耳に入ってきた。
でも何ゆえジッとしなければいけないのだろうか? 良く分からんけど神様信じます。もう藁にもすがりたいぐらいやばいんだから。
無駄にゆっくりと近づいてくるダイダロス軍団の中心にて、自分はその場にジッと座り込む。
その直後だった。辺り一帯に大きな地震が起きたのは。
全身が揺さぶられる。その場から全く動いていないというのに目が回ってしまう。それになんだか体が凄く重い。何も乗っていない筈なのに、体が押しつぶされてしまいそうな位の重力を感じる。
ダイダロス達にも同様のことが起きているらしく、ほとんどの連中がその場に倒れこんでいる。一部立ち上がっているものがいるものの、相当苦しそうだ。中には潰れ死んだ奴もいる。非常にグロテスク且つ気色の悪い姿なのであえて描写しない。ってかしてたまるか。
というか今さっき木が見えたけど、全く揺れてない。色々な店頭に置かれている品物も、ぜんぜん崩れていない。地震がある筈ならばとっくに崩れている筈なのに。
それにこの体に襲い掛かってくる重力は地震じゃ普通は起きない。
……まさか魔震動か? でも魔震動は己の内にある魔力を大きな震動に変えて大勢の敵を一斉撃破する大技。普通のカービィの魔力じゃ出した時点で死んでしまう。それに大国の歴史上でも使えるのは否定の魔女以外には存在しないに等しい筈。
いや、一人だけ存在する。否定の魔女と同等の魔力を持つカービィ族の異端児が。でも終戦後、彼は三日月島で隠居していると聞いた。こんなところにいる事自体がありえない。
だがありえない現象は続いた。またも天の声が聞こえてきたのだ。
「おやおや、これはしぶとい。まぁ、あの愚かなキング・ダイダロスでも学習はできるみたいですね。さすがに何度も何度も同じ手段で部下を失いたくないのはどこも同じ……。結局失う事になるのには全く気づかずにね」
さっきの天の声とは違う声だ。無駄に嫌みったらしい。
それに自分に向けられた言葉じゃない。明らかに自分なんかよりもずっと重傷を負っているダイダロス軍団を見た感想だ。
あの口調、過去にダイダロスとも戦っているようだ。察するとまさか同じ魔震動を使ってダイダロスを全滅させたというところか?
確かに記録上には彼が魔震動を起こしたと記されている記事はあった。でもちょっと待て。本当に? 本当にそうなのか? こんな奇跡中の奇跡、ありえるのか!?
その時、空から一体のカービィが自分の目の前に舞い降りてきた。
目の前に下りてくるまで気配を、魔力を、姿を、全く感じる事が出来なかった。
「……さてさて、それでは六年ぶりの戦場ということで腐った死体でリハビリといきましょうか」
地面に足をつけ、先がキノコのカサに見える白い杖を持ってその男はクスクスと笑う。
白黒縞模様のマントがつけられた大きな白いシルクハットを身につけた真っ白なカービィ。一見すると典型的な魔法使いのように見える。
だけど彼から感じる魔力は魔法使いという言葉じゃ収まらない。その場に立っているだけで全てを圧倒してしまう。一緒にいるだけで彼の力が分かってしまう。
彼の前では全てがペテン。何もかもが幼稚。どんなに大きな攻撃を与えても全く意味が無い。
意味がある攻撃を唯一出来たとすれば、たった一人だけ。この大国を大戦によって揺るがした否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガン。
否定の魔女と同等の全力を持ち、尚且つ大激戦を行った魔術師など……たった一人しか存在しない。
六年前の終戦時、否定の魔女を封印した大国最強の魔法使いにして「無限の魔術師」という肩書きを持つ者、マナ氏。
まさか、こんなところで遭遇するなんて。しかも助けてもらえるなんて。
神様ああああああああ!! 本気で、本気で! ありがとぉござぁまぁぁぁぁぁぁぁす!!!!
「あ、ダークマターカービィさん。そんなに号泣しないでください、すっごく気持ち悪いので。見てて吐き気がしてきますし、もう視力の低下ってどころの話じゃないんですよ。先にあなたを殺っちゃおうかなって考えちゃうじゃないですか。それと偶然あなたがいただけであり、助けてもらったなんてあんまり思い上がった事考えないでください」
前言撤回。マナ氏、毒舌過ぎです。心がえぐられました。
ダイダロスに追っかけられていた時に比べるとまだマシか? いや、それでもきついものはきつい。ここまで否定されるとは思わなかった。涙が止まらない。
ってか笑顔を向けないで、こっちに! すっげー良いスマイルなんだけど、その後ろに真っ黒いものが見えちゃうから!! その真っ黒いものが凄まじく不気味だから!!
魔振動効果もあってすっげーきついんです。ってかダイダロス達、つぶれている人数増えてるし! マナ氏、手加減してるどころか徐々に威力増やしていってないか……? あ、やばい。内臓潰れそう。
そんな事を考えていたら、マナ氏の隣にまたも一人のカービィが飛び降りてきた。こっちも全く気配を感じなかった。
大きな紫色の帽子を被った白い男だ。カービィ族にしては珍しく髪の毛が生えており、結構前髪長いので左目が見えない。……一瞬鬼太郎を連想しちゃったのは内緒だ。
鬼太郎もどきな白い男はマナ氏の魔振動に怯む事無く、平然とした様子。こいつ、一体何者だ?
「……マナ氏、のんびりしている暇は無い。このヒマワリは俺が避難させてやるから、さっさとこの辺一体のダイダロスを吹き飛ばしてくれ」
「あぁ、そうですね。彼女へのラブコール代わりにやりますか」
そういうと鬼太郎もどきな白い男は自分をつかみあげると、あっさり街灯の上に立つ。自分を持っているというのに、バランスが良すぎる。こける様子も無い。
ただ自分は宙ぶらりんなのでめっちゃ怖い。ってかヒマワリって自分の事ですか、お兄さん。
喋れない自分の呟きなんぞ聞こえていない鬼太郎もどきはただジッとマナ氏を眺めている。自分もつられて見る。
さっきからマナ氏を中心にして出されている魔振動の威力が上がっている。
それは本当に強い力で、何時潰されてもおかしくないぐらいだ。現にこの魔振動によってどんどんとダイダロスがミンチになっていっている。やばい、夢に見そうなぐらいグロテスクだ。
だがそれでもまだ連中の八割は立っている。こんな魔振動の中でもだ。魔振動の力が強すぎるあまり一歩も動く事は出来ないようだが。……丈夫すぎませんか、あんた等。
そんな連中に囲まれている立場だというのにマナ氏は平然と立ったまま、ダイダロスをスルーしていきなり語り出した。
「聞こえていますか。憎き魔王フェイルモーガンよ、愛しき花嫁フリーアよ、否定の魔女トレヴィーニよ。私は今……平和という名の怠惰に満ちたこの世が貴女による殺戮と狂気によって乱世へと変わりつつある事を何よりも喜んでおります。ですから、六年ぶりに殺しあいたい。だから私の声を聞き取ってください」
懐かしみながらも、祈るように語るその姿は聖者。
だがその口から語られる言葉は聖者などではない。狂人そのものだ。だけど何故だ? マナ氏が語るとどんなに狂った言葉でも重く感じてくるのは。
自分が疑問を抱くのを他所に、マナ氏は杖の先っぽを軽く振った。
サザンクロスタウン全体に強大過ぎる力が響いた。
魔振動という言葉じゃ片付かない。そんなものよりもずっとずっと強い魔力が街全体に広がっていく。マナ氏に教えられている。
この場にいる邪魔者、ダイダロスが咆哮に耐え切れず消滅していく。立っていた者も、倒れていた者も、潰れていた者も、あまりに酷すぎて表現できませんな状態の者も、全て例外なくこの場から消されていく。
詠唱や魔法陣といった媒介も無く、ただ己の魔力それだけでこの場にいるダイダロスを全滅させる。
同時に自分という存在をサザンクロスタウンにいる全ての者達に知らしめている。否定の魔女ただ一人に己が存在する事を教える為だけに。
「……無限の魔術師と否定の魔女が全力で魔法大戦やったらサザンクロスタウンが文字通り消えるぞ」
鬼太郎もどきがぼそっと呟く。何そのものすっごく恐ろしい事実、マジで洒落にならないんですが。
とりあえず今の自分に分かる事は一つ。まだまだ生死を賭けた大冒険は続くということだ。
■ □ ■
響く。
響く。響く。
響く。響く。響く。
響く。響く。響く。響く。
響く。響く。響く。響く。響く。
悪夢都市全体に魔力が響き渡る。
その魔力は黄金の否定ではない。透明故の無限なる魔力。マナ氏にしか出す事が出来ない力。
全ての者に等しく響き渡るその力は、まるで龍の咆哮のようで弱き者達を圧倒させていく。
あるところでは安全地帯に向かう一行が、あるところでは二人の風来人と女子が、あるところでは狂った人形屋と操りの道化師が、あるところでは銃の戦乙女が、その咆哮に立ち止まってしまう。
強すぎるのだ。本当にたったそれだけだというのに、どれほどの魔力を持っているのか証明する事が出来てしまうのだ。
例えるならば重力。全てを意図も簡単に押しつぶす事が出来る重力。
魔力は重力となり、人々に強い重みを与えて苦しませる。――だけども、それが通じない存在がいた。
「妾にとって最も愛しき花婿」
巨大な魔城の大きなガラス窓を開き、ゆっくりと優雅にバルコニーへと歩む女。
白のリボンが飾り付けられた半透明のヴェールを被り、純白のスカートを身に着けた絶世の美女。
人々が恐れおののく魔フェイルモーガン、全ての人を魅了してしまうほどの美しさフリーア、否定の魔女トレヴィーニ。
「妾にとって最も殺してやりたい宿敵、好敵手」
彼女の周囲を黄金の風が優しく包み込む。
黄金の風は純白の美しさを引き立たせ、より素晴らしいものにさせていく。
都市の東エリアから強く強く伝わってくる魔力を諸共せず、微笑む。その微笑みは一見百合のようだが、その一言では収まりきれないほどの魅力を見せ付けてくれる。
彼女は純白の扇子を振動地に向けると、こう言った。
「無限の魔術師マナよ、妾は帰ってきたぞ」
同時に彼女を包んでいた黄金の風が無数の刃となり、東エリアへと一直線に飛んでいく。
無数の刃は一見すると竜巻のよう。竜巻は東エリアに着陸し、辺り一体を切り刻んでいく。木々も建物もそこにあるもの全てを。
魔女は全く心配していない。魔女はあの男がこの程度の魔法で怪我するなど全く思っていない。ましてや死ぬなんてありえないと思っている。
それほどまでに否定の魔女が望み続けてきた男は強いのだ。
思い出すのは六年前、終戦日となった最期の戦い……。
「ねー、トレちゃーん。無駄なシリアス終わったー?」
そん時、バルコニーの窓からノアメルトがひょいっと顔出してきやがりました。
思い切り場違いな呑気+無邪気の幼女声を聞いて、トレヴィーニ思わずずっこけ。あ、バルコニーの床に勢い良くおでこぶつけた。痛そう、めっちゃ痛そう。
おでこを両手で抑えながらちょっぴり半泣きで怒るトレヴィーニ。思ったより可愛い。
「き、貴様! 折角人が愛を返している最中に邪魔しおって!!」
「だってー、見ててつまんないんだもーん。トレちゃんがそーいうの大大だ~いすき! なのは知ってるから尚更。ってか愛してるなら直接行けばいーじゃん」
「アホかぁ!! 貴様空気読む事できるだろ。こんなとこであえて空気読まない、略してAKYだなんて貴様馬鹿!? ってか馬鹿の中の馬鹿!? 確かに愛しておるけど、貴様の考えているものとは全くの別物なんだぞ! 妾とマナの関係はそんな言葉じゃ片付かないものなんだぞ!!」
「ってことはCまでいってるんだ!」
「よし、少し頭冷やそうか」
「ノアの体は死んでる人と同じだから、頭どころか全身冷え冷えだよーん」
「どこまでおちょくれば気が済むんだ、貴様は」
「ノアが飽きるまで」
「それは貴様が消滅するまで、という意味か。そうかそうか、今すぐ消さなきゃいけないようだ!」
「きゃー! こんなことで怒るなんて大人げないよー?」
「やかましいいいいいいい!!!!」
あっという間にコミカルになっちゃいました。
それでも黄金の風を刃に変えて襲撃するのをやめていないのは見事です、トレヴィーニさん。
バルコニーから部屋の中に戻って追いかけっこを開始しちゃった魔女お二人。
ノアメルトが虹の七つ羽を羽ばたかせて部屋中をグルグル回る。トレヴィーニも浮遊してその後を追っかける。途中、何故か置いてあるダンボールに足当たったけど二人とも気にせずスルー。
どったんばったん音を立てながら魔女が追いかけっこをやっていると、ガチャリと扉が開く。
扉にぶつかりそうになるもののノアメルトは何とか急停止し、トレヴィーニもその後ろで止まる。
『何やってんですか、トレヴィーニ閣下。ノアメルト卿』
入ってきたのはモザイクだ。口調が思い切り呆れきっている。
トレヴィーニが言い訳するよりも早く、ノアメルトが勢い良く片手をあげて笑顔で答える。
「トレちゃんで遊んでたのー!」
直後、ノアメルトの後頭部を扇子で勢い良くぶっ叩いたトレヴィーニ。さっきまでのシリアスが台無しなんだけど。
一部の者達が見たら卒倒しているな、と思いながらもモザイクはこのままだとつまらない漫才もどきが続きそうなのでさっさと本題に入る。
『トレヴィーニ閣下、言われた通り防衛隊特別小隊、この都市の守護者とその部下一名を逃がしました。しかしこれでよかったのでしょうか?』
「構わん。妾は少々力加減が下手だからの、こうでもせんとあっさり勝ってしまう。多少のハンデのようなもんじゃよ」
素早く切り替え、魔女一派の主として答えるトレヴィーニ。
開いた扇子を口に当てて答えるその姿は貴婦人そのもの。もちろん誰もが振り返ってしまう程の美しさは健在だ。
慣れているモザイクでさえ、一瞬見惚れてしまうぐらいだ。
絶望に対する美しさを好む自分だが、己の主が出す絶対的な純白と黄金の美しさは例外。どんなに鉄の心を持っていようとも、トレヴィーニの美しさの前では絶対に見惚れてしまう。
すぐに我に返り、腹心としてトレヴィーニに忠告を入れる。
『あ、相変わらずですね、閣下。ですがあまり自分の力を過信しすぎないように。そのせいであなたは六年前に封印されてしまったのだから』
「……あぁ、分かっているよ。あんな結末はもう二度とごめんだ」
その忠告を聞いて、顔をしかめるトレヴィーニ。
六年前の最期の戦いの時は自身の油断から彼女は封印されてしまったのだ。寸前で否定を使った為に、永久封印そのものは無かったもののそれでもトレヴィーニからすれば耐え難い屈辱である。
復活した現在、二度とやられてたまるかと魔女は心に決めている。今回はもう邪魔など入れない、自分が望む配役で自分が望む結末にしてやる。その為に彼女は動き続けている。
これからの対処と作戦などを纏める為、トレヴィーニとモザイクはノアメルトを連れて別室へと向かっていった。
誰もいなくなった部屋の中、何故かスルーされ続けていたダンボールがため息ついた。正確にはダンボールの中にいる人がため息ついた。
(あー、心臓に悪かった……。否定の魔女に混沌の炎、で見知らぬ新たな魔女と同空間にいるだけでもきついっちゅーの! でもダンボールってやっぱり凄いわね。あの魔女がまっっっっったく気づかなかったんだもの!! さすがは伝説の傭兵も愛用している一品だわ)
ダンボール内部にて、冷や汗をかいていたのは飛燕・コーダ両隊長に指名されてサザンクロスタウンまで同行していた神風桜花だ。
ダイダロスの軍勢が発生し、空港が一気に城へと変わった時には本気でやばいと判断したものの五番隊隊長&副隊長補佐官、一番隊副隊長、特別部隊工作員、サザンクロスタウンの守護者が揃っていた為に見張り用に作成された魔物(ダイダロスとは違っていた為、多分トレヴィーニお手製であろう)相手ならばあっさりと倒す事が出来、逃亡も簡単だった。
だが先ほどの会話ではあえて逃がしたらしい。魔女一派の幹部は一人も現れなかったし、警備もかなり手薄であった。現に一番強いトレヴィーニ、大国もかなり苦戦したモザイク、実力は不明だがトレヴィーニと同じ種類の魔女ノアメルトの三人が揃っていれば自分達を逃がすなんてヘマは絶対しない筈だし。
思い切り舐められているのがまる分かりなので、イラッと来るのだが今はそれに甘えさせてもらうしかない。現に自分もそうやって動いているのだから。
現在桜花は単身城の中に残り、魔女側の情報を収集している最中だ。
彼女は元々こういう目的で連れてこられていた。大国の忍びならば他に何人でもいるが、今回は魔女の懐に忍び込むのだ。よっぽどの度胸と実力が無いとあっさり殺されてしまう。
多くの者達がこの作戦に恐れ辞退していく中、桜花は自分から立候補した。誰もやりたがらなかったというのもあるが、一番の理由は祖国である夜明国を滅ぼした魔女をどうにかする為の手助けをしたかった。
新たなるダイダロスの軍勢を止められなかったのは悲しいが、それ以上の被害者を出さない為に少しでも向こうの情報を得て先回りしなければいけない。
(そんじゃ、行くとしますかっ!)
何よりも危険な魔女の城、神風桜花は意を決して進みだす。
……ダンボールで。
■ □ ■
外からは不気味な声がわずかにだけど聞こえてくる。
時々家に振動が走る。酷い時には窓にゾンビが張り付いている時もある。
さっきもとんでもないプレッシャーが襲い掛かった。すぐに消えたけど、凄く怖かった。
あの放送からもう何時間経ったのか、分からない。分かりたくも無い。
ただ今は早くこの地獄が終わってくれるのを祈るしかなかった。
「あぁもう! パソコンつかない!!」
何度も何度もネットを繋いでも、ページが表示されない。
パソコンにもケーブルにも異常が起きているわけじゃない。恐らく先ほどの放送主であるディミヌ・エンドによる妨害工作だろう。
世界大戦で有名な事件関係についてはある程度調べているからディミヌ・エンドが何者なのかも良く知っている。調べた理由は退屈だったっていうのもあるけど、幾つかのスレを見ていたら世界大戦について疑問が絶えなくなったから。
この件に関しては話すと色々と長くなるし、この事態では全く関係ないから割合する。
「何なんだよ、このリアルバイオハザード……。怖いにも程があるだろ、常識的に考えて」
引きこもり娘シアンは苦悩する。
いきなり発動したバイオハザード(原因は違うが)のせいで何も出来なくなってしまった。
一歩でも外に出ようものなら仲間入りして「アーウー」と鳴きながら歩き回る事になるだろう。それは死んでも嫌だ。だが、だからと言って他に手段があるわけでもない。
その為シアンは現在引きこもり中。幸いな事に買出しは既にやっている為、何日かならば食料は持つ。
だがそれ以降は? 外に出て戦うのか。いや、そんなの無理だ。いくら全てのカービィが能力保持者であろうとも、普段から戦う戦っていない者では実力に差が出るし体力が持たない。
脱出の手段も分からない。助けが来るかどうかも分からない。
今分かるのは少しずつ少しずつ死への時間が近づいてきているという事。
そう思うと、急に不安が募って己に重くのしかかる。何時襲われるのか不安で不安でたまらなくなる。恐怖が体を支配していく。
助けて。誰か助けて。傍にいて、うちを一人にしないで。お願いだよ、怖くて怖くて仕方ないんだよ。
「……シャラ……」
口から自然にこぼれた名前は唯一無二の大親友のもの。
自分が引きこもりになって以降、諦めずに毎日毎日やってきて外に出ようと誘ってきていた。
いつも拒んでいたけど、それでもシャラと話するのはパソコンでネットをやるよりも楽しくて何時の間にか楽しみになっていた。
涙がぼろぼろとこぼれてくる。だけど自分の泣く声が部屋に響く。その響く音が自分が一人ぼっちだと、孤独だと分かってしまう。
シャラ。シャラ。シャラ! うちを一人にしないで。うちのところに来て。怖いよ、寂しいよ! お願いだから……!!
心の中でいくら念じても通じないのは分かっている。それでも、思わずにはいられなかった。
一歩外に出れば悪夢の住民となってしまう。だけどこのままでは何時か近い内に死んでしまうのは目に見えている。
それなら、それならまだ誰よりも一緒にいたい人と最期を共にしたい。
だけどシャラは自分と別れて外に出ている。そんな彼女が今もゾンビ化せずに生きているとは考えられない。
やっぱりこんな事を願っても意味は無い。
そう考えてしまうと心が絶望に支配されてしまう。
絶望の思いによって、シアンの目から一筋の涙がこぼれていく。
涙が床に落ちた。
「オ・ン・ド・リャアアアアアアアアアア!!!!」
同時に派手な叫び声が聞こえたと思ったら、窓ガラスが破壊されました。
シアンが驚き振り返る(この拍子に椅子から転げ落ちた)と、窓ガラスを破壊した張本人がグルグルと転がりながらも何とか止まって立ち上がったところであった。
三度笠を被り、縞合羽をつけた某風来人を連想させる格好をしている青い男だ。その手には刀ではなく、ボンカース印のハンマーを持っている。恐らくコピー能力のハンマーだ。
いきなり現れた男に対し、シアンは半泣き状態のまま声を震わせながら叫ぶ。
「なななななな何何何何何何何!? おっさん、何なの?!」
「タービィぜよ。それよりも狐のお嬢ちゃん、コピーの元使える体質なんだよな?」
「は!?」
タービィと名乗った男の唐突な質問にシアンは目が点になった。
コピーの元。コピー能力が宿った飴玉のことであり、大半のカービィ族ならばどんな能力者であろうとも一口含んでしまえばコピー能力が使えるようになる。
結構値段が高い為、中々手に入る事は出来ない。だがその機能性は良すぎるので求める者は後を絶たないのだ。大国防衛隊の中にはこれを愛用している戦士もいるぐらいだ。
だがこの状況と一体何の関係があるのだろうか?
シアンが考えるよりも早く、タービィがハンマーを彼女に向けながら口を開く。
「使えるか使えないか早く答えろ! 答えは二つに一つだろうがっ!!」
「ひゃぁ!? つ、使えますからハンマー向けないで~!!」
ハンマーを向けられ、がくがく震えながら必死で答えるシアン。
それを聞いたタービィは「そうか」と頷くと、縞合羽の中から素早く透明のビンを取り出す。ビンの中は模様の入った色とりどりの飴で満杯だ。
震えるシアンを他所に、タービィはビンの蓋を素早く開けるとその中から二つの飴玉を取り出す。両方ともに走るタイヤのマークが描かれた赤色の飴だ。
一つを己の口に放り込んでからシアンに勢い良く声をかける。
「狐の嬢ちゃん!」
「はいぃ!」
名前を呼ばれ、びくっと大げさに反応する彼女。タービィは飴を彼女に投げ渡す。
シアンは投げ渡された飴に困惑し、飴とタービィを交互に見る。
タービィは壊した窓から外を見ながら、シアンに簡単に説明する。
「ホイールならダイダロスにちょっと触れられても無事だ。少々強引だがチャ=ワン達とこれで合流する」
「……はぁ?! ちょっと意味わかんないんすけど!!」
「分からなくて結構! さっき部屋ぶっ壊しちまったから、ダイダロスどもがこっちに気づきやがった!」
「はあああああああああ!!!??」
「はぁはぁうるせぇ! シャラの嬢ちゃんに会いたくないのか!?」
シャラ。
その名前が出てきた時、シアンは自分の耳を疑った。
この男は知っているのか? シャラが今どうなっているのか、知っているのか!?
シアンが驚愕し言葉を失っているのを他所に、タービィは口の中に放り込んだ赤い飴――コピーの元“ホイール”を発動させる。
「ついてこい、狐の嬢ちゃん!!」
青いタイヤとなったタービィはそう言うと自分が破壊した窓から外へと飛び出していく。
それを見たシャラが慌てて窓に駆け寄り、外に顔を出す。
ホイール状態のタービィがダイダロスの間を器用に走っていくのが見える。時々引き飛ばしていたりしてるので、逆にダイダロスの方が心配になった。
というよりもだ。そのダイダロス達は一直線にこちらへと歩いてきているんですけど。幸いにも走るタイプがいないので、すっごいゆっくり。それでも確実にシアンを見つめながらやってきている。
どう見ても餌と認識されてます、ありがとうございました。
「お、おっさんのバッカヤロー……」
安全地帯を破壊され、尚且つ死亡まで後数十分という状態に立たされてしまった。
その手に持つのはタービィから投げ渡された飴、コピー能力“ホイール”の元のみ。
さて、シアンちゃんはどうすればいいのでしょうか。
アンサー1:大人しく喰われて仲間入り☆
シアン:んな展開誰も望まんわ! 常識的に考えろ!!
アンサー2:突然白馬の王子様が助けにやってくる!
シアン:青いおっさんがやってきてウチを窮地に陥れたんですが。
アンサー3:ヤケクソでホイールになって突進。
シアン:……それしかないよなぁ。
アンサー4:ここで次回「シャラハード」に続く。
シアン:続かん! ってかシャラの名前でそのタイトルはマジで止めて! あ、画面の前の皆は絶対ググらないでよ!? 良い子悪い子普通の子関係無く!!
アンサー5:悔しい! でも……かんじty
シアン:はい、強制終了おおおおおおおおおおおおおお!!!!
アンサー6:途中から暴走した事をお詫びします。
シアン:分かれば宜しい。
数秒程度の迷いが生まれたものの、ここで逃げ切る手段はたった一つしか存在しない。
とても恐ろしい手段ではあるが今死ぬよりはまだマシな筈だ。
シアンは覚悟を決めた。パソコン近くに置いといたCDと携帯電話だけを手にとって、四十秒未満で支度を終わらせるとホイールの元を口の中に放り込み、コピー能力のホイールを発動させる。
「シアン、いきますっ!!」
オレンジ色のタイヤに変身し、タービィ同様窓から外へと飛び出していく。
ホイールシアンは外に着陸する。衝撃を感じるもののホイール状態なのである程度は軽減された。
しかし周囲はダイダロス達に包囲されており、相当肝が冷える。想像してた以上に恐ろしくてしょんべんちびりそうだ。
だがダイダロス達はシアンに見向きもせず、もう誰もいなくなった空き家へと一直線に向かっている。
タイヤのゴム嫌いなのか? と推測しながらも、シアンは道路にわずかに残っているタイヤの跡を辿って今は見えないタービィを追いかけていく。
■ □ ■
コンビニの屋上を昇ってきた死霊の手を鋏と刀が切り落とす。
その下に群がる死霊連中に向かって無数の針が襲い掛かる。
だけどもだけども死霊達は集まってくる。新鮮な餌をかぎつけてやってくる。
「だああああああ!! うざい。すっげーうざい! 僕さまが大好きなのは人形弄りなの!! ゾンビに用は無いよ!! ラクーンシティか霧だらけの静岡にでも行ってろ!!」
鋏の持ち主、ローレンはあまりのうざさにキレながら昇ってくるダイダロスの両手を片っ端から切って落としていく。
時々カルベチアの援護による針によってダイダロスの右目が貫かれるものの、そんなの気にしている余裕すらローレンには存在しない。あるのは目の前の敵をぶっ潰す事のみ。
「静岡は元ネタ気づきにくいのではないのでござるか?」
ローレンの叫びに小さなツッコミを入れながらも、離れたところでチャ=ワンは同じく昇ってくるダイダロスの右目と両手を切って落としていく。
それでもやっぱりダイダロス達は動かぬ仲間を足場にしてよじ登ろうとしている。
出入り口の自動ドアと裏口は既に塞ぎ済みなので、そちらから入られる事は今のところ無い。
だがこんなにもダイダロスがいては突破されるのも時間の問題だ。
「お三方ー! 大丈夫ー!?」
そんな時、天井裏を使って内部から一人のカービィがコンビニの上に昇ってきた。
ト音記号を模したヘッドホンをつけた可愛らしい黄色の女性だ。微笑めば間違いなく没落する男が出現する。
チャ=ワンは振り返らず、ダイダロス駆除を続けながら答える。
「何とか無事でござる。そちら側、突破されてはいないでござるな?」
「シャラちゃんの結界魔法のお陰で持ちこたえてるよ。でもちょーっとやばいかも」
やばいという言葉を聞き、チャ=ワンは眉をしかめる。
三人で順調に倒していっているとはいえども、数はダイダロス達の方が何十倍だ。
現在自分と同行していた女性シャラの魔法でどうにか持ちこたえているのだが、それも破られそうな状態になっているとは。
話を聞いていた援護係のカルベチアが口を挟む。
「それだと一回何かしらの大技で吹き飛ばす必要性があるかと」
「分かっているでござる。しかしこいつ等を吹き飛ばす大技といったらクラッシュぐらいしか無いでござるよ?」
「そこ、なんですよね。オカマの看護士が持ってたコピーの元はタービィが持っていってしまいましたし、ここは高威力魔法しか……」
「おーっと! カル君、そんな事しなくても大丈夫だよー?」
チャ=ワンとカルベチアがダイダロスをどう駆除するか話しあっていると突然女性が止めに入る。
二人が不思議がり、女性を見る。女性は強気な笑みを浮かべて答える。
「あたしを誰だと思っているのさ。あたしはソプラノ、音楽能力なら誰にも負けない人気アイドルだよ!」
「……何をとぼけた事を言ってるんですか。まさかテレビの撮影とごっちゃになっていませんよねぇ?」
「ちっちっち! 音楽能力といえば、これがあるでしょ。こ・れ・が!」
女性ソプラノは右手の指(といっていいのか?)を左右に振ってカルベチアの嫌味を否定すると、ヘッドホンをぽんぽんと叩く。
するとヘッドホンから一つの機械音声が聞こえてくる。
『状態:待機から変更します。状態名をどうぞ』
「状態:一斉排除! 三回分を一回纏めてやるスペシャルバージョンで!!」
『了解。状態:一斉排除スペシャルバージョンに変更しました』
するとヘッドホンについていたイヤホンマイクが光に包まれて分離し、形が通常のマイクに変化する。
それを見たチャ=ワンとカルベチアが顔を一気に青ざめ、慌てて耳を塞ぐ。
ソプラノはマイクを勢い良くつかむと足でリズム良くテンポを取りながら、高らかに叫ぶ。
「そーんじゃお仕置きライブといっきますか! ワン・ツー・スリー……スタート!」
コピー能力:マイクが発動された。
■ □ ■
マイク。
大技に分類されるコピー能力の一種であるが、賛否両論が多い。
その理由は簡単だ。敵味方関係無く相手を全滅するほどの威力を持っており、尚且つ誰にでも使う事が出来るという性能だ。
この能力は悪夢としか言いようがないド音痴な歌で全体に大きなダメージを与えるというもの。
能力者の歌唱力がどんなに良くてもこの能力が発動すると、その時のみ歌唱力が凄まじく酷いものに変貌する。
世界大戦でもこの能力に翻弄された戦士は数知れず。大国最強の魔術師マナ氏でさえも倒れかけた経験があるぐらいだ。
いくら高威力とは言えど、ある意味クラッシュやコックよりも危険がありすぎる。
そのマイクを使ってしまうと、どうなるかというと……。
■ □ ■
先ほどの地獄絵図は何処に行ったのだろうか。
コンビニにあんなに群がっていた死霊達は動かない。本来の死体としてその場に倒れている。中には生き延びている者もいるがすぐにぶっ倒れた。
後は簡単に燃やしてしまえば、この周辺のものは完全に全滅させられるだろう。
ソプラノは軽くジャンプし、嬉しそうにガッツポーズを決める。
「さっすがはコピー能力のマイク。全滅も簡単じゃない!」
『マスター・ソプラノ。味方も全滅しております』
「え?」
ヘッドホンからの音声を聞き、ソプラノはチャ=ワン達を見渡す。
チャ=ワン、ローレン、カルベチア、三人見事にぶっ倒れてました。どう考えてもマイクが原因です、ありがとうございました。
ソプラノは殺人現場(違)を見て驚き、慌てふためきながらも回復を行う事にした。
「あわわわわわ! 状態:回復!!」
『了解。状態:回復に変更しました』
「三人ともごっめーん! 今、回復させるからー!!」
ソプラノは平謝りすると、再び歌い出す。
とても優しく癒されるような歌声で、先ほどのマイクとは打って変わってずっと聞いていたくなるぐらいの上手すぎる歌唱力だ。
名づけるならば「癒しの歌」。名の通り、己と他者を治癒する歌。
癒しの歌により三人の意識が戻り、それぞれ立ち上がる。
「せ、拙者……死ぬかと思ったでござる……」
「人形化なんかよりも、凄まじい地獄だった……!」
「に、人形屋敷ん時の女の子に帰れって怒られた……」
どうやらそれぞれヤバイとこに行きかえていたようです。特にローレンは人形屋敷事件の少女に対面しちゃうぐらいのヤバさだったようです。
三人とも無事に復活したのを見て、ソプラノはホッとして平謝り。
「あー、良かった。ごめんねー、いきなりマイクなんか使っちゃって」
「ごめんで済むかー! こちとら一瞬とはいえ、死者に会っちゃったんだよ!?」
「ローレンによって両手両足切断されるか、私によって全身を針で縫われるか選びなさい。選ばなかったら両方と見なします!」
「だからごめんってばー! ってか鋏と針出さないでよ、すっごい怖いから!」
ローレンとカルベチア、相当怒ってます。ソプラノ、冷や汗かきながら必死で謝る。
「ローレン殿、カルベチア殿、気持ちは凄まじく分かるが抑えるでござる」
チャ=ワンが今にもソプラノに襲い掛かりそうなローレンとカルベチアを宥めるものの、二人に滅茶苦茶睨まれてしまう。睨まれても別に怯まないが。
収まりそうにない二人を宥め続けようとした矢先、ソプラノと同様の手段を使ってまたもカービィが昇ってきた。
夜空模様のバンダナを頭に巻いた羽付きの女性シャラだ。
「み、みにゃしゃーん無事でしゅか~……?」
「そっくりそのまま言い返す」
ローレンが素早く言い返した。
現在のシャラ:目がグルグル回っている。体が若干フラフラ。ちゃんと喋れてない。
どうやら先ほどのマイク攻撃はコンビニ内部にまで大ダメージを与えていたようだ。
ソプラノはフラフラ状態のシャラを支え、心配そうに顔を覗き込む。
「うっわー、シャラちゃん大丈夫?」
「わ、私は大丈夫。でも結界が壊れちゃって、修復にちょっと時間かかりそう……」
「マジで!? うわ、ほんとにごめん!!」
結界にトドメを刺してしまっていた事実を聞き、ソプラノは慌てて謝る。
コピー能力のマイク、恐るべし。
だがダイダロス達を全滅させたのもマイクである為、結界が今破壊されても特に支障は無い。
「そんじゃ、後はタービィとヒッキー待つだけ?」
「そうなりますね。……マイクでノックダウンされていない事を祈りましょう」
「……地雷君いたら強運発動してるんだけどね」
人形コンビが軽い会話をかわしながら、その場に座り込む。
チャ=ワンも刀を鞘におさめ、友が戻ってくるのを待とうとその場に座り込もうとする。
その時、ソプラノのヘッドホンがいきなり声を上げた。
『高範囲能力攻撃感知! 避けてください!!』
同時にコンビニの屋上目掛けて無数のトランプが振ってくる。
それを聞いたシャラがハープを取り出し、音色を奏でる。するとコンビニ上空に結界が出現し、振ってきたトランプの雨を防ぎきる。
その間にチャ=ワンが刀を抜き、ローレンとカルベチアが能力を発動して鋏と針を手にする。
ソプラノはイヤホンマイク(何時の間にか戻ってた)を手に取り、ヘッドホンに指示を出す。
「トレブル、敵の解析を!」
『解析了解! それと上から猛スピードで飛んでくる物体を感知!!』
ヘッドホンことトレブルの言葉を聞き、一同は一斉に見上げる。
空に二つの丸い何かを確認した。
次の瞬間、丸い何かの片方が光速と錯覚しそうなぐらいの速度で急落下してきた。
一瞬ともいえる速さで結界まで落ちてくるその丸い何かはカービィ。炎のような模様のついた茶色の三角帽子を被り、背に小さな悪魔の羽が生えている緑色の女だ。
女はその手に持つ大きな鎌を勢い良く結界へと振り下ろす。
結界にひびが入っていき、音を立てて大きく割れた。
意図も簡単に壊され、ソプラノとシャラは目を丸くする。
女はその隙を逃さず、二人目掛けて降下して大鎌を振り下ろす。
ローレンが大鎌と二人の間に巨大化した鋏を横から入れ、攻撃を間一髪で防ぐ。
鎌の先と鋏の表面が勢い良くぶつかり合い、女とローレンにその衝撃の余波が襲う。
女は素早く距離を置き、鎌を持ち直しながら五人を見渡す。
「……狂気の人形コンビ、夜明国生き残り、アイドルのソプラノ、その他一名ですか。少々骨が折れそうなメンツですね」
「そ、その他……」
「ってーかあんた何よ! いきなり人様目掛けて鎌振り下ろすなんて非常識にも程があるわよ!!」
その他扱いされてちょっぴりショックを受けるシャラ。一方でソプラノは女を勢い良く指差し、怒鳴りつける。
女は怯む様子も無く、ソプラノをスルーして丁寧に自己紹介する。
「申し遅れました。私はデスゲーム『NIGHTMARE CITY』のハンターを担当している空刃の魔女フル・ホルダーと言います。ゲームルールに従い、あなた方の命を奪いに来ました」
自己紹介を終えたフル・ホルダーの横に、もう一体カービィが降りてくる。
黒に近い赤と灰色によって構成された二股帽子と大きなマントを身に着けた右目の黒いペイントが特徴的な黄色の男だ。
男は狂った笑い声を上げ、鋏を構えるローレンに向かって話しかける。
「あひゃひゃひゃひゃひゃ!! お久しぶりだねー、人形屋。俺のこと覚えてるー?」
「トランプ使いのジョーカーでしょ? あんたを知らない野郎の方が珍しいと僕さまは思うよ!」
「だろーな! まぁ、そんなことはどーでもいいけどなぁ。あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
ジョーカーはまだまだ狂った笑い声を上げている。不気味を通り越してアホのように見えてきた。
一方でチャ=ワンとカルベチアは、フル・ホルダーとジョーカーが同行している理由を先ほどの襲撃から推測する。
「この様子だとあの男もハンターでござるか」
「でしょうね。ってかそれだとちょっと厄介ですよ、ジョーカー」
「……厄介とは能力でござるな?」
「その通り。ジョーカーのトランプ能力は無駄に豊富なんですよ」
「了解したでござる。それならば、先にジョーカーを切り倒せば良い話」
チャ=ワンはそう答えると刀を握り締め、ハンター二人を見る。
「五人分の命、貰い受けます」
「あひゃひゃひゃ! いったいだろうけど、我慢してっちょー!?」
フル・ホルダーは大鎌を構えながら魔力を貯めていき、ジョーカーは笑い声をまだ上げながらも両手に複数のトランプを出現させる。
ナイトメアシティ第二回戦チャ=ワンチームVSフル・ホルダー&ジョーカー――START!
次回「VS空刃の魔女とトランプ使い!」
- 最終更新:2014-05-28 00:10:46