第十三話「次なる舞台へ」


 黄金の暴風が本城を包む。
 地下では混沌の炎と一番隊隊長が激闘を繰り広げている。
 電脳空間では電子の乱姫相手に二つのプログラムが抵抗している。
 暴風の中心部では、裏切り者に対して否定の魔女自らが罰を与えている。
 目的が見えないゲームの中、上空から本城を見下す影が一つあり。

「トレちゃん、楽しんでるなぁ。ノアも参加したいけど、もう終わりかけだもんなぁ」

 残念そうに呟くのは幼女、の姿をした魔女。
 ガラスのように薄く滑らかな七対の翼を背に生やし、頭上には小さな水晶に囲まれたワッカが浮いている。それだけ見れば、ガラス細工のような美麗さを持つ魔女だと思うだろう。
 しかし実際は違う。
 何故ならば彼女は生気を纏わない青白い肌を持ち、尚且つ常に色が変わり続ける不気味な瞳を持っているからだ。
 その体は死者といっても過言ではない。それなのに、彼女は生気を纏わないままに生きている。

「起きたのなら起きたーって挨拶してもいいじゃんかー。トレちゃんのぼけー」

 ぷくーっと顔を膨らませ、理不尽な事を怒る幼女の姿は子供としか言えなかった。
 だけども何故だろうか。彼女が纏うのは幼女ではなく、絶対的な魔物にしか見えないのは。

「まっ、いーや。まだ時間はあるんだし」

 彼女は翼を広げ、小さな牙を見せながら笑う。

「トレちゃん、ノアは待ってるよ。サザンクロスタウンで待ってるよ。トレちゃんが大好きっていった、二人の男の子と会う為にね」

 幼女は、魔女は、笑う。
 不揃の魔女ノアメルト・ロスティア・アルカンシエルは、無邪気に笑う。



 ■ □ ■



 城内は悲惨な事になっていた。
 何故かは分からないが、黄金の暴風が屋内だと言うのに吹き荒れているのだ。

『――――――――――――――――――――――――――――――』

 耳に響いてくるのは、声無き歌。声が無いと言うのに、頭の中に直接響いてくる滑らかで美しい音程。けれども、人が安易に作り出す事は出来ないメロディ。
 メロディに合わせて、風が人々を拒んでいく。全ての色が黄金に上塗りされていく。
 それは地下だろうが戦闘の最中だろうが、おかまいなしだった。

「チッ! 否定の魔女め、こんな時に乱入しやがって!!」

 襲い掛かる炎の触手を切り刻みながら、イブシは舌打ちする。
 黄金の風が吹き、視界と風圧で動きが取りづらい。ただでさえ相手は否定の魔女一派の中でも、相当な実力者だというのに。
 相手――モザイクはというと、立ち止まって歌を聴いている。

『この美しき音色、閣下の歌声。どうやら、終わらせたみたいようだ』

 勝手に納得し、勝手に呟いている。
 何をだ。とイブシがツッコミを入れようとしたその時、場違いな少女の声が乱入してきた。

『モザさーん、歌聞こえてます~?』

 のほほんとした口調と共に、モザイクの横に小さなモニターがいきなり出現する。
 そこに映っているのは長い複数の耳が特徴的なプログラムのディミヌ・エンドだ。

『あぁ、聞こえているよ。まったく閣下は気まぐれすぎて困る』
『そうですか? 私は自由気ままな人だと思いますけど~』
『それが気まぐれと言うものなのさ。美術の時間は始まったばかりだというのに、もう終了とは残念で仕方が無い』

 モザイクは何処か呆れた様子だが、ディミヌは意味が分からず首を傾げるばかり。
 話の前後からして、この二人は歌の意味が何か知っているようだ。話の前後から推測すると「否定の魔女による終了の合図」だろう。
 つまり、否定の魔女トレヴィーニの目的が済んだということ。
 そう理解したイブシは自分を置いて話しているモザイクとディミヌに割り込む。

「……おいこら、どういう事だ。終了したって、まさか魔女の本命の事か?」
『あぁ、そうだよ。多分、原型が見えないぐらいやりまくって死亡否定、のループを何十回もしたことだろう。あの人なら絶対やる』
『実際一個、生体反応がとんでもない事になってましたもんね~。さすがはトレ様、怒った時は本気で怖いです。ガクガクブルブルです』

 モザイクは先ほどと変わらない様子で、ディミヌは口調こそ恐れているものの声色は呑気なままに答える。
 それを聞き、イブシは舌打ちする。先ほどの飛燕の放送であらかたの事は理解していたものの、まさかこうもあっさりやられてしまうとは。
 その一方で、ホワイトが口を挟む。

「そして、ここから立ち去ると?」
『私達は否定の魔女のしもべだからね。彼女の命令に従い、動くだけさ』
『そうそう。トレ様にとって好きなしもべは、自分に忠誠を誓う強者。物語を素敵に動かしてくれる脇役。だからちゃんと動かないと、怒られちゃうの』

 モザイクとディミヌがそう返していると、黄金の風がモザイクを包みだす。
 それを見たイブシとホワイトが己の武器を構える。しかしモザイクはクスクス笑いながらこう言うだけだった。

『戦士達よ、主人公一行と魔女一派が出会うのは悪夢と化した南十字。絶望と共に美しく散って、終わりたいのならば、そこにおいで』

 次の瞬間、黄金の風が荒々しく吹いて、一同の視界を拒む。
 しかし一瞬だけですぐに風は止み、黄金の色彩も消えていく。そしてすぐに、薄暗い地下へと戻っていった。だけどそこにモザイクとディミヌを映したモニターは無かった。
 逃げられた。そう理解出来たのは、一瞬の事だった。

「……くそったれが」

 ギュッと柄を握り締め、イブシは言葉を漏らす。それはほとんど何も出来なかった自分に対しての、悪態だった。
 見張りを行っていた二名、五番隊副隊長と補佐官の二名は何とか救出が完了したものの、肝心のモザイクには大した傷も与えられなかった。
 これが一番隊隊長かと、自虐する。だが今はそうも言ってられない。

「ホワイト、トレヴィーニの場所……分かるか?」
「あぁ。今度は分かりやすい。寧ろ魔女自ら教えている」

 ホワイトの答えを聞き、イブシは素早く階段を駆け上がる。ホワイトもそれに続く。
 地上一階で待機していた部下達に合流すると、イブシはこう命令した。

「否定の魔女はこの地から離脱する! これより討伐に俺とホワイト二名が向かう。おめー等一般隊員達は復旧活動に向かえ!!」

 その命令を聞いた部下達は我先にと動き出し、蜘蛛の子のように散らばっていく。
 全員、分かっているのだ。
 もうどうしようもないのだと。魔女の目的が終わった今、連中を黙って見過ごすしかないのだと。
 それでも彼らは抵抗しなければならない。己の誇りと意地の為に。
 黄金の風が導く場所に向かい、一番と四番の隊長が走る。



 ■ □ ■



 全てが終端に向かっているとも知らず、三人は走る。黄金の風の中、走る。
 カタストロは疑問に思う。自分達の知らない何かが今、終わりに向かってるんじゃないかと。
 セツは不思議に思う。さっきの放送で何故、クウィンスの名前が出てきたのだろうと。
 ウェザーは考えてしまう。クウィンスが呼ばれた事を。魔女の目的を。
 情報があまりにも無さすぎる彼らは、走るしかない。今を知る為に。目的を果たす為に。
 兵士達が自分達を無視し、復旧作業に走る中、三人が曲がり角を曲がろうとした時だった。

「あぁ、こんなところにいたのか。探したぞ」

 別れた筈のラルゴと遭遇したのは。
 先頭を走っていたカタストロが慌てて止まり、その後ろを走っていたセツとウェザーがぶつかって、三人共にずっこけた。
 ラルゴは呆れながら、三人に尋ねる。

「何やってるんだ、お前等」
「それはこっちの台詞だ! お前どこ行ってたんだよ!?」
「少し確認しておきたいものがあってな。それを見てきたのさ。そしたらエンペラーと遭遇した」
「陛下と?」
「あぁ。そして、とんでもない依頼を出されたよ。『否定の魔女討伐に加われ』ってな」
「はぁ?! 何で否定の魔女の……?」
「俺が“あるモノ”を地下で見たからだろうな。だが、俺には反応しなかった」
「は? ってかさ、その引きずってるの……何?」

 あるモノ、という単語が理解できないけれど、それよりも目につくものがカタストロは気になって仕方が無かった。
 ラルゴが片手に持っているのは、水色のカービィ。羽飾りと青い模様が特徴の帽子を被っており、まだ幼さを残している少年だ。見たところ気絶している。

「あぁ、こいつか? 戻っている最中、いきなり目の前に穴が開いてな、そっから飛び出してきた。とっさに避けたから俺への直撃は無かったぞ」
「避けるなよ」
「直撃は喰らいたくないんでな。それよりも、行くぞ」
「へ? 行くって何処に?」
「……お前等、現状把握していなさすぎだ」

 カタストロの返事を聞き、ラルゴは空いた手で頭を抑えた。
 ラルゴは現在の状況を三人に説明する。
 地下であるモノを確認し、エンペラーと遭遇して話した後、隊員達に紛れこんであちこち移動していた。
 その際に地下でのモザイク・トレヴィーニ騒動を目撃し、飛燕の放送も聞いた事により、トレヴィーニの目的とクウィンスの行方について察した。
 そうと決まれば、この城に長居は無用。そうと決まれば合流しなければ、と思い急ぐ。その最中にこの少年が突然飛んできて、オマケに持ってきた。
 この間で知った事を粗方ラルゴが話し終えると、ウェザーが信じられないと言った様子で問いかける。

「ち、ちょっと待ってください。それってクウィンスさん、否定の魔女に魂を売ったって事ですか!?」
「そうなる。否定の魔女に化けたモザイク卿と一緒だったし、「トレヴィーニ様」なんてふざけた事を口にしていたからな」
「そんな……。それじゃ、クウィンスさんは……」
「魔女一派に加わったと見て良いだろ」

 ショックを受けるウェザーを他所に、ラルゴは淡々と話す。
 だけどウェザーからすれば、それどころではなかった。
 否定の魔女復活の容疑で捕まえられた彼女が、否定の魔女に魂を売ってそのしもべになった。
 その事実はあまりにも重過ぎて、信じられなくて、頭が真っ白になっていく。
 強くて優しい彼女が? 自分やナグサのお姉さんのような彼女が? あんなに強い彼女が!? どうして魔女なんかに魂を売ったんだ。一体、何で!?
 止まらない。混乱と疑問と悲しみが止まらない。

「嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ!」

 悪いのは、飛燕じゃなかったのか? 罪をなすりつけた大国じゃなかったのか?
 彼女には何の罪も無かった筈だろ。それなのに、どうして、魔女に魂を売ったんだ。
 一体何が、クウィンスを追い詰めてしまったんだ。
 ウェザーはこの事実を飲み込めきれず、苦しむばかり。

「う、ウェザー君……」

 あまりにも非情な展開に苦しむウェザーを見て、セツは声をかけようとするものの言葉が見つからない。
 だが非情は続く。合流したばかりのラルゴによって。

「それじゃ、カタストロ。サザンクロスタウンに行くぞ」
「は? おい、何で?」
「トレヴィーニの次の目的地がそこだからだ」
「いや、そーじゃなくて……こいつ等は?」
「置いていく。用済みだ」

 あっさり言い切ったその言葉に、三人は耳を疑った。
 ラルゴは三人が動揺してるのをあえて無視し、話を続けていく。

「ウェザーは大国に対しての囮。そっちの雪だるまに関してはカタストロ、お前が色々聞いているだろ? それで十分だ。どっちも役割を果たしている。それにな、どちらともに連れて歩くには危険なんだよ。片方は力不足。片方は大国で大暴れしていて、指名手配の可能性もある。……俺はそんな爆弾を連れて歩くのはごめんでな」

 あまりにも酷い宣告だった。
 自分から連れてきた癖に、用済みとなればあっさり捨てる。
 誰かを切り捨て、自分を含めた大多数だけで進もうとするその姿は、ウェザーに飛燕を連想させた。
 人を人として見ておらず、ただ己等の作戦と打算だけに利用する。
 醜く外道なその考えに、ウェザーは怒りに身を任せて叫んだ。

「ふざけんなっ!! 自分から連れてきておいて、そんなのありかよ!? クウィンスさんを助けるのに協力してくれるって言ったんじゃなかったのか!?」
「あぁ、それは嘘だ。何でわざわざそんな馬鹿げた事をしなきゃならない?」
「馬鹿げた!? こっちにとっちゃ、一大事なんだよ!!」
「知ってる。でも俺からすれば他人事だ。そんなもの、どうでもいい」

 次の瞬間、ラルゴの頬にウェザーの拳が入った。
 多少ふらつくものの、ラルゴはその場に立ったままだ。
 ウェザーは何度も、何度も何度も何度も、己の怒りのままにラルゴを殴り続ける。

「最低だ、お前は。最低だ!!」

 果たしてウェザーの目に映るのはラルゴか、飛燕か。それとも、それ以外の誰かか。
 それでも彼はラルゴを殴り続けようとする。だがカタストロが彼の手をつかんで、阻止した。

「何で止めるんですか!!」
「ここでラルゴを殴っても、どうにもならないからだ!!」

 怒れるウェザーに、カタストロは一喝する。
 ウェザーは言葉をつまらせ、顔を背ける。
 ラルゴはというと、殴られすぎて痣になった頬を抑えながら、口を開く。

「気は済んだか? 済んだのならば、行かせてもらうぞ」

 そう言ってラルゴは翼を広げる。
 次の瞬間、彼は黄金の風に乗って、目にも止まらぬ速さでカタストロをつかみ、開いていた窓から、去っていった。
 ウェザーとセツがそれに気づくのは、一陣の風が吹いた後だった。

「え……? ちょ、飛び去った?! 早くね?!」
「うわわわわ、もうあんなとこまで行ってるし! ってかあの子、持ってってるし!!」

 二人は慌てて窓に駆け寄り、飛び去っていくラルゴを見つける。
 既に本城からはかなり離れており、その両手にはカタストロと持ってきていた子供をつかんでいるままだ。なんちゅー力持ちだ。
 色々な意味で自由な人だ……。
 あまりにも強引且つ、自分勝手な行動力にセツは素直に感心してしまう。

「……ふざけんな、ボケ」

 その横で、ウェザーは暗く重い声で呟く。
 セツが目を向け、ギョッとする。ウェザーから真っ黒なオーラがにじみ出ているからだ。先ほど遭遇した暗黒部隊隊長の出した暗黒よりも、凄い真っ黒だ。

「あ、あのー、ウェザー君?」
「身勝手にも程があるだろ。何だよ、用が済んだら置いてけぼり? 爆弾を連れて行く気は無い? だったら最初から連れてくるんじゃねーっての!!」

 怒りに任せ、壁をけるウェザー。大荒れです。

「何だよ、何だよ、コレ!! どうして皆、そう勝手なんだよ!! 自分さえ良ければ良いのかよ!? 他人なんて、どうでもいいのかよ!!」

 何度も何度も何度も壁を蹴っていく。
 その怒りの矛先は自分達を切り捨てたラルゴか、クウィンスを連れ去った飛燕か、魔女に魂を売ったクウィンスか、全ての元凶である否定の魔女か、それともその全てなのかは分からない。
 ただ分かるのは、クウィンスの裏切りとラルゴの切捨てがウェザーの心に大きな傷を負わせた事。
 セツはどうすれば良いのか、分からなかった。
 傷ついた彼を慰めても、多分どうにもならない。ただ自分に出来るのは、彼が荒れるのを待つ事だけなのだろうか?
 そう思うと、自分の無力さを感じてしまう。
 そんな時だった。

「こんにちは」

 唐突に横から話しかけられたのは。
 ウェザーとセツが振り向くと、そこに立っていたのは見慣れない子供だった。
 赤い紋様が全身につけられたオレンジ色の体を持ち、頭には先にランプがついた触覚がついている。見た限りでは、ラルゴが持っていった子供と同じか少し下ぐらいの年齢だろう。見た事が無い姿をしており、防衛隊隊員にしてはどこか違和感がある。
 不思議に思う二人に対し、子供は尋ねてくる。

「せつ、うぇざー、だよね?」
「え? あ、うん」
「……君は、誰?」
「ほろ」

 その名前に、二人は顔を見合わせた。
 ホロ、この名前は聞き覚えがある。先ほどの飛燕の放送で名前が出てきた。確か否定の魔女トレヴィーニ関係で。
 ちょっと待て。待て待て待て。こいつ、もしかして、否定の魔女のしもべ?
 あまりの急展開に二人が戸惑う中、ホロは言葉を続けていく。

「とれさま、ふたり、えらんだ。ほろ、あんない、やれ、いわれた」
「え? な、何で?」
「わかんない。とれさま、めいれい、したがう、それだけ」
「とりあえず、案内って……何処に?」
「さざんくろすたうん」

 ぴしり。
 ウェザーが固まった。セツはめっちゃ焦った。
 何でこんなタイミングで、よりにもよってサザンクロスタウン?
 トレ様ことトレヴィーニのKY乱入に恨みそうになるものの、ホロはそれに気づかず話を続けていく。

「さざんくろすたうん、おまつり、やる。さんかしゃ、たくさん、いれる。とれさま、しゅさい」
「……参加者ってボクら以外には一体誰がいるの?」
「なぐさたち、かくてい。ぼーえいたい、わかんない。もざいくたち、かくてい。だいだろす、かくてい。のあめると、わかんない」

 ウェザーがずっこけて、窓のふちにおでこが当たった。
 ちょっと待て。ちょっと待て。ちょっと待て。
 大国防衛隊とモザイク達、ダイダロスに関しては疑問に思わない(いや、ダイダロスに関しては相当恐ろしいのだが)。
 しかし、一番最初に出てきた名前に驚くしかなかった。
 ナグサ。
 否定の魔女復活時の黄金の風によって、行方不明になった筈だ。図書館で良く会っているし、交流もそれなりにある。
 それなりに親しくしてもらっており、行方不明になった時はショックを受けた。
 黄金の風相手では、もう見つからないのではないかと思っていたのだが……。

「な、ナグサってどういうこと?」
「とれさま、だいすき」
「セツ、言ってる意味分かる?」
「トレヴィーニが好きなのか、トレヴィーニを好きなのか、のどっちかだと思うけど……」
「ぜんしゃ」
「前者!? ちょ、トレヴィーニが大好きな男って事!?」
「何やったんだ、ナグサ兄さーーーん!!」
「とれさま、ふっかつ」
「「……え?」」

 とれさま、ふっかつ。それは否定の魔女トレヴィーニの復活という意味だろう。
 だけど、どうしてホロはそんな事を口にしたのだろうか?
 ウェザーが口にした「何やった」って言葉に答えたのならば、とんでもない事実となる。即ち「ナグサが否定の魔女復活の真犯人」だという事に。
 行方不明になったのも、犯人として捕まらない為だったら?
 誰にも、何も、言わず、出ていったとしたら? 己の保身の為に、逃げ出したとしたら?
 こんな事態になっている事も知らず、何処かでのうのうと生きている。
 否定の魔女という最大の災厄を蘇らせたにも関わらず、多くの人々を傷つけた原因を作り出したにも関わらず、彼はここにいない。
 罪から逃げ出し、己だけ生き延びようと自分達を捨てて、どこかに消えた。




 ぷつん。




 ウェザーの何かが切れた。

「……ナグサ兄さん、今サザンクロスタウンにいるんですか?」

 淡々と、けれども深い深い感情をこめた声で尋ねる。
 ホロはこくんと頷きながら答える。

「かくじつにくる。こなくても、とれさま、よびよせる」

 その言葉を聞き、ウェザーは「そう」と呟くと、ありったけの憎しみを口にする。

「味あわせてやる……! クウィンスさんを見捨てて、自分だけ逃げ出したその罪がどれほどのものか、味あわせてやる!!」

 逆恨みでしかない。けれども、それはウェザーに残された手段でもあった。
 セツには今のウェザーが、それに縋る事しか出来ない壊れかけた子供のように見えた。



 ■ □ ■



 地獄絵図。
 モザイクが真っ先に連想したのは、それだった。
 黄金の風の中心部、即ち否定の魔女トレヴィーニが存在している廊下は今、悲惨な事になっていた。
 何を行ったのか、廊下に多くの血肉が飛び散っており、トレヴィーニの純白の花嫁衣裳も赤色で染まっている。その頬には小さな肉片がついている。
 そして、この場には裏切り者の存在が無い。だがモザイクは驚かない。

『まだ続けていらっしゃったのですか? 死刑拷問を』
「あぁ、モザイク卿か。それがどうした?」

 トレヴィーニは今気がついたと言った様子だ。
 一体どんな拷問をしていたのかは知らないが、よっぽど裏切り者に対しての怒りが強かったようだ。いや、彼女の顔は今や楽しい遊びに夢中な子供。
 この拷問で罰を与えている筈が、楽しくなってきたらしい。
 困った魔女だと思いながらも、モザイクは話を進める。

『いえ、そろそろ撤退という合図を聞きましたので』
「おっと、そうだったな。フル・ホルダーからの連絡で色々と興味深い事も分かったし、こいつへの拷問は戻ってからでも出来る」
『持ち帰るつもりで? 徹底的に壊してから、置いていくと聞いたのですが』
「何。色々と利用価値を見つけ出したのでな」

 そう言って微笑む彼女は何者にも勝るほどの美しさと狂気を纏っていた。
 その身は汚らしい赤で汚れているというのに、彼女が纏う白の美しさはそのまま。寧ろ身についた赤すらも装飾とし、その美貌を高めている。
 辺りに散らばった醜い血肉を土台とし、どんなに汚れても決して穢れる事が無い花嫁は、どんなに光り輝く宝石でもかなう事が出来ないほど、輝いている。
 あぁ、これこそが誰よりも恐れられている否定の魔女。誰も穢す事が出来ない純白の魔女。敵味方関係無く、無数の民を魅了する軍神。

「それではお持ち帰りをしますか。死亡否定」

 彼女が「否定」を行う。
 すると辺りに散らばった肉片は一箇所に集めっていき、固まっていなかった血も逆流するかのように肉片に向かっていく。トレヴィーニの全身についた血もまた同様だ。
 肉片は意思を持ったかのようにうごめき、ひとつに戻っていく。本来の形、ベールベェラへと戻っていく。
 ベールベェラは復活するものの、体力は無くなってしまっているのか倒れこみ、トレヴィーニにもたれかかる形になっている。
 ベールベェラは空ろな瞳で、ただ愛しい男の名前を連呼するしかできない。

「そらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそらそら」

 壊れたテープレコーダーのように、ただ繰り返すだけ。
 それほどまでに彼女は否定の魔女に殺され続け、死亡否定され続けられた。肉体・精神、両方に大きな傷を残し、彼女の心が破壊されていくのは当然の摂理だろう。
 現に今、ただひとつの助けを求め続けている。ただそれだけを求めて、壊れている。

「うわ、妨害だ。耳に対する凄まじい妨害だ。壊れすぎだろ、ベールベェラ」
『壊したのは閣下ですが』
「分かってる。しかし否定したくなるぐらい煩い」

 トレヴィーニは表情を若干歪めながらも、すぐに何時もの表情に戻って話を続ける。

「ここに留まる理由はもう無い。ホロは氷の鬼神+αをサザンクロスタウンに連れていっている最中だろうし、フル・ホルダー達も向かっている最中だろう。ならば我等も、準備の為にそこに行くまでよ」
『了解しました。既にディミヌ・エンドもここから離れ、サザンクロスタウンのコンピューターに向かっているところです』
「そうか。あぁ、順調すぎて笑いが堪えきれないよ。……ここまで順調だと、何か邪魔が入らないとつまらんのぉ」

 扇子で己の身を扇ごうとしたその時、トレヴィーニ目掛けて巨大なカッターが飛んできた。
 トレヴィーニはすかさず身をそらし、カッターを回避する。カッターが飛んできた方向に目を向け、クスリと口元に小さな笑みを浮かべる。

「漸く来たか、虫けらども」

 そこにいたのは、三人のカービィ。
 一人は上半身を包帯で巻いた悪魔の翼を生やす黒のカービィ、シルティ。一人は黄金の双剣を握り、大きな水色の帽子を被った青のカービィ、零式。そして、最後の一人は飛燕。
 彼らの後ろには暗黒によって作り出された穴がある。これを利用して、ここまで来たようだ。
 シルティは中央が空いた大剣を、零式は黄金の双剣を、飛燕は額を「on!」にし、何時でも攻撃出来る体勢になっている。
 その時タイミングを計ったのか、トレヴィーニとモザイクの後ろに一つの魔法陣が出現する。
 赤・青・黄・緑と次々に色を変えて輝く魔法陣から、四人のカービィが転移し、二人の姿を見つけると即座に武器を構える。
 一人は大剣を構えたアカービィ。一人は魔力を身にためるウォルス。一人は先端に四つの水晶がついた紺色の帽子を被り、目元を仮面で隠すカービィ、ルヴルグ。一人は色とりどりの翼を持ち、特徴的な大きな耳を生やした水色のカービィ、コーダ。
 ルヴルグはウォルス同様魔力を貯め、コーダは大きな筆をこちらに向けている。
 そして、飛燕達の後方からイブシとホワイトが合流する。
 否定の魔女が去ろうとする寸前にて、大国防衛隊隊長格が揃う。
 それぞれが闘志と殺意を一点に目掛け、正義の名の下に悪の魔女に鉄槌を与えようとうずうずしている。
 けれども否定の魔女トレヴィーニはそれを笑い飛ばす!

「妾を殺しに来たのかい? こんなところで戦り合っても結果は見えているはずだろ、愚者どもよ! ここは黙って見逃し、次なる戦いに備えよ。それが賢いやり方だろうが、戯けが!!」

 威風堂々と叫ぶと共に、黄金の風が吹く。
 純白の花嫁をより引き立てる黄金により、周囲が包まれていく。
 だが、それも一瞬の出来事。

「……あんたにとっちゃそうだろうな、否定の魔女」

 一番隊隊長イブシが、ぽつりと言葉を漏らす。
 次の瞬間、刃を持つ者達が一斉に振るい、魔力を持つ者達が一斉に魔力を発動させ、黄金の風を一瞬にして吹き飛ばし、消滅させた。
 トレヴィーニは驚愕する。
 己の風がこうもあっさりと吹き飛ばされ、本来の視界を取り戻された事など滅多に無い。いや、出来たとしてもマナ氏ぐらいであった。
 それを己が虫けらと軽視していた連中が、意図も簡単にやり遂げた。
 ぞくり、と体が震える。予想外の実力と新たなる戦士に、期待が膨れてくる。

「確かにあなたの判断は間違っていない。あなたにとっては次の目的地サザンクロスタウンこそが、今現在の本命なのも分かっている。だけど、僕等はそれを見過ごす事は出来ない」

 飛燕がトレヴィーニを睨みつけ、静かに、けれどもハッキリと感情を込めて言葉を口にする。

「我等の民、我等の戦友、我等の住まう地、それらを破壊しても尚、更なる破壊を行おうとする。それ即ちこの世にあってはならない極悪非道の外道。誰が見逃すものか」

 続けてホワイトが己の相棒である『斬星刀』と『羅神正宗』を構え、静かなる怒気と殺意をトレヴィーニに向ける。

「世界大戦時、あなたの思い通りに物語は進みました。だが、二回目も同じようになると思うなっ!!」

 己の絵筆『彩筆』の先端を輝かせ、コーダは誰にも見せた事が無い怒りをあらわにさせる。

「まぁ、要約してしまえば……全員、今、この場でテメェを一発でも良いから殴り飛ばさないと気が済まないって事だよ!!」

 帽子の装飾品であるクリスタルに魔力を込めながら、ルヴルグが隊長格全員の思いを代弁する。

「さすがのあんたでも、九人相手じゃ難しいんじゃないのか?」
「いくら否定の魔女とはいえど、かつては人に封印された身。無敵と言うわけではない筈だろ」
「……たおす」
「ってーなわけで、思い切りやっちまうってヴぁよ!!」

 副隊長であるアカービィ、零式、シルティは己の刃を掲げ、ウォルスは全身にありったけの魔力を込めていく。



 威風堂々と構えるその誇り高き九人の戦士達の姿は、正に大国を防衛する者と呼ぶに相応しい姿。



 トレヴィーニはそれを直視し、体を震わせながら大声で笑い出す。

「……くく、くくくく! はーっはっはっは!! 素晴らしい、素晴らしいぞ、虫けらども!! ここまで愚かだったとはな!! だが、それでいい。それでいいのだ、戯けども!!」
『閣下? もしや……』
「安心しろ、モザイク卿。貴様には貴様のやるべき事をやってもらうからな」

 トレヴィーニはそう言って、モザイクの横に暗黒の穴を出現させる。
 モザイクはベールベェラを抱え込み、我先にと暗黒の穴へと飛び込んだ。穴は即座に消滅し、モザイクとベールベェラの足取りをつかめなくさせる。
 これにより否定の魔女一人となったが彼女は怯える事無く、大国防衛隊隊長格九名に扇子を勢い良く向けて高らかに宣言する。

「良いだろう! その心意気、買った!! だが、これはあくまでもプロローグに過ぎない。ならば、ここでの貴様等の勝利はひとつ。妾に傷を負わせる事だ! 妾に傷を負わせる事が出来れば、サザンクロスタウンに来るが良い。しかし傷を負わす事が出来ねば、全員否定してやろうぞ!!」

 その姿、正しく絶対的なる魔の化身。
 全ての存在を魅了させてしまう絶対の美貌。
 何もかもを飲み込み破壊する程の黄金の魔力。
 決して何者にも汚される事は無い純白の花嫁。
 それら全てを抱えるのは、人々に恐怖と混乱を与えた戦乱の悪夢。恐怖を与えるだけの軍神。否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガン。





 後に『黄金への抗い』と呼ばれる激戦が、始まる。





 第二章「大国動乱」終了。



 ■ □ ■



 機械が発達した巨大な街『サザンクロスタウン』に登場人物達が集う。

「うおおおお、広い街だー!!」
「~!!」
「こんなとこ、始めて見る……。これが外の街なの?」
「そっ。ここがサザンクロスタウン。大国で二番目に大きな街さ」

 否定の魔女再封印の為、旅を続けるナグサ一行。

「しっかし、こんなにゴチャゴチャしておると道が分からなくなってくるでござる」
「大丈夫だって。こーいう時こそ地図を見れば」
「……落としたのではなかったでござるか?」
「あ」

 ぶらりぶらりと旅を続けていく風来人チャ=ワンとタービィ。

『あの、自分そろそろ帰っていいですか?』
「とりあえずさ、どっから襲撃する?」
「ここは機械が多いですからね。注意しないと機械人形と戦闘になりますし」
「うわっ、それやだ」
「地雷大好き君に比べればずっとマシでしょう」
『って無視しないで。看板だから聞こえないのは分かるけど、無視しないでええええ!!!!』

 狂気のままに人形を弄くるローレンとカルベチア。そして、哀れにも巻き込まれたダム・K。

「彼、良い男じゃないの。そろそろOKしたら~?」
「い・や・で・す! 私、あーいう人苦手なんですよ」
「でもあーいう子に限って、本命にだけは凄い素敵なところを見せてくれるのよ」
「私はそうだと思いませんけどね。多分私もナンパ相手の一人でしょ」
「あらあら、堅物が好みってわけ」

 病院の屋上にて、ナースとアクスが和やかに雑談する。

「やっぱり三日月島に避難しようとする人、多いみたいですね」
「そりゃ否定の魔女による殺戮を喜んで受け入れる人間なんて、少ないよ」
「彼女は何時になったら、大国から消えてくれるのでしょうか」
「封印以外でかい? それなら、彼女が力への興味を失った時だよ」

 守護者豪鉄とその部下エダムは語る。

「……ねぇ、シャラ」
「なぁに?」
「うち、怖い。魔女の手で、何もかも消されるんじゃないかって」
「シアンったら怖がりね」
「世界大戦はもう嫌だよ。すっごく怖くて、たまらない」
「なら、私はずっと傍にいてあげる。シアンが怖くないように、ずっとずーっと」

 間にドアを挟みながらも、シアンとシャラは話し合う。

「ここに、ナグサ兄さんがいるの?」
「いる。であう」
「あの、どうして出会うって分かるんですか?」
「とれさま、いってた。しんよう、できる」
「そう。だったら、ボクのやる事はたった一つだけだ」
「……ウェザー君」

 ウェザー、セツ、ホロの三人はそれぞれの思いを抱え、到着する。

「なるほど。あなた方も三日月島に行きたいと」
「そんなところ。そういう君は?」
「僕も向かうつもりだよ。あなたと同じく、マナ氏に会う為に」
「へぇ、それは奇遇だね。だけど理由は違うようだ」
「当然だよ、クレモト」
「……(な、何か場違いな気がしてきたんですけど。自分)」

 それぞれの理由でマナ氏を探すケイトとクレモト、クレモトに連れられた絵龍。



 魔女が望む多くの登場人物が集う中、南十字は悪夢に染まる。



「同士達よ。あの時以来の大地だ、外だ、自由だ。さぁ、己の本能がままに喰らい尽くせ」

「トレヴィーニがマナ氏じゃねぇ奴を気に入った。って事はとびっきり強いって事だろぉ!?」

「」


















  • 最終更新:2014-05-27 23:47:54