第六話「囚われの屋敷VS外を望む者達」



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 これは終端の屋敷と外来の戦士達による悲壮なお話の終曲――――。





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 化け物と化した屋敷は唸り続けている。

『私が欲しいのは王子様だけ。王子様、マナ氏だけなの。あなた達には用は無い。用は無いの! 屋敷の中に入って、本当のあたしとちるに会いたいだって? そんなのはお節介よ!! どうせ外に出ろ出ろって言う気でしょ!? そんなのは嫌!! 私はね、ずっと待ち続けてるの。王子様を、マナ氏を。だからあなた達は邪魔なの! ここから消えてぇっ!!!!』

 屋敷が巨大な目で睨み付けながら叫ぶと共に、円状の衝撃波が七人目掛けて発動する。
 前衛のミルエ、ローレン、カルベチアはそれぞれ自分の獲物を盾代わりにして衝撃波のダメージを軽減し、ツギ・まちはその場に踏ん張って吹き飛ばされるのを防ぐ。
 後衛はカーベルが翼を広げて、ナグサとハスを包んでガードする。その代わりにカーベルの体に衝撃波が直撃する。

「カーベル!?」
「かすり傷だ、大した事ない!」

 カーベルはそう言うとナグサとハスから離れる。ハスはすかさず羽ペンを取り出し、スケッチブックに絵を描き始める。ナグサはハスを庇うように前に立つ。
 前衛の四人も攻撃が止むと同時に、それぞれ攻撃体勢になる。

「それじゃ、まっちん! インパクトおねが~い!」

 ウインクするミルエに「おねがい」されたツギ・まちは大きな口を開け、勢い良く空気を吸い込んで一気に巨大化する。その大きさは屋敷とタメをはれるぐらいでかい。

「でかっ!!」
「カービィにしてもありえないよ、これ! 何メートルあるの!?」
「……完全に巨人じゃないですか」

 ナグサ、ローレン、カルベチアから一斉ツッコミ入りました。
 だけどツギ・まちは全部スルーしながら再び己に力を込める。
 すると今度は背中から大きな飴もどきが次々と出現していき、ツギ・まちの背中に階段のような形で突き出しながら並んでいく。
 その光景は壮観で、目を見張らせるものがあった。
 慣れているらしいミルエは一番に飴もどき階段を上っていき、到着地点ツギ・まちの頭に向かう。ローレンとカルベチアは呆然としていたが、すぐに自分を取り戻すと彼等も階段を駆け上がる。
 三人はツギ・まちの頭に到着すると、再び武器を構えて屋敷を見る。丁度屋敷の屋根と同じ高さで、戦うには十分の位置だ。
 屋敷のギョロリと巨大な目がツギ・まちの頭上にいる三人を睨みつける。すると屋根が無数の小さな針となり、いっせいに四人めがけて発射される。
 すかさずミルエが上部に飛んできた針を全て撃ち落とし、そのまま続けて巨大な右目に銃口を向けて銃弾連射する。激しい銃器独特の音と共に巨大な右目を多くの銃弾が撃ち貫いていく。

『ヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!』

 目を撃ち貫かれた屋敷が唸り声のような悲鳴を上げる。
 すると、右目が大きく開いて中からタンスが飛んできた。それも三つ。それらはミルエの銃弾を喰らっても墜落する事は無く、まっすぐ三人に飛んでくる。
 防弾完備のタンスにミルエが関心と驚きが混じった声を上げる。

「おー! タンスがとんできたー!!」
「一気にギャグになりましたね」
「いひひ……当たったらギャグじゃ済まされないよ。だから、いひひひひひひひ!!!!」

 カルベチアが呆れた様子で呟く横で、ローレンが巨大鋏で飛んできた三つのタンスを切り刻んでいく。
 そのまま続いてジャンプすると、空中分解した三つのタンスの欠片を足場にして一気に屋敷の目と目の間に近づいて縦一文字に切りつける。
 その痛みに屋敷が声を漏らしたのを聞き、ローレンは笑みを深める。
 だが屋敷も黙ってやられるわけにはいかないと言わんばかりに、口である扉を大きく開けて中から真っ赤な絨毯を出すと、ローレンを素早く捕獲しようと伸ばしていく。
 だがツギ・まちがそれに気づき、右手で絨毯をつかみとって一気に引っ張る。あまりの痛みに屋敷が下品な悲鳴を上げる。

『ゲエエエエエエエ!!!!』

 その間にすかさずカルベチアが巨大な針についた糸を伸ばし、ローレンの体を巻きつけると一気にツギ・まちの頭上へと戻す。
 ローレンは一瞬ホッとするが、絨毯をつかまれて苦しんでいる怪奇屋敷を見て一気に悪寒が走る。

「か、完璧化け物じゃん、アレ! コッペリアの方がまだマシだった!!」
「Mahouの粉が暴走とか言ってましたけど……確かにこれは酷い」

 カルベチアも少女の原型が無い怪奇屋敷に表情を歪める。
 今屋敷はツギ・まちと力比べになっているが、絨毯を引っ張られる事がよっぽど痛いのか目部分である窓からは何故か水がたまっている。多分涙だろう。
 場所的に考えて絨毯は舌なのだろう。舌だと転換すれば何となくその痛みの酷さが分かる気がするけど、同情する気は無い。

「それでは、私達も続けましょう。今は好機です」

 カルベチアはそう言うと巨大針についた糸を元の長さに戻す。
 針の先端を真っ直ぐ屋敷に突きつける。すると針の先端から淡い光が泡のように出現していき、やがてそれは光で出来た弓となる。
 屋敷の眉間と思われる場所に狙いを定めると、矢の針を勢い良く発射する。針は見事に刺さり、そのまま屋敷の内部へと突貫する。
 続けてミルエが銃器をマシンガンタイプのモノに切り替え、追い討ちをかけるように両目を中心として連射する。
 銃弾を食らい、屋敷の表面がボロボロと破壊されていき内観が露出していく。
 屋敷はそれがたまらなく痛いのか、悲鳴を上げる。だが負けじと絨毯を伸ばすと、ツギ・まちの右手に巻きつけて強い力を持って地面に叩きつける。
 ツギ・まちは予想以上の力にバランスを崩し、地面に大きな音を立てて倒れる。頭上に乗っていた三人も衝撃により、麦畑の中に叩き落される。ミルエ、ローレン、カルベチアは地面に体を叩きつけられ、全身に激痛が走る。
 屋敷はそのチャンスを見逃さず、再び円状の衝撃波を放って七人に襲い掛かる。
 前衛の三人はなすすべもなく空中に吹き飛ばされ、巨体化していたツギ・まちもあまりのダメージに体を弾き飛ばされ一気に元の大きさへと戻ってしまう。
 後衛はカーベルがギリギリ鐘を鳴らし、バリアーを張って三人の直撃を防ぐ。
 衝撃波の勢いが止んだと同時に、ハスの能力を使って「ボム」をコピーしたナグサが、自分と同サイズのボムを次々と屋敷へと投げ込んでいく。
 ボロボロの屋敷はボムを中に投げ入れられ、中で起こる爆発の痛みに再び悲鳴を上げる。

『ひぎいいいいいいい!!!!』

 どかんどかんと爆発する音と、中が次々と壊れる音が響く。ボムの爆発により内装も吹き飛ばされていき、骨組が露出していく。
 あまりにも痛々しい姿と悲鳴の屋敷。それは外を望む者達にとっての好機。
 ナグサは引き続きボムを投げ、屋敷に追い討ちをかけていく。ハスはスケッチブックに四つのマキシマムトマトを簡単に描き、実体化させる。
 そのトマト四つをカーベルが取り、倒れている四人に飛んで一つずつ渡していく。気を失っている者には強引に口の中に突っ込んだ。
 マキシマムトマトを食べた四人は傷が回復し、次々と立ち上がる。

「いひひひひ! 地雷君、好きにやってるねー!!」
「最初から入ってくれれば、もうちょっと効率良かったんですけどね」
「こりゃ負けてらんないね、まっちん!」
「!!」

 それぞれ好き勝手に言うと、己の武器と能力で一気に追撃する。
 ミルエは二つの巨大銃器を両手に持ち、露出した右側の複数もの骨組目掛けて連射する。骨組はあっさりと壊れ、支えを失った屋敷の右半分が崩れ出していく。
 屋敷は獣のような唸り声を上げる。すると絨毯を再び伸ばし、ミルエを払い飛ばそうとする。だがそれよりも早く、ローレンが絨毯に接近し、鋏の刃を広げるとそのまま切り刻んでいく。切り刻まれた多くの布が宙を舞う。
 続けてカルベチアが巨大針を構え、周囲に無数の小さな針を浮かびあげると左側の骨組のいくつか目掛けて飛ばしていく。カカカカカ! と軽快な音を立てながら露出している骨組に刺さっていく。だがマシンガンと違って威力が弱い為、刺さったままで終わった。するとローレンが屋敷の瓦礫を足場にし、針が刺さっている骨組を次々と切り刻んでいく。屋敷が崩れるよりも早く、飛び降りる。何時の間にか移動していたツギ・まちがローレンをキャッチする。
 左側の支えも失った屋敷はガラガラと崩れ出し、そのまま無残に壊れていく。

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』

 耳をつんざくような悲鳴がこの幻想空間中に広がっていく。
 同時に円状の衝撃波が再び七人へと襲い掛かる。

「馬鹿の一つ覚えだな」

 カーベルは失笑しながら鐘を鳴らす。
 すると鐘からも円状の衝撃波が放たれ、屋敷から飛んでくる衝撃波を相殺する。相殺された衝撃波を見て「やれたんなら最初からやれ!」と誰もが思った。特に前衛四名。
 カーベルはそんな彼らを無視し、崩れ落ちた屋敷を見つめる。
 あまりにもあっさりと崩れ落ちた少女の強すぎるほどの思いが具現化した屋敷。その屋敷は人々を人形に変え、ただ己の王子様だけを望んで待っていた。
 コッペリアのちるもまた、少女の思いに影響されて生まれた存在だろう。ナグサの行為によってちるそのものは改心したけれど、少女がそれを許さずに吸収した。
 そして、自分がマナ氏の言葉を過信してしまったが故に起きてしまったドラグーンパーツというミス。抑えられていた力は暴走し、少女は屋敷そのものと化して邪魔者である自分達に襲い掛かった。
 その結果が今、これだ。屋敷は崩れ落ちた。後はちるを救出するだけという状況。だがしかし、カーベルはそれを鵜呑みにしない。
 世界大戦時で不本意ながらマナ氏と共闘した時、嫌と言うほど味わったのは――。

「……相手を潰すという、意志」

 ポツリと呟く何度も味わった戦士達の意地。
 それと同時に、崩れ落ちた屋敷の欠片達が次々に宙に浮いていく。その中心にあるのは――ちるを抱っこしたちるに瓜二つの少女。

「!! !!!!」
「「ちるちゃん!!」」

 ツギ・まち、ナグサとミルエが少女とちるを見つけ、叫ぶ。
 だがちるは気を失っているのか返事はせず、代わりに少女が不気味な三日月のような笑みを浮かべる。
 すると欠片が少女を包み込むように集合していき、瞬く間に屋敷の欠片と魔力が巨大なカービィの形を繕っていく。
 巨大なシルクハットとマントを身に着け、キノコを連想させる杖を持った巨大なカービィの形に。
 その姿にナグサは見覚えがあった。見つけ出した写真に少女と共に映っていた王子様「マナ氏」だ。
 カーベルもその姿を見て、納得した口調で元屋敷の巨大カービィを分析する。

「なるほどな。悪者を倒すのは王子様。お姫様を守るのは王子様。その願望が表に出てきたということか」
「って事はやっぱりアレ、マナ氏ですよね」
「そうだ。あのキノコ杖で分かった。……何であんなサディスティック大魔王にべた惚れしたのかが分からん」

 カーベルがため息をつきながら呟いた。
 その時、巨大マナ氏もどきが唐突にキノコ杖をカーベル目掛けて振り落とす。カーベルはすかさず翼を広げてその場から離れて攻撃を避ける。
 キノコ杖は強い力で地面に叩きつけられたショックで、あっさりとバラバラの木屑になって辺り一体に吹き飛ぶ。しかし木屑はすぐさま宙に浮き、元の形へと戻っていく。
 カーベルは数メートル離れた位置に着地し、巨大マナ氏もどきを見上げる。巨大マナ氏もどきの口がゆっくりと開き、そこから不似合いな少女の怒鳴り声が響いてくる。

『あの人の、悪口を言うな! お前なんかが、語っていいお方じゃない!! 優しい優しい私の白馬の王子様。それを、酷く言うなんて……!!』

 どうやらカーベルの発言が気に障ったようだ。
 その様子を見て、段々とコッペリア化しているなとナグサは思う。少女にはただ意地だけが残っているのかと考えていたが、元々はちるの本体なのだ。性格が一緒でも何もおかしくはないし、ちるを抱きかかえているから本心も飲み込んでいるのかもしれない。
 真実は分からないが、今は目の前に立つ巨大マナ氏もどき――外を拒む者――をどうにかする事が先決だ。

 再び、戦闘が再開される。

 ■ □ ■



 外を拒む者は再生したばかりのキノコ杖を振り上げると、今度は麦畑の中に立つ一同目掛けて横一文字に振る。ミルエとカルベチアは即座に後方にジャンプして避け、ナグサとローレンとツギ・まちは前方に走って避ける。離れていたカーベルとハスは無傷だ。
 カーベルはハスに駆け寄り、彼に何かを囁く。ハスはそれを聞いて、驚きの声を上げる。

「えぇ!? そ、それは無茶なんじゃ……」
「この幻想空間と私の魔力があれば一時的に可能だ! 形は私の記憶から見せてやる。だから、やれ!!」

 必死に伝えるカーベルの真剣な顔を見て、ハスは少し戸惑うものの、今の状況を打開する為の最善策なのだと信じて頷く。
 それを見たカーベルは即座に戦闘組五名に向かって叫ぶ。

「ハスはこれからでかいのを描く! それまで耐え切れ!!」

 五人は了解と叫び、それぞれが外を拒む者を見上げる。
 同時に外を拒む者は大きく足を一歩出し、前列にいる三人を蹴り飛ばす。
 ローレンは鋏を盾にするものの、衝撃に耐え切れず後方に少し飛んでいってしまう。ナグサとツギ・まちは正面から喰らってしまい、空中へと投げ出される。
 咄嗟にカルベチアが針についた二種類の糸に何かしらの呪文を唱える。すると糸は独りでに大きな蜘蛛の巣となり、空中から落下する二人のクッションとなる。糸は二人をキャッチしたのを感じると、ナグサとツギ・まちの体に糸を巻きつかせ、麦畑の中におろす。
 外を拒む者が第二撃を喰らわせようと蹴りの体制に入ろうとするが、それよりも素早くミルエがマシンガンを構えて両足に無数の銃弾を喰らわせる。
 両足に銃弾を喰らい、外を拒む者はバランスを崩しひっくり返る。
 それを見たナグサが四人に向かって叫ぶ。

「チャンス! 総攻撃いっくよー!!」

 ナグサは両手にボムを出現させ、外を拒む者目掛けて投げる。
 彼に続けてミルエはマシンガンの標準を足から胴体に変え、再び撃ちまくる。カルベチアは針についた二種類の糸を瞬時に伸ばし、外を拒む者をグルグル巻きに拘束する。
 ローレンは巨大鋏を光に包ませ、外を拒む者と同等なサイズなぐらいに巨大化させるとそのまま上から叩き潰す。
 叩き潰された外を拒む者は、衝撃に耐え切れず潰れてしまう。だがすぐに木屑は集まっていき、元の形へと戻っていく。しかしカルベチアは拘束を続けており、外を拒む者は動けない。
 それを好機と見た三人は攻撃を続けていく。ナグサはボムを投げ続け、ミルエはマシンガンを撃ち続け、ローレンは鋏を元の大きさに戻して切りつける。
 カルベチアはしっかりと針を持ち、拘束が解けないように己の力を高めていく。
 ツギ・まちはというとカーベルとハスの下に行くと、二人の前で再び巨大化して壁となる。こっちに来たツギ・まちにハスは驚くものの、それがツギ・まちの役割だと納得するとすぐに絵描きに集中する。
 外を拒む者が動けないのを良い事に、総攻撃を続けていく一同。だが外を拒む者は咆哮に似た叫び声をあげた。

『調子に、乗るなあああああああああああ!!!!』

 すると再び円状の衝撃波が一同に襲い掛かる。
 ミルエはすかさずナグサを己の真後ろに引っ込めさせると、マシンガンを盾にして衝撃を防ぐ。ローレンとカルベチアも、それぞれ鋏と針を盾にして衝撃を防ぐ。最もカルベチアの方は先ほどよりも威力が高かった為か、防ぎきれずに後方に少し吹っ飛んでしまいそうになるが、ローレンが彼の針をつかんで吹き飛ばされるのを防いだ。
 ツギ・まちはその場に踏ん張り、衝撃波を耐え切る。カーベルとハスはツギ・まちが盾として立っていた為、無傷だ。
 外を拒む者は一同が防御した間に緩んだ拘束を解くと、全身を再生させながら体を起こす。足はボロボロだが立てないわけではない。外を拒む者は一同を見下しながら、狂った高笑いをあげる。

『ハハ、ハハハハハハハ!! 勝てると思ってるの!? 王子様に勝てると思ってるの!? あんた達みたいな悪の下僕がか!? ありえない。そんなのありえない!! 私は王子様に救われる、王子様に外に連れていってもらえる、囚われのお姫様! だから、あんた達みたいな悪役は王子様に殺されればいい!! そうだよ。あんた達がここにいる時点でおかしいんだ! 消えろ、消えろ、消えろおおおおお!!!!』

 そう言って外を拒む者はキノコ杖を上に高く掲げる。するとキノコ杖から木屑が集まって出来た槍が無数に出現し、一同目掛けて降り注がれる。
 ミルエは素早くマシンガンを構えなおし、己とナグサの下に降ってくる槍を撃ち落とす。カルベチアは素早く己の周囲に針を複数出現させ、己とローレンの下に降ってくる槍と相殺させる。カルベチアが落としきれなかった槍は、ローレンが鋏で叩き落としていく。
 ツギ・まちは避ける事無くその身に槍が複数突き刺さるものの、その場に踏ん張り続ける。もちろんその後ろにいるカーベルとハスは無傷だ。だが一番ダメージを負っているツギ・まちに、カーベルは声を上げずにはいられなかった。

「ツギ・まち、耐え切れるのか?!」
「!!」
「意地でも持たす……か。分かった。こっちは後少しで書き終わる、もう少し耐えてくれ」
「!!!!」

 ツギ・まちは力強く頷き、二人の盾となるべく踏ん張る力を強める。
 その次の瞬間、外を拒む者はキノコ杖から四つの小さな竜巻を出現させる。それぞれ竜巻は前衛で戦う余人へと襲い掛かる。
 ナグサはすぐさま四つのボムを投げ、小さな竜巻と相殺させる。爆風と空に散る麦によって、視界が悪くなるものの、ミルエ・ローレン・カルベチアは何時でも攻撃が出来るように十分な距離を取って体制を整える。
 ナグサも同じように体制を整えようとした時、外を拒む者の手が伸びてきてわしづかみにされる。その力はとても強く、あまりの痛みにナグサは悲鳴を上げてしまう。

「うあああああああああああ!!!!」

 あまりにも痛々しい悲鳴が麦畑の中に響く。だが外を拒む者はお構い無しと言った様子で、ナグサを目前まで持っていくと握り締めながら、恨みと憎しみと怒りを込めた声で殺意をぶつける。

『お前さえいなければ! お前さえいなければこんな事にはならなかった!! まずは、お前から殺してやる! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!! お姫様を外に連れ出そうとした罰だ!! ちるの心を捻じ曲げた罰だ!! さぁ、死ね! 今ここで、王子様の正義の手によって、死んでしまえぇぇぇ!!』

 外を拒む者は強く、強く強く強くナグサを握り締めていく。
 強すぎる痛みに絶えずナグサの悲鳴が響くけれども、外を拒む者はそれを聞いていない。
 ミルエが外を拒む者の手に照準を合わせ、引き金を引こうとするが、それよりも早くハスが大声を上げてスケッチブックを掲げた。

「行けええええええええええ!!」

 直後、スケッチブックから二つのパーツが勢い良く飛んでいく。それに合わせてカーベルもまた、己が持つドラグーンパーツを投げる。
 描かれたパーツの内一つは何かしらの胴体。もう一つは複数の雫が集まったような羽。カーベルが投げたドラグーンパーツは言うなれば機首。機首が先頭へと飛んでいき、胴体が続いて機首と合体し、最後の羽が尾っぽとなる。



 数多の天を駆ける虹の翼『ドラグーン』が出現した。



 ドラグーンは一陣の風となり、外を拒む者の手に突進する。すると手が貫かれ、その衝撃でバラバラになっていく。
 手が消えた事によりナグサは拘束が解けるものの、重力にしたがって落ちていく。だが地面に直撃するよりも早く、ドラグーンが下に先回りしてナグサをその背に乗せる。
 思ったより硬い衝撃と痛みにナグサは表情を歪ませるものの、自分が乗っているのがドラグーンだと気づくと慌てふためく。

「うわっ! ど、ドラグーン!? ちょ、何で!?」
「私がハスに描かせたんだ! そいつならば、ちるの下に行ける!!」

 それに答えるのはカーベル。ナグサはカーベルの言葉に耳を疑い、思わず叫び返してしまう。

「ちるちゃんの下に行けるって、どういうことですか!?」
「そのままの意味だ。この幻想空間内部ならば、ドラグーンは恐らく深層心理に入り込む事が可能だ。ドラグーンは正しき道を進む為のエアライドマシン。だから行ける筈だ!!」
「はぁ!? ちょ、意味分からないんですけど!?」
「えぇい! 論より証拠。奴の体目掛けて突撃しろ!!」

 話が通じない為、苛立つカーベルに少し怯み、ナグサは思わず頷いてしまう。
 慌てて自分とドラグーンを外を拒む者に向かせる。外を拒む者は破壊された手を再生しながら、キノコ杖を持つ手をナグサに向ける。

『そんな! そんな紛い物で、どうにかできると思っているのか!?』
「するしかないんだよ! 君が大人しくしてくれれば、もっと簡単なんだけどね!!」
『ふざけるな! ただの悪役が王子様を倒せると思うな!! 変な武器を手に入れたぐらいで、私に勝てると思うなああああああ!!!!』

 外を拒む者が咆哮に似た叫びを上げると同時に、キノコ杖からカッター型の真空波が放たれる。ナグサはすぐさまドラグーンを方向転換させて避けると、すぐさま急転換して突進を試みる。
 外を拒む者はナグサに体を向け、再び真空波を放とうとするが、下部に衝撃が走り体のバランスが崩れる。何とか踏ん張りながら、足元に目を向ける。
 そこには銃口から煙を出すマシンガンを構えたミルエが立っていた。

「油断大敵だよ!!」

 勝利を確信した笑みで言い切るミルエの顔はとても清んでいて、外を拒む者からすれば酷く気にくわない顔だ。ふざけんな、と怒鳴ろうとしたその時、キノコ杖を持つ手に赤と黒の糸が何重にも絡まっていく。今度は何だと糸の先を探ると、しっかりと己の針をつかむカルベチアの姿があった。
 外を拒む者がカルベチアの姿を認知した次の瞬間、ローレンが糸の上を器用に走ってきた。外を拒む者が衝撃波で攻撃するよりも早く、ローレンは右目目掛けて鋏を突き刺す。
 再び外を拒む者が悲鳴を上げ、苦しむ。ナグサはその隙を見逃さず、出来る限り出せる速度で外を拒む者へと突撃する。

『来るな! お前なんかが、お前なんかが踏み込んでいい場所じゃないんだ!! 来るな、来るな、来るな、来るな、入ってくるなあああああ!!』

 外を拒む者が叫ぶ。最後の足掻きと言わんばかりに、円状の衝撃波を発動する。
 ナグサを乗せたドラグーンに衝撃波は直撃するものの、ドラグーンは形もバランスも崩す事無く、外を拒む者の体を貫き、そのまま内部へと突入した。
 内部――つまり、王子様を待ち続ける少女の深層心理へと。

 ■ □ ■



 少女が望むのは、何か。
 王子様か。救世主か。愛する人か。
 たくさんの人形か。自分である人形か。大きな屋敷か。
 少年はそれは違うと叫んだ。だけど少女には分からない。
 さて、少年はどんな答えを見つけ出したのだろう?

 ■ □ ■

 ざばんと、水の中に飛び込む音がナグサの耳に入る。だけどここは水の中ではない。
 ナグサがいるのは、螺旋上に輝く光が包む綺麗で大きな筒の中。筒の表面には様々なモニターがあり、全てに少女の姿が見える。
 最初はベッドの中で眠っている姿や、人形と共に戯れている姿ぐらいしか見えなかった。
 だが下へ進めば進むほど、モニターには少女と人形以外の人物が現れるようになっていった。その人物はマナ氏だ。
 モニターの中、少女はこれまでにない楽しそうな笑顔をしている。

『……この人形、あなたのですか?』
『あー! それです。それ!! 私の人形です!!』
『やっぱりそうですか。お父さんのプレゼント?』
『はい! 初めて貰ったお人形さんで、ちるって言うんです』

 ちるを抱きかかえ、マナ氏と共に笑う少女。

『ねぇ、マナ様。どうすれば私も魔法を使えますか?』
『才能が大半って聞きますね。でも中には勉強したり、能力の応用で使える者もいますよ』
『能力ってコピーですか?』
『うーん、ちょっと違いますね。魔法は僕らの中で眠っている別能力を目覚めさせ、精神力で操る力の事を言うんですよ』
『ううん、ちょっと分かりにくいです……』
『あぁ、すみません。なら簡単に言い換えましょうか』

 マナ氏から魔法について教えてもらう少女の顔は、至福に満ちている。

『……あなたの能力の凄さは分かりました。でもこれはやりすぎでは?』
『あ、えと、その、あの! じ、自分は言われた通りに……』
『それは分かってます。ただ私は壁を吹っ飛ばせと言った覚えはありませんが?』

 外が見えちゃうぐらいに壁が破壊されてて、呆れるマナ氏に恥ずかしがる少女。

『麦はね、色々なモノになるんですよ。だから大切に育てなきゃいけません』
『お花の方が綺麗じゃないですか?』
『えぇ、綺麗ですね。でもカービィは花より団子派が多くて、ご飯やお茶を優先させる人が多いんですよ』
『あ、なるほど。戦時中はそれが原因で凄い騒ぎになったんですよね』
『その通り。だから私は花よりも麦が好きなんですよ。あ、キノコも好きですね』
『……マナ様って、根っからの花より団子派ですか?』
『そうです。それがどうかしましたか?』

 花より飯を愛するマナ氏に、少し呆れ顔の少女。

『否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガン。この人物について知っていますか?』
『はい。確か……マナ様が必死になって封印した戦争を起こした魔女なんですよね?』
『少し違います。封印したのは国家。私が行おうとしたのはもっと違う事です』
『え? どういうことですか?』
『話しても理解出来ないと思いますので、言いません』
『えぇー! 話してくださいよー!!』

 肝心な話をはぐらかすマナ氏に、少女は残念そうな声を上げる。

 他のモニターも似たようなもので、少女とマナ氏の思い出が映し出されている。
 これが深層心理の世界なのだとナグサは理解し、モニターから目を離して下に突き進んでいく事にした。
 下へ進めば進むほど、少女の中の思い出が増えていく。少女とマナ氏の思い出が映し出されたモニター。それ以外は何もない。人形と戯れる思い出や、他の人々と共にいる思い出は無いに等しい。

「本当にマナ氏の事しか無いな……」

 呟いてみるものの、モニターから聞こえてくる音声によって消されてしまう。
 このままではこっちの意識まで思い出で一杯になりそうだとナグサは思い、余計な事を考えずに一番奥まで進む事にした。

 ■ □ ■

 光に包まれた螺旋の中、虹の翼はただ下に向かって突っ走る。
 思い出も続いており、少女とマナ氏の思い出で一杯だ。正直ナグサはお腹一杯なぐらい見ている。
 マナ氏に様々な事を教えてもらう少女。
 能力や魔法の使い方を知り、喜ぶ少女と暖かい目で見守るマナ氏。
 多くの人形と共に眠る少女に微笑むマナ氏。
 外の世界、戦争や文化について話すマナ氏に少女はうっとりとした表情で見つめる。
 少女の大好きだって思う気持ちがドンドンと伝わってくる。この思い出だけ見ると、この少女は至って普通の恋する乙女だ。
 だけど違和感がある。少女ではなく、マナ氏に。
 一見すれば素敵な紳士なのかもしれない。だけど客観的に見ていると、決定的な違和感を感じる。何かが何かが違う。

『あなたは甘えん坊さんですね』

『出来ればマナ様じゃなくて、マナ氏と呼んでくれませんか?』

『あなたは何してるんですか? 安静にしないと駄目じゃないですか』

『私はある時を待っているんです。だからその時まで、あなたに預かってほしいんですよ』

『……相変わらず、あなたは私が好きなのですね』

 出来る限りマナ氏の言葉に耳を傾けていく。
 そして、気づいた。マナ氏は一度も――少女の名前を言っていない。
 こんなに思い出があるのに、ナグサは少女の名前を知らない。マナ氏は少女の名前を言っていない。一体どうして呼ばれていないのだろうか?
 ナグサは筒の中、これまでの出来事を思い出す。
 少女とコッペリアのちる。狂ったマナ氏への愛情。クウィンスとハスと少女とカーベルが話すマナ氏の人物像の違い。

「私の王子様、私の救世主、私の愛する人!」

 コッペリアのちると少女はこう叫んでいた。心底ほれ込んでいる+かなりの美化がされているとしか思えない。参考にはならない。恋は盲目すぎるから。
 だがコッペリアのちる自体は気づいていた。己の行為が無駄だということに。ただ、己の思いを抑え切れなくて壊れてしまったのだ。けれど少女はちるよりも「意地」がある。意地を、我侭を突き通そうと、化け物屋敷となって待ち続ける道を選んだ。それが最大の違い。

「あの人は中途半端に優しい矛盾した人。戦争でしか生きる事を許されなかった哀しい人」

 ハスはこう説明していた。行動が矛盾していて、尚且つ戦争の中でしか生きられない男だと。ハッキリ言ってどういう人物なのか分からない。ただ少女の中にいる王子様とはかけ離れているのは確かだ。
 詳しくはもう少し情報が無いと分からないが、ハスの話すマナ氏像で考えていくと、ある程度の推測が立てやすくなる。

「サディスティック大魔王を信じた私が馬鹿だった!」

 カーベルについてはこの一言に尽きる。
 サドなのはハスの話で聞いている。こんなにサドサド聞くと、正直マナ氏と係わり合いになりたくなくなってくる。だけどカーベルは少女やハスと違って、マナ氏とかなり面識があるようだ。
 ハッキリ言ってカーベルがドラグーンパーツを持っていなければ、深層心理へと突入する事は出来なかった。そのドラグーンパーツが切欠で少女が暴走したのだが、一長一短と言うべきだろうけど。
 しかしドラグーンパーツという存在は、多くの意味で重要な力を現している。

「魔女封印の手段を誰よりも早く解明し、それを実行した人物です」

 そして旅立ちの際にクウィンスから聞いたのは、性格ではなく封印について。
 この言葉は今の状況には関係ないようにも聞こえる。だけどナグサには一つの推測、いや推理に大きなヒントを与えてくれる。

 少女の盲目的すぎる狂った病んだ愛、ハスが話した中途半端な優しさ、カーベルが持っていたドラグーンパーツ、クウィンスが教えてくれた魔女封印の人物。
 それらのキーワードから、ナグサは一つの答えを見つけ出す。しかし彼の表情は曇っていた。ドラグーンにしがみつく力が怒りのあまり、強まっていく。

「僕の推理が正しかったら、彼女があまりにも可哀想過ぎる……!」

 泣き叫ぶお姫様(この時、彼は少女もちるもコッペリアも頭に浮かべた)が脳裏に浮かび上がり、ナグサは推理の末に辿り着いた「意味」に呟かざる終えなかった。
 その時だった。



 光の筒から、全面に複数のモニターが映し出されている巨大な球体内部へと世界が切り替わったのは。



 いきなり世界が変わり、ナグサは慌ててブレーキをかけて周りを見渡す。
 モニターにはやっぱりマナ氏が映っている。というかマナ氏しかいない。唯一一緒に映っていた少女やちるの姿は無い。マナ氏以外存在しない。
 四方八方見渡しても、マナ氏しか映していないモニターにナグサは薄ら寒気を感じる。

「ね、根っからのヤンデレなのか、この子は……」

 コッペリアと屋敷化した少女との戦闘で察してはいたが、こういったモノを見てしまうと恐ろしさが増してくる。
 だけどその分、本当にマナ氏が好きなんだなと思う。筒の中でも見てきた思い出の数々は、少女にとって何よりも素敵な思い出。誰にも覆す事が出来ない思い出。
 だからこそナグサは己の推理を何度も何度も変える。だけど結局一番納得できるのは、少女に伝えるにはあまりにも残酷すぎるもの。
 推理して出てきてしまった答えに苛立ち、ドンッとドラグーンを叩く。言葉に出来ない思いをぶつけたけれど、手が痛いだけで終わった。

「ほんとに、サドだ……!!」

 ナグサが愚痴に近い呟きをこぼしたその時だった。
 少女の幼い泣き声が聞こえてきたのは。
 ぐすぐすと聞こえてくる泣き声にナグサは慌てて顔を向ける。すると球体の中心に、少女がいた。
 両手でちるを抱きしめながら、ぼろぼろと涙をこぼしていた。

『さみしいよぉ、まなさま。ひとりにしないで、まなさま。わたしには、まなさまがいないとだめなんです。だからひとりにしないで、まなさまぁ』

 その姿は狂乱して襲い掛かる化け物の姿ではない。
 大好きで大好きでたまらない人が消えて、泣きじゃくるだけの幼子でしかない。
 幼子の泣き声に呼応するように、モニターに映るマナ氏がアップになっていく。
 己の世界を変えてくれた愛する王子様に会いたい。その気持ちがひしひしと伝わってくる。
 だけど、どんなに泣いても、マナ氏はここにいない。

「あ……」

 泣きじゃくる彼女に話しかけようとするが、ナグサは少女の名前が分からない。知っているのは、人形の名前ちるだけだ。
 故に言葉が思い浮かばず、どうすればいいのか分からない。自分のやるべき事は分かっている。それなのに、どうすればいいのか分からないのだ。
 何故なら、ナグサがやろうとしている事は、少女の心を傷つける事なのだから。
 コッペリアの時はいっぱいいっぱいで、ある種命がけだった。地雷大好きカービィというあだ名をつけられたのも、自分が挑発しすぎたが故。だけど、最終的には止める事が出来た。
 けれどもそれはコッペリアが「明確な敵」だったからだ。救うよりも、どうにかするという考えの方が強かった。
 だけど今はどうだ? 目の前にいる少女は敵か? 違う! とナグサは自問自答した。
 ナグサには目の前の少女は敵ではなく、悲劇のヒロインにしか映らないのだ。だから、ぶつける事が出来ない。己の推理を、少女の罪を、マナ氏の目的を。

「どうすればいいんだよ……!!」

 頭が混乱していく。何をすればいいのか、分からなくなっていく。
 目の前で泣き続ける少女を救う方法が分からなくて、ナグサは泣きそうになる。
 だけど彼の脳裏に突然、一つの言葉が浮かび上がった。

『歩きなさい』

 それは自分が慕うクウィンスのもの。

『どんなに苦しくても、立って歩きなさい。あなたは、一人で歩けるでしょう?』

 その言葉はどちらとも昔に言われたものだ。
 何時言われたのかはハッキリ言って良く覚えていない。だけど、自分に勇気を与えてくれた。
 戦争中に助けられてから、クウィンスはナグサの憧れといっても過言ではない女性だ。だからこそ、彼女の言葉はとても強い。
 その証拠に今、ナグサの頭は落ち着きを取り戻していた。

「……ここで止まっていたら、何も変わらない」

 涙を拭き、決意の瞳で少女を見つめる。
 泣き続ける彼女を立って歩かせる為に、ナグサはついに口を開く。

「お姫様」

 そう呼ぶと、少女はびくっと震える。恐る恐るナグサに振り向く。
 顔は涙でくしゃくしゃになっていて、さっきまで死闘を繰り広げた化け物屋敷と同一人物とは思えないぐらいに華奢だ。

「僕は君に会いに来た。用件は……分かる?」

 ナグサは淡々と彼女に尋ねる。優しくも厳しくも無い声だ。
 少女は意外にもあっさりと頷いた。ナグサは少し呆気に取られるが、すぐに調子を取り戻して話を進める。

「今から僕の推理を君に話す。それは君を傷つけるかも知れない。それでもいい?」

 こくり、と少女は頷いた。
 あまりにあっさりしてる彼女にナグサは内心戸惑う。
 だけど、その理由は何となく分かった。恐らく彼女は真実を知っているんだ。でもそれを認める勇気がなく、意地を張り続けている。
 その姿を見ていると傷つけてしまうのでは、と恐れてしまう。だけど、ここで立ち止まるわけにはいかない。
 ナグサは少女に己の推理を話し始める。

「……まずモニターで見て分かったのは、マナ氏は君の名前をほとんど呼んでいない。それどころか話を教えるだけで、寝ている君に布団をかけていない。これだけ見れば、特別な好意を持っているかいないかは一目瞭然だ」

 少女は少し俯く。ナグサが間接的に言っている事が分かったからだろうか。

「次に君以外でのマナ氏の知人からの情報。中途半端に優しい人物だって聞いた。それから、このドラグーンのパーツの一つを君に預けていたのも知った。あまり言いたくないけど、僕の推理ではマナ氏は王子様という性格ではないと思う。まぁ、性格は良くないって情報を聞いたからなんだけどね」

 少女のちるを抱きしめる力が強くなる。同時にモニターの音声が大きくなる。ここから先は聞きたくないのだろう。
 どんなに頭では理解していても、心も同じとは限らない。どういう答えか分かっているからこそ、心まで理解したくないのだ。
 だけど、ナグサは伝えなければいけない。少女の為にも、外に向かう為にも。

「マナ氏は君を愛しても、好んでもいない。ドラグーンパーツを君に預ける為だけに親しくなったんだ。魔女が復活した時に備えて」

 その言葉は、あまりにも残酷なもの。
 小さなお姫様が愛した王子様は、お姫様を愛してなんかいなかった。己が封印した魔女が復活した時に備えて、神器の部品を託す相手に選ばれただけに過ぎなかったのだ。
 そこまで伝えてナグサは少女を見つめる。少女は酷くショックを受けたようで、目を大きく開き、口をパクパクと動かしている。頭を左右に振り、事実を拒絶しようとしている。
 ナグサはそれを見て、ドラグーンでゆっくり近づくと少女に優しく笑いかける。

「泣いていいよ。それまで僕が傍にいてあげるから」

 次の瞬間、少女はナグサに抱きつき、わんわんと大声で泣き出した。

『わかってた! わかってたの! まなさまがきえたりゆうも、したしくしてくれたりゆうも! でも、きたいしてた! わたしのことをみてるんじゃないかって。……でも、ちがった。わたしのこと、ぜんぜんみてなかった!! でもね、みとめたくなかったの!! みとめたら、わたし……わたし……!!』

 少女は深すぎるかなしみをナグサにぶつけ、泣き続ける。
 中途半端に優しくしてくれたのも知っていた。ドラグーンパーツを預ける為に親しくされたのも知っていた。自分の事を愛していないのも知っていた。
 だけど少女は認めたくなかった。多くの思い出が彼で埋まってしまっていて、尚且つ心の底から愛してしまっていたから。認めてしまえば、己の心が壊れてしまうのは目に見えていたから。
 だから屋敷となって、王子様が自分を迎えに来るのを待ち続けた。王子様に似ている人物は片っ端から招いて、違うと分かれば人形にした。今までそれの繰り返しだった。
 ナグサが現れるまでは。

「うん、うん。怖かったね、寂しかったね」

 少女を抱き返しながら、慰める。その声と仕草は優しくて、少女を心から甘えさせてくれる。不安で一杯だった少女の心を優しく溶かしていく。
 泣き続ける少女を、ナグサは優しく慰める。それはかつて共にすごした王子様のようで、けれども確実に想いが乗っている行為。
 王子様とは全く違う少年は、孤独で壊れかけた少女に手を伸ばした。それは少女にとって何よりの救いだった。

『……あり、がとう』

 小さな声でお礼を言うと、少女はちるをナグサに渡して離れていく。
 いきなり離れた少女にナグサは戸惑い、きょとんとした様子で話しかける。

「え? どうしたの?」
『ないたらすっきりした。わたし、あまえたかっただけだったみたい』

 少女は小さく微笑む。だけどナグサは意味が分からないのか、ぱちぱちと瞬きしている。
 そんなナグサに対し、少女は微笑みを保ちながらこう言った。



『あなたはちるの王子様になって』



 その言葉は少女の世界の終わりを示していた。



 次回『外』




  • 最終更新:2014-11-08 18:44:31