第六十話「歌姫の下へ特攻せよ!」

 ■ □ ■

 誰が予想していただろうか。誰がこんな結末を予想していただろうか。誰がこんな阿呆なオチに気づけただろうか。
 何故、こんなにも唐突に幻想空間がひび割れていく。ほとんどの場合、主を倒さない限り開放される事は無い幻想空間が何故壊れていくのだ!

「これは一体……!?」

 驚愕の事態にシズクが呆然となっている中、ツギ・まちはその隙を見逃さずに彼女に接近すると勢い良く両足で飛び蹴りを食らわし、彼女の後ろにある凍ったチャ=ワンにぶつける。
 衝撃でシズクが小さく悲鳴を上げて表情をゆがめる一方、凍った触手は一気にひび割れていき、中に閉じ込められていたチャ=ワンが解放される。氷が砕けた事で気づいたシズクは声を上げる。

「しまった!」
「形勢逆転でござるな!!」

 直後、彼女の背後に着地したチャ=ワンは刀を横に振るい、彼女の顔面を切った。シズクは数歩引いて避けようとするものの、わずかに逃れきれずに顔面、目と口の間にピッタリと横一文字の大きな傷が出来た。
 その痛みに思わずシズクは傷口を右手で押さえ込む。傷そのものは浅く、流血もそれほどではないものの抑えることは出来ないソレは女性の面にはあまり良いものではない。その証拠にシズクはチャ=ワンを心底恨めしいと言わんばかりに睨みつける。

「女性の顔を傷物にするなんて、鬼ですね……!」
「……凍らされたお礼でござるよ。拙者、生憎とフェミニストではないでござるからな」

 チャ=ワンはそう言い捨てながら、刀を構え直す。シズクは咄嗟に軽い回復魔法で傷を治すものの、効果が薄かったのか傷跡そのものは残ったままだ。彼女はその事に気づきながらもロッドを構え直す。

「私、まだ彼氏いないのに……」

 かなり小さな声の呟きが彼女の口から漏れる。運悪く聞こえてしまったチャ=ワンは心の中で謝っておいた。かといって、戦いを止めるつもりもないが。
 早々に相手を倒そうと互いに考える中、どんどん割れていく空から凄まじい歌になってない歌が聞こえてきた。それは音程も無茶苦茶で何を言っているのかまったく分からず、尚且つ耳が裂けるほど大きすぎる半端ない音量の歌。あまりの酷さに誰もが耳を閉じ、早く終われと願わずにはいられない程の爆音を超えた悪夢。
 あまりの煩さに誰もが耳を塞ぐ。水のカーテンは耐え切れず、一気に湖の中へと崩れ落ちていく。その中で幻想空間「水上庭園」はどんどん壊れていく。
 チャ=ワンは耳を塞ぎながら、脳裏にあの悪夢が蘇る。

「こ、これは……ま、まさか……!!」

 歌にも、歌っている人物にも、思い切り心当たりがあった。だからこそ青ざめる。
 その一方、タービィの方も同じタイミングで気づいた。というよりも自分の知っている中では彼女しかやりそうにない存在は知らないからである。両耳を塞ぎながら、タービィは内心ガッツポーズする。

「歌の嬢ちゃん、やりやがった! 耳に来るのは仕方ねぇが、良いタイミングだ……!!」

 高度魔法である幻想空間をぶち壊せるコピー能力なんて少ししかない。その少しの一つ――マイクが今、発動されているのだ。それにこの音は聞き覚えがある。自分達の仲間であるソプラノが以前ぶちかましてくれたものだ。
 正直二度と食らいたくないと思っていたのだが、距離と幻想空間があるおかげでか前に比べるとまだ耐え切れる。ただしチャ=ワンとタービィに限ってだが。

「だ、誰だよ。こんな街中でマイクなんて殺戮音波ブチかましたアホはぁ……!」

 初めて食らったゼネバドルが今にも泡を吹きそうなぐらい酷い顔で恨みの言葉をこぼす。マイクの歌声を防ぐのに必死なのか、その人物が誰なのか考えられる余裕なんて全く無かった。
 タービィは素早く脱ぎ捨てた装備を身に着けた後、器用に両手を耳に押し付けたまま足場をジャンプしていき、紗音達の下に合流する。自分と同じように耳を塞ぐ彼女等に対し、タービィは出来る限りの大声で話しかける。

「嬢ちゃん、無事か!!」
「む、むむむ無理です! 死にそうです!!」
「大丈夫! そんだけでけぇ声出せれば生きれるぜよ!! こんなもん地獄の内にも入らねぇから安心しな!」
「これで!? この威力で!?」

 タービィが勢い良く言いのけた事に紗音は目を丸くして訴える。しかしマイクの音にかき消され、タービィには聞こえなかった。他の二人に目を向けるものの、こちらもマイクの音のせいで戦闘を無理矢理中断させられている。こんな中で戦える奴は耳に障害がある者ぐらいだから仕方ないだろう。
 彼が自分で考えて納得したその時、ピシリと大きな亀裂の音が耳に入った。全員がその音に反応し、最早暗闇しか映さなくなった壊れた空を見上げる。

 途端、幻想空間「水上庭園」はガラスのように砕け散った。足場も水も何もかも全てが砕け散り、何時の間にか八人……否、九人は狭い路地裏の中で立っていた。しかしマイクの音は消えるどころか、先ほどよりもハッキリと耳に入ってきてしまうので苦しみには変わらないが。
 しかもマイク自体カービィの体に直接攻撃できる代物でもある為、幻想空間が消えた今、傷だらけだったタービィの体が耐え切れずに崩れ落ちる。

「タービィさん!?」
「あ、食い逃げ何倒れてんねん!!」
「悪ぃ……。ちぃっとあいつの攻撃食らいすぎてたみたいだ……」

 慌てて駆け寄ってきた紗音とリクに左右から支えられながらも、タービィは息を切らしながら答える。その様子を見た後、辺りに静けさが漂っている事からマイクが終わっている事に気づいたチャ=ワンは逸早く我に帰って叫ぶ。

「皆の者、退却でござる!」

 どこからともなく紫色の球を取り出し、地面に叩きつける。すると路地裏全体に紫色の煙幕が広がっていき、反乱軍四人の視界を防ぐ。その隙にチャ=ワンとツギ・まちは彼等をくぐりぬけ、それぞれ紗音とリクの手をつかんで路地裏から脱出する。
 そのまま路地裏から軽く離れた矢先、大教会の方向からガラスが割れる音が聞こえた。その音に気づいたチャ=ワンが振り向くと、そこからエアライドマシンのワープスター二台がこちら目掛けて飛んでくるのが見えた。
 ワープスター二台は素早く五人の前に回りこみ、止まる。その二つのワープスターにはそれぞれソプラノとローレンが乗り込んでいた。

「みんな、無事!?」
「誰、その二人」

 安否を気遣うソプラノとは対照的に、人数が増えている事にあからさまに嫌そうな顔をするローレン。紗音とリクがとんでもない人物二名の登場に呆気にとられる一方、チャ=ワンは彼女にお願いする。その間、ツギ・まちは二人から傷だらけのタービィを受け取った。

「説明は後でござる! ソプラノ殿、タービィの治療をお願いできるでござるか!?」
「今!? ちょ、それなら操縦を誰かに……」

 ソプラノが驚いた声を上げながらも、ワープスターから降りようとしたその時、七人の傍に青色の車が凄まじい回転を繰り出しながら止まった。あまりの素早さと回転速度に思わず誰もが目を疑った。ただし紗音は別の意味でだが。
 左側の扉が開き、車の中から表が青、裏が水色という特徴を持つ大きな帽子を被った紫色の少年が出てきて、紗音に怒鳴りつける。

「見つけたぞ、紗音! お前、今まで何処行ってたんだ!?」
「もーっ! ずーっと探し回ったんだからね!?」

 続けて運転席に座っている男が文句を言う。後ろ布のある青い帽子よりも左頬にある大きな傷跡が特徴的な水色の男であり、助手席に座っていただろう紫の少年と同い年ぐらいに見える。
 紗音は二人を見て、嬉しそうな顔で名前を呼んだ。それに続き、ローレンとチャ=ワンが感服した声を出す。

「ゼネイト君にタロウ君!」
「うわ、グッドタイミング。まさかここで車が来るとは」
「運が良いでござるな」
「「は?」」
「お願い! 助けて!!」

 呆気に取られる二人にソプラノが前に出て、パンッと両手を合わせてお願いする。ゼネイトと呼ばれた紫の少年は彼女の姿を見て、目を真ん丸にして驚愕の声を上げた。

「ってえええええ!? そそそそそそそ、ソプラノちゃん!? え、ちょ、何で!? え、何で何で何でぇぇぇ?!」
「ごめん、説明は後! タロウ君、その車何人乗り!?」
「え、えと詰めれば五人まで行けるけど……。ってうわ、何その傷だらけの人!!」

 うろたえるゼネイトにキッパリ言い切った後、紗音はもう一人の男東山タロウに勢い強く問う。それに負けたタロウが答えていく中、タービィの姿が漸く目に入ったのか驚きの声を出した。
 混乱してる二人の様子を見て、紗音はどう説明すればいいのか分からなかった。しかし今はそれどころじゃないという事をすぐさま叩きつけられた。

「逃がすかああああああ!!」

 男の叫び声が、先ほど逃げ出した路地裏から聞こえてきた。同時に未だ煙幕広がる路地裏からフレイア・ブラヴドが飛び出し、両手に持った複数のナイフを一同目掛けて投げつける。
 チャ=ワンとワープスターから飛び降りたローレンは一同の前に立ち、飛んできたナイフを全て己の武器で弾き返す。一部戻ってきた武器にフレイアは正面に水のシールドを生み出し、己に突き刺さるのを阻止する。
 いきなりの攻撃にローレンはチャ=ワンに悪態をつく。

「ったく……! 一体何やってたわけ!?」
「戦闘! だがアルケー殿の連絡により、そちらの現状は把握しているでござる!! それでホワイト殿は?」
「拾えなかった。こっちが脱出するだけで精一杯だったよ! どっかの誰かさんがあの殺戮兵器やってくれたおかげでね。ったく三回ぐらい死ぬかと思ったよ……!!」
「……良く耐えれたでござるな」

 心底嫌そうな顔で愚痴るローレンを見て、チャ=ワンは同情した。多分この様子だとソプラノのマイクを至近距離で聴き続けていたのだろう。地獄の境目をくぐりそうになった事にかなり同情する一方、一撃で相手を葬り去る事も出来るあの最終兵器相手に見事耐え切った事に拍手を送りたい。
 その一方、ゼネイトは目の前で行われた戦闘劇に呆気にとられるしかなかった。

「おいおいおい、これテレビの撮影か何か……?」
「ワイもそう思いたいけど現実っぽいんよね……」
「現実逃避は後! 説明してる暇は無いから、簡潔にお願いするね。あたしたちに力を貸して!!」
「私からもお願い!!」

 リクが半ば諦めた様子でゼネイトに答える。直後、ソプラノが彼等に強く言った後、再度お願いする。続けて紗音もお願いする。ゼネイトは女二人のお願いする姿を見て、帽子越しに勢い良く頭をかいた後頷いた。

「……あーもう、了解! 他ならぬソプラノちゃんとダチの頼みだ。受け入れねぇと罰が当たる!! タロウ、いけっか!?」
「いけなくてもやらされるんでしょ? なら全力でやるよ!!」

 乱暴な問いかけにタロウは負けない勢いで答えた。それを聞いた一同の行動はとてつもなく速かった。
 何時の間にかタービィを背負ったツギ・まちがタロウの車の後部左ドアを勢い良く開け、タービィごと中に入る。そしてタービィを座席に置いた後、ツギ・まちは素早く外に出てリクの手をつかみ、彼を無理矢理中に入れる。
 あまりの素早さに紗音等がぽかーんとしている中、ソプラノが聞きだす。

「ねぇ、君達。回復能力と遠距離攻撃できる子、いるかな?」
「あ、回復は俺できます! えぇと遠距離は……紗音の能力かな?」
「え、でもアレほとんど使い道無いよ!?」

 ファンなので素直に答えるゼネイト。しかしそれを聞いた紗音は声を荒げる。
 だがソプラノは彼女の言葉をスルーし、元気な声で頷くと紗音の手をつかみとってワープスターに乗り込ませた。

「オッケー! そんじゃ君は助手席、君はこっち!」
「きゃあ!?」

 いきなりグイッと乗り込まされて、紗音は軽く悲鳴を上げる。ゼネイトはいきなりのそれに驚くものの、すぐ我に帰って慌てて車の助手席に乗り込む。
 タロウは人数分乗り込んだのを確認した後、窓を開けてソプラノに尋ねる。

「何処に行く気!?」
「あ、それは……」
「コンサート会場です! ソプラノちゃんの追憶コンサート会場!! あの人がそこでカーベルの歌を使うって言ってました!!」

 とにかくこの場から退散する事しか考えてなかったソプラノが躊躇する隣、紗音がフレイアがこぼした情報を伝えた。その話にソプラノはもちろん、フレイアの攻撃をひたすら防ぎ続けてきたチャ=ワンとローレンが表情を引き締めた。
 次の瞬間、チャ=ワンとローレンはローレンの呼んだもう一つのワープスターに飛び乗る。ローレンはチャ=ワンを中心に押しのけ、彼と背中越しとなる。

「エアライドの操縦、任せるよ!」
「些か乱暴でも構わんでござるな!」
「お生憎様。こちとらあんた等と関わった時点で安全運転とは無縁になってんの!」
「それは申し訳ない!」

 チャ=ワンとローレンは短い会話をした後、ワープスターを浮かび上がらせる。その様子を見ていたソプラノは紗音をしっかり持ったままワープスターを操作し、一同の前に行くと力強い声で指示する。

「それじゃコンサート会場に向かうよ!!」

 その声を合図に、二つのワープスターと青色の車が凄まじい速さで駆け出した。
 カービィの足では到底追いつけないその速さにフレイアが置いていかれる中、漸く煙幕の中から脱出した三人が合流する。

「連中は!?」
「ワープスターと車使って逃げた。後、ソプラノとローレンが脱出してたからマジで足止めしねぇとやべぇ!」
「分かった。フレイアとシズクはこの事を他のメンバーに連絡次第、屋敷に行って怪我人の処置!」

 相手の答えにゼネバドルは頷くと、素早くフレイアとシズクに指示を送る。二人は了解と頷く。すかさずゼネバドルは反乱軍側四人目――音符模様のついたカエルの帽子を被った女顔の男の子、夏湯にも指示を送る。

「俺とお前はあいつ等を追いかける! 出来るな、夏湯」
「もちろんナノ! 突然変異なめないでほしいノ!!」

 彼は意気揚々と答えた後、全身を水に変えて己の形を変える。球体だった体はあっという間に大きなライトと牙のような飾りをつけた目のついた一輪の重バイク――レックスウィリーとなる。
 ゼネバドルは変わり果てた彼の座席に飛び乗った後ハンドルを握らず、代わりに両手にバズーカを出現させる。それを合図にしたかのようにレックスウィリーとなった夏湯はその機体に不似合い且つ凄い速さのスタートダッシュで走り出した。

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Bパート「静かなる邂逅」

注意:今回ちょっと危険な描写があります。


 その一方、ソプラノが発動したマイクによって壮大な被害が出された大教会兼屋敷とはいうと、凄まじい事になっていた。何せ屋敷中の窓ガラスは割れてしまっており、シャンデリアのいくつかも砕けて落下している始末だ。廊下に飾られていた宝飾品や絵画なども廊下に落ちて無残な姿を見せ付けている。
 あまりにも酷い光景に目を背けたくなる中、壁の中で様子を伺っていたハスは深いため息をついた。

「あぁ、本気でお陀仏するかと思った……!」

 いきなり発動したコピー能力のマイクはさすがに防ぎきれず、一瞬花畑と見覚えのありすぎる少女の姿が見えた。もちろん「まだ来ちゃ駄目」と怒られました。
 それもあってか、マイクの消えた今、ハスは比較的早く復活する事が出来た。壁の外を伺ってみると部屋の中心ではグレムがうつ伏せになって気絶している姿が見える。どうしてそうなっているのかすぐに察しがついた為、ハスは両手を合わせておいた。

「でも良いタイミングで気絶してくれてありがと」

 軽くお礼を言った後、ハスは壁の中から出てくる。恐らく他の住民もこの男同様、気絶している状況下にあるだろう。あんな強力な一撃必殺系統のコピー能力を使われたんだ。無事な奴なんて少数しかいないだろう。
 そう読んだハスが移動しようとしたその時、グレムの横に白色の魔法陣が出没する。ハスが振り返った途端、魔法陣は軽く輝き、その上に一人の男が出現する。赤色のマントを羽織った純白の体を持つ剣士ホワイトだ。
 ハスが慌てて姿を消そうとするものの、ホワイトは一瞬の内にハスに詰め寄って問いかける。

「少年、何者だ?」
「……見ての通り、ただの幽霊だよ。先に言っておくけど僕は大国側でも反乱軍側でも無いよ?」

 内心冷や汗を流しながら、ハスは答える。だがホワイトは納得していないのか、彼を強く睨みつけてくる。その鋭い眼光は並みの者ならばそれだけで屈服し、命乞いをしてしまうだろう。それほどまでに強さを感じさせられる。
 だがハスはどうにか耐え切りながら、自分が今ここにいる理由について話す。

「本当ならさっさと帰る予定だったよ? でも色々と面倒な事になって身動きとれなくなって困ってたんだ。……それを誰かさんがマイクなんてはた迷惑なもの出してくれたからどうにかなったわけ。でも合流できなかったからなー。シアンちゃんの事教えたかったのに」
「彼女の事を知っているのか?」
「知ってるも何も見たよ。彼女の友達と一緒にね」

 シアンの友達。その単語を聞いたホワイトは目を細め、ハスの姿を見る。ハスは足の先端から出ている光の粒は淡い輝きと共に空気中へと消えていく。半透明であるが故、彼越しに向こう側が目に入る。
 それだけでホワイトは目の前にいる少年がどういう存在なのか察し、警戒を緩めた。ハスは内心ホッとする。

「少年、その事について教えてくれないか?」
「良いよ。僕としてもそっちの方が動きやすいからね。だから手短に説明するよ」

 ホワイトの要求にハスは拒む理由も無かった為、簡単に己が見た事と壁の中を器用に移動して集めた情報を教えた。バレないように行動するのは大変だったものの、この屋敷の関係者のほとんどが反乱軍だった為に集める事自体は簡単だった。
 話を聞いていたホワイトは徐々に眉間に皺を寄せていき、表情を変えていく。

「エメラルドの奴、本気で馬鹿げた事をやってるな……」
「でも何でここにいるわけ? エメラルド卿の足止め食らってたんじゃなかったの?」
「マイクの衝撃が地下まで伝わってきた為、あいつが先に撤退した。だから俺もすぐに戻ってきたわけだ」
「なるほど」

 どこまで強烈なんだ、マイク。内心どうでもいいツッコミを入れながらもハスはホワイトの理由に納得した。
 そういう事なら好都合。それに問題のエメラルド卿もいない為、行動するなら今。そう考えたハスは顔を引き締め、真剣な声でホワイトに忠告する。

「彼女と彼女の友人、早くどうにかしないとやばいよ。……色んな意味で。これ、幽霊からの忠告」
「感謝する。それと一つ、質問だ」
「何?」
「お前は戦えるか?」

 唐突な問いかけにハスはキョトンとする。直後、自分が隠れていた壁とは逆方向の壁から三体の異様な形をしたダークマターが部屋の中へと入り込んでくる。ハスがそれに驚いていると、強い魔力を感じて振り返る。そこには人の骨の腕を出したグレムが起き上がり、今にも魔法を繰り出そうと構えていた。
 これから何が起こるのか目に見えて分かる展開にハスはぶっきらぼうに告げた。

「……典型的な絵描型だから無理」
「そうか。なら出来る限り素早く終わらせてやろう」

 ホワイトはそう言うと両手に己の愛剣を出没させた。ハスは巻き添えを食わないよう、後ろに下がった。

 ■ □ ■

 絶えず歌声と雄叫びのような悲鳴がやまない巨大コンサート会場の裏側。多くの者が盛り上がっている最中、その舞台裏である地味な待機室の一つ。
 ソファの上で座らされる形で眠っているシアンを他所に、見張りも兼ねて待機していたフーの下に連絡員としてギンガがやってくる。

「シズクから連絡が来たぞ。連中の大半を取り逃がした挙句、こっちに向かってるのを許しちまったみてぇだ。今、ゼネバドルと夏湯が追いかけ中」
「……幻想空間と地下大聖堂が破られたの?」
「アスファルノイズがバカやらかしたみたい。それでマイクを使われ、一気に突破されたんだってさ」

 彼にしては珍しい呆れた顔で説明する。フーはあのダークマター達の主がどういう人物なのか良く知っている為、納得した。

「あの人、ソプラノの大ファンだったからね。で、どうする気?」
「ユピテルの命令で予定変更。早急に発動させるってさ」
「……こんなに盛り上がってるタイミングで?」

 やるとは思っていたものの、マジでその命令が出された為についフーは聞き返す。ユピテルの性格上、こういう事になると自分の意見を貫き通そうと我を通そうとする。それ以外だと穏やかな人だというのに、どうしてこうも活発に動けるようになるのだが。反乱軍に所属している女というのは度胸と根性がありすぎて、こっちの心臓に悪い。
 ギンガは頷き、体をすくめながら続きを言う。

「俺も驚いたけどマジでやる気みたい。今、大幅に変更している真っ最中だから準備お願いするぞ。んじゃ、他の連中にも伝えなきゃいけないから俺はもう行くねー」
「了解」

 出て行くギンガを見送った後、フーはシアンの方に体を向ける。彼女はまだ起きていないのか、眠っているままである。その様子を見て、フーは起こす為に彼女に近づいていく。
 その最中、彼の帽子であるアンダーが話しかけてきた。

「フー、いいのか?」
「いいよ。元々そういう予定でこちらに入ってたんだから。それに一時的なものだしね」
「……あの能力は御主に大きな負担をかける。しかも今回は普段の倍以上になるだろう」
「構わないよ。それでボクがどうなろうとも、世界がどうなろうとも、関係ないことだからさ」

 真剣な面持ちで忠告するアンダーに対し、フーは何時もと変わらない調子で言い切った。主の様子を見て、彼は聞く耳を持たないのだと察するとアンダーはそれ以上何も言わなかった。

「その割にはダイダロスん時にオレ等をこき使ったくせに」
「そーそー。何回も魔法唱えさせられて、何度舌噛みそうになった事か」
「フーも死に掛けたしさー」

 一方でセンター、レフト、ライトはアンダー同様フーがやろうとしている事が分かっているらしく、遠回しにやめておけと伝えていく。フー自身これからやる事が「らしくない」事だというのは分かっている。
 だけども、やる以外の選択肢を選ぶ気は端から無かった。フーは三体の言葉を全て無視し、眠っているシアンの体を揺さぶって起こす。震動で起きたシアンは眠たげな目を開かせていき、そしてフーを見て色気の無い悲鳴を上げた。

「どわああああああ!!」
「煩い」

 ぺちっと彼女の頭を軽く叩いて、悲鳴を止めるフー。叩かれたシアンは思わず悲鳴を止め、フーを見る。その瞳には不安と恐怖の感情が入り混じっているのが良く分かった。
 フーは彼女を慰める事などせず、簡単に用件を言う。

「予定変更。キミに歌ってもらう事になったよ」
「……何でさ」
「兵力増加の為。ある意味ダイダロス並の最悪のリサイクルさ」
「何で……」
「洗脳して歌わせてもいいけど、それだと意味が無い。あの歌は歌を知っている者本人の意思で歌わないと意味が無いからね」
「何で!!」
「……何が聞きたいの?」

 何で何でと言うから説明していったものの、シアンはぶんぶんと体を左右に振りながら叫んでいた。その様を見て、フーは小さくため息をつきながら問う。
 だけどシアンは言葉が出てこないか、俯くだけだ。フーは聞きたい事がありすぎるのか、と勝手に納得した。
 反乱軍が調査したプロフィール(どうやって調べたかは聞いてない)によると、彼女自体は引きこもり気味の普通の少女だ。多分普通の人に比べて大分打たれ弱いだろう彼女にとってサザンクロスタウンの惨劇から続くこれまでの出来事は、精神的にも肉体的にも厳しいものがあるのだろう。戦士でもギブアップしているぐらいのものでもあるから尚更だ。
 しかしフーは彼女に同情なんてする気は無かった。フーにとってシアンは嫌いなタイプの女の子に当てはまるし、好む気にもなれなかったからだ。だからといって殴って支配するタイプでもない為、今は彼女の言葉を待つだけだ。
 シアンの方も落ち着いたのか、軽く深呼吸するとフーに向かって尋ねた。

「何で反乱軍にいるの?」

 それは自分が反乱軍として姿を見せた時と似たような問いかけだった。彼女の表情が心底理解できないと言っている。どうやら、これは理由を言わないと先に進ませてくれそうにない。そう思ったフーは答えになってない答えを口にした。

「……生きたいからかな?」

 彼女に答えた途端、脳裏に蘇る世界大戦の時の記憶。生きていたけど死んでいたような、生きて戦いながらも全てが終わっていたような、あの時の絶望にも諦めにも似た感覚が浮かび上がってくる。
 だけど目の前の理解していないシアンの顔を見て、フーはそれを奥底に押し込めると自分の帽子をとり、横に置く。それを合図にしたかのように彼の両足に浮かび上がっていた不気味な顔の模様――レフトとライトが薄い煙となって消えていく。
 何も纏わない姿となった彼はシアンの右頬に優しく触れ、扇情的だと思わせる流し目と妖しげなる誘惑を促す笑みを浮かべ、どこか潤みを帯びたそれでいて聞くもの全てを惑わすかのような色気のある声で告げる。

「今から、キミとボクは一つになる。だから、後は、自分で探して……ね?」

 夕日を思わせる体は同じ球体だというのに、あまりにも魔性を帯びており、自分とは比べ物にならないほどの色気を見せ付ける。何を見ているのか分からない翠と蒼の瞳はただ自分だけを見つめていて、吸い込まれそうになる。何よりも不気味で妖しく感じながらも、それでいて人の心を惑わせる邪なる美を飾る笑みが彼自身から漂わせる他者を惑わせる全てを彩らせている。(yunaからの注意:否定の魔女キャラクターは基本カービィ体です。擬人化は脳内だけでお願いします)
 その官能的な姿は女のシアンから見ても、あまりにも見惚れてしまうもので、ごくりと唾を飲み込むしかなかった。
 彼女の顔を見て、フーは笑みを保ったままもう一つの手で左頬にも触れるとそのままゆっくりと顔を近づけ、動けなくなっているシアンの口に己の口をつけた。その際、軽く彼女の口を舐めるのも忘れない。
 直後、フーの全身がどろりと溶けていき、シアンの全体を包み込んでいく。その最中、彼女の口へと自らを入れていくのも忘れはしなかった。

「――――っ!?」

 いきなりの事にシアンが声にならない悲鳴を上げるものの、それはぬめりのある液体という原型を失った姿のフーによって遮られる。そして全身を包み込まれ、視界が闇に飲み込まれていくと共に意識も落ちていった。

『シアンちゃん!!』

 シアンはその際、誰かが名前を呼んだ気がした。女性の声なのは分かったけど、誰なのか分かる前にフーに飲み込まれた。

 やがてぬめりのある液体はシアンの体と同化していき、その姿を見えなくした。しかし今のシアンの体は狐色であるものの、わずかに夕日色が混ざっているようにも見える。気絶していた彼女の瞳が開かれていく中、その色は茶ではなく、翠と蒼のオッドアイとなっていた。

「完了……っと。みんな、お待たせ」

 シアン……否、シアンの体と融合したフーは待機していた四つの使い魔に話しかける。レフトとライトはそれぞれ紫の気体、橙色の気体となってアンダーとセンターの隣に浮かんでいる。
 目隠しもヘッドフォンも無かった為、すぐ傍で見てるしか出来なかった四体は様々な反応を出した。

『……エロォ……。フー、何時から遊女になったのさ』
『うわぁ、僕こーいう存在でよかったって凄い思ってる。ホント色々な意味で。今の光景、他の人の前でやったらやばいもの』
「人が来ないのを祈り続けながら、バクバク心臓が鳴ってたこっちの身にもなれっての! 何よ、あのお子様お断りフィールド!! 最近それしてないからって、これはやりすぎ!!」
「…………ちょっとは自重しろ」

 レフトは素直な感想を口にし、ライトはやや目を反らしながらため息をつき、センターは素直に文句を吐き、アンダーは深いため息をつきながら告げる。四体の言葉を聞いたシアンの姿のフーは少女に似合わぬ不気味で纏わりにくい笑みを浮かべて言った。ただし、目は全く微笑ませないで。

「何時ものことでしょ?」

 一見さらりと言っているように見えるが、実際は有無を言わせない重圧をじわりじわりと与えている。その様子に三体が青ざめていき、一体が静かに悟る。これ以上この事で何か言ったら主の雷が落ちる、と。だから彼等は黙り込み、主の言葉を待つ。
 フーはそれを見て満足そうな顔をすると、即座に何時もの調子になって四体に戻るよう指示を送る。

「それじゃ、レフトとライトは足に戻って。アンダーとセンターも頭に。あ、でも歌う時はアンダー達には降りてもらうからね」

 了解、と四体の魔は答えると各自何事も無かったかのようにフーの体に戻っていく。身に着けているのが狐の娘である事さえ除けば、依頼屋フー・スクレートの普段の姿が戻った。
 シアンの体を手に入れたフーはその姿のまま、待機室から出て行った。この時、誰も青ざめた顔になっている幽霊の存在には気づかなかった。



 次回「バトルロイヤル」




  • 最終更新:2014-06-15 18:26:07