第六十四話「おいでませ、タワー・クロック!」

 ■ □ ■

『これはこれは面白い道筋の持ち主に遭遇してしまったようだ。モザイク卿、こいつはまだ殺さずホロの回収を優先させろ』

 十年前。己が誕生して長い(しかし閣下から見れば少ないにも程がある)年月が経ち、やっと閣下と出会えた年のこと。彼女と出会い、彼女の命ずるがままに力を使ってきた中で止められたのは思わぬ理由からだった。
 閣下は絶望を具現化したような美しく燃え盛る炎の中、まだしぶとく生き残っていた兵士と思われる男を起き上がらせる。民族衣装を思わせる緑のフードをはしたない事に閣下はめくりまくった挙句、何か見たのか納得したように頷きながら言った。

『ふむ、通信機器がまだ生きてるか。しかしそれもまた好都合。そろそろ妾について話したかったところだからな』

 この混乱に満ちた世界に対し、閣下は名乗り出る体制に出ていた。この当時は知らなかったが、恐らくこの段階からダイダロスの軍勢を発動させるお考えがあったのだろう。それに何をやろうとも私は閣下に逆らうつもりが無かった為、どっちにしろ何も言わなかった。その後、私は当時の大国にスパイとして赴いていたホロを回収する為、閣下から離れた。その際ホロに面白い道筋について言葉を洩らしてみたら思わぬことを言われてしまった。

『とれさま、しゅうせい、やる』

 時が来た。その意味が私には理解できなかった。ホロに尋ねても何も答えなかった。
 だから後に「皆殺し」と呼ばれる事件が終わり次第、夜明国に赴く途中で閣下に面白い道筋とホロの言葉について尋ねてみた。

『その時になれば分かるのではないか?』

 しかし答えをはぐらかされてしまった。その時は意味が分からなかった。十年後、サザンクロスタウンでの騒動が終わってから唐突に伝えられて事を知るのは別の話。
 私は修正の理由をそれほど重くはとらえていなかった。だからなのか、トレヴィーニ閣下が描こうとする物語への執念がどれほどまでに大きいのか良く理解できていなかったのかもしれない。
 その為、

「最高の物語を描いてこい」

 出発する直前、我等に別れの言葉を告げた閣下の顔が美しすぎて、その裏側を探ろうなんて思わなかった。

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 雪が降り注ぐ。それこそ雨と同じように降り注ぐ。絶え間なく彼らの全身に襲い掛かり、丁寧に整えられた道路も雪に覆われていく。色んな人が踏んでいくから固まってツルツル滑る氷の大地になってしまっている始末だ。それを民は承知しているのか、雪を崩しやすいようにと比較的高い建物は何らかの施設でない限りほとんど無く、逆に屋根が独特なものが多かった。
 大陸の最北端、独特の文化をくみ上げて育ってきた街の名は「タワー・クロック」というもの。その名を示すシンボルである時計塔は湾曲したフォルムを描くDNAの螺旋を思い浮かばせる外観をしており、その中にキラキラと輝く白く鮮やかな塔を作っている。もちろん英数字を滑らかに描いている巨大な時計も張り付いている。これだけならば幻想的で素敵だと誰もが思うだろう。ホテルなんかよりもずっと高く、見上げ続けているといずれ小さな体が尻餅をついてしまうんじゃないかってぐらいの高ささえ無ければ。
 正直言って「規格外」そのものの時計塔を見上げ、唖然とした様子で呟くカービィがお一人。

「これを……上るのか……?」

 ナグサである。元々タワー・クロックについては勉強していたし、時計塔の存在も知っていたもののここまで巨大だとは予想外。この塔の最上階にハイドラパーツを管理する守護担当ベルテスがいる為、向かわなければならないとはいえど逃げたくなるほどである。しかも運の悪すぎる事にエレベーターが丁度点検中らしく、上るならば自力でしなければならない。逃げたくなる。

「たっかーい!」
「レクイエムにすりゃよかった……」
「うわぁ、筋肉痛になりそう……」
「そんなにきついもんかな?」
「観光客の人は大体エレベーター使ってるから、そんな意見は聞いた事無いですね」

 このどでかすぎる塔に対し、ミルエは無邪気に笑い、ログウはため息をつき、フズは顔が引きつり、空を飛べるクゥは首を傾げる。そんなクゥに対して結構ずれた回答をするのはセツ。

「エレベーター無しって普通にきつくねぇか?」
「前はエレベーターだったから楽だったけど、今度は大変っぽいね」
「イブシ隊長、飛燕隊長、それ笑って言う台詞じゃないと思うんすけど……」

 一方で仕事上来た事のあるイブシと飛燕が時計塔を見上げながらこれからの事を呑気に話している中、零式が軽くため息つきながらツッコミを入れる。
 こんな感じで時計塔を上ることにある程度の者が躊躇する中、その一人であるナグサは深いため息をついた。

「一応移動用のコピーの元は買ってるといえど、こりゃ死ねそうだわ……」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫と言われる状態で上りきる自信が無い」
「いや、サザンクロスタウンであんだけ伝説作っておいて言う台詞?」
「打開者の場合、何を言っても色々と説得力が無いよ」

 心配するセツにナグサは正直な気持ちを言ったものの、ログウとクゥから厳しいツッコミが入った。それらを言われると反論の余地が無い為、押し黙るナグサ。

 さてさてタワー・クロック行きとなっているのはナグサ、ミルエ、イブシ、飛燕、零式、ログウ、フズ、セツ、クゥの九名。戦力としても説得しても充分なメンバーである彼らがまず行うのは規格外の高さを受け持った時計塔を上りきることだった。
 嘆いていても始まらない為、一同は時計塔のこれまた無駄にでかく、無駄に装飾された扉をどうにか開いて中に入る事にした。中はというと中央にエレベーター用と思える細い柱、壁には延々と螺旋階段がある以外ほとんど何も無く、階ごとの天井も床も無く恐らく一番上まで吹き抜けとなっているという良く言えばシンプル・イズ・ベスト。悪く言えば本当に上がるしかないというもの。

「な、何これ……!」
「欠陥住宅にも程があるだろ、これ?!」
「レクイエムかブルーブルーに行けばよかった……!」

 想像以上の凄まじさにログウ、ナグサ、フズが圧倒される。無論ナグサ以外の二名はここを選んだ事にかなり後悔しながらだ。

「天井どこにあるのかな?」
「多分ずっとずっと上じゃないでしょうか?」
「君等ってかなり呑気だよね」

 一方でミルエとセツは三人とは全くかけ離れているけど同じところに関して話していた。そんな呑気な会話を聞いていたクゥは鋭いツッコミを入れるものの、二人はそんなに気にしてなかった。
 こんな感じで彼らがドタバタする一方、大国防衛隊隊長格の三名は「行くぞー」って感じに六人に声をかけてから階段を上り始めた。エレベーターが動かないから当然である。その後をミルエ、セツ、クゥが続いていく。もちろんクゥは背中の羽で飛びながらだ。その光景に最早逃げられないと判断したナグサ、ログウ、フズもまた階段を上る事となった。

 もちろんこれが地獄への始まりなのは言うまでも無かった。

 最初こそ、最初こそ皆平気だった。何だかんだ言いながらも新しいメンバーでの会話を楽しみながら階段を上がっていたし、ある程度の段数を上がる事は日常と同じものである。だから最初こそ! 防衛隊での丸秘エピソード(ダム・K不幸伝説やジャガールの階級無視しすぎ鉄拳制裁など)やらミルエが風来コンビやツギ・まちとやらかした食い逃げ伝説(これを聞いた時、防衛隊組が話し合ったのは言うまでも無い)やらそれぞれが主にサザンクロスタウンで体験した冒険劇(今思うとあの戦いであの人数が生き残れたのは奇跡だ)などなどと様々な話題で盛り上がったものだ。
 だがそれも入り口が見えなくなり始めたところまで上がれば話は別だ。話題は尽きるし、疲労は溜まるし、自然に歩みも遅くなる。それでもまだまだ終わりは見えず、上り続けなければならないのかと思うと力が抜けていく。
 ぜぇぜぇと息を切らせながらナグサはこの無限と言っても過言じゃない螺旋階段にぶつぶつ文句を言う。

「理不尽だ。何もかもが理不尽だ。本当に何処まで続くんだよ、この鬼階段……!!」
「ナッくんキレてる?」
「キレてないよ! えぇ、キレてませんとも!!」
「ナッくん、ヤケになっちゃ駄目だよ」

 何時の間にか隣で一緒に階段を上ってた(ナグサの歩みに合わせてくれてた)ミルエはヤケになって逆ギレしているナグサの頭をナデナデしてあげる。言い返したい気持ちはあったものの、それを上回る勢いでナグサは赤くなってしまって何も出来なかった。その様子に全員スルーして階段を上ることにした。

「あの二人、放っておいていいんですか?」
「馬に蹴られたくない」
「野暮な事はしたくない」
「あーいうのに手を出したら痛い目見るのはこっちだ」
「下手に首突っ込んだら溶けるよ?」

 セツが二人を振り返りながら訪ねるものの、ログウ、フズ、零式、クゥが一斉に答えた。四人の言葉にセツは何が言いたいのか察し、初々しい二人を放っておく事にした。
 色々脱線してきている最中、先頭を進んでいた飛燕はイブシに笑いかけながら尋ねる。

「イブシ、そろそろ良いんじゃないかな? ここまで上がってきたんだしさ」
「でもかなり個人差出るぞ、許可出したら」

 許可を出す、というのは能力の使用に関してだ。こんな人知を超えた高さを持つ時計塔を己の足だけで上るのは困難な為、どんなものでもいいからスムーズに上がれやすくなる方がいいだろう。しかし能力によってはかなり差が出る為、お勧めできるかどうかは微妙。
 イブシもまたデメリットの方を心配するものの、飛燕は苦笑に切り替えて本音を口にした。

「本音言うと僕がきついんだ。だから零式にお願いしようと思って」
「おめぇ、副隊長アッシーに使うなよ……」
「あははは、細かい事気にしたら駄目だよ」

 少し呆れた顔になったイブシを軽く流した後、飛燕は立ち止まると後ろにいるメンバーに向かって能力の許可を出した。

「みんなー! 自分の能力使って上がっていっていいよー!」

 次の瞬間、一部を除いた全員の目が一斉にギラリと輝いた。その勢いはまるで肉食獣のようで飛燕は思わず「アレ、カービィってこんな目つき悪かったっけ?」と思うほどである。一方でイブシは巻き込まれないようにと一旦歩くのを止め、壁に背を任せてため息をつくだけであった。

 その直後、零式は己の武器にもなる金色の角ばった翼を広げて飛燕の手をつかんで真っ先に飛んでいき、ログウは己の背中にジェットを出現させてその後を追いかけ、ナグサとミルエはあらかじめ買っておいたコピーの元を飲み込んでウイングとなって彼らを追いかける。出遅れたフズは大慌てでスケッチブックにウィリーを描き、実体化させてそれに乗り込むと段差による衝撃に耐えながら走っていった。まるで台風が巻き起こったのかと錯覚しそうなその素早さに残されたセツは唖然とし、イブシとクゥはただ呆れていた。
 ぱちぱちと瞬きしながら疾風の如く飛んでいった一同を見送りながらも、セツは二人に尋ねる。

「……お二人は上らないんですか?」
「体力の温存だ。それに能力を工夫すればどうにかなる方だからな」
「ペース配分間違えると死ぬからね、ここ」

 イブシのごもっともで落ち着きのある返答に続き、クゥが遠くを見ながら答えた。セツは意味がよくわかんなかった。
 その意味が分かったのはある程度上っていったところで、体力切れて階段上にバテて倒れてる仲間達とそれを見越した上で呑気に茶を飲んで待ってた飛燕と合流した時だった。

 ■ □ ■

 中盤から飛ばした為に、終盤はほとんどの者が死んだような顔で階段を上っていった。もちろん何度か休憩を入れながら、である。時間はかなりかかったもののどうにかこうにか時計塔の最上階へと辿り付いた。
 そこはどういうわけか床がつるつるした半透明という使用になっているものの、曇りガラスなのでまだマシである。また階段を上って真っ先に目が行くのは、円形に切り取られた大きな枠の中で無数の歯車が絶え間なく回っているという時計塔の大時計の裏側だ。よく見ると若干歯車が枠から食み出ていたりする。
 そして、大時計の裏側の前方に立つのは一体のカービィ。先にベルのついた暁色の二股帽子を被り、その両手には大きなベルを持った黄色の青年だ。
 彼はぺこりと頭を下げながら、やけに演劇染みた様子で挨拶する。

「ようこそ、大国防衛隊の皆様及びに否定の魔女トレヴィーニとの対決を選び、神々と出会う事を許された運命の打開者。ここはその神々と出会うことができる時空の塔。君達が来るのを待っていたよ。僕の名前はベルテス。タワー・クロックの守護担当であり、時空の塔の門番だよ」

 詰まる事無く滑らかに、それでいて不自然さを感じさせずに言い切ったところはさすがと言えよう。可愛らしい顔つきをしているにも関わらずこの事を口にした彼――ベルテスはとてもとても凛々しく、神秘感が溢れていた。
 が、そんな彼に対して返事したのは苦笑いを隠そうとしない飛燕であった。

「ごめん、素敵に名乗ってくれるのは嬉しいんだけどとりあえずバテてる彼等を休ませていいかな?」
「……そういえばエレベーター故障してたね」

 一部除いて疲労で死に掛けてるメンツを見渡し、ベルテスはエレベーターの不調をやっと思い出した。どうやら今の今まですっかり忘れてしまっていたようだ。
 クールすぎるリアクションにナグサは疲労に満ちた体に鞭を打ち、ツッコミを入れる。

「わ、忘れたらあかんでしょうが……!」
「とりあえず回復させるから待っててね。ノックク、クノック!」

 ベルテスはナグサのツッコミを無視し、手にもつベルを大きく鳴らして己の従者の名を呼ぶ。
 すると彼の左右に一回り小さな黄色いカービィがぽんっと可愛らしく出現した。右側にいるのは一様時計を思わせる飾りを頭につけた薄い黄色の少年、左側にいるのは長針と短針を連想させる一様針の飾りを頭につけた濃い黄色の少年である。両者共に背中から時計の針を連想させる細長い翼を下向きに生やしている。

「こんにちは。ボク、ノッククです」
「始めまして。僕、クノックです」

 二人は揃って自己紹介した後、体を浮遊させて一同の傍に赴いていく。そして互いの飾りを輝かせ、彼等の周囲に時計の幻影を出現させて針を逆回転させていく。グルリグルリとさかさまに回転していくにつれて、少しずつ疲労が消えていく。それはまるで砂時計のようにさらりさらりと零れ落ちていくように。
 今まで味わった事の無い回復の力に何人かが戸惑う中、イブシは冷静に能力を見抜いた。

「こいつは驚いた。カービィは何でもありなのは知ってるが、時まで操れる奴まで出てくるとは」
「おっ、カラクリ分かった?」
「分かるも何もこいつ等の能力は己の指定した対象の時間を操る事、だろ? 見るからに普通のカービィじゃねぇし、回復で食らってるんだから解析は簡単だ」
「事前情報もあったからそれを証明する証拠をくれたから答えはあっさり出てきたよ」

 イブシの説明に続き、飛燕が付け加える。さすがは隊長格だとベルテスは評価し、満足そうに微笑んだ。
 そんな彼等を他所に早々に回復が終わった為、ミルエはノックク&クノックにお礼を口にする。

「ありがとね、ノッくん、クノッくん!」
「それ、ちょっとややこしいですよ?」
「もうちょっと捻ってほしいですよ」
「大丈夫。ミルエちゃんなら見分けはつけると思うから。……多分」

 渾名をちょっと嫌がる時計っ子達であるものの、ナグサのフォローを聞いて渋々納得しておいた。どうやら最後に小声で呟いた「多分」は聞こえなかったようだ。
 その時、頃合を見計らっていたベルテスが仕切りなおしと言わんばかりに一同に尋ねる。

「さて、この時計塔に来たという事は神様に会いに来たと見ていいのかな?」
「僕もいるんだから確認するまでも無いと思うけど?」
「……相変わらず手厳しいね。僕は確認のつもりで聞いたんだけど」

 クゥから速攻返ってきた毒舌にベルテスは口だけ嫌そうに、でもなんともなさそうな表情で返す。
 実際クゥの言うとおり、タワー・クロックに来た目的の一つに神々との接触がある。後はハイドラパーツ(否定の魔女はドラグーンパーツと間違えていたが)の回収とここに襲撃する事が予測される否定の魔女一派迎撃だ。他のメンバーと違い、相手側のメンバーも目的も理解しているから覚悟を決めやすい。
 特にナグサにとってここは自分にとっても飛燕にとっても要だと思っている。もしもここで失敗してしまえば、十年間にも及ぶ過ちを正す事も、否定の魔女に魅了されてしまった恩師クウィンスを救う事も出来ない。

『――否定の魔女を滅ぼすと言った以上、妾に心を奪われた恩師を救ってみせるぐらいの力量を見せてみろ』

 トレヴィーニ直々に与えられたチャンス。彼女にとっての滅びの物語が盛り上がる為の山場。例え、それが彼女の道楽であるにしても、彼女の掌で踊らされている事実であろうとも、全力でクウィンスを助け出す為なら乗ってやるだけだ。
 だけどただクウィンスを助けるだけでは何の解決にもならない。もう一つやらねばならない事が存在する。それは十年間にも続いている飛燕という誤った存在の修正だ。
 飛燕は大国防衛隊二番隊隊長の男性となっているが、実際は違う。現在飛燕と呼ばれている者の本名は飛流という飛燕の双子の妹であるのだが、マナ氏の作り出したMahouの粉によって自他共に飛燕と飛流を誤認させているのだ。その切欠が精神崩壊したクウィンスを助ける為というものらしいのだが、皮肉な事に否定の魔女復活直後、飛燕になってしまっている飛流の冷徹な判断がクウィンスを狂わせて否定の魔女に逃避させる結果になってしまった。
 その事も含め、ナグサはクウィンスも飛燕も叩き起こして本当の意味で救い出そうと重い決意を固めている。それが簡単に出来ることではないというのは重々承知の上でだ。
 こんな風にナグサが今回の目的を思い返していたら、ミルエとセツが彼に話しかけてきた。

「ナッくんナッくん」
「ナグサさーん」
「ん? 何?」
「あー、こりゃ話聞いてなかったっぽいな」

 何で呼ばれたんだろうと己が尋ねてみると零式が呆れた口調で返す。ナグサは意味が分からないものの、ふとベルテスの方に顔を向けてみる。彼は足元にベルと時計をモチーフにした黄金色の魔法陣を展開させ、左右にノッククとクノックを配置させて一心不乱に三つのベルを鳴らしていた。その様子をイブシとクゥ、飛燕が黙って見物している。
 何の儀式……じゃなくて魔術だ。一瞬怪しげな儀式(主にベルテスの荒々しいベルの鳴らし方が原因)に見えたが、ひしひしと感じる魔力から特別な魔法なのは瞬時に分かった。隊長格が止める様子が無いところ、害のあるものではない筈だ。
 不思議そうにしているナグサに対し、フズが簡単に説明する。

「これからベルテスさんが神様のいる空間に扉を開いてくれるんですよ」
「ハイドラパーツは?」
「神様方が持ってるらしいよ」

 ログウの返答を聞き、ナグサはこれまでの流れを何となく把握した。要するに己が思考に没頭している間に、目的の多数を解決させてくれる神々の下に行く交渉が終わったから今から扉を作っているという事だ。
 だったら始まるまで待つとするか。ナグサは内心呟き、すぐに思考に没頭しようとしたらミルエが話しかけてきた。その顔は心配そうなものをしていた。

「ナッくん、クーちゃんの事で悩んでたの?」
「……そんなところ。多分緊張してるんだと思う」

 実際は半分正解半分ハズレだ。クウィンスの件はある程度のメンバーに話しているものの、飛燕の件についてはややこしいので自分と飛燕ぐらいしか知らない。後で説明が面倒になるのは目に見えているが、解決した方が受け止めやすいだろう。
 ミルエに心配されるほど顔が強張っていた事にナグサはこれから大丈夫なのかと自分を心配する一方、ミルエはちょっとキョトンとした顔をした。

「ナッくんが緊張するところ初めて見た」
「それ、ちょっと失礼だよ」
「でもナッくん、肝据わってるじゃん」
「それとこれとはちょっと別。というか僕の場合、ヤケクソが多いの」
「そなの? でもトレヴィーニの時はかっこよく滅ぼすって言い切ったじゃん。アレ、ヤケクソじゃなくて啖呵でしょ?」
「まぁ、そうだけど……って待った! かっこよくって!?」

 同意しかけたものの聞き捨てならない単語を耳にしたナグサはツッコミを入れてしまう。ミルエはこくりと頷き、小さな微笑を浮かべてくれた。

「だってあの時のナッくん、かっこよかったもん」
「……いや、でも、あの時は、その……み、ミルエちゃんがいたから……」

 純粋な好意からの言葉により、ナグサは途端に顔を真っ赤にしてどもりながら反論する。小声だからあまり説得力は無いが。
 実際あの時トレヴィーニと対峙した際、ミルエが否定の魔女に発砲しなければ否定されていた可能性が高い。だからナグサはミルエのおかげで言えたようなもんだと考えている。といってもこの事を本人を前にして言うのはかなり照れ臭い。
 全身真っ赤になっててコピー能力のファイアーを連想させるような状態になってるナグサに対し、ミルエは体を左右に振ると普段と変わらない無邪気な様子で告げた。

「ナッくんならミルエがいなくてもトレヴィーニに言い切ってたよ」
「な、何を根拠にそう言えるのさ」
「だってナッくんのこと大好きだもん!」

 太陽の如く眩しく暖かく、付け耳と頬のハートの刺青のおかげで倍増している愛らしい無邪気な少女のような笑顔と己の事を全く疑わず、心の底から信じきっている可愛らしい自信に満ちた声、そして何よりも直球ストレートに表現された己への好意。それら全てを一まとめにした挙句、極上にブレンドしたミルエの姿はナグサにとっては核爆弾を投下されたようなものだった。
 沸騰を軽く超えるぐらいの勢いで益々真っ赤になったナグサは両手で顔を隠した。あまりの嬉しさと恥ずかしさでまともにミルエの顔を見る事が出来ないし、反論する言葉も全く見つからない。頭がぐるぐる回り、さっきまで何を考えていたのか思い出せないほど真っ白になっていく。
 ミルエはどうしたのだろうと思い、ナグサの顔を覗き込もうとする。その行動に彼は大慌てで声を上げる。

「あ、あまり見ないで! ちょっと今、顔すっごい事になってるから!」
「ほえ? でもナッくん、笑ってるよ」
「わーーーっ! お願いだから言わないで~!!」

 手の隙間からちょろっと見えた口元の笑みをミルエが指摘すると、ナグサは必死で大声を上げた。
 そんな青春の一ページにも似た光景を眺めていたフズは正直な感想を述べた。

「甘酸っぱ! 完璧二人の空気ですね、アレ」
「ここに女達いたら絶対盛り上がっただろうな。特にレイム辺り」
「……僕の体、溶けてませんよね?」
「大丈夫。まだ大丈夫。でも不意打ち来たら、一気にやられるぞ」

 続けて零式がコイバナというものを好むメンバーを思い出しながら呟き、その隣でセツが真剣に自分の体を心配する。ログウが返答しながら注意を入れた。ただし内心では大丈夫だと確信しながら。
 もちろんこの四人共にナグサとミルエの会話を楽しんでおり、ニヤニヤを隠せる筈が無かった。イチャイチャバカップルなら殴りたくなるものの、初々しくも微笑ましいものならば応援したくなるのが人の性である。
 しかしそんな光景も長続きはしない。

「おいそこー。ニヤニヤ光景堪能してるのはいいけど、扉開いたよー?」

 その証拠にクゥが物凄く呆れた顔と口調で六人を呼んだのだから。
 それを聞いた瞬間、ナグサは内心ホッとしながらも残念な気持ちになり、ミルエはちょっと頬を膨らまし、見物していた四人は空気読めと怒りそうになった。
 何とも分かりやすい彼等の反応を見たイブシもまた呆れ、飛燕は苦笑する。魔法に集中していたベルテスは話についていけずに不思議がる一方、ちょくちょく様子を見ていたノッククとクノックは残念そうな顔をしていた。

 ■ □ ■



 ――感じた。彼等が漸く動き出したのを。
 混沌と呼ばれる物体を炎に置き換えた存在は特別な空間への扉が開いたのを感じ取り、すくりと立ち上がる。今、自分達は幻想空間にて戦闘の準備を行っていたところだ。こんな事が出来たのもこの世界を支える神々のサポートのおかげであるのがちょっと複雑であるけれどもそうは言ってられない。
 これから己の主である否定の魔女の命により、運命の打開者と称された主人公とその仲間達に襲撃を加えるのだから。

『……ホロ、クウィンス、準備の方は?』
「できてる」
「何時でもいけますよ」

 かがり火の子供と魔女によって堕ちてしまった女は答える。混沌の炎モザイク卿は「そうか」と言うと、幻想空間の扉を開いた。彼等との戦いに相応しい神々の空間への扉を。



 次回「神々の空間」


















  • 最終更新:2014-06-15 18:28:45