第六十八話「幻想の終末」

 ■ □ ■
幕間「幻想」



 それは馬鹿げた夢物語。



 大切な人が消えていく事実に嘆き続ける女がいました。

 過去という幸せが崩れる事を恐れた女がいました。

 苦しく辛い事実に二人の女は、過去から逃げる事を選択しました。過去から目を背く事を選択しました。

 そのまま逃げて逃げて逃げ続けていきました。

 その先にこそ、己の望んだ理想の幸せがあると信じて。

 でも、二人の女が互いに殺し合う結果になったのは何故なのでしょうか。

 苦しい過去を誤魔化して、逃げ続け、自分本位になっていたから?

 一瞬の幸せを願って、過去からずっと偽り続け、そのまま罪を重ねていったから?

 それはどちらにも分からない。

 ただ分かっているのは、このままだと幸せにはなれないという結果。

 それでも二人は抗います。己の幸せを崩すモノを壊し、望んだ未来をつかみとりたいが故に、幼稚で馬鹿げた方法で。

 二人は気づきません。そんな壊す方法なんかで、自分勝手な考えで、幸せなんか得られる事なんて出来ない事に。



 だからこそ、彼は、炎を纏います。



 過去に囚われ、過去に恐れ、幸せな未来しか見ず、今を直視しようとしない女に、現実を突きつける為に。

 一瞬の幸せを願ったが故に、今も過去も何もかもの己を偽って生きようとする女に、真実を突きつける為に。

 真の幸せと逃げ続けた罪を自覚させる為に、彼は悪魔の炎を身に纏います。

 彼も悪魔も願うのは、彼女達の本当の幸福。偽りではない、真実の幸福。





 ちっぽけな幻想はいずれ終わるもの。さぁ、夢から目覚めさせましょう。





 彼女等が望んだ幸せを彼女等自身に崩されてしまった、あの子の為にも。




 
 ■ □ ■

 橙という派手な色だというのに、どこか空虚な印象を与える炎に囲まれた中、それを生み出したホロコピー状態のナグサはただ二人に告げる。

「これ以上、二人が戦い合う理由は存在しない。いや、僕がさせない。僕が、終わらせるから」

 その周囲に浮かぶ火の玉がぼぉっと光を強める。彼の言葉に同意するように。
 飛燕は唖然としていたが、すぐに目を刃のように細めてナグサを睨みつけながら言う。

「……ナグサ君、恩師が死ぬのを嫌がるのも分かるけどそこを退いてくれないか」
「それはできない。そんな事したら、本末転倒だよ」

 動じる素振りも見せず、ナグサは体を横に振って静かに言い返す。直後、飛燕の周囲を橙の火の玉が無数に出現した。いきなりの事態に飛燕が驚くものの、視線の先にいるクウィンスが苦虫を噛んだ以上に酷い顔になっていたのを目にした。
 その時タイミングを見計らったように、火の玉はすぐに消えた。そこからボトボトボトと落ちるのは火の玉の数に見合った銃弾。飛燕はそれを見て、初めてクウィンスが能力を使ったのだと理解した。
 先から煙が出ているライフルを手にしたままの彼女に振り返り、ナグサは凛とした態度で言い放つ。

「クウィンス、無駄だよ。僕は彼の炎をコピーした。だから、通じない。通させない」
「……何故、ですか。何故、邪魔をするのですか。私は彼に平穏を崩されたのですよ!!」

 己の邪魔をするナグサに苛立ちを感じ、クウィンスはライフルを地面に叩きつけながら怒鳴りつける。その様子にナグサは怯む事無く、理解した。
 なるほど、そこが彼女の憎しみの元となっているのか。……トレヴィーニも結構浅はかだな。
 若干だがトレヴィーニに呆れながらも、ナグサは運命を狂わされた挙句に散ってしまった彼の事を思い出しながら、クウィンスにハッキリと反論した。

「その台詞、どっちかっていうとウェザーの方が相応しいよ」
「え?」

 あぁ、知らないのか。クウィンスの呆気に取られた声を聞いて、ナグサは己の理解が真だと確信する。
 この事実は今の彼女に告げるのはとても残酷な事だ。もしかしたら耐え切れず、壊れてしまうかもしれない。それぐらい不安定な精神を持っている彼女には、苦な事だ。
 でも受け止めてもらわなければならない。どんなに辛くても事実、目を背ける事は決して出来ない起きた事なのだから。
 ナグサは彼女をしっかりと見据えたまま、クウィンスにウェザーの最期を簡潔に伝えた。

「トレヴィーニがどう誤魔化したかは知らない。でも、これは覆せない事実だよ。……あなたはトレヴィーニの命令で、ウェザーを撃ち殺したんだ」

 その言葉に、クウィンスは言葉を失った。両手に持った武器が、音を立てて落ちた。でも彼女に拾うほどの余裕は無かった。先ほどとは打って変わり、顔を青くして声を震わせ、目の焦点も合わせられずに訴える。

「そ、そんな……待って、ください。ウェザー君は、グリーンズにいる筈じゃ」
「誰に聞いた、そんな事」
「トレヴィーニ様は、私にそんな命令なんて一言も……!!」
「否定っていう凄いズル技があるだろ。それにあの時、ほとんど接点が無い状態だったんだ。だから、あなたはウェザーと知らずにウェザーを殺す事が出来た。純粋にトレヴィーニの為になると思い込んだまま、ね」

 ナグサは己の中の考察をクウィンスに突きつける。実際クウィンスがどんな状況にあったかは知らないものの、散々見せ付けられた彼女の能力とトレヴィーニ等の言葉から推測すれば、どうやって殺したのかは大体想像がつく。
 ただ、彼女は知らなかったのだ。己が誰を殺したのか、知らされていなかっただけなのだ。知ってしまっても、トレヴィーニの力を使えばいくらでも誤魔化せる。「否定」はそれぐらい残酷なほどに優しい嘘に満ちた力なのだから。

「あ、あああ……。そん、な……私は、私は……ウェザー君を……」

 クウィンスはぺたんとその場に座り込み、頭を抱えてうわ言を繰り返す。
 殺してない、殺してない、殺してない、そう願いたいというのに、心の何処かでナグサの言葉は真実だと理解してしまっている。あぁ、でもそれを受け止めたら、私は、私は……っ!!
 言葉が出てこない。頭がグチャグチャになっていく。まとまらない。ねぇ、どうして、こうなった? トレヴィーニ様は、私の女神様は、なんで、こんなことを。ナグサ君は、なぜこのことを。ああああああ、一体何が、真実。だれか、おしえてよ。だれか、うそだといってよ。
 頼りになる大人、冷酷なスナイパーの姿から一転し、母親を見失った心細い幼子を思わせる弱さを帯びた姿となった恩師を見下ろしながらも、ナグサは謝罪を込めながらも己の思いを伝える。

「ごめん、クウィンス。……でも、知らないままで終わらせたくなかったんだよ。それじゃあまりにもウェザーが報われない」

 忘れない。忘れられない。忘れてたまるものか。
 友達によって救われたと思った瞬間、ウェザーは、否定の魔女と死霊の王の残酷な策により、この世から散った。精神的な惨劇から解放された筈が、それが無残にも砕け散った。
 許せるものか。よりにもよってそれが、魔女に心を奪われた恩師の手によるものだなんて、許せるものか。こんな理不尽で悲しくて、酷い事を、許せるものか!
 燻る怒りが止まらない。思い返す度に憤怒する。己の弟分を追い詰めた様々なものに対する怒りが、止まらない。
 だからこそ、だからこそ、ウェザーが望んでいただろう、二度と叶わない未来の為にも、己はこの惨劇に終止符を討つ。

 ナグサはクウィンスから一度体を背け、飛燕と対峙する。

「飛流、これはクウィンスだけの罪じゃない。あなたの罪でもある」
「……あぁ」
「……ウェザーの件を受け止めてくれてる事は感謝しているよ。でも、あなたをそのままにする気は無い」
「理由を、尋ねてもいいかい」
「救われないからさ」
「誰が」
「みんなが。誰よりも、飛流自身が」

 ナグサの言葉に嘘偽りは無い。けれども飛燕からすれば、やはり受け付けられない言葉であった。何せ飛燕から見れば、ナグサは己の全てを否定しているようなものだから。
 飛燕の顔に出ていたのか、心理を読み取ったのか、ナグサは小さくため息をつくと周囲に浮かせた火の玉を大きくしながら言う。

「飛流、……悪いけど僕の辞書に遠慮の二文字は無いんだ」
「あるのはギャンブルの五文字かい?」
「大正解」
「……君、昔と比べるとホンッッット性格変わったよね」
「お前にだけは言われたくない!」

 心底成長を嘆く声色を聞いたナグサは、思いをツッコミに変えてぶちこんだ(といっても裏手ツッコミですが)。
 自分でも結構逞しくなった気がするけど、その大体の原因は否定の魔女によるものであるのでぶっちゃけ反論は出来ないのだが、これからの事を考えるとどうしてもツッコミを入れずにはいられなかった。
 だからナグサは目に鋭さを帯びさせ、勢い強く断言する。

「――だから、戻させてもらうよ! 幻想を燃やし尽くすこの炎で!!」

 直後、ナグサの生み出した火の玉が飛燕目掛けて縦横無尽に飛んでいく。
 飛燕は咄嗟にその場からジャンプし、炎を回避すると頬をon!に切り替え、己を無限に分身させるような錯覚を見せ付ける。しかしナグサは怯む様子を見せず、ただ一点――本体――だけに目標を定める。
 さすがにこの視線には気づいた為、飛燕は全ての分身と共に先が丸い簡単な杖――『ミラー』の杖を取り出すと、ナグサを囲む円となってミラー独特の砲撃を発動させる。ビーム・レーザーとも錯覚しそうな銀色の砲撃であるけれど、それの最大の利点はミラー同士でぶつかっても反射しあい、結果的にターゲットにしか当たらなくなるということ。理論は不明であるが「そういうもん」なので、相手にした場合は少ない可能性に賭けて、逃げ切るしかない。
 ただし、あくまでもそれは普通の能力者である場合の話。今、ホロという悪魔の炎をコピーしたナグサには大した代物ではない。

「言っただろ、飛流」

 ナグサの全身が橙色の炎が包み込む。その一秒後、全てのミラーの砲撃が彼を包み込んだ。凄まじい光が周囲を包み込み、呆然としていたクウィンスもさすがに顔を背け、目を瞑ってしまうほどだ。
 その場だけが真っ白なライトばかりに包まれ、純白に包まれる中、中心に橙色が宿る。
 飛燕がそれを認識した直後、砲撃全てが大きな音を立ててひびわれ、炎に包まれながら砕け散った。

「!?」

 目の前の光景に、飛燕は驚愕する。これほどまでに断ち切る炎の力が強いのかと、己の力が意図も簡単に破られたのかと。
 ナグサが持つホロの力は先ほどまでのやりとりを見れば分かるとおり、己の能力とは限りなく相性が悪い。ホロ自体が戦闘に出てくる事が無かった為、能力に関する情報が無かった事は否めない。だから一旦“見た目”だけの攻撃で相手を屈服させようと思ったのだが、それさえも燃やしてしまう程の力なのが発覚しただけだった。
 完全にミラーが消滅し、無数の飛燕に囲まれている中でナグサは炎を収めながら語る。

「高度すぎる幻惑はこちらに真と思わせ、その思い込みから傷を負わせる。実際には膨大な記憶から引き出し、独自にくみ上げた魔力も入ってるんだろうけど……そんなのは問題じゃない。知ってる者でも、知らない者でも、よっぽどの対処法が無いと普通に殺されてしまう最悪の攻撃手段だ」

 ――そう、飛燕の能力は相当恵まれているものだ。本来ならば戦闘能力は無いのだが、彼自身の努力と才能によって補い、魔法と能力を組み合わせた独自の術にまで改良した結果、ほとんどの相手ならば簡単に倒せるほどの力となった。
 実際、ナグサも対処する方法が無かったらやられていたと思う。それにクウィンスの方も同等にやりあえていたのは、昔からの付き合いと魔女というチートがあったからである。
 だから、敵の手を借りたという事実がちょっと不服ではあるものの、打開できた己を見せ付けるように飛燕に言ってやった。

「だけど相性が悪すぎたみたいだね。ワンサイドゲームにしかならない」
「……」
「抵抗したいならすればいい。できるものなら、ね」

 無言で睨みつけられながらも、ナグサは真剣な顔つきを崩す事無く言い、指を鳴らす。すると三人を囲んでいた橙色の炎に彩が宿り、壁から触手が生えて飛燕を包み込む。
 燃やされると思い、回避しようと思ったのだが自然と熱くは無かった。ただ鼻につくのは、何かが焦げていくような臭い。その臭いを嗅いでいく中、唐突に頭に流れ込んでくるのは、知らないのに知っている記憶。異なる記憶。

 否、真の記憶。



 割れたガラスを持って狂気の悲鳴を上げる眼鏡の女。

『どうして私だけここにいるのですか!? どうして飛燕はここにいないのですか! どうしてホロはここにいないのですか! あの炎が引き離したのですか!? あの炎が二人とも殺したのですか!? 飛燕とホロは一緒に、あの炎で死んでしまったのですか!?』

 誰よりも愛しい男が死んだ。とてもとても大切にしてきた子供が消えた。この苦しい闘いの中、彼女を狂人と呼ばせるほどの絶望に叩き落とすには十分すぎる材料。



 答えの見つからない討論を繰り返す男女。

『……分かっていても、信じているんだよ。こいつ等はクウィンスがちゃんと戻ってくるって信じてるんだよ!! だから……だから私達の言う事を聞いてるんだよ。我慢してるんだよ! 彼女だけは、彼女だけはちゃんと戻ってきてくれるって信じてるから、今会うのを我慢してくれているんだよ!! そんな二人の気持ちを今、へし折るつもりか!!』
『ならルヴルグは今のクウィンスをどうにかできるのかよ!? あんなに狂って、壊れて、傷つけて、死んだ男しか受け入れようとしない、今のあいつを!!』
『そ、それは……。だが! 今ここで子供達の前で、まだ仮定でしかない事を口にしていいという理由にはならない!!』
『ふざけんなっ!! 今誤魔化していてもどうせバレるんだ。下手な期待を持たしたら、傷を負う。その傷がでかすぎたら、こいつ等も使えないって理由で国に殺される!!』

 今でこそ隊長と呼ばれており、多くの者を引き連れている二人。けれどもこの時は非力でしかなくて、ただ溜まっていた鬱憤をぶつけ合うように、声を上げて叫びあうしかなかった。



 ただただ大好きな人が戻ってくるのを待つしかない二人の幼子。

『……クウィンス、やっぱり死んじゃうの?』
『やだよ。くいんす、いなくなっちゃやだ』

 力が無く、ただ彼女の愛情を受けながら守られてきた二人――ナグサとウェザーは願う事しか出来なかった。二人の、少なくともウェザーの願いは今も変わらなかった。ただただ、彼女との幸福を望んでいただけ。



 その間で落ち着けと叫ぶしかない青の者。

『……傷をえぐりあうな』

 悲鳴を上げたいのは同じ。彼女に戻ってきてほしいのは同じ。でも手段が見つからなくて、でも友が鬱憤をぶつけ合って、それでも手段が見当たらないから、落ち着かせる事をするしかない。でもそれは、あまりにも救いが見つからないから。



 これほどまでの醜い中で救われていて救われない提案を上げる緑の女。

『……僕は見たくないんだ。僕の分身である兄さんが死んで、皆が悲しむのは。あの時死ぬべきだったのは僕だったのに、兄さんが死んでしまったから僕はその身代わりにならなちゃいけない。今、この国が必要しているのは僕じゃない。飛燕なんだ。……少なくともクウィンスにとっては』

 双子の兄妹。何もかもがそっくりで、ただ性別だけが違う。愛した人が違う。生きたか死んだかが違う。探せば違いは見つかるけれど、それでも他者から見るとそっくりすぎた二人。
 だからこそ生きている“妹”は、死んでしまったからこそ必要になった“兄”に成り代わる事を選択してしまう。



 こうなってしまった元凶の一つである白の男。

『Mahouの粉の実験体立候補者の飛流さんに会いに来ました』

 マナ氏と呼ばれる、強すぎる力を持った無限の魔術師がもつ“Mahouの粉”という代物を使い、十年間も己も皆も欺き続けるという、中途半端にしか救われない返って残酷な手段を、選択してしまう。



 あぁ、流れ込む。否、舞い戻ってくる。偽りにした記憶が、真となって己の中に戻ってくる。幻想を燃やし尽くす炎によって、Mahouの粉が焼かれ、飛燕を飛流へと戻していく。
 少しずつ思い出されていく記憶に溺れていく中、飛燕は(飛流は)、誰かの声を聞いた。

『悲しませてごめんね、でも十年間ありがとう。だから、もういいんだ』

 自分と似ているようで、でも若干低いその声は十年以来に聞いた兄の、真の飛燕の、声。

『飛流は飛流として、生きてくれないかな。嘘を続けていても辛くてたまらないのなら、全部吐き出して幸せになってほしい』

 その声は心の底から妹を、真の飛流の幸せを願うもの。慈愛に満ち溢れた、優しい言葉。

『イブシやルヴルグ、ジャガールにナグサ君……そしてクウィンスと一緒に、飛流自身の幸せをつかんでくれ』

 これは夢幻なのか。炎が見せる幻惑なのか。己の妄想なのか。それは分からない。
 でも、一瞬だけ、己の目の前に姿を現した己と瓜二つの男の姿を見て、“彼女”は反射的に手を伸ばして、彼の名を口にした。



「飛燕、兄さん……」



 その瞬間、炎が消えて、本来の世界が舞い戻る。



 ■ □ ■
Bパート「幻想の終末②」


 ミルエ側では唐突に混沌の炎の壁が消失し、消耗戦になりかけていた持久戦が終わりを告げた。
 ほとんど一方的な終わり方に対し、安心よりも困惑が湧き出てきた為、疲労感を持ったままイブシとミルエは警戒する。

「今度は、何だ……?」
「降参!? 降参なら遠慮なく受けてあげるよ!?」
「ミルエさん、落ち着いて! イライラのいきすぎでテンションがハイになってますよ!!」
「そういうセツも若干溶けてる! というか良く今まで溶けなかったな、お前?!」
「い、今気づいたけどログウさんが熱い! 熱気漂ってる!!」

 ミルエを宥めようとするセツ。そんな彼に対し、ログウは思わずツッコミを入れる。そしてログウの隣にいるフズは汗を拭きながら、彼から距離をとる。
 そんな中、五人からある程度離れたキューブの上にモザイクは球体の姿として降り立つ。彼の姿を確認すると、五人は即座に戦闘に入れるように構える。ただログウ以外は疲労を隠し切れず、息も上がっている。何せ一方的な炎の攻撃を防ぎ、かわすことしか出来ずに延々とそれを繰り返されてきたのだから、疲れも溜まるってもんだ。寧ろ良く疲れだけで終わったもんだ。
 しかしそんな状況下、疲れの元凶はというともう一つの戦場――ナグサ達の方を眺めながら、呟くだけだった。

『なるほど。これが閣下の言葉の意味か』

 ただ見ているだけでは把握は出来ない。一見いかにも余裕と言わんばかりの態度であるものの、モザイクも先ほどの戦闘に集中するのに必死だったので実は今も精一杯なのである。
 それでも彼にはわかるのだ。向こう側で何が起きたのか、彼が望んだ事が起きたのか、それらの欠片をだ。もう一つの炎がいるだけで全てを把握できる。

『……後は、王手を決めるのみ。さてさてどんなに醜く、美しい光景を見せてくれる事やら』

 ここまでくれば彼等と戦う意味は無い。終わりの時を待つだけである。
 勝手に自己完結したモザイクはその場に座り込み、ナグサ側を完全に見物する体勢に入った。
 五人の方はというとそんな状態のモザイクを見せ付けられ、黙ったままでいられるわけもないので、一同を代表してイブシが苛立ちなどを隠さずに話しかける。

「おい、モザイク卿。勝手に終わらせて、どういうつもりだ?」
『今、戦う理由が無くなったからだよ。役目がまだ一つ残ってはいるけれど、君達に関する役目は消えた。正確に言うと時間が無くなったというべきか』
「……向こう側と関係があるのか?」
『それは君が一番知っている事では無いのかい?』

 モザイクから返された言葉に、イブシは言葉を詰まらせる。その顔は何とも複雑そうなもので、戸惑いと喜びと怒りと悲しみとが伝わってくる。
 その様子を見て、悟る。十年もの間、主が面白いと笑い、彼が傷として背負っていた幻想が終わりを告げたのだと。終わりを告げた幻想から解放され、本当の現実が舞い戻ってきたのだと。
 あぁ、自分らしくもない。絶望以外に喜びを感じるなどと、彼の心が自分にも宿ってしまったのだろうか。
 自虐の意味を込めながら、モザイクは笑みを浮かべて言う。

『幻想の一つが終わりを迎えた。相当な力技ではあるけれど、あのお方が望んだとおりの結果になったのだよ』

 炎の中に浮かんだ三日月の笑みは、どういうわけか穏やかなものに見えた。

 ■ □ ■

 橙色の炎が全て消滅し、三人の間に静けさが走る。
 ナグサは目の前でぺたりと座り込んでいる黄緑のカービィに話しかける。

「飛流、戻ったか?」

 十年間呼ばれ続けてきたものとは違う、真の名前を口に出された飛流はぴくりと体を震わすとゆっくりと顔を挙げ、半ば呆れた顔で答えた。

「……ナグサ君、強引なのは嫌われるよ?」
「戻ったんなら何より。……戻ったんだよな?」
「あのさ、何か勘違いしてるみたいだから言うけど……僕は元々こういう口調だよ? それに十年間も飛燕だったっていうのに、今更口調なんて戻せるわけないでしょ」

 何処か呆れた口調で返す彼女の言葉を聞く中、その声色には何処か吹っ切れた様子が見えた。どうやら口調はそのままであっても、精神はしっかりと戻ってこれたようだ。
 凄まじく荒っぽい方法で記憶を取り戻しさせた、最悪の事態を想定していたものの、どうやら彼女に関してはもう心配は無さそうだ。

「女性に戻れたんだから、私って一人称に変えたらどうかな? 中性的な見た目してるんだから、きっと似合うよ」
「ははは、考えておくよ。このままだと兄さんと丸かぶりだからね」

 ナグサの軽口に飛流は軽く笑って返し、立ち上がる。そのまま顔の向きをナグサから、何時の間にか(恐らく己が記憶を取り戻す間に)同じキューブの上に立っていたホロに向けて尋ねる。

「僕が僕に戻る時、飛燕兄さんの声が聞こえたんだ。それについて、知っているかい?」
「とれさま、もってた。ほろ、わたされて、いま、つかった。それだけ」

 ホロは淡々とした口調で簡潔に答えた。大雑把ではあるが何とも分かりやすい。
 飛流はトレヴィーニの意外なおせっかいに内心感謝する。彼女の事だから物語の起承転結の一つとして組み込んだだけなのだろうけど、このサプライズは大きかった。でなければ、自分はきっと受け入れられなかったかもしれないのだから。
 そこまで思い、ふと気づく。もう一人、






「歩こうよ」



「どんなに苦しくても、立って歩こう。あなたには一人で歩ける足がある」



「それでも歩けないというのなら、僕が支えになる。これからはずっと離れない、ずっと一緒にいるから」





「どうして、こんな私なんかの為に……! 私は、私はぁ……!!」
「クウィンスが大切だからだよ。あなたがいなければ、僕はここにはいなかった。だから、生きてほしいんだ」





















「ほろを、ころせ。それが、おわり、だから」



「とれさま、ほろぼす、かくご、きめた。なら、しょうめい、する! くいんす、ひえん、ひりゅう、すくった」



「だから、たちきれ。かこ(ほろ)を、いま(なぐさ)で、たちきれ」



「それこそが、ぼくのねがい」



「ばいばい、くいんす!」






  • 最終更新:2014-06-15 18:31:08