第六十五話「神々の空間」

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 ベルテスが出現させた複雑な時計模様を描いた門を開き、ナグサ一行は神々の存在する世界へと飛び込んでいった。門の中は白く光り輝いており、目を開かす事も困難だったけれども入る事自体は簡単であった。

 そして今、彼等は不思議な空間に降り立っていた。
 無限の星の輝きを持つ漆黒の空の下、真っ白な正方形のキューブがふわふわと様々な場所で均等に浮かんでいる。奇妙な事にキューブの真下に見える凸状の真っ白い円形ドームからは見た限り食み出ていない。というよりもドーム自体が大きすぎて食み出ようとする事自体が困難だろう。ちなみにドームからはキューブと同等のものを思わせる柱がいくつか立っており、高さ自体はバラバラであるものの近くで見ると圧倒されてしまう。
 色々な意味で「幻想」と呼ぶに相応しい空間を眺めていたナグサは人形屋敷とは違う意味で感心する。

「幻想空間の中でも凄いの見たな……」
「あー、ナグサ君。今解析してみたけどコレ幻想空間じゃないから。マジもんだから」
「は!?」
「幻想空間は一時的に現実世界から切り離してるけど、これはそうじゃない。れっきとした現実世界。正確に言うと規模は小さいものの現実として認識される僕等の住む世界とは異なる世界。分かるかな?」
「どうにか。ってか何でここにいるんだ、飛燕さん」

 隣でこの世界に関する解析+説明をやってくれた飛燕に対し、礼を言う前に突っ込んでしまう。何で自分はこの人と同じキューブに立っているのだろうか。(自業自得とはいえど)一番気まずい人なんだが。
 ここまで必要な時以外は話を避けていた同士である為、妙な沈黙が走る。飛燕は隊長としての余裕なのか、ニコニコしたままだ。ナグサは大国にやった事の恨みを晴らされると勘付き、視線から逃れる。その際仲間が何処にいるのかを確認する。どうやらそれぞれ別々のキューブの上に立っているらしく、飛べるクゥと零式は空中からメンバーの確認をしているのも見えた。全員無事なようだ。
 向こう側もこちらに気がついたのか、二人が翼を羽ばたかせてナグサ達のいるキューブに降りてくる。零式はすぐさま飛燕に駆け寄り、簡潔に報告する。

「飛燕隊長、全員の無事確認済みです。またこの世界全体から強い魔力は感じますが魔女とは異なります」
「ご苦労。どんな魔力か解析するのは無粋かな?」
「やってもいいけど、時間かかるよ」

 飛燕の質問にクゥがあっさり答える。そのタイミングを見計らい、ナグサが彼に話しかける。

「クゥ。零式さんはあぁ言ってるけど……」
「多分まだ来てないだけ。もしくは魔女の力を使って隠れて待っているんだと思う。さすがのキュービィでも否定の魔女の力に勝つには難しいからね」
「キュービィ?」
「あぁ、彼の事」

 聞き覚えの無い名前にナグサが不思議そうにすると、クゥは斜め下……つまり巨大なドームを指差した。その行動の意味が最初分からなかったもののふと自分等の体とドームの形状を並び立ててしまい、察する。だがそうだとするとあまりにも非現実的すぎる。いや、カービィという存在そのものが何でもあり且つ否定の魔女や不揃の魔女という規格外が存在する以上、無いわけではないのだが受け止めるにしても頭が追いついてくれない。
 否定してくれ、と願いながらナグサは震える声でクゥに確かめる。

「ま、まさかあのドーム……」
「うん。巨大なカービィだよ。ついでに言うと君等が足場にしてるキューブも彼の体の一部」
「どんだけ何でもありなんだよ、カービィ!?」

 返って来てほしくなった答えにナグサは反射的にツッコミを入れた。しかもビシィッと裏手付で。会話には参加してなかったものの、飛燕と零式も同じ感想なのかドーム……というかキュービィの巨大頭部とクゥを交互に見ている。それも中々の速さで。
 もう何が来ても驚かない自信が出来てきた中、不意に空間全体に尊大な声が響いた。

『――クゥ、これで全員か?』

 あまりにも深く耳に残る音声は、居心地が良いけれども何か違和感を感じさせるもの。
 何処から聞こえてくる声なのかは分からないものの、少なくとも仲間達の声ではない。ならば必然的に枠は狭くなる。現在足場となっているキュービィかもしくはハイドラパーツを管理する「神」のどちらか。
 その答えは世界の中央に体を向け、跪いたクゥが物語る。

「はい、イクステオ様。タワー・クロックより参られた運命の打開者こと「主人公」のナグサとその仲間達はこれで全員です」
『そうか。それならば姿を見せねばならないな』

 イクステオと呼ばれし存在の声が答えた途端、世界の中央にソレは出現した。
 一言で言えば巨大な白色の球体。左右から整った水色の輝きを放ち、球体そのものも同色の直角で曲がる薄い線が描かれている。近未来的なデザインをした球体の回りには淡い黄緑色のわっかが幾重にも重なって回っている。その姿はまるで宇宙の最中にある惑星の一つのように思えた。
 球体の中心は割れ、その中に見えるのは影を思わせる黒しか身に纏わないカービィ。ただ通常のカービィと違うのは球体と同じ近未来的な額の紋様と生気を感じさせない彼そのもの。
 同じだけど、違う。
 誰もが新たに現れたこのカービィの存在にそう悟る事が出来た。魔女とは異なる強すぎる力の持ち主だと、理解する事が出来た。
 同じだけど違う存在――イクステオは水色に染まった口をゆっくりと開き、重々しい声と口調で名乗る。

『我はイクステオ。汝等の世界の空間を支えし者、否定の魔女の滅びを望む者の一人』

 シンプルな姿形だけれども己等とは異なる姿と力を持つイクステオに誰もが注目する。
 神という存在があまりにも強すぎたのだ。ただの偶像、魔女と同じ力が強すぎるだけの存在、そう考えていたと言うのに、あっという間に破壊されてしまった。
 圧倒的な存在感、対峙するだけで分かってしまう圧倒的な力の差、それでいて息苦しさを感じさせない自然のような何か、大いなる存在だというのに自然と受け止められる光。
 あぁ、これこそが神なのだ。絶対的な力を持つ存在ではないれっきとした「神」の姿。惨劇を好む魔女とは異なる、絶対的な創造主たる「神」のお姿。

『問おう。そなた等は全てを知っても尚、否定の魔女を滅ぼすほどの思いがあるか』

 空間の「神」たるイクステオはその威厳を崩す事無く問いかける。

『この世界の真実を。我等の存在理由を。「否定の魔女」という物語の意味を』

 とても無慈悲で滑稽で残酷で、馬鹿馬鹿しいこの世界の真の意味を。



 誰にも止められる事も出来ず、イクステオの口から語られていくのは世界の真実。物語の真実。魔女の真実。

 この世界は否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガンが死ぬ為だけに産み落とされた世界。

 否定の魔女を殺す為だけに多くの神々、超越した存在が手を貸し、彼女の望む死を必死になって導く滑稽な世界。

 その為に何回も何回も文明を変えていき、滅ぼしていき、戦争を繰り返す一つ覚えの残酷な世界。

 八百年前のスカイピアも、大国を苦しめ続けてきた世界大戦も、何もかもが否定の魔女の自己満足の世界。

 全ては否定の魔女トレヴィーニが死ねばいいだけのこと。だから神々は何回も何十回も何百回も繰り返してきた。

 けれども否定の魔女トレヴィーニを殺せるほどの勇者がまだ見つからない。存在していたけれども否定されてしまった。

 だが今回ここまで否定の魔女トレヴィーニが期待するのは大きなこと。この物語で終わらせる事が出来れば、全ては終われる。

 全ては終わる。否定の魔女トレヴィーニが終わるから、この世界も終わる。彼女の自殺世界も漸く終わる。

 すなわちそれはこの世界に生きるカービィ達全ての終焉を意味する。



 要約してしまえば、こんなところだ。だけどもそれはあまりにも残酷すぎるものだった。
 誰もが滅びを望む存在が世界を創造した張本人であり、その本人が死ねば己等の世界もまた滅んでしまうという壮大すぎるもの。しかも神々はそれを肯定した上で否定の魔女が死ぬ事を最優先として、物語そのものに味方をしているから溜まったもんじゃない。
 壮大なスケールの自殺願望に誰もが言葉を失った。絶望に近い感情を抱いてしまった。否定の魔女の意見を真っ向から立ち向かったミルエでさえも、何もいえなかった。
 ただただ沈黙が走る。誰も何もいえない、沈黙が走る。静か過ぎるがゆえに耳の痛い空間の中、イクステオは諦めにも似た思いを抱きながら瞳を閉じる。
 この者達に、トレヴィーニは殺せない。全てを受け止めた上で、全てを破壊するほどの覚悟を持つ者でなければトレヴィーニは殺せない。だからこんな事で絶望を感じる彼らには、無理だろう。
 今回こそと期待を抱いていたから、酷く失望した気持ちを持つイクステオ。しかしそれを打ち破る笑い声がこの小さな世界の中に響き渡った。

「アーハッハッハッハッハッハ!!!!」

 唐突な笑い声にイクステオを含む誰もが発信源――ナグサに注目する。彼は珍しい事に両手で体を抑えながら、涙目になって爆笑していた。両足でしっかり踏ん張っていないと今にもキューブの上でグルグル転がらんばかりの勢いでだ。

「な、ナグサ君……?」
「隊長、何か怖いんですけど!」
「……なるほど」

 いきなりの奇行に二番隊主従が圧倒される一方、クゥは何かを察したのか口元に笑みを浮かべる。
 漸く笑うのをやめ、涙を軽く拭きながらナグサはイクステオに体を向けてニッコリ笑う。目は全くもって笑っていない。

「ごめんごめん。ここまで性質の悪い事聞いてくると笑いが止まらなくてさ。トレヴィーニが滅ぶとこの世界も終わる? この世界はトレヴィーニが死ぬ為だけにある? 僕等という存在は物語完結の為の礎? 何をふざけた事を抜かしてるんだ、あんた。そんなくだらない結末、誰が望んでる? 誰も望んでいるわけがない。勝手に決め付けてるのはあんた等だろ。それに世界が終わる可能性があんたから見て高いだけだろ、バカ。そうやって考えて他人に押し付けて、傍観してるバカにそういう事言われたくないんだよ」

 絶望を全く感じさせないほどの威風堂々とした態度で「神」を相手にしているというのに、一歩も怯む事無く己を全く崩さずに言ってのけた。明確な悪意と罵倒を乗せながら告げていく言葉に見えるのは、何者にも揺るがない強い意志。
 何も言い返さないイクステオに対し、ナグサは返事を聞くよりも早く右手を前に出してどんな存在にも揺るがす事の出来ない決意と共に命令した。



「僕が結末をひっくり返してみせる。だからハイドラパーツを引き渡し、ここで起きるべき物語を開幕させろ」



 ――それは神に刃を向ける反逆者であり、魔王に鉄槌を下す勇者にも見えた。
 誰とも異なる勇気を持った青年の姿を見ていたイクステオは閉じていた瞳を開き、納得した様子で呟く。

『なるほど。だからこその「主人公」か。なればその要求、応えよう』

 純白の魔女に対抗すべき主人公に対し、空間の神は彼の右手に置く形でハイドラパーツを出現させた。どこからとか、どんな原理とか、考えさせないほど自然に置かれる形でだ。
 神のやる事だから何でもありだろうと割り切りながら、ナグサはハイドラパーツをカーベルから貰ったベルの中にしまいながら礼を言う。

「ありがとう、空間の神。……ってそういえばもう一人は?」
『彼奴は極度の恥ずかしがり屋だ。よっぽどの事態で無ければ初対面の存在に会おうとしない』
「了解しました。うーん、会いたかったんだけどな」

 神様なのにそれはありなのか、と考えながらもナグサは落胆を隠さない。魔道書の事などでお礼を言いたかったのだが無理そうだ。
 そんな光景を眺めていたイブシは呆気にとられていたものの、漸く口を開いて疑問を口にする。そこにフズがぽかーんとした様子で何度も瞬きしながら呟く。

「……あいつ、何時からあんな男前になったんだ?」
「何というか一気に印象変わったような……」
「あ、あれ? 何かミルエさんが動かないんですけど!?」
「うええ?! ちょ、マジで!?」

 偶然同じキューブの上同士になったセツがミルエを覗き込んでみるものの反応が無い事に慌て、その言葉を聞いたログウが裏返った声を上げてしまう。
 ぺちぺちぺちとセツがミルエのほっぺを叩き、正気に戻させる。

「生きてますか、ミルエさーん!」
「ふにゃ! ……あ、うん。生きてるよ」
「その割には顔、赤くないですか?」

 漸く現実に戻ってきたミルエであるものの、セツが指摘するように顔はやや赤く染まっている。
 ミルエはこくんと頷き、ぽーっとナグサの方を見つめながら珍しく大人しくうっとりした様子で呟いた。

「うん。……びっくりしちゃった。ナッくん、パパみたいにかっこよかったから」

 今まで色々とかっこいい姿を見てきてはいるけど、自分ひとりの力あんなにも勇猛果敢に言い切った姿は初めてだったから、心の底から見惚れてしまった。まるで自分を支えてくれてきた父のように頼もしくてたくましくて強いものだったから余計に。
 一言で言えば「こいするおとめ」な状態のミルエにセツもさすがに気づき、大慌てでログウに向かって叫んだ。

「ログウさん! 僕、溶けちゃうかもしれません!!」
「その時はリア充爆発しろと何度も念仏しろっ!」

 即答だったものの、その内容は聞いてて何か悲しくなるものだった。生憎とセツはそっち方面に関して欲しいと思わない人種であるけれども、ログウの切実な叫びには同情してしまった。ロボットなのに彼女ほしいんか。
 とにもかくにも一部の空気が桃色になってきはじめた中、イクステオは真顔を崩してさっきとは打って変わった声を出した。

『あまずっぺー』
「さっさともう一個の本題入らんかい! 顔緩ますなぁぁぁぁっ!!」

 直後、それを遮らんばかりのナグサの怒号が響いた。彼の顔が赤いのは最早言うまでも無い。でもってほとんどの者がイクステオに同意した事も言うまでも無い。
 しかしイクステオはナグサの言葉を聞き、すぐに顔つきを元に戻して重い声で告げる。

『既に本題には入っている。何、私も向こうも最高のタイミングを見計らっているだけの事』

 その言葉と共に、亀裂が空に起きる。ピシリと小さな世界の空にひびが入る。割れた隙間から熱が零れ落ちる。整わない混沌とした火が、落ちる。

『さぁ、見せてみろ。否定の魔女トレヴィーニの望む結末を得られる自信があるというのならば、その証明を我等に見せてみろ』

 空間の神は無慈悲に告げながら、その身を殻に閉じ込めて姿を消す。それに合わせてクゥの姿も消えた事からか、神様達はこれからの闘いに参戦する気は皆無のようだ。
 赤から青、青から黄色、黄色から紫、紫から黒、黒から緑、緑から藍色、藍色から赤色、赤色から緑色、様々な色彩を気持ち悪く変化させながら混沌とした炎が、代わりに中央に近いキューブの上に降り立つ。

『始めましてというべきか、久しぶりというべきか、どちらにしてもこんにちはと言うべきであろうか』

 やけに耳に残ってしまう体に響くような低音の声が炎から漏れる。炎の形がカービィのものへと変わっていく。
 あぁ、この世界の気温が彼のせいで高くなっていったというのに、湧き上がるのは心を凍りつかせるような悪寒ばかり。

『感じるよ。気高くて踏みにじりたくなる強い決意。我等が魔女への強い憎しみ。絶望を感じながらも尚一つの輝きから希望に歩もうとする浅ましい切望。これら全てが崩壊した上に生じるだろう麗しく愛しく素晴らしき絶望への道筋を、ね』

 淡々と語っているようで、実際には少しずつ少しずつ水面に波紋を与えるように心を興奮させる炎。あぁ、低音に響く声が彼の者の不気味さを彩らせる。
 顔と思わせる部分に大きな三日月の笑みを浮かべ、混沌の炎――モザイクは言う。

『君達が描く何よりも美しき絶望を、この私に見せておくれ』

 次の瞬間、裂け目より降り注がれるのは無限に等しき銃弾の雨あられ。



 次回「フレイム&スナイパー」




  • 最終更新:2014-06-15 18:29:15