第六十三話「九尾の狐と 戦士達が贈る 狂詩曲」

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 ローレンの鋏の一振りを軽く跳躍して避けた後、夏湯はタクトを振るって水の鞭を出現させて叩きつける。すぐさま詠唱し、己の正面に爆発を引き起こして水を蒸発させる形で防衛してからローレンは距離をとる。
 その一方、チャ=ワンは迫ってくる爆撃に己の茶碗を盾にした後、バズーカが止まった隙を見てゼネバドル目掛けて切りかかる。ゼネバドルはバズーカで相手の攻撃を無理矢理流した後、己の獲物を鈍器にして殴りかかる。直撃し、軽く引く羽目になるもののチャ=ワンは次の攻撃の機会を探る。
 あの凄まじいカーチェイスのおかげでか、一般人も警察も今はいない。だから後がかなり怖いものの、今は周りの事を気にする事なく戦闘する事が出来る。それは向こうも同じらしく、全く持って遠慮しない。
 互いがこのまま次の一手に移ろうとしたその時だった。夏湯とゼネバドルの背後に、一人のカービィが唐突に滑り込んできたのは。四人はそのままの体勢のまま、乱入者に意識を向ける。
 乱入者こと漆黒の長髪を思わせる人工毛が特徴的な帽子を被った灰色の少年は反乱軍二人の名前を叫び、用件を伝える。

「夏湯、ゼネバドル!! 撤退だ!!」
「あいよ!」
「ヨウインから話は聞いてるノ!!」

 二人が返事したのを聞いた途端、輝(きら)と呼ばれた少年はグワシィッと両者の手を無理矢理つかみとり、まるで何処に引き寄せられるかのようにアイススケートの如く大地を滑って背中からその場を去っていった。
 その光景にローレンとチャ=ワンは驚愕のあまり、思わず己の眼をこするもののそんなことしてる間に反乱軍三名の姿は見えなくなってしまっていた。幾らカービィが何でもありで空を飛べるとはいえど、今のはかなり衝撃的であった。ぽかーんと呆気にとられたままローレンは呟く。

「今の一体……何?」
「己が意識した進行方向に重力を向けるという特異型能力、だろうな。攻撃・防御・回避、全てに長けているから追いかけるだけでも一苦労だった」

 返ってきた返事はチャ=ワンのものではなく、はぐれてしまった筈の仲間による解説であった。しかも後ろから。
 背後をとられた事にローレンとチャ=ワンは油断したと思いながらも振り返る。そこには大国防衛隊四番隊隊長であるホワイトが両手を組んで立っており、その横ではふわふわとハスが浮いていた。思わぬ人物を発見したチャ=ワンが不思議そうにする隣、ローレンが顔を歪ませた。

「何でいるのさ、緑お化け」
「一言で言えば利害の一致。口先の魔術師には関わり合いたくなかったんだけど、そうもいかなくなってね」
「一体何があったわけさ?」
「あー、そっからか。んじゃ簡潔に話すよ」

 根本的なところが交わってないと知るとハスは簡潔にこれまで起きている事を二人に伝えた。反乱軍が起こした行動、シャラが亡霊となって出現した事、シアン誘拐後にホワイトと遭遇し、利害が一致した事で共に行動をしていた事、などをだ。
 その話を聞いたチャ=ワンは思わぬ状態になっている事に驚きを隠せなかった。

「まさかシャラ殿が……!」
「マイクで成仏したってオチは無いよね?」
「それは一瞬考えたけど、無いと思う。それより前からいなくなってたから」

 ローレンのさりげなく酷い考えについてハスは否定する。というか一瞬考えたってどんだけ威力あるんだよ、マイク。
 会話に区切りがついたところでホワイトは口を開き、三人に告げる。

「これから俺達もコンサート会場に向かう。アルケーのSOSもそこから発せられているし、手遅れにならない内に急ぐぞ」
「了解」
「承知でござる」
「ろくな事になってなきゃいいけど」

 三人がそれぞれ承知したのを確認し、ホワイトは彼らを引き連れてコンサート会場に向かい出す。

 ■ □ ■

 一方で、決戦の会場となってしまったソプラノ追憶コンサート会場。死者の魂が姿を現し、生きる者の魂が掌握されていく最中、歌姫は囚われた少女を救う為に宣戦する。
 九尾の狐にとっても、戦士達にとっても、歌姫による宣戦の叫びが開戦の合図と判断した。
 まず九尾の狐は目の前で叫び声をあげたソプラノに対し、大きく口を開いてカービィサイズの火球を連続で三つ発射する。ソプラノはワープスターを軽々と動かし、全ての火球を避けきった。
 そのまま三つの火球は倒れている観客の方へと流れていくものの、タービィがボムを同じ数だけ実体化させて火球に投げつけて相殺させる。空中で爆発が響き、相打ちになるのを見送ってくたからタービィはソプラノに怒鳴る。

「こら、歌の嬢ちゃん! 観客忘れたら駄目だろ!!」
「ごめん! 咄嗟にやっちゃった!!」
「次から防げ! こぼしちまったらオレっち等がどうにかする!!」
「オッケー! 紗音ちゃん、もうしばらく付き合ってね!」

 タービィの心強い言葉に返答し、ソプラノは紗音を乗っけたままのワープスターを操作して九尾の狐と再度向き合い、歌を歌い出す。それはとてもとても氷のように冷たく、聞いているだけで不安と孤独の感情に包まれるような歌。それは吹雪という具象となり、九尾の狐ごと舞台を一気に凍らせる。
 相手がシアンであるのは分かっている。フーであるのも分かっている。仲間である事は分かっている。だが異形の姿となって遠慮も容赦もなく、己に思うがままに攻撃をした姿を見てしまっては説得で彼女(彼?)が止まると思えなかった。だから少し痛いだろうけれど、力尽くで押さえ込む事にした。彼女の心を開ける瞬間を見つけるまで。

「ごめんね、でも絶対あなたを助けるから!!」

 歌姫は親友を失い、苦しみ続ける少女を救う為に再び歌を歌う。今度の歌は先ほどと一転して、一言一言が大きくて癖になるロックに近いもの。そのロックと響き合うかのように凍りついた九尾の狐の上に小さな雷雲が五つも出没する。
 パキン、と九尾の狐から氷の割れる音が耳に入る。そのタイミングを見計らい、ソプラノは一気にクライマックスまで歌いきる。同時にクライマックスのサウンドバックとして相応しい轟音を纏う落雷が雷雲から幾つも降り注がれる。

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!」

 無数の落雷をまともに食らった九尾の狐はその身をこがされ、激痛のあまり悲鳴を上げる。少し美味しそうな匂いがしたものの、カービィ族の凄まじい食欲以上に本能的危機管理能力が上回り、ソプラノは迎撃を食らわせようと口を開く。
 しかし歌が能力だと察したのか、前から知っていたからか、九尾の狐は大きな体を俊敏に動かし、鋭い牙が生え揃った飛び出た口で空中に浮かぶワープスターに噛み付き、空中を踏みしめてぶんぶんと振り回してこちらに向かっているタービィ達目掛けて勢い良く投げつけた。
 凄まじい遠心力と共に投げられたワープスターに何時までもしがみついていられるわけもなく、ソプラノと紗音はそれぞれ別方向に吹き飛ばされていく。

「歌の嬢ちゃん!」
「紗音!!」

 タービィとゼネイトが声を上げる一方、ツギ・まちが一同の前に出てぬいぐるみの体を巨大化させるとワープスターをその身で受け止めた。ワープスターの勢いが強く、めり込みまくって顔が一瞬酷い事になったものの柔らかさゆえの反動ですぐさま弾き飛ばし、九尾の狐へと飛んできた時同様の速さと威力でカウンターする。
 九尾の狐は九つの尾を一斉に立たせ、紫色に輝かせる。するとワープスターはその場で停止し、小さく爆発した。一方で二つの石刃の禍々しい紫のオーラを纏う矢が九尾の狐の頭上に浮かび上がり、それぞれソプラノと紗音の方へと飛んでいく。
 仲間達はそれを目撃するも互いに距離がありすぎるし、運の悪い事に飛行能力を持っている者がいない。このまま二人に直撃するのを見ている事しかできないのかと思ったその時だった。
 紗音の飛んでいった西側では矢の進行方向に暗闇の穴が開き、それを暗黒の中に吸い込んで消滅させ、ソプラノが飛んでいった東側では明るめの紫の大きな炎が矢を燃やすという光景が起きた。
 何が起きたと困惑しそうになる中、当の助けられた女二人はそれぞれ見知らぬカービィによって空中に支えられる形で助けられていた。紗音の方は蝙蝠の翼を背に生やし、灰色とも銀色ともいえる髪を生やした右目を包帯で覆った白いカービィ。ソプラノの方はシアン同様狐の耳と尻尾をそのこげ茶色の体に生やした赤い角ばった小さな鎌を持つカービィの少年。
 紗音を助けた白いカービィは片手でつかんでいる彼女に向かって挨拶する。

「どうも、こんちは! ナグサ一行もとい大国防衛隊隊員とお見受けするよ!」
「えぇ!? いや、人違いです!!」
「俺はギンガ。説明は色々面倒だから省くけど、今はあんた等に協力するかんな!」

 いきなり大国防衛隊と言われ、紗音が驚き慌てて否定するもののギンガはスルーして笑った。
 一方でソプラノの方を助けた狐の少年は己の魔力で浮かしているソプラノに向かって、呆れの入った様子で怒る。

「ったくあんな化け物に正面きって殴りかかるからあーなるんだよ!」
「き、君……誰?」
「オイラ? オイラはココ。そっちも馬鹿じゃねぇだろうから、オイラ達が誰かぐらい分かるだろ?」

 ニヤリと紫色の瞳も合わせて、ワルガキのような笑みを浮かべるココ。その口調に少しムッとするものの、この状況でタイミング良く現れた援軍の正体をソプラノは察した。

 九尾の狐は手ごたえが無い事に苛立ち、唸り声を洩らす。次は逃がさないと言わんばかりに禍々しい尾の光を強めていく最中、ふと気配を感じてその方向目掛けて無数の石刃の矢を発射する。
 石刃の矢が放たれた場所――すぐそこの凍りついたステージの上、藤色の体と草色の足を持つ帽子も何もつけてないシンプルなカービィの男がこれまた特徴の無い刀を持って立っていた。男は迫り行く矢に怯える事無く、笑う。そして、刀を矢目掛けて振るった。するとどうした事だろうか。刀に赤紫色の光が宿り、そこから放たれる衝撃波が無数の矢を弾き返し、その余波で全てたたき負ってしまったでは無いか!
 その光景に九尾の狐が目を見開く。戸惑う獣を前に男は頬が裂けるんじゃないかと思わせるぐらいの笑みを浮かばせ、九尾の狐をギラギラ光る目で見つめながら言った。

「駄目だ駄目だ。そんなんじゃ力の持ち腐れだ! 恐れてるんじゃねぇよ、この俺を殺しに来いよ! 折角スゲェ力を手に入れたんだ。この俺を楽しませろ!!」
『おい! 目的忘れてるんじゃねぇぞ、馬鹿!?』
「うっせぇ! 俺はあいつとやりあいてぇんだよ!!」

 男が挑発し始めた為、刀から声が上がるものの男は逆にそれを怒鳴りつけて鎮める。九尾の狐はその挑発に乗り、空中にいるというのに地を蹴るように走り出し、己よりも小さなカービィの男目掛けて突撃する。
 言い合いしていた事と狐の巨体に男はよけきれる事が出来なかったものの、刀の先端を前に向けていた為に九尾の狐の右腕を貫かせる事は出来た。ドロドロと流れる血流と共に与えられる痛みに九尾の狐が酷く恨めしそうな顔で男を睨みつけながら唸り、口を開く。それが攻撃の合図だというのは容易に判断できた途端、火炎放射が起きた。
 勢いのある火炎は舞台全体を一気に包み込み、氷を全て溶かしつくす。至近距離で炎を食らった男は描写できないほどの激痛と熱さに苦しみながらも刀を勢い良く抜き取り、炎に包まれながらもその刃で九尾の狐の顔面に一文字の傷を負わす。
 狐が痛みに悲鳴を上げたその時を見計らったのか、刀から液体のように霊体がぬめり出てきて男の全身を包み込み炎を無理矢理消化させた。その行為に男が軽く礼を言いながら狐と距離をとっていると刀、正確には刀に取り付いた赤紫のカービィ以上にシンプルな霊が彼に怒鳴りつけた。

『この阿呆! テメェ、自分がオルカと何もかも同じだと思い込んでるんじゃねぇぞ!?』
「黙れ、魂龍! こんなでっけぇ相手の攻撃を受けねぇなんて楽しくねぇだろ!!」
『あー、駄目だこりゃ。完全に目的見失ってやがるわ』

 戦る気満々と言わんばかりに言い切った男の言葉を聞き、魂龍と呼ばれた霊は一気に呆れ顔になってため息をついた。こうなると止められるのは極僅かしかいないし、その極僅かもこの戦場にいないから困ったものだ。それを見越しての配置ならば性質が悪いぞ、と魂龍は心の中でここにいないユピテルに毒づく。
 その一方、男は刀を持ち直して怒気と殺意を奮い立たせる九尾の狐に向かって高らかに名乗り上げる。

「我が名は黒夜粉砕! 夜明を望み続けた国の生き残りにして、妖刀「魂龍」の使い手なり!! 我を忘れた九尾の狐よ、お前は俺の刀に血塗られてしまうがよい!!」

 刀ぐらいしか特徴が無いその男に秘められた心は、戦という欲に塗れていた。

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 思わぬ援軍が三人も現れた。一人はソプラノを助け、一人は紗音を助け、一人は馬鹿みたいに九尾の狐と戦っている。どいつもこいつも彼等にとっちゃ見覚えの無い人材であったものの、都合の良い事にマイクとサウンドは壊れてなかったので九尾の狐と舞台上で戦っている男――黒夜粉砕の言葉はキッチリと聞こえた。
 車の中で簡単に事情を聞いていたリクは聞き捨てならない単語に反応し、呟く。

「今、夜明言うたよな。あの兄ちゃん」
「言った。ってことはまさか……」
「十中八九反乱軍ぜよ。そうだろ、オ=ワン」

 ゼネイトが頷く隣、タービィが言いきった。その際反乱軍に所属する昔馴染みの名を呼んだ。すると彼の正面に、やけに漢字が多い魔法陣が浮かび上がりそこからチャ=ワンに似た格好をした男――オ=ワンが姿を現す。
 オ=ワンは己の名を言い当てたタービィに対し、軽くため息をつく。

「さすがはタービィ、お見通しでござんすか」
「分かるように気配出しておきながら言う台詞じゃねぇぜよ。でも珍しいな、お前さんはオレっちが嫌いじゃなかったか?」
「そちらこそ拙者と関わりが浅い筈。勘が良いにも程があるでござんす」
「どんなに繕うがお前とお前の兄貴の気は似ているからな。隠しようが無ぇだろ?」

 タービィが茶化すように言うとオ=ワンに睨まれた。九年前から変わらない彼の性格にため息をつくものの、この状況で彼が現れたということの方が重要だと思考を切り替える。
 この状況とタイミング良く現れた人材、何より夜明の名前を出されれば反乱軍が加勢しに来たのが無難なところだろう。彼らも九尾の狐出現は予想していなかったようだ。だがたったこれだけなのには疑問が浮かんで仕方が無い。
 今、この会場の観客席には倒れこんだ多くの観客と虚ろに九尾の狐を見ている亡霊達で一杯なのだ。これらをあの九尾の狐から防衛するにしては人員が足りなさ過ぎる。最初から自分達を利用する気ならば、不本意な事に戦力は上がるが。
 反乱軍は一体何を考えているのだろうか? 見えないところで未だに利用されている気がするけれど、この状況下ではそれを承知で戦うしかないだろう。タービィは己にそう納得させ、本題に戻す。

「で、おめぇ等の目的はあの狐の嬢ちゃんをどうにかする事か?」
「近からずとも遠からずってところでござんすな。説明してると長くなる為、不本意ながら一時休戦でござんす」
「あいよ、ツンデレ侍」

 冗談ぬかしてみたら、オ=ワンに物凄く睨まれた。こういうところは全く似てないなとタービィは思う。
 一方のオ=ワンはこれ以上話しても無駄だと判断したのか、タービィから体を背けて眺めているだけだった巻き込まれた方々三名に話しかける。

「ぬいぐるみはともかく、お主等は報告で聞いていない連中でござんすが一体何者で?」
「食い逃げされた店の店員や」
「トラブル巻き込まれ二号」
「同じく三号。一号はそちらのお仲間さんが助けてます」
「……タービィ、人選間違いなく誤ってるでござんす」
「誰かさん等が邪魔しなけりゃこんな事にはならなかったよ。約一名除いて」

 三人の回答を聞いたオ=ワンのジト目にタービィはわざとらしく目を反らしながら皮肉を言ってやった。ただし食い逃げに関してはタービィ側の完璧な自業自得なので、一応フォローはしておく。
 とにかくここにナグサ一行兼大国防衛隊と反乱軍との間で一時的な休戦及びに共闘が行われる事になった。
 無論この共闘の話は彼等だけでなくソプラノを助けたココ、紗音を助けたギンガも話した。両者共に現状で三つ巴になっても得をするのは暴走した九尾の狐ぐらいなのは分かっているし、それが最悪の結果だと理解しているから協力する事自体には誰も反対を示さなかった。今は粉砕がノリノリで戦っている為、結果的に時間稼ぎになってくれてるから納得できる余裕があったというのも理由の一つだが。

 ■ □ ■

 九尾の狐は尾全てを細く鋭い鉄の鞭へと変え、全て自由自在に操って確実に粉砕へと傷を付けていく。
 だが粉砕はかすり傷や切り傷こそ負うものの己の身体能力と魂龍の宿った刀を巧みにこなし、致命傷を避けながら確実に距離を詰めた上で横に回り、刀を突き刺そうとする。
 すかさず鉄の尾の一つが刀を弾くように防ぎ、別の尾が粉砕の周囲を取り囲んで左右と上から一斉に襲い掛かる。粉砕は刀を振り回して尾を全て防ぎきった一瞬、僅かに空いた隙間から後方に跳んで再び距離をとり、刀を己の前で円を描くようにぐるりと回して簡単な線しか無い魔法陣を生み出す。直後、魔法陣から赤紫色の弾幕が放たれて九尾の狐の全身に当てられていく。
 九尾の狐が直撃して悲鳴を上げるものの、攻撃が止めばすぐさま足元に魔法陣を展開させて粉砕目掛けて酷く濁った緑色の霧が混じった竜巻を次々とぶつけていく。
 粉砕は未だ浮かんでいる魔法陣の中に向かって「守」という字を刀で描き、己を包むようにバリアーを貼って緑の竜巻を防ぐ。防がれた竜巻はステージの隅に飛んでいくか、すぐそこで転がっている観客や霊の下に飛んでいく。それを見て、粉砕ではなく魂龍が声を上げる。

『やべっ!?』

 あからさまな色がついた竜巻はどう見ても毒。本来の目的が早くも崩れかけたその時、観客側に飛んでいった竜巻は寸でのところで紫色の炎に全て包み込まれて消滅される。
 同時に粉砕の後ろに薄い紫色の煙が二つほど渦巻くほど出現する。それらはすぐに晴れ、中からそれぞれカービィ――ソプラノとココが姿を現す。ココは小さくため息をついた後、粉砕を睨みつけて怒鳴る。

「なぁにやってんだ、このバトル馬鹿! オイラ達の目的忘れてるんじゃねーぞ!?」
「やかましい! 俺がどう戦おうと俺の勝手だろうがよぉ!!」
「『勝手じゃないわ、アホ!」』

 粉砕の返答にココと魂龍が揃って怒鳴り返した。これは反乱軍的に考えて二人が正しい。ソプラノも言いたい事があったけれど、目の前にいる九尾の狐からはそれを見逃してくれる気配が見えなかった為、黙っておいた。
 案の定九尾の狐はその隙を見逃さず、鉄の鞭となっている九つの尾に炎や雷を宿して再び突こうと襲い掛かる。その攻撃に対し、三人は間をかいくぐり避ける。攻撃力と素早さこそあるものの、攻撃自体は大きいから見破る事さえ出来れば回避は簡単なのだ。
 どどどど! と舞台に突き刺さった尾目掛けて、ココは呪文を唱える。すると紫色の煙が太い紐となり、尾を纏めて縛り上げる。九尾の狐はそれを嫌がり、即座に己の尻尾を元の形へと急速に戻して紐を消滅させる。
 その隙に粉砕が走りこみ、再びその顔面目掛けて太刀筋を入れる。だがそれに手ごたえは無く、気がついた時には九尾の狐は己の真上にいた。男が刀を振るよりも早く狐は前の両足に全体重をかけて踏みつけ、追い討ちに足から雷をぶつけてやる。粉砕から悲鳴が上がる。
 そこに叫んでいるようで音程が取れている衝撃の強い歌が狐の耳に入ってくると共に、その巨体は見えない力で弾き飛ばされ、舞台の隅に設定されたスピーカーに背中からぶつかってしまう。痛みで九尾の狐が悶える中、ココは二人の前に出て呪文を唱える。するとスピーカーから黒い鎖が出没し、狐の全身を雁字搦めに捕らえる。

「おっし、一旦動きは封じた!!」

 ココは一息つくように声を出す。それを聞いたソプラノは舞台の床にめり込んだ粉砕の下に駆け寄り、彼を引きずり出して安否を尋ねる。

「大丈夫!?」
「ま、まだまだぁ……!」
『死にかけてる癖にアホな事を言うな! お前、防御力低いだろうがぁ!!』

 本人は粋がってみせるものの魂龍がそれを静止した。現在の粉砕は九尾の狐との戦闘により、全身に負った切り傷とそこからの流血がおびただしく、先ほどの電流付踏み付けによって体がやや凹んでいて焦げている。最も後者に関しては先に食らった火炎放射のダメージもあっての事だが。防御力が低いにしてもこの大怪我で動けるのは大したものだ。カービィ族以外だったらまず死んでる。
 とにかくソプラノは早く回復させようと歌おうとしたその時、あの戦いの間を利用して観客席から舞台まで走って近づいてきたタービィ一行が来たのを横目で見た。そこからのソプラノの行動は実に早かった。彼女は咄嗟に透き通るようなそよ風のようなメロディを歌い、粉砕の周囲に風を起こして彼を宙に浮かし、こちらに近づいてきてる一行の中にいるゼネイトへとやや乱暴に飛ばしたのだ。
 いきなりの事に駆けつけてきた一同(特にゼネイト)が驚くのをソプラノは無視し、簡潔に告げた。

「その人の回復をお願い!」
「了解!」

 頭は少し追いつけないものの、怪我人の救済と大好きなアイドルの頼みとあれば話は別だと言わんばかりにゼネイトは勢い良く返事するとその場に留まり、粉砕に回復を開始する。その傍ではツギ・まちが共に留まっている。どうやら彼はゼネイト等の防衛役に移るようだ。
 三人を除いたタービィ達は我先にと舞台に上がり、ソプラノやココ同様に戦闘に入れる体勢となる。コピー能力のヨーヨーを手にしたタービィはソプラノに軽く謝罪する。

「すまん、歌の嬢ちゃん! 遅れた!! こっから巻き返す!!」
「あ、うん! って今更だけどタービィさん、傷の方はいけるの?」
「あっちの兄ちゃんのおかげである程度は回復した。少なくともお嬢ちゃんよりかは上だから、あいつもすぐ復帰できる」

 あいつ、というのは言わなくても分かる。タービィが元気な様子から見て、ゼネイトの回復能力は抜群のものなのだと推測できる。これなら粉砕もすぐに復帰する事が出来るだろう。
 ソプラノは頷いた後、タービィの横に並んだチャ=ワンにそっくりな男に顔を向ける。

「オッケー。で、そっちのあなたは……ワンさんはワンさんでも、チャ=ワンさんじゃないよね?」
「拙者はオ=ワンでござんす。言いたい事はあると思うが細かい事は後でござんす」

 オ=ワンという名前を聞き、ソプラノは前にシアンを誘拐した反乱軍の一味だと理解する。話で聞いたとおり、確かに色こそ違えど頭にお椀を被っているところや刀を身に着けているところなどは瓜二つだ。ただ性格は少し似てないようだが。
 その一方、ほとんど成り行きで共闘する羽目になったタロウとリクはスピーカーに縛り付けられたままの九尾の狐に圧倒されていた。口も鎖で閉じられているとはいえど、漏れる鳴き声は不気味なものがある。さっきからこっちを睨みつけていて、正直ビビる。
 元々一般人であるタロウは本来の姿が少女+魔法使いとは思えない化け物を見て、顔が引きつるのを隠せない。

「うっわ、眼前で見るとやっぱ怖い……。今回ばかりは紗音恨むよ」
「けどこいつどないかせんと皆元に戻らんのやろ? ならやるしかあらへんって」
「分かってますよ。ちょっと気落ちしただけです」

 観客席で倒れているクー、ねず、ハムという友人の三人を含め、大勢の観客が反乱軍とこの九尾の狐によって利用されようとしているのだ。最も後者に関しては反乱軍自体も誤算だったから尻拭いを加担させられているようなもんだが、今それに関して細かい事を言っていても何も変わらない。
 それならば早くこのトラブルを終わらせ、元に戻るだけだ。こんな大きなトラブルは初めてだけどやるしかない。己にそう言い聞かせ、能力で出現させた剣を握り締める。
 その様子を見ていたリクはタロウに軽く笑いかけた後、タービィに向かって怒鳴るように車の中で話した事を確かめた。

「わいもがんばらんとな。おいこら、食い逃げ! このキュウコン、どないかしてやったら金払うんやろな!? ……目ぇ反らすな、アホォォ!!」

 なるほど、そっちが主な理由か。その金の執念と食い逃げの恨みの深さを持つリクにタロウは思わず感心してしまった。ここまで来ると何も言えない。もしかしたらあえてそちらを意識して、目の前の異常事態をどうにか飲み込もうとしてるのかも知れないのでタロウはとりあえずそう考えてあげる事にした。
 緊張感があるのか無いのか分からない彼らの話し声にココは内心呆れながらも、目だけを動かして未だ空中にいるギンガを確かめる。彼は紗音を抱えたまま、足元に魔法陣を浮かべている。

「ギンガは女抱えて流れ弾係かよ。うわー、羨ましい」

 ココも本来は流れ弾係なのだが、ソプラノの主張が激しかった為に前線に出ざるを得なかったのだ。その結果、粉砕の救出に間に合ったのだから結果オーライであるもののこれからの戦闘を考えると頭が痛いものだ。
 そんな中、ミシリと鎖が軋む音がした。同時に全員の空気が変わる。誰もが悟ったのだ、九尾の狐がすぐにでも解放されようとしている事に。
 ココは赤い鎌を持ち直し、口の周りを舌で舐めて気合を入れる。

「そんじゃ、第二回戦開幕といきますかね!」

 それが合図となったのか、九尾の狐を捕らえていた鎖が全て引き千切られた。

 ■ □ ■

Cパート

 いたいよ。いたいよ。くるしいよ。くるしいよ。やめてよ。やめてよ。もういや。いやだよ。なにもかも、いや。ねぇ、たすけて。たすけてよ、しゃら。しゃら、たすけて。でてきてよ。おねがいだから、たすけてよ。

 少女が泣く声が聞こえる。さっきから何度も何度も痛みに負けて泣き続けている。その中には苛立ちも混じっている事から、外では戦闘を行っているのだと推測する事は容易だった。
 ふわりふわりと暖かく心地の良いけれども何も映さない暗闇の海の中、呑気な事に彼は漂っていた。時節聞こえてくる少女の声はただのBGMと割り切って現状を受け入れている。サザンクロスタウンの時と違い、命の危険はそう多くないから抵抗しない。彼女の意思は強いし、それに疲れる。
 ゆっくりと瞼を閉じようとしたら、耳に少女とは違う四種類の声が聞こえた。全部抗議の声だ。

「……聞こえてるよ、アンダー、センター、ライト」

 あえて一人だけ無視してやったら、案の定抗議してきた。しかしこうなる引き金を作ったのは彼である為、当然ともいえる。無視された当人がまた声を荒げているけど完璧無視。
 そこに一番冷静な者が現状について尋ねてくる。あぁ、そうか。彼等も飲み込まれたのかと理解しながら答える。

「完全に主導権を握られてる。向こうが気絶でもしない限り、どうにもならないだろうね」

 完全な誤算だった。あの幽霊の女にあそこまで食いつくとは思っていなかったし、己を足場にしての暴走ができるなんて思ってもいなかった。雑魚だと思って意識を保っている状態のままで乗っ取ったのは失敗だったかもしれない。
 だけどそれでも行動に移そうとしない彼に対し冷静な者が言葉を並べ立て、他の二体が訴えてくる。奇妙な事に引き金となった当人からの声は無い。

「うん、分かってる。分かってるよ。でもさ、こっちの方が色々と楽じゃない?」

 だけども抵抗する気力なんて起きなかった。元々そういう性格だし、そうやって生きてきたから仕方が無い事だ。世界大戦の時から、それ以外の生き方を許されなかった存在だったのだから。
 彼女の泣き声に感化されたのか、偉くナイーブな考え方になってしまっている。割り切っていたつもりだったがこうも人臭い感情をまだ持っているとはびっくりだ。このろくでもない人生でも感情は失わないものなのか。
 そんな事を考えていたら、黙り込んでいた引き金となった当人から思わぬ提案が出てきたから彼は顔を上げた。

「……レフト、それどういうこと?」

 その内容はあまりにも予想外で、ある意味九尾の狐以上に無茶なもの。そして最大の切り札ともいえた。
 尋ねられた者はその内容について説明していく。途中から声色と口調が変わった事に驚くものの、彼が出してあげているのかと考えれば自然と飲み込む事が出来た。
 自分としてはこの案自体どっちでもいいのだが、向こうの必死さに折れておこうと思う。無いとは思うが殺されてしまうよりかはマシだろう。

「いいよ、やっても。……ん? どうしたの?」

 許可を出した途端、今度は違う者から抗議の意見が出てくる。否、それはこの提案に対する抗議ではなく報告。一体何が起きたんだと眉をしかめている中、思わぬ事を聞いて目を見開いた。途端にこの辺り一体を包んでいる少女の泣き声の勢いが増えていく。
 あぁ、何て面倒な事になったのだろう。一体何がしたいのだろう。そう思いながらも青年は言う。

「いるみたいだね。ボクら以外の誰かが介入してる」

 それも、とても悪意に満ちた存在が。

 ■ □ ■

 九尾の狐の鎖が引きちぎられた途端、その名を示す原因となっている九つの尾を立てながら吼える。するとその口から紫色の火炎放射が放たれる。
 一番前に立つココは鎌を持ってない方の手を前に出し、魔法陣を発動させて呪文を唱える。

「竜巻よ、吹き荒れよ! 我が指し示す方向へ嵐となるがいい!!」

 魔法陣の中央から暴風が渦巻きながら出現し、横型の竜巻となったそれは禍々しい炎を飲み込み纏いながら九尾の狐へと突撃して、逆に相手へ戦線攻撃を与えられた。
 相手が悶え苦しむ隙に、タロウとオ=ワンがココの左右を走りぬけ、炎に苦しむ九尾の狐の胴体に到着すると左右から一文字に斬るように胴体へ大きな一撃を加える。狐が痛みに苦しみ悲鳴を上げるものの、九つの尾の内二つを鋭い鉄の鞭に変えて二人目掛けて振り下ろす。だがそれは二人に直撃するよりも早く、後方に控えていたタービィが飛ばしたヨーヨーの糸によって二つ揃って雁字搦めにされ、止められてしまう。
 九尾の狐は結ばれた二つの鉄の尾を引っ張って解放しようとするが、タービィも負けじとヨーヨーを引っ張って対抗する。この行為にすぐさま嫌気をさした狐が次の行動に移ろうとしたその時、タロウが狐の背中を踏み台にして跳んで鉄の尾目掛けて剣を振り下ろして斬る。切断された尾は運の悪い事に狐の真上にあった為、頭と背中に落下する形となった。
 尾が切断された為、タービィは引っ張っていた反動でしりもちをつく。

「いって! ったく合図ぐらいしろよ、あの青いの……」

 ぶつぶつ言いながら立ち上がり、ヨーヨーを一旦手元から消すと代わりにボムを両手に出没させて潰れてる九尾の狐目掛けて投げる。オ=ワンがタロウの手を引っ張り、舞台から飛び降りて回避すると共にボムは九尾の狐に直撃して爆発し、彼女の全身が黒い煙に隠れる。そこにリクが炎を宿した包丁を六本取り出し、追撃と言わんばかりに爆煙漂う中へと投げつける。肉に刃が刺さる音が六回ぐらい聞こえた途端、九尾の狐の悲鳴が上がる。

「コオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!」

 あまりに痛々しい音とその悲鳴を聞いたソプラノは思わず九尾の狐の心配をしてしまう。

「うわ、シアンちゃんにフー君大丈夫かな……」
「馬鹿、それ大丈夫フラグ!」

 その呟きを聞いたココが振り返り、ソプラノに向かって怒鳴る。そこで煙幕が晴れ、九尾の狐の姿が公になる。奇妙な事に狐は血こそついているものの傷口が塞がり、九つの尾も完全復活した状態で君臨していた。
 それを見た途端再生能力を保持しているのだと誰もが理解する。
 九尾の狐は四本の足を使って駆け出し、正面にいるココ、ソプラノ、タービィ、リク目掛けて体当たりしようとする。その攻撃にココ、ソプラノは舞台下に避け、タービィはリクの腕をつかんで狐を乗り越えるほどジャンプして避ける。そのまま九尾の狐は舞台と裏側を仕切る壁に突撃してしまい、派手にぶち壊した。
 そこに九尾の狐の背後に回ったリクが大剣と言っても過言じゃない巨大包丁を召喚し、巨大な尾目掛けて一文字に切りかかる。しかし尾は全て鋼鉄となり、包丁は防がれてしまう。リクが舌打ちするものの、そこに気分を切なくさせる歌が響き渡る。聞き続けるにはあまりに切なく暗いその曲に狐は耐え切れなくなり、尾が元の形に戻る。リクはすかさず先ほどと同じ攻撃を繰り返し、九つの尾を半分にする形で一文字に切った。続いてタービィがあらかじめ出しておいて威力を貯めていたボムを投げ、切断された尾目掛けて投げつける。大きな爆発が狐を襲った。

「ガアアアアアアアアアアア!!!!」
「再生させるな! 続けて攻撃しろっ!!」

 狐が痛みのあまり、涙を流して悲鳴を上げる。だがオ=ワンはうろたえる事無く指示を出すと共に、舞台にジャンプして上がると足元に魔法陣を出現させて刀の先端から雷の鞭をはじき出し、狐の全身を縛り付ける。
 そこに続けて回復が終わった粉砕が舞台に乗りあがり、身動きが出来ない九尾の狐目掛けて刀を胴体へと突き刺す。刀からは魂龍がぬめり出てきて内側から傷口を大きく広げていく。その勢いで血が噴出され、粉砕の体を赤黒く染め上げていく。

「あんまり好きな手段じゃねぇが仕方ねぇ……!」
「粉砕、殺しは駄目でござんす。こいつが死んでしまっては色々と台無しになってしまうでござんす」
「その事でさっき散々魂龍に説教食らわされたよ! くっそ、次出る事になったらやりまくるからな!?」

 オ=ワンの冷静な駄目出しに対し、粉砕は愚痴るように言い返す。その間にも九尾の狐は痛む体に鞭を打ち、抜け出そうと抵抗しているのだがそれを見逃すほど彼らは甘くない。
 タービィはヨーヨーを出現させ、それを九尾の狐の顔面まで飛ばすとその糸で口をグルグル巻きにして更に拘束する。その最中、ゼネイト、タロウ、ツギ・まちも舞台に上がり、追撃にかかる。まずタロウが己の愛剣を両手持ちにして粉砕の横を駆け抜け、広がっていく傷口目掛けて突き刺す。それも根元までかなり。続けてゼネイトが風を巻き起こし、狐の全身をカマイタチで切り刻んでいく。
 全身に傷を負い、今にも倒れそうなぐらいフラフラしている九尾の狐。するとその足元に魔法陣が出現し、そこから生え伸びてきた鎖によって雷の鞭の上から胴体や四本の足を拘束されて締め付けられる。増幅する狂うような激痛に九尾の狐の無理矢理閉じられた口から、痛々しい唸り声が漏れる。そこにツギ・まちが正面に駆け寄り、短い手で彼女(彼?)の顎にアッパーをぶちまかして黙らせた。
 あまりにも凄まじい光景にゼネイトは思わず声を洩らした。

「うわ、フルボッコ……。今更だけど良いのか、コレ?」
「こんぐらい大怪我させないとまた再生されっぞ。見ただろ、粉砕が滅茶苦茶やられてたの」
「文句は後でまとめてもらう事にするぜよ」

 魔法で鎖を出現させたココ(彼の足元には九尾の狐のと同じ魔法陣がある)とヨーヨーで拘束の手伝いをしているタービィが返答する。もちろん互いに己の獲物をぐいぐい引っ張り、拘束しながらだ。
 その一方拘束が充分だと判断した粉砕とタロウは剣を手放し、狐から距離をとる。共に念じれば剣はその手に戻ってくる為、ほったらかしにしても大丈夫だ。粉砕は何重もの拘束を受けた九尾の狐を見つめた後、軽くため息をつきながら言う。

「こんだけやりゃ後は時間が来るまで待ってりゃどうにかなるだろ」
「……何か可哀想ですね」

 だけどタロウは同意せず、ただただ傷だらけになった九尾の狐を見て悲しそうな顔をするだけだった。粉砕はそれに答えなかった。
 一方で最後に舞台を上がってきたソプラノは雷の鞭、ヨーヨーの糸、魔法の鎖で拘束された尾の斬られた狐を見て、あまりに悲惨な姿に泣きそうになるが体を左右に振ってそれを留め、代わりにゆっくりと目を閉じながら優しい声で話しかける。

「大丈夫。シアンちゃん、少しだけ、少しだけ寝たら大丈夫だからね?」

 ソプラノは強い決意を秘めて、目を開けて歌い出す。誰もが心安らかに眠れる子守唄を――。
 暖かい温もりを感じさせ、心細い気持ちを優しく宥めてくれる母を思わせる歌声に九尾の狐は痛みを刹那に忘れ、まどろむように目を閉じていく。それに合わせているのか尾が少しずつ再生していく。これにソプラノを除いた一同が警戒するものの、九尾の狐は戦闘を行わずにそのまま眠りにつくだけだった。
 その時、ふわりと九尾の狐の胴体から紫色の気体が湧き出てくる。一体何だと一同が驚く最中、今度は彼らの頭の中に声が響いた。少女の者とは違う青年の聞き覚えのある声だ。

『何でこのタイミングで寝かせるのさ……。運が悪いにも程があるんだけど?』
「え?」
「この声、あの兄ちゃんか?」
『そうだよ。でも本当に運が悪い。“介入者がやりやすくなった”じゃない。まぁ、レフト等を出せれただけでもマシか』

 この声がフー・スクレートのものだと誰もが気づくものの、その当人はテレパシーからでも不機嫌な声を隠さずに告げた。そこに思わぬ単語があった為、オ=ワンが尋ね返す。

「待て。介入者とはどういう事でござんす?」
『そっちには姿を見せてないの? さっきからちょっかい出しまくってるいやらしい奴がいる筈なんだけど』

 フーの言葉に誰もが困惑する一方、驚愕する。つかみにくい性格といえど、こういう時に嘘をつけるほどの余裕を持っているとは思えにくい。だからと言って、九尾の狐と実際に戦闘していた己等に気づかれる事無くその精神に触れる事が出来る相手が、このコンサート会場の中にいるとは思えなかったのだ。
 一体どのような手段を使い、どうやって干渉したのか。その疑問を浮かばせようとするが、それよりも早くフーが声を洩らす。

『……やっぱり勢いを増してきた……。こりゃシアンちゃん、壊す気満々だね』
「今なんて?!」
『シアンちゃんを壊す気満々だって言ったの。ボクは最初から狙いにされてない、実質主導権のある彼女を壊そうとしてる。多分これは……』

 そこで声は途切れた。同時に眠りに陥っていた筈の九尾の狐の目が勢い良く開き、ヨーヨーの糸を無理矢理千切りながら強大な咆哮を上げた。その咆哮の衝撃に一同は舞台上から吹き飛ばされ、観客席へと転がっていく。
 そのせいで九尾の狐の全身を拘束していた雷の鞭と魔法の鎖は消滅し、彼女の肉体に突き刺さっていた粉砕の刀とタロウの剣がはじき出される。二つの刃で出来た深い刺し傷と全身に出来た切り傷はしゅうしゅうと煙を伴いながら元の形へと再生していく。
 あっさりと再生していく九尾の狐に一同が脅威と絶望を感じさせられる最中、何処からともなく飛んできた白い烏(遠目から見れば鳥であるけれど、その時はどうしてか誰もが烏と思った)が九尾の狐の頭に降りてきた。それに合わせるように九尾の狐の影から、一体のカービィが浮かび上がってくる。

「もう、邪魔しないでほしいなぁ。折角面白い事にしようと励んでいるのになぁ」

 それはクスクスと人を馬鹿にするような笑みを浮かべながら、女子のように口に手を当てて笑っている。だけどもそのいやらしく笑った目は女子というよりも皮肉にも狐に似ていて、それが更に人を馬鹿にさせている。
 虹を含め、様々な色をぶちこんだ挙句出来上がった黒というにはしっくりこない不可思議な色を持ち、同色の角を頭、同色で枠だけの蝙蝠の翼にも似た大きな翼を持つ突如現れたこのカービィは化け物と呼ぶのがしっくり来る外見をしていた。
 彼(彼女?)は唸り続ける九尾の狐の血塗れた体を撫でながら、観客席に吹き飛ばされた一同に向かってか一人語り始める。

「こちらには矛盾を司る彼女がいるんだ。だからある程度は無茶苦茶に弄る事が出来るんだよ。まっ、彼女にこれをされた時には驚いたけどね。ふふ、でもまさか否定の魔女のステージにお邪魔出来るとは思わなかった」

 矛盾を司る彼女。否定の魔女。この単語を出されれば、誰からの刺客かどうか理解するのは素早かった。

「あなた、ノアメルトの……!」

 ソプラノは不揃の魔女の名を口にしながら、九尾の狐と共にいるカービィを睨みつける。カービィはこくりと頷き、目線でコンサート会場に新たな入場者が四人ほど入ったのを確認してから深々と名乗り出す。

「皆々様、始めまして。私は不揃の魔女ノアメルト・ロスティア・アルカンシエルの命により、この地に舞い降りた者――Seven Cardinal Sins」

 まさしく舞台が始まる直前、一つだけのスポットライトを浴びて挨拶する者の如く語る者の名はセブン・カーディネル・シーンズ。七つの大罪を名に持つ男。
 彼は飛んできた白の烏が己の頭に飛び乗ったのを感じながら、芝居がかった口調で一同に語りかけていく。

「さぁ、共に舞い踊りましょう。そしてその眼に記憶しなさい。否定と不揃の魔女が引き起こす幼稚で荒唐無稽、厚顔無恥な馬鹿げたお芝居の最中を」

 同時にコンサート会場全体に無数の魔法陣が出没し、この辺り一体を水色の光が包み込み始めた。

 ■ □ ■

Dパート。これでレクイエム編終了ッッ!!

 ――コンサート会場・裏方。
 セブン・カーディネル・シーンズ。突如として現れたノアメルトの仲間を名乗る存在。
 舞台に仕掛けられているまだ無事なカメラから確認できるその存在に、反乱軍やスタッフは再度パニックに陥りかけた。九尾の狐という存在が出現しただけでも計算外だというのに、そこに引き続いてこんな意味の分からない者が出てくるなんて。
 ことごとくかき乱す存在達の出現の中、事実的指揮官のユピテルはカメラ越しにセブンを睨みつけながらこちらに到着し、己の隣に立つ男に尋ねる。

「……私達は彼女に乗せられていたと思うか、エメラルド卿」
「恐らく。彼女の目的は読みにくいが、彼女の協力者がこうやって現れた以上そう考えるのが自然だろう」
「怪しいとは思っていたがまさかここまで堂々とやられるとはな」
「ユピテル、お前はそれを承知でここまでやってきたのではなかったのか?」

 エメラルド卿に指摘され、ユピテルは苦笑する。
 そうだ、自分はあの悪魔と名乗った不揃の魔女からこの作戦の切欠となる少女の事を聞いたでは無いか。罠の可能性が無いわけではないと思っていたものの、まさかこのタイミングで仕掛けてくるとは少し驚いた。
 だけどももう後回りは出来ない。ここまでやったのだから、進む事しか出来ない。ここで下手に予定を変更すれば、それこそ何が起こるか分からない。
 ユピテルは顔だけエメラルド卿に向けて、揺るぎない信念を口にする。

「あぁ、そうだよ。私はこの為だけに心を鬼にして戦ってきた。ネイビーも同じ考えだろうし、私達が罠にかかっていたのならば……その罠ごとやりかえせばいいだけだ」
「……さすがだな、ユピテル」
「伊達に世界大戦を生き抜いてはいないさ」

 感心するエメラルド卿にユピテルはあっさり返し、再度モニターへと顔を向ける。その時舞台のシステムを調整していた一人が立ち上がって二人に向かって声を上げた。

「ユピテル様、エメラルド卿、転移の準備完了! 何時でもいけますがどうしましょうか!?」

 その言葉を聞き、ユピテルは自然と口に笑みがこぼれた。この状況で出していいものかどうかはちょっと悩んだものの、今はこれを好機ととらえて動こうではないか。
 勢い良く右手を挙げ、ユピテルは全ての者達に指示を贈った。



「全てを巻き込み、一斉転移を開始せよ! レッドラムに戻れば後はこちらのものよ!!」



 その言葉が、コンサート会場全体に水色の光を放つ無数の魔法陣――転移魔法の引き金となる。

 ■ □ ■

 紗音は戸惑いを隠せなかった。真下で起きている不可思議な事態に。いきなり現れた七つの大罪を名乗るカービィの出現に。辺り一体を包み込む水色の魔法陣の出現に。
 色々と急展開過ぎてついていけないのは紗音だけではない。彼女を支えるギンガも同じ事だった。

「おいおいおい、このタイミングで転移って……運良いのか悪いのかわかんねぇぞ!?」
「て、転移!? え、でも皆は!?」
「多分あのセブンなんとかも一緒にやると思うけど、あぁもう何でだよ! レッドラム解放されたからってやって良い事悪い事あるだろうに!? お偉いさんの考える事ってわかんねぇぇぇぇ!!」

 空いてる手で髪の毛をぐしゃぐしゃにしながら叫ぶギンガ。この事態の更なる混乱を生んだセブンの出現を無視し、作戦を強行突破する姿勢に追いつけていないのだろう。
 それよりもずっと前から追いつけてない紗音はろくな説明もされない中、ただただ友達と先輩の無事を祈るしかなかった。

「ゼネイト君、タロウ君、リクさん、クーちゃん、ねずちゃん、デビ君……!」

 どうすればいい。どうすればいい。どうすればいい! どうすればこの状況を打開できるの? 私には一体何が出来るっていうの?! このままだと皆と一緒になって転移されてしまうだけ。その後、その後……!!
 苦悩する。世界大戦ではかなりマシな生き方をしていたが為に、それ以降の六年間は平和としか言いようが無い生き方をしてきたが為に、この惨劇に飲み込まれて以降は何をすればいいのか分からなかった。なりゆきで巻き込まれてしまった挙句、ここまで大した事は出来ないままに来てしまった。皆は必死で戦っているというのに、自分は一体……何をしている……?

「仕方ない。ここは一緒に転移されるしかねぇな。おい、お前も一緒に……ん?」

 ややこしい事を考えるのを後回しにし、現状に身を任せることにしたギンガの声なんて聞こえていなかったし、自然と俯いてしまっていたから目の前に何が来ているのかも気づかなかった。
 だからか、唐突に聞こえてきた新たな声に紗音は反応するのがやや遅れてしまった。

『お前の体、借りるぜ?』
「え?」

 その声を聞き、紗音が顔を上げると目の前には紫色の気体が己の肉体へと飛び込んでくる寸前だった。悲鳴を上げそうになるが、開いた口が声を発するよりも早く紫の気体は彼女の肉体に入り込んでいった。
 ショックで紗音は気絶し、ぐらりと横たわりそうになる体をギンガが支える。その際、彼女の左足がいやらしく笑った顔の紋様がついた紫色に変化したのを見過ごさずに。

「な、何やってんだ!? 確かお前フーの使い魔の……えぇと何だっけ?」

 驚きながらもギンガは紫色の左足ことレフトに怒ろうとするも、名前を度忘れしてしまう。その態度にレフトは憤慨する。

「レフトだよ! ったくいい加減俺とライトの見分けぐらいつけろっちゅーに」
「いや、結構お前等ややこしいし……ってか、何でいきなりこの子に取り付くわけ!?」
「状況と場所的に仕方なく。言っておくけどこれは俺等やフーの判断じゃなくて、違う奴の発案だからな?」

 誰のだよ。ギンガは続けてそう言おうとした矢先、ぴくりと紗音の体が揺れたのに気づいて彼女を見る。彼女はゆっくりと瞼を開き、おぼつかない様子で周りを見る。

「あたしは……」
「あ、気づいたか?」
「おい、どっちだ?」

 ギンガが心配して声をかける隣、レフトが真剣な面持ちで彼女に尋ねる。ギンガはその言葉の意味が分からず尋ねようとした時、紗音は舞台を見つめていた。正確には舞台の上にいるセブンと九尾の狐を。
 その様子は先ほどまでうろたえ続けていた少女のものとは異なり、重い重い決意を秘めた優しくも強い女を連想させる。ソプラノとはまた違う女特有の静かなる重みを感じさせる。
 誰だ。この女は、誰だ。
 彼女は紗音じゃない。ギンガは様子が変わった彼女を見て、瞬時に察した。ここにあるのは紗音の体を持った別の誰かだという事に。
 誰かは口を開き、レフトの問いかけにのみ答える。

「大丈夫。この子には悪いけど……ちゃんと成功してるから」
「そうかい。にしても皮肉なもんだ、あんたを食った俺がまさかのあいつを止める手段になるなんてなぁ。なぁ、シャラさん?」
「一応後で拳骨はしておくから覚悟はしておいてね。こう見えてもあたし、結構根に持つ方だから」

 皮肉を言うレフトに対し、シャラと呼ばれた紗音の体を持つ者はにこやかな笑顔で言い切った。ギンガの背筋とレフトに悪寒が走った。有無を言わさぬ何かを感じさせられたからだ。
 シアンさん、本当にこの人が精神壊れるほどに思っている大親友なんですか……?!
 思わず口調崩壊しながらもレフトは内心突っ込まざるを得なかった。多分これは今までのイメージをぶち壊されたからに違いない。
 なんともいえない疑いをかけられたと知らないで、シャラは己の能力でハープを出現させると舞台にいる九尾の狐――シアンに向かってメロディを奏で始める。



「――迷子はどなた。迷子はどなた。この世に迷う魂はどなた」



 母よりも温もりがあり、そよ風よりも優しく、荒んだ心を癒す、歌。



「――そなたの心はどこにある。そなたの思いはどこにある。そなたの嘆きはどこで満たされる」



 ゆっくりと問いかけていき、それでいて尚且つ、相手を思う、歌。



「――そなたが今を嘆くのならば、私がそなたを導こう。そなたの道に私はなろう」



 帰る場所を見失い、ただただ彷徨う者に贈る、優しい優しい導きの、歌。



「――どうか嘆かないで。どうか悲しまないで。そなたはこの世から消えてしまうけれども」



 己の居場所を失い、嘆く彷徨う者を慰める、心そのものへの救いの、歌。



「――そなたも思い人も、決して互いを忘れない――」



 死んでしまっても、この世界から忘れられていないと気づかせる、歌。





 あぁ、これこそが死の先にある安らぎの世界――冥界へと導いてくれる鎮魂歌。





 シャラの手元にはマイクもスピーカーもサウンドも、音楽機器は一切存在しない。ただ彼女の歌声だけだというのに、それは不思議な事にコンサート会場全体へと伝わっていた。
 酷く冷たくて、けれども何よりも優しくて心を救ってくれるその歌は正しく魂を鎮める歌<レクイエム>と言っても過言じゃなかった。魔法陣から放たれる水色の光が強まっていく最中、誰もがシャラの歌に聞き惚れていた。間近で聞いたギンガはもちろん、観客席に吹き飛ばされたソプラノ達、ギリギリのところで到着した四人組ことホワイト一行、コンサートの裏方で転移の準備を行っているユピテル達、舞台の上にいる九尾の狐、そして呼び寄せられたままその場に浮かぶ事しかしなかった魂のほとんどが、聞き惚れていた。その中でも特に九尾の狐はその瞳から絶える事の無い涙を流し続け、愛しいと言わんばかりの小さな鳴き声を洩らしている。
 だけどその中で唯一人だけ、ぱちぱちと形だけの拍手を行いながら歌を嘲笑う者がいた。

「……これは驚いた。まさかそんな手段で仮初の蘇りを行うとは思わなかったよ。そんなにもこの狐の少女が大事なのか」

 その者の名はセブン・カーディネル・シーンズ。最後の最後に現れた介入者。
 セブンは上空にいるシャラを見上げ、クスクスと癪に障る笑い声を出しながら言葉を続けていく。

「カーベルの歌を受け継ぐ吟遊詩人の一族最後の末裔シャラ。あなたがその行動を実行した結果、キッチリ最後まで見ておくんだね。たとえそれが惨劇を生み出そうとも、ね」

 すると水色の光が更に激しくなり、コンサート全体を本格的に包み込んでいく。眩しすぎるその光に耐え切れず、誰もが目を瞑って衝撃に耐えようとしていく。辺りの魔力が格段と強くなっていき、弱い者ならば卒倒しそうな勢いだ。
 そんな中、誰よりも平然としているセブンに対してシャラは何者にも折り曲げられないだろう思いを告げた。

「例え貴方が何を言おうとも、私はシアンちゃんを助け続ける。シアンちゃんには生きてほしいから」

 シャラがそう告げた途端、コンサート会場全体が大きな衝撃によって包み込まれる。反乱軍が仕掛けておいた転移の大魔法がここにきてやっと発動したのだ。





 第七章「レクイエム」終了。




 

  • 最終更新:2014-06-15 18:27:46

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