第六十七話「炎の悪魔の願い」
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Aパート「モザイク戦」
炎の壁が燃え盛る。外界を拒む混沌とした炎の壁が、彼等の体力を徐々に奪っていく。それを導き出したる混沌の炎の化身モザイクは舞台の中央、荒ぶる鷹の如く激しい指揮を送る。
壁から炎の刃が襲う。湾曲の刃は斜めから、横から、上から、縦横無尽に飛んできて、中にいる五人へと襲い掛かってくる。その乱立な攻撃はまるで大海原の荒れる波を連想させる。
襲い掛かってくる炎の刃に対し、ログウは両手を掲げると己とフズ、イブシの周辺に複数の宙に浮かぶ鉄の壁を出現させて防いでいく。微妙に位置を変えて連続で攻撃してくる為、壁の微調整をしながらの防御なのでロボットでも結構きつい。
「あぁもう、うっとうしい! 一体何なんですか、この炎!!」
「皆殺し事件の住民全体にトドメ刺した殺傷率抜群の炎だ。あの炎に飲み込まれるんじゃねぇぞ? 全身燃やされ、灰になっちまうからな」
「ログウさん、気抜かないでください! ガチで僕等の命かかってるんですからーっ!!」
「わぁっとるわぁぁっ!!」
ログウの愚痴にイブシがモザイクから目を離さず冷静に答える隣、フズが血気迫る表情で訴える。それに対し、ログウも似たような顔で怒鳴り返した。
その一方、セツは足場を凍らせ、滑りやすくしながら空中に点々と浮かぶキューブの上を回転ジャンプで次々と乗り換えながら、炎の攻撃を避けていく。その合間、炎の攻撃が止んだ隙を狙い、己の横に氷柱を出現させてモザイク目掛けて飛ばす。
モザイクはその場から動かず、片手を氷柱に向ける。するとその手は細かすぎる網目を持つ蜘蛛の巣の形の炎となり、氷柱を飲み込んで蒸発させた。
その時、モザイクの背後から「アイス」の銃弾が複数発射されるものの、彼はそれを避けようともせずただその身に受け止める。
セツを勝手に囮にして、背後に位置するキューブの上に移動していたミルエは舌打ちする。
「チッ! 生半可な攻撃じゃ通じない……!!」
『おや、驚いた。私に勝てると信じているのかい? まぁ、構わないよ。その方が絶望の深みが出るからね』
振り向きがてらに嫌味を放つモザイク。片手を元の形に戻しながら、再び鮮やかに指揮をとる。するとミルエの背後にある炎の壁から巨大な腕がぬめりと出てきて、彼女の立つキューブ目掛けて掌を振り下ろす。
キューブを容易に握り締められるだろう大きな炎の手にびっくりしながらも、ミルエは咄嗟にキューブから飛び降りて丸焦げになるのを回避する。
モザイクはミルエの事なんて特に気にせず、波を現すように指揮をする。するとミルエの立っていたキューブの左右両方、つまり別のキューブにも波のように連続して炎の手がバンバンバンッと叩き落とされていく。
何処のアクションゲームだと突っ込みたくなるような猛攻であるものの、セツは空中に浮かぶキューブそのものに重力が発生している事を利用し、すぐさま裏側に回って炎の手をあっさり回避する。
イブシ側はログウが能力を発動させ、鉄のドームで三人を包み込んで炎を遮断する形で防ぎきる。一撃喰らったらまず二重の意味でお陀仏しそうな攻撃を回避でき、フズとログウは「助かった」と言わんばかりに震えた声を出す。
「い、今、口から心臓が飛び出るかと思った……!」
「こっちは未来永劫修理不可能オチになるかと思ったよ! あー、怖かった……!!」
「びびってんじゃねぇ、おめー等! だがこれで、奴の炎はおめーの能力を突破できねぇのが分かった。こんだけでも収穫だ」
ガクガクブルブルと震える二人に渇を入れながら、イブシは冷静に分析する。
否定の魔女一派の中でも最強クラスを相手にしているとはいえど、さすがに万能ではない。それは大国でやりあった時に確認できた事であるし、今回の攻撃を防ぎきれた事も関わっている。
強敵ではあるが倒せない相手ではない。ただ、狙うタイミングが難しいだけで。
今はミルエとセツがちょくちょく攻撃を入れている為、あちらに矛先が行っている。だからこそ、今が攻撃のチャンス。
イブシは刀を両手で持ち、静かに構えながら後ろにいるフズとログウに指示を出す。
「フズ、サポートと回復アイテムの貯蔵。ログウはフズ含めて防御優先で構わんが、可能だと判断したら攻撃に加われ。絶対命令だ」
「は、はい!」
「うっ、了解……!」
「よし、そんじゃログウ……開け」
二人がそれぞれ了承するのを聞いたイブシは、ログウに更なる命令を出す。
ログウはすぐさまドームを解除し、三人を解放させる。外では遠距離から雪だるまをモザイク目掛けて落とすセツや、何時の間にか復活していたミルエが厳つい両手銃で応戦している光景が見える。
攻撃を受けているモザイクは変わらぬ様子であっさりと己の炎で回避しており、ダメージを受けた様子が見られない。その為か、イブシの行動には気づいていない。
好機。イブシはそう判断し、刀を横にし、緩やかに目を瞑ると静かに何かを呟く。
「――――」
次の瞬間、イブシは刀を鞘に収めた。先ほどまで己が立っていたキューブの上ではなく、モザイクの立っている足場の先にある別のキューブの上で。
チン、と刀の鍔と鞘がぶつかる音がイブシの耳に響く。同時にモザイクが己の身を抱えながら、その場に跪いた。
「へ? い、今何が起きたの……?」
「何にも見えなかったんですけど……」
唐突に起きた二つの事に、ミルエとセツは追いつけずに戦闘中だというのに呆気にとられてしまう。
しかしそれを聞きたいのはモザイクの方であった。イブシとは大国での騒ぎで戦い合った事があり、彼の能力が少なからず己に通用するタイプのものである事は知っている。だがどれもこれもかすり傷程度のものだったから、大して気にはしなかった。今回も似たようなものであろうと、見ていた。
だがこれは一体何だ? 先ほど与えられた「壮絶な痛み」はどうやって与えられたというのだ!? ありえない。身を二つに別けられるようなこんな痛みを、炎である私が感じるなんて、ありえない。ありえない!!
生まれて初めて与えられた大きな痛みにモザイクが困惑している中、イブシは口元に笑みを浮かべて得意そうに言う。
「こいつは大収穫。ここまで効果抜群だと、舞い上がっちまいそうだ」
その言葉を聞き、モザイクは痛みに悶え苦しみながらイブシに体を向けて苛立ちを隠さずに問いかける。
『……一体何をした……!』
「斬っただけさ。迷いという名の曇りを宿す事無く、ただただ静かに刀を持って、お前を斬っただけさ」
対するイブシは動揺することも笑い飛ばす事もせず、背につけた刀の柄をつかみながら落ち着いた様子で答えてみせた。彼はそのまま刀を勢い良く抜き取り、縦に持って構える。
その御心と構え、曇り無き鏡の如く純粋で清らかなるもの。静かな水面の如く一点の狂いも無い麗しさをもつもの。芸術とはまた違う、自然の理が見せる穢れ無き光。
「答えが知りたければ、お前自身が見つけ出してみな」
それを見せ付けてくるイブシは、静かに告げて刀を振り下ろす。すると穏やかな風圧が縦一文字となり、慣れない痛みに苦しむモザイクを一時的に二つに裂けさせた。
『ぐぁあああああああああああ!!』
モザイクはみっともない悲鳴を上げる。ただただ与えられる痛みに苦しむしかない。
彼は炎そのものであり、実体を持たない者。だからこそ相手の攻撃のほとんどを無効化し、一方的に苦しめる事が出来る。それによって多くの者達を軽々と捻りつぶし、絶望に染め上げてきた。その一方、体の特性上、“痛み”を感じる事が無かったのだ。それこそ今まで無効化してきた切り裂かれる痛みとは、縁が無かった。
だからこそ、生まれて初めて味わった刀の一撃は痛すぎて、悲鳴を上げるしかなかった。
そんな無様な隙だらけの姿は獲物そのもの。拳銃をスナイパーライフルへと変化させていたミルエは、イブシの攻撃の間中貯めていた「アイス」の弾丸でモザイク目掛けて発砲する。
発砲された一撃にモザイクは気づけず、体を一つに戻した直後頭に喰らってしまう。その衝撃なのか体をふらつかせ、前のめりに倒れてしまう。
その結果を見たミルエが口笛を吹き、ぴょんっとジャンプしながらハイテンションで喜びを表す。
「やったー! 弱ってる間なら、ミルエ達の攻撃も通る通る! モザイク卿の弱点はっけーん! セッちゃん、ミルエ達も一気に畳み掛けるよ!!」
「分かりました!!」
ミルエの言葉を聞いたセツはすぐさまモザイクの頭上に複数の氷柱を出現させ、彼が起き上がるよりも早く次々に刺していく。相手が苦しそうな声を上げるものの、セツは無視して氷柱の数を増やして追い討ちをかけていく。
ミルエもスナイパーライフルを厳つい両手銃に変換し、モザイクをターゲットにして次々と発砲していく。勿論アイスを込めたものをである。
そんな光景を目にしながら、イブシは思わず言葉を洩らす。
「うっわー、ミルエの方生き生きしてやがる……。当たったのがよっぽど嬉しかったのか?」
彼女個人については良く分からないけど、あーいうタイプは自分が勝利しないと気が済まないタイプだと思う。だから今の今まで通じなかった分、痛みを感じる相手に容赦なくやっていけるのだろう。セツの方は敵味方別けて容赦しないだけであろう。
つくづく二人が味方でよかったと思いながらも、イブシはモザイクがただ攻撃されているだけの事実に警戒心を覚え始める。前大戦では否定の魔女の腹心と呼ばれるほどの実力の持ち主である存在なのだ、ここでただ痛めつけられるだけで終わるとは到底思えない。何か、何かを隠し持ってるかもしれない――。
イブシの考察が進む中、モザイクのフルボッコ光景にフズとログウは思わず同情しながらも隊長同様の疑問を浮かべていた。その切欠となったのはロボットであるログウ。
「……おかしい」
「何がですか?」
「いや、さっきから解析してるんだけど、あいつダメージ通ってるけど倒れる可能性があまりにも低すぎる。回復追いつけてないけど、力尽きる結果にならないんだ」
「へ? え、でも融合型でも普通に死ねる筈なんじゃ?」
フズはログウの言葉の意味が分からず、尋ね返す。モザイクも見た限り、融合型に分類される能力の持ち主だから根本のところは同じカービィだと思っての発言だ。様々な能力に分別されているけど、使うのはすべて同じカービィだ。だからこそ、生死の基準に変わりは無い。これは一般常識そのものである。
だがログウは体を横に振り、フズにモザイクの感知結果について報告する。
「でもモザイク卿からはそれが感知できない。でもトレヴィーニの力はちょっとしか感じないからなぁ」
「モザイク卿そのものに何か仕掛けがあるとか?」
「そう思ったけど、逆に無さ過ぎるって結果に終わった。ってかさ、あの人本当にカービィ? トレヴィーニの作った魔獣って言ってくれた方がしっくりくる結果になってきてんだけど……」
ログウは手を組み、ぶつぶつと考え出す。どうやら彼の中では解析が行われているだが、彼個人の人格としては納得できない結果ばかりが出ているようだ。
彼の言葉を聞いていたフズも段々不思議に思い、考えてみる。
仕掛けが無さ過ぎる。カービィなのかどうか疑問に思える。力尽きる計算にならない。トレヴィーニの力は無い。人格も能力もあるし、非常に厄介。只今押してるけど何時まで持つか分からない。
普通のカービィならやられていてもおかしくないのに、どうしてモザイクは完全に力尽きないのか。それはつまり、こんなに攻撃を喰らっても死なない仕掛けがあるからなのか。
そこまで考えて、ふと思う。もしも“弱点が別の場所にあったら?”と。もしも“その弱点が彼から隔離されていたら?”と。そうすれば、彼は実質無敵という事にはならないだろうか。
「え、ちょ、もし、そうだとしたら……ジリ貧……?」
自分の中に過ぎったもしもの考察に、フズは冷や汗を垂らす。
この過程が事実だとすれば、よっぽどの事が無い限りやられてしまうのは自分達では無いかと。この燃え盛る炎の中、持久戦になったらきつすぎるのではないのか。
その不安を肯定するかのように、炎の壁が波立ち始めた。
一方でフルボッコを行っていたセツとミルエは何かを感じ取ったのか、攻撃の手を止めて周囲への警戒を始める。イブシが何事だと思ってモザイクのいるキューブに目を向け、驚愕する。
何故なら、そこには氷柱と弾痕が痛々しく残るキューブしかなかったからだ。先ほどまで無様に攻撃を食らい続けていたモザイクの姿が何処にも無かった。
「逃げられたか」
イブシは刀を持ち直しながら、周囲を警戒する。モザイクの気配は未だ感じられないものの、この状況で逃げ帰るなんて事はしないだろう。第一炎の壁がまだある。
確実に何かを仕掛けてくる筈。攻撃班である三人が警戒する中、炎の壁が波立ち始めたのに彼らは気づいた。
ぶわりぶわりと炎の壁は上下に波立つ。石を落とされた湖の波紋のようにかと思えば、海で絶え間なく起きる小さな波の連鎖に変わったり、不規則な渦巻きに変わったりと、統一性が無い。それに連動しているのか、炎の色が無茶苦茶に変色していき、見ていて気味が悪くなっていく。まるで意志を持ったように蠢いている。
まさか、まさか、まさか、そうなっているのか?
ぐちゃりぐちゃりとそんな空耳が聞こえそうな炎の壁に五人が目を奪われている中、壁から声が聞こえてきた。
『君達がどんなに傷つけようが、私を殺す事は出来ない』
低い、男の声。だけど姿は見えない。ただ居所は壁の中だということが分かる。
この事にイブシはモザイクが何を行って、二人の氷の猛攻を逃げ切ったのか気づいた。
「こいつ、壁と一体化しやがったって事か……!」
同じ炎であるならば、己の体を別の炎と同化させる事も容易い。それが些か唐突ではあったものの、なってしまったのならば受け止めるだけだ。
その一方、イブシ同様にモザイクの現状を察したフズは顔を青ざめながら、己の考察が正解に近いことに気づいてしまう。
「実体がそもそも無い、混沌の炎そのものがモザイク卿だとすれば……勝ち目が無さ過ぎる……!」
イブシとフズの察した事での食い違いはただ一つ。モザイクの弱点が内外にあるか否か。
内側にあると思っているイブシは融合型特有の同化を使っただけだと考えている。だが先ほど核が別の場所にあると考察したフズは混沌の炎=モザイク卿と考えれば、混沌の炎さえあれば意識を転化させる事なんて容易いという答えを導き出したのだ。
だがそれはこちらにとって不利でしかない答え。決定打が見えない悪夢。どうしろというのだ。
絶望にも似た感情を抱くフズに追い討ちをかけるかのように、何処か笑っている様子のモザイクの声が響いた。
『さて、今度はどうやって粋がってくれるのか教えてくれないかい? ――そして、見せてくれ。粋がった先にある、美しき絶望の数々をね』
次の瞬間、炎の壁全体から炎が湧き出てきて内部にいる五人を飲み込んだ。
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Bパート「鏡花水月」
混沌の色を持つ炎に彼らは飲み込まれた。誰もがそう思った。だが、それは違った。
何故ならばミルエ達の上下には半透明の満月を思わせる巨大な薄い円が出現し、それらが炎を遮断しているのだから。横から攻め立てようにも円と円の間に壁があるのか、炎が入り込む事も出来ない。
思わぬ好機に四人が呆気に取られている中、唯一人イブシは刀を持ったまま小さく安堵のため息をつく。
「間一髪。今のはちぃと焦ったな……」
「イブっち、何したのー?」
「能力を使った。こういうのは他の隊の奴が担当してんだが、非常事態だったからな」
「いや、どーいう能力なんですか?!」
ミルエに答えるイブシの言葉に、さすがにセツが突っ込んだ。自分が言える台詞ではないが、カービィ族の能力は本当に何でもありすぎるとはいえどこれは無いんじゃないだろうか。
そんなセツの心の声なんか聞こえるわけが無いイブシはあっさりこう答えた。
「強いて言えば、俺がどうにかしたいもんを斬れる能力ってところだな」
「お、大雑把すぎません?」
「馬鹿。相手が目の前にいるのに、ベラベラ能力全体を喋る奴がいてたまるか」
ですよねー。
イブシの正論にセツは納得してしまった。知りたきゃ後で聞けってわけね。
そんな彼を他所に、イブシは刀を構えなおしながら真剣な顔つきで言う。
「兎に角、こっからは命がけで勝利をつかみにいくぞ」
――第二回戦、開幕。
■ □ ■
イブシ達が壁と化したモザイク卿と再戦を始めた一方、クウィンスと飛燕もまた激戦を繰り広げていた。
クウィンスは何時の間にか出現させたもう一つのライフルを空いていた手に持ち、ミルエ同様に二つの銃を易々と扱って発砲していく。彼女と大きく違うのはコピー能力を使えない代わりに銃弾の軌道を操作できるという事。
だからこそ目の前にいる忌々しい黄緑の男――飛燕には避ける術が無い筈だ。だけども、未だ飛燕は銃弾の傷を一つも負ってはいなかった。彼は己の能力である「幻惑」と「記憶」を使い、最低限の動きと最小限の偽りによって全てを回避していたのだ。
飛燕の幻惑は彼が念じれば、相手に様々なものを見せ付けることが出来る。荒唐無稽なものから、ほんの些細なものまでだ。だから飛燕は銃弾が避けやすくなるよう、クウィンスから見て己の位置が正確に見えないように幻惑を見せ付けているのだ。本当に本当に些細な数ミリか数センチ程度位置がズレただけの幻惑。
だからこそ見抜きづらくて、クウィンスは内心苛立ちを感じながらも飛燕の攻略方法を探していく。幸いなのは飛燕が能力を発動している際、頬の痣が「on!」になっているから分かりやすいと言うことぐらいだ。
クウィンスの苛立ちに気づいたのか、飛燕はクスリと微笑む。女性を軽く落とせそうな甘く爽やかな笑みであるが、その口から零れ出るのはそれに似合わぬ挑発。
「どうしたのさ、ホークアイ。君の攻撃はここまで空振りだったかい?」
「……みみっちい手段しか使わないクズに何を言われても、怒りは覚えませんよ」
「だったらそのクズにいい加減一撃を加えてみなよ。出来るものならね」
氷よりも冷たい淡々とした返答を見せたクウィンスであったが、飛燕は彼女の荒ぶる内心を見破ったのかクスクスとわざとらしく声を出しながら挑発する。
その態度にクウィンスは表情を変えず、眼鏡のズレを直す。途端、飛燕の右足を空中から飛んできた一つの銃弾が貫いた。
「!?」
飛燕自身が察するよりも与えられる痛みと熱さ。見た目こそ小さなものであるものの、肉体に穴を開けられ、流血させた傷はとても痛くて余裕を見せてた顔を強張らせるには十分すぎるものだった。
一体何が起きた? クウィンスは今、一発も撃ってない筈だ。だから能力を発動する事は出来ない筈じゃないのか。それなのに、どうして、僕の足は銃弾によって貫かれた!?
困惑する飛燕を他所に、クウィンスは先ほどと代わらない落ち着いていて、でも良く聞くと若干喜びを帯びた声で話し始める。
「――カービィ族が独自に持つ「能力」というものは、成長をするものです。どのような形であろうとも、切欠があれば強くなる。その証明ともいえる存在は少なくとも、あなたの同行者の中に一名います」
まるで学校で新しい事、特に好きなジャンルを話す教師のように隠しきれない気持ちを見せながら話すクウィンスの口調から、飛燕は彼女の言いたい事を察した。
能力の成長を行えた存在。それが明確に分かるのは唯一人、セツだ。彼は否定の魔女が大国に襲撃する際、セレビィの突然変異能力によって規格外の力を手に入れ、氷の鬼神を除けばほとんど使いこなせていた。
能力というものを成長させるのは難しい。それこそセツのように外部からの干渉もしくはそれに似た何かを受けない限り、力を強くさせることは出来ない。
ここまでくれば、カラクリは見えてくる。クウィンスもまた、似たような事をされたのだ。――否定の魔女トレヴィーニから。
「さて、質問です。もう一撃入れた方がいいですか?」
普段の彼女ならば見せないだろう、嬉々した声色で尋ねてくるのが飛燕の考察を真だと言ってくる。
相性からまだ自分の方が有利だろうと思っていたのだが、それは長年会っていなかった悪い思い込みだったようだ。飛燕は痛みに堪えながら、歯を食いしばる。
どうも自分は自分の記憶に頼りすぎるところがあるようだ――!
目の前にいる強敵を再度脅威と判断し、飛燕は凛とした瞳で睨みつけながら言った。
「零式と同じように殺せると思うなよ、魔女の下僕」
大国防衛隊二番隊隊長として、部下を殺された者として、ここで屈服するわけにはいかない。
強がりにも見える意地と意志の強さを見せる飛燕に、クウィンスは静かに笑みを浮かべた。本来の彼女ならば絶対にしない、敵対する事を望む笑みを。
何も見えない。何も聞こえない。何度も何度も己を閉じ込めている球体を叩いているというのに、開く気配が見つからない。壊れる気配が見つからない。
密着する形で己を閉じ込めるシャボン玉に対し、ナグサは悪態をつく。
「くそっ! これじゃ意味が無い。意味が無いんだ!!」
目も耳も封じられながらも、シャボン玉越しに伝わってくる力の強さに飛燕とクウィンスが激闘を繰り広げているのは把握している。だからこそ焦りが積もる。不安が膨れ上がる。
飛燕も、クウィンスも、救いたい。なのに、ここに閉じ込められていてはどうしようもできない。解放されるのを待っていては、どちらかが死んでしまう。あぁ、どうすればいい。どうすれば、どうすれば!!
こんな時、何も出来ない自分が悔しいとナグサは思う。気持ちばかりが先行して、他のものが一切ついてきてくれない。こんな状況だからなのか、見えない誰かにお前は馬鹿だと笑われている気がして、余計に悔しく思う。
でもここで諦めるつもりは一切無い。絶望を覚えても、どんなに笑われようとも、これだけは譲るわけにはいかなかった。どうしても助けたい者達の為にも。
絶望的状況の中、ナグサは悪あがきをやめようとせず、シャボン玉からどうやって脱出するか頭を動かそうとしたその時だった。
『くいんす、すくいたい?』
唐突に、己の頭の中に幼い子供の声が聞こえてきたのは。同時に目と耳に、一瞬猛烈な熱さを感じて思わず悲鳴を上げかけたもののどうにか堪えた。
一体何の攻撃だと若干涙をこぼしそうになりながらも、気づく。目が暗闇以外を薄ぼんやりとだが写し始めている事に。耳が外の音を少しずつ拾い始めている事に。
飛燕のかけた幻惑が解けているのだ。今先ほど感じた猛烈で、炎そのものの熱さによって。
この事実に気づいたナグサは先ほどまでの焦りが嘘に思えるほど、心が落ち着いた。そして不敵な笑みを浮かべた。
自分が体感すれば、後は大体察する事が出来る。ここまで証拠が揃ってしまえば、何が原因かぐらい分かる。この冒険の中、そういう強引な推理には慣れさせられたものだ。
ナグサは今までの自分が信じられないぐらい、落ち着いた様子で声に話しかけた。
「君がホロか?」
『うん』
即答。その声に変な感情は乗せられていない。トレヴィーニの命令のおかげか、己を殺す気は無いようだ。全く変なところで拘る魔女である、今はそのおかげで助かってるのだから何も言わないが。
だがホロの行動にはやや疑問が浮かぶ。飛燕の幻惑を打ち消す力を持っているのならば、クウィンスを援護するべきのが魔女の手下として一番相応しい事なのに。
時間が無い今、ナグサは浮かび上がった疑問をすぐさまホロにぶつけた。
「どうして僕を助ける? どうしてクウィンスを助けない?」
『ほろ、くいんす、すくえないから。だから、なぐさ、やらせる』
「……トレヴィーニの命令は良いのかい?」
『かまわない』
どうやらホロは、幼い声に反して己の意思はしっかりと持っているようだ。彼もまた、クウィンスを心から救いたいのだと考えているのだろう。トレヴィーニという偽りの優しさに身を焦がせ、重い重い罪の海に溺れていく彼女を、解放させたいと願っているのだろう。
皮肉な事にトレヴィーニが発動させた否定によって、ナグサはクウィンスと飛燕の十年前の真実を知っている。そこにはホロという存在も、要因の一つに組み込まれていた。だから尚の事、ホロはクウィンスを助けたいと感じているのだろう。だが立場上、それを表立ってする事は出来ない。だからそれを許されたナグサを使う。
つまり、どちらも目的が同じ。だから今だけ協力し合う。それがホロの目的。
ナグサはすぐにそう判断したものの、少々微妙な面持ちであった。ハッキリ言ってこの申し込みは凄く助かるものであるのだが、心の何処かが引っかかっている。そしてそれがどうしてかも把握している。でも今、それを口にして議論する時間は、多分無い。
何ともいえない気持ちがナグサの中で燻る中、ホロはぽつりぽつりと呟き始めた。
『くいんす、やさしい。じゅうねんまえ、かんちがい、ほろ、たすけた。とれさま、かんぜんほうち。ほろ、さいしょ、なみだめ』
トレヴィーニさん、あんた何やってんすか。
後半のくだりを聞いたナグサは思わずツッコミを入れた。いや、多分潜入捜査とかその辺りなんだろうけど、完全放置は無いでしょ。可哀想じゃないですか。
だけどそのツッコミは、途切れ途切れに語っていくホロの声色と言葉で散開した。
『さいしょ、ほろ、くいんす、りよう、じょうほう、える。でも、くいんす、やさしかった。ほろ、いぎょう、うけとめた。おかあさん、おねえさん、してくれた。とれさま、ちがう、ほんと、やさしさ』
話していくうちに過去を思い出したのか、少しずつ嬉しそうで、楽しそうで、幼い声にピッタリな話し方だった。本当に、本当に、子供を現しているような声。
あぁ、彼もまた彼女に惹かれたのか。一見焦がれるほどに強くて、でも何処か脆さを帯びた彼女の愛しさを覚えるほどの優しさに。とても大きくて、一緒にいたいと思わせる彼女自身の魅力に。
『ほろ、はじめて、しあわせ、ねがった。くいんす、しあわせ、いきて、ほしい。だけど、こわれていく』
ホロの声色は少しずつトーンが落ちていく。喜びが、悲しみへと落ちていく。話していくうちに、過去から今に近づいていく過程を思い出したのか、少しずつ声が涙混じりになっていく。
『わすれたくない』
震えた声が、思いを口にする。誰よりも愛しい人への思いを、伝えてくる。
『くいんす、わすれたくない』
ナグサにはどうしてそうなるのか分からない言葉だけど、それでも伝わってくる彼女への想いは痛いほど分かる。
『だいすき、だから、わすれたくない』
彼が言葉にするように、涙で言葉を震わせながら、伝えてくるとても幼くて、純粋な、好意。
『だから、くいんす、たすけたい。くいんす、すくいたい。だいすき、だから』
魔女への忠誠とは異なる、ただただ純粋に感じ、覚え、故に願う愛。
それは否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガンに加担する存在が背負うにしては、あまりにもピュアだった。
姿こそ見せてはくれないものの、彼の言葉からどんな状態にあるのかは察する事が出来る。大方涙をぼろぼろこぼして、プライドを全部捨てて、彼女を救う事を懇願している姿になってるのだろう。そう思わせるほど、ホロはクウィンスを愛しているのが伝わった。
その言葉を聞いていたナグサは軽く肩を落とし、やれやれと言う感じで呟く。
「……参ったな。クウィンス以外の事で言いたい文句は山ほどあったのに、言う気が失せた」
心の中にあったわだかまりは消えたわけじゃないけど、それに等しいぐらいに抑えられた。どうやらクウィンスに関してはどっちも似たもの同士なようだ。
ふと目線を下に向ける。そこでは銃弾の速度・軌道・数量を自在に操作するクウィンスの猛攻と、幻惑と記憶と魔法を組み合わせた混合技を駆使して避けながらも反撃する飛燕が見える。戦闘が激化したのか、二人とも傷がちらほら出来ている。
あぁ、どうやらまだ間に合うようだ。戦闘が終わっていなくて、良かった。
ナグサは少しホッとした。そしてすぐに顔を引き締めて、己の恩師を愛する炎に声をかける。
「ホロ、今から二人を過去から助け出す。だから――手伝え」
『……ありがとう、なぐさ』
「勘違いしないでよ。お前の為じゃない、僕等の為なんだからな」
典型的ツンデレ台詞を口にするが、ナグサの顔は真剣そのもの。それが照れ隠しなのかどうかはホロには察する事は出来ず、ただ「うん」と答えるだけであった。
直後、ナグサを包んでいたシャボン玉が橙色の炎に包み込まれる。シャボン玉は一瞬で消滅し、炎は中にいたナグサまでをも包み込もうとするが当人は動じず、口を開き、全てを吸い込んでみせた。
ズオオオオオオ、という吸引音が辺りに響く。さすがにこの音には気づいたのかクウィンスと飛燕が攻撃を一時中断し、顔を上げた。
そこにタイミングを見計らったかのように、橙色の炎を身に包ませながらナグサが二人の間に降り立った。彼は奇妙な事に、体色が橙の入った黄色となり、彼の周囲に同色の火の玉がぽつぽつと浮かんでいた。
「ナグサ君、その姿は……」
「……彼をコピーしたのかい?」
様変わりしたナグサの姿に二人が唖然とする中、ナグサは交互に二人の姿を見比べた後、ホロの炎をコピーしたままの状態で二人に告げる。
「クウィンス、飛流、教えてあげる。――幻想も、逃亡も、たった今終わる事を」
幻想を断ち切る炎が、三人の周囲を包んだ。
片や兄の愛した人の心を救う為、自らの全てを兄という偽りに塗り固めた女。
片や孤独を誰よりも堪えきれず、自他の愛を願いすぎたが故に魔女に溺れた女。
どっちが勝っても負けても、どっちにも幸せは舞い込んでこない。ただ残るのは親しき人を失った、絶望。
だから幸せを望む少年と炎の悪魔は、抗う。
次回「幻想の終末」
- 最終更新:2014-06-15 18:30:42