第六十一話「バトルロイヤル」

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 一人の少女にとって、自分は惨めな存在でしかありませんでした。

 一人の青年にとって、自分は流されるだけの存在でしかありませんでした。



 何故ならその少女は色々なものに屈服し、家の中に閉じこもり続けていたのだから。

 何故ならその青年は色々なものに支配され、好き勝手に弄られ続けられたのだから。



「どうしてウチがこんなことに」

 少女は過去に怯え続けていました。なのに何故、外に出られないままなのに親友と共にいるのでしょうか。



「どうしてボクがこんなことに」

 青年は未来に諦め続けていました。なのに何故、今の状態のままで歩き続けようとしているのでしょうか。



 二人のその思いはとても矛盾しているものでございました。だけど、正常なものでもございました。



 二人とも結局は本心に気づいていないのです。傷つくのを恐れているだけなのでございます。



 少女は結局は触れ合いたいのです。だけどその触合いによって自分が傷つくのを恐れているのでございます。

 青年は結局は生きていたいのです。だけどその生き方によって自分が傷つくのを恐れているのでございます。



 だから少女は他者と触れ合いたいのに、自ら触れ合う事に怯えているのです。

 だから青年は己の意思で生きたいのに、自ら生きる事を諦めているのです。



 少女の手には鍵があります。己を閉じ込める檻を開ける鍵が。

 青年の手には鋏があります。己を縛り付ける糸を切れる鋏が。



 だけども二人ともそれを使おうと致しません。その立場を嫌がっているくせに、使う事を拒んでいるのです。



 だから少女は己の生み出した折の中で囚人として生き続けます。

 だから青年は己の生み出した糸の中で人形として生き続けます。



 それが他者にどれだけ滑稽な姿で見えているのか、双方無自覚のままに生き続けます。



 でもそれは何時かは向き合わなければならないものなのを、気づいておりますか?



 気づいていないのならば、二人はもうじきそれを叩きつけられるでございましょう。



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Aパート「バトルロイヤル」

 巨大野外コンサートだというのに、歌声が響く。全体に響き渡る。今回の為に設置させられた巨大ステージで歌う者達が人々の注目を集めていく。様々な色のライトが彼等を照らす中、観客席では感激の声がいくつも上がっていた。
 その中、とある友人グループはというと遅刻した一人を迎えに行った二人が中々戻ってこない事に不思議がっていた。

「一体どうしたんやろうね。もうそろそろ戻ってきてもえぇ頃やと思うんやけど」

 水色・黄緑色・橙色の尾と星の飾りが二つついた緑の帽子を被った黄緑色の少女クー・キャンディは、遅刻した紗音と共に戻ってくる予定のゼネイトとタロウの遅さに不思議に思う。タロウの能力を使えばあっという間に戻ってこれると思うのに。
 彼女の呟きに対し、隣に座っている片側だけ赤の縞模様を持つ黄色の二股帽子を被ったややぷっくりした薄茶色の少女ねずはポテトを口に入れながら返す。

「あたしに聞かれてもわかんないの~。迷子になったのかなぁ?」
「いや、ねずやあるまいし……。でもほんまどないしたんやろ」

 ねずにツッコミを入れながらもクーは疑問に思い続ける。チラリともう一人の友人を見てみるものの、彼は完全にライブに集中していてこっちの声なんて聞こえていない。さすがソプラノファンクラブに入会している事はある。
 とにかくゼネイトに電話する為、ねずに軽く伝えてからクーは一旦コンサート会場の外に出た。人ごみが凄まじかったものの、みんな席に座っていたので移動は比較的楽に出来た。こういうところだけ行儀が良いのは助かる。
 外に出てもコンサートから響いてくる音にクーは「盛り上がってるなー」と思いながら、携帯電話でゼネイトに電話をかける。しかしその電話は相手が出ずに終わった。

「ありゃ? なんや、また何かやらかしたんか?」

 出ない電話をきりながら、クーは呆れた顔で呟く。ゼネイトはトラブルメイカーだし、タロウの運転技術は荒っぽいから警察辺りに注意されるのも毎度の事である。だから今回もそれと似たようなことだと考える。実際はそれ以上に凄まじく厄介な事なのだが、彼女が知る由も無い。

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 唐突だが、オリジナル・カービィ大帝国全土では車やエアライドマシンというものはそう多く使われていない。遠出をする時こそ使われるものの、魔法の力で瞬間移動するものも多い。
 この二つが使われるとすれば街中か始めて遠出する時、もしくは荷物運搬時ぐらいであろう。移動魔法というものは一度行った場所を記憶していれば、すぐさま飛べるから物好きで無い限り何度も使うものではない。だから交通関係に関してはぶっちゃけそんなに発達していない。さすがに街中ではある程度整備されているものの、やはり歩行者を優先している作りになっている。

 そんな最中、比較的新しく出来た街であるレクイエムの道路では爆走劇が行われていた。

 二台のワープスターからは後ろから迫ってくるレックスウィリーに対し、無数の針と火炎放射が放射される。だがレックスウィリーは巨体に似合わぬ細かな動きで避けた後、更にスピードを上げていく。
 ワープスターの前にて乱暴に走っていく青の車の後頭部座席に座っているリクがそれを見て、声を上げる。

「おいおいおい! アレ、ほんまにレックスウィリーか?! あそこまで加速上がるっておかしいやろ!!」
「魔法か能力のどっちかで速度上げてるんじゃないの!? さっきバックミラーで見たけど、あのウィリー走った後濡れてたから間違いなくそっち方面だと思う!!」
「うわぁ、なんちゅー突然変異レベル……!」

 運転に集中しながらも答えるタロウに対し、リクは相手の凄まじさに思わず声を洩らす。カービィが何でもありな存在とは言えど、これはさすがにやりすぎである。
 乱暴運転である為、車体が大きく揺れる。しかし安全運転をしていれば車が破壊されるのは目に見えている。だからタロウはアクセルをベタ踏みし続けた。

「大丈夫か、お侍さん」
「ど、どうにかな……」

 車の中、助手席越しにゼネイトは一番の重傷を持つタービィに話しかける。この状態の中、合間合間を見て魔法で彼の傷を回復していってはみたものの時折来る凄まじい震動のせいで満足に回復ができない。
 追っ手の攻撃に舌打ちしながらゼネイトはバックミラー越しに後ろの様子を確かめる。後ろではローレンとチャ=ワンの乗ったワープスター、戦闘の為に下がったソプラノと紗音のワープスターが反乱軍の男を乗せた特殊なレックスウィリー相手に奮闘している。今でこそワープスター二つは車の上の高さまで浮いているものの、それでは満足に攻撃ができないだろう。
 このままでは拉致があきそうにない。ゼネイトはそう判断し、タロウに言う。

「引き離せないのか、あのレックスウィリー!?」
「さっきからアクセルベタ踏みしてんだけど、あいつが離れてくれないの!!」

 しかしタロウは愛車のアクセルを先ほどから何度も踏んでおり、車自体もすさまじい速さで走っている。普段ならばまず出さないスピードである為、何時もならばとっくに目的地についているだろう。
 だが追っ手のゼネバドルが放つ砲撃により、中々思うようには進めず、車がそんなに通ってない事を良い事に十字路で最も遠い道以外の曲がり道を全て破壊するなどと妨害工作もされている。ちなみに警察が気づいてこの騒動を抑えようとしたけど、ゼネバドルの砲撃によってぶっ飛ばされたので意味無し。
 攻撃係のローレンは未だ諦める気配の反乱軍に対し、いらだった声を上げる。

「あぁもう! あいつ、どーにかなんないの!? すっげーうざいんだけど!!」
「せめてあのレックスウィリーをどうにかすることが出来ればよいのでござるが……」

 操縦係のチャ=ワンはローレンの苛立ちに感化され、焦る。ワープスター二台はどうにかゼネバドルの攻撃を避けれているものの、車は大きさゆえにそうもいかず、さっきから攻撃を食らってばかりである。能力の一種なのか、故障した部位は自動的に回復していってはいるものの、こうも連続して食らっていては何時壊れてしまうか分からない。
 その様子を見ていたもう一台のワープスターに乗っていたソプラノは操縦係の紗音に話しかける。

「紗音ちゃんだっけ? 君、拳で殴り合うのと車がぶつかり合うのとどっちが好き?」
「え、いや、それってどっちもそんなに変わらなくないですか?」
「良いから答えて」
「……拳の方がまだ痛くないんじゃないんですか?」

 凄まじく嫌な予感を感じながらも、被害の大きさで考えて答えてみる紗音。それを聞いたソプラノは彼女に振り返り、ポンッと頭に手を置くとにっこり笑顔で言い切った。

「それじゃ、交代!」
「は?!」
「ロー君! ワンさん! エアライドバトル、やるよ!!」

 驚く紗音を他所にソプラノはもう一つのワープスターに乗っている二人に呼びかける。その声を聞いたチャ=ワンはすぐさまワープスターを一気に地面まで押し付けた後、地面とスレスレの低空飛行であろうことかゼネバドルの乗るレックスウィリーへと突撃していった。もちろんその際、ローレンが切りかかったのも言うまでも無い。
 その光景に紗音が驚いていると、ソプラノによって立ち位置を変えられた。そしてローレン達同様ワープスターを地面に押し付けてからレックスウィリーへとスピンしながら体当たりする。
 ガガガガガガガガッ! 機体同士がぶつかり合い、耳障りな音と共に花火がちらついていく。紗音が目を瞑り、必死でワープスターにしがみついている一方、ソプラノは更にスピンしようとするものの、ゼネバドルが先にレックスウィリーをスピンさせてソプラノの機体を弾き飛ばす。
 ワープスターが派手に転がるものの、ソプラノは無理矢理コントロールさせてバランスを整えるとレックスウィリーの横に行こうと走っていく。その最中、ソプラノは紗音に尋ねる。

「紗音ちゃん、生きてる?」
「じゅ、寿命縮みまくりです……。な、何でいきなりこんな事を……」
「防衛してるだけじゃこっちが持たないからね。いっその事あのレックスウィリーを破壊した方が早いって思ったわけ。でもあたしの能力は歌だから攻撃力微妙なの。で、紗音ちゃん戦える?」

 確かに何時までも防衛戦しているよりかは、元を叩いた方が面倒ではない。しかし納得はできるものの、自分がどうして巻き込まれてしまったのだろうかと紗音は思う。
 と、そこでとんでもない質問をされているのに気づき、半分涙目になりながら訴える。

「あたしの能力、戦闘向きじゃないんですってば~! 震動を相手に与えるっていうすっごい地味な能力!」

 半ばヤケクソになってると自覚しながら言った紗音に対し、ソプラノは一瞬驚いた顔になるもののすぐに真剣なものに変えて問う。

「……それ、対象は?」
「モノとヒトです、建物は無理。それ以上は分かりませんよ、普段からそんなに使ってませんし!」
「分かった。それならあの反乱軍に震動与えまくってほしいの」
「えぇ!?」

 またもとんでもないお言葉に紗音がもう泣いているんじゃないかって思う声を上げた。そういえばエアライドに乗せられる時も結構強引だったような……。
 自分には到底無理な事ばかり押し付けられ、紗音は目の前のアイドルが嫌いになりそうだった。ファンではあるもののこうも凄まじい事を強いられれば嫌になってくる。だが当のアイドルはウインクし、自信を与えてくれる明るい声でこう告げた。

「大丈夫だよ。カービィの能力は、主を裏切らないんだから」
「ソプラノちゃん……」
「こんな事させるのはちょっと酷いかも知れないけど、あなたにしか頼めないの。お願い、倒せって言ってるんじゃない。ただこけさせてくれればいいの」

 不安と戸惑いの顔を見せる紗音にソプラノは明るい笑顔でお願いする。その笑顔は見ているこっちが元気付けられるものであり、自然とやる気を与えてくれる代物であった。自然とそれまであった感情が洗い流されていく、自分でも出来ると思えてくる。紗音が自信を取り戻し始めたその時、ローレンの怒った声が聞こえてきた。

「ちょっとぉー!? チンタラ喋ってる暇あったらこっち加勢してくんなーい!?」

 その声を聞いて振り向いてみるともう一台のワープスターはチャ=ワンの操縦でスピンしており、それに合わせてローレンが巨大鋏で何度もレックスウィリーに切りかかっているものの、ゼネバドルのバズーカとレックスウィリーの反撃を食らっている光景が見えた。どうやら話をしている間に減速してしまったらしく、彼等と少々距離がある。その一方、他のメンバーが乗っている車はレックスウィリーを引き離す事が出来たらしく、すでに姿が見えなくなっている。
 ソプラノはローレンに元気良く返事した後、紗音に一言告げてからワープスターを加速させた。

「ロー君、分かったー! 紗音ちゃん、手加減無しの全力全開でやってね!!」
「え、ちょ、まだ心の準備が~!!」

 紗音が声を上げるも無視。二人を乗せたワープスターはレックスウィリーの背後に回って勢い良く突撃し、衝撃を与える。レックスウィリーがややバランスを崩したところにもう一台のワープスターがすかさず横からスピンアタックし、転倒させる。
 だがレックスウィリーは転倒する寸前、タイヤから細長い腕を複数出現させてそうなる事を防ぎきる。すぐさま腕が伸びていき、どんどんレックスウィリーのバランスを戻し、復活させる。

「キモッ! めちゃキモッ!!」
「な、何と面妖な……」
「うーわー、前に出演した映画思い出しそう」
「今のって水?」

 怪現象にローレンとチャ=ワンが引き、ソプラノは思わず昔を思い出したり、紗音はレックスウィリーから伸びた腕なのに気づく。その一方運転手のゼネバドルは追いつけていないのか状況把握に精一杯だ。
 それを見たローレンがソプラノに目線を送る。ソプラノはこくりと頷き、紗音にウインクする。紗音は最初察する事が出来なかったものの、この流れから何をしろと言っているのか察してしまった。
 紗音は深呼吸し、ゼネバドルが復帰するよりも早く両手をゼネバドルの方に向けて能力を発動させる。するとゼネバドルの体が唐突に左右に震動し始めていき、座席からズレ落ちさせられていく。もちろん当人はどうにかしがみつこうとするものの、体が常に揺れ続けていく為につかみきる事が出来ず手を滑らせ、走るレックスウィリーから叩き落とされた。
 生々しい打撲音が耳に入ると共にローレンはワープスターから跳び、落ちたゼネバドル目掛けて巨大鋏を振るう。落ちたゼネバドルは起き上がることこそ出来なかったものの、バズーカを使って咄嗟に鋏を防ぎきる。ローレンはすぐさま距離をとった後、ゼネバドルに向かって言う。

「反射神経良すぎでしょ、あんた」
「お生憎様。こちとら世界大戦時、前線でやりまくってたんだ。こん程度痛くもかゆくもねぇんでね」
「頭から血出しながらかっこつけて言う台詞じゃないよ? それとあのレックスウィリー、行動止めたみたいだよ」

 落ちた際に出来たのか、頭から血をダラダラ流して帽子を赤く染めながらゼネバドルは言い返す。その姿にローレンは嘲笑いながらも、何時の間にか走るのを止めて形が崩れていくレックスウィリーを睨みつける。
 二台のワープスターもローレンのすぐ傍で止まり、ゼネバドルと液体状になったレックスウィリーと向かい合わせになる。ソプラノはローレンに向かって親指立てながら褒める。

「ロー君、さっすがぁ! ナイスアタッカー!」
「一撃必殺じゃないからイマイチだよ、アレ。ってかさ、さっきの何?」
「あぁ、紗音ちゃんの能力だよ。相手に震動を与える特異型」
「……うーわー……。地味だけど地味なりに嫌な能力だわー」

 露骨に嫌そうな顔をするローレンにソプラノは苦笑する。フォローされる様子が無いのを見た紗音は少々ショックを受けるものの、それを打ち破るかのようにチャ=ワンが静かに刀を抜いて一同に告げる。

「三人とも……まだ戦いは終わってないでござるよ」

 その言葉を聞き、三人がゼネバドルと球体の形になったレックスウィリー……否、蛙の被り物をつけた中性的な少年夏湯を見る。向こう側は共に戦闘が出来る体勢で構えている。それを見たローレンとソプラノが何時でも戦えるように体勢を整える。もちろんソプラノは紗音を後ろに下がらせながらである。
 一方夏湯はタクトを軽く振りながら、ゼネバドルに話しかける。

「会場からプラン変更の連絡がきたノ」
「どっち方向だ?」
「加速ナノ」
「アイアイサー」

 短めの会話を終わらせ、二人は黙り込む。戦闘に備える為なのは一目で分かった。
 その様子と会話からチャ=ワンはどうなっているのかを察し、ワープスターから降りるとローレンの一歩前に出る。

「皆の者、ここは拙者に任されよ」
「ワンさん、いいの?」
「守りには自信有りでござる。だから車側の後を追いかけるのが宜しいかと」
「それなら、僕様も残った方が良いね。ワープスターは二台もいらないでしょ?」

 ソプラノの言葉にチャ=ワンが応えた隣、ローレンがニヤリと悪戯を思いついたような顔で笑う。その言葉を聞いたゼネバドルがバズーカを使おうとするも、ローレンが複数の針を出現させて相手目掛けて発射する。
 すかさず夏湯が前に出て、小さなタクトを使って器用に弾き飛ばしていく。その間にソプラノは紗音を連れたまま、ワープスターを浮上させると車を追いかけるべく飛んでいった。

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 ソプラノ追憶コンサート会場にて、クーは軽くため息をつきながら座席に戻ってきた。もぐもぐとお菓子を食べながらねずが振り返り、「どうだった?」と目線で尋ねる。クーは体を左右に振る。

「ダメやった。三人とも電話に出ぇへんかった」
「あ、そなのぉ? でもそろそろ来るんじゃないかな?」
「まっ、タロウの運転ならな。ゼネイト、ドッキリ好きやからあえて切ってるのかも」

 あいつならやりかねない。そう言いたげなクーの顔を見て、ねずは同意して笑う。どっちにしろ、そういう事をやっているという事はもうすぐつくから心配しなくていいというサインでもある。だから心配なんてしていなかった。
 そんな時、音楽が止んだ。どうやら演奏が終わったらしく、次のユニットに移行しているところだろう。次は一体何処が来るのかとクーが思った矢先、今までコンサートに夢中になっていた男が驚いた声を上げた。

「ありゃ!? 誰、あの子!」
「どないしたん、ハム?」
「いや、知らない女の子が出てきたんだよ。後、ハムじゃないから」
「どれどれ?」

 男のツッコミは無視し、クーとねずは舞台に目を向ける。舞台の後ろにはバックスクリーンがある為、舞台にどのような人物が立っているのかは丸分かりなのである。
 舞台の上に立っているのは確かにテレビでは見た事の無い少女だった。大きな狐の耳を殺さないように青と緑の宝石がついた黒色の和を思わせる王冠をつけ、翠と蒼のオッドアイを艶かしい流し目でアピールしている。良く見るとその顔にはうっすらと化粧がされており、年不相応だけれどもしっくりと来るような色気と大人らしさを見せ付けてくれる。大きな狐の尻尾には紺色の半透明の羽衣がとりついており、ふわりふわりと浮かんだそれは彼女の背を包むようにある。特に橙色の右足と紫色の左足を隠すかのようにしている素振りが、彼女の神秘さと妖美さを高めていた。まるで夜空から落ちてきた、天女その人ではないのだろうか。そう思わせるほどの麗しさを持った少女が舞台に立っていた。
 クーがその少女に呆気にとられている一方、ねずが呑気に男に尋ねる。

「デビちゃん、アレ誰~?」
「知らないよ。後、デビちゃんじゃないから」
「……なら一体何なんや?」

 ソプラノ関連ならば芸能人やアイドルも知っているヘッドフォンをつけ、蝙蝠の翼を生やした紫の男(この外見からデビちゃんと呼ばれている。またハムというあだ名はソプラノファンクラブ会員番号86番だからだ)でさえ、知らない事にクーは不思議に思う。
 大人顔負けの美しさを持ち、尚且つプレッシャーに押し負けるどころかそれさえも楽しんでいるような顔の少女は間違いなく将来が期待できるタイプだ。というかアレが大人だったら、魔性の女になれるだろう。見たところ狐の動物型だからそうなってもおかしくない、というかしっくり来る。
 クー達三人だけでなく、誰もが同じ疑問を抱きながら舞台に注目する。視線を受けながらも、少女は怯む様子を見せずに妖しくも相手の心をつかみとる笑みを浮かべて丁寧にお辞儀して自己紹介する。

「始めまして、皆々様。私はシアン、このコンサートのサプライズゲストでございます。若い身でありながら、亡くなられてしまった彼女の為にと思い、歌を届けに参りました」

 少女――シアンの体を乗っ取ったフー・スクレートは頭を挙げ、鎮魂歌を歌い始める。とても優しい優しい死者を送る、冥界の王の歌を。




次回「虚空歌姫~イツワリノウタヒメ~」













  • 最終更新:2014-06-15 18:26:39