第八話「容疑者クウィンス」



 東南の都市「グリーンズ」の隅にある小さな町。通称「図書館の町」と呼ばれている。
 そこには古い木造の大きな図書館が名物だが、それ以外はのどかな小さな町。言ってしまえば、田舎町に分類されるところだ。
 今、この町では復旧活動が行われている。それもその筈、否定の魔女はこの町を中心にして黄金の風を吹き荒らしたのだから。
 そのせいで黄金の風による被害はグリーンズが一番大きく、行方不明者も二桁を越えている。しかも最悪な事に死者まで出てしまっているのだ。
 現在は大国から救援隊が駆けつけ、グリーンズ全体に救援活動を行ってくれている真っ最中だ。
 多くの人々が避難所にて共同生活を送る中、撃ち合いしたにも関わらず吹き飛ばされなかった図書館にはクウィンスが一人カウンターにいた。
 彼女は読書を終わらせ、本を閉じる。小さくため息をつき、壁にかけたカレンダーに目を移す。

「……彼等が旅立ってから、早五日ですか」

 彼等、つまりナグサ、ミルエ、ツギ・まちの事だ。
 黄金の風に乗って旅立った時は冷や汗握り、今では何処にいるのかが分からない。
 ナグサが携帯電話を置いてきてしまった為、連絡も出来ず不安は募るばかり。今思えば「責任をとれ」という口実で逃がしたのは、間違えたのかもしれない。
 だが、あの時はこれ以外の手段が思い浮かばなかった。
 魔道書が何故ナグサ達の下にあったのかは分からないが、否定の魔女トレヴィーニが復活してしまったのは紛れもなく彼等の仕業。恐らく本心ではないだろう。それでも復活させた事は罪だ。
 否定の魔女トレヴィーニが「否定」してしまえば、それが事実となる。
 台風が起きない事を否定すれば、台風が起きる。
 世界が平和になる事を否定すれば、惨劇が起きる。
 一つの軍隊がある事を否定すれば、その軍隊は消滅する。
 魔女曰く「可能を不可能にし、不可能を可能にする」力。
 森羅万象、輪廻転生、それら全てを「否定」してしまう力。
 神の領域に踏み超えた、絶対なる「否定」を司る力。
 だからこそ否定の魔女の復活は大罪。良くて終身刑、悪くて死刑以上の刑罰が与えられる。
 本来ならばナグサ、ミルエ、ツギ・まちはこの罪を背負わなければならなかった。だがクウィンスはそれを拒んだ。
 本心から復活させたわけじゃない。悪意から復活させたわけじゃない。魔女を復活させてしまった事を後悔する子供を、どうして殺さなければならない? 復活させたのは確かに大罪だ。だが復活した者を殺したところでどうなる? どうにもならない。魔女が封印されるわけではない!
 だからクウィンスはナグサ達を逃がしたのだ。彼等を生かす為に。

「……あの時のように後悔はしたくありませんからね」

 脳裏に思い浮かぶのは戦時中に出会った一人の子供。
 本来ならば自分の手で護れる筈だった。だけど、自分の不注意のせいであの子供を深く傷つけてしまい、その先の未来を潰してしまった。
 あの過去はトラウマといっても過言ではない。だからこそ、繰り返したくないのだ。自分が関わっているというのに、何もせず眺めるのは。眺めた結果、その人を殺してしまう事には。
 それを食い止める為ならば、己がどうなろうと知った事ではない。

「失礼しまーす。クウィンスさん、いますかー?」

 不意に聞こえてきた声にクウィンスはハッと我に返り、慌てて体を向ける。
 扉から入ってくるのは頭に大きな若葉が生えた眼鏡をかけた少年。ナグサ程ではないが、図書館に良く来ているから知っている。
 カウンターに駆け寄ってくる少年に、クウィンスは何時もの調子に戻って尋ねる。

「ウェザー君、どうしたんですか?」
「えっと、中央の防衛隊から増援が来たんですけど……何か隊長格がいるんですよ」
「だから何なんですか? あまりの被害の大きさに、隊長か副隊長直々に指揮に……」
「違います! その隊長さんがクウィンスさんに用事があるらしいんですよ!!」
「……何ですって?」

 クウィンスは自分の耳を疑った。
 何ゆえ隊長格が自分なんかに用事があるのだろうか。確かに戦時中、自分は大国で戦った事はあるのだが今はもう軍人ではない。ただの図書館の司書だ。
 ウェザーが嘘をついているのかと思ったが、彼の目は真剣で嘘をついているようには見えない。
 ならば、一体どういう了見なのだろうか――?
 クウィンスが頭を悩ませていると、図書館の扉が開いた。
 二人が顔を向ける。そこには一人のカービィがいた。

「久しぶりだね、クウィンス」

 大きな緑色のフードを被っており、フードの上には黄色い半透明のリングが浮いている。それを身に着けているのは、左頬に「off」という痣がある黄緑色の男性だ。
 温和な笑みを浮かべているが、彼の瞳はどこかとらえどころがない。
 クウィンスは男を見て、驚きを隠せなかった。あの時別れて以来もう出会う事は無いと思っていたのに、どうしてここにいる?

「……飛燕」

 男の名を呼ぶ。名を呼ばれた男飛燕は微笑を浮かべている。

「凄い驚いているね。どうしてここにいるのかって聞きたそうだ」
「……その通りですよ。あなた、修復活動は出来ない能力者じゃありませんでしたか?」

 修復活動は絵描き能力に特化した五番隊、もしくは魔法に特化した六番隊の仕事だ。
 だが飛燕は絵描き能力を持っていないし、魔法も使わない人物だ。少なくとも修復活動に向いている人材ではない。
 飛燕はクウィンスに対し、顔を左右に振る。

「いや、僕は増援じゃないから。別の用件で来たんだよ」
「別の用件?」
「そっ。……大国オリジナル・カービィ防衛隊二番隊隊長としての用件だ」

 飛燕はそう言って、クウィンスを見る。全てを映し通すような翠の瞳で。
 クウィンスは彼の目を見て、表情を険しくする。こういう時の彼は残酷すぎる。事実、真実を何のためらいもなく、口にする。
 今回もまた例外なく、飛燕はクウィンスに残酷な事実を打ち明けた。

「クウィンス、君を否定の魔女復活の罪で逮捕する」

 それは実質的死刑宣告だった。
 突然言い放たれた宣告に、クウィンスは目を大きく見開き、ショックのあまり足がふらつき、倒れそうになるがカウンターに手を乗せ、自我を保つ。
 だけど頭の中は大嵐だ。あまりにもいきなりすぎる。何らかを言われる事は予測していたし、それに対する事も考えていた。
 だが犯人にされるという選択肢は無かった。それも、目の前にいる飛燕から直々に言われるなんて。
 ショックが強すぎて、言葉が出てこないクウィンス。
 飛燕はただクウィンスを見るだけ。その表情は驚きも悲しみもしていない。まるでこうなる事を予測していたようだ。
 その時、今まで黙って見ている事しか出来なかったウェザーが口を挟む。

「ちょっと待ってくださいよ! な、何でクウィンスさんが!?」
「復活の魔道書を最後に所持していたのは、彼女だ。それに黄金の風はここを中心にして吹き荒れたし、それだけでも十分な証拠だよ」
「十分じゃないでしょ!? 思い切り決め付けてるじゃないですか!!」
「魔道書を盗んだミルエ・コンスピリトとツギ・まちから押収したのも交戦したのも調べ済み。これで納得しないなら、まだ言ってほしい?」
「う……」

 有無を言わさぬ飛燕の言葉に、ウェザーは押し黙る。
 黙ったウェザーを見て、飛燕は目線をクウィンスに戻して本題に戻る。

「というわけだ。一緒に大国まで来てもらうよ」
「……本気で、疑っているのですか?」

 クウィンスは声を搾り出して尋ねる。飛燕は無表情のまま、クウィンスを見つめている。
 何も答えないのかとクウィンスが疑問に思ったその時、彼の左頬の痣が「on!」になっているのに気づいた。
 次の瞬間、彼女が見えるもの全てが灰色と化した。
 飛燕も、ウェザーも、ボロボロの図書館も、何もかも全てが灰色と化している。
 これはどういう事態だと驚く。声を上げる。だけどクウィンスの体は動かない。口は開かない。言葉は出ない。何も出来ない。
 困惑するクウィンスの前に立つ灰色の飛燕の口が開いた。

『これは、君しか見えない。君にしか感じない。君だけの幻だよ』

 幻。
 その言葉を聞いて、クウィンスは漸くこの状況が幻だと気づいた。
 そして思い出す。目の前にいる飛燕が持つ能力は「幻」と「情報」だった事を。
 飛燕は自分にのみ幻を見せているのだろう。もしくは自分にだけ伝えたい事がある為、幻を利用しているのだろう。
 そう推測していると、飛燕が続けてこう言った。

『実は真犯人がナグサ君だって、調べはついてるんだ。でも君が逃がしたせいで、行方不明になっちゃっててね』

 クウィンスの眼が大きく震えた。
 あっさりと言われた真実。飛燕は最初から気づいていた。クウィンスではなく、ナグサが否定の魔女を復活させたという事を。それだけでなく、クウィンスがナグサを逃がしたという事実まで知っていた。
 多分飛燕だけじゃない。大国上層部も真実を知っている。
 ならどうしてクウィンスに容疑がかかっているのか? その理由は簡単だ。ナグサが行方不明ならば、おびき出せばいい事。
 ナグサの知り合いであるクウィンスを、囮として使って。

『僕に従え。君は人質であり、身代わりなんだ。断った場合、ナグサ君を真犯人として人々に発表する』

 ナグサの未来を取るか、自分自身の未来を取るか。
 この選択肢を向けられたクウィンスが答えられるのは、一つしかなかった。

「……従い、ます」

 苦痛の思いで口にするのは、服従。
 同時に灰色の世界に色が戻り、飛燕の頬の痣が「off」に戻る。
 ドッと疲れが襲い掛かり、クウィンスはカウンターにもたれこむ。飛燕はクウィンスの頭に手を乗せると優しく撫でる。

「ありがとう、クウィンス」

 その言葉を聞いたクウィンスは飛燕を睨み付ける。
 彼女の目には怒りや憎しみ、悲しみが込められていて、そこからは一筋の涙がこぼれていた。

「……悪魔……!」
「悪魔でいいよ。悪魔らしいやり方で話を聞いてもらえたから」

 だけど飛燕は動じず、先ほどと何ら変わらない様子で答えた。
 クウィンスの本を握る力が強まる。だけど、自分には何も出来ない。どうする事も出来ない。たった今、反撃の牙を削がれてしまったのだから。
 飛燕は幻以外にも情報を武器としている。情報は時に最大の武器となり、活用次第では相手の心を酷くたやすく傷つける事が出来る。
 だから確実に連行する為にクウィンスを傷つけ、逃げられないようにしたのだ。長年の知り合いであるにも関わらず、否、長年の付き合いだからこそ出来たのだ。
 飛燕は罪悪感を微塵も感じさせない口ぶりで、話を進めていく。

「さて、それじゃ連行しないとね。あ、帽子と本の中に隠している拳銃は置いていってね」
「……はい」

 悔しさと辛さを感じながら、クウィンスは帽子の中に隠した拳銃ともう一個の拳銃を隠している本をカウンターに置くと、飛燕の横に行く。
 飛燕はクウィンスに抵抗の意思が無いのを確認すると、そのまま図書館から出ようとする。クウィンスもそれに続く。
 だけど、それを拒む者がいた。

「待て! 何が一体どうなっているのか良く分からないけど、行かせない!!」

 ウェザーは唯一の出入り口である扉の前に立ち塞がる。
 飛燕は表情を若干歪ませ、冷たい声色と共に睨み付ける。

「……既に説明は終わらせた筈だ」
「だからって納得出来ない! ボクの知っているクウィンスさんはそんな人じゃないし、第一復活させた人を死刑にして今更どうなるっていうんだよ!? そんな事をするぐらいなら、もっと他にやるべき事がある筈だ!!」

 それは偶然にも、クウィンスと同じ考えだった。
 クウィンスはそれを聞いてウェザーを凝視する。自分と全く同じ考えを叫んだウェザーに、希望を持ったのだ。
 だけど飛燕はそれを真っ向から否定する。

「……憎しみは誰かに晴らさなければならない。人々が持つ魔女を復活させたという事実の恨み、辛み、怒りを発散させる為に、生贄が必要なんだよ。言ってしまえば、必要悪。彼女は罪を犯したから、悪になってもらわなければならない」

 あまりにも残酷な仕組みを淡々と説明する飛燕の姿は、ウェザーには悪魔に見えた。
 ある意味その仕組みは正しいのかも知れない。けれどウェザーには納得する事が出来ない。
 だから、心のままに飛燕に向かって叫んだ。

「ふざけんな! ボクはそんなの認めない!!」

 ウェザーがそう叫ぶと、彼の周囲に何処からともなく無数の木の葉が舞う。
 無数の木の葉は鋭い刃となり、飛燕目掛けて飛んでいく。あまりにも多すぎる木の葉は確実に避けきる事が出来ないだろう。
 だけど飛燕はその場から動かず、ただウェザーに向かって、明らかに憤怒を含んでいて尚且つ冷たい声でこう言った。

「少し、頭冷やそうか」

 頬の痣が「off」から「on!」に変わった。
 直後、ウェザーの体が何の前触れも無く、塵となった。
 一瞬の間で体が、手が、足が、全てが、見えざる力で切り刻まれたのだ。
 彼の全身から血が流れ出て、激しすぎる痛みが襲い掛かったその時、ウェザーの意識は喪失しかけた。だけど何故かウェザーは起きていた。
 だから、言葉では言い表せないほどの酷く多く、重すぎる苦痛が襲い掛かる。
 ソードも、カッターも、ニードルも、何も使われていない。魔法の発動の気配なんて無い。特異能力にしても、突然すぎる。
 それなのに、それなのに、この痛みは本物で、死んでしまってもおかしくないはずなのに、未だ痛みは続いている。
 ウェザーは救いを求め、手を伸ばす。存在しない手を、飛燕に伸ばす。

「安心しなよ、全部幻だから」

 飛燕は伸ばされた手を払う。「on!」が「off」に戻る。
 直後、ウェザーはその場に倒れた。先ほど切り刻まれ、塵となった筈の体は全くの無傷。だけども、感じた痛みはほとんど本物だ。
 今も尚、酷すぎる痛みが残っており、起き上がる事が出来ない。

「はっ、はー……はー……!」

 口は深く息をする事しか出来ず、立ち上がる事もままならない。
 体が震える。呼吸が整わない。あまりの苦痛に、涙がこぼれる。動けない。動いてくれない。その場に倒れる事しか出来ない。
 横たわるウェザーの横を飛燕がクウィンスを連れて、通り過ぎる。

「さて、本城に戻りますか」

 あまりにも自然に、且つ日常的のように飛燕の口から出てきた言葉。
 それは即ち、邪魔な壁にすらならない程に飛燕とウェザーの実力差が開いているということ。
 ウェザーがその事に気づくと同時に、飛燕とクウィンスは図書館から外に出ていった。バタン、という音が無常にも図書館内に響く。
 残ったのは、幻によって傷つけられたウェザーだけ。


 ■ □ ■



 不気味なほどに黒一色で染められた中型の空中箱舟に二番隊隊長飛燕が、一人のカービィを連れて乗り込む。
 二人を乗せた空中箱船はゆっくりと上昇していき、十分な高さになると中央の本城に向かって飛んでいった。
 その様子を眺める住民達と修復に回された隊員達の中に紛れて、どちらにも属さない男が小さく舌打ちする。

「チッ、先手を取られたか」

 男は少し変わった姿をしていた。丸みを帯びた水色の羽、紫の体を印象付ける頬の四つの痣と額の逆三角の紋様、と奇妙な姿だ。多種多様な姿を持つカービィ達からすれば気にするレベルではないが、やや目立つ風貌だ。
 隣に立つ悪魔を連想させる風貌の娘が、男に小声で話しかける。

「ラルゴ、今の船って……」
「重犯罪者移送用エアライドマシンだ。あの船に乗ったのは防衛隊の隊長格と、俺達が接触する筈だった女の二名」
「は!?」
「クウィンスは大国に拉致られたと言う事だ。向こう側にZeOと飛燕がいる時点で嫌な予感はしていたが、まさかこんな性格の悪い手段を使ってくるとはな」

 ラルゴと呼ばれた男はそう言いながら、眉間にしわを寄せる。
 それを聞いた娘は「ZeO」と「飛燕」がどういう人物か分からないが、少なくとも自分達二人に友好的な相手では無い事は理解した。

「で、どうするんだ? 手がかり無くなったんじゃ、どうにも出来ないだろ」
「本城に行くしかないだろ。……捕まえてもすぐに処刑はしないだろうし、隊長・副隊長クラスで無ければどうにか出来るからな」
「強行突破前提かよ……」
「カタストロ、お前は馬鹿か? あのエアライドマシンを大っぴらに使ったって事は、クウィンスを表向き魔女復活の犯人にしているって事だ。それほどまでの重罪人と簡単に面会なんて出来るか」

 そこまで聞いてカタストロは納得した。
 重要参考人を連行するならば、わざわざ重犯罪者専用のエアライドマシンなんて使わない。使うとしたらその人が犯人か、もしくは犯人にされたかのどちらかだ。
 どちらにしても、戦乱を起こす否定の魔女を復活させた犯人と面会なんて出来るわけがない。
 だがそこまで考えた時、カタストロはふと疑問を感じた。

「ん? 何で表向きって分かったんだ?」
「クウィンスとは戦時中に遭遇した事があるから、どういう女かは知っているんだ。実際に罪を犯しているんだったら、大国が来るよりも早く避難している。だから分かった」
「……あぁ、そう」

 あっさり出てきた答えに、カタストロはただそう言う事しか出来なかった。
 ふと空を見上げると二人を乗せた重犯罪者移送用エアライドマシンはもう遥か遠くにいて、凄く小さくなっている。
 さすがはエアライドマシンだと場違いにも感心してしまったその時、ラルゴとカタストロの横から一人の少年が割り込んできて、空を飛ぶエアライドマシンに向かって叫んだ。

「返せ! クウィンスさんを返せ!! 逃げるな、逃げるな、逃げるな悪魔あああああ!!!!」

 その瞳からは涙がこぼれており、彼の体は無傷の筈なのに人々にはボロボロにやられたようにしか見えなくて、必死になって遠吠えをあげるその姿は、不幸と連想するしかなかった。
 どんなに大きく叫んでも船には届かず、無慈悲にもその姿は見えなくなる。少年はエアライドマシンが見えなくなった空から顔を戻すと、怒りと悔しさをぶちまけるように地面を何度も何度もたたき出した。
 その姿は何とも痛々しくて、見ているこっちが涙をこぼしそうだ。
 どんなに叫んでも聞こえていなければ意味が無い。どんなに願っても届かなければ意味が無い。奇跡でも起きない限り、どうにもできないのだ。
 人々は分かっているからこそ、同情の目で少年を見つめる。カタストロもまた似たようなものだった。
 クウィンスとの関係者らしいけれども、今の状態ではただ「かわいそう」と思うしかない。下手に慰めてしまえば、彼の傷を深めるだけだ。
 だから誰も何も言わず、少年をただ見つめるだけ。
 ラルゴ一人を除いては。

「……どうやら知り合いのようだな、否定の魔女復活容疑者と」

 確かめるように話しかけるラルゴに対し、少年は何も言わない。ただ殴るのをやめて、ラルゴの言葉を待っている。
 それを見たラルゴは話を続けていく。

「こちらもあの女には用事があったんだが、大国に先手を打たれてな。俺達もそっちに行かなきゃならなくなったんだ。だがその為には人手がいる。……俺が何を言いたいか、分かるか?」

 少年は顔を上げ、ラルゴを凝視する。信じられない、本気なのか、と言いたげな顔だ。
 ラルゴは表情を変えず、今度はストレートに言った。

「お前には大国に行き、あの女に接触出来るチャンスが今与えられているという事だ」

 その言葉に少年とカタストロは驚愕し、ラルゴに注目する。ラルゴは平然とした様子で、尋ねる。

「どうする? ここで無様に泣き喚くか、それとも俺達と共に大国に向かうか。選ぶのはお前次第だ」

 少年にいきなり与えられた選択肢。
 何を思ってラルゴが与えているのかは分からない。だけども、少年からすれば奇跡のような誘い。まるで何かの物語のような展開。
 目の前で知り合いがさらわれたというのに、ここで黙って泣いている事が正しい選択か? 否、それは違う!!
 少年――ウェザーは、進む事を選択する。

「――――行く!!」

 それを聞いたラルゴは満足そうに口元に笑みを浮かべる。

「良いだろう。なら、すぐに出発する。おっと、準備と別れの挨拶ぐらいの時間はあるから安心しろ」
「はい! ありがとうございます、えっと……」
「ラルゴ。何でも屋のラルゴだ。お前の隣で呆然としているのは連れのカタストロだ」
「ラルゴさん、カタストロさん、宜しくお願いします! あ、ボクはウェザーって言います!!」

 頭を下げてから、慌てて自己紹介したウェザー。
 彼はそのまま何処に向かって走り出し、この場を去っていく。
 その様子を眺めていた人々がどう反応すればよいのか困惑する中、いち早く我を取り戻したカタストロが、ラルゴに小声で話しかける。

「おい、さっきのどういう事だよ!?」
「何、使える奴は多い方が良いと思っただけさ」
「だからって何で理由も無く、あんなのを……」
「あいつは囮だ」
「……は? おとり?」
「そうだ、本城には世界大戦時の宝が色々と眠っているらしくてな。ついでだから、そちら側についても調べさせてもらう。あいつはその為の囮、かく乱役を担ってもらう。そうでなければ、誰があんなガキを誘うものか」

 ラルゴはカタストロにしか聞こえない小さな声でそこまで言うと、一区切りつけてこう言った。

「こうでもして大国を動かせなくしないと、俺達が真犯人を捕まえて金を手に入れるチャンスが無くなってしまうだろう?」

 そう尋ねてくるラルゴの顔は、笑っていた。これから起こす事が楽しみでたまらないと言った感じで、笑っていた。



 真実を手にする為に虚実を選択した国。

 国に選ばれてしまった哀れな優しい生贄。

 生贄を奪還する為に手段を手に入れた少年。

 少年の手綱を持つのは、金銭主義の何でも屋。

 ――ここから人々が入り混じる第二章が始まる。







  • 最終更新:2014-11-08 18:46:11