第五話「コッペリアの棺」
少女の霊魂『コッペリア』は笑う。
己を強く睨みつけてくるナグサと鋏を突きつけてくるローレンに動じず、ただ彼女は笑うだけ。その笑みは空っぽで何の感情もない。
「大丈夫。怖くなんかないよ。みーんな同じになるんだからね」
コッペリアはゆっくりと右手を挙げる。すると右手から円状の衝撃波が広がっていき、ナグサとローレンに襲い掛かる。
「うわぁ!!」
衝撃波を喰らい、数距離程吹き飛ばされるナグサ。ローレンは鋏を盾にし、その場に踏ん張って吹き飛ばされるのを防ぐ。
衝撃波が止んだと同時にローレンは駆け出し、コッペリア目掛けて突きを入れる。だがコッペリアに当たる直前、見えない壁が出現してローレンの攻撃が防がれる。
その衝撃でローレンは少しふらつくものの、すぐに距離を取って鋏を構え直す。
コッペリアはその様子を見て、小さく微笑む。相変わらず感情が無い。
「ふふ、ふふふ。どうしようかな。遊ぼうかな。人形にしちゃおうかな。どうしようかな」
その目は空ろで、何を見ているのかが分からない。
見た目はちるに類似、いやそのものと言ってもおかしくない。だけど、ちるとは何もかもが違う。
何の情報も無かったら恐ろしいと思う。だがナグサは何も知らない子供ではない。
「……その戦い方、あのお方に教えてもらったの?」
確実に乗ってくるだろう単語を使って、コッペリアに尋ねる。
コッペリアは空っぽの笑顔を向けて答える。
「そうだよ? ふふ、だめだよ。人の日記見たら。恥ずかしいじゃない」
「よっぽど大好きなんだね。あのお方のこと」
「えぇ。あの人は私の世界を変えてくれた人! 人形と本しか無かった私に世界をくれた人! 絶望に染まった戦争終結後、突然やってきた白馬の王子様!」
カービィは馬乗れないから、と反射的にツッコミを入れそうになったが何とか堪えた。
しかしコッペリアはそんな事も知らずに、ただうっとりとした表情で語りを続けている。
「そう、あの人は私の王子様。ガラスの靴を届けてくれる王子様。優しいキスを与えてくれる王子様。私を助けてくれる王子様。……の筈だった」
最後の呟きでうっとりとした表情が消え、無表情となる。
それを見たローレンはすかさず鋏を大きく振るい、コッペリアに切りつける。鋏はコッペリアに直撃し、彼女の顔面に大きな傷をつける。
ナグサはギョッとして、ローレンに叫ぶ。
「何やってんの、ローレン!?」
「無表情になった時が一番厄介なんだよ! ってか逆ギレスイッチ押すな!!」
「ちょっと待て! 逆ギレスイッチって何!?」
「そのまんま! それよりも戦えるなら早く武器構えて!!」
半ば怒っているローレンに急かされ、ナグサは慌てて立ち上がると近くに武器が無いかを探そうとしたその時、コッペリアが口を開いた。
「……何で、捨てたの。私の王子様。何で、捨てたの。私の救世主。何で、捨てたの。私の愛する人」
ナグサが振り向くと、コッペリアの顔面にある大傷が傷跡から漏れる煙によって修復されていく真っ最中だった。
ぽつぽつと無表情で呟いていく姿は、精神が病んでいるように見えた。いや、日記から察するにそう見て間違い無いだろう。どうやら自分は地雷ワードを踏んでしまったようだ。
こうなった以上、もう展開は見えた。ナグサがそう思った次の瞬間、コッペリアは突如発狂したかのように叫び出した。
「どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうしてええええええええええええええ!!!!」
彼女が叫ぶと同時に再び衝撃波が放たれる。
今度はローレンも防ぎきれず、二人は仲良く壁に激突する。
背中に激痛を感じながらも、ローレンは鋏を支えにして立ち上がる。ナグサもふらつきながらも壁に手を当てて立ち上がる。
「いひひひひひひ。嫌な感じに狂ってるね、あいつ」
「た、確かに。あんなのに惚れられたマナ氏が気の毒で仕方が無い……」
ローレンとナグサの視点の先にいるコッペリアはまだ叫んでいる。
その表情は愛憎が篭っていてとても見れたものじゃない。並のホラーなんかよりもずっと怖い。泣く子が泣きすぎるぐらいに恐ろしい顔だ。
叫ぶ。コッペリアは我を忘れて叫び続ける。
「あああああああ!! なぜなぜなぜなぜなぜなぜなぜ!! 私の王子様! 私の救世主! 私の愛するお人! どうしてここから消えてしまったの!? どうして私の前からいなくなってしまったの!? あなたのお姫様は私じゃないのですか!? あなたのお姫様は誰なのですか!? あぁ、どうしてどうしてどうして! 私の王子様を奪ったお姫様は誰!? お前か!? お前か!? お前かああああ!!!??」
コッペリアは二人を殺意の目で睨み付ける。
すると今度は風によって形成された矢が二つ出現し、それぞれナグサとローレンに襲い掛かる。二人は咄嗟に左右に避け、直撃を避ける。
ローレンはすぐさま体制を建て直す。
「僕等、どっからどう見ても男だろうが!」
ナグサはツッコミの叫びを入れる。ツッコミどこが若干ずれている。
コッペリアは声を出したナグサに体を向けた。
「男……? あぁ、そうか。私の王子様を奪ったのはお姫様じゃなくて、悪い魔法使いだったのね」
「……え?」
何かを納得した様子のコッペリアにナグサは悪寒を感じた。
コッペリアは空っぽの笑みを浮かべ、再び発狂の叫びを上げてナグサへと衝撃波を飛ばす。
「そうだよね。そーじゃなきゃおかしくないわよね! あは、あははははははははは! ねぇ、悪い魔法使い! 私の王子様を返して! 返して返して返して返して返して返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せ返せええええええええええええええ!!!!」
「しまったあああ! 逆効果だったあああああ!!」
ナグサは慌てて衝撃波を避ける。
衝撃波は壁に激突し、消滅する。良く見ると壁がかなり抉り取られている。直撃していたら間違いなく放送禁止状態になっていただろう。
背中に冷たい汗が流れるナグサ。だがコッペリアにはそんなの関係ない。
「あは、あはははははは!! 悪い魔法使いはお姫様の手でやっつけられるんだ! 私は王子様を救うお姫様。さぁ、返して! 私のあの人を返して!!」
コッペリアは狂った笑い声をあげながら、風の矢を次々とナグサ目掛けて飛ばしていく。
「うわ、ちょっと! 僕は魔法使えないってのー!!」
ナグサは悲鳴に似た声を出しながらも、矢を避けようと再び横に避ける。しかし矢は方向転換して追いかけていき、ナグサを壁へと追い詰める。
追い詰められたナグサは咄嗟に振り向き、口を大きく開けて“吸い込み”を行う。
自分よりも強い吸い込みにより、矢は次々とナグサの口の中へと入っていく。ほぼ全ての矢を吸い込むとナグサは一気に口から星を吐き出し、コッペリアへと飛ばしていく。
コッペリアは即座に見えない壁を生み出し、飛んできた星を防御する。
「この程度で、勝てると思ってるのぉ?」
コッペリアは空っぽの笑顔でナグサを見下す。
ナグサは余裕のコッペリアを睨みつけ、策を思い浮かべようとした次の瞬間だった。
コッペリアの左半身に無数の棘が突き刺さったのは。
「きゃああああ!!」
ナグサに集中していたコッペリアはまともに食らってしまい、床に落ちる。ナグサは最初呆然としていたが、すぐにローレンに振り返る。
ローレンは鋏を巨大な釘と無数に飛ぶ針に変えてそこに立っていた。
「いひひひひ! 僕さまを忘れちゃ困るよおおお!!??」
彼独特の笑い声を上げながら、残っている針をどんどんコッペリアへと飛ばしていく。コッペリアは無残にも全て突き刺さってしまい、あっという間に針団子のような姿へとなってしまった。
それを見たナグサはギョッとして、ローレンに叫ぶ。
「やりすぎだろ!?」
「駄目駄目! こんぐらいしないとこいつからは逃げられないよ。こいつ、凄いうっとしいんだもん! ってうわ、早っ!!」
「へ? ……うげっ!!」
ローレンの動揺した叫びを聞き、ナグサは彼の視点を辿ってコッペリアを見て顔を一気に歪ませる。
コッペリアの体からぼろぼろと針が落ちていく。だけども全身は穴だらけで、その姿はあまりにもひどすぎる。しゅうしゅうという音と共に傷口から漏れていく煙によって穴は塞がれていくけれど、その姿はお世辞にもお姫様とは言えなかった。言うなれば、化け物。
「……許さない。私はお姫様なんだよ? 私は王子様に愛されるお姫様なんだよ? 私は幸せになるべきお姫様なんだよ? それなのにさ、全身を傷つけるなんてひどいよね。顔も、手も、足も、帽子も、体も、全部傷つけるなんてさぁ。やっぱり、あなた達って悪い魔法使いなんだ」
コッペリアは憎悪と殺意を込めた目で二人を睨みつける。
ローレンは釘を光で包むと、元の巨大鋏に戻しながら構える。ナグサもまた何時でも行動できるように構えている。
構える二人を見たコッペリアは空っぽの笑みを浮かべ、狂った笑い声を上げる。
「あは、あはは、あはははははは! いいよ。いいよ。いいよ! 悪い魔法使い!! あなた達から王子様を返してもらうんだからぁ!! 私だけの王子様、マナ氏を、返してもらうんだからあああ!!」
コッペリアはそう言って、両手を勢いよく広げる。
振るわれた両手からカッター型の真空波が再び放たれ、ローレンとナグサに襲い掛かる。
ローレンは咄嗟に鋏を盾にして真空波を耐え切り、ナグサは再び口を開けて真空波を吸い込んだ。ナグサの帽子の形状が少し変わり、カッターが備え付けられる。
ナグサはすぐさまカッターを取り、コッペリア目掛けて投げる。コッペリアは見えない壁によってカッターを防ぐ。
ローレンがその隙にコッペリアに接近し、一気に切りかかる。コッペリアは咄嗟に左手で顔をかばって防ごうとするが、左手がローレンによって切り落とされる。
「あああああ!!」
コッペリアが悲鳴を上げる。
どうやら壁は複数相手には出せないようだ。ナグサは一瞬で理解すると再びカッターを取ると、コッペリアへと駆け寄って一気にそのまま切りかかる。
一撃目は上から下へ、続けて下から上へ、そして渾身の力を込めて刃を振り下ろす!
「“ファイナルカッター”!!」
コッペリアにファイナルカッターが全て直撃する。
彼女の体が空中へと飛ぶ中、ローレンはジャンプしてコッペリア目掛けて突きを入れる。しかしギリギリで突きは避けられ、コッペリアは振り向きざまにローレンに衝撃波を放つ。
ローレンはガードしきれず、衝撃波を食らって鏡台に背中から直撃する。鏡は割れるものの、マントによって破片が突き刺さる事は無かった。だがそれでも痛みは強く、ローレンを苦しめるには十分だった。
コッペリアは驚きと感心が混じった声色で呟く。
「あらあら、しぶとい魔法使いさんね。私はお姫様なのに。お姫様は戦うのが嫌いなのに」
「……左手無しでバリバリ戦いまくってる状態じゃ説得力皆無なんですけど」
ナグサ、ツッコミを入れる。ある意味その勇気には感服する。
コッペリアはスルーして、ローレン目掛けて再び衝撃波を放つ。ナグサはすかさずカッターを投げ、横から衝撃波に当てて相殺する。
相殺された衝撃波にコッペリアは驚かず、右手をゆっくりと上げていく。
それを見てすぐさまローレンの前に行くとナグサはカッターを取り出して防御体制に入る。
「ふふふふふふふふ。今度は耐え切れるかなぁ? こいつはとーっても痛いよぉ?」
コッペリアは不気味な笑い声と空っぽの笑顔で言うと右手を勢い良く振り下ろし、巨大なカッター型の真空波を放つ。
ナグサはカッターで防御をしているものの、真空波の威力は高くて吹き飛ばされそうだ。だがナグサは何とか踏ん張って真空波を防ぎきろうとする。
だけどもコッペリアはそれをあざ笑う。
「無駄だよ、無・駄」
真空波はカッターをぶち破り、ナグサに直撃した。その威力は凄まじく、踏ん張って耐えようとしていたナグサはあっさりと吹き飛んだ。
後ろにいたローレンは巻き添えを食らうよりも早く、鏡台から飛び降りてギリギリ回避する。それと同時にナグサは鏡台をぶちやぶり、その先の壁に体が埋め込まれた。
「げは! ゴホ、ガホ……!!」
あまりの衝撃に吐血し、気を失うナグサ。その身にいくつか鏡台の破片も突き刺さっており、痛々しくて見てるこっちの涙が出てきそうだ。
だけどもコッペリアは笑うだけ。空っぽの笑顔で笑うだけ。
「あは、あはははははは! さぁ、お人形にしてあげるね。そして滅茶苦茶に甚振ってあげるね。私の王子様をさらった悪い魔法使いに人権なんて無いんだから!」
そう言ってコッペリアが魔力を貯めようとしたその時だった。
彼女の両足に唐突に巨大な釘が刺さったのは。
「ひぐう!?」
コッペリアが悲鳴を上げたその時、ローレンがコッペリアの前に立つ。
「いひひひひひひひ。人形遊びは僕さまの特権だよ。さぁて、身の程知らずに味あわせてあげようか!」
そう言ってローレンは鋏を釘に変化させ、コッペリアの額へと突き刺す。そのまま流れるように無数の針を生み出し、彼女の全身へと突き刺していく。
コッペリアは悲鳴を上げる。ローレンは空いた口にすかさず足を入れて固定する。そして巨大鋏を出現させると、思い切り鋏をコッペリアの口に入れてそのまま彼女の体を貫いた。
ローレンは鋏を突き刺したまま詠唱する。
「ズタズタに弄ばれた人形は――最早捨てるしかない。捨てられた人形は、燃え尽きるのみ!!」
鋏を勢い良く抜き取りながら、ローレンが叫んだ。
同時にコッペリアの体が青い炎で包まれていく。その炎はあまりにも豪快だけど、決して屋内のものには燃え移らない魔法の炎。
悪霊を苦しめるには十分すぎる炎。
「あああああああああああああああああああ!!!!」
コッペリアは苦しげな悲鳴を上げる。あまりにも大きく苦しそうな悲鳴は、其れほどまでの痛みと辛さがあるのを突きつけてくる。
ローレンはすぐさまナグサに駆け寄り、気を失っているナグサの頬をぺちぺちと叩く。
「起きて、逃げるよ。今が絶好のチャンスだから」
「う……」
頬を叩かれ、ナグサは目を覚まして壁から抜け出る。全身に激痛が襲い掛かり、体がふらつく。ローレンが支えた為、倒れはしなかった。
コッペリアをちらりと見てみると全身に針、顔面に巨大な釘を刺され、炎に包まれた上体で悶え苦しんでいる。普通ならばとっくに死んでいるが、悪霊ではそうもいかないのか。どっちにしろ、大ダメージなのは確かだろう。
この状況ならば逃げるべきだろう。だが、ナグサはそうしなかった。
「君に聞きたい事がある!!」
痛みを無理矢理抑えながら、ナグサはコッペリアに叫ぶ。
ローレンはナグサの行動に目を見開いて驚き、慌てて止める。
「ちょ、何やってんの! これ以上逆切れスイッチ踏む気なの?!」
「賭けだよ。あいつには色々聞きたい事があるし、逃げても無限ループにしかならない!」
「あーもう! 好きにしろ、この地雷大好きカービィ!!」
ローレンは思った以上に頑固なナグサに対し、やけになったのかあっさり折れた。ナグサは称号『地雷大好きカービィ』を手に入れた。
コッペリアはというと、青い炎が少しずつ小さくなっている。己の全身に刺さった針もぽろぽろと取れていっている。巨大な釘も少しずつ消えていっている。もうすぐ元に戻りそうだ。
その様子を見たナグサは覚悟を決めて、コッペリアに呼びかける。
「僕は君と話がしたいんだ。一体どうして、こんな事になったのか知りたいんだ」
コッペリアの体を傷つけたモノが消え、彼女が起き上がった。
さぁ、ここからが本番だ。ナグサは唾を飲み込む。
■ □ ■
ちるは驚きや呆気などが混じり合った顔で、カーベルを見ていた。
「……あの人の、代弁者? あなたが?」
その声は動揺していて震えている。ツギ・まちは大丈夫なのかとちるに尋ねる。だけど、ちるは答えずにただカーベルを戸惑いの目で見つめるだけ。
カーベルはこくんと頷き、再度言う。
「そうだ。私はマナ氏の代弁者。……まぁ、信じられないのも無理はないだろう」
「だって! だってあの人は行方不明なんでしょ!? 誰にも分からないんじゃなかったの!?」
「あなたは知らなくて、私は知っていた。それだけの事」
「意味が分からない! あなた、いったいあの人の何なの!?」
パニックになってきたのか、酷く焦った様子で問い詰めるちる。
だけどカーベルは普通に答えるだけ。
「友人みたいなものだ。まぁ、あいつから言わせれば唯の共犯者だろうが」
「! !!」
「……ちるちゃんに何の用だって? あぁ、心配するな。伝言を頼まれたのと、私個人の仕事だから。君には関係ないよ」
ツギ・まちがわたわたと手を振って話しかけるものの、カーベルはあっさりと返す。
己を痛いくらい睨みつけているちるに対し、カーベルは日常会話のようにあっさり言った。
「さてとマナ氏からの伝言はこうだ。『パーツを運命の少年に渡してくれ』ってさ」
「……は?」
「???」
ちるとツギ・まちの目が点となり、頭に?マークが出現する。カーベルの言ってる意味が分からない。
カーベルは二人を見て察したのか言葉を続ける。
「いや、だから『パーツを運命の少年に渡してくれ』って事だ。あのスーパーサディスト魔法使い、こうなる事を粗方予測していたらしい。運命の少年について聞いてみたら『意地と好奇心で魔女を復活させた馬鹿なガキ』って答えられた。……全くあいつは何を考えているのか、さっぱり分からん」
「……え、えーと?」
「…………」
こっちも全くもって意味が分からないんですけど。あなたの言ってる事が。
ちるとツギ・まちはまだ呆気にとられている状態だ。それを見たカーベルは口に小さな笑みを浮かべて言う。
「……もしかして期待していたのか? マナ氏があなたに愛のコールでも与えると」
「え!?」
「残念ながらそれは無いな。というかあったら天変地異だ。あいつが愛のコール? ありえん。百%ありえない。というかあいつは行動で示すタイプだ。わざわざ他人に伝言頼むタイプじゃない、伝言するといえば必要な事かもしくは無駄に相手を怒らせる事ぐらいだ。あいつの挑発は無駄に長いから余計に苛つく。誰が可愛い悪魔さんだ。一応私は冥王なのだぞ? シリアス・オブ・シリアスなんだぞ? それを根本から破壊しやがって。あの弄り大好きサディスティック星の皇帝が。一回あいつの頭をぶん殴ってやりたい。いや、むしろ地獄が存在するならば地獄に蹴落としてやりたい。あーもう、どうしてあんな性格に育ったんだよ。あいつは。親の顔が見てみたいってーの。いや、あいつって確か親いなかったっけ? くそっ、大国のアホが。何してるんだよ。お前等が教育怠るからこんな事になるんだろうが。あーもう、イライラしてきた。何時かあいつの魂が来たら、ごりごり噛み砕いてやる。そうじゃないと気が済まん。私を誰だと思っていやがるんだ、あのスーパーウルトラデラックス自己中心的サディスティック超魔皇帝め」
「~~~!!」
「あ、愚痴になってるって? ……それぐらいあいつの性格が悪いって事だ!」
延々と続きそうな愚痴を吐いているところをツギ・まちに止められ、カーベルは漸く口を閉ざす。
よっぽどマナ氏に好き勝手されていたのか、ぽんぽん愚痴が出ていたのを見て聞いてキャラが一気に壊れたなぁとツギ・まちは思った。第四話ラストのシリアスを返せとも思った。
その様子を見て聞いていたちるは呆気にとられていたが、すぐにハッとして言い返す。
「……あ、あの人はそんな人じゃないもん! あの人はやさしくて、色々なことを教えてくれた王子様なんだもん!! 外の世界とか、戦争の恐ろしさとか、あの人がどんな事を経験したのか、いっぱい、いーっぱい色々な事を教えてくれた! 私の為に微笑んでくれた優しい白馬の王子様……」
最後はどことなくうっとりとした表情で呟くちる。
ツギ・まちはよっぽど大好きなんだなと思う反面、首を少し傾げた。あの人が大好きなのはコッペリアじゃなかったのかと。ちるもあの人が大好きみたいだが、これは一体どうしてなのだろうか。
一方でカーベルはというと……あ、顔が完璧凍りついてますね。
「……やさしいはくばのおうぢさま?」
「え。何ですか、その可哀想な者を見る目は」
「いや、うん。無知ほど怖ろしいものは無いと思ったの」
二人の話の中に出てくるあの人・あいつことマナ氏のキャラクターがあまりにも違いすぎる。
ツギ・まちはカーベルが凍りついた理由を何となく察する事は出来たが、ここまでの違いは一体なんなのだろうかと思う。
カーベルはその理由を知っているのか、説明する。
「あいつが赤の他人と親しくなるって事はまず無いんだがな……。多分親しくしていた理由は、あなたなんかよりもパーツの為じゃないか?」
「え?」
「あいつは中途半端に他人に優しくするのさ。目的が済むまで優しくし、目的が済んだら即バイバイ。それがあいつだ。多分あなたもそのケースじゃないのか?」
「違う! あの人がそんなわけない!!」
ちるは首(体?)を左右に振り、必死になって否定する。
だがカーベルは無知の少女に対して、事実を話そうとする。
「優しくしてくれたからか? 惚れているからか? ……そうだとすれば、思い切り否定してやろう。あなたの為にもな」
リンと鐘が鳴る。静寂が広がる。
カーベルは先ほどとは打って変わって落ち着いた様子で、ちるを見つめる。
「あいつはあなたなんかよりもよっぽど狂人。理性だけで保っている、人の姿をした人ならざる人」
淡々と話していく。その言葉はとても重く伝わってくる。
「カービィでありながら、カービィではないカービィ」
ちるもツギ・まちも何も言えない。ただ、カーベルの言葉に飲み込まれていくだけ。
「災厄と最悪を重ね持つ狂った魔法使い。戦争の中でしか生きる事を許されなかった罪人」
カーベルは話していく。誰よりも強く、そして誰よりも哀れな魔術師の事を。
「普通の幸せを望めない哀れな子供。異常な幸せを望むしかない哀れな戦士」
その瞳は闇のままだけど、何処か悲しそうだ。
「それが、私の知るマナ氏。決して白馬の王子様なんかじゃない。寧ろ、悪の魔法使いだ」
カーベルが言い終えた時、またも鐘がリンとなる。高い音が異様に切なさを増す。
三人の間に静寂が走る。
カーベルは何も言わない。ちるは何も言えない。ツギ・まちは元から言えない。
「……でも、あの人は私に微笑んでくれた」
「信じるのか。あなたの中の王子様を」
「……うん。好きな事に変わりは無いし、会いたいって思ってる。だから」
ちるが続けるよりも早く、カーベルが口にする。
「だから待ち続ける。だから人形にし続ける。我侭だな、コッペリア」
「!!!??」
その言葉に驚くのはツギ・まちだ。
ツギ・まちは目を見開き、両手をわたわたと振ってカーベルとちるにどういう事だと叫ぶ。カーベルはツギ・まちに顔を向け、答える。
「そのままの意味だ。彼女はコッペリアの本体、いや……理性と良心と言うべきか?」
「!!」
その事実にツギ・まちは驚きを隠せず、思わずちるを見上げる。ちるは黙ったまま、俯いている。
カーベルはちるに再び顔を向ける。
「もう誤魔化しは通用しないし、もう一人のあなたはここにいない。いくらMahouの粉を持っているとはいえど、万能ではない。アレはあくまでも使い手の本心に左右されるのだからな」
「……」
「一体何がどうしてこうなったかは大体検討がついている。だが今は言うべき時ではない。寧ろ、今必要なのは――」
カーベルは俯くちるから視線をはずし、赤い鎖で繋がれた黒の扉を見る。
「この中にあるだろうパーツを手にし、運命の少年に渡す事」
扉に近づき、手を触れる。冷たすぎて、すぐに手を離してしまいたい。
あぁ、それほどまでに思っているのかとカーベルは思った。だが今はそれどころではない。
カーベルは鎖をつかみ、力を込める。ちるの目が大きく開き、すぐさま叫ぶ。
「駄目!! やめて!! ここはあなたが入っていい場所じゃない!!」
「……ならば、どうしろと? この中からパーツの気配がしている。あなたにその気が無いのなら、私が代わりに運命の少年にパーツを渡すまで」
「それは、あの人が私に託してくれたものなの! だから、だから待たなきゃ……!!」
「彼は来ない。でなければ、私はここにいないさ」
「でも……!」
扉を開く事を拒むちるに対し、カーベルは話にならないと思いツギ・まちに顔を向ける。
「お前はどうしたい? 彼女の意思を優先するか。それとも魔女に備えるか」
「!?」
いきなり話題を振られ、驚くツギ・まち。カーベルは続ける。
「こうなったら第三者のお前が決めろ」
それを聞いたツギ・まちは困惑する。
コッペリアであるちるの思いを守るべきか、それとも真実を知るカーベルに従うか。
■ □ ■
ナグサは身に刺さった破片を抜きながら、コッペリアを見つめる。痛みは凄まじいし、血もボタボタと流れているが彼は耐え切る。
コッペリアは驚いた顔でナグサを見つめながら、話しかける。
『私と、話がしたい……?』
「そうだ。僕はもともと戦う気は無い」
『バリバリ戦っていたのに?』
「……あれは自衛の為ね」
というか問答無用で攻撃してきたのはお前だろとツッコミを入れたくなったが、ここは堪える。
相手の戦意が今は無いとはいえど、下手に刺激したらさっきの戦闘と同じ目に合う。地雷を踏むのはもうごめんだ。
「僕はナグサ。君は?」
『ちる』
その名前を聞き、一瞬戸惑うがナグサは納得が出来た。
証拠は揃っていたし、特徴が類似している。それに自分の知っているちるもコッペリア同様衝撃波を放っていたんだ。ちるは彼女の恐らく分身なのだろう。
ナグサはそう納得し、話を進める。
「そう、素敵な名前だね」
『他人に言われたの、あの人以外じゃあなたが始めて』
「本当に大好きなんだね、どんな思い出があるの?」
『たくさんあるわ! 話してあげる!』
パッと明るい笑顔になり、コッペリアは語り出す。
唐突にやってきた彼に一目惚れして仲良くなっていき、本以外では知りえる事が出来なかった知識を教えてもらったり、世界では一体どんな事が起きているのか、戦いに必要なのは何なのか、二人で麦畑を見学にいったり、魔法の広さを知ったり、と些細なお話。だけども少女にとってはその些細な事が何よりも幸福だというのが良く分かる。
話していくコッペリアの顔は無邪気な子供そのもので、ナグサは先ほどまでの悪霊なのかどうか一瞬疑いそうになってしまった。
『凄く愛してるの。あの人無しじゃ生きていけないぐらい、大好き。……あぁ、それなのに。どうして』
コッペリアの目から少しずつ光が消えていく。どう見てもヤン化しかけです。
それを見たナグサは慌てて話題をそらす。
「そういえば君って凄い人形大好きだったよね! どうしてそんなに好きなんだい!?」
『私、元から病弱で、友達いなかったら代わりに……。今も、寂しいからそうしてる……。あぁ、それでも寂しさは消えない。どうして、どうして、どうして……!!』
「ゲェー! 逆効果だったー!!」
先ほどと同じように狂いだしたコッペリアを見て、ナグサは焦る。
ここで戦闘に陥るのは嫌だし、面倒な事にはなりたくない。それに彼女はミルエとカルベチアに何かを行ったのだ。そっちの件も早めにどうにかしなければならない。
だからここで狂っても病んでもやばい。ナグサはコッペリアを止めにかかる。
「落ち着いて! 僕が話聞くから!! ね、ね!?」
『話? どうして? あなたが私に聞く話なんて、無い。私があなたに聞く話なんて、無い。そう、私がほしいのはあの人だけ。あぁ、どうして。私の王子様、私の王子様……!! お前がさらったのか! お前が私から……!!』
どんどん壊れていくコッペリアはナグサを憎しみの対象にしていく。
それを見たナグサは少し怯むものの、勇気を持って叫び返す。
「人の話を聞けって言ってるのが聞こえないのかよ!?」
『黙れ!! お前はあの人じゃないんだ!! もう、あなたも人形にしちゃえばいい。あなたも人形にすれば、静かになるんだ。あは、あはははははははは!! 邪魔なんだよ。お前は邪魔なんだ! そう。私に必要なのは白馬の王子様であるあの人だけ。そう、あの人。あの人。あの人!! 私の寂しさを、埋めてくれるのは、あの人だけなのよおおおおお!!!!』
発狂し出したコッペリアは力を蓄えていく。
己の隣にいるローレンが鋏を構え、臨戦体勢になっている。だがナグサはそれを行わず、コッペリアに向かって強く叫んだ。
「いい加減にしろ! 少しはこっちのことも……!」
『うるさい! うるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!! お前に何が分かる!? あの人と私の絆を知らないからそう言えるんだ!! そうだ。そうだそうだそうだ! 私だけの王子様、私だけの救世主、私だけの愛する人、それはあなたが考えているよりも素晴らしいものなの!!』
「知らないよ、そんなの!! 私だけの王子様とか救世主とか、美化しすぎなんじゃないの!? というかそうだったらさ……君を捨てたりしないだろ!!」
その言葉に、コッペリアの表情が凍りついた。
それを見ていたローレンが横目でじとーっとナグサを見ながら嫌味を言う。
「……君ってさ、本当に地雷大好きだよね。趣味?」
「違うっつーの。聞きたい事がたくさんあるだけで、彼女が勝手に暴走してるだけ」
「好きにしなよ。僕さまはあくまでも君の提案に乗っただけなんだから」
提案というのはあの説得の事だろうか? とりあえずこの様子からしてローレンが勝手に逃げ出す事は無さそうだ。
ナグサはコッペリアに視点を戻す。コッペリアは既に右手を上げており、技を発動する手前に入っている。ここは防御するしかないとカッターで構えるナグサ。ローレンも鋏で防御の体勢に入る。
『壊してやる! お前だけは、お前だけは絶対に壊してやる!! 私の心を、傷を、えぐりやがって! ぶっ潰してやる!! ぶっ壊してやる!!』
コッペリアは憎しみと怒りに満ちた目で、蓄えていた力をカッター型の真空波に変えてナグサへと発射した。
それを見たローレンはすかさずナグサの手をつかみ、己の方へと引き寄せる。真空波は方向転換出来ず、そのままナグサがいたところの壁に激突するだけ。
多少の砂埃が舞うものの、被害は壁だけでナグサには直撃しなかった。
だが壁もかなり抉り取られており、直撃していたら命に危険があるレベルでは済まなかっただろう。
「あ、危なっ! 死ぬかと思った!!」
「ってか何時死んでもおかしくないよ。この状況下だと。あーあ、完全キレてるし」
再び力を蓄えているコッペリアを見て、ローレンは凄く嫌そうな顔をする。
直後、コッペリアから円状の衝撃波が放たれる。ローレンとナグサは慌てて防御し、衝撃波を防ぐ。だが先ほどの衝撃波と違って威力が上がっており、防ぎきれなかった場所に傷が出来てしまう。
ナグサの持っていたカッターが消える。ダメージが多すぎて、コピー能力を維持できなくなったのだ。
『あは、あははははは!! コピー能力が消えちゃった! 悪い魔法使いから魔力が消えちゃった! 殺してあげる。壊してあげる!! あなたは人形になんかしてあげない! そのままの姿で甚振って、傷つけて、グチャグチャにしてやる!! あはははははははははあはははははははは!!!!』
コッペリアはすっぴんに戻ったナグサを見下しながら笑う。空っぽの笑顔で笑う。
ナグサは強すぎる彼女をどうするかと頭を悩ませる。自分もローレンもこの激戦で傷だらけだし、体力も相当削られている。このままでは負けが見えている。しかも自分に対しては人形にせず、殺してやるとハッキリ言っている。自分でまいた種とはいえど、ここまで酷い事になるとは。
否定の魔女復活の責任を取る旅に出た筈が、ここであっさり死ぬのかとナグサは思ってしまいそうになるが、それでも彼は諦めなかった。
「……君は“悪の魔女”だな。お姫様なんかじゃない、醜い悪の魔女」
ぴくっとコッペリアの動きが止まる。ローレンが凄く引きつった顔でナグサとコッペリアを交互に見る。
自分が地雷を踏みまくっているのは分かっている。だけども、ここで戦闘を起こしても、逃げても、結果は同じ。それならば命を捨てて、ギャンブルを行うのみ。
コッペリアは顔を引きつらせながら、ナグサを見下す。
『悪の、魔女? 私は否定の魔女じゃないよ』
「そんなの知ってるさ。だけど君は酷い魔女だよ。だってそうだろ? 気に食わない連中を人形にしたり、殺したりするなんてさぁ」
『何が言いたいの?』
彼女の声と感情に強い憤怒が込められていく。彼女の右手に力がどんどん蓄えられていく。多分今度は避けきる事が出来ないだろう。
それでも尚、ナグサはコッペリアを止める為に危険を顧みず勇気をもって叫んだ。
「ハッキリ言ってやる! お前みたいな悪い魔女を白馬の王子様が好きになる筈無い!!」
ローレンが凄い勢いでナグサを見る。「こいつ、気が狂ったのか!?」と言いたげな目をしている。
だけどナグサはあえてスルーして、コッペリアを見る。コッペリアはナグサの言葉に憤怒を感じているらしく、悪魔のような表情になっている。
『……私が魔女? 悪い魔女? 王子様が好きになるわけない? ……何言ってんの? 私は、お姫様なんだよ』
「お姫様は人を傷つけないと思いますけど? 人を血だらけにしないと思いますけど? 部屋をこんなに汚さないと思いますけど?」
『黙れえええええ!! うるさい、うるさい! 静かにしてよ!! お前の言葉は酷すぎる!! やっぱりお前は悪い魔法使いだ!! 悪い魔法使いを倒すのはお姫様なんだ!!』
ナグサの挑発に対し、コッペリアはついに怒りが爆発して円状の衝撃波を放つ。
ローレンは鋏で防御して踏ん張るものの、すっぴん状態のナグサはまともに食らってしまい、再び壁に激突する。再び吐血するナグサ。彼の体はボロボロで、ここまで持っているのが奇跡だ。
その姿を見てコッペリアはナグサの前まで瞬間移動し、二つの人形をどこからともなく出現させる。
片方は特徴的な帽子と耳の桃色の少女。片方はシルクハットと片方だけの仮面をつけた男。ナグサはどちらともに見覚えがあった。ミルエとカルベチアだ。予想はしていたが、二人ともコッペリアに人形にされてしまっていたのか。ナグサはすぐに理解するとコッペリアを睨みつける。
コッペリアは二つの人形を見せびらかしながら、ナグサに言う。
『この二つの人形を破壊してあげる』
「な……!?」
とんでもない発言にナグサは目を丸くする。地雷を踏みまくっている自覚はあったが、ここでこんな手段に出るとは思わなかったのだ。
「させるか!」
それを聞いたローレンがすかさず鋏でコッペリアに切りかかるものの、見えない壁によって防がれてしまい、そのまま衝撃波で吹き飛ばされてしまう。
そのままコッペリアは嘲笑う。二人の愚か者に対して、大声で嘲笑う。
『私と私の王子様を、侮辱した罪だ!! はは、はははははは!! 私は悪い魔女なんかじゃない!! お姫様なんだ!! だからさぁ、悪い魔法使いには罰が必要だよね!? 謝っても聞かないよ! 目の前でお友達が無残にバラバラになるところを見ておきな!!』
そう言ってコッペリアは二つの人形に力を込める。
それを見たナグサが呟いた言葉は、一つの確信だった。
「ほら、悪い魔女だ」
コッペリアの動きが止まる。コッペリアの顔が憤怒に包まれていく。
ナグサは言葉を続けていく。お姫様なんかじゃない哀れな悪の魔女に、事実を突きつけていく。
「ってか君は一体どんなお姫様なんだよ。毒林檎を食べてしまった白雪姫? 綺麗なドレスを身に纏ったシンデレラ? 茨の中、眠り続ける茨姫? 全部違うだろ。お前は毒林檎も食べていない。ガラスの靴も履いていない。茨に囲まれてもいない。ただの、悪い魔女だ。すごい我侭で、自分の事しか考えない醜い悪の魔女だ!!」
それは事実。何よりも強い事実。
コッペリアは戸惑う。ナグサの勢いがある迫力の言葉だからか、それともどのお姫様にも当てはまらない我侭な魔女の自分を当てられたからか。
それは分からない。だけど事実なのは確か。コッペリアの心を揺らせたのは確か。
ナグサは更に言葉を続けていく。
「だってそうだろ!? こんな人形だらけの屋敷に人々を閉じ込めるお姫様なんて聞いた事が無い! 魔女としか言いようが無い!! 認めろよ。自分が魔女だって認めろよ! うすうす気づいてるんだろ!?」
『うるさい! 違う。違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う!! 私はお姫様なんだ。なんたってあの人が私を愛してくれたから!! そうだよ。あの人は私の王子様。なら、私はあの人のお姫様なんだ!! お前の言葉なんて嘘なんだ!!』
必死になって否定するコッペリア。目じりには涙が浮かんでいる。
少し罪悪感があるけど、ここは心を鬼にしないとこっちが殺されてしまう。
ナグサは覚悟を決め、彼女にトドメを指しにかかる。
「お前の王子様は、魔女であるお前を、絶対に愛していない。いなくなったのが、その証拠だろ?」
その言葉は少女にとって何よりも残酷で、何よりも知りたくなかった言葉。
「そして、好きでも嫌いでもなかった。お前なんか、どうでもいいって思ってたんだよ。何たって、お前は悪の魔女なんだから」
酷く冷たく、けれども事実を伝えるその姿にコッペリアは反論できない。ただ、子供のように泣きじゃくる事しか出来ない。
『やめて! もう、やめて!! 王子様は、王子様は……!!』
あぁ、やはり気づいている。ただ、認めたくないだけなんだ。
だから狂った。だから病んだ。だから壊れた。だからこんな真似を繰り返している。
言ってしまえば、コッペリアには、“王子様”以外の思い出が無いに等しかったのだ。だから彼を何よりも素敵な王子様と思い込んでいたんだ。
その証拠に日記には王子様の事しか書かれていない。家族の事も、他人の事も、書かれていない。彼女には王子様しかいなかったんだ。王子様がいなくなってしまった今、彼女は王子様以外の人で寂しさを紛らわさせる事が出来なかったのだ。
だから求め続けている。自分が愛してやまない王子様を。自分を愛していない王子様を。
一人の男によって狂ってしまった少女。哀れな逆さまコッペリア。だけども同情だけでは終われない。終わってはいけないのだ。
ナグサは、コッペリアに言った。最後のトドメを。優しい優しい言葉を。
「……もう魔女はやめなよ。お姫様は待つだけが仕事じゃない。人魚姫のように何かを失ってでも、大好きな人の下に行ってもいいんだ」
『――!』
ナグサの言葉に、コッペリアは目を大きく見開く。そして涙をこぼした。
トコトン事実を突きつけられ、己を保てなくなりかけた時、事実を突きつけた張本人が優しい言葉を口にした。その言葉は揺らいでいたコッペリアの心を震わせるには十分なもの。
だけど、納得が出来なかった。ナグサが己にここまでする理由が。
『あなた、何が、したいの……?』
コッペリア、否、一人ぼっちの女の子は、目の前にいる少年を困惑の目で見る。
傷だらけの少年は優しく微笑んで答えた。
「君をどうにかしたい。今はそんだけだよ」
『君をどうにかしたい。そんな仏頂面じゃ、話も出来ないからね』
その微笑みは、あの人に似ていた。自分が誰よりも愛した大好きなあの人に。
少年とあの人は似ても似つかない。だけど、自分を思ってくれているその気持ちは確かに似ていた。
愛していなくても、好きでも嫌いでもなくてもいい。
ただ、自分はあの人ともっともっと一緒にいたかった。自分の独りよがりでもいいから、あの人といたかった。それだけだったのだ。
『―――――』
コッペリアは笑った。空っぽじゃない、心からの笑顔を。笑顔を浮かべたまま、彼女は消えた。
■ □ ■
ツギ・まちはというといきなりの選択肢に困惑していた。
ちるの想いをとるか、カーベルの真実をとるか。
『ツギ・まちは、分かってくれるよね……?』
「早く決めろ。私は短気なんだ」
半分涙声になってるちるに、少し苛ついてきているカーベル。何かどっち選んでもろくな事にはならない気がしてきた。
内心滝のような汗が流れ出してきたツギ・まち。さながら修羅場のようだ。シリアス一直線だったナグサ組とは何か空気が違いすぎる。
さっきからずっとこんな感じだ。どないしろと言うのだ。
「早くしろ。……全く放置プレイもいいとこだぞ」
「!! !! !!」
違う。違うから。放置プレイちゃいますから。
カーベルのとんでも発言にツギ・まち、ツッコミ入れる。だったら早く答えろと返されました。
『ツギ・まち~……』
あぁ、涙声のちるも早くしろって言ってきてる。
可愛らしい人形少女と、おっかない冥王様に挟まれて困惑するツギ・まち。
ここに選択肢のカードがあったら「ちる」「カーベル」「どっちも選ばない」と出てきそうだ。多分どれ選んでも悲惨な目に合うだろうけど。
マジで誰かどーにかしてくれ! ツギ・まちが心から思ったその時だった。
パキン。
黒い扉を覆っていた赤い鎖が切れたのは。
ツギ・まちとカーベルが扉に振り向く。黒い扉についた赤い鎖は次々と切れていき、消滅していく。何か引っ掛かりが消えたかのように。
消えていく鎖にツギ・まちは驚き、思わずカーベルを見る。だがカーベルは平然とこう言った。
「私は何もしていないぞ。もししたとすれば……」
カーベルの視点がツギ・まちの頭上にいるちるに移る。ツギ・まちは目線だけ上にして、ちるの言葉を待つ。
ちるはというと、涙をこぼしていた。そして何処か嬉しそうな顔で呟いていく。
「受け入れた。あの子が、外に出たいって、叫んでる。王子様に会いたい、人魚姫になって歩きたい。彼の言葉を信じたいって。彼の、ナグサ君の」
ナグサ。その名前を聞き、ツギ・まちは声にならない叫びを上げる。
「!!? ! !!」
「……そうか。そういうことか。これは凄い。どうやら運命の少年は逆さまコッペリアを救ったようだ」
一方でカーベルは何があったのかを把握したのか、自然と笑みがこぼれた。
ちるは泣き出すし、カーベルは一人で勝手に納得してるし、一体何があったんだと困惑するツギ・まち。とりあえずナグサがあの子ことコッペリアに何かをしたらしいのは間違いない。
カーベルはツギ・まちをスルーし、ちるに話しかける。
「さて、コッペリアよ。どうするんだ?」
「私はちるです。……開きます。外に出たいし、それに渡さなきゃいけないんでしょう?」
「おやおや、さっきとは打って変わったな。よっぽど運命の少年にやられたようだな」
「まぁ、そんなところ。私とあの子、ううん、私は外に出るなんて考えた事無かったから。だから、進みたいの」
「分かった」
カーベルはちるの決意を受け止める。ツギ・まちもちるの言葉を聞き、深く頷く。ちるは受け止めた二人に優しく微笑む。
すると黒い扉が独りでに開かれた。
黒い扉の先にある部屋の中にあるのは白色のカービィ等身大人形と人形が大事に抱え込んでいる不思議な物体だけがあった。
滑らかな形をした細長い物体で、神秘的なオブジェに見える。だがそれは違うということは三人とも分かっていた。物体から発せられる淡い光が、これはオブジェではないと訴えているからだ。
神秘的で尚且つ暖かさを感じるそれは、これが人知の手で作り出されたものではないという事をしっかりと伝えさせてくる。
ちるは物体を見て、懐かしそうに哀しそうに呟く。
「アレがあの人が去る間際私に託したもの。今思うと……あの人はやっぱり私を愛してなかったんだね」
「~~……」
「大丈夫だよ、ツギ・まち。そんな心配そうな顔をしないで。本心が受け入れた事で、私も決心出来たからね。ただ心残りはあるけどね」
そう言うちるは、確かに顔が不満そうだ。それでもある程度は吹っ切れているのが分かる。
一体何がどうしてこうなったのかは分からないが、もう一人のちるであるコッペリアをナグサがどうにかしたのが大きいのだろう。見た目によらず凄い男だ。
ツギ・まちはそう納得するとカーベルと共に部屋の中に踏み入れ、人形に近づく。
カーベルは人形の持つ物体に触れ、納得したように頷く。
「間違いない。数多の天を駆ける虹の翼ドラグーンのパーツだ。敵を終結に導く破壊の王ハイドラと対をなすエアライドマシンの欠片だ」
「!!!??」
「エアライドマシン!? え、ちょ、マジで!?」
ツギ・まちとちるはエアライドマシンという言葉に非常に驚き、声を上げる。
エアライドマシン。世界大戦時に出現した二つの神器というのは有名すぎる。現在、二つの神器の影響によって多種多様の量産型エアライドマシンが開発されているぐらいだ。それは人形でもある二人にとっても良く知っている事。何故知っているのかは追々物語で判明するだろう。
「その通り。ま、乗りこなせた者は少ないがな。マナ氏以外に数人いたぐらいだ」
「王子様、エアライドマシンに乗ってたんだ!」
「そのおうぢさまは止めてくれ。思い切り嫌な意味で来るから」
良く見るとカーベル、鳥肌立ってる。どうやら彼(彼女?)の中ではマナ氏=王子様という式はありえないようだ。マナ氏のキャラがウルトラスーパーデラックスサディスティック超魔皇帝で固定されているのだろう。……一体何があったのか気になるが、聞く勇気は無い。
それよりも今はこれを取る事が先決だと二人に伝えるツギ・まち。
「~~」
「あぁ、そうだな。構わんな、ちる」
ちるは強く頷く。許可を貰い、カーベルは物体を両手でつかむと人形から抜き取った。
近くで見れば見るほど神秘的なドラグーンパーツ。一体完成したらどうなるのだろう、ツギ・まちがそう思った次の瞬間だった。
『あ、ああ、アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
ちるが突如、大きな悲鳴を上げたのは。
ツギ・まちはいきなりの大声にびっくりして尻餅をつく。その勢いでちるが落ちた為、慌てて拾おうとするがカーベルに止められる。
「待て、ツギ・まち! 下手に触るな!!」
ツギ・まちは止められ、思わず手を引っ込めてしまう。
次の瞬間、ちるの体から強烈な円状の衝撃波が発動した。
ツギ・まちは直撃してしまい、そのまま数メートルほど転がってしまう。
一方のカーベルは鐘を鳴らし、シールドを作り出して衝撃波を防ぐ。
一体何が起きたのだと二人が思った直後、今度は酷い揺れが二人を襲う。まるで大地震のような揺れだ。まともに立っていられない。
『い、や! たすけ、たすけて!! 何、何なの、これ! 心が、体が、いたい!! いたい、いたいよ!! たすけて!! たすけて、ツギ・まち!!』
ちるは悲鳴を上げ、助けを求める。
だが彼女から幾度となく衝撃波が放たれ、ツギ・まちとカーベルを傷つけていく。
衝撃波と揺れによって飛んだり跳ねたりぶつかったりしているツギ・まちにカーベルは慌てて飛んで駆け寄る。
「無事か!?」
「~~~……」
「完全に目が回ってるな……。だが傷が無いだけマシか!」
カーベルはドラグーンパーツを器用に片手で持つと、空いた手でツギ・まちの頭をつかんで部屋の外へと退散する。ちるの呼び止める声が背後から聞こえてきたが、無視だ。
今の状況ではちるを止めるのは無理。カーベルは状況を把握し、出てきた結論がそれだったのだ。
「ドラグーンパーツが一種の制御装置になっていたのか……!」
Mahouの粉は賢者の石に匹敵する程の魔力を持っているが万能ではない。
あくまでも所有者の心に従い、魔力を発散させるだけだ。普通に強化させたりするものならあまり問題は無いが、今回のような大規模のモノでは暴走する可能性はある。
だがドラグーンパーツ程のアイテムがあれば話は別だ。パーツでさえも強い力を持つエアライドマシンならばMahouの粉の力も暴走しないように自動的に抑えつけるからだ。
その為ドラグーンパーツを抜き取った事により、これまで抑えられていた部分が一気に放出されてしまって暴走状態になってしまったのだろう。
迂闊に抜くんじゃなかったとカーベルは眉間に皺をよせる。
「何が『絶対大丈夫』だ! くそ、あいつの事を信じた私が馬鹿だった!!」
脳裏に浮かび上がるマナ氏の見下し笑顔に、カーベルは益々苛つく。だが今は苛ついている場合ではない。
一刻も早く外に出て、幻想空間を破壊に向かわないといけない。
カーベルはドラグーンパーツとツギ・まちをつかむ力を強めながら、外に向かって飛んでいく。
- 最終更新:2014-05-29 08:48:51