第五十話「海底神殿に潜む魔物」

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Aパート「海底神殿に潜む魔物」

 ブルーブルーには地上都市と海中都市の二つに別れている。地上都市は水路をメインとしたレトロな雰囲気の独特な芸術性が溢れる町並みで普通の観光を求める客が絶えず訪れる場所ならば、海中都市は海の中そのものを体験したいという客が訪れる場所であろう。
 その理由は簡単だ。海中都市は文字通り、複数のエレベーターと魔力エンジンで地上都市と繋がっている半ドーム型の海の中にある都市なのだから。しかもそのエレベーターは半透明で海中の様子がよく見えるもの。金槌系統の人にとっては悪夢かもしれないが、夢見がちな年頃の人からすればこれほど幻想的で魅力的なものも無いであろう。

「うおおおおお! 海の中、すげええええ!!」
「お魚さんが一杯います! あああ、あの辺沢山集まってて川みたいですよ!」
「あっ! 今、かまかま族見えた。かまかま族見えたー!!」
「え? どこどこ!?」
「ほら、あそこあそこ!! あっ、こっちに手ぇ振ってくれたー!!」

 その夢見がちな年頃の人であろう絵龍は海中の光景に興奮して、帽子に乗っけたちると一緒に子供のようにはしゃぎまくっていた。雄叫びのように聞こえるのは気のせいでございます。
 そんな光景に対しクレモトは苦笑しながら、ナースは微笑まそうに呟く。

「あの子達、自分がこれから何処に行くのかわかってるのかなー?」
「いいんじゃないの? 正直あたしももうちょっと若かったらはしゃいでたし」
「あー、良かった。こんな乱暴オカマが若くなくて! 気持ち悪くてありゃしねぇ。俺の、みんなの、何よりもロリの目のどぐふぅ!?」

 黒臼が心底ホッとした様子で言っていたら、ナースに巨大注射器でどつかれた。
 その光景を見ていた誰もが「無茶しやがって……」と思ったに違いないだろう。尚、ここにいる大半が黒臼と同じ事を考えていたのは今更の話である。
 ナースが失礼だとぷんすか怒り、絵龍とちるは海中に顔を向けるフリして怒りが冷めるのを待つ。クレモト、ラルゴ、ケイトの三名は手出しする気が無いのか無言を貫いており、ダム・Kとミラリムはもとより黒臼と関わりあいたくないのかナース達から一歩離れた場所で眺めているだけだ。そんな中、シルティだけはナースの下にてくてく歩いていくとどこからともなく飴を取り出して差し出す。

「ん」
「は?」
「飴はイライラに効く」

 そう言ってナースに強引に渡した後、シルティはてくてくと先ほどいた位置に戻る。ナースはどう反応すればいいのか分からず、困惑した様子で飴を眺めていた。……とりあえず怒りは去ったようだ。
 その様子に対し、思わず振り返って眺めていた絵龍は顔を引きつらせながら呟く。

「さ、三番隊の飴常備は真だったのか……」
「え? どういう意味ですか?」
「三番隊は隊長格含めて、ほとんどの隊員が飴常備しているって噂があるんだよ。で、それがたった今証明されたわけ。なーんで持ってるのかは分からん。防衛隊七不思議に入ってるぐらいだし」
「……なんちゅーくだらん七不思議だ」

 不思議そうに呟いたちるに対しての説明を聞き、ラルゴは心底呆れたと言わんばかりに呟く。
 ケイトの方もやや呆れた様子で、ダム・Kに確かめる。

「マジなの、これ?」
『マジ。自分も持たされた経験がある』
『なんでもってるのかわからないの~……』
『隊長に聞いてくれ』

 桃薔薇も困惑した様子でダム・Kを見るものの、彼は立て札を回転させて冷たい返事を返すだけだ。
 そんな中、いきなりシルティが一同に振り返って一言こう言った。

「飴はシルティの好物」

 そしてすぐさま元の位置に戻っていき、どこからともなく飴を取り出して口に放り込んだ。
 なんともいえない空気が、エレベーターの中に広がった。

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 エレベーターからの直通で行けたのは普通の家よりも少し大きい程度だが高級感を表しているお屋敷で、一同はその中の客間にてブルーブルーの守護担当と話をしていた。
 互いに大きなソファに座ったまま、一同に会釈してから守護担当は真剣な表情で本題に入る。

「お話は既に聞いております。海底神殿に参りたいというのですね」

 大きな青いリボンを頭につけた半透明の水色の体を持つ守護者スーラの言葉に対し、シルティが代表者として頷く。

「そう。ドラグーンパーツの収集の為に」
「はい、そのことも既に聞いております。……否定の魔女が復活し、不揃の魔女やスカイピアといった不可解な存在の事もございますし、出来ることならばすぐに渡したいのですが」
「問題がある?」
「はい。海底神殿には……今、とても凶悪な魔物が住み着いているのです」
「魔物?」
「そういえばマナ氏が言ってたね。すごくやばいのがいるって」
「マナ様が戦うなって言った存在、一体何なんでしょうか……?」

 海底神殿の魔物の存在にシルティが首をかしげ、クレモトが思い出した感じに呟き、ちるが不思議そうに呟く。
 様々な反応に対し、スーラは表情を暗くする。それを見た黒臼は一瞬目を細めると、すぐさま場の雰囲気に合わない明るい口調で一同に突然語りかける。

「そ~の魔物とは~! 六年前、唐突に~! 出現した~! 邪龍リヴァイアサンであ~る!!」

 その場でミュージカルのようにいきなりくるくる回りながら歌いだした黒臼に対し、スーラとシルティを除いた一同は驚きのあまり凝視してしまう。

「どわ、びっくりしたぁ!!」
「何、いきなりどうしたの? ……気が狂ったの?」
『ぼかぼか殴りすぎたか!?』
「頭にダメージが多いと、致命的なダメージになる事が多いからねぇ……。気が狂った可能性、無くは無いわね」
「あ、意外に歌上手い……」
『踊りの方もリズムがあってるのー』
『感心する場所が違うと思うよ、お二人さん』
「あー、なるほど。そういう性格なわけ」
「……とりあえずスーラ殿、お話を続けてくれませんか?」

 絵龍は声を上げて引いた。ケイトは冷たい目で見た。ダム・Kとナースは別部分で心配になった。ちると桃薔薇は変なところに感心していた。ZeOはちると桃薔薇にツッコミを入れた。クレモトは何かに納得した。ラルゴは無視した。

「おいこら、無視すんな!!」

 でも怒った黒臼の投げたボールを後頭部に受け、ラルゴはしぶしぶ彼に目線を向けた。それを確認すると黒臼は上機嫌で再びくるくる踊りながら歌い出す。

「海底神殿と~海底都市~! 両方を~守るように~現れたのは~! 銀の鱗を身に纏い~! 猛々しくも~恐ろしい~巨大な~蛇のような龍~!!」
「都市なんてあったの!?」
「……絵龍ちゃん、後でちょっと勉強しようね?」

 絵龍が驚いた部分に感づいたのか、クレモトは彼女の背を軽く叩いて苦笑する。彼女の方はというと、墓穴掘った事に気づいて冷や汗を流すものの誰も助けようとしない。自業自得である。
 スーラはそのまま続きを歌おうとする黒臼に話しかけて止める。

「黒臼、歌はもういいですよ。全く余計な気遣いだけは一流なんですから……」
「それが俺なんでね。んじゃ、話を戻していーよ」
「はい、ありがとうございます」

 黒臼はあっさりやめ、部屋の隅に移動する。それを確認するとスーラは再び真剣な表情になり、本題へと入る。

「彼が……話したように海底神殿には銀の邪龍、通称リヴァイアサンと呼ばれている魔物がいるのです。海底都市を護るように存在するそれはあまりにも強く大きく、沢山の探索隊が向かっても誰一人として帰る事は出来ませんでした。私が知る限り、生存者は……マナ氏、ただ一人だけです。戦争が終結した六年後、マナ氏がドラグーンパーツを隠した前後に出没するようになりましたから、彼が生み出したんじゃないかって疑う者も出ているのですが……」
「そんなわけございません! マナ様がそんな無意味な事をするとは思いません!!」
「んー……。性格が悪いとは思うけど、自分でも苦戦するような魔物を生み出すとは思えないね」

 マナ氏黒幕説にちるが速攻反論し、クレモトも同意する。スーラも頷き、二人に答える。

「私もそう思います。本当に何故リヴァイアサンが生まれたのかは分かりません。ただ分かるのは……私達にとって、非常に厄介な存在だという事ぐらいで」
「ドラグーンパーツの影響って線は無いんすか?」
「それもありえません! Mahouの粉ならいざ知らず、ドラグーンパーツにはそんな力なんてないのです! それは私が一番! 良く知ってます!!」

 絵龍の疑問もちるによってバッサリ切り落とされてしまう。ちるは人形屋敷での事件でマナ氏が共に関わっているMahouの粉とドラグーンパーツの効力を、この中の誰よりも知っているのだ。信用性は高い。
 なにやら話題がずれだしてきた中、ナースがパンパンと手を叩いて己に視線を集中させて言い切る。

「ま、ここで余計な憶測を繰り返しても意味は無いわ。私達がやるべき事はドラグーンパーツの発掘! リヴァイアサンから避けきって海底神殿に入り込めばどうにかなるでしょ?」
「……その自信、どっから出てくるのさ」
「昔の上司の考えよ。あの人、この辺いい加減だったけど凄い良い男だったわ。女だったら……もう、食べてほしいぐらいに」

 ケイトの呆れたツッコミに対し、ナースは最初こそ普通に返すものの最後はうっとりした乙女の表情となっていた。その表情を見て、危機感を覚えたのか一同の大半は一斉にドン引きした。

「おいこらお前等、失礼にも程があるぞ」

 その様子に対して、ナースは心外だと言わんばかりに睨みつけるも逆効果。顔を青ざめさせるだけに終わった。サザンクロスタウンからの付き合いであるケイトはその様子を見て、ただ苦笑するしかなかった。

「いい加減慣れればいいのに……」
『慣れれる方が凄いと思うよ。ってかどうやって慣れた』
「うーん、戦争中で色々と悲惨な目に合ったからその影響じゃないかな?」

 ZeOのツッコミに対して、ケイトはあっさり答えた。どういう悲惨な目かはZeOはあえて聞かなかった。

 ■ □ ■

 時間は進み、一行はスーラから潜水艦を借りて進む事にした。操縦者は黒臼で彼は海底神殿までの行き帰りも勤めている為、結果的に同行者となっている。ブルーブルーの間では嫌でも付き合わなきゃならんのか、とダム・Kとミラリムが呟いてた(ダム・Kは看板だったので分かりやすかった)のを絵龍は目撃した。
 一同にはスーラの魔法によって全身に特殊な膜が張られており、海中に放り出されても水圧に潰されず、呼吸もできるようにはなっている。ただしその膜は激しい衝撃が来ると割れてしまう為、慎重に動かないとならない。過度な戦闘行為を行っていたも、耐え切れなくなって割れてしまうのでそちらにも注意せねばならない。
 小さな人形のちるとコンピューター越しのZeOを除き、カービィ九人が乗っても潜水艦の広さは十分ゆったりできるものだ。外見こそシンプルで黄色いものだが、中は複雑怪奇。複数のモニターが正面に備え付けられ、操縦席の手元にはレバーやらスイッチやらが複数置いてあってパッと見では操縦できそうにない。黒臼はそれをあっさりやりとげており、そこにはダム・Kと初遭遇した時に見せた変態のお調子者の姿は無かった。ZeOがサポートを行いながら、黒臼の操縦する潜水艦は少しずつ確実に海底神殿へと向かっていた。
 潜水艦についてある丸い窓から見える深海の光景は暗く美しく、ただよう大きなクラゲが神秘さを深めていた。その中でカービィのような深海魚、それとも深海魚のようなカービィ……とにかくどちらとも言えない魚が通り過ぎていくのが見えた。
 それを目撃した絵龍の帽子に乗ったちるは首を傾げ、絵龍は跳ね上がるぐらい興奮する。

「あれ? 今のなんですかー?」
「うおおお! かまかまの次はチンを見るとは!! うわっ、めちゃんこラッキー!!」
「ち……ちん?」
「うん、チン。チンだよ! チン、新種でさレアなんだよ! リアルじゃ滅多に見れないんだよ、チン!!」
「あ、あんまり連呼しないでください。恥ずかしいですぅ……」
「ん? あー……そっか。ごめんごめん、興奮のあまりついつい」

 チンという名前が連呼するあまり、少々お下品なものを連想してしまったちるは顔を赤くする。絵龍はぼそぼそと恥ずかしそうな声を聞き、察して平謝りしながら落ち着きを取り戻す。
 その光景を椅子に座って眺めていたラルゴはついつい思ったことを口にしてしまう。

「本当に呑気すぎないか、あの二人は」
「別に構わないと思うけど? あんまりピリピリしすぎるのもなんだしね」
「……大国防衛隊としての自覚が無いとも思うけどね、アレは」
「まぁ、いいんじゃないの? この班唯一の隊長格はさっきから飴ばっか舐めてるし」

 クレモトが慣れたのか何時ものような笑みを浮かべて返し、ケイトはどこか呆れた様子で絵龍を見ながら呟く。その後にナースが黙って一人で飴を食べながら、海底神殿に到着するのを待つシルティを眺めながら宥める。そんなシルティを見て、クレモト・ケイト・ラルゴの三名は不安にかられた。

「……この班、大丈夫なのかな?」←不安そうなケイト
「あはは、もう後の祭りだよ」←乾いた笑いのクレモト
「その分、絞り込めばいいだけの話だ」←金を優先したラルゴ
「あんた達ってホント面白いわ」←多分一番大物のナース

 そんな四人のなんともいえない光景をダム・Kと桃薔薇状態のミラリムが「大丈夫なのかなー」と思いながら、ジュース飲みながら眺めていた。……どうもブルーブルーチームは、緊張感があるのか無いのか分からないです。はい。
 まるで海底旅行みたいだな、と黒臼は思いながら徐々に深海へと進んでいく。もう少ししたら、目的地の海底都市が遠目でも見えてくる筈だ。元々海底神殿は八百年前に滅び去ったスカイピアの奥にある大きな王宮(最もそのメインである城は復活し、天空へと浮かび上がったが)の事を指しており、その城下町は海底都市と名称されている。かなりの大きさを持っているらしいが、リヴァイアサンの襲撃によって明確なデータは得られてはいない。今回ばかりは狭い事を祈る。
 その時、突然潜水艦内部に警報とZeOの切羽詰った声が鳴り響いた。

『エマージェンシー! エマージェンシー! 超巨大魔物の反応を確認!! データベースにある“リヴァイアサン”と完全一致!!』
「何!?」

 黒臼が驚きの声を上げ、一同が一斉に正面を振り向いた。
 直後、潜水艦全体を大きく揺れ動かす衝撃が襲い掛かった。潜水艦はその場に留まる事が出来ず、何度も何度も回転しながら元来た道を戻らされていく。あまりにも強い衝撃だった為か、潜水艦自体が耐え切れずに出来てしまった穴から海水が入り込んでくる。ケイトは咄嗟に空來凛守を発動し、穴を全て防ぐ。その後に続き、桃薔薇が鏡を出現させて入り込んだ海水を鏡の中へと吸い込ませて除去する。
 危機一髪の状況を瞬時に解決した二人に対し、黒臼は礼を言う。

「ナイス、桃ちゃんと兄ちゃん!」
「潜水艦そのもののダメージは回復できてないから、油断しないで!」
「わーってるよ! 目の前に超危険物がいやがるんだからなぁ!」

 ケイトの注意に対し、黒臼は目の前のモニターに映る化け物を見ながら叫び返す。
 そのモニターに映っていたのは海底都市をバックに、凛として立ちはだかる一体の巨大な東洋龍であった。銀色の巨大ながらも水の中でも麗しさを見せ付けるヒレを四つ程同色の鱗を纏った体に生やしており、巨大な頭には珊瑚を連想させる青々とした独特な角を生やしている。巨大な翠の瞳に殺意と憎悪を纏わせており、それに睨まれただけでも気を失ってしまいそうな迫力だ。
 それだけではない。この龍の大きさは常識はずれそのものだ。バックに見える都市は地上の家で言うと二階建てといった建物ばかりに見えるというのに、龍と一緒に並ぶと犬小屋程度の大きさにしか見えない。それほどまでにこの龍は巨大すぎるのだ。

「……アレを見て、どう思う?」←ナース
「凄く、大きいです……」←ちる
「で、でかすぎるっすよ! 見た目は想像してた通りっすけど……何すかアレ、ゴジラの親戚っすか!?」←絵龍
「それ、当たってるかも知れないね。……敵対する巨大怪獣って点だけは」←クレモト
「納得した。これはマナ氏も苦戦するわけだ」←ラルゴ
「……これを今、相手にするのが僕達だと思うと気が重くなるよ」←ケイト
『生きて帰れるのかな』←ダム・K
『大丈夫なの。だむは桃が生かすの!』←ミラリム
「総員、潜水艦防衛最優先。驚愕は後でも出来る」←シルティ

 それぞれ龍を見て、呆然としたり、驚愕したり、警戒を強めたり、血の気が引いたり、それでも冷静さを崩さないなどと、様々なリアクションをとっている中で黒臼はモニターに映る邪龍を睨みつけながら、その名を口にする。

「出たか、深海の邪龍リヴァイアサン……!」

 嫉妬の名を持つ銀の深海龍――リヴァイアサンがその巨大な口を開け、咆哮する。

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Bパート「深海の邪龍リヴァイアサン」



『ヂガヅグナアアアアァァァァァアアアァァアアアアアアアァァァァァァァァアアアアアアアァァァァアアアァァァァァァァアアアア!!!!!!!!!!』



 強大な咆哮は海底の中では震動となって辺りに響き渡り、潜水艦にも震動による衝撃が直撃する。それにより、先ほど閉じたばかりの穴が再び開いて海水が中へと入り込んでくる。
 桃薔薇状態のミラリムは鏡の中に入り込み、姿を変えて再び外に出てくると穴部分を紫色の水晶で包み込み、海水を鏡の中に再び流し込んでまたも危機を防ぐ。

『危機一髪……!』
『白薔薇(?)、グッジョブ!』
『マスター、私は紫薔薇です。勘違いしないでくださいませ』
『似すぎだよ! 色で違い解るけど、似すぎだよ!』

 ダム・Kの出した看板見て、「紫薔薇」のミラリムは即座に訂正させる。薔薇を模した眼帯を左目につけ、薔薇とクリスタルの紫色の髪飾りで水色の髪をくくっており、紫色の体を持つ。しかしそれ以外の部分は非常に白薔薇とそっくりで、体色の違いが無かったらどっちがどっちなのか分からなくなっていただろう。
 とにかく紫薔薇へと変化したミラリムのおかげで浸水は免れたものの、コンピューターの中で解析していたZeOは驚愕した様子で声を上げた。

『嘘!? ちょっとこれ、激しい攻撃を後三回ぐらい喰らったら木っ端微塵だよ!?』
「何ぃ!? これ、耐久力は見た目の割りに高いのにぃ!?」
『それだけあのドラゴンの攻撃力が高いって事だよ。……三発目、来るよ!!』

 ZeOの言葉と共に、モニターに映るリヴァイアサンから急激なエネルギー増幅反応が確認された。良く見るとリヴァイアサンの口には魔力が集まっているのか、眩い光が宿っている。黒臼は素早くキーボードを動かし、車のハンドルのような操縦桿を出現させるとそれを両手で持つと気合を入れて叫ぶ。

「ハッ! ブルーブルー育ちの黒臼様、なめんじゃねええええええええええええええええええええ!!!!」

 直後、リヴァイアサンが口を大きく開いて光線を潜水艦目掛けてまっすぐ発射した。黒臼はハンドルを勢い良く回転させ、潜水艦を素早く光線の軌道から外すと光線が発射されている間にリヴァイアサンへと急速接近する。
 その様を見て、さかさまの体勢で壁にぶつかった絵龍が驚いて声を上げる。

「え!? ちょっとあんた、何をする気っすか!」
「決まってるだろ! このまま一気に海底神殿に向かう!!」
「はああああ!!!!???」
「と、トラックで空を飛ぶよりも危険じゃないですかそれぇ!!」

 黒臼の即答を聞き、絵龍はふざけるなと叫び、ちるは顔を青ざめさせて反論する。そんな二人に対し、椅子に捕まって転がり落ちなかったナースが怒鳴るように叱り付ける。

「ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねぇ! 死にたくなけりゃ、黙ってしがみついてりゃいいんだよ小娘どもがぁぁぁ!!」

 その様子はどう見てもオカマ看護士じゃなくて、恐ろしい極道そのもの。迫力は非常にあり、初めてそれを間近で見た絵龍とちるは恐怖のあまり「はい」としか答えられず、ただ祈るように目を瞑って衝撃に耐える事しか考えられなくなった。
 ナース同様己の椅子に捕まって転がらなかったラルゴは、宙に浮いた状態で左手でダム・Kの片足をつかんでいる紫薔薇に提案する。

「おい、そこの鏡女。この船の防御力を高める事は出来るか?」
『可能です。ただしあのドラゴンの攻撃に耐え切れるかどうかは分かりません』
「それでも無いよりはマシだ。やれ」
『……マスター、許可を』

 ラルゴの命令に対し、紫薔薇はダム・Kを引き上げて己と視点を合わせさせる。ダム・Kは潜水艦に酔ったのか、はたまた頭に血が上ってきてしまったのか、若干青ざめた顔を見せながらもぷるぷる震えながら看板を出して『GO』と返答する。それを見た紫薔薇は己の正面に鏡を出現させ、空いた右手でその正面に触れる。鏡の正面が鮮やかな波紋を描き、その内部に紫色の水晶が次々と浮かび上がっていく。同時に潜水艦の背部から広がっていくように紫色の水晶が生えていき、全体を覆った。数秒の間だけ、潜水艦は巨大な楕円型の紫水晶となったがすぐに水晶は姿を消して、見た目は元に戻った。紫薔薇は鏡から手を離し、ダム・Kを片手だけで引き上げると向きを元に戻して抱きかかえながら淡々とした口調で一同に報告する。

『防壁完了しました。これである程度の衝撃には耐え切れます』
「リヴァイアサンが動き出した!!」

 操縦席のすぐ近くの席につかまっていたケイトがモニターを見て、声を上げた。操縦している黒臼とZeO、この状況下でもリヴァイアサンに注意を向けていたケイトとシルティ以外の全員が一斉にモニターに顔を向ける。

 ■ □ ■

 リヴァイアサンは長い体をくねらせながら、己を強引に突破しようとする潜水艦目掛けて大きな口を開きながら突撃する。

『ダダギヅブズウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウゥゥゥゥウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウゥゥウウ!!!!!!』

 吼える度に海中が揺らぎ、それは震動となって潜水艦へと襲い掛かる。しかし水晶コーティングされた潜水艦はそんなもの諸共せず、凄まじい勢いで接近してくるリヴァイアサンの脇をくぐろうとスピードを上げる。
 リヴァイアサンはべきべきと骨が折れるような音を立てながら両腕を伸ばし、ありえない角度に曲げながらも的確に潜水艦を無理矢理つかみとって、己の正面に持っていきながら握りつぶしにかかる。潜水艦はスクリューの回転速度を上げる。リヴァイアサンは伝わってくる衝撃に耐え切れず手放してしまい、潜水艦を逃してしまう。潜水艦はその勢いを留めたまま、海底都市の真上をどんどん進んでいく。海底都市にある民家は白い箱のようなものばかりであるが、今はそんな事を気にかけている余裕は無い。
 リヴァイアサンはすぐさま身をくねらせ、海底都市を突き進んでいく潜水艦を追いかけながら雄叫びを上げる。
 リヴァイアサンの全身の鱗が逆立ち、先ほどのものとは比べ物にならない激しい震動が海中を通して潜水艦に襲い掛かる。
 潜水艦は衝撃に耐え切れず、ぐるぐると回転しながら海底都市の民家へと墜落する。しかし回転の勢いは止まず、民家を破壊しながら砂埃を立てて奥へ奥へと転がっていく。リヴァイアサンは素早く潜水艦の進行方向先へと回り込み、唸る。すると潜水艦の真下から渦巻きが発生する。潜水艦は渦巻きに捕らえられ、リヴァイアサンの真正面に浮かび上がる。潜水艦はそこから脱出しようとするものの魔力か何かが働いているのか、抜け出す事が出来ない。リヴァイアサンは渦巻きの真上に顔を持っていき、口に再び魔力を貯めて光線を発射する。
 光線はまっすぐ潜水艦へと向かっていき、その魔力の大きさと分厚さから貫くのは容易に思えた。だがその寸前、潜水艦の前に巨大な薔薇模様の鏡が出現し、光線を全て受け止めた。リヴァイアサンは力を出し続け、光線を更に太くしながら吐き続ける。鏡もそれに合わせて大きくなっていき、潜水艦に光線が当たらないよう調整する。やがてリヴァイアサンも疲れが出始めたのか、光線を止める。同時に、全ての光線を受け止め終わった鏡がぐるりと回転し、潜水艦に正面を向けてから輝き出す。
 リヴァイアサンが目を向けるも時既に遅し。光が止む頃には鏡も潜水艦もそこには無かった。渦巻きを消してから顔を上げ、海底都市全体を見渡そうとした時、何かがぶつかって壊れる大きな音が耳に入ってきた。まさか、と海底都市の奥の階段を上った先にある海底神殿に目を向ける。
 一角ずつがそれぞれ塔となっている四角い枠組みを連想させる建物で、その中央にはドリルで作り出したような先が鋭い大きなクレーターしかない。それもそうだ、本城は空へと浮かび上がったのだから。
 そう、この四角い枠組みのような巨大な建物こそが“海底神殿”であり、リヴァイアサンが何よりも守り通そうとした場所。
 だがそこでリヴァイアサンが目にしたのは海底神殿の一角、己から見て右手前の塔に激突してめり込んでいる潜水艦の姿であった。見えるのはスクリュー部分のある後部だけだ。
 その光景に大きな瞳を見開かせ、咄嗟に激情に身を任せて海底神殿の目の前まで身をくねらせて移動しながら右腕を骨が折れる音と共に再び伸ばして潜水艦の後部をつかんで力任せに握り締める。小さな潜水艦は耐え切れず、びきびきとヒビを後部から走らせるとすぐに木っ端微塵に崩れて海底都市の一角の瓦礫の仲間入りをした。
 しかしそれでも潜水艦の中の奴等は海底神殿に入ったのかも知れない。リヴァイアサンはそう考え、その長い体をくねらせて海底神殿の前の階段に身を置く。連中が何時でも出てきても大丈夫なように上半身は海底神殿を睨みつけたままだ。

 ■ □ ■

 潜水艦が目の前で木っ端微塵に破壊され、塔の瓦礫が衝撃で崩れ落ちてその中に仲間入りしていく様子を一同は見守るしかなかった。幸いにも全員突撃直後にすぐ降りた為、怪我人はいない。

「せ、潜水艦が……」
「ギリギリ全員降りれてよかったっすね……」

 黒臼があんぐりと口を開けて呆然とし、絵龍が心底ホッとした様子で呟く。脱出の際にケイトの帽子に乗っかったちるは「帰れるの?」と不安げに呟いていたが、すぐさま紫薔薇状態のミラリムが大丈夫だと元気付けている。尚、ダム・Kは潜水艦から降りる際に転げ落ちて頭を打ち、気絶してしまっておりナースに見てもらっている。一方でケイトとクレモトとラルゴ、そしてシルティが周囲を見渡し、塔の内部を把握しようとしている。ちなみにZeOは回線さえ繋がっていれば、どこのネットにも行けるので無問題である。
 塔自体は単純なつくりだ。螺旋状の階段が壁に沿うように取り付けられており、二階と地下へと繋がっている。ただそれだけだ。小さな図書館のように本棚はいくつか置かれているものの、本そのものは海水の中で耐え切れなかったのか単なるゴミ屑(これでも良く持った方なのかもしれない)と化している。本棚の方も一部崩れ落ちていたり、根元の部分が駄目になって床に倒れこんでいるものもある。
 その光景を何気なく眺めていたナースは拍子抜けした様子で言う。

「それにしても海底神殿って言うからもっと凄いの考えてたのに、思ったよりしょぼかったわね」
「あの一瞬で良く見れたね、ナース」
「私、目は良い方なのよ。まー、鏡使って出てきてすぐここに激突した時はびっくりしたけど」

 感心した様子のケイトに対し、ナースは軽く苦笑しながら返す。
 そう、一同はミラリムの鏡を使ってリヴァイアサンの渦巻きから脱出後、すぐさま鏡による転移で海底神殿へと突撃させたのだ。あまりに強引且つ無茶な手段に最初こそ死の覚悟をしたものの、紫水晶による防御力上昇のおかげで潜水艦の原型こそは保たれていた。すぐさま一同は潜水艦から降りて海底神殿の中へと入り込んだ。その直後にリヴァイアサンによって潜水艦を破壊されたわけだ。
 話を聞いていた紫薔薇はケイトとナースを交互に見ながら理由を話す。

『あのままでは潜水艦が持たないと判断し、強硬手段に出ました。一度行った場所ならば私の鏡で戻れますし……』
「帰る手段があるのなら、良かったです!」
「いやいや、そういう問題?」

 ちるがぽんと手を叩いて納得するものの、ケイトが呆れてツッコミを入れた。
 どこか緊張感が無い空気が漂い始めた中、唐突に西側の扉が蹴破られる。一同がすぐさま戦闘態勢に構えると同時に警戒と恐怖心が入り混じった子供の声が塔内に響き渡った。

「こっからたちされ! ばかぐんだ……ん……」

 意気揚々と飛び出してきた子供は、相手の数と迫力に押し負けたのか強気だった声色が一気に弱くなった。そりゃ、間が開いているとはいえど立派な大剣を構えた者、巨大注射器を構えた者、両手に複数のクナイを持った者、コピー能力のボムを持った者、両手から爪を伸ばした者、紫水晶の剣を構えた者、バットを構えた者、魔力を貯める者(×2)、気絶してる者……と物騒な相手がこんなにも揃っていれば、子供じゃなくても普通の人なら誰だって逃げ出したくなる。
 一方でクレモトは目の前の子供を見て、目を細める。

「……どうして“天使の子供が海底にいる”の?」

 それは全員共通の疑問であり、目の前の子供が何なのか表すのに十分なもの。
 そう、一同の目の前に現れた子供は誰がどう見ても海底には不釣合いすぎる「天使」そのものであった。



 次回「子供の天使達」






  • 最終更新:2014-06-15 18:14:25

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