第五十五話「過去のスカイピア」

 ■ □ ■



 少女は悲しい過去を知り、涙を流す事になる。



 天使達はその過去の傷を抉られ、苦しむ事になる。



 そしてその先にある真実を見つけ出す事になる。



 それは誰の導きか。何でも屋か、魔女か、女神か、それとも――――。



 ■ □ ■

 絵龍が目を覚ますと、そこはリヴァイアサンの体内ではなかった。
 白い不思議な石によって詰み合わされて完成された家が複数並び、石で整った道路の上。全てが純白で包まれ、神聖さを示してくる不思議な町中だった。だけど辺りを見渡しても人は見つからない。
 ここはどこだろうと思いながら立ち上がる。空には清々しい青い空が広がっており、その中で眩しい太陽が輝いているのを見つけた。それでも気温は低く、風も強い為肌寒い。
 無人の町中に飛ばされた絵龍は不安と疑問が入り混じった様子で呟く。

「い、一体どこっすか。ここは……」
「まだリヴァイアサンの体内だ。もっとも今は幻想空間「スカイピア」に変幻させたが」

 すぐ横から返答が来て、絵龍は驚きながら体を向ける。そこには何時の間にかラルゴが立っており、この幻想空間「スカイピア」を見渡していた。
 いきなり現れたラルゴにギョッとしながらも絵龍はこの現状について尋ねる。

「え、えと、何がどーなってるんすか!?」
「連中の馬鹿魔力により、“俺が毒と認識するモノを粉として、相手に振り掛ける能力”を相当強化させて生み出した荒業だ。……だがその分威力も他のに比べると馬鹿でかい。まぁ、少しミスをしてしまってこうなったが」
「はぁ!? あんた、何やってんの!?」

 あのリヴァイアサンを利用してわけの分からない幻想空間を生み出したなんて行動、意味が分からなかった。
 本来ならばリヴァイアサンの中に取り込まれて融合する筈だったのに、ラルゴは幻想空間なんて生み出して一時的にそれを先延ばしにした。いや、その行為に関しては非常に助かったので感謝しているのだが何故幻想空間を発動させたのかが分からなかった。
 こんな事をする意味は一体何処にあるのだろうか……?
 絵龍が困惑する中、ラルゴがハッと顔を上げてぼそりと呟いた。

「開幕するぞ」

 その直後、二人しかいない筈の幻想空間内部に無数の人々が何の前触れも無く突如として出現した。それも日常のように彼等は様々なところを動き回っており、世間話をしたりと、どう考えても町中の光景そのものだった。皆慌しかったり、不安そうな顔をしているのがやけに目につくのは気のせいだろうか。
 いきなりの出来事に絵龍は益々困惑して見渡す。どのカービィの背中にも色とりどりの翼が生えており、天使である事が一目瞭然だ。だけど誰一人として自分とラルゴに気づかない。それどころか自分達の体をすり抜けて飛んでいった。……すりぬけた?!
 すり抜けた事によって何がなんだか分からなくなり、絵龍は悲鳴に似た驚きの声を上げた。

「ぬええええ!? なになになになに!?」
「……連中の過去の記憶を統合させて創り上げた空間だから俺等に気づかないのは当然だ。巨大すぎるホログラムの中って言えばどうにか分かるか?」
「あ、なるほど……」

 内面呆れながらも説明してくれたラルゴのおかげで、絵龍は幻想空間の状況についてすぐに理解できた。
 でもそれだと益々意味が分からない。どうしてこんな場所を作り出したのだろうか? この人、必要ならば外道をやりやがるけどこんな大掛かりをするようにも見えないし……。
 絵龍が不思議がっている最中、突如としてすぐ近くの民家から甲高い声が聞こえてきた。

『いやあああ!! うちの子が、うちの子がああああ!! 誰か、誰かあああああ!!!!』

 何事だと振り返った途端、民家の扉が開く。そこには顔面を涙でグショグショにした中年の女性が子供の手をしっかりとつかみながら、必死になって助けを叫んでいる姿があった。
 絵龍はその姿を見て目を見開いた。
 女性の方はまだ普通で、年齢を考えなければ天使と分類する事が出来た。だけど子供の方があまりにも異常だった。
 充血して飛び出した目と呼吸が出来ていないのかと思うほど血が中に溜まっている口から血が絶えず流れ続け、手や足の付け根は何故か腐っていて今にも崩れ落ちそうで見ていて痛々しい。天使の証である純白の翼も色がくすんでいるだけでなく、ぼろぼろと羽が落ち続けている。
 血が溜まった口を必死に動かし、血と共に涙を流しながら子供は声にならない声で何かを訴えている。その唇の動きは「たすけて」「いたい」「くるしい」となっていて、心底救ってほしいという思いがひしひしと伝わってくる。
 母親が涙を流しながら叫び続けるのに気づいたのか、兵士達が慌てて親子に駆け寄っていく。一方で他の人々は我先にと離れていき、次々と民家の中へと逃げていく。
 それでも酷すぎる姿の子供は苦しみ続けるだけであり、兵士の中に混ざっていた医者が様子を見ようとするが中々見ようとしない。震えていて「死にたくない」とさえ口にしている始末だ。だけど兵士の一人が医者を無理矢理押し出し、子供を見させている。
 そんなあまりにも酷すぎる光景に絵龍は思わず口元を抑えて一歩引いてしまう。

「なん、すか、これ」

 あまりにもグロテスクな姿で苦しむ子供。子供を思うあまり、ヒステリック気味に叫ぶ母親。医者に無理矢理治療させようとする兵士。だけどそれを拒みたがっている医者。そして我先にと逃げ出した他の人々。
 なんだ、この光景はなんだ。天使には不釣合いな酷く汚く残酷でえげつないこの光景は一体何なんだ!? 黒くにごったもやもやとした様々な思いが絵龍の中で駆け巡る。
 だけども同じように光景を見ていたラルゴは何も感じていない顔で疑問を呟くだけ。

「……妙だな。スカイピアで起きた伝染病はこんなグロテスクなものでは無かった筈。確かこちらの医療技術で既に解決方法が分かっているものだった覚えが」
「そういう問題じゃないでしょ! あんた、目の前の光景になんとも思わないんですか!?」

 その言葉を聞いて、絵龍はほぼ反射的にラルゴに怒鳴りつける。
 だけどラルゴは体を横に振り、ただ何時もと変わらなすぎる様子でただ静かにこう答えた。

「過去の光景だ、気にするな。それにこれは連中のトラウマを抉る俺達を吐き出させる為に発動させたんだ。お前がやられてどうする」
「トラウマを抉る?」

 絵龍が意味が分からず首を傾げたその時、天空から無数の悲鳴が聞こえてきた。
 『やめて』『見せないで』『思い出させないで!』『殺さないで!!』『やめてやめてやめて』『いやだ、いやだよ!』『死にたくない!!』『見たくないんだ!!』『もう今だけで苦しいのに』『どうして』『お願いだから』『痛い! 痛い!! 痛い!!!』『とめてよ。とめてよ。とめてよ』『また死ぬの? また死ぬのを見せられるの?』『あああああ! やめて!! 殺さないで!! 見せないでぇぇぇぇ!!!!』『みんな、しぬ。みんなしぬみんなしぬみんなしんじゃう!!』『ころされちゃうころされちゃう。またみんな、ころされちゃう!』『見せ付けないで。僕等の心を抉らないで!!』『いやああああああああああああああああ!!!!』
 その悲鳴は全て子供のもの。何かに酷く恐れ、それを見る事を必死になって拒む泣き叫ぶ子供のものばかり。
 耳を両手で塞ぐものの、否応でも悲鳴は聞こえてくる。涙を沢山流しながら訴えてくる子供の叫びが伝わってくる。
 耐え切れず、絵龍はその場にへたりこんでしまう。その目には涙が溜まっていた。理解したのだ。ラルゴの言った「トラウマを抉る」という目的の真意を。
 そうだ。リヴァイアサンはスカイピアの子供の怨念が集まって出来た存在。霊達の集合体。その中に取り込まれるというのならば、それを阻止しなきゃいけない。でも普通の力押しでは負けてしまう。だから精神攻撃し、相手側から出させる方が手っ取り早い。だからこんな幻想空間を生み出して、彼等にとってのトラウマを抉っているのだ。
 理解は出来る。行動の理解はできるのだ。だけど、こんな残酷な行為、子供達も自分も心が持たない。
 絵龍は目に涙を浮かべたまま、ラルゴに話しかけるのだが。

「ラルゴ、さん」
「駄目だ。……このまま続けていく」

 話も聞かずに一刀両断し、死刑通告にも似た言葉を口にした。
 その言葉を聞いた絵龍は顔を絶望に染め、また天空からの悲鳴がより強くなる。
 だけども、ラルゴの生み出した幻想空間「スカイピア」は止まらない。アニメのように物語を紡いでいくだけだ。

 だから否応無しに、見せ付けられる。聞こえさせられる。子供達のトラウマである、スカイピアの過去を。

『かなり大勢やられているぞ!!』
『くっそ、このままじゃ間に合わない!!』
『もう城の連中もかなり死んでるぞ。俺達も時間の問題……』
『何だよ、コレ!? 地上の民の呪いか? それともインヴェルトの……?』
『何故だ!? 俺達は愚かな地上の連中を断罪したんだぞ!! それなのにあの魔女、どうしてこんな事を!!』
『これは魔女からの宣戦布告というのか……? こんな残虐な手段しか使えないなんて何処まで外道だ!!』

 兵士達が魔女に向かって憤慨しながら会話する言葉が聞こえてくる。
 それを物陰から見ている影が複数ある。子供の天使達だ。それも二人ほど見覚えがある。ルヴィとリビィだ。
 沢山の人々が騒ぎ立てていたり、どこからかは悲鳴が聞こえてきたりするのに、どうしてか絵龍とラルゴの意識はその物陰に向いてしまった。多分幻想空間を創り上げた土台である記憶の影響なのだろう。
 そう考えた矢先、二人のいる場所がスカイピアの町中から裏路地にある小さな公園になった。何も無く、空き地といった方が正しいのかもしれない。
 そこにはルヴィとリビィ含めて五、六人の子供が集まっていた。それぞれマスクをつけているところから見ると、あの恐ろしい病気に感染しない為のせめてもの抵抗といったところか。
 その中の一人、天使の羽と悪魔の羽を両方持った少女ゆうがイライラを口にする。

『あーもう! 地上の連中ぶっ潰したっていうのに、こんなのありえない!』
『ほんとだよ。折角平和になったと思ったら、魔女ひどすぎるってば!』

 それにリビィがほっぺを膨らませながら、同意する。もちろんイライラの矛先は伝染病を起こした魔女だ。
 その会話を聞いていて「何で魔女?」と絵龍は首をかしげる。病気とトレヴィーニが関係あるのだろうか?
 同じく疑問に思ったのか頭にターバンのように巻いたスカーフを被り、大きな尻尾を生やした水色の少女シルクがルヴィに尋ねる。

『ルヴィ君、どうして魔女の仕業だって分かるの?』
『あぁ、お父様がそう言ってたんだよ。それに地上で戦っていた際、ジスが言われたらしいんだよ。次はこのスカイピアを滅ぼす……ってね』
『えぇ!? 魔女インヴェルトが!?』

 ルヴィがそう答えた隣、水色の大きな帽子を被った気弱そうな男の子――空樹 翼が驚いて声を上げる。その顔はすっかり怯えてしまっている。
 それを見て、片目を閉じた赤い瞳を持つ灰色の男の子――エージェが感化されて怯えた声でネガティブな事を考え始める。

『ま、まさか下にいる人々を支配したからなのかな……?』
『はぁ!? 何言ってるのよ、エージェ! あんな馬鹿げた事をやった下の連中を支配した事は、寧ろ感謝するべき事だって言われてたじゃないの!!』

 エージェの言葉を聞いたゆうが怒った口調のまま、言い返す。その迫力に翼とエージェが慌てて謝り、一方でシルクが慌ててゆうを宥める。いきなり起きた光景にリビィが呆気にとられる中、慣れてるルヴィはくすくす笑う。
 そんな仲良しの子供達の光景を見て、絵龍は癒されたのか吐き気が収まって安息のため息をつく。
 けれども、ラルゴが思い出したように口にした単語で壊される。

「あぁ、そういえば文化革命が同時期にあったな」
「……なんすか、それ?」
「当時の地上の王がその地位から落とされそうになり、王はそれを防ぐ為に己以外の優秀な政治家や知識人を手当たり次第排除する方針にしたのが文化革命だ。その際、使われたのは兵士だけでなく、大体お前と同じ年ぐらいの子供連中もいた。ガキの方が洗脳しやすく動かしやすかったんだろう。そして行われたのが、王によるほぼ一方的な虐殺でかなりの人数が死んだ。そこにスカイピアと魔女の両方に攻め込まれて、あっという間に大半が滅んだ。一部ゴキブリ並のしぶとさで生き残ったらしいが」

 一気に空気が重くなった。きつい光景からやっと癒されたと思ったところに、そんな重すぎる話を聞かされたら当然だ。
 ただでさえ天空王国スカイピアがこれから滅ぶ(どう考えてもその光景を見せ付けているようにしか絵龍には考えられなかった)というのに、そこに追い討ちをかけるように酷い歴史を聞かされれば気が滅入る。
 せめて今だけでも目の前にいる子供達で癒されようと思いながら、絵龍は視点を彼等に戻す。
 そこでは話が何時の間にか纏まったらしく、ルヴィが五人に向かって人々を元気付ける笑顔でこう言っていた。

『大丈夫だよ。スカイピアには神のご加護がついているし、みんながやってる事は正義なんだから、絶対悪い魔女なんかには負けないよ!!』

 その笑顔は純粋な明るい子供の笑顔そのもので、リヴァイアサンで見せた暗いイメージとは全く違っていた。
 そこから連想してしまい、絵龍は悟る。同時に天空から無数の子供達の泣き声が聞こえてくる。それで、確信してしまう。



 優しい神様なんて存在しない事を。



 ■ □ ■

※スペシャルサンクス 空風隼人さん

 また、場所が変わった。
 今度は空き地から、大国本城以上に立派ではないかと錯覚してしまいそうな城の中だ。二人が立っているのは廊下。石造りなのに間が全く無く整えられており、一種の芸術品のように感じる作りだ。
 一定の間隔で廊下を照らす松明がゆらりゆらりと燃える中、その途中にある大きく立派な扉の向こうから年老いた男の掠れた怒鳴り声が聞こえてきた。

『全てはインヴェルトの呪いだ! インヴェルトが原因なのだ!! 彼奴さえ! 彼奴さえ滅びれば、このスカイピアは救われるのだ! 殺せ! 全てを捨てて彼奴を殺せ!! 殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ殺せ!!!!』
「ひぃ!? 何、この声!!」

 声だけでも恐ろしく、違う意味で迫力のあるそれに絵龍は思わず怯んでしまう。
 それと同時に扉が開き、そこから三人の天使がぞろぞろと出てくる。一人は堕天使と呼ぶ方が絶対違和感の無い黒に近い灰色の体色であり、傷だらけの手足を持つ黒の翼のジス。一人は羽を象った冠を被っている少々目つきの悪い若い天使のワルツ。一人は長いマントがくくりつけられた赤から黄色へとグラデーションされた縦長の帽子を被った特殊な翼を持つスカル=ホーン。
 現在天空に浮かんでいるスカイピアにて激闘を繰り広げている彼等の過去の姿であるが、ラルゴも絵龍も彼等の事は全く知らない。その為、彼等の会話に集中する事が出来た。
 部屋を出て、扉を閉めた後真っ先に深いため息をついたのはワルツだ。

『親父は気が狂っちまった。アレじゃ地上の連中と変わんねーじゃんか』
『ですね。このままでは病人全てを皆殺しにするなんて言いかねませんよ』

 それに同意するのはスカル=ホーン。ズレ落ちた眼鏡を直しながら、ほとんど幻滅した様子で返答している。一方でジスは何も言わず、二人の会話を聞いてるだけだ。
 そういえばスカイピア滅亡が自業自得と言われるようになったのは国王が原因だったな、とラルゴが思い返す。絵龍の方は彼等の会話からこれから起きるだろう展開を予測して、顔を青ざめていく。よっぽど病気の子供の姿がきつかったようだ。
 ワルツは再びため息をつき、現状の最大のしこりになっているモノに対して愚痴をもらす。

『神授王権さえ無ければどーにか出来るんだが……』
「神授王権説明希望」
「王様イコール神様という考え方の性質が悪い絶対王政。以上」

 絵龍、意味が分からなかったのでラルゴが素早く説明。もーちょい勉強しなさい。
 そんなナレーションのツッコミなんていざ知らず、絵龍は神授王権の意味を知って軽く考えてみる。もしもこの絶対王政が絶対すぎるものならば、国王がどんなに狂っていても従わなければならないのだろう。
 それに相手は唯一無二と言っても過言ではない絶世の美女たる否定の魔女なのだ。彼女の美しさの前では様々な人々の心が屈してしまうという話は良くあるという事。サザンクロスタウンの時にラルゴから聞いたベールベェラ、クウィンスがその典型的な例だ。
 子供達共通の辛いトラウマになるほどの悲劇を知ってしまう反面、もしかして自分達はとんでもないものを見る事になってしまうんじゃないのだろうか? 絵龍は自然にそう思いだした。
 その時、自分達の体をすり抜けて天使の子供――ルヴィが三人の下へと駆け寄ってきた。
 ルヴィはこちらに体を向ける三人にすぐさま心配そうな表情で尋ねる。

『兄様、ジスさん、スカルさん! 何か凄い声が聞こえてきたけど、お父様……どうかしたの?』
『……あー、大丈夫だ。ストレスがたまってイライラしててな、それで誰彼構わず八つ当たりしてるのさ。国王ともなると色々とめんどくせーみたいだし』

 ワルツは一瞬言葉につまるものの、作り笑顔を浮かべてルヴィの頭を撫でながら嘘の返答をする。
 その言葉を聞いて、ルヴィは一瞬だけ眉間に皺を寄せるもののすぐに一安心したように軽い笑みを浮かべて頷く。ジスはそれを目撃したのか、軽く目を細めた。
 一方で気づいていないスカル=ホーンは柔らかい声でルヴィに話しかける。

『用事はそれだけでしょうか、ルヴィ殿下』
『あ、伝染病の状況を聞きに来たんだ。特効薬とか出来そう?』

 先ほどの複雑な表情と違い、友達や住民達を心から心配した様子で尋ねるルヴィ。
 それを見たスカル=ホーンは少しだけ目を丸くするものの、すぐに戻すと軽く謝ってから彼を元気付けた。

『申し訳ありません。私は医療班では無いのでその事にはあまり詳しくないのです……。ただ、上手く行っているようなので心配しなくてもよろしいかと』
『ほんと!?』
『はい』

 今度はにっこりと笑い、しっかり頷くスカル=ホーン。ルヴィはその顔を見て、パァっと明るい笑顔になって嬉しそうな高い声で彼女にお礼を言った。

『ありがとう、スカルさん! これで街の皆も助かるんだね!!』
『……いいえ、違います。現在ワクチンの製作には当たっているのですが、何ゆえ未知の病気ですので時間がかかります。解析自体は進んでいるのですがね』
「うわ、誰かさんに似てるよ。この低いテンション」
「……遠まわしに貶しても俺には意味が無いぞ」

 しかしそこに横槍を入れてきたのはジスの静かな忠告だ。その姿を見て絵龍があからさまな嫌味を言うものの、ラルゴはあっさりスルーした。
 ジスの言葉を聞いたルヴィはすぐに残念そうな顔となるが、急いで薬について深く尋ねる。

『あ、そうなの……? で、でも絶対完成するよね?』
『それは……』
『もっちろんだ! スカイピアに不可能って文字は存在しないんだからよ!』

 ジスが答えようとするが、ワルツが彼の口を素早く塞いで代わりに自信満々と言わんばかりの態度で言った。ただし声のテンションが少々高すぎて、どこかうそ臭く感じた。
 ルヴィはそれを聞くとどういう顔をすれば分からなくなったのか、呆気にとられた顔をした。けどすぐに軽く笑って「分かった」と言いながら頷いて来た道を戻っていった。
 三人はそれを黙って見送っていた。そして彼が完全に見えなくなったのを見計らってワルツは一転して怒りを含めた神妙な顔つきでジスに問いかける。

『ジス、何であそこで叩き落とすような事を言ったんだ?』
『ワルツ殿下、失礼ながらこちらからもお聞かせいただきます。……何故あのような嘘を?』

 ジスは問いに答えず、こちらも憤怒を込めた真剣な顔つきでワルツに尋ねる。
 その言葉を聞いたワルツは顔を少し反らし、言い訳みたいな呟きで返した。

『嘘って……間違ってはいねぇだろ?』
『えぇ、そうです。ですがうやむやにしているだけであり、彼の心を晴らしたわけではありません。……スカル=ホーン、お前もそれは分かっているな?』

 ジスはキッパリ言い切った後、次はスカル=ホーンに厳しい口調で話しかける。今度は敬語ではなく、部下に向かって放たれる上の者故の口調だ。
 指摘されたスカル=ホーンは一瞬身じろぐものの、すぐに落ち着きを取り戻してジスに答える。

『……はい。ですが彼はまだ子供、スカイピアの第二王子とは言えどもこの現状の全てを知ってしまえば深く傷ついてしまいます。私達でさえ挫けそうな状況下ですから……』
『……気持ちは分からなくも無い。だがその考えが時に相手を傷つける事を忘れるな。聡明なお前ならば分かる筈だ』
『ジス、そんなに責めなくてもいいだろ? それに大丈夫だって! 子供は明るい事を聞けば、すんげー嬉しくなってそれしか考えられなくなるって!』
『ワルツ殿下、あなたの思考とルヴィ殿下の思考をごっちゃにしないでください』
『単純思考ですもんね、ワルツ殿下』
『おいごら! それって俺の頭がガキ以下だってことか?!』

 ワルツが場を盛り上げようとした言葉は何故かジスとスカル=ホーンの二人によって、嫌味大会の引き金となった。そうとは知らず、ワルツは馬鹿にされている事に憤慨する。
 子供ってそんなに単純なもんだったのかな、と絵龍が不思議に思う中、ラルゴはこの様子からすぐに目を反らし、己等をすり抜けて元来た道……すぐそこの曲がり角に目を向ける。
 そこでは壁に背をもたれさせ、顔を俯かせたルヴィの姿があった。

『……どうして、いつも、本当のことを教えてくれないんだろう』

 先ほどの明るい様子とは一転し、少し悲しくて落ち込んでいる顔と声をしていた。
 彼のいる位置と三人の立ち位置の距離から見ても、何を言っているのか十分把握する事は出来る。だからルヴィは彼等の会話の内容を聞き取れていて、そこから真実がどういう事なのか容易に想像する事が出来たのだろう。
 子供、という理由だけで嘘を教えられているという事実は彼にとっては重すぎるものだった。その証拠に彼は落ち込んだ様子のまま、この場から立ち去っていく。もちろん、三人はそんな事気づいていなかった。
 その様子を何時の間にか眺めていた絵龍は胸に痛みを感じながら、ラルゴに同意を求める。

「何かきついっすね。子供の視点になって見ると」
「……恐らくあいつは色々と察していた筈だ。先ほどの会話が鮮明だったという事は、それほどハッキリとあいつにも聞こえていたと言う事になる。お前、ここが記憶を見せ付ける幻想空間なのを忘れたのか?」
「いや、そーいうわけじゃなくて……どうして真実を聞こうとしなかったのかな、と思っただけっす」

 ラルゴの説明を受けるものの、絵龍はそれをやんわりと否定してから自分の疑問点を呟く。
 その言葉を聞いて、ラルゴは一瞬だけ目を見開くもののすぐに細めて彼女の疑問点に「確かに」と内心同意しながらも、何となくは察していた。
 なんだかんだ言ってもそうなる事を望んでいたのか、はたまた聞く勇気が無かったかのどちらかだ。もしくはその両方か。ただいくら考えてもラルゴはその答えが解らなかったし、導こうともしなかった。
 ――もしかしたら、これさえも破滅に繋がっているのかもな。
 そんな事を考えながら、ラルゴはゆっくりと瞬きする。

 そして思わず己の眼を疑った。
 何時の間にか、場所が廊下から教会のような場所に変わっていたからだ。否、正確に言うと巨大なスタンドガラスが目立つ個室であり、長椅子は一つも存在しない。そのスタンドガラスには大きな翼を持つ麗しき白の女神が描かれており、美しく感じた。しかしそれ以上に美しい存在がそのスタンドガラスの真下にいた。
 後姿だけでもハッキリと分かるリボンなどの飾りがついた純白の花嫁衣裳と扇子。そして翼が存在しない事。それでも尚、あの天使達よりもずっと美しいと錯覚させるほどの魅力を感じてしまう。
 それは二人だけでなく、何時の間にかこの個室の中にいたルヴィも同じであった。

『……女神様?』

 ルヴィは一目見たその女性に対し、思ったことを素直に口にした。
 巨大なスタンドガラスさえも彼女を引き立てる背景とし、凛としてそこに立っている様子は誰もが目を奪われてしまい、見惚れてしまうほどであった。花嫁衣裳で姿がハッキリ見えなくてもだ。
 一体どんな人がここにいるのだろう、とルヴィが思っていた中、いきなり背後から中性的な声が聞こえてきた。

『ある意味正解だね、それ』
『うわ、だ、誰!?』

 いきなりの声に驚き、ルヴィは声を上げながら振り向く。
 そこには見知らぬカービィがいた。清々しい水色の体に青緑の足、海のような濃い青の瞳、頭には赤い模様が描かれた紫がかった青い晩団を巻いており、全身真っ青であった。その者の背中に翼は存在しなかった。
 何時の間にそこにいたのか分からなかった。どうして地上の民がこの天空王国にいるのか分からなかった。まるで何処にでも吹く風のように唐突に存在していた。
 真っ青なカービィは驚くルヴィに対し、軽く笑って自己紹介する。

『オレは空風隼人、女神様の友人だよ。なっ、インヴェルト』

 インヴェルトという名前を聞き、ルヴィは目を丸くする。その名前は、今スカイピアを苦しめている魔女の名前。
 一方で隼人が話しかけた人物――スタンドガラスの前に立っていた花嫁はこちらに振り返り、ルヴィに話しかけてきた。

『……始めまして、ルヴィ王子殿下。妾は滅びの魔女インヴェルト、そして汝等の女神でもある』

 その姿を見たルヴィは敵対心や恐怖、プレッシャーなんかよりも真っ先に感じたのは、この世の全てをかき集めて形成された美しさに対する感動だった。
 何者にも染まる事が無い純潔を保ち続ける白という単純で完璧な一色ならではの美しすぎる体、宝石よりも強い輝きを持ち、花々よりも鮮やかな真紅の瞳、その彼女を包み込む純白の花嫁衣裳がいっそうと美しさを引き立てる。
 子供のルヴィには言葉に出来ない。ただ分かるのは自分が今まで感じてきた美しさを覆すほどの存在が今、目の前にいるという事だけ。だから彼女に見惚れるしか出来なかった。
 そんなルヴィを見て、隼人は察したらしくインヴェルトに呆れながら話しかける。

『インヴェルトー、この子アンタに完全に見惚れてるよ。やっぱりその登場の仕方、まずいって』
『そうか? でも前回の世界では派手にやりすぎてオルカやホワイトに怒られたんだが』
『……どんな手段使ったの?』
『黄金の風でどでかい台風起こしながら、その中心から華麗に参上』
「『何でそんな登場の仕方なわけぇ!?」』

 隼人と絵龍のツッコミが見事にハモった。それも両者共に綺麗な裏手ツッコミである。一方で「あまり想像したくない登場だな」とラルゴは二人の声をスルーしながらのんびりと眺めていた。
 ルヴィの方はというと一気に空気が崩れて感動が薄れてしまったのか、パチパチと瞬きしながらインヴェルトと隼人の両者を困った顔で交互に見ていた。どうも説明してほしいようだ。
 それに気づいたのか、インヴェルトは扇子で隼人を指して彼女の紹介をする。

『そいつは導風の魔女。魔女達の中でも世界を駆け巡る力と未来を読む力に長けており、そこからどのように動くのが良いか語りかける非常にお節介な奴だ』
『お節介は余計。それにオレに魔女って肩書きもあまり相応しくないよ』
『能力は十分魔女であろうが。いろんな世界で馬鹿げた騒動を起こしておるドラまためが』
『……そのネタ、分かる人微妙だと思うよ? それからこの子の求めてる説明、それじゃないよ』
『あ、そなの?』
「アレ、マジでトレヴィーニなんすか……?」
「これが世界大戦の元凶だと考えると頭が痛くなってくるな」

 隼人の指摘にインヴェルトがすっとんきょな声で尋ねる光景を見ていた絵龍とラルゴは完全に呆れきっていた。そりゃ大国やサザンクロスタウンで大暴れしまくった魔女のこんなアホな様子見たら呆れるって。
 記憶をモデルにした幻影である為、インヴェルトは失礼な二人なんて全く知る由もなく、ただマイペースにルヴィに対して話しかけるのみだった。

『さてと汝は妾に何を求めておる? 何故ここにいるのか、という理由ならばお前の傍にいるもう一人の魔女とのお茶会をここでする事にしたからだ。さて、次は何だ? 何故女神という言葉を肯定したかか?』
『……う、うん』
『事実だからに決まってるだろ。この世界を創ったのは妾なのだから』
「『え?」』
「世界を創った……だと?」

 インヴェルトがあっさり口にした言葉は、ルヴィにとっても絵龍にとっても信じがたいものだった。ラルゴも己の耳を疑い、記憶の幻影であるインヴェルトを凝視する。
 ルヴィの反応を予測していたインヴェルトは彼の疑問に答えず、ただ淡々と話していく。

『妾はな、死ぬ為にこの世界を生み出した。何度も文明を消して再構築し、妾を殺せる勇者が現れるまでずっとずっと戦いを繰り返させてきた。……だがこの世界には失望した。折角チャンスを与えてやったのにこんな事しか選択できないとはな』
『ま、待ってよ! 意味が分からない。どうしてそんな事をするの!?』
『死にたいからに決まってるだろ。妾は強すぎた、勝ちすぎた、生きすぎた、そして疲れた。だから自殺する事にしたんだが、ただそうするだけではつまらないし、何よりも妾が納得しない。だからこの箱庭を生み出し、妾をラスボスとした物語を展開させる事にした。妾がラスボスならば妾を殺しにかかる筈だからな。だが理想どおりの結末には中々たどり着けず、創っては壊しての繰り返しだ』

 理解できなかった。意味が分からなかった。否、理解したくない。分かりたくない。
 目の前にいる女神は自殺したいがゆえに世界を創って壊しての繰り返しをしているなんて凶行、常人に理解できる方が無理に決まっている。恐らく隼人は理解しているのかも知れないが、肝心の彼女はノーリアクションだ。
 だからルヴィはインヴェルトの言葉に唖然として立っている事しか出来なかった。
 その話を黙って聞いていた絵龍とラルゴもインヴェルトの言葉が信じられずにいた。

「……何それ。死にたいから、世界を創って壊すって意味わかんないっす」
「自殺願望もここまで来るときついな……。それにあいつが世界の創造主だとするなら、まさか」

 絵龍は唖然とした様子で無気力に呟く隣、ラルゴはかなりの頭痛を感じながらも一つの嫌な予感を感じる。
 それはルヴィも思ったのか、戸惑いながらも彼女に尋ねてきた。

『……もし、あなたが死んだらこの世界はどうなるの?』
『分からん。まぁ、箱庭が消滅する可能性が高いかもしれんがな』
『しれんじゃなくて、そうでしょ? 例外はいくつかあるみたいだけど、人間の両手で数えるぐらいしかいないし』

 インヴェルトが不透明な答えを出すものの、隼人がそこに補足を入れる。といってもルヴィや絵龍とラルゴにとっては全く嬉しくない補足であるが。
 その答えである「消滅」を聞いてルヴィが驚愕して目を見開き、うそだと呟くもののインヴェルトは左右に体を振ってその言葉を否定する。そして真っ赤な目を細くしながらも鋭くルヴィを見つめながら、問う。

『ルヴィよ、貴様は生きたいか?』
『……え?』
『直にこの世界は滅ぶ。どのような形で終わるかどうかは分からぬが、妾はこの世界を見限ったから滅ぼす。だが、単純に滅ぼすだけではつまらない。ある程度苦しめ、連中がどのように足掻くのか見ていきたい。その願望が醜悪にも残ってしまっている。そこで一つ提案があるのだが』

 インヴェルトはそう語りながら、ゆっくりゆっくりとルヴィの下に歩み寄ってくる。
 ルヴィは反射的に後ろに引こうとするが隼人によって羽を押さえつけられ、逃げられなくなる。文句を言おうと彼女の顔を向けようとするが隼人は一言「ごめんね」と謝り、インヴェルトへ顔を固定させた。
 そうしている内にインヴェルトはルヴィの目の前におり、彼女は彼の頬を優しく撫でながら耳元でこう訪ねた。

『盛り上げ役になってみないか?』
『え……?』

 甘い甘い蜜よりも甘く、とろけてしまいそうな囁き。だけどもその内容をルヴィは理解できず、思わず聞き返してしまう。
 インヴェルトは彼から少し離れ、しっかりと相手の目を見つめながら再度甘くて苦い誘いの言葉を投げかける。

『もっと分かりやすく言ってやろう。バッドエンドとなるこの物語を盛り上げる為、妾の手先となれ』

 その誘いは、大いなる美の魔女からの誘惑そのもの。
 ルヴィは明らかに毒でありながらも究極の甘美を持つ禁断の菓子にも似たその囁きに対して――――。




  • 最終更新:2014-06-15 18:21:15