第五十九話「反乱軍との戦い」


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 気がつくとそこは屋敷ではなかった。壁も天井も床も白の大理石によって整えられ、中央には何かを掲げるように作られたとしか思えない台座が四つの柱に囲まれる形で置かれてあった。辺りを見渡す限り、通路に繋がるような出入り口は何一つ無かった。
 幻想空間の一種かとホワイトは考えたものの、すぐに考え直す。幻想空間ならば魔力反応が異なるし、大体彼がこんな幻想空間を生み出すとは思えなかったのだ。
 ホワイトは部屋の中央部、台座の前に立っている仮面の騎士エメラルド卿に顔を向けて問いかける。

「……まさかお前が反乱軍とやらについてるとは思わなかったよ、エメラルド」
「それにしてはほとんど動揺してないように見えるぞ、ホワイト」
「何だかんだ言ってお前との付き合いは長いんだ。だからなんとなくお前が反乱軍についた理由も分かった感じがしてね。そして、その為に最も手強いとお前が判断した俺をここに閉じ込める為に自ら足止めに出たんだろう? それもわざわざドラグーンパーツが無いって事まで教えてくれてな」

 エメラルド卿の指摘に対し、ホワイトは特に動じる様子も見せずに逆にエメラルド卿の後ろにある台座を睨みつけながら指摘した。それを聞いたエメラルド卿は仮面で隠れて見えない目を細める。

「何故そう思った?」
「個人的関係も含めてこの地下大聖堂の入り口には入った事があるんでね。だから地下大聖堂とここの魔力が同質のものであり、尚且つあからさまな最終地点を見せ付けられれば誰だって予想はつくさ。……そしてここに肝心の物が無く、尚且つお前が余裕で出入りしている時点で結論は一つ。“ドラグーンパーツは既に反乱軍が手に入れた”という事になる。違うか?」

 状況だけで推理し、確実に正解を突き止めていくホワイト。尚、この推理に関して付け足すと彼の周囲にローレンとソプラノがいない事から地下大聖堂の別の場所に飛ばされた可能性がある。その場合、この場所がどのような構造になっているのか的確に把握するのが転移魔法を使う際に重要なのだ。だからここまでたどり着くのは容易な事である。
 エメラルド卿も相手の反応を予想していたのか、パチパチと拍手を送る。

「正解だ、我が親しき友よ。……さて、そんな名探偵に一つ質問だ。これから私達は何をするべきだと思う?」
「決まってるだろ? 俺が大国の隊長であり、お前が大国にたてつく反乱軍の一員ならば答えなんてたった一つだろうが」

 ホワイトはそう言って、己の右手に黒銀の両刃を持ち、禍々しい黒の大き目の柄が特徴的な剣「斬星刀」を、己の左手に鋭い魂の如く銀色の輝く刃を持つ刀「羅神正宗」を出現させて十字に交差させる。
 一方のエメラルド卿も己の両手に対なる翡翠色の宝石が柄に埋め込まれた剣を出現させ、エックス状に交差させる。
 そして同時に白の剣士と緑の剣士は叫んだ。

「白銀の殲滅者ホワイト――参る!」
「翡翠の守護者エメラルド――参る!」

 それこそが戦いの合図となった。
 ホワイトとエメラルド卿は同時に床を蹴り、目の前にいる相手目掛けて右手に持った剣で互いに切りかかる。ガキンと金属同士がぶつかり合う音が響き合い、その衝撃で両者共に一歩後ろに引かされる。
 だがホワイトはすかさず羅神正宗を振るい、空いているエメラルド卿の下半身目掛けて切りかかる。エメラルド卿はすかさず右手に持った剣を反転させ、羅神正宗を剣の刃で防ぎきる。そしてもう片方の剣ですかさず羅神正宗を持つホワイトの左手を切り、無理矢理手放させた。
 しかしその一瞬の隙を突いたホワイトは左手の傷なんて無いと言わんばかりの速さで斬星刀を振るい、エメラルド卿が防御するよりも早く彼の仮面に一撃を食らわした。
 仮面のおかげでダメージこそ無いもののかなりの衝撃が襲い掛かってきた為、エメラルド卿は一瞬ふらついてしまう。
 ホワイトは背中につけた「黄昏のマント」の特性を生かし、床を蹴ってすぐに羅神正宗を拾い上げるとそのまま滝を昇るように鮮やかにエメラルド卿へと切りかかった。
 抜群の切れ味を誇る愛刀の攻撃はエメラルド卿の顔に確かに傷を与え、血を飛ばした。だが彼の仮面で刀が一瞬引っかかった瞬間、エメラルド卿は二つの剣を同時に振るってホワイトを両方向から切りかかる。ホワイトは黄昏のマントから得られるハイジャンプの力で跳んで避けた後、二つの剣を振るって衝撃波を放った。
 エメラルド卿は己の持つ剣をエックス状にクロスさせ、バリアーを張って衝撃波を防ぎきる。それを見届けながら、ホワイトはエメラルド卿と的確な距離をとれた場所に着地する。

「相変わらず硬い奴だな。一撃しか与えてくれない」
「……お前の攻撃は全力で防がないと、あっという間に殺されるからな」

 ホワイトとエメラルド卿は互いに相手に言った後、再び剣と剣を構える。
 次の瞬間、目にも見えぬ速さで二人の持つ剣はぶつかり合っていた。刃物と刃物がこすれ合う音が響く中、白の名前を持つ騎士と翡翠の名を持つ卿の目が一瞬合った。
 エメラルド卿はその瞬間、ホワイトの斬星刀と羅神正宗を器用に左右に流した後、身を回転させて己自身を竜巻に変えてホワイトを吹き飛ばす。ホワイトは再び空中に飛ばされるものの逆に風圧を利用し、空中で体勢を整えると斬星刀の刃を漆黒に輝かせて詠唱する。

「星に大いなる裁きを与えし黒の剣よ! その滅びの力の片鱗、我等に見せつけよ!!」

 そう叫び、斬星刀を大きく振り下ろした。すると刀身から黒に染まった強大な衝撃波が放たれ、エメラルド卿諸共部屋の中心部に直撃していった。すると部屋は衝撃によって大きく大理石が吹き飛んでいき、全体が抉られた事によって生じた土が何処もかしこも丸見えであった。唯一無事であったのは左右の壁ぐらいだろう。しかしこの壁もすぐに崩れ落ちても可笑しくないほどの破損が出来上がっていた。
 直撃を受けて重傷を負ったエメラルド卿は右の剣を支えにして辛うじて立っていた。顔につけた仮面にもヒビが多少入っており、今にも崩れ落ちそうだ。
 ホワイトはそこに二撃目を与える為、空中に維持したまま羅神正宗の先端をエメラルド卿に向ける。すると羅神正宗の刃が一気に伸びていき、エメラルド卿を貫かんとする。

「大地に宿る生命達よ、我に祝福を与えよ!」

 寸前、エメラルド卿は詠唱を唱えて己を丸ごと包み込むように翡翠色のシールドを張った。羅神正宗はシールドによって弾き飛ばされてしまい、瞬く間に元の長さに戻っていった。その間、シールドに包まれたエメラルド卿の全身は回復していく。
 一方でホワイトは剥き出しになった大地に降り立ち、二つの剣を持ち直しながらエメラルド卿を睨みつける。ある程度回復したエメラルド卿も二つの剣を持ち直し、ふらつく体に鞭を打ちながら立ち上がる。臨戦態勢のホワイトに対してエメラルド卿は息を整えた後、真剣な声で尋ねた。

「問おう、ホワイト。お前は何故その立場で居続けられる?」
「……それは大国防衛隊という部分か? それとも否定の魔女の敵対者という役柄か?」
「強いて言えば後者だな。私にはお前の考えが理解出来ないよ」
「これは珍しい事を聞いた。トレヴィーニを滅ぼしたがっていたエメラルド卿がそんな事を口にするとは」

 前に共に行動していた時は災厄の根源である否定の魔女の滅びを誰よりも望んでいたというのに、今では全く逆の事を口にしている旧友にホワイトは思わず笑みがこぼれてしまった。
 エメラルド卿はその過去に関しては肯定するものの、心底悲しんでいると言わんばかりの声色で己の考えについて話し出していく。

「確かに私は彼女の死を望んでいた。だがこの箱庭でその為だけに生き続けてきて、漸く気づいた。どんな世界であろうとも、無駄にしていい命は無い。たった一つの魔女を滅ぼす為だけにこの世界が死んでもいいという話にはならないということに」
「……スカイピアの事をまだ引きずってるのか」

 相手の言い分を聞き、今までの中で最も酷かった物語の事を思い出すホワイト。しかし彼は首を左右に振り、力を振り絞るように己の意思と決意を主張した。

「そうではない。……この世界に存在する者達も皆、生きている。己の存在を持って己の願いの為に生きている! 私は彼等と共に行き、そして知ったのだ。この世界を滅ぼしてはならないと。否定の魔女……いや、創造神トレヴィーニを滅ぼす以外の形で物語を終わらせなければならないと!!」

 その言葉を聞いたホワイトは目を細め、大地を勢い良く蹴って二つの剣で交互に切りかかった。エメラルド卿は咄嗟に二つの剣で防ごうとするものの追いつけず、両方の攻撃を食らって血を噴出してしまう。
 ある程度攻撃を加えたところでホワイトは後退した後、斬星刀を向けてエメラルド卿に重い口調で真剣且つ冷静に言い放つ。

「馬鹿げた事を言うな。……俺だって今生きている奴等が死ぬのを望んでいるわけじゃない。だが……それ以上に否定の魔女トレヴィーニを殺したいという気持ちが強い。あいつは多くのモノを奪った、その中には俺の大切なモノも含まれている。だから彼女がどんな存在であろうとも、俺はこの手であいつを滅ぼす。その為に俺はあいつの我侭に何十年も何百年も何千年も付き合ってきた。その際に多くの存在があいつが死ぬ為だけに何度も散っていった。だからこそ、この酷い輪廻を今度こそ終わらせなければならない」

 脳裏に思い出されていくのは、滅びの魔女が生み出した箱庭で起こった無数の惨劇。その中でもまだ新しい方なのはこの物語の中で出会った剣が好き過ぎるけど大国の平和を望んでいた副官の剣士、その剣士と両思いだったこの国の最高責任者である女性。両者共に否定の魔女によって殺されて、あまりにも酷い形で死体を利用されている。それを思い出すだけでホワイトはトレヴィーニへの憎悪で全身が満たされてしまうようだった。
 否定の魔女は幾度と無く惨劇を繰り返した。破滅を繰り返した。彼女が死ぬ為だけに、その周りに生きている者達は地獄を永遠に繰り返されてきた。それらを思い出すだけで、トレヴィーニへの憎悪が舞い上がってくる。彼女をこの手で殺してしまいたいという穢れ無き思いが強くなる。彼女が本当に死んだ場合、この世界がどうなるかは分からない。だが、それでも彼女だけは殺さなければならない。このまま放っておけば今以上の惨劇を生み出し続けていくのは明らかだ。
 けれどもエメラルド卿は己の受けた傷を治しながら、悲痛な叫びを上げる。

「ホワイト……! どうして分かってくれないんだ!!」
「それはこちらの台詞だ、エメラルド卿!! 否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガンは存在してはならない生きた災厄そのもの!! 彼女が漸く自ら滅びの道を選んだんだ。その滅びを完遂させる為にも、俺達は使い捨ての命達を踏み躙ってここまで来たんだろうが!! それなのに情が移ったのか? 共に生きたいと願ったのか? ……ふざけるな。そんな一瞬の願いなんて俺達はとうの昔に捨ててきただろうが。否定の魔女を殺す為にはそれしか手段が無いからこそ、覚悟を決めてきた筈だ!! そんな事も忘れてしまったのか、翡翠の守護者よ!!」

 物事の本質の理解を捨てようとしている旧友に対し、ホワイトは彼への憤怒と魔女への憎悪を込めて力説する。お前の言っている事は何もかも今更だと。どんなに願っても無意味だと。
 だがエメラルド卿は仮面の奥にある瞳を細め、先ほどとは打って変わって静かに、けれども徐々に思いを込めて反論する。

「――使い捨てなどではない。彼等は使い捨てなどではない。ホワイトも知っている筈だろ、彼等の悲鳴を。彼等の叫びを。彼等の嘆きを。彼等の生きたいという思いを! だからこそ私はずっと忘れていた事を思い出すことが出来たのだ。生きている命を使い捨てにしていいわけがないのだと!!」

 その思いは、強かった。彼が多くの人を思っているのが伝わってくる。彼が多くの人の死を望んでいない事が伝わってくる。彼が今存在するこの世界を生きたいと願っている事が伝わってくる。彼が本気で言っているのだと伝わってくる。
 これ以上は平行線だな……。
 折れる様子が無いエメラルド卿の様子にホワイトはそう判断すると、一人小さな呟きを洩らした。

「やはり、お前は優しすぎる……。お前は優しすぎるよ、エメラルド……。いや、今まで我慢できていた方というべきか。お前の本来の性格を考えれば、こんな地獄に耐えられるわけがなかったか」

 その声色は懐かしんでいて、悲しんでいて、優しかった。
 エメラルド卿は呟きが聞こえていたのかいなかったのか、ただ沈黙で返すだけ。代わりに二つの剣を構え直すだけだった。

 ■ □ ■

 ホワイトとエメラルド卿が死闘を繰り広げている一方、白銀に満ちた地下大聖堂の中。そこではホワイトとは別の場所に弾き飛ばされた二人、ローレンとソプラノが離れた場所で苦戦していた。
 二人が飛ばされたのはよりにもよって地下大聖堂の道中ど真ん中。ご丁寧に壁に張った地図を見たところ、頭が解読するのに酷く時間がかかりそうなほどの複雑怪奇すぎて線しか見えないような大きい迷路が書かれていた。しかも現在位置は本来の入り口ではなく、一番道が分かりにくい迷路の中心部。それもよりにもって分岐が多いオマケ付であった。
 故意的に飛ばされたとしか思えない超嫌味な配置に苛立ちながらも、二人は地図を無理矢理剥がしてから迷路の中を進んでいた。途中、高速で飛んでくるゴルドーを器用に避ける羽目になったり、床と同化しすぎて全然分からない地雷に恐怖したり、無駄に多くいるキノコモンスターを狩る羽目になったり、いきなり落ちてくるトゲトゲ釣り天井を命からがら抜け切ったり、横からいきなり出てくる巨大刃に切られそうになったり、とゲームでもそこまでしないトラップの山に苦しみながら。
 それでもどうにか休憩できそうな大広間に辿り付いた二人は荒れる息を整えながら、その場に座り込んだ。

「本気であの腹黒鬼畜サディスティックバイオレンス大魔導師を全力全開フルバーストでぶん殴りたい。鋏で切ってやりたい。ここまで酷いダンジョンにしてるなんて聞いてないし。ここまで怒ったの久々だよ、僕様……!!」
「普通にコレ、遭難できるよね……?」

 地下大聖堂に十中八九いらん仕掛けをつけたマナ氏に凄まじい憎悪を込めるローレンに対し、あまりにもサドンデスすぎる仕掛けと一向に終わりが見えない迷路に不安を感じるソプラノ。
 ドラグーンパーツを隠す為とはいえど、ここまで無駄に広く、無駄に罠が多い迷路にする必要があったのかと悩む。寧ろ翻弄される人々を遠くから眺めて綺麗な黒い笑顔を浮かべる為だと感じてしまう。ってか絶対そうだ。
 今頃楽しそうに笑っているだろうマナ氏の事を思い出し、八つ当たりでバンバン壁を蹴るローレン。その様子に対してソプラノも少なからず同意見である為、止める事はせずにあくまでも迷路攻略の意見を出す。

「でも何もかもやばいってわけじゃないみたい。道中の壁にペケマークあったり、あからさまな伝言板あったりしたじゃん。アレ、前にも攻略しようとした人がいたって事でしょ?」
「だろーね。お陰でもっと酷いトラップに合わずに済んだけど……」

 道中の壁で散々見かけた「この先、10t重りによるペッタンコ注意」とか「上から水降ってきます! 問答無用で入り口まで流されます!!」とか「毒ガス蔓延してます。この先行っても突き当たりでした、しかも一定時間閉じ込められます」とか、酷く荒れた文字で書かれていたのを思い出し、壁を蹴るのを止めてまだマシな状態にある事を再認識するローレン。だがそれらの罠全てを仕掛けたのがあのマナ氏である事も思い出した為に彼はガシガシと頭をかきながら愚痴る。

「あー、やっぱり腹立つ! 何でちるはあんなの好きになったんだよ、神経疑うよ。どー考えても魔王だろ、アレ。ライオンもティラノサウルスも尻尾巻いて逃げ出すほどの超鬼畜ウルトラハイパードS魔王だろ、アレ」
「いや、そっちじゃなくてさ、もっと別のところに目を行かそうよ」
「何処だよ、それ」
「転移魔法がこのダンジョンに通じた事とあまりにも大雑把な注意書きを見て不思議に思わない? ロー君の言うドS大魔王ならさ、わざわざそんな親切ぶったことをやると思う?」

 ソプラノの言葉を聞き、ローレンは考え直す。人形屋敷や三日月島の件でマナ氏の性格の悪さは良く分かってしまったから確かに可笑しい。あの男にしては急ピッチだけど具体的な注意書きがこの迷路には多いし、そうしている姿も思い浮かばない。寧ろそこに二重三重のトラップを仕掛けている方が自然である。
 そこから彼女の言いたい事を推測し、ローレンはソプラノに尋ねる。

「既に誰かがクリアしている……って事? こんな悪趣味なところをやるなんて物好きだね。もしかして反乱軍って奴?」
「そこまではまだ分かんないけど、そうだとしたらやばいかなーと思って。アルちゃんなら分かるかも知れないけどここって電波通じないからトレブルの通信機能が全然役に立たないから聞きたくても出来ないし」
「うっわ、肝心な時に役に立たないな」
「酷い事言わないでよ、ロー君。でもこれで脱出できないわけじゃないのは分かったよ」

 トレブルの事を悪く言われてちょこっと怒るものの、ソプラノはすぐに明るい調子を取り戻して立ち上がる。ローレンはその楽観的な彼女の性格を羨ましく感じる反面、呆れもした。良くもまぁ、ここまで出来るもんだ。
 自分には考えられない考えをしている彼女に対してローレンはつい尋ねてしまう。

「何でそんなに明るくいれるわけ?」
「え?」
「ほとんど成り行きで協力してる癖に、どーしてそんなに頑張れるのさ」
「笑顔があたしの心情だからね。それにどんなに辛くてもすぐ諦めるよりかは頑張って頑張って頑張りぬく方が良いじゃない。それに皆、暗い顔してるよりかはあたしが明かりになってあげた方が気分が良くなるかなーと思ったの」

 ソプラノは普通の男の子ならまず魅了されるだろう明るく可愛い笑顔を浮かべて答えた。それはとても女の子らしくて、見ているだけで心が温まるような笑顔だった。少なくともローレンにとってはまず見たことの無い種類のものだった為、あまりにも眩しすぎて目を反らした。
 そんな彼に不思議そうにする彼女。彼は更に顔を背けながら忠告する。

「あんた、レッドラムには行かない方が良いと思うよ」
「へ? どーしてさ」
「色んな意味で相性最悪だからだよ。それより脱出するんじゃなかったっけ?」
「うん、そうだよ。それじゃ行こうか」

 ソプラノが頷いたのを見て、ローレンは次の道に行こうと地図を取り出す。現在の位置をもう一度把握しないと動くのが非常に大変だからである。一回方向が分からなくなった為、トラップ地獄にあいかけたし。
 地図と周りをしっかり見てから次の方向を決め、ローレンとソプラノが進みだそうとしたその時、真正面の道から凄まじい勢いで黒い球体が三つほど飛んできた。
 二人は咄嗟に後退し、大広間の中に逃げ込んで避けきる。一方で突撃してきた黒い球体三体はそれぞれ大きな一つ目を開き、二人を凝視する。正確に言うと一体のみ大きな瞳の上に縦に置かれた第二の瞳がある。その上下に瞳がある球体はソプラノの方を見て、どことなく呑気な口調で言った。

『アー、アレッテあいどるノそぷらのチャンナンダナ』
『オッ、ヤット見ツケタカ! ッタク手間カケサセンジャネーッテノ』
『仕方ナイ。状況、悪カッタ』

 残った二体がそれに答えていく。その話を聞いていたソプラノは目の前の黒い球体――ダークマターの姿を見て、不思議に思う。

「ダークマター……よね? それにしちゃ、形おかしいけど」

 そう、ダークマターの筈である。だがダークマターにしては三体共に小さな黒い羽が生えており、手と思われる物体が浮遊しているのも見える。花びらがついてるのならば分かるけれど、このような形のダークマターは始めて見る。
 一方ローレンは巨大鋏を出現させながら、ソプラノに告げる。

「あいつ等見た事ある。レッドラムのネイビー一派にいる連中アスファルノイズだよ」
「あすふぁるのいず?」
「大戦時代の科学者が創り上げたダークマター軍団の事」

 ローレンがそう言った直後、三体のダークマター――アスファルノイズが一斉に動き出してソプラノに詰め寄ってくる。ソプラノは驚くものの攻撃してくるのかと思い、口を開く。
 だが、アスファルノイズの内の丸い一つ目の者が先にこんな事を口にしてきた。

『コチラ、攻撃ノ意思、無イ』
「どうだか。そういう奴ほど信用できないもんだよ?」
『我々、戦闘ノ意思、無イ。コレ、事実。大迷宮ノ中、ナラ、戦闘、ヨリモ、放置。スルト、オ前等、殺セル』

 あ、やっぱり死ねる構造なのね。その言葉を聞いたローレンがマナ氏の無慈悲且つ手加減・容赦皆無の大迷宮が如何に危険なのか再確認した。
 丸い一つ目のアスファルノイズの隣、やや角ばった一つ目をしたアスファルノイズが前に出て補足する。

『ブッチャケルトナ、ウチ等ノますたーガりあるそぷらのチャントオ話シシタインダトヨ』
「「はぁ!?」」

 思わぬ発言にローレンとソプラノはハモって驚きの声を上げた。その様子に「やっぱりなー」と言わんばかりの表情になる全アスファルノイズ。

『ヤッパ呆レルヨナー。言ッテオクケドナ、これまじダカラナ? 本来ナラ作戦成功スルマデコン中ニ閉ジ込メテオク予定ダッタンダケド、ますたーガ煩クテ煩クテ。ダカラえめらるど卿ガばとるニ夢中ニナッテル間ニオ話シシヨウッテ企ンダノ。ばれタラ大目玉ダケド、ますたーソンナノ気ニシナイカラネ』
『勿論、止メタ。全然、聞カナイ。ダカラ、探ス、行カサレタ』
『ダカラ来テホシインダナ』

 反乱軍に所属してるのにそれでいいのか。
 苦労してる様子のアスファルノイズ達の会話を聞き、ローレンは内心反乱軍が心配になった。どうやら彼等のマスターである科学者は少々自分本位な性格のようである。
 罠の可能性がありそうだと判断する一方、肝心のソプラノはこくりと頷いてとびっきりの笑顔で答えた。

「うん、いいよ! あ、でもロー君も一緒でね?」
「へ!?」
『まじデカ!? オッシャ、助カッタ! ますたー、ゴネルト煩イカラソレナラトットト脱出スルゾ!! 004、002、脱出しすてむヤッテクレ!』
『リョウカイ』
『007ハ、何モシナイノカナ?』
『イヤ、オ前等ダケデ充分ダロ』

 ちょっと嬉しそうな様子の007と呼ばれたアスファルノイズに対し、丸い目玉の004が脱出の準備にかかる。その一方002は動こうとしない004に尋ねるものの相手に言い分に納得した。
 ローレンは鋏を一旦消した後、ソプラノに駆け寄って彼女に小声で話しかける。

「上手く逃げ出す気?」
「そんなとこ。でも向こうが変なの隠してないって保証は無いし……。あ、そーだ!」

 何か良い案を思いついたのか、明るい笑顔を浮かべたソプラノ。ローレンはナグサと関わってた時に似た嫌な予感がしてしまった為、ろくな事じゃない事に即座に気づけた。
 ソプラノは話し合ってるアスファルノイズ達に明るい口調で話しかけ、思わぬ事を口にした。

「ねぇ、ダークマターさん達! 出してくれるお礼にさ、マスターと一緒にあなた達だけのお礼の歌を歌ってあげる!」
『ヘ!? ……アー、ドウスル? ますたーナラ絶対飛ビツキソウナねたダケド』
『イインジャナイカナ?』
『……そぷらのチャン、何カ、ヤル。スグ、気絶、サセル。コレ、ヨシ』

 どうやらこのダークマター達はマスターと違い、少々疑り深い模様。何か仕掛ける可能性が高いと見ているのだろう。ローレンもさすがにこればかりは同意した。
 だがそれを聞いていたソプラノは途端に顔を青くし、俯かせる。その目じりには涙を浮かべていた。

「あ、あたしは……あたしは、ただそこまで考えてくれる人の為にお礼を送りたかった……だけなのに」

 目じりに涙を浮かべ、少し震えていて小さな声で訴える姿は不謹慎にも野に咲く花の如く、ちっぽけに見えるけれどもとても可愛らしくて心を奪われそう。これを見捨ててしまったら冷血非道そのものになってしまうと誰もが思ってしまうだろう。
 現にアスファルノイズ達はそれぞれ目玉を見開き、互いに慌てふためく。その中で一番話が出来る007が大慌てでソプラノを宥める。

『ワーーーーーーッ!! 疑ッテゴメン! 疑ッテゴメンヨ!! 分カッタ、分カッタカラ泣カナイデ!!』
「ほんと……?」
『ホントホント! ゴメンヨ、そぷらのチャン!!』
「ううん、こっちこそいきなり変なこと言ってごめんね。……ありがとう」

 三体揃って頭(体?)を下げて精一杯謝る彼等に対し、ソプラノは涙を拭くと小さくも可愛らしい黄色いタンポポのような笑顔を浮かべてお礼を言った。それはそれはテレビから見るものよりもずっと可愛らしく、心を盗まれるには充分すぎるものだった。その証拠にアスファルノイズ達はあまりの可愛さに悶え苦しんでる。

「……何、この茶番……」

 一方観客状態だったローレンは呆れる事しか出来なかった。だってどう考えてもソプラノが話の手綱を握る為の泣き落とし+軽い色仕掛け作戦だったから当然である。客観的に見るとわざとらしかったものの、本人の可愛らしさと演技力でそれはカバーできていた。
 さすが人気アイドル。演技力も素晴らしい。
 もしかしたら悪女じゃないのか、とローレンがソプラノの本性を疑いだしたその時、話をつけてきたソプラノがローレンの下に駆け寄ってくる。ローレンは彼女だけに聞こえるよう小声で嫌味を言った。

「お疲れ様、性悪女」
「酷い言い草だね、ロー君。まぁ、今やった事に関してはあまり言い返せないけど」
「やっぱり演技か。悪いけど僕様の目はそんなことじゃ誤魔化す事は出来ないよ」
「あ、そなの? それなら腕を上げなきゃ駄目だね」

 さっきとは打って変わり、コロッとした様子のソプラノにローレンは言い放つ。そんな彼にソプラノは凹むどころか向上心を上げるだけであった。
 それを見てこいつが凹む姿を見たいと思う反面、完全脱出に関してどうやるのか気になったのでまずそちらを尋ねる事にした。

「で、歌歌ってどうする気?」

 その質問に対し、ソプラノはローレンに振り向くとパチッとウインクして小声で言った。

「ロー君はあたしの一番強い技、知ってるでしょ?」
「……僕様まで殺す気か」

 何をやるのか大体想像がついたローレンは彼女を憎悪込めて睨みつけながら低い声で言った。ソプラノは苦笑いしかしなかった。





 それから少し後、屋敷全体に凄まじい生きた騒音殺戮兵器――コピー能力のマイクが発動された。


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C・Dパート「反乱軍との戦い」タービィ、チャ=ワン、ツギ・まち、紗音、リクVSシズク、ゼネバトル、フレイア(伏兵)、夏湯(伏兵)


 大きな湖に浮いた丸い足場が点々とある御伽噺のような場所。正しく幻想空間「水上庭園」の名に相応しいステージの上にて、シズクと睨み合っていたチャ=ワンは地を蹴って彼女の下へと切りかかった。
 シズクは両手に持った二つのロッドをクロスさせて攻撃を防いだ後、逆に押し返してからすぐさま距離をとる。チャ=ワンもまた距離をとり、刀を両手で握り締める。
 シズクは両方のロッドの先端から水球を連続して発射していき、チャ=ワンを湖の中に落とそうと押していく。チャ=ワンは咄嗟に頭の茶碗を盾にして防ぐものの水の勢いは強く、少しずつ押されていく。その様子にシズクが更に勢いを強めようとしたその時、チャ=ワンは巨大茶碗を足場にして勢い良くジャンプし、上空からシズク目掛けて刀を勢い良く振り下ろす。

「切り捨てごめん!」

 シズクは咄嗟に身をかわし、攻撃の直撃を回避する。チャ=ワンの攻撃は見事空振りとなり、彼の振り下ろした刀は先ほどまでシズクがいた場所に少し刺さってしまった。
 それを見たシズクは左のロッドを振るい、チャ=ワンを突き飛ばす。避ける事も出来ず、チャ=ワンは少々吹き飛ぶもののその衝撃で刀を抜き取る事が出来た事もあってすぐに受身を取る。そしてすぐさま口笛を吹き、転がっている巨大茶碗を己の頭まで呼び寄せて再度被りなおす。
 その様子を見たシズクはすかさず右のロッドを突きつける。するとロッドは見る見るうちに伸びていき、チャ=ワンに突き入れんとしてくる。チャ=ワンは再びジャンプして攻撃を避けた後、器用にロッドの上に立つ。シズクは渾身の力を持ってロッドを大きく振るい、チャ=ワンのバランスを崩して地面に落とした。
 痛がりながらもすぐにチャ=ワンは立ち上がりながら刀を上げるように振るい、シズクが右手に持つロッドを切り捨てた。切り捨てられたロッドは透明の液体――水に変化し、シズクの手から滑り落ちる。同時にチャ=ワンにもいくつかかかる。
 チャ=ワンは刀を持ち直しながら、シズクを睨みつけて言った。

「全く……! こういう時ほど能力を恨めしいと思ったことは無いでござるよ!」
「なら戦いを止めますか? 私も戦いは嫌いですし、戦闘をここで終わらせても構いませんよ」

 シズクは残ったロッドを両手に持ち直し、先端に水の刃を備え付けていきながら提案する。チャ=ワンは目を細め、刀を構えながら尋ねる。

「貴殿がこの空間から出してくれるのならば考えてもいいでござるが?」
「残念ながらそれは出来ませんね」
「やはりそう言うと思ったでござるよ。シズク殿、戦闘にそのような駆け引きはあまり通用せんでござるから以後使わない方が懸命でござるよ?」

 チャ=ワンは小さな笑みを浮かべて注意する。
 その瞬間、シズクの持っていたもう一つのロッドは天空へと払い飛ばされ、チャ=ワンは彼女の目の前に立って刀の刃を顔面スレスレに押し付けていた。

「このように、命をとられかねない状況になるでござるからな」

 速い。あまりにも速すぎる。動きが目で捉えることが出来なかった。
 シズクは目の前の状況に焦り、頬に冷や汗を流す。だが相手にそれを悟られまいと出来る限り冷静さを繕い、チャ=ワンに言う。

「……凄い速さ、ですね。てっきりもう少し遅い方だと思っていたのですが勘違いだったようです」
「防御イコール鈍重と思い込んでいたおぬしの負けでござる。先入観で行動するとろくな事にならんでござるよ?」

 口調こそ穏やかであるものの、その目は鋭い獣そのもの。一歩でも動いたら刃を埋めると言わんばかりのチャ=ワンに圧倒されそうになる。涙を流しそうになる。
 だがシズクは臆する事無く、凛とした様子で言い返す。

「なら、それはあなたにも当てはまりませんか?」

 直後、チャ=ワンの右足に何時の間にか湖から生えていた水の触手が絡みつき、彼を天高く投げ捨てた。
 空中に放り投げだされた彼が驚き慌てふためく中、シズクは両手にロッドを再編成させてクルクル回転させながら自らもその場で舞い踊る。するとチャ=ワンの足に縛りついている触手は長さと太さを増やしていき、彼の全身を這いずり回っていく。

「うひぃ!? ななななな、何でござるかこの触手はぁ……!!」

 冷たさと気持ち悪さに全身に鳥肌が立ってくるチャ=ワン。水だというのは分かっている。分かってはいるものの、こんなネトネトとナメクジの如くくっつき這いずり回られたら、気色悪くて仕方が無い。
 下で踊っているシズクの能力攻撃である事は分かっている。彼女を止めればどうにかなる事も分かっている。だが、それは今の状況では望めそうに無かった。
 先ほどからずっと無視していたものの、戦闘が開始されて少しした後から耳に入ってくる爆音が増援が期待できないことを物語っているからだ。

 ■ □ ■

 その一方、紗音とリクの守りをツギ・まちに任せたタービィはゼネバドルとの戦闘を行っていた。チャ=ワンと同じタイミングで、この男の下にボムで攻撃していったものの、ゼネバドルの能力によって相殺……もとい倍増されて共倒れしそうになった。だが両者共に爆発のダメージで完全に倒れる事は無く、そのまま戦闘を続行したわけだ。
 ゼネバドルは能力で召喚したトンファーのように逆手で持つタイプのバズーカ二つで、器用に複数の足場をジャンプして移動するタービィ目掛けて何度も爆撃していく。
 タービィはパラソルと同様の効果を持つ三度笠を盾にしながら、爆撃を防ぎながらもあまりの激しさに愚痴をこぼす。

「かーーーっ! しつこいったらありゃしねぇ!! 囮に出て正解だったぜよ。こんなの相手じゃ、まち公がぶっ倒れる!」

 いくらツギ・まちが防御力が高いぬいぐるみといえど、こんな炎相手ではたちまちやられてしまう。置いてきて正解だったと思いながらも、相手をどう倒すか思考をめぐらせる。
 今回運悪くコピーの元を少ししか持ってきておらず、あまり多用したくないところだ。しかし相手の能力から見るところ、生半可なコピー能力ではまずやられてしまうだろう。火力だけは向こうが圧倒的に勝っているから、出来る限り短期決戦で潰した方が良い。だが絶えず出てくる攻撃には防ぐだけで精一杯である。
 ゼネバドルもそれが分かっているのか、ガンガン乱射しながらも爆音に負けないほどの大声でタービィに呼びかける。

「おらおら、どうしたぁ! 風来坊の実力はそんなもんか、あぁ!?」
「やかましい! そっちがやりすぎなんだぜよ!!」
「だらしねぇな、おい! オ=ワンの話じゃ、夜明国随一の剣士って聞いたのによぉ!!」

 同量の声で叫び返すタービィに対し、ゼネバドルが挑発しながら乱射を続けていく。タービィは彼が口にした単語に顔をゆがめた途端、乱射の爆撃とその風圧によって大きく上空へと吹き飛ばされていった。
 しかしすぐさま三度笠を使ったパラソルで滞空して体勢を整えた後、右手に元から持っているコピー能力「ヨーヨー」を発動させるとすかさず伸ばしてゼネバドルの持つバズーカの一つをグルグル巻きにする。そして力任せに振るい上げ、もう一つのバズーカをぶつけて巻き込ませる形で湖の中へと弾き飛ばした。
 その衝撃で素手になったゼネバドルがふらつく中、タービィはパラソルを一旦解除してゼネバドルのいる足場へと着陸する。三度笠のずれを直した後、タービィは細目をわずかに開かせながら静かに言う。

「……アンタ、オレっちが刀を捨てている事を知っていて言っているのか?」
「あ、そうだったのか? 俺ァテッキリまだ使ってるのかと思ったぜ」
「それは残念。チャ=ワンの使っている刀がオレっちの刀だから、それはありえねぇぜよ」

 その言葉を聞いたゼネバドルは驚いた顔を見せ、武器を再編成するのも忘れて声を上げた。

「ハァ!? 何だよ、それ!? 意味分からん!」
「ハハ、そりゃそうだろうな。だけどこれはオレっち等二人が話し合い、突き通すと決めた事ぜよ。だから理解出来なくて構わない」
「……何よ、それ。愛情かそーゆー感情で繋がってるわけ?」

 ゼネバドルは空気の変わったタービィ相手に内心冷静さを取り戻しながらも、口では茶化す。その言葉にタービィは苦笑する。

「ある意味間違ってはいないな。何せ、あの刀は……オレっち等の象徴だからな!!」

 タービィはそう告げると何時の間にか戻っていたヨーヨーを伸ばし、下から上へと円を描くようにゼネバドルに攻撃をくわえる。ゼネバドルは予測できていなかったのか呆気なく吹き飛ばされ、湖の中におちそうになる。しかし湖の上にどういうわけか、泡が出現して器用に彼のクッションとなって落ちるのを阻止した。
 その光景にタービィが眉をしかめる一方、ゼネバドルは危機一髪と言わんばかりにホッとする。

「あっぶねぇ! あー、このステージでよかったわ……」

 そう言うとゼネバドルはジャンプして、足場に着地して体勢を整える。するとそれに合わさるかのごとく、彼の両手に再びバズーカが出現する。

「さぁて、バトルを再開しますかね! 今度は逃げられないように、至近距離でな!!」

 ゼネバドルが意気揚々と言いきった直後、二人のいる足場を囲むように水が勢い良く上がって外部と遮断する厚いカーテンへと変貌する。その光景にタービィは驚きを隠せないものの、ボムを二つほど投げつけて先制攻撃する。
 ボムの一つはゼネバドルに直撃して相手の間抜け面をさらけ出す事が出来たものの、もう一つの方はその背後にある水のカーテンの中に入り込んで鎮火すると共に消滅した。予想通りの結末にタービィは顔をしかめる。
 その時、回復したゼネバドルが標準をタービィに向けて、二つのバズーカを乱射する。凄まじい爆撃が襲い掛かるのを察したタービィはすぐさまその場から逃げるものの狭い足場の上、爆発の範囲が大きい為に避けきる事は出来ずに派手に飛ばされてしまう。その最中、水のカーテンに派手にぶつかってしまう。だが奇妙な事に飲み込まれる事は無く、それどころかぶつかった反動で大きく弾き飛ばされた。
 タービィは驚きながらも、この水の正体が何か勘付いた。

(こいつ、三人目か……!)

 伏兵がいる。しかも水との融合型という厄介な伏兵が、ゼネバドルのサポートに走っている。
 幻想空間を生み出した張本人は今、チャ=ワンと戦闘を行っているところだ。それならば、幻想空間を利用してこちらの妨害を出来るほどの器用さは無い筈。それならば水の中に伏兵がいるのは容易に見破れる事だった。
 だが分かったところでどうしようもない。融合型にとって最大の利点は己と同じ属性のものならば自由に操り、ある程度ならそれと融合できるというもの。敵対者は対処する手段がかなり限られてしまう。
 第一、倒したくても目の前の爆撃能力者がそれを許す筈が無い。タービィは眉をしかめた。
 反動の衝撃でグルグルと床を転がっていき、不幸な事にゼネバドルの正面で止まってしまう。もちろん相手はそれを見逃す事は無く、バズーカを突きつけて零距離から爆撃を行った。タービィの体は再び吹き飛ばされる。

「――っ!!」

 連続した爆撃のダメージに耐え切れなくなり、タービィはとても傷ついた体が軽く吹っ飛ぶ中でゲボォと吐血した。足場に大きく叩きつけられる形で落下した時、激痛で顔を歪ませる。
 横たわった体を動かせそうに無く、荒い息を上げて激痛に苦しむタービィの姿を見てゼネバドルはバズーカを降ろす。

「はぁ……はぁ……!!」
「ここまで甚振れば充分……か? 命をとれとまでは命令されてねぇけど、ある程度痛めつけておかないと面倒だからな。暫くその死にかけの状態でいてくれや」

 どうやらゼネバドルはタービィを倒したと判断したらしく、バズーカを消してからその場に座り込む。水のカーテンを発動している伏兵も同じ判断をしたのか、水を湖の中で引っ込ませた。
 タービィからすれば傷ついた体に鞭を打ち、どうにか攻撃の隙を見つけようとするものの、傷が大きすぎて中々動けない。このままでは無様に倒れた姿を見せつけるだけだ。
 タービィが悔しさに下唇を噛み締める中、ゼネバドルがぽつりと疑問を呟いた。

「お前はどうして連中と一緒にいるんだ? 夜明国もまた、大国の被害者だっていうのに」

 その言葉にタービィは目を見開いた。そしてゼネバドルが本当は何を言いたいのか察してしまった。そして、思わず笑い声を上げてしまった。体が痛くて痛くてたまらないものの、そんなのどうでもよくなるぐらいの笑い声を上げていた。

「はは、ははは……はははははははははは!!」
「は? ……頭にまで傷がいってんのか、もしかして」
「違ぇよ。ただ、オレっちにそんな思い込みしてっとは思ってなくてね……!」

 呆気に取られるゼネバドルに対し、タービィは細目を勢い良く開眼すると共にゼネバドルの顔面に飛び蹴りをぶち込んだ。油断していたゼネバドルはそれをまともに食らってしまい、ふらつくもののすぐに体勢を整える。だがそこにタービィの装飾品を顔面にぶつけられ、再びバランスを崩した。
 もちろんその隙を逃す事無くタービィはゼネバドル目掛けて、アッパーをぶちかまして天空へと吹き飛ばす。無様な様子で飛ばした相手を見上げながら、タービィは笑う。

「その思い込み、叩き直してやるぜよ」

 何時の間にか頭に黄色の鉢巻を身に着けた「ファイター」スタイルとなり、全身に傷を負いながらも彼は立っていた。

 ■ □ ■

 一方ではシズクの生み出した水の触手に囚われたチャ=ワンが翻弄され、一方では傷だらけのタービィがコピー能力のファイターを使ってゼネバドルと戦闘を繰り広げていた。
 両者共に苦戦を強いられている。当然だ、幻想空間は発動させた主にとって最も力を発動できる魔法で作られた特殊なフィールド。最大限の力で敵を倒す為の場だから、それを利用しない手は無い。だからこそ風来コンビはかなり追い詰められていた。
 両者の戦闘を見ていることしか出来なかった紗音は、主にタービィ側の惨状に震え上がる。

「あんな、傷だらけで……」

 耐えることのない爆音。止まる事の無い戦い合う姿。何もかもが、今までの日常とかけ離れていた。世界大戦時代は比較的早く保護されていた為か、彼女は珍しい事に戦いというものを深く知らずに生きてきた。そして魔女が復活するまでの六年間、平和に暮らしてきたから受け入れるには時間がかかった。
 もうすぐ自分もあぁなるのではないのかと思うと、体が恐怖で震えてくる。そんな時、紗音の頭をぽんぽんとツギ・まちが優しく撫で上げた。

「ま、まちさん……?」
「(にっこり)」

 安心させたいのか、微笑む彼(彼女?)を見て紗音は少しだけホッとした。
 だがそれはチャ=ワンを水の触手で拘束している女性が大声で詠唱した際に吹き飛ばされた。

「氷よ、唸れ! 我が呼吸にあわせ、刃を向ける己が敵を凍てつかせよ!!」

 その声を聞き、紗音とツギ・まちが振り返る。目に入ってきたのは、凍った水の触手に飲み込まれてしまったチャ=ワンの姿だった。
 それを目の当たりにしたツギ・まちは紗音とリクを残し、驚くべき跳躍力でシズクの頭目掛けて両足で踏み潰しにかかる。咄嗟に気づいたシズクは後ろに跳躍し、攻撃をかわす。ツギ・まちの着地地点は若干陥没した。
 即座に両手に持ったロッドを持ち直し、シズクはツギ・まちを見据える。直後ツギ・まちはどたどたどたと激しい足音を立てながらシズク目掛けて殴りかかる。すぐさまロッドをクロスさせて防御に入るものの、ツギ・まちの攻撃力は凄まじくて衝撃だけで吹き飛ばされてしまった。
 あまりの攻撃力と衝撃にバランスを崩し、横転しながらもシズクはどうにか立ち上がってツギ・まちを睨みつける。

「守りを捨てて援軍に来るなんて……! さすがは銃器狂の相方ですね」
「~~~~っ!!」
「憤慨しているのは分かりますが、喋ってくれないと意味分かりません」

 顔を赤くしてぷんぷん怒ってるツギ・まちに対し、シズクはため息をつく。的確なツッコミである。だが肝心の彼はそれを無視し、地を蹴って、勢いに乗せた拳を繰り出した。
 シズクはロッドでは防ぎきれないと判断し、己の足を能力で生み出した水で濡らすと足場を素早く滑って跳んで来るツギ・まちを回避する。避けたシズクにツギ・まちは振り返り、再びファイティングポーズを取る。
 ぬいぐるみと思って、無自覚に油断していたか……。
 シズクは思わぬ強敵の出現に気を引き締める中、氷付けのチャ=ワンを背に向ける形で立ち止まって告げる。

「良いでしょう、ぬいぐるみの方。本来なら足止めだけで済ますつもりでしたが……本気で参りましょう。私も、ゼネバドルさんも、そして――彼も」

 彼女がそう告げると共に、少し離れた足場――紗音と未だ気絶しているリクのいる足場――付近から水飛沫が上がった。
 その音にツギ・まち、タービィが戦闘を一瞬中断して振り返る。そこにあった光景は、湖の中から勢い良く飛び出して紗音にナイフを投げようとする新たなる刺客の姿であった。
 己目掛けて襲いかかろうとするソレに対し、紗音は一気に頭が真っ白になり、悲鳴を上げる事しか出来なかった。

「きゃああああああ!!」

 タービィとツギ・まちは向かおうとするものの、互いに相手している敵に攻撃されて身動きが再度とれなくなる。それどころか、脱出する事を許さないと言わんばかりに彼等がいる二つの足場を包み込むように大きすぎる水のカーテンが再び舞い上がり、外界との接触を遮断した。
 ギリギリでバズーカ攻撃を避けたタービィはこの現状に対し、思わず不満をぶちまけた。

「おいおい、四人も持ってくるなんてありかよ!?」
「お生憎様、こっちも全力なんだよ! 特に今回の作戦は失敗したら、後が無いんだからなぁ!!」

 ゼネバドルはかなり乱暴に答えながら、再びバズーカを二丁同時に発射した。その言動にタービィは本気でやっているのだと判断しながら、傷ついた体に鞭を打って回避すると相手に一撃を加える為に駆け抜ける。

 ■ □ ■

 いきなり湖の中から、見知らぬカービィが出てきた時には終わったと紗音は思った。あぁ、今日の自分の運はあまりにも酷すぎた。遅刻しただけでこんな罰が与えられるなんて不公平だ。
 額に大きな紫色の球模様、顔にも幾つか小さな同色同形の模様を持った紅のマントをつけた男が手に持ったナイフを複数投げ、こちらへと飛ばしてくる光景を見て、紗音はもう駄目だと目を瞑った。
 次の瞬間、金属同士がぶつかり合う甲高い音がいくつも響き渡り、すぐに足場にいろんなものが落ちていく音が聞こえてきた。一体何事だと紗音が目を開けた途端、彼女の目の前、足の手前の位置に落ちてきた包丁が刺さった。一歩でも動いてたら自分に刺さってたそれを見て紗音は青ざめながらもふと疑問に思う。

「何で、包丁……?」

 新手の男が使ったナイフは一瞬しか見えなかったものの、刃は曲がっていたし、柄の部分は青色で細かった。少なくとも包丁とは違う形をしていた。なのに己の目の前に刺さっている包丁は四角い刃、薄茶色の太い柄という大きなもの。紗音はそれをバイト先でしか見た事が無かった。
 ということは? そう思った矢先、紗音のすぐ傍から耳に響きすぎる荒々しい大声が入ってきた。

「なんやなんやなんや! ここはどこや、夢か! 夢ん中か?! いや、夢でもそーやなくても性質悪いわっ!! 起きた矢先にナイフの雨って、きついにも程あるっちゅーねん! わい、寝ながら死ぬ趣味なんてあらへんでっ!!」

 聞き覚えがあるすぐ傍から聞こえる声に紗音は振り向く。
 そこに立っていたのは黄色の尻尾のような紐を持つ白い大きな帽子を被ったオレンジの体躯を持つ男。左手に持つのは炎を宿した大きな鉈、右手には複数の包丁を持っていて、非常に危険な姿である。
 だが紗音はその人物――リクを見て、何時の間にかなっていた半泣き状態で彼の名を呼んだ。

「リクさん……!」
「おはようさん。早速で悪いんやけど、これは夢か? 現実か? 現実やったら腹立つ食い逃げトリオにボコられた後、夢やったら巨大ワドルディに追いかけられてる真っ最中やったんやけど。……なんで今、幻想空間の中におるんや?」

 リクは紗音に軽く笑いかけた後、状況について尋ねてきた。その一方、攻撃を仕掛けてきた新手の男は足場に着地して二人を様子見している。
 ただし紗音自身どうしてこんな事になっているのか把握しきれていない。だから分かる事だけ大雑把に教えた。

「現実です! 大国と反乱軍との戦いに巻き込まれました!!」
「ハァ?! ちょい待て! 何でそんな大事に巻き込まれてるんや!! ワイ等、何かやったか!?」
「……あーらら、あんた等違うわけ? ナグサご一行様じゃないわけ?」

 目を丸くして驚き、うろたえるリクの様子を見ていた新手の男は呆れた声で話しかけてくる。紗音はその男の顔が黄と青のオッドアイ且つしかめっ面だった為、イメージが違うとつい思ってしまった。
 リクは新手の男の態度に対し、やや乱暴に言い切った。

「ちゃうわい! ってか誰やねん、ナグサって!!」
「否定の魔女トレヴィーニを滅ぼそうとする無謀な勇者様だよ。確か茶色の帽子被ってて眼鏡かけてて、黄色い体をした兄ちゃんだったかな? 何か帽子には白い止め具があったと思うけど……あー、やべぇ。あん時半分寝てたから良く覚えてねぇや」

 新手の男はナグサに関して簡単に答えてくれた。どうやらこの男、見た目に反していい加減且つ明るいらしくて思ったより接しやすい。でもって不真面目なのが確定した。
 紗音は他三人との状況の空気が変わりだしたのを感じる一方、リクは思い当たる人物が出てきたので低い声を出す。

「……あん時の訳分からん事言っとった食い逃げかぁぁ……!!」
「え、食い逃げする勇者ってどんだけ?!」
「しかも知り合い?!」

 驚く新手の男と紗音。この二人はナグサを知らない為、思わぬ情報にびっくりである。その当時の事を思い出したリクはダンダンと煩いぐらいの地団太を踏んでいる。
 何だか戦闘どころじゃない空気になってきた中、ハッと紗音は新手の男が口にしたある単語を思い出し、確かめる。

「ってか今、否定の魔女って……」
「そっ、あの恐怖のトレヴィーニ。反乱軍にとって大国と共にどうにかしたいお相手さ。何せ夜明国に続いてサザンクロスタウンを思い切り滅ぼしてくれた大魔王様なんだからな。ったく大国も無謀な策に出るよなー、ドラグーンパーツはとっくにネイビーんとこに持っていってるってーのに無駄な足掻きしてるし。こっちからすればそれらとカーベルの歌確保できればいいだけなのに、どうしてこう動きまわってくれるのかねー。あぁもう早くコンサート終わってくんないかな、そーすればカーベルの歌をゲットして兵力増加できるってのに。俺、こき使われるの嫌いだってのに。りんご沢山持ってこられて買収しようとしてるけど、程ほどにしてほしいってーの」
「え、え、え……?!」

 途中から愚痴に近い独り言になってきた新手の男に、紗音はどんどん顔が青ざめていく。
 彼の言っている事が全部事実だとすれば、色々と大事が発覚しているのだが。ネイビーはレッドラムにいる守護担当の片方、ドラグーンパーツは確か伝説の魔術師が生み出した神器の欠片、カーベルの歌というのは死んだ魂を操る歌、そしてそれで兵力増加すると言っている。しかもコンサートを利用して。これら全ての事実を組み合わせた場合、反乱軍はとんでもない事を現在進行形でやらかしている事を理解させられる。
 予想していたよりもはるかに凄まじい戦いに巻き込まれていると悟った紗音が青くなっていく中、いきなり幻想空間中に幼い男の子にも女の子にも聞こえる声が響いた。

『フレイア、何やってるノーーーーッ!! 相手が無関係だと思い込んで、ベラベラ情報喋ってるんじゃないノォーッ!! そんなことばっかりやってると給料減らされるノーーーーーッ!!!!』

 あまりにも煩いそれに紗音とフレイアと呼ばれた男は思わず耳を塞ぐ。両手が一杯だったリクは防ぐ事が出来ず、衝撃で少しふらふらする。
 フレイアは軽く舌打ちする。

「チッ、あいつ一番動いてるくせにこっちを見れる余裕あるなんて異常だろ。いや、水との融合型だからいけるか?」
「……で、どないする気や?」

 すかさず調子を取り戻したリクが低い声で問いかける。もちろん紗音を後ろに下がらせながら、だ。フレイアはニヤリと笑い、両手に複数のナイフを出現させて力強く言い切った。

「給料減らされるの嫌だし、お前等と戦う方向選ばせてもらうよ。元々そういう目的だったんだからな!」
「だったらやってみぃ! ワイがその阿呆な頭殴り飛ばしてやらぁぁぁっ!!」

 リクがヤクザ顔負けの勢いで怒鳴り込み、相手目掛けて切りかかろうと足を動かそうとした瞬間、それは起きた。だけどそれに気づいたのは紗音だけだった。
 だけど、すぐに皆気づくであろう。何故なら三者三様の形で戦闘が行われている幻想空間「水上庭園」の空が少しずつひび割れていっているのだから。



次回「歌姫の下へ特攻せよ!」



 ■ □ ■








「……歌の嬢ちゃんか! グッドタイミングだ!!」








  • 最終更新:2014-06-15 18:23:39