第五十七話「東の都レクイエム」


 最早飾りだけになった大きな大きな教会の中、僕は大きな十字架に腰掛けてどこからか微かに聞こえる音色を聞いていた。
 十字架の後ろ、神が降臨する絵を描いた巨大なスタンドガラスから通る光が薄暗い教会の中を照らす。九年前の惨劇を慰める為に立てられたのにすっかり放置されているというのに、それを感じさせない美しさを維持しているのは奇跡と言うものなのだろうか。
 そう思いながら、僕は唯一の参拝客が帰っていくのを見送っていった。大きい白い花飾りを無地の白い帽子につけた、今にも消えてしまいそうな白の体を持つ女性を。
 話しかけたいけど、話しかけることが出来ない。してしまったら彼女を余計に悲しませるだけだ。そう思いながら、僕は目を閉じる。

「……世の中、そんなに甘くないか」

 もしかしたら彼女と一緒に探してる弟もやってくるんじゃないか、と期待したけれどどうやら来れないところにいるようだ。
 そろそろこの場所から移動して、別の場所に行くべきかと考えて十字架からふわりと降りる。ホバリングはしていない、かといって僕の背中に翼は生えていない。文字通り空中浮遊の状態で降りていっている。
 地面に足がつくかつかないかのところで僕は止まり、表の出入り口である大きな扉を見つめる。カービィが出入りするには三倍ぐらい大きい扉である。恐らく教会開発当初は参拝客や葬式の為に大きく作ったのだろうが、今ではすっかり飾りである。寧ろ開けにくくて困っている人の方が多い。何でこんなもん作ったんだか。
 ついついため息をついてしまう。すると十字架のすぐ傍にある教会の者達が自由に行き来する小部屋(裏口付)の扉が開いて中に誰かが入ってきた。
 誰だろうと思い、僕は体を入ってきた人物に向けた。

「ふー、どうにかついた」
「ここであってんだよね?」
「うん。ホワイトさんの描いた地図通りに進んだからあってる筈だよ」
「そーだといいんだけどね。どっかの誰かさんみたいにほぼノーヒントで森の中にぶち込まれるような事じゃなかったらいいんだけど」
「……君って結構根に持つタイプだよね」

 そこにいたのは音楽記号をモチーフにしたヘッドホンをつけた黄色い体の愛らしい女性と、一見ツギハギされたように感じる二色の体を持つシルクハットとマントをつけた男だ。カップルにしては毛色が違いすぎるし、家族はまず論外であろう。というかどっちも見た事があった。
 前者の女性はアイドルのソプラノ。サザンクロスタウンに閉じ込められてしまったなんて話があったから死亡したのかと思っていたのだが、しっかり脱出していたようだ。それならアレはどうするのだろうか……。確かアレ、生放送でやる予定だったよね。
 そして後者の男性は指名手配犯のローレン。黄金の風が吹く前は大国城下町で騒ぎを起こし、風が吹いた後はグリーンズでかなりの揉め事を巻き起こしていると風の噂で聞いている。その後の足取りは全く分からなかったんだけどここで目にするとは。もしかしてサザンクロスタウンでソプラノに会ったのかな。
 とにかく僕は久々に見た彼等の前まで行き、姿は消したまま話しかけた。

「何でアイドルと一緒にいるの?」
「ん?」
「ほえ?」

 僕の声は聞こえたのか、ソプラノとローレンは最初こそ僕の方に顔を向けるものの誰もいないと気づくと辺りをキョロキョロ見渡し始めた。今、僕は姿を消してるから気づける人でないと気づく事は出来ないからだろう。
 話しかけた以上、姿を見せた方が良いだろう。僕はそう思い、完全に透明となっていた体に色を宿していき、二人に見えるようにしていった。その様子に二人が驚いているのを無視し、僕は知人であるローレンに話しかけた。

「久しぶり、ローレン」

 コッペリアのいた人形屋敷以来だね。そう付け足しながら、愛想笑いをする。ローレンには意味が無いかもしれないけど、ソプラノの方に悪い印象を与えるわけにもいかないからだ。
 覚えていてくれていたのか、ローレンは僕を見て思い出したのか話しかけてきた。

「お前、確か人形屋敷の時の緑お化け」
「覚えてたんだ。でも僕にはハスって名前があるんだけど?」
「地雷君のインパクトが強くて忘れてたよ」
「……まぁ、口先の魔術師かなり色々やってくれたもんね」

 つくづく思う。良く死ななかったよ、口先の魔術師さん。コッペリアを正気に戻すどころか、僕らまで助けたんだし。……かなり冷や冷やするやり方だったけど。
 人形屋敷の事を思い返しそうになった時、ローレンの隣で様子を見ていたソプラノが口を挟んできた。

「ねぇ、ロー君。その幽霊君と知り合い?」
「一応ね」
「始めまして、僕はハス。ここには……」

 自己紹介しようとしたその時、いきなり外から騒音といっても過言じゃない三人の男性の大声が響き渡ってきた。

『逃がすか食い逃げええええええええええええええええええ!!!!』
『いい加減しつけぇぞ、てめぇぇぇぇぇぇぇ!!』
『何でレクイエムにいるんでござるかあああああああ!!』

 う、煩っ……! 鼓膜破けるかと思ったよ。いや、死んでる僕のいう台詞でもないけど。アレ、カービィに鼓膜なんてあったっけ? 駄目だ。この部分は多分気にしたら負けだ。
 咄嗟に耳をふさいだ僕を他所に、ローレンとソプラノは声の主を知っているのか呆れた表情で話し合っていた。

「まーだまいてなかったんだ、あのリクって店員」
「チャ=ワンさんやタービィさんだけじゃなく、ツギ・まっちゃんも追いかけられてるんだよね。今」
「そっ。何かトラックに乗り込む前、揃って食い逃げやらかしたみたいだから」

 知っているどころか知り合いなのが分かった。というかツギ・まち(確かあの大きくなったりしてたぬいぐるみだよね)まで追いかけられてるのか。
 とりあえず彼等の事情を聞こう。そうじゃないと話についていけなさそうだ。

「これ、一体どういう事なの?」
「サザンクロスタウンに入る前にやった食い逃げのツケが回ってきたんだよ」
「つまりタービィさんとチャ=ワンさん、でもってツギ・まっちゃんは前に食い逃げしたお店の店員さんに見つかって追い掛け回されてるの。その間に私達は裏口から、他のメンバーは表口からここに来たの」

 いや、それは彼等の悲鳴と君らの会話で分かるから。

「メンバーって……あー、口先の魔術師?」
「安心して。地雷君はタワー・クロックだから。今同行してるのは引きこもり狐と意味の分からん魔法使いの何でも屋と大国防衛隊の隊長格だから」
「ごめん、さっぱり分かんない。一から説明してほしい」

 どうにも話が噛み合わない。というよりローレンは根本的な説明を忘れている。僕、君らの事情を知っているわけじゃないんだよ。
 その様子に見かねたソプラノが簡単にだけど、僕に色々説明してくれた。サザンクロスタウンで出会い、新たに発生したダイダロスの軍勢から命からがら逃げ切った事。三日月島で反乱軍に襲われたりした事。否定の魔女を滅ぼす為にマナ氏が各地に隠した伝説のエアライドマシン、ドラグーンとハイドラのパーツを回収する為に四チームに別れて探している事。その内の一つ、ドラグーンパーツがこのレクイエムの大教会の地下にあるという事。そこに尋ねる直前、リクとかいうカービィに見つかって食い逃げやらかしていた三人組が追い掛け回されている事。その間に他のメンツはここに来たという事。
 ある程度気になるところは質問して、口先の魔術師がどうしているのかも把握した。相変わらずあの男はギャンブラーだとつくづく思った。否定の魔女相手に良くそんな無謀な真似が出来るものだ。

「事情は分かったけど、何かすっごい大きい事になってるね。否定の魔女相手にやり合うって……」
「こちとらカルベチア殺されてるからね。あの魔女に一撃食らわせないと僕様の気が済まないんだよ」
「あたしは成り行きなんだけどね。でも色々放っておけない事が出来ちゃったから」

 成り行きで否定の魔女を倒そうとするアイドルってありなんだろうか。死者もかなり出てるってのに、度胸あるってレベルじゃないよ。これ、今日やるアレに比べると色々な意味で衝撃的だと思うんだけどなー。
 とりあえずこの事態には首を突っ込まないでおこう。僕としては別に気になる事があるからね。

「そう。それじゃ頑張ってね」
「手伝う気皆無みたいだね、君は。まっ、そーいうの嫌いじゃないけど」
「元々ここから立ち去るつもりだったからね。それに人数は十分足りてるんでしょう?」
「一応は」
「それじゃ頑張ってね。僕は口先の魔術師と違ってギャンブラーじゃないから」

 表情自体は愛想笑いを浮かべてるけど、実際は行く気が無いと遠回りに伝えている。二人ともそれを察してくれたのか、簡単に別れの挨拶を済ませて大きい方の扉に向かっていきこの部屋から出ていった。
 僕はそれを見送ると、大きい十字架に体を向けて“さっきから隠れている人物”に向かって話しかけた。

「……さて、いい加減姿を見せたらどうかな? 綺麗な音楽を奏でてくれるのはいいんだけどさ」

 さっきから僕にしか聞こえていない音楽が漸く止まった。優しい優しい温もりを与えてくれる、だけどどこか切なさと儚さも孕んだハープが奏でる旋律が止まった。
 それに合わせて、十字架から浮き出るように何かが現れた。良く目をこらさないと見えないけど、そこにあるのは僕と同じカービィの幽霊だ。大きい羽のような耳を生やし、頭には夜空模様のバンダナをつけていて両手でハープを抱えている。二十歳……よりかは下ぐらいかな、可愛さと美しさを綺麗に別けたような女の人だ。
 彼女は僕の目の前まで降りていき、体を向かい合わせにした。とても儚い笑みを浮かべていて、今にも泣き出しそうな印象を与えてくれた。それで分かった。彼女は僕と色々な意味で系統が違う幽霊なのだと。それもまた非常に厄介な分類の。
 とりあえず話しかけた以上、僕は彼女に何をするのか尋ねた。

「君は、ここに何をしに来たの?」

 彼女はハープを抱え直しながら、僕にこう答えた。

「……シアンちゃんに会いに来たの」

 シアンという名前を聞いて、僕は驚いた。さっきソプラノから聞いた話の中に確かそんな名前の女の子がいた筈だ。
 どうも僕は僕が望んでいなくても、彼等の事情に首を突っ込む羽目になりそうだ。





 七番目の物語は、かつて死霊の軍勢に滅ぼされた国の上に建てられた鎮魂歌の街から始まる。





第七章「レクイエム」開幕






  • 最終更新:2014-06-15 18:24:30