第五十一話「子供の天使達」



 ■ □ ■

 背中に生えた白い翼、成人に比べて一回り小さな黄色い体、ちっちゃな羽が生えたオレンジ色の足、頭の上にふよふよと浮かぶわっか。それらの要素を組み合わせてみると、どう考えてもたどり着く答えは天使唯一つ。
 で、その天使はというと。

「卑怯だぞー!!」

 ロープでぐるぐる縛られてました。ばったばったと足を動かそうとするけど、全く動けない。それもその筈、ケイトの影縫い能力で最初から動きを封じられているのだから。その上からローブで縛られてしまえば、子供じゃなくても並の大人ならば脱出は難しい事だろう。子供相手にやりすぎな気がしないわけでもないが。
 ぎゃーぎゃーと騒ぐ子供の天使に対し、クレモトは呟く。

「これでも穏便に済ませた方だと思うけどね」
「というか……何で子供がこんなところにいるんすか?」
「んー、絵龍ちゃん。疑問はそこだけ?」
「へ?」

 絵龍は疑問を疑問で返され、間抜けな声を出す。その分かってない様子を見て、クレモトは呆れたり馬鹿にしたりせず、簡単にだがこの海底神殿の異常について説明する。

「まず第一にこの神殿内部の空気。陸上とほとんど同じじゃない? 水中だったらさ、コピー能力発動できないでしょ?」
「あ」

 そう言われて絵龍はハッとする。リヴァイアサンのインパクトですっかり忘れていたが、この海底神殿内部にはどういうわけか水が存在しないのだ。だから平然と能力を発揮する事が出来た。水中だったならば、能力は大幅に制限されている筈なのにこれはどういうことなのだろうか?
 不思議がる絵龍だが、クレモトは彼女を元気付けるように小さく微笑みながら提案する。

「まっ、ついでだからその謎も調べてみようよ」
「つ、ついでって……自分等の目的は戦争の真実じゃなかったんすか?」
「あははは、だからついでって言ったんだよ。それにこの方が僕等にとっても動きやすいだろう?」
「まー、そうっすけどー」
「ならグチグチ言わないの」

 クレモトと絵龍が会話する中、ナースの頭にちょこんと乗っているちるは小さな天使に話しかけていた。彼女とナースは子供の天使に対する見張り役となっているのだ。ちなみにその他のメンバーは地下と二階を調べている。

「ねぇ、君名前は何て言うの?」
「なんで教えなきゃいけないのさ」
「なんでって名前を聞かなかったら、お話できないよ。私はちる、あなたは?」
「絶対言わない! 地上の奴等なんて馬鹿ばっかなんだろ? そんな奴等に話すもんか!」

 子供の天使はぷいっとそっぽを向いて名前すら言おうとしない。
 そんな少年に対し、ちるが困った顔をする。その話を黙って聞いていたナースは少々脅すように忠告する。

「あー、意地張るのは別に構わないけど張りすぎても大変な事になるわよ? ここにはキラキラ笑顔で人をボコる腹黒野郎、毒を自在に操って人を苦しめる野郎、無限に姿を変えて確実に人を傷つける魔女、様々なモノを暗黒に鎮める剣士、と色々と怖い連中が揃ってるんだから。……下手に歯向かうと、その羽全部もぎ取られるわよ?」
「え」
「信じられないって顔したわね。うーん、それなら私達がやった悪行……生々しく話してあげましょうかぁ?」
「り、リビィ! 僕の名前はリビィだよ!!」

 看護士とは似ても似つかない黒い笑みを浮かべ、遠まわしに脅しているナース。ご丁寧に声を低くして、雰囲気まで出しているから性質が悪い。子供の天使はそれを見て、恐怖を感じたのか顔を青ざめながら慌てて名乗る。
 一連のやりとりを眺めていたちるは苦笑するしながらもリビィを安心させる為、再度話しかける。

「リビィ君、大丈夫だよ? 変な事しなかったら皆、良い人だから。……多分」
「し、信用できないんだけど……」
「本当に悪い人ばっかりじゃないから~!」

 恐怖と疑心があるらしいリビィに対し、ちるが必死に宥める。それを見たナースは脅すのは失敗だったか、とちょっと自分の行いを後悔した。
 そんな中、二階の調査を行っていた復活したダム・K、紫薔薇状態のミラリム、ケイトが戻ってくる。同じタイミングで地下の調査を行っていたシルティ、ラルゴ、黒臼も戻ってくる。
 クレモトは戻ってきた一同に対し、調査結果を尋ねる。

「おかえり、どうだった?」
『マップぐらい』
「地下、ボロボロ」

 ダム・Kは看板で答え、シルティは簡潔に答える。その一方でケイトが枠に入った地図二つを部屋の中心に置き、一同はそこに集まって注目する。
 一つ目の地図は一同のいる海底神殿の地図であり、真上から見た図式となっているので非常に分かりやすい。この海底神殿自体簡単なつくりで、四方に別けられた塔とそれを繋ぐように大きな通路が四つ存在しているだけだ。一同がいるのは南東の方角に位置する塔らしく、分かりやすい事に「現在地ここ☆」とマークされている。地図の中央部には城が描かれており四つの通路の内、南側の中央部だけは城にいける通路がある。
 二つ目の地図は海底神殿と海底都市もとい、天空王国スカイピア全体の地図だ。王宮を中心に円形に広がった町並みが描かれている。しかし中央の王宮はとても小さく、街があまりにも広すぎて圧倒されてしまう。海底都市に降り立った時はリヴァイアサンの襲撃によって、観察する暇が全く無かったのでこうやって把握できるのは嬉しい事だ。
 地図を眺めながらも地下側はラルゴが、二階側は紫薔薇が引き続き報告する。

「地下の方はシルティも言ったとおり、酷い有様だった。奥の方に扉は見えたものの瓦礫やら飾り物の鎧やら……そういったガラクタが大量で進むに進めなかった」
『こっちは本ばっかり……。ぱらぱらと読んでみたけど、ほとんど宗教みたいなのばっか』
「宗教の方は予想してたけど、扉は気になるね。同じ作りなら他の塔にもありそうだけど」

 クレモトがそう言いながら視線をリビィに向ける。それに合わせて他のメンバーもリビィを見る。一斉に見られたリビィはびくっと体を震わせ、いづらくなったのか目線だけでも一同から反らす。さすがに敵に情報を与えるほど馬鹿ではないようだ。
 リビィに対し、ラルゴが一歩前に出る。それを見た絵龍が少々罪悪感を感じたのか、小声でクレモトにお願いするように尋ねる。

「相手は子供なんですし、見逃しても良いんじゃ……? 戦闘能力も無さそうですし」
「気持ちは分かるけど情報は引き出した方が良いんだよ。全くもって未知の土地で出会った敵相手なら尚更ね」
「そんなぁ……」

 遠まわしに却下され、絵龍はがっくりする。向こうの方が正論と言えども、子供相手に尋問するのはどうも罪悪感が生じて仕方が無いのだ。自分と同じ心境の者がいないかどうか、周りを見渡してみる。ケイトは少し表情を歪ましているものの手出しする気は無い模様で、平然とした様子のナースはちるを抱えて彼女に見えないようにしている。ダム・Kは罪悪感があるのか、若干顔をそらしているが紫薔薇の方は平然と見つめている。意外な事に黒臼は眉間に皺を寄せて見ているだけ。シルティは予想していたが無表情、というか包帯のせいでどんな顔しているのか分からない。
 ……どうやら心情的に重なる者はいても、誰も止める者はいないようだ。
 悟った絵龍が視線をラルゴとリビィに向けると同時に、ラルゴが口を開いた。

「この城の地下についてどうなっているか吐け」

 明らかに上から目線+威圧感がありまくりな言い方で、どう考えても譲歩する気は無いようだ。
 リビィはむっと怒った顔を見せ、ラルゴに向かって怒鳴りつける。

「何でそんな事を言わなきゃいけないのさ! 自分で調べればいいだろ!!」
「情報は先に持っている方がいいんでな。……お前等、俺はこれからこいつを絞り込む。通信機はあるんだ、何か分かり次第すぐに連絡する」

 リビィに答えた後、ラルゴはふと一同に目を向けて言う。
 その言葉を聞き、何が言いたいのかすぐに察したケイトが不愉快そうな表情のまま返答した後、遠まわしに「やるのか」と尋ねる。ラルゴはそれに対して無表情で普通に答えた。

「その間に移動しておけって事かい? まぁ、皆でここに固まる理由は確かに無いけど……相手は子供だよ?」
「子供だから何だ? 見逃す理由なんて無いだろ」
「……相変わらずえげつない思考だね」
「俺は少し不器用で面倒くさがりなだけだ。お前のように切り替えが上手いわけじゃない」

 ケイトの嫌味を聞いてもラルゴは何も感じていないように返すだけだ。その様子を見て、ケイトは「どこがだ」と内心毒づきながらも口を閉じる。これ以上やってもぬかに釘で意味が無いと判断したからだ。
 その時タイミングを見計らっていたのか、シルティが口を開いて一同に伝える。

「チームを別ける。南通路側、自分、ダム・K、ミラリム、クレモト。東通路側、絵龍、ケイト、ちる、ナース、黒臼。ラルゴは尋問終了後、南側に」
「了解した」

 ラルゴが平然とそれに答え、目線をリビィに戻す。シルティはその光景に何も言わず、ただ眺めているだけだ。
 黙って眺めていたナースはシルティを見て、思った事を呟く。

「……ある意味このメンツにあった隊長ではあったみたいね」

 その言葉を唯一聞き取れたちるはあまり喜べなかった。

 ■ □ ■

 一同が二手に別れたのを見送った後、ラルゴはリビィの頭に手を置く。
 リビィの体がびくっと震えるけれども無視して、ラルゴはゆっくりと頭から頬へと撫でながら言う。

「さて、小僧。これよりお前から色々と搾り出させてもらう」
「何でそんな事……」
「……お前が思っているほど情報というものは価値がある。それだけのことだ」

 ラルゴの言葉にリビィは理解できず、首を傾げる。ラルゴはそれに答えず、水色の翼をゆっくりと動かして赤色の粉をリビィの全身にかけていく。
 避けれる筈もなく、リビィは目を瞑って受け止める事しか出来なかった。しかし、痛みは無い。毒や麻痺から来る独特の苦しみも無い。ただ粉をかけられたという感覚しかない。
 ラルゴの方は手をどかし、少し離れただけで何かをしようという考えではない。
 一体どうして、と思いながらリビィが顔を上げようとしたその時、瞳に映る光景が大きく捻じ曲がった。ぐにゃりぐにゃりと色も形も崩れていきながら回転し、視点が定まらなくなっていく。
 目の前にいる水色と紫色の何かが入り混じった所々ぶれている球体は動き回る二つの目でリビィを見つめながら、口無き姿のままこう言った。

「――安心しろ。お前の体は傷つきはしない」

 直後、リビィの見える光景が大きく変わった。寂れた塔の中から――無数の人々が駆け巡る赤色の世界へと。
 剣を持ったカービィ、槍を持ったカービィ、能力を発揮させるカービィ、狩られるカービィ、逃げ惑うカービィ、殺されるカービィ、殺すカービィと多々存在しており、目まぐるしく残虐な光景。
 普通のカービィとも天使とも違う独特な特徴を持った者達――どれも女子供――が狙って狩られている、捕縛されている、殺されていく。狩人達は狂気をその目に宿した軍人達。
 何が起きているの? 一体どうしてこうなったの? どうしてこんな光景が見えているの!?
 あまりにも変貌しすぎた目の前の光景にリビィが困惑する中、男達の声が耳に入ってくる。戦士達の虐殺が目に入れられてくる。
 まず、最初に入ってきたのは家と家の間から見える大通路での戦いの光景。血塗れた通路の上、厳つい鎧(ってか兜)を身に着けた三人組の戦士が独特な特徴をした子供達(気のせいか、リビィを拷問している男に似ている)を追い掛け回している。誰がどう見ても前者の戦士達は狂気に満ちていて、子供達は逃げて生き延びる事しか頭に無い。
 その時、子供達の目の前にどこからともなくカービィが現れた。黒い帽子を被った灰色の男、いや、少年だ。少年は子供達が立ち止まると同時に背中の刀を抜き、一歩前に出た。

『……失せろ』

 次の瞬間、少年は戦士達よりも一歩後ろにいた。戦士達は鎧諸共粉々に切り刻まれ、血肉を噴射しながら大地へと崩れ落ちていった。
 その間いた子供達は無傷だったものの、少年の強さに恐れをなしてこちら――裏道へと逃げていく。少年はそれを黙って見逃し、姿を消していった。
 一瞬。その一瞬の間で見えてしまった血肉はあまりにもえげつなく、生々しく、ファンシーなカービィの体の何処にあるのだと言いたくなるぐらいの気持ち悪さで酷く吐き気がする。
 だけども、これだけじゃない。寧ろこれはマシな方。だってこれからもっともっと色々な光景を見せ付けられていくのだから。

『あの国を選んで大正解だったなぁ。おかげで、良い餌が見つかったからなぁ!』

 逃げた先で遭遇するのは、鮫のように鋭い歯を持った目つきの鋭い真っ赤なカービィ。相手はこちらが動くよりも早く、己(リビィは誰かの視点になっている)の隣にいる子供に飛びついてその大半を一かじりで食いちぎった。
 その光景はあまりにも呆気なく、けれども異常すぎるそれは恐怖心が芽生えるには十分すぎるもの。

『バカ、逃げろ! こっちの広間に出るな!!』

 その次に見せられたのは、漸く見つけた出口に広がる頭を撃ち抜かれた死体達。
 己に忠告する大人がいたものの、その大人もすぐにどこか高い場所から頭を撃ち抜かれて倒れた。銃弾が飛んできた方向を見ると、何時の間にか何処かの軍が仕掛けた物見やぐらでカービィ達が鉄砲を構えているのが見えた。
 血が、己の足を汚す。思考が、思考を犯す。どんなに目を閉じようとしても、瞼の裏に嫌でも同じ光景が入ってくる。浮かんでくる。突きつけられてくる!
 目の前で、残虐に、人が、殺し殺される光景が! 狂気と凶器を持った者達が、炎の中、異端の姿をした者達を殺していく!! 目まぐるしい勢いで押し付けられていく。真っ赤な光景を、汚らしい光景を、地獄のような光景を!!
 視界がまたもグラつく。でもその中で見せ付けられるのは殺戮、殺戮、殺戮、殺戮、殺戮! 耳に鮮明に入ってくるのは悲鳴、断末魔、死者となった者の嘆き! 決して耐える事は無い二つのそれは、幼き子供にとっては地獄のようなもの。拷問そのもの。耐え切れるものなんかではない!!
 嘔吐する。心が耐え切れず、胃液を吐き出していく。己に痛みは無い、だが心を無差別に切り刻んでいくその攻撃はあまりにもあまりにも酷くて眩暈がする、嘔吐してもしつくせない、全てがふらついて仕方が無い。

「やめ、て。たす、け、て。おね、がい。おねがいだから……!!」

 戦士というにはあまりにも幼すぎる子供は、地獄に耐え切れずに解放を願う。
 その時、己の頬に見えない何かが触った。びくっと体を振るわせ、何が起きるのだと体が震えていく。耐えぬ地獄の光景と叫び声の中、その中に紛れ込むように冷血で淡々と落ち着きすぎた声が聞こえてくる。

「俺は毒の意味を“物理的な傷以外での苦痛”と考えている。……だから俺がかつて苦痛と感じた記憶をお前にも貸してやった。まぁ、俺の持っている情報を与えてしまうデメリットもあるんだが、相手によってはそんなもの無意味だからな。と言っても、お前さんにとってはこの言葉さえも戯言だろうがな」

 その声の主はラルゴだ。だけどリビィは気づかない、気づけない、絶えず押し付けられてくる地獄から開放されたいという一心しか無いからそんな事にすら気づけない。
 最もラルゴの方はそれさえも想定していたから、デメリットの部分もあえて口にしたのだが。
 ラルゴは相手が解放だけを望んでいるのを見破ると、ハッキリとした声でこう言った。

「質問に答えてくれれば、解放してやろう」
「言う! 言うから! とめて、助けて、これ以上殺さないでぇ……!!」

 その言葉を聞き、リビィはすがりつくように涙を漏らしながら声を上げた。
 ラルゴはそれを聞くと羽を軽く羽ばたかせ、違う粉をリビィにかける。するとリビィの視界は元の塔へと戻り、聴覚の方も地獄のような声、すなわち幻聴は消滅していた。
 助かった、とリビィがため息を漏らすもののラルゴはすぐさま視線を固定して、すぐさま尋問に移る。

「それではここの地下について聞かせてもらうぞ。この塔にあった扉から中には入れなかったからな。アレは何だ?」
「……ど、どの塔からも本城にいける地下入り口があるの。で、でもその入り口は城だけじゃなくて、もっと深い地下、大きな広場にも、いけちゃうの」

 先ほどの『幻覚』が聞いたのか、リビィはあっさりと答えていく。それでも精神的ダメージは大きいのか、全身が冷や汗でべっとりしている。ぜぇぜぇと息切れもしている。視点はラルゴに向いているものの、その目自体は彼にすがりついているようにも見える。
 これだけでこんなにもなるとは。
 そう思いながらもラルゴは気になる部分を口にする。

「広場?」
「言えない。言ったら、あなたも、同じ事、するんでしょ? インヴェルトが復活した事ぐらい、わかってるんだから」
「……なるほどな。その辺り、詳しく吐いてもらおうか?」
「え、む、むり。だめ。そんな事、したら……!」
「したら、何だ? 俺はその辺の理由が分からないんでな。だから教えてほしいんだよ。……それとも、もう一度見せてやろうか?」

 表情も口調も変えず、ただラルゴは何時もと変わらない様子で答える。
 しかし精神的に追い詰められてしまったリビィにとっては“どうしても踏み込んでほしくない領域”に踏み込もうとしているその男の表情は、何よりも恐ろしい悪魔のものにしか見えなかった。それこそ破壊の魔女インヴェルトのような。
 これは絶対に教えてはいけない。でも、教えなかったらまたあの地獄を見せ付けられる。あぁ、でも教えてしまったら前と同じ事になってしまう。だけどあの地獄は耐えられない、心が持たない、見たくない。だけど、だけど、教えたら何もかも台無しになってしまう。でもあんな地獄、二回も見せ付けられたら壊れてしまう……!
 悪すぎる意味で究極の選択を強いられたリビィは耐え切れず、声が枯れてしまうんじゃないかと思うぐらいの大声で泣き叫んだ。

「イや、イヤ、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 ラルゴはその叫び声を聞き、思わず顔を歪ませてしまう。
 その直後、東通路側の扉が何かによって勢い良く破壊された。ラルゴが何が起きたと振り向くと、己の目の前には真っ赤に燃え上がって回転してくるハンマーがあった。
 驚きながらもラルゴは咄嗟に翼を動かし、空中に飛び上がって攻撃を避ける。ハンマーはそのまま飛んでいき、瓦礫の中へと突っ込んで消滅した。
 それを確認してからリビィの前に再び着地すると、ラルゴは壊れた扉へと目を向ける。そこにはぜぇぜぇと息を切らし、怒気をめいいっぱいこっちに向けてくる絵龍の姿があった。
 絵龍はどんどんと足を踏み出していき、目の前まで行くとラルゴに向かって怒鳴りつける。

「心配して戻ってくれば……! 話を聞くだけで、子供を苦しめるなんてどーいう神経してるのさぁ!?」
「……誰も止めなかったのか、あるいは止めても無駄と判断したのか? いや、そんな事貴様にとってはどうでもいいか?」

 怒鳴られてもラルゴは平然とした様子だ。それどころか話に答えず、勝手に推測する始末だ。
 あまりにもふざけているとしか思えないその態度に対し、絵龍は拳を握り締めて思い切りラルゴを殴りつけて吹き飛ばす。ラルゴは突然の攻撃に防御する事も回避する事もできず、ごろごろ転がって瓦礫へと背中をぶつける。勢いから考えて、ぶつかった衝撃からくる痛みは相当なものであろう。
 しかし絵龍はそんな事考えず、ラルゴに向かって叫ぶ。

「許可はちゃんと取ってきたっての! というかあんな泣き声聞いたら、誰だって戻ってくるってーの!!」
「……クレモトの奴、余計な事しやがって。今ので歯が二、三本折れたぞ」

 痛みに耐えながらラルゴは口を手で抑えながら立ち上がる。どうやら相当のダメージがあったらしく、その表情は痛みで苦しんでいるというのが隠しきれていなかった。
 絵龍は打って変わって得意げな笑みを浮かべて返す。

「そりゃファイターのスマッシュパンチやりましたもの。生半可な攻撃じゃ駄目な相手って事ぐらいは分かるっすよ、だから最初の一撃で思い切りやっただけっす」
「そういうセンスはある……か」

 それでも冷静に分析しながら、手を口から放すラルゴ。その手には折れた歯が三本ほど転がっていた。
 そのあまりにも冷静すぎる態度が絵龍は腹立たしく感じ、もう一度怒鳴りつけてやろうと口を開いたその時だった。



『ダアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァメエエエエエエエエエエエェェェェェェェェ!!!!!!』



 外から、リヴァイアサンの雄叫びが響いてくると同時に三人のいる南東の塔が勢い良く叩き潰されたのは。

 ■ □ ■

 深海龍の雄叫びと共に建物が大きく壊れていく音が耳に嫌でも入ってきた。
 その音を聞き、南通路側も東通路側も己等のスタート地点となった南東の塔へと振り向く。しかしそこは瓦礫に埋まっていて、原型を全く留めていなかった。
 南通路側の者が慌てて窓から外を眺めてみるものの、リヴァイアサンの長い長い胴体が南東の塔に突っ込んでいるのしか見えない。見渡してみると、南西側に尻尾があるのを見つけた。どうやらリヴァイアサンは顔面から南東の塔にぶつかったようだ。
 ただでさえ潜水艦の激突で一部分を破壊されていて原型を保っているのが奇跡だったというのに、そこにもう一撃大きいものが加わってしまえば崩れてしまうのも無理は無いこと。
 しかし重要なのは南東の塔が崩れ落ちた事ではない。リヴァイアサンが海底神殿に向かって体当たりしてきた事、その中にいるラルゴとリビィ(南通路側は絵龍がいる事を知らない)の安否の方が重要だ。
 このいきなりの自体に対し、南通路側――シルティ、クレモト、ダム・K、ミラリムのチームは呆然としながらも目の前に起きた状況を読み取っていた。

「リヴァイアサンが動き出した……?」
「もしくは動かざるを得ない事が起きたか、かな。一体何やったのさ、ラルゴ君……」
『え、ちょ、あの人死んだ!?』
『今、鏡から探っています。だから落ち着いてください』

 まだ紫薔薇状態のミラリムは鏡を出没させ、向こう側の光景を見ようとしたその時通信機からZeOの驚愕に満ちた声の方が先に一同の耳の中へと入ってきた。

『……何、これ。何なのさ、この異常な反応は……!』

 人工知能が驚愕するほどの事態に何があったのだと思い、シルティが即座に尋ねる。

「どうした?」
『いや、生命反応探ってみたんだけどさー……リヴァイアサンの異常さにワロタ』
「説明要求」
『両方から尋ねなくても答えるってば。あのリヴァイアサンは生態反応と霊体反応がゴッチャ混ぜになったものが幾重にも絡まりあい、出来ているものだっていうんだって事が分かったんだよ』
「……は?」
『つまりリヴァイアサンは生きていて死んでいるって事! すっごい矛盾してるけど、どう解析してもこうなんだから信じてよ? でもって話を続けるとね、ラルゴと絵龍……その中に飲み込まれちゃったみたいなんだ』
「はぁぁぁぁぁ!?」

 リヴァイアサンのありえない身体構造と続けざまに聞かされた飲み込まれた二人の事を聞き、シルティは柄にも無くすっとんきょな大声を出した。
 いや、これは誰だって出したくなる。ただでさえ不可解な存在の判明した情報が意味不明なもので、しかも仲間の二人が一気にこの場から消失してしまえば困惑を通り越して「ふざけるな!」と叫びたくなるぐらいの衝撃だ。未知の領域に踏み込んで早々このアクシデントは正に不運としか言えない。
 看板を持ってぴょんぴょんとはねているダム・Kを見た紫薔薇が通信機越しにZeOに尋ねる。

『絵龍ちゃんもいたのか、とマスターが聞いています』
『いたよ! ラルゴのえげつなさを知らないからって、止めに行くって突っ走って戻ってきたの。で、リヴァイサンの攻撃に巻き込まれちゃったわけなんだよ。生きてるのか死んでるのかはあいつに飲み込まれたから不明。死んでる可能性の方がすっごい高いけど……』
「いや、多分生きてると思うよ」

 ZeOが段々声のトーンを落としながら説明する中、クレモトが突然口を挟んできた。それも自信があるのか、彼にしてはやや強気な口調出だ。
 彼が尋ねるよりも早く、クレモトはこんな状況下であっても平然とした様子で、けれども自信を持って話していく。

「僕の勘だけど彼女は生きてると思うよ。結構お金使ったけどウナギ二匹も吊り上げた実力者だしね。それもとんでもないドタバタ時に連続してね。一種の奇跡だよ」
『は?』
『……逆境に強い、と言いたいのですか?』
「少し違うかな? まぁ、そんなところでいいよ。彼女は面白いからね」

 不思議そうな声を出すZeOに続き、紫薔薇が尋ねる。といっても彼女の場合、ダム・Kの持つ看板が「逆境に強いの?」と書かれていたからそれを代弁しただけの事だが。クレモトは少し悩むものの、一応肯定した。
 シルティは何が言いたいんだろうと思ったものの、それは先ほどとは打って変わったZeOの緊迫した報告によってかき消された。

『南・東、両通路目掛けてリヴァイアサンからの襲撃確認! 数はそれぞれ二体、合計四体! 反応の大きさはカービィと変わらない為、何が起こるかどうかは分からないから注意して!!』
「うっひゃー、凄い解析力……。さすがは超遠距離でも一度関わってしまえば解析可能の大国至上最強のプログラム」
「呑気な事を言ってる暇は無い。……来た」

 クレモトが呑気な事を呟く中、シルティは軽く忠告すると体を南西へと向ける。
 廊下の通路、その天井にはぼんやりと暗闇を照らす松明だけでなく、不自然にも四角に空いた部分が複数あった。大きさ的にはざっと見て、普通のカービィよりも大きいけれどもシルティのような翼持ちならばギリギリと言ったところだ。
 その穴の二つ、カービィ大の光がそれぞれ勢いをつけて海底神殿の廊下の中へと飛び込んできた。しかしそれらは着地せず、空中で止まると光を止ませながら互いに翼を開く。
 一人は身をすっぽりと覆い隠せてしまいそうな水色の大きな帽子を被り、その体には不釣合いな大きさの翼を持った薄い水色の子供の天使。その手には羽を模した柄のついた大剣を持っている。
 一人は右斜め頭部にわっかを浮かばせ、その部分だけ穴の空いた薄緑の帽子を被った両目を半開きにさせた青:赤のオッドアイと左目部分を中心に広がるような傷跡を持つ灰色の天使。羽の方は小さめで隣にいる子供に比べると、酷くちっぽけなものに見える。
 子供の天使は剣を両手で持って構え、灰色の天使はそのままの体勢だが確かな殺意を向けて一同にこう言ってきた。

「この城を傷つけるつもりは無かったんだけど……」
「君達のお仲間さんがあの手段を企んでいる以上、放ってはおけなくなったんだ」

 二人の天使に対し、四人は一斉に警戒態勢を取る。その中でダム・Kは灰色の天使がこぼした言葉を聞いて思わず看板使って尋ねてしまう。それに対しては横目で見ていたクレモトが簡単に推測してやや呆れ気味に答える。

『あの手段って何!?』
「あー、多分ラルゴ君がえげつない事して聞きだした事じゃないかな? 彼、そういう手段の選ばなさに関してはレッドラムで相当有名だったからね。基本自分さえ良ければいい金の亡者だし」
『……つまり彼の行った事によってとばっちりが来た、ということですね?』
「そんなところ。……まっ、あの子供が出てきた時点で何かしら戦闘が起きる事は予測できていたけどね」

 紫薔薇の簡単なまとめに頷きながら、クレモトは目の前にいる天使両名に顔を向ける。
 同時にシルティが己の大剣を二人の天使に向け、一言こう言った。

「排除する」

 南通路にて、シルティチームと天使による海底神殿の戦いが始まった。

 ■ □ ■

 一方でケイト、ちる、ナース、黒臼のいる東通路。単刀直入に言ってしまえば、こちら側にも二人組の天使が襲来していた。
 ナースはその手に出没させた巨大注射器を天使達に向けながらため息をつく。

「はー、絵龍ちゃんを行かせた矢先に塔崩壊。でもってあなた達の来襲だなんて……サザンクロスタウンと同じぐらいの愉快さね」
「愉快って言葉で片付けられないと思うんですけど……」
「どちらかというとそう言いたいってところじゃないかな? それに、ちょっと相性が悪いしね」

 ナースの頭の上に移動したちるが苦笑する隣、ケイトは手を組みながら代弁する。その目線は天使……ではなく、黒臼に向いていた。
 その黒臼はというと、

「あが、あががが、あがががががががががが……」

 あんぐりと口を空けて目をまん丸と見開いて天使達を凝視していた。その様子は半分喜んでいて、半分ショックを受けているようにも感じていた。
 まぁ、それもその筈といえよう。今回は相手が悪すぎた。

「あ、あの、何を驚いているのですか……?」
「同情は駄目だよっ! 下手に油断したらリビィみたいに辛い目に合わされるから!!」

 一人は紫の大きな宝石がついた白いスカーフを金属製の飾りによって帽子のように縛って被っている水色の天使だ。尻尾が生えており、その先はひし形となっている。
 一人は右に悪魔の翼、左に天使の翼を生やした真っ白な天使だ。頭には触覚が生えている。その片方には小さな輪がついており、それは更に長く伸びている。先端はかなり鋭く、きらめいているのが遠目でも分かる。
 ……さて、ここで問題。この二体の年と性別は一体何でしょう?

「ゆ、ゆう……うん、そうだよね。あたし達の目的はこの人達がアレを起こさせない事だものね!!」
「そーいうことよ、シルク! 神の為の剣もいない、兵隊もいない、だからあたし達でどーにかしないといけないのよ!!」

 答え:一言で言ってしまえば「ロリ」である。
 まぁ、それでも戦闘に慣れているケイト、そういうのを気にしないナース、抵抗はあるものの戦えないわけじゃないちるの三名は大丈夫である。しかし極度のロリコンである黒臼からすれば……うん、論外。ってか無理です。
 やる気を出し、己等に戦意を向けた二人のロリ天使に対してケイトはため息をつきながらも構える。黒臼以外の二人も同様に戦闘体制である。それを見た黒臼は目を丸くして三人に問い詰める。

「え、やっぱり戦うの!?」
「いや、相手敵だから。ロリでも敵だから」
「罪悪感はありますけど、こちらにも譲れない事情がありますし……」
「それに向こうさん、何か持ってるみたいだからね。こちらとしてはリヴァイアサンのとばっちりが来る前に終わらせたい」
「いや、でもさー……?」
「! 仕掛けてくるよ!!」

 それぞれが説明するものの、黒臼は渋る。その時、二人の天使が動き出したのに気づいたケイトがクナイを二つ投げながら叫ぶ。
 投げられたクナイの先――二人の天使を見て、黒臼が叫び声を上げるものの天使の一人シルクが一歩前に出ると尻尾の先端を巨大化させてクナイを叩き落とすと、そのまま一同目掛けて急降下する。
 ちるは飛んでくるシルクの尾に対し、身を乗り出して衝撃波を出して応戦する。
 衝撃波が直撃した尾は一瞬勢いを無くしてしまい、シルクは痛みを感じて顔を歪ませる。その隙を逃さず、ケイトが能力を発動させようとしたその時、後方で待機していたゆうが何時の間にか持っていた槍を投げてきた。
 ケイトはそれを見て小さくジャンプして避ける。槍はケイトのいた場所に刺さるものの、独りでに浮かび上がるとケイト目掛けて飛んでいく。
 即座に空來凛守を発動し、壁を作り上げて防御する。ケイトはすぐさま後方に下がり、ゆうとシルクの二人に顔を浮かべる。
 いきなり始まった戦闘に対し、黒臼は双方を交互に見ながら驚愕に満ちた声を上げる。

「うそおおおお!? マジでバトルかよ、うそ、マジで!?」
「マジだよ! 向こう側はこちらを潰す気満々のようだし、ロリとかロリコンとか言ってる場合じゃ無さそうだよ」
「そーいうこと! 絶対、絶対に、アレだけは……アレだけはさせてやらないんだからあああああ!!」

 距離が距離だった為ケイトが黒臼に返した必然的に大声になってしまったので、それを聞き取ったゆうが同じぐらいの大声で己の決意を叫びながら再びその手に槍を持って一同に向ける。
 東通路でも、ケイトチームと天使による海底神殿での戦いが始まった。



次回「子供達の戦い」



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  • 最終更新:2014-06-15 18:15:16