第二十四話「それぞれの一夜」2

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Cパート「それぞれの一夜②」

 6.チャ=ワン、タービィの場合

 ほとんどいないとはいえど、良く見るとちらりほらりとダイダロス達がうろついている。
 ソプラノのマイクで一気に倒してタービィのボムで燃焼処分したとはいえど、やはりサザンクロスタウンの人口には勝てなかったようだ。
 元々本城城下町の次に大きい大都市だ。いくらマイクが強烈とは言えど、完全に退治できるではない。
 チャ=ワンはソプラノのマイクを思い出し、表情を痛そうに歪めながら耳を抑えつける。

「……思い出しただけで耳鳴りがしてきたでござる」
「大丈夫ぜよ?」

 その横に座っていたタービィがチャ=ワンの顔を心配そうに覗き込む。チャ=ワンはやや青い顔をしているものの、体調的には大丈夫なので頷いた。
 今二人がいるのはコンビニの屋上だ。心身ともに疲れているメンバーが多かった為、二人が見張りを立候補したのである。
 最初はタービィがチャ=ワンも休め、といったのだがチャ=ワンは一人でどうにかなる見張りじゃないといって自分も無理矢理見張りに立とうとしたのだ。
 それを見たタービィは何を言っても無駄だと悟り、チャ=ワンと見張りをする事にしたのである。
 今現在分厚い雲に見下ろされる中、二人の風来人は徘徊する死霊達に備えての見張りを続けている。

「しかし人生で二度もダイダロスの軍勢に巻き込まれるとは全く予想していなかったぜよ」
「拙者もでござる。九年前の悪夢は今も忘れられないというのに、まさかこうやって再び現実で目にする事になるとは……」
「……嫌でも思い出しちまうぜよ、うろつきまわっているゾンビどもを見ると」

 二人が思い出すのは、九年前の事。
 初めて否定の魔女トレヴィーニが公に現れ、その力を嫌というほど見せ付けた夜明国崩壊事件。
 ダイダロスの軍勢によって今回同様、人が人でなくなる悪夢と地獄の世界。
 生き残っていた仲間がダイダロスに変貌していたり、極限状態の中で発狂して自ら殺戮に走ったり、生きた人とダイダロスの判別ができなくなったり、死が死を読んでいくあまりに酷すぎた世界。
 昔と違って今は希望が複数存在している為か、三十人もいる為か、誰も発狂したりする様子は無い。もちろん二人ともこれでどうにかなることを望んでいる。だけど不安なのだ。
 あの否定の魔女が、あのキング・ダイダロスが、あの地獄を望む悪魔達が、そんな優しい展開を望んでいるわけがない。間違いなく、何かを仕掛けてくる。
 その確信がタービィとチャ=ワンの中に存在してしまっていた。
 ミルエとキング・ダイダロスが交戦中と聞いても、九年前とは全く違う条件なのが分かってしまったら安心はできない。
 キング・ダイダロスはトレヴィーニやオルカと違い、己の欲望と勝利を望んでいてその為ならば手段を選ばない外道なのだ。九年前と全く同じ結果で終わる筈が無い。

「ミル公の逃げ足の速さは忍び並だから、そう簡単にはやられていないと思うが……やっぱりキングの方が不安でたまらん」
「全くもって同感でござる。ラルゴ殿がいうには邪魔なエキストラの排除が目的らしいでござるが、それはあくまでもトレヴィーニ単体。キング・ダイダロスは何をやるかが分からんでござる」
「ユニコスって兄ちゃんの体を乗っ取ってるらしいし、強さにしても油断は出来んしな」
「ラルゴ殿が言うにしてはユニコス殿を乗っ取っただけにしては異常な魔力を感知できたとのこと。トレヴィーニの干渉か、もしくは違う者を喰らっているか……でござるな」

 そうだとすれば、一体誰が?
 現在のキング・ダイダロスの魔力の源が分からず、苦悩するチャ=ワン。
 だがタービィは唐突に話を切り替え、とんでもない事を聞いてきた。

「ところで話は変わるけどお前、シャラの嬢ちゃん好みだろ?」
「ぶふっっ!! いいいいいいいいいきなり何を言い出すでござるかぁっ!?」

 チャ=ワン、思い切り噴出して顔を真っ赤にしながらタービィに怒鳴りつける。
 分かりやすすぎる初心な反応を見てタービィはニヤニヤ笑いながら、話を続ける。

「もしもの話だよ。も・し・も・の! お前もそろそろ良い年なんだし、嫁さんの事も考えろって。全員生還できた時にラブロマンスに移項しても大丈夫って感じで」
「た、たた、たたた、タービィ!!!! ふざけるのもよしてほしいでござる! 拙者はまだそこまで考えておらんし、第一年齢でいうならば貴様の方が伴侶を考えねばならんでござろう!?」
「オレっちみたいなろくでなしに惚れる女なんぞおらん!」
「自覚しているんなら、食い逃げをやめんか貴様はーーー!!」

 真っ赤になって反論するチャ=ワン。
 でもタービィがそれが面白くてたまらなく、腹部分を抑えながらニヤニヤ笑って本題に戻す。本題とは当然嫁さんについての事です。

「なぁに、そんな真剣に考えなくてもいいって! 一種の息抜きみたいなもんぜよ。だから気楽に好みかどうか答えろ」
「き、嫌いなタイプではござらんが……いや、それよりも何故シャラ殿?」
「1.チャ=ワンの好きなタイプは大人しくて気配りの聞く子、大和撫子系統に近い方が更に好み。情報源は寺小屋時代のお前。2.歌の嬢ちゃんはせいぜい友人どまり。3.狐の嬢ちゃんはシャラの嬢ちゃんに物凄く懐いているし、趣味が間違いなく合わない。4.ナース、論外。5.オレっちよりもシャラの嬢ちゃんの方優先してたから」
「2から4、特に4はものすっごく納得できるけど1と5はどういう意味でござるか! 昔の事を引っ張り出さないでほしい、というか拙者はシャラ殿に関しては戦闘能力の面で心配していただけでござるよ!!」
「お前なぁ、それならオレっち蹴飛ばしてまで助ける必要性あるかぁ!? あの時は本気でダイダロスの仲間入りするかと思ったぞ!!」
「あ、あの時は無我夢中で……。その件に関してはすまんでござるよ、ロリコン侍」
「待て。何でロリコンなんて単語が出てくるんだ、ここで」
「いや、いくらシャラ殿の親友とはいえどシアン殿はシャラ殿と年齢離れておるし、タービィの年齢を考えると、犯罪ではござらんか……?」
「待てえええええ!! オレっちはロリ、興味無いぜよ!! だから勘違いするな。ってかお前、さらりとシャラの嬢ちゃんを出したってーことは認めてるんだな? 好みだって認めてるんだなぁ?!」
「……そんなもの関係なかろうがっっ!!」
「ござるじゃなくなったって事は図星だな、テメェェェェェェ!!」

 ギャアギャアと叫ぶ風来コンビ。当然声でかいので、下のコンビニにも響く響く。
 その為、大声聞いてブチ切れたナースが屋上に乗り込んできて怒鳴りつけてきた。

「あんた等うるさいわよっっ!! ってか誰が論外で納得できるんじゃ、ボケェェェッ!!!!」
「「うわっ、鬼が出たっ!!」」

 ちなみにこの時ダイダロス気づいてたんだけど、空気読んだのかナースの恐怖感じたのか近づいてきませんでしたとさ。

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 7.ソプラノ、ローレン、エダムの場合

 睡眠を要求してくる体に耐え切れず、エダムは会議から離脱した。
 ナースは上でどたばた騒いでいる見張りの二人を叱り(どころの話じゃないと思うが)に向かい、コーダと豪鉄はこのまま話し合いを行うつもりのようだ。
 良く体が持つなぁ、と思いながらエダムはダンボールの上に寝転がる。その時頭が何かにぶつかり、なんだろうと思って見上げるとソプラノの顔が見えた。

「うわっ!?」

 エダムは驚き、慌てて起き上がる。
 さっき寝転んだ拍子に当たったのがソプラノの足だと気づき、どう謝ろうかと上手く回らない頭で考えるものの当のソプラノは気にせず明るく笑う。

「足に当たったぐらいで驚きすぎだよ。えと、エダム君だっけ?」
「あ、はい。豪鉄さんのアシスタントを担当しているエダムといいます」
「豪鉄さんってこの街の守護担当だよね? そのアシスタントをしてるなんてエダム君って凄いね!」
「あ、そ、それほどでも……」

 素直に褒めるソプラノの笑顔を見て、エダムは顔を赤くさせる。
 テレビなどでソプラノを見かけるのは良くあるのだが生で、しかもこんな至近距離で笑顔を見せ付けられると破壊力がありすぎる。
 ソプラノの顔がまともに見れず、エダムが真っ赤な顔を俯かせる。
 その時ソプラノの横で寝転がっていたローレンがゆっくりと起き上がり、とてつもなく嫌な事を言い放った。

「……守護する筈の街をものの見事に最悪の形で乗っ取られた奴のアシスタントって凄くないと思うんだけど?」
「なっ!?」

 あまりにも侮辱的なその言い方にエダムが怒りを覚え、怒鳴りつけようとしたがソプラノに静止される。そのソプラノの顔も静かな怒りが宿っており、ローレンを見つめている。
 ローレンはそっぽを向いている。ソプラノはローレンの頭をつかみ、無理矢理自分と向かい合わせて静かな声だけど強い口調で言う。

「ロー君、その言い方は酷いよ。謝って」
「やだ。謝らない。僕さまは正直に思った事言っただけだもん」
「駄目だよ。エダム君に謝って」
「やだ。マイク使った馬鹿の指図なんて誰が聞くもんか」
「……いい加減にするの!」

 子供のように駄々をこねるローレンに対し、ソプラノが声を荒げる。
 いきなり大きな声を出した彼女にローレンと黙って見ていたエダムがびくっと体を震わせ、ソプラノを見る。
 ソプラノは注目されるのを無視し、ローレンの額に己の額をつけて言った。

「カル君が死んで悲しいのは分かるけど、それを誰かにぶつけるのはもっと悲しい事だよ」

 優しく注意するその口調は幼い子供を叱る母親のようだった。
 声を出して怒りをあらわにする事も無く、下手な慰めも入れない。
 ローレンは自分の中の苛立ちが少し解消された気がして、つい口を開いてしまう。

「昔ならこんなにイライラする事も無かった。少なくともレッドラムを拠点にして暴れていた時はね。カルベチアと出会っても、互いにそんな気持ちだった筈。……なのに、何時の間にか変わってた。原因はやっぱり地雷君と人形屋敷かな。アレを見たら、誰かを信じるのも悪くは無いって思っちゃったんだよ」

 そう言って、ローレンはぽつりぽつりと人形屋敷の事を語り出す。

 神器を預ける為だけにお姫様に近づいた中途半端な王子様のこと。
 中途半端な王子様だけを愛して愛して愛して愛して愛して壊れてしまったお姫様のこと。
 お姫様とお姫様の大好きな人形が王子様を求め、様々な人を人形屋敷で喰らっていったこと。
 己とカルベチアも人形屋敷に閉じ込められた。王子様の格好と似ていたって理由で。
 だけども、無事に脱出する事が出来た。人形の王子様の手によって。
 銃器狂、伸縮自在のぬいぐるみ、緑お化け、冥界の主も加わっての壊れたお姫様との最終決戦。
 だけどもお姫様は倒されたんじゃない。救われたんだ。真の王子様の手によって。
 それは暴力でも魔力でも能力でもない。言葉と彼女を救うという王子様の思い。それがお姫様と人形を解放させた。
 レッドラムや世界大戦では決して見ることができない、その優しさにどこか惹かれるものがあった。
 認めたくはなかったんだけど、あの王子様のように誰かを純粋に思う事も悪くはないと思ってしまう。自分のキャラじゃないというのに。
 だけど己の“相棒”だったカルベチアが死んで、その思いを否応無く分かってしまった。
 世界大戦やレッドラムじゃ誰かが死ぬことは珍しくないというのに、慣れている筈なのに、どうしてたった一人の死でこんなにも悲しいと思う?
 そんなの簡単だ。自分がカルベチアの事を気に入っていたからだ。だから悲しい。

 途中から、自分の思いを呟きだすローレン。
 人形屋敷の事を語っている内に、カルベチアとの事を思い出して悲しくなったのだろう。その証拠なのかローレンの瞳がどこか潤んでいた。

「……ローレン」

 エダムは語りを聞いていく内に自然と狂気の人形屋に対しての怒りが消えていた。
 人形屋敷から繋がる悲しみの思いであるその愚痴は、どんな人でも持っている単純な思いだった。
 ソプラノはローレンから少しだけ顔を離し、彼の頬を優しく撫でる。

「隣にいてあげるからさ、泣いていいよ?」

 ローレンはそれを聞いてソプラノを見る。
 彼女からにじみ出る誰かを思うその気持ちは、ナグサとどこか重なっていた。
 あぁ、やっぱり重傷だと思う。つくづくナグサに関わるんじゃなかったと思う。だけど、それでも嫌ではないと思うのは何故だろうか。
 カルベチアの事で整理ができそうで、人形屋敷の事を思い出して己の中の彼の認識が変わろうとする。

『黙れえええええ!! うるさい、うるさい! 静かにしてよ!! お前の言葉は酷すぎる!! やっぱりお前は悪い魔法使いだ!! 悪い魔法使いを倒すのはお姫様なんだ!!』

 が、人形屋敷で思い出したのがよりにもよってナグサの言葉攻めでブチギレしたコッペリアであった。
 本気で死に掛けたこの時の事を思い出し、ローレンは先ほどの認識の改めをやめた。というか認めたくない。
 この時の事を思い出して徐々に腹が立ってきたローレンはソプラノとエダムに顔を向ける。

「……お二人さん」
「なーに?」
「え、何?」
「ナグサに会ったら本名で呼ばず、地雷大好きカービィ呼びで宜しく。長かったら地雷君で良いから」
「「へ?」」

 思わぬ言葉に首を傾げる二人。何ゆえ地雷君呼び?
 ローレンからすれば過去の事を思い出して、ちょっとイラッとしたんでナグサに八つ当たりしたくなっただけである。
 そんなつまらない理由からの言葉に理解できないけど、ソプラノは承諾する。

「良くわかんないけど了解したよ、ロー君。要するにナグサ君の事を地雷君って呼べばいいんだね?」
「そっ。絶対地雷君喜ぶから、とびっきりの笑顔で宜しく」
「分かった!」

 どう考えてもナグサへの嫌がらせです、ありがとうございます。
 ローレンとソプラノがそんな感じで談笑する中、エダムはちょっと面白くなかった。
 どうして面白くないのか、どうして不機嫌なのかは分からない。ただソプラノがローレンと話しているのを見てると、ちょっとだけずるいと思ってしまったのだ。

 彼はそれが芽生え出した思いだって事に気づかない。

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 8.シャラ、シアンの場合

 何人かがどたばたどたばた騒いでいる中、シアンは何をすればいいか分からなかった。
 本来ならぐっすりと休みたいところなんだが、連日連夜の不規則的生活が災いして中々寝つけられない。ニコニコ動画を楽しもうとしすぎたせいだろうか。
 それ以外の理由を思い返すとやる夫スレやパロロワとかなのはや種死のクロスSSのリアル投下に遭遇して支援しながら見てたり、好きなサイトのキリ番狙ったり、絵茶の深夜合作に参加して興奮したり、連載している小説を書きまくっていたり、世界大戦についてちょろっと調べて議論してみたり……。
 パソコン関係以外何もやっていない事に気づいて、ものっすごくへこみそうになった。引きこもりの自覚はあるものの、ここまで酷かったとは。

「……常識的に考えて、生き残っているのが夢みたいだ」

 ホイールでダイダロスの間くぐりながらの決死の大逃亡も今なら夢かと思えてくる。
 だけどコンビニの自動ドア越しに見える外には、やはりダイダロス達が典型的なゾンビ的行動をとっているのが嫌でも目に入ってしまう。すぐに顔背けた。
 頭の良さそうな人達が脱出の会議をしているけれど、そう簡単に上手くいくとは思えない。というかどう考えても失敗のフラグしか見えない。しかも唯一の出口が至上最悪のラスボストレヴィーニがいる元空港の魔女の城ってどーよ? そんなところに突撃するなんて死亡フラグが立ちまくりなんですけど。あぁもう、何でサザンクロスタウンに生まれちゃったんだろ。自分。
 こんな感じで憂鬱になってきたシアンのもとに、タービィとチャ=ワンを見に行った筈のシャラが戻ってきて隣に座る。

「シアンちゃん、さっきから百面相してるけどどうしたの?」
「あ、シャラ。見張りのやかましいおっさん達見にいったんじゃなかったの?」
「いや、ナースさんが物凄い形相で先に行っちゃって追いかけっこはじめちゃって……」
「……アホか、おっさん等」

 シャラの苦笑交じりの説明と更に煩くなっている天井からの声を聞いて、シアンは頭痛がした。
 本来ならば大チャンスに近いのだが、ダイダロスも空気読んでいるらしく今は襲い掛かってこない。今回だけは物語の如く待ってくれるダイダロスに感謝した。一瞬だけ。

「それにしても九年前と同じ事がこの街で、再び起きるなんてね」

 同じようにダイダロスを見たシャラが悲しそうな顔をして呟く。
 シアンはシャラに振り向く。彼女の顔を見て心配になり、咄嗟に話題を変えに出る。

「あ、えと、ウチはその頃四歳なんだっけ。で、シャラが八歳?」
「そうだよ。といっても私は安全圏で眺めていただけなんだけどね。確か夜明国に攻め入った父さんが死んじゃったんだっけ」
「……すんません」
「いいのいいの。何とか振り切ってるし、何時までもくよくよしてたら二人に怒られちゃう」
「いや、でも……って二人?」
「うん。母さんも世界大戦で亡くなってるの」

 シアンはシャラの両親の事を聞き、驚くものの心の奥底では「やっぱり」という思いもあった。
 シアン本人は良く覚えていないものの、興味本位で世界大戦について調べていたからその限りない戦死者回数も知っているし、家族を失った人なんて当たり前だっていうことも知っていた。
 だからシャラの家族が死んでいても何もおかしくない。そんな判断が出来てしまった自分にシアンは嫌になった。
 年は違うけど、大好きな親友だというのに。
 シャラはそんなシアンの心でも読んだのか、優しく微笑みながらこんな事を語り出した。

「私ね、二人が死んだ時はとってもショックだったの。父さんはさっき話したとおり、母さんは魔女狩りで殺された。その後私は孤児って理由で大国に保護という名目で奴隷にされちゃったし」
「……それ、どう考えても笑って話す理由じゃなくね?」
「うん、そうだね。奴隷になった時、私はすっごく恐かったよ。何をされるんだろう、ってね。でも、私を奴隷として引き取った人は優しい人だった」
「へ? どゆこと?」
「命じるのは身の回りの事ぐらい。奴隷、というよりはお手伝いさんみたいなものかな。今思い出すと」
「あ、そうなの。で、誰に保護されたのさ?」
「シアンちゃん、ぜーったいびっくりするけど良い?」
「大丈夫大丈夫。ちょっとぐらいなら驚かんよ」
「ホワイト隊長でも?」
「……………………………は? ホワイトって、あの四番隊隊長の?」

 シアンは幻聴かと疑ってしまった。
 大国防衛隊四番隊隊長ホワイトは世界大戦以前から存在しているかなりの古株であり、尚且つ謎の多い白き剣士。その実力に勝るものはおらず、防衛隊内部でも最強といわれている。
 不老疑惑があってそれを証明するように悟った一面も持っているし、何かに執着する様子も見せない。まるで仙人のような人だといわれている。
 シアンからすれば、そんな大物中の大物が当時奴隷だったシャラを引き取ったなんて事実が信じられないのだ。
 シャラはその反応を予想していたのか、普通に頷く。

「うん。そのホワイト隊長。当時はかなり騒がれてたよ? あのホワイト隊長が幼児の奴隷を引き取るなんて時代はロリコンまっしぐらなのかって」
「何でそっち方向に繋げたがるんだ」
「それはどうでもいいとして。私を保護してくれた理由はね、とっても簡単なものだったの」

 シャラはそこで区切ると、自動ドア越しに見える夜空を見る。
 分厚い雲が三日月を囲むように包んでいて、あらわにされた三日月は悪夢都市には場違いなほど綺麗に輝いていた。
 シャラは懐かしむように静かにこう答えた。

「……私の母さんが奏でていた音色を、私の音色としてもう一度聞きたかったんだって」

 そういってシアンに視線を戻す。シアンはパチパチと瞬きしながらシャラを見ている。
 シャラは当時の事を思い出しながら優しい母のような微笑でシアンに語る。

「だから私は母さんと同じ演奏家になったの。母さんの音色が皆の心を癒したように、私も沢山の人の心を癒してあげたいから。母さんの歌を聞きたいと思う人の願いを叶える為に。だから、私は母さんが死んだ事に囚われていない。だからそんなに気にしなくていいよ」
「……って、それが言いたかっただけ!? 話なげぇよ!!」
「あ、ごめんね。話長くて」
「いや、別にいいけどさ。……あたしも、それで助かった一人なんだし」

 謝るシャラにそっぽを向くシアン。その顔は若干赤くなっている。
 そんなシアンを見てシャラはくすくす笑う。そんな二人が思い出すのは初めて出会った日の事。

 まだ引きこもりにならなかったシアンが偶々夜に外出したある日、子守唄のように優しいハープの音色に導かれて小さな公園へとやってきた。そこで出会ったのは当時新米演奏家のシャラ。
 シャラが奏でていた音色はシアンにとって今まで聞いた事が無いものだった。とても優しく、とても深く、聞いているだけで心が救われるようなそんなメロディ。
 シアンは一瞬でそのメロディの虜になった。
 それからだ。毎日毎日シャラのメロディを聴きにいくようになったのだ。
 そこから自然に二人は仲良くなっていった。親友といえるレベルまで来た時、シアンが引きこもりになった。そしたら今度はシャラがシアンの家にやってくるようになった。
 最初こそシアンは拒んだものの、シャラは粘った。粘って粘って粘り続けた。そしてトドメと言わんばかりにあのメロディを奏でた。
 それを聴いた瞬間、シアンはシャラを拒むのをやめた。
 それからというものの、シャラはよっぽどの事が無い限り毎日シアンに会いに来るようになった。
 シアンもシャラにだけは心を開き、その時だけはゲームやパソコンから離れている。

 シアンは過去を思い出し、あのメロディをもう一度聴きたくなった。
 だけどもう夜遅くだし、コーダと豪鉄が会議を行っているから邪魔になる。
 我慢するしかないかと思ったその時、シャラが小さな声で歌詞無き歌を歌いだした。その音程と音色は明らかにあのメロディのものだった。
 シアンは驚き、シャラを凝視する。シャラは小さく微笑み、こう言った。

「昔の事を思い出したら、これ奏でたくなったの。でも邪魔になるからこれで我慢しようと思ったの。シアンちゃん、こんな小さな歌でもいいなら何時もみたいに聞いてくれるかな?」
「……もちろん! シャラの歌だったら、何でも聴く!!」

 シアンは強く頷き、シャラのメロディを聴く。
 とても小さな声で歌詞の無い歌だけど、シアンにとってはあのメロディで尚且つシャラが歌ってくれているから何よりも勝る歌だ。
 シアンとシャラはこの歌と共に、単純だけど深い気持ちを心に浮かべる。



 目の前の親友が大好きだって気持ちを。


 

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Dパート「それぞれの一夜③」

9.ラルゴ、カタストロ、フズ、アノ+カスの場合

 一、二時間ほど話し合いは続いたものの、進行役であるラルゴがついに疲労のピークに達してしまい、ぶっ倒れてしまった。
 キューピッドとの戦闘によって体力魔力の消費、決して話を聞き取る事が出来ない立場、しかもコンピューターから送られる情報にまで気をつけなければならないから神経を相当消費するのは明らか。
 さすがに体がもたなくなってしまったのだ。ってか寧ろここまで休み無しで持ったのが奇跡とも言える。
 参加していたメンバーももたなくなったらしく、各自休息に移っている。
 粗方の議題は話し終えた後だし、明日に引きずる事はほとんど無いのでタイミング的にも十分良かったとも言える。
 寧ろそこまで進めたラルゴに感服する。

 そのラルゴはというと、椅子に体を任せたまま静かに眠っていた。
 よっぽど疲れていたのだろう。カタストロが頬をぷにぷに触っても全く起きる気配が無い。
 キューピッド滅茶苦茶強かったもんな、と思いながらカタストロも眠りにつきはじめる。
 チラリとフズを見る。フズはアノ+カスに出してもらった毛布に包まりとっくに眠っていた。無理矢理拉致されて、こんな悪夢都市騒動に巻き込まれたら心身ともに疲れてしまうのは当然だ。というかトラウマレベルになってもおかしくない。
 ここまでもっていられる精神に内心拍手しながらも、カタストロはゆっくりと瞼を閉じながら呟く。

「……本当にどうなるんだろうね、自分等」
『僕は知らないよ?』
『俺は知らないぜ?』
「って独り言に返事するな」

 アノ+カスから返事がきてしまい、カタストロは呆れながらつっこんだ。
 この二人は眠る事が無いらしく、それを知ったラルゴが指示した事を明日までに行えるようにさっきから働いている。
 何をやっているのかは気になるけれど、今は眠気の方が強すぎてカタストロの瞼が自然に閉じていく。

 少しだけ懐かしい夢を見た。
 自分がラルゴと初めて出会った日の夢。
 狂気の人形屋が城下町内部に入り込んで一部地方がパニックになってる時、色々あって自分が人形屋と戦う羽目になった事件。
 攻撃力だけならば自分が上だったものの人形屋の能力に翻弄されていたのとその時民間人を庇いながらだったので苦戦。
 そんな時、騒動を聞き取った何でも屋のラルゴが現れた。
 どうして出てきたのかその時は分からなかったけど、手助けしてくれるなら何でもいいと考えて共に人形屋を追い払った。
 一安心し、自分はラルゴにお礼を言った。それが悪夢の始まりだった。
 だって返事が「救い料は百万Odだ」という金銭主義者そのものの言葉だったんだから。
 しかも払えないなら、体で払えといって無理矢理アシスタントにされちゃったし。
 当然その時は逃げたものの、黄金の風が吹く手前で捕まってしまった。その時魔道書をミルエ・コンスピリトに盗まれたって言ってたからアホかと思った。
 借金チャラにするから色々と手伝えと強要され、結局自分はラルゴと同行する羽目になる。
 ……何かちょっと腹立ってきた。

 腹立った感情が体に出たのか、カタストロは寝返り打ってラルゴの寝ている椅子に裏拳を入れた。
 ラルゴ、頭から床にごっちんこ。おお、涙目で何があったんだと混乱している。あ、でも眠気に負けてすぐに寝た。

 そんなこんなで、東エリアを除いてはほとんどの者達が眠りについていた。

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10.東エリアの場合

 拝啓、天国か地獄か分かんないけどあの世でイチャイチャしているお父さんお母さんへ。
 通称ダム・Kと呼ばれているあなた方の息子である自分はただいま、悪夢と化した都市の中でまさかの怪獣大決戦を見物している真っ最中です。
 あぁ、ふざけておりません。滅茶苦茶信じたくないことに現実です。自分でもこれが夢だと思えたらどんだけ、どんっっっだけ! 救われた事か!!
 でも悲しい事に現実なのよね、これ。

「ふふふふははははははははははははははははは!!!! 楽しい。楽しいぞ、マナよ!! あぁ、これほどまでに残虐に、暴虐に、冷酷に、けれども笑顔で! この大国至上といっても過言でない、この妾を! こんな形で傷つける男なんぞ、貴様しかいないのだからなぁぁぁぁぁ!!!!」

 現在自分が立っている高層ビルの屋上と全く同じ高さに位置する空中にて、凄まじい高笑いをあげているのはさっきまで大国至上最も美しく最も強い女性でした否定の魔女トレヴィーニ。
 えー、現在彼女は右半身がありません。左半身のみで浮かび上がってます。真っ二つになっており、もう血がドバドバドバドバ落ちてます。正直言って見てて吐きそうです、泣きそうです。
 普通ここまでされりゃ死んでる筈なんですけど、トレさん生きてます。黄金の風を体に纏わせて徐々に復活していってます。しかも残っている左半身からゆっくり肉が出ているグロテスクな形なので、もう本当に泣きたいです。

「そりゃそうでしょうね。あなたのような反則だらけの戦争狂魔女<ウォーモンガーウィッチ>を大根おろしの如くすり減らしたなんて、私が初めてでしょう。でも私、あなたのその褒め言葉を聞いて心底ドン引きしているんですよ。だって普通、そんな嬉しそうに反応しませんよ? マゾでも死んでますって。あなた、マゾ超えてますよ。サディスティックウィッチからマゾヒストウィッチに転職するにも程があります」

 一方でマナ氏はもうすっごい綺麗なキラキラ爽やか笑顔で元気に暴言吐きまくり。毒舌ってレベルじゃねーよ!!
 あぁ、これがついさっき否定の魔女の顔面を高層ビルに押し付けて物凄いスピードで地面まで下っていって、彼女の顔面を大根おろしの大根のようにめっちゃ削って子供は見ちゃ駄目トラウマになっちゃう映像にした人なんですね。
 マゾヒストウィッチことトレさんはというと、そんな暴言すらも笑い飛ばして元気に言い切ります。

「妾は事象の化身である魔女! このぐらいしなければ痛みにならん!! さぁ、続けようぞ。花婿に相応しいと認めた魔術師、マナよ!!」

 トレさんの全身が黄金の風で一瞬包まれるけどすぐに晴れる。
 晴れたそこにはまぁ、びっくり! カービィ特有のまんまるお姿を取り戻し、真っ白な花嫁の姿に戻った無傷の否定の魔女がおりました。チートにも程がございませんか?
 二人は互いに何も知らない異性ならば確実に十人ぐらいは落とせそうな綺麗な(けど真っ黒い)笑顔を浮かべ、体を向かい合わせる。
 直後、マナ氏から銀色の弾幕が、トレさんから金色の弾幕が発生して互いにぶつかり合いだした。しっかも両方共に数が半端ない。
 だって、あまりの多さに向こう側が見えないどころか中で戦っている二人の姿すら見えないんだもん。無数にありすぎる金と銀の弾幕のせいでさ。
 ただただ両方共にスッゲー元気に戦闘しているのはさっきから感じる魔力の大きさでよーく分かる。とりあえずトレさん、楽しいからって笑い声あげすぎです。あんたはうみねこの魔女ですか。

「……以外に冷静なんだな、お前」

 あまりにありえない戦闘光景に自分が呆然となっていると、横から声をかけられた。鬼太郎もどき、基ソラさんだ。
 ちなみに自分は全く冷静ではなく、できる限り明るく振舞って現実逃避しているだけです。実際今だって顔から冷や汗でまくりだし。
 とりあえず看板で違うとお知らせしておこう。

『いや、ものすっごく逃げ出したいぐらい涙目です』
「普通に返せる分、まだ冷静だろうが」

 ですよねー! と返したくなるぐらい、あっさり言い切られました。
 その隣で現在戦闘中のカービィと魔法使いの皮を被った怪獣二名は弾幕消して、何時の間にか出したカービィサイズを余裕で超えている巨大剣でぶつかり合ってました。剣同士でぶつかる時、かなりの魔力が放出するので正直言ってお肌に痛いです。肌荒れます。目にきます。めっちゃきついです。
 あ、トレさんがマナ氏を剣の面で思い切りぶっ飛ばした。あー、マナ氏綺麗に吹っ飛んでますねー……。ってマンションの壁に激突して埋め込まれたよ!?
 けど普通に抜け出して某白い悪魔のような極太砲撃で反撃するのもどうかと思いますぞ、マナ氏。
 そしてそれを「否定」というズルすぎる技で無効化するのもどうかと思いますぞ、トレさん。
 あぁ、もうツッコミが追いつかないよ。この怪獣大決戦。こいつ等がゴジラとかガメラとかの怪獣に変化しても全く違和感が無いと確信しちゃうのは自分だけだろうか。

「トレちゃんは怪獣じゃなくて魔女だよー?」

 いや、それは分かってるよ。これはただの例え……って待て。今、誰が自分の心読んだ!?
 自分の心読んだらしき幼女の声が聞こえた後方に振り返る。ソラさんも聞こえていたのか、ほぼ同時に振り返っていた。
 振り返った後方にいたのは二人。
 話しかけてきた幼女はかなり奇怪な姿をしていた。ナイトメアシティで大量生産されちゃったダイダロスと同じ死体のような体色と色が無駄に変わり続けるを持ち、背中にガラスのように薄く滑らかな七対の虹色羽を生やしていて、七つの水晶がついた輪を頭に浮かべている。……最終鬼畜妹フランドール・Sを連想したのは間違いなく自分だけじゃない筈だ。
 その後ろにいるのは羽のついた緑の帽子と銀色の拳銃を持った桃色の女の子。あ、良く見るとミルエさんだ。何やってんの?

「……お前、何者だ?」

 ソラさんはすごい険しい表情で幼女を睨みつけている。そんな恐い顔してると逃げられますぞ。
 でも幼女は全く怯む事無く、無邪気な笑顔で答える。

「ノアはノアメルト・ロスティア・アルカンシエルだよ! うーんと不揃の魔女っていえば、どんな存在か分かるよね?」
「……否定の魔女の同類ってわけか」
「そんなとこ! でもノアはトレちゃんみたいに暴れるつもりは無いよ。今のところはね」

 名前無駄に長いよ。しかも不揃の魔女というトレさんの同類ってマジっすか。

「うん、マジだよー」

 人の心読むな。無邪気な笑顔とロリに免じて許すけどさ。
 そんな自分を他所に不揃の魔女ノアメルトことノアちゃんは桜の花がついた手裏剣を取り出し、ソラさんに無理矢理手渡す。
 手裏剣を受け取ったソラさんは一瞬表情を歪ませ、すぐに放心したような顔でノアちゃんを見る。その目は信じられないと言っていた。
 だけどノアちゃんはにっこり笑って返す。

「それは本当に少ない情報だけど真実だよ。幾つかはノアメルトが補強しておいたから、余計にね」
「……もしこれが真実だとするならば、ベールベェラは」
「ハッキリ言って絶望的。でも暗黒騎士の名前にはピッタリな状態だよ!」

 無駄に明るく言い切ったノアちゃんにソラさんが凄まじい形相で睨みつける。ハッキリ言って虎なんて目じゃないぐらい怖かった。
 隣の無駄に騒がしい戦闘音がBGMとなっている中、ノアちゃんは全く動じる事無く話を続けていく。

「さてと、ノアから架空の勇者さんにお願いしてもいいかな? 等価交換ってことで」
「……」
「そんな怖い目で睨まないで、怖いよ? ……さっさとお願い言わなきゃ駄目?」

 黙って睨みつけるソラさん相手に特徴的な瞳に涙を浮かばせ、頬を赤く染めて首(顔?)を可愛らしく傾げるノアちゃん。
 ハッキリ言ってその姿は核爆弾級と言っても過言ではないぐらい可愛い。ロリコン相手にやったら、まず間違いなく昏倒する連中が五百人を軽く超えるであろう。
 ってかさ、こんな可愛い子が否定の魔女と同類の存在なんて誰が信じる! 確かに虹とか輪とか羽とかは最終鬼畜妹そっくりだけどさ、これは天使の分類だろ。正義の分類だろ。可愛いは正義って良く言うじゃないですか。自分、今まで信じてなかったけどさ、これからは信じられそうだよ。
 だけどソラさんは全く反応せず、睨みつけているままだ。ちなみに自分は屈しかけた。
 ノアちゃんはそんなソラさんの反応に対し、意外にも太陽のようにまぶしい笑顔を浮かべた。

「一生懸命な勇者さんに免じてお願い言うね! お願いはね、もうすぐ起きるお祭りに参加してほしいってことなの! こちらのワルキューレちゃんと一緒にね」
「だからお祭りってなーに?」

 そう言いながら、ノアちゃんは今まで黙って話を聞いていたミルエさんに顔を向ける。
 ミルエさんの方はというと、事情を説明されていないのか頭にクエスチョンマークが浮かんでいるように見える。
 ってかミルエさんと同じくお祭りが意味分からんのだが。

「……お祭りだと?」
「そっ。実質的主催者はキング・ダイダロス。トレちゃんは自分からマナ氏の足止め役やっちゃってるし、関与は深く出来ないんだよね。だからさ、できる限り生かしてほしいんだ。物語をこんなつまんない形で終わらせない為にもね」
「解せんな。お前は何故そこまでする?」

 確かに理解不能だ。
 トレさんの同類って事は幾ら可愛いが正義といえど、この子もやばい魔女。だから……あんまり考えたくないけど、戦争とか皆殺しとか好きな筈だよね? いや、自信ないけどさ。
 その質問に対し、ノアちゃんは両手をゆっくりと前に出す。するとそこに何の前触れも無く唐突に黄金色で書かれた奇怪な魔法陣が表紙に飾られている真っ白な本が出現する。
 ノアちゃんは真っ白な本を抱きしめ、その表紙を撫でながらこう言った。

「ノアメルトは物語の味方なだけ。だから主人公達の味方でも敵でもないし、悪ノ魔女達の味方でも敵でもない。ただ誰もが望んでいる結末に導けるように物語を手助けしているだけ」

 真っ白な本の表紙に文字が浮かび上がる。見慣れない文字だけど、読めない事は無い。
 すごい綺麗な書体で『NegativeWhich』って書かれているようだ。魔法陣同様に黄金色で。……どー考えてもトレさん関係です、ありがとうございました。
 本をぬいぐるみのように抱きしめるノアちゃんにソラさんは何かを悟ったのか、睨みつけるのをやめて慈しむように見つめる。

「……誰もが望む物語の味方。それが不揃の魔女のノアメルト・ロスティア・アルカンシエルがここに存在する理由か」
「そうだよ。でも、ただ見ているだけじゃつまらないから色々とちょっかいやおせっかいはするけどね」
「だから銃の戦乙女と俺に接触してきたのか?」
「うん。それと予期せぬ遭遇ありなの」

 そう言ってノアちゃんは今までスルーしていた自分にぱたぱた羽を動かして、傍まで寄ってくる。
 天使の如く至高といっても過言ではない可愛らしいロリを間近で見れるのはものすごく嬉しいんだけど、それを上回るぐらいに物凄い嫌な予感がする。
 あぁ、この気持ちは前にも味わった事がある。確かトラック大ジャンプでサザンクロスタウンに強引に乗り込んだ時だったかな。あははははははは。
 ノアちゃんがサザンクロスタウン、いや、大国一といってもおかしくないぐらいにキラキラした無邪気な笑顔でこう言った。

「魔法の鏡、見つけ出してほしいの! あなたなら出来るから!」

 眩しすぎる笑顔なんだけど、自分はその言葉の意味が分からなかった。
 魔法の鏡って何? 白雪姫? ラーの鏡? 八咫鏡? いや、こんな状況でそんな鏡必要とするわけないよね?
 うん、背中に冷や汗垂れまくり。嫌な予感的中しまくっている可能性大。
 自分の気持ちでも読み取ったのか、ノアちゃんはにこにこしたまま言葉を続ける。尚、それは無邪気というかどうかは難しかった。

「大丈夫だよ、あなただからこそ頼める。……出来なかったら、あなたずーっとこの街にいる羽目になるから命を賭けて探してね?」

 全然無邪気じゃない。というか後半、笑みが黒かった。黒いロリって邪道にも程がある。やっぱり魔女だよ、この子。
 ノアちゃんは放心しかけの自分の手を片手で握るとこんな事を言い出した。

「ダム・Kに降りかかる様々な事象に対し、ノアは矛盾を容認しちゃうよ」

 次の瞬間、目の前の光景が歪んだ。
 ぐるりぐるりぐるりと回転していく。色も光景も何もかもが混ざり合ったマーブルの世界が回転しているのか、自分が回転しているのか、両方回転しているのか分からないけど、もう回転しているとしかいえないぐらい回転している。だけども不思議と目は回らない。
 一体何をされてしまったんだろうと考えたその時、マーブルの世界がゆっくりと戻っていった。

 だが戻った世界はさっきまで自分がいた無限の魔術師VS否定の魔女の会場ではなかった。

 何故か所々床が濡れている真っ青な蝋燭が明かりとなっている薄暗い石造りの廊下。それが今、自分のいる世界であった。
 周りを見渡しても自分一人しかいない。ソラさんもノアちゃんもミルエちゃんもマナ氏もトレさんも誰一人としていない。
 一体自分に何が起きた? 第一ここはどこなんだ? ノアちゃんは自分に一体何をした!?
 あぁもう、全くもって意味が分からん! ダイダロスだらけの街中に取り残されただけでも精神的に大ダメージだっていうのに、味方から切り離されるなんて酷いにも程がある!!
 頼むから誰か説明してくれ。そして出来れば助け出してくれ。

「オイ、ソコノオマエ。ナニヤッテンダ?」
「ミハリ、サボル、イクナイ。オウサマ、オコル」

 その時、やや離れた後方から二つほど奇妙な声が聞こえてきた。明らかに自分に話しかけてきている。
 自分は期待と不安を両方持ちながら振り返る。安物の槍持ったダイダロス二体と目が合いました。
 もちろんダイダロス見た直後、声とは逆方向を向いてダッシュした。喰われるのだけはごめんだ!!

「コラ、ニゲルナ! ソノサキ、ソウコグライシカネーゾ!!」
「ソウコ、イジル、イクナイ! トレサマ、オウサマ、ブチギレル!!」

 ダイダロス二体は何故か追いかけず、静止するだけなんだけど無視!! もう全力で走る走る!
 ってか何でダイダロスの声分かるのさ、自分!? ダイダロスってキング以外、皆食欲の事しか頭に無いし、人語ペラペラ喋れないんじゃなかったの!? それに倉庫って一体何よ!
 ここでふとノアちゃんが「魔法の鏡を命がけで探せ」と言っていたのを思い出す。……この発言と何故か声が分かっちゃったダイダロス二名の発言を照らし合わせてみよう。
 分かりやすいぐらいに魔法の鏡がこの先にあるって言っているようなもんだ。
 ってか予想出来てしまった。ダイダロス二名の発言によって、ここが何処なのか分かってしまった。
 ノアちゃん、君の事を天使と呼んだが前言撤回。君はやっぱり魔女だ。

 よりにもよってトレさん達の本拠地に飛ばすなんて、鬼にも程がある。










 タイトル無いって? ふふ、そりゃそうだよ。本来ならタイトルあるんだけどさ、ノアが矛盾させて無くしてあげたの。
 どうして無くしたのかって? 教えたらつまんない。教えたら隠した意味が無くなっちゃう。
 もしも誰かが次のページが開く前に、タイトルを解いてみせたら教えてあげてもいいよ?

  • 最終更新:2014-05-28 20:33:17

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