第二十四話「それぞれの一夜」


Aパート「メカビギアソリッド2」


 空中に固定された何の取っ手もない丸いランプが廊下を照らす。
 廊下には赤茶色の絨毯がしかれ、甲冑がずらりと並んでいるのも相まってか不気味なオーラをむんむんと出している。
 そんな廊下にでーんと置かれているのはでっかいダンボール。
 けれども兵士であるダイダロスや、魔女の作った白いのっぺらぼうカービィもどきの人形兵士は全く気づかない。
 ダンボールが動いても問題ない状態になると、でっかいダンボールは出来る限り動く。人の気配を感じると止まり、通り過ぎるのを待つ。で、動ける状態になると再び行動。それの繰り返し。
 あからさまに怪しいでっかいダンボールに誰も気づかない。ダンボールも気にせず進む。それはひょっとしてギャグでやっているのか?
 読者の皆様はもうお気づきであろうがダンボールに入っているスネークは風神桜花である。
 彼女は単身城に残り、少しでも有力な情報を得る為に行動中だ。といっても現段階ではそれほど情報も得られず、無駄に広い城の中を彷徨って進む事しか出来ないが。

(やっぱりそう簡単に情報が転がっていないか。大半の連中が外に出てるって事ぐらいしか分かっていないし、これは思った以上に骨が折れそうかも)

 それでもめげずに調べていない部屋に向かおうとする桜花。
 その時、ダイダロス達が突如として廊下の隅に並び出す。その姿はまるで貴族や王族を向かいいれる兵士のように立派で一瞬ゾンビである事を忘れそうになった。
 一体何があった? と桜花が首を傾げていると、男性の荒っぽい声が奥から聞こえてきた。

「くそ! くそくそくそ!! あのゾンビ魔女め、あそこで邪魔するか普通!? 何で魔女っていうのは自己中心的なんだよ!! そりゃ苦戦してたけどよ、九年前とは違うんだっつーの!!」

 明らかに聞き覚えのあるその声はユニコスによるものだ。
 それを聞いた桜花は己の耳を疑いそうになりながらも、ダンボールに空けていたほんの数ミリ程度の穴から外を覗き込む。
 見えた光景はダイダロス達がお辞儀をし、全身火傷を持つユニコスがイライラした様子で絨毯の上を早足で歩いているというものだ。
 彼の右目は飛び出ており、その周辺には大要を模した黒い痣がある。ダイダロス化の証だ。
 あのユニコスは口調と素振り、ダイダロス達の態度から分かるようにキング・ダイダロスのようだ。

(うっそぉぉぉ!? あいつ、ユニコス副隊長の体乗っ取ってるのぉ!? うわ、うわうわうわ、何かあるとは思ってたけど初っ端からコレは無いっしょ!)

 とんでもない事実発覚に桜花は声を上げかけるものの、どうにか堪える。
 けれども目の前にいるユニコスの体を持つキング・ダイダロスに対しての驚愕はやむことなく、彼女をパニックにさせるには十分だ。
 しかもそれに追い討ちをかけるかのように。

『おや? 死霊の王よ、何故ここに?』
(このタイミングで出てくるか、あんたああああ!?)

 モザイクが近くの部屋から出てきて、キング・ダイダロスと顔合わせました。
 桜花、内心悲鳴をあげる。ダンボールでバレていないとはいえど、どちらも否定の魔女トレヴィーニが認めた厄介な能力者なのだ。戦いにでもなったら、それこそ絶望的である。
 キング・ダイダロスは明らかに怪しいダンボールに全く気づかず、話しかけてきたモザイクに八つ当たりするような乱暴な口調で戻ってきたわけを話す。

「ノアノア言ってるロリゾンビに邪魔されたんだよ! ミルエ・コンスピリトは逃がしちまうし、あのロリゾンビは何考えているのか分からんし、腹が立つ!!」
『ノアメルト卿が? ……ふむ、閣下が言った事も間違いではないのか』
「あ? トレヴィーニが何を言ったんだ?」
『ノアメルト卿は不揃の魔女と呼ばれる者。それ故に中立で居続ける存在だそうだ』
「それが俺の闘いを邪魔する理由にはならんだろうが!!」
『落ちつけ、死霊の王よ。それよりも計画実行の時は近い。指揮は私にあるものの改良提案したのはそちらだから支持はそちらがやらねばならん』
「わーってるよ! ミルエは逃したがナグサは何があっても潰す!! トレヴィーニお気に入りでも、絶対ぶっ潰す!!」
『……そんなにヒートアップしていると体が溶けるぞ』

 モザイクがキング・ダイダロスを宥めながら、二人はモザイクが出てきた部屋の中へと入っていく。その後ろに一、二体ほどダイダロスが着いていく。
 扉が閉まると共に残されていた普通のダイダロスはその場の見張りを再開させる。といっても何体かはここから離れていき、別の場所の見張りに向かっていったが。
 ダンボールの中、桜花はモザイクとキング・ダイダロスの話を自分なりに整理する。

(不揃の魔女ノアメルトは中立、か。二人の様子から見てどっちの味方でも敵でもないって感じだね。でもってそのノアメルトによってミルエはキング・ダイダロスから逃れる事が出来た。……これは良い情報が手に入れられそうかも)

 モザイクとキング・ダイダロスの強さと恐ろしさは良く知っているものの、ここで怖気づいたら何も得る事が出来ない。
 忍びである自分は危険を顧みず、仲間の為に有力な情報を手に入れて伝えなければならないんだ。
 だがダンボール状態で入るのは難しい。ってか間違いなくバレる可能性が高い。こういうところでは不便だ。
 それならば忍び特有の能力で話を聞けばいいだけだ。

「いけ、桜の花びら」

 桜花は左手を口に沿え、吐息を吹きかける。
 すると吐息から一枚ぽっちの桜の花びらが出現し、左手すれすれを飛んだ後にダンボールの隙間から外へと出て行った。
 外に出た桜の花びらはダイダロスや人形兵士に気づかれる事なく、壁と扉の間からモザイク達が入っていた部屋の中へと入り込む。
 そのタイミングに合わせ、桜花は帽子の飾りである桜の花飾り付の手裏剣を手にとって耳に当てる。すると部屋の中の音声が聞こえてきた。

『ってことらしいんですよー。うう、ハイドラパーツとドラグーンパーツ強すぎです……』

 独特の機械音と共に聞こえてくるのはおっとりとした女の子の声だ。
 桜花はこの声がディミヌ・エンドによるものだとすぐに気づけた。

『さすがのディミヌでもドラグーンとハイドラ相手じゃ盗聴出来なかったか。だが向こう側の人員がどうなっているか分かっただけで十分だ』
『ってか馬鹿殿。トレ様の否定無しで彼が行動起こすと思います?』
『あーいうタイプはちょっと背中を押してやれば、やっちまうよ。今の俺には可能だし、モザイク卿が代わりに押してやってもどうにかなる。人はな、クールになろうとすればする程焦っている時が一番単純で分かりやすいんだよ』
『えーと例えるとクールになろうとして疑心暗鬼に陥って友達殺しちゃったり、大好きな人の妹殺しちゃったり、惨劇を延々と繰り返すって奴ですか?』
『……L5にまではいかんぞ、さすがに』

 北エリアと西エリアと地下の人員を調べていたらしいディミヌとキング・ダイダロス。
 しかし桜花はそれよりもドラグーンパーツとハイドラパーツの存在に驚いていた。

(ドラグーンパーツとハイドラパーツって何でそんな代物がサザンクロスタウンに二つもあるのよ……! それに彼って一体誰? ディミヌとキング・ダイダロスの話から察すると精神的に不安定な人っぽいけど。ってかL5になったらやばいでしょうが)

 ドラグーンパーツはナグサが、ハイドラパーツはラルゴがそれぞれ回収していて、当人を含めた生き残りの大半は知っている事なのだが桜花はそれを知る由もない。
 だって普通の通信を行えば、どちらもディミヌによって居場所を探知されてしまう可能性が非常に高いんだもん。

『しかし計画変更には驚いたものだよ。それもほぼ皆殺しに近い手段を、ね』
『ミルエ潰しが出来るんなら何だってやる男だよ、俺は。だがただ殺すだけじゃ物足りねぇ。奴の目の前で仲間どもが無様に死にいく姿を見せつけて心を破壊し、そこから徐々に体を喰らっていく。すぐには死なないように回復させながら、じっくりじっくり死なせてやる。……そうじゃなけりゃ、あの悪魔には物足りなさ過ぎる』
『九年前に滅ぼされた恨み、根深すぎですね~』
『やかましい!! 火事場泥棒目当てのクソガキに呆気なく殺されちまった俺の身にもなれ!!』
『それだったら死闘繰り広げていて疲れきってる時にトラップ発動されて、そのままデリートの道を辿ってしまった私はどうなるんですかー!!』
『二人とも落ち着きたまえ』

 キング・ダイダロスはよっぽどミルエが嫌いなようだ。
 そりゃでっかい事が上手く行っていたところをつまらない理由で全部ぶち壊されてしまえば誰だって嫌いになる。
 復讐の動機そのものは納得できるものの、実行されてはたまらない。

『そんじゃモサイク卿、あの女はどうなってるんだ?』
『変わらない様子だったよ。よっぽど死刑拷問が堪えたんだろうね』
『あー、さっき様子見てきましたよ~』
『お? どんな感じだった?』
『……うん、きつかったです。見てるこっちがきつかったです。トレ様やりすぎだと心底思いました』
『……モザイク卿、一体トレヴィーニは何回死刑拷問した? ってか本当に死刑拷問だけか?』
『連れ去った後も閣下は拷問を繰り返していたからね。否定も使っていたらしいし、よっぽど根に持っていたようだ』
『でも裏切りなんて沢山あっただろ。何でベールベェラだけにあそこまで?』
(ベールベェラ隊長!? あの人もこの城の中にいるの!?)

 否定の魔女が本城襲撃時、三番隊隊長のベールベェラがさらわれていたのは知っていたもののここで手がかりを得られるとは。話のそぶりから推測するとこの城の中にベールベェラはいるようだ。
 死刑拷問やら見ていてきつかったやら、なにやら物騒な単語が出ている為、ベールベェラがどうなっているのか不安でたまらなくなってくる。
 そんな桜花を他所に彼等の話は続いていく。

『戦時中では彼女にかなり大きな期待を持っていたようだからそれの反動だろ。何せ小国に位置していながらも、戦争終盤まで勝利し続けてきた暗黒騎士なのだから』
『なーるほど。トレヴィーニに対抗する主人公候補だったっちゅーわけね』
『裏切ってきた時は主人公候補ではなくなり、一気に興味も激減。……だが希望の勇者によって向こう側に戻ったのを聞いて、その弱さに激怒したそうだ』
『そーいう弱さが扱いやすいっちゅーのに、トレヴィーニは分かってないねぇ』

 一言で纏めればトレヴィーニが勝手に抱いていた期待と幻想をぶち壊した。それがベールベェラの死刑拷問の理由。
 そんな自分勝手な理由で襲撃されたのか、と桜花の中に怒りが浮かび上がってくる。
 だがそれもモザイク卿の言葉で吹っ飛んだ。

『トレヴィーニ閣下は人以上に人を愛しているお方だからな』
『『え?』』
「マジで?」

 キング・ダイダロスもディミヌも桜花も己の耳を疑った。
 大国を混乱と殺戮の世界に変貌させ、無数の死者を生み出した史上最悪の魔女トレヴィーニ。
 人を人と思わず、ただただ己の力によって滅ぼしてきた悪夢の化身と言われたほどの魔王。
 そんな存在が……人以上に人を愛している?
 天地がひっくり返っても信じられないその言葉を聞き、桜花は己の能力に異常でも発生したのかと疑ってしまう。

『待て待て待て待て!! ウルトラスーパーデラックスアルティメットサディスティッククイーンと呼ばれたあのトレヴィーニが人以上に人を愛している!? 本気で言っているのか、モザイク卿!!』
『じ、自分も信じられませんよ~。過去のデータと照らし合わせてもそれらしい一面は見つかりませんでしたし~』

 キング・ダイダロスとディミヌも信じられないらしく、モザイクに反論している。
 あ、異常発生してなかったんだと思いながらも桜花は二人の意見に同意する。
 「魔物というにはあまりにも強すぎる。悪魔というにはあまりにも美しすぎる。魔王というにはあまりにも自由すぎる。事象を超越した存在。魔女を超えた魔女。黄金と純白の闇」とまで言われたあの否定の魔女のイメージから、愛という代物は連想できない。
 だがモザイクの答えは、大国に生きる者ならば絶対に聞くであろう言葉であった。



『カービィは全てを無限にする、カービィは全てを切り開く、カービィは全てを在りえさせる』



 それはオリジナル・カービィ大帝国に生きる者達全てに植えつけられた希望の言葉。
 凄い昔から言い伝えられており、戦時中にも何度も使用されてきた言葉。
 まさかこんなところで、しかもあのモザイクの口から聞く事になるなんて。

『それが否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガンの愛の理由だよ』

 モザイクは強い意思を込めてハッキリと言い切った。
 抽選的でどういうことなのかイマイチ良く分からないものの、なんとなく分かった気がした。でもこのなんとなくを言葉にするのは難しい事だろう。
 ただ分かるのはこの希望の言葉に、否定の魔女トレヴィーニの謎を解くヒントが隠されているということぐらいである。
 予想外の情報を手に入れたな、と桜花が思う中でモザイクは話を切り替える。

『さて、そんな事よりもだ。……ねずみを除去するのはどちらがするんだい?』
『モザイク卿、頼んだ。俺、戦ってきたばっかだから』
『私も量産とか調整とか探索とかいっぱいやる事あるのでお願いします~』
『そうか。それじゃ桜好きのねずみを絶望で美しく染め上げてこよう』
(ってバレてるーーーー!!?)

 自分の存在がバレている事に悲鳴をあげそうになるもののどうにか抑え、桜花はモザイクが出てくる前にダンボールのままその場から離れようとする。
 だがそれよりも早く扉が開いてモザイクが廊下に出てきてしまった。
 桜花がモザイクに気づくものの、彼女が行動するよりも早くモザイクが指を鳴らす。
 するとダンボールが一気に炎に包まれていき、一瞬にして塵と化す。その中にいた桜花は対象にしていなかったのか、全くの無傷だ。
 彼女に気づいたダイダロスや人形兵士が動こうとするものの、モザイクは片手をあげて静止する。その静止を受けた兵士達はモザイクと桜花を囲む。
 逃げられない状態に陥り、桜花は額に冷や汗を流しながらも能力を展開して両手に巨大な手裏剣を出現させる。
 モザイクは炎の体に三日月状の不気味な笑みを浮かべて丁寧に挨拶する。

『始めまして、麗しの桜姫。今宵は貴方を絶望の炎で更に美しくさせてあげましょう』
「……あたし、炎嫌いなんだけど?」
『おやおや、それは哀しいな。哀しく散りゆく一瞬だけの花々よりも、姿形を飽きる事無く変え続け汚れていく水よりも、全てを燃やし尽くす紅蓮の輝きを持つ炎こそが最も美しいというのに』

 盗聴していた時のまともな様子はどこに行ったとツッコミたくなるぐらい、凄い歪んだ華美を主張しているモザイク。
 その姿に桜花は気持ち悪いと素直に思った。だがそんな事を考えていられるほどの優しい相手ではない。何せ相手はユニコスを殺害した魔女一派の主力の一人なのだから。
 手裏剣を持つ手の力が強くなる。掌に汗がべったりと流れているのが分かる。
 桜花は目の前に存在する混沌の炎モザイク卿をしっかりと見る。
 モザイクは炎の体の色を不規則に変化させながら、高らかに桜花に向かって叫ぶ。

『それでは君にも教えてもらおうか。君の絶望からなる至高の美を!』

 その身を炎の球に変貌させ、桜花目掛けて突撃する。
 桜花は素早く右に飛び、攻撃を避けると巨大手裏剣をモザイク目掛けて両方投げる。
 姿を戻したモザイクは己の身から小さな火球を二つ出し、巨大手裏剣にそれぞれ突撃させる。すると巨大手裏剣は炎に包まれ、塵と化す。
 巨大手裏剣を燃やした炎は両方共に翼を生やした蛇の形となり、我先にと桜花へと襲い掛かる。
 桜花は己を囲む桜吹雪を発生させて、その身を包み込んで炎の蛇を両者共に防ぐ。だが桜吹雪では炎相手に相性が悪く、すぐに燃え尽きて炎が己にも襲い掛かる。
 桜花はすぐに風魔法を展開して、自分に燃え移った炎を風で全て吹き飛ばす。だが桜花の体には確実にダメージが通っており、浅いながらも火傷が複数出来ていた。
 その傷だけで桜花は悟る。己は勝つ事が出来ないと。
 実力差がありすぎるし、能力の相性も悪すぎる。このまま戦いを続けても殺されるのは目に見えている。
 正直言って任務を果たせずにこんなところで野垂れ死にするのはごめんだ。しかし切り抜ける手段なんて思いつく事が出来ない。
 正確に言うと思いつく暇なんて無かった。
 モザイクが跳躍し、桜花の目の前まで接近するとそのまま彼女を飲み込んだからだ。

「キャアアアアアァァァァアアアアァァァァァァァアアアアア!!!!」

 混沌の炎が桜花の全身を包み込み、容赦無く燃やしていく。
 帽子を燃やす。手足を燃やす。体を燃やす。瞳を燃やす。全てを燃やす。桜花を燃やす。
 風神桜花をこの世から排除しようと炎は混沌を表すかのように色を変えながら、燃えていく。

「あついあついあついあついあついあついあついあついあついあついあつい!!」

 桜花が叫ぶ。だけども炎は止まる事無く、彼女の全身を燃やしていく。
 帽子は帽子としての存在を失う。全身の肌が炎に耐え切れず、溶けていく。何も見えなくなっていく。
 モザイクが桜花から離れるけれども、彼女の全身を包み込む混沌の炎の勢いは止まらず寧ろそれ以上の勢いで燃えている。
 炎越しに見える醜く爛れていく桜花の姿を見て、モザイクは笑みを深めていく。
 表情こそ分かりづらいものの、その奥底にあるのは深い深い絶望。どう足掻いても生き残る事が出来ない悪夢に対しての絶望。
 命が燃え尽きる瞬間、もう助からないのだと悟った者が宿す絶望の表情こそ何よりも美しい。

『桜の姫君よ、あなたは美しい』

 最期に贈る言葉と共に混沌の炎モザイク卿は風神桜花に拍手を送る。
 すると炎の中から桜の花飾りがついた手裏剣が飛び出してきた。だけどもそれはモザイクに向かって飛ばず、その横の窓を割って外へと飛んでいった。
 手裏剣が飛んでいくのを見守ってしまったモザイクだったが、炎の中の叫びを聞いて体を振り向かせる。

「か、あ、び、い、は! すべ、てを、……す、べて、を! きり、ひ、ら、く!! むげんの、かのう、せいを、きり、ひらく!!」

 逃れる事は出来ない炎の苦しみを受けながらも、桜花は己に残された力を振り絞って叫ぶ。
 それを聞いて、モザイクは悟る。あの手裏剣は己への攻撃とかではなく、街に逃げ出した者達に対する最期のメッセージなのだと。
 忍びとしての使命を全うする為に、何も伝えられないまま死ぬ前に己の最期の力を生き残った者に願いを込めて投げたのだ。誰かに届く事を信じて。
 その悲壮な思いを悟ったモザイクは再度拍手を送る。
 絶望には劣るものの、誰かに願いを託そうと必死な姿は美しいと証するに相応しい。

 炎の中で風神桜花の体が崩れ落ちる。
 立つ事は出来ない。手足を動かす事も出来ない。ただ体が燃えていくのだけは分かる。
 己を燃やす業火の音も、モザイクが送る拍手も、聞き取れなくなっていく。
 己の意識が真っ黒な闇へと堕ちていく。死がもうすぐそこまでやってきている。
 もっと生きたかったな、と思う。だけどそれはもう出来ない事。
 それなら願うのは一つだけ。己が手に入れた数少ない情報が無事届けられる事だけ。



「と、ど、い、て」



 桜が燃え尽きた。

 ■ □ ■

Bパート「それぞれの一夜」


 1.ノアメルトとミルエの場合。

 分厚い雲の間を三日月が見え隠れする夜空の下、南エリアにある病院の屋上では美幼女が魔女の城を眺めながら無邪気に笑っている。

「どうしようかなー、ノアが持ってても使い道が無いんだよねー」

 頭上に浮かぶのは七つの水晶がついたワッカを浮かばせ、背中にはガラスのように薄く滑らかな七対の羽を生やしているのは生気を纏わない死者の体と常に色が変わり続ける瞳を持つ不揃の魔女ノアメルト・ロスティア・アルカンシエル。
 彼女が持つのは風神桜花が最後の力を振り絞り、願いを込めて投げた桜の花飾りがついた手裏剣。
 それを手にした瞬間、桜花の言葉が頭に響いてきた。桜花が手に入れた数少ない情報が伝わってきた。
 けれどもノアメルト個人に言わせれば、どうでもいいことばかりだった。
 だがノアメルトの隣にいる女はそうは思わなかったようだ。

「ねー、それなーに?」

 彼女の名はミルエ・コンスピリト。先ほどまでキング・ダイダロスと死闘を繰り広げていた銃の戦乙女。
 闘っている最中、突然舞い降りたノアメルトによってこの病院屋上まで拉致られてきたのだ。
 正直体はボロボロで助かったと思ってはいるものの、ノアメルトの行動理由が全く分からなくて困惑しているのだ。
 何せ目の前の魔女は初めて出会った時ナグサの唇を奪ったと思ったら、今度は自分の戦いを妨害してここまで拉致してきたのだから。
 明らかに否定の魔女トレヴィーニと異なる思想を持って行動している不揃の魔女ノアメルトの意図が分からず、ミルエは表面的には何時もと変わらない子供っぽい態度でいるものの、その内側は彼女に対する様々な好奇心でいっぱいだ。
 ノアメルトはミルエに顔を向け、己が持つ手裏剣を差し出しながら笑って答える。

「桜樹の最期の言葉だよ」
「ほえ?」

 意味が分からず、ただ差し出された手裏剣につい触れてしまうミルエ。
 すると頭の中に声が響いてきた。悲痛なまでの強い思いを込めた娘、風神桜花の声が。
 途切れ途切れで聞き取りにくいけれども、情報を必死になって伝えてくる。涙と鼻水で声がグチャグチャになろうとも、叫びすぎて喉がかれようとも、絶対に伝えるという遺志が伝わってくる。
 その思いを聞き取り、ミルエは手裏剣の主に死神が降り立った事を悟る。そして任務を全うしようとする遺志に感服と冥福を思った。
 そんなミルエを眺めながら、ノアメルトは幼女特有の無邪気さで話しかける。

「ねぇ、ちょっとだけ手伝ってくれないかな? この手裏剣を一番に渡すべき人のとこまで一緒に行けばいい話だからさ」
「でもナッくんのとこに戻らないと」
「大丈夫! ナグナグならピンクの看護士さんが助けてくれて、ピンピンしてるよ♪」
「ほんと!? やったやった、ナッくん生きてた良かったー!」
「それに味方もたっくさんいるしさ、ちょっとぐらいなら大丈夫なの! だからさ、ノアのお願い聞いてくれないかな? かな?」
「いいよ! でも何処に行けばいいの?」

 ノアメルトはとある方向-黄金の風に包まれた東エリア-を指差し、元気良く答えた。

「ソラのいる東エリアだよ!」

 不揃の魔女が出した名前は存在否定された希望の勇者のもの。
 だけどミルエがそんな事知る由も無かった。

 ■ □ ■

 2.ツギ・まち、ちる、ポチ、絵龍の場合。

 自動ドアのガラス越しに見える外にはちらりほらりとダイダロス達が歩いているのが見える。
 多分倒されていなかった連中が餌を求めて、こんなところまで歩いてきたのだろう。
 間違いなくあの中に入ったら貪り喰われてしまうであろう。そして連中の同類となるか、みっともない肉片となって道を汚すかのどちらかになるだろう。
 彼等を見ただけでもここが地獄と悪夢の都市へと変貌したサザンクロスタウンなのだと理解させられる。
 こんなガラス、何時壊されてもおかしくない。壊されて皆殺しにされてもおかしくない。そんな薄い薄いシェルターの中に数少ない生き残り達はいる。
 そして一番危ないであろうガラスの自動ドア付近にてツギ・まちとちるはミルエを、ポチは己の相棒を待っていた。

「……ミルエさん、遅いね」
「(こくん)」

 南エリアでキング・ダイダロスと交戦していると聞いたものの、それでも早く会いたくてたまらない。
 ナグサも回復したし、安全な場所も手に入れたし、脱出の策も話し合っている真っ最中だ。後はミルエが戻ってくれば万々歳。
 必ず勝って戻ってくるのを信じて、二つの人形は待ち続ける。

「何処で何してるのかなぁ……」

 ポチもまた己と共に旅をしている男を待ち続ける。
 サザンクロスタウンに着いた途端、用事が出来たとかいってすぐさま別行動。西エリアにも南エリアにも名前は出されず、死んでしまったのかと思う。
 だがポチはすぐにそれを否定する。彼の強さと彼の存在する理由を知っているから。だからこそ、彼がこんなところで死ぬわけがないと信じている。
 必ず再会できると信じて、ドラゴンの子供は待ち続ける。

 そんな三人の下、絵龍が大きなため息をつきながら近づいてくる。

「あー、息が詰まるかと思った……!」
「どうしたの?」
「いや、セツ君等の方行ってたんですけど空気重くて重くて……」

 ポチに答えながら、絵龍は彼の隣に座り込む。
 絵龍の呟きを聞いてセツ達のいる食料品置き場に目を向けてみる。様子までは良く分からないものの、少なくとも和やかな雰囲気ではなさそうだ。
 絵龍はまたため息をつきながら、呟く。

「ってか自分フーさん苦手っす。クレモトさんがまだマシっす」
「フーさんってあのカラフルな人ですか?」
「そっ。くすくす笑いが不気味だし、あの帽子と足の顔っぽい模様まで笑っているように見えるし! 漫画とかだったらファン多そうなキャラなんだけど、リアルじゃ駄目だ。きつすぎる」
「独特の魅力はあるし、お顔はかっこいいんですけどね」
「ちるちゃん、男は顔で選んだらあかんよ? ……まさかあーいうのが好みなの?」
「違いますよ! 私の好みは……私の王子様だった人を超える素敵な男性です」
「へ? 王子様?」

 王子様という単語に絵龍が首を傾げる隣で、話を聞いていたポチが絵龍に尋ねる。

「そーいうかいりゅーの好みは?」
「自分は見てるだけでじゅーぶんっすよ。恋愛とか眺めている方が楽しいし」
「もったいないよ、それは! 誰かを好きになるのって、すっごい素敵な事なんだよ!!」
「ちるちゃん、すっげー力説なのは何故!?」

 ちるの力説に絵龍がぎょっとする。
 この中で唯一人形屋敷事件について知っているツギ・まちは説得力がありすぎると納得していた。
 ポチとちるは絵龍の恋愛事情がよっぽど気になるのか、問い詰めていく。

「クレモトはどうなの?」
「一緒にいたみたいですし、どうなんですか!」
「クレモトさんは違うっす。自分は無理矢理連れてこられただけであって、そんな感情はもってないっす。……って二人とも何すか、その疑うような目つきは!!」
「だって絵龍さんみたいな素敵な人、傷つけはしても放っておくような人に見えません!」
「それにね、そーいうのはツンデレだよ!」
「だーかーらー! 自分はツンデレじゃないし、クレモトさんもそーいう人じゃないっちゅーの!!」

 しつこい二人に対し、声を荒げる絵龍。
 このままではやばい。二人のペースに飲み込まれてしまう。
 絵龍は焦る。何か策は無いかと考える。そうこうしている間に二人の問い詰めは続いていく。
 問い詰めにうっとうしくなった絵龍は咄嗟にポチに向かって尋ねた。

「そ、そんじゃポチ君はどーなのさ!」
「僕は見てるだけでお腹いっぱいだよ」
「自分と一緒じゃないっすか!」
「一緒じゃないもん。ソラがベェラとまた会えればそれで僕は幸せなだけ!」
「……え? ソラにベェラ?」

 絵龍はポチの話の内容よりも出てきた二つの名前に耳を疑った。
 一つは否定の魔女によって存在否定されてこの世界から消滅した架空 空。
 一つは否定の魔女に拉致られ、現在行方不明の三番隊隊長ベールベェラ。
 どういうことだと絵龍は困惑する。困惑する絵龍を見て、ちるとツギ・まちは首を傾げる。
 そんな三人を他所にポチは頷きながら、当然と言いたそうな様子でこう答えた。

「うん、ソラにベェラ。ソラはね、ベールベェラを救う為に戻ってきたんだよ」

 その目に嘘偽りは無く、真の事だと受け取るのに時間はかからなかった。 
 絵龍はとんでもない事実を聞き、ポチの手をつかむと二人一緒に立ち上がる。

「ちょっとこの事、会議メンバーに伝えてくるっす!」

 新たなるキーワード「ソラ」が、ここでも出現した。

 ■ □ ■

 3.ウェザー、セツ、フー・スクレートの場合。

 息苦しい。空気が重い。逃げ出したい。
 セツが今思ったのはこんな事だった。その後続いて逃げ出した絵龍が羨ましいとも思った。
 その理由は何故か? それはセツを挟んだ二人の人物の対話によるものだった。

「本当にそれで満足しているわけ? ボクからすればとっても馬鹿馬鹿しいと思うんだけど?」
「あんた、さっきから何を言ってるんですか? 聞いててうざいんですけど」
「おやおや、ボクが何を言っているのか分からない? 自覚していると思うよ。それに分かりやすいんだよ、君の今の気持ちが」
「ふざけないでください。見た目だけでも胡散臭いっていうのに、更に胡散臭くしてどうするんですか」

 フーとウェザーの対話があまりにも刺々しいものだからだ。
 フーの挑発めいた話し方にウェザーは口調のみ冷静に返しているものの、その表情はかなり不機嫌な状態で見ているだけでトバッチリが来そうだ。
 今のウェザーの心理状態を考えるとセツはここから離れるわけにもいかず、何か起きた時の為に抑えなければいけない。
 そう考えると益々動けそうに無い。ぶっちゃけきついです。

「ねぇ、雪だるま君」

 唐突にフーがセツに話しかけてきた。

「は、はい?」
「君は君の今と彼の今に納得している? 満足している?」

 尋ねられたその内容は、とても重いものだった。
 どうしてかは分からないけれどもフーはセツとウェザーの気持ちを読めている。そして、そこから傷に触れるような事ばかりを口にしているのだ。
 意図は全く分からない。何がしたいのかも分からない。他人事だというのに、ここまで口出ししてくる理由が全く分からない。
 ただ言えるのはフーが二人の現状に納得していないという事。特にウェザーの方に。

「ねぇ、満足している……?」

 妖しくも美しい微笑を浮かべ、再度セツに尋ねるフー。
 言い逃れが決して出来ないと思わせるその姿にセツはゆっくりと口を開く。

「僕、は……」
「セツ、答えなくていい。聞きたくない」
「え、でも」
「でもじゃない。こんな奴の戯言、聞かない方が良い」

 だけどもウェザーがそれを拒んだ。セツが答えるのを食い止めた。
 セツはウェザーの態度に戸惑うものの、フーはくすくす笑いながら推測する。

「聞いたら、自分の中のモノが壊れちゃうかもしれないからかい? もう壊れかけてるっていうのに」

 またもウェザーの心の傷に塩を塗る言葉だった。
 それを聞いたウェザーは勢い良く立ち上がり、フーに殴りかかろうとする。
 セツは咄嗟にウェザーの手をつかみ、フーに拳が届く前にどうにか止める。ウェザーに睨まれるものの、セツは動じずに首を横に振る。
 殴られかけたフーはというと全く驚く様子も無く、二人を交互に見た後ウェザーに話しかける。

「良いお友達を持ってるね、ウェザー君」
「「……友達?」」
「そうだよ。君達自身がそう思っていなくても、ボクからはそう見えるよ。……まぁ、こんな奴の戯言なんて聞かない方が良いんだろうけどね」

 くすくす笑うフー。何か余計にムカつく。
 友達と言われたウェザーとセツは思わず互いを見合わせる。
 確かに本城の時からなりゆきで共に行動をしていたものの、そこまでの絆があるのかどうかはどっちにも分からなかった。
 二人のそんな疑問には答えず、フーは独り言を呟くだけ。

「己を信じるのも良い事。誰かを思うのも良い事。己の思いを納得させようとするのも良い事。ただし、それは全て自分にとっての良い事。……本当に良い事なのかな?」

 気のせいだろうか。フー・スクレートだけじゃなく、彼の帽子の装飾品と足が三つとも不気味に笑っているように見えたのは。

 ■ □ ■

 4.セラピム、ログウの場合

 小さなペットボルのお茶を棚から取り出し、蓋を開けて飲む。
 普通ならやっちゃいけない事なのだが、こんな状況下では普通もくそも無い。飲める時に飲んでおかないと次がどうなるか分からないからだ。
 夜明国の人々もまたこんな気持ちだったのか、とセラピムは思う。
 大国からすれば二度目であるダイダロスの軍勢。それはあまりにも地獄で、今ここにいる事そのものが奇跡と思えてくるほどに悲惨なものだった。
 こんな状態の中、夜明国は一ヶ月も続いたのか。半日だけでも精神が崩壊してしまいそうな悪夢の世界の中、一ヶ月も閉じ込められていたのか。
 そう思うとセラピムはダイダロスの軍勢によって滅んでいった人々に祈りを込める。夜明国とサザンクロスタウン、両方の悲しい死者達全てに死後の幸福を願う。

「……桜花ちゃん、大丈夫なのかな」

 そこでふと魔女の城に単身残った忍びの事を思い出し、不安が駆け巡る。
 夜明国の生き残りで尚且つ実力のある彼女とはいえど、今潜入している城の中にいるのはモザイクという大国防衛隊を苦しめた強敵。
 万が一見つかってしまったら、その時点で死が確定している。
 通常通信ではディミヌ・エンドに探知される可能性が高く、連絡したくても連絡できない状況下。セラピムの中に焦りが募る。
 落ち着け、と自分に言い聞かせる。ここで焦ってもどうにもならない、落ち着くんだ。
 軽く深呼吸し、出来る限り己の心を落ち着かせる。もう一口お茶を飲む。
 そして焦りはどうにか抑えられ、フゥと一息つく。

「なーんか明日は重労働されそうな予感……」

 その時、話し合い組のいるレジの方からログウが呟きながら戻ってきた。
 セラピムはログウに振り向き、話し合いの状況について尋ねる。

「おかえり。どうだった?」
「会議そのものは順調に進んでますよ。ただポチでしたっけ? 彼が存在否定された希望の勇者の関係者だって発覚して、ちょっとモメてますけど」
「希望の勇者ってホント?! でもどうしてこんなところで……?」
「しかもこのサザンクロスタウン内部にいるみたいなんですよ。ベールベェラ隊長に会う為、とか言ってましたし、これは色々ありそうですよ?」

 ログウからの報告を聞き、セラピムは頭を悩ませる。
 否定の魔女と戦って否定されてこの世から消えた筈の希望の勇者が存在する。それは絶対なる否定に対する矛盾そのものであった。
 ガセかと一瞬疑ったものの、あのポチがそんな嘘をつくような子には見えない。
 ならばそれは真実なのだろう。ただ自分達が信じられないだけであって。
 不可解な点は存在するものの、この場で考えても意味が無い。答えが出てくるわけではない。
 セラピムは存在する希望の勇者という問題を一旦保留し、己の筆「虹霓」を取り出す。

「ん? セラピム補佐官、どうするつもりですか」
「虹霓を完全戦闘モードに変えるの。明日になってから変えていたんじゃ、間に合わないからね」

 ログウにそう答えながら、虹霓を床に置いてセラピムは魔力を少しずつ開放する。
 虹霓を中心に小さな魔法陣が回転しながら展開される。星やハートの煌びやかな模様が沢山あり、虹色の光を持つメルヘンチックな魔法陣だ。
 セラピムは右手を虹霓の上に出し、詠唱する。

「虹霓よ、主セラピムが命じる。眠りから覚めよ。力を全て目覚めさせよ。自衛は終わり、進撃の時が私とあなたにやってきた。負けは許されない。勝利だけが許される。だから私とあなたの勝利の為に、戦の姿を見せなさい」

 セラピムが詠唱していくと共に虹霓に魔法陣が巻きついていき、光に包ませていく。
 光に包まれた虹霓は詠唱が進んでいくと共に、徐々に長さと太さを変えていく。小さな筆だったものがどんどんと長くなり、太さもちょっとずつだが増していく。
 先端の筆先に魔法陣の輝きが集中していき、新たに姿を変えた虹霓の姿があらわになっていく。
 筆先はとても大きく、けれども先端はセラピムが望むがままに太さを変えられる。一般の杖よりも長くて、魔法の箒のように乗れてしまいそうな長さ。筆というには太く、箒というには細い太さ。
 セラピムという女戦士が自他を護る為だけでなく、戦い勝利する為の武器として相応しい形へと虹霓は進化した。
 ふわりと虹霓は浮かび上がり、セラピムの右掌に当たる。セラピムは虹霓を力強くつかむ。

「……あの時みたいなことには、させない!」

 脳裏に蘇るのはトレヴィーニに扮したモザイクとの戦いと敗北。
 それを二度と繰り返さない為に、セラピムは戦って勝利する決意を固める。

「……魔法陣グルグル?」
「召喚系統は無理だよ?」

 ログウの指摘にはとりあえず否定しておいた。

 ■ □ ■

 5.マリネ、アクスの場合。

 アクスはマリネにもたれかかっていた。
 それは普段の二人を見ている者からすれば、とても珍しい光景である。
 ただこの場にはそれを知っている者もいない。唯一知っているケイトとナースは話し合いに加わっている為、知る由も無い。だから騒ぎ立てられる事は無い。
 マリネもまた騒ぎ立てる事無く、己にもたれかかるアクスにされるがままになっている。
 これは両方にとっても仕方が無い事だろう。
 何せ自分達が住んでいたサザンクロスタウンが半日でゾンビカービィのダイダロス達が蔓延る悪夢都市へと変貌してしまい、親しい人々が理性を失い、食欲を求めて襲い掛かる。何時己が化け物の仲間入りするか分からない。ただただ生きたいと思いながら、必死で逃げるしかなかった。
 そんな状況下だったのだ。心身共に疲労を負っていてもおかしくはない。
 束の間とは言えど、漸く得られた休息の時。疲れきった体を休めたくて、もう意地とか日常とか関係なかった。
 今は、休みたくてたまらない。

「……私達、生きていられるのかな」

 ぽつりとアクスが呟いた。彼女らしくない弱音だった。
 その弱音だけで、この状況が如何にアクスの心を苦しめていたのか良く分かる。
 マリネはそんな彼女に対し、出来る限り何時もと同じような口調で元気付ける。それでもどこか表情がぎこちないものだが。

「大丈夫だよ、マイハニー。きっと出られるって」
「……それでも、怖いの。明日にはみんな死ぬんじゃないかって。みんなダイダロスになるんじゃないかって。全部無くなってしまうんじゃないかって。そんな気持ちばかり駆け巡ってくる。だからもう、怖くて怖くてたまらないの」

 だけどアクスの不安はそんなものではぬぐいきれなかった。
 彼女が持つ不安は少なからずマリネにもあり、それら全てを否定して大丈夫だと言い切れる自信は無かった。だが何も言わず、アクスの心を不安と恐怖に染めたままにするのはアクスにとってもマリネにとっても辛い事だ。
 マリネはアクスの心を少しでも救う為、アクスを支えながら共に立ち上がる。

「……? いきなりどうしたの」
「そのまま立って、俺の話を聞いてくれ。マイハニー」

 マリネの行動の意味が分からず、頭に?を浮かべながらも言われるままにその場に立つアクス。
 するとマリネは彼女の前で跪き、今まで見たことも聞いたことも無い騎士のような口調と真剣な表情で誓いを立てた。

「私、マリネは誓います。この世界中の誰よりも愛しい我が姫君アクスを守護し、脱出すると。どんなに傷を負っても、否定の魔女が我等の前に立ちふさがっても、最期の二人だけになってしまっても、私はあなたを絶対に守護します。私は何があろうともあなただけは見捨てず、この命を代えてでも絶対に護りきって脱出させると誓います」

 その姿は姫を護る騎士といっても、過言ではなかった。
 いきなりのマリネの誓いを見てアクスは目を見開いて驚き、その内容に顔を一気に真っ赤にする。
 かなりキザな台詞ではあるものの、マリネの表情は女性を口説く時のものなんかではない。本当に愛する女に真剣に愛を伝える男のものだ。
 嘘。自分、口説いた女の一人なだけじゃないの? どうしてここまで言えるの!?
 アクスの頭の中からダイダロスが消え去るものの、パニックに陥る。
 どうせなら冗談だって口にしてほしいところなのだが、肝心のマリネは誓いを立てた後は黙ったままアクスの返事を待っている。
 それでもアクスの頭の中は落ち着かず、大荒れ状態だ。どう返せばいいのか分からない。
 そんなアクスに察したのか、マリネが口を開く。

「アクス、あなたの思うがままに答えていいよ」

 そう言われ、アクスはマリネを見る。
 マリネといえば女好きで毎日飽きもせず、色々な女性を口説き続けているキザな男。歯の浮くような事ばっかり言ってるし、男性に対しては扱いがぞんざいになる。結構分かりやすい。
 それでも悪い男ではない。悪い男ならば、アクスを助ける為に危険を冒してでも病院に乗り込むなんて事はしない筈だ。
 そこで思い出す。自分がここにいられる理由を。
 病院内部がダイダロスで満ちていき、地獄と化していく絶体絶命の中でマリネは現れた。自分を助け出す為に危険を顧みずやってきて、手を差し出した。
 アクスはマリネの差し出した手につかまって病院から抜け出す事が出来た。
 マリネのおかげで生き延びる事が出来た。マリネがいなかったらダイダロス化していた。
 自然とアクスの気持ちが落ち着き、軽くなっていく。
 答えを待ち続けるマリネに顔を向け、アクスは誓いに対してこう答えた。

「……マリネも死なないで。そうじゃなかったら、その誓いは受けられない」

 自分だけが生き残っても、意味が無いから。
 アクスはその思いを込めてマリネに言う。マリネは顔を上げ、了承する。

「分かりました。それならばアクス、私はあなたと共に絶対に生き残って脱出すると誓いましょう」

 騎士と見間違えんばかりの真剣で男らしいその姿はアクスにとって初めて見るものだった。
 どう表現すればいいのか分からない。言葉で表すとすれば『かっこいい』としか言えない。
 名前を呼ばれるだけでも胸の鼓動が強くなる。体中が赤くなってくる。
 アクスはそれを誤魔化すように顔をぷいっと背けて、言う。

「それと名前呼びもやめて」
「な!? マイハニー、それはつまり君も俺の事をダーリンと……!」
「誰が呼ぶかっ!!」

 何時もの態度に戻ったマリネにはとりあえず怒鳴っておいた。
 でも、ダイダロスの軍勢が起きる前の日常と同じ態度を取り続けていられるかどうかの自信は無い。
 ……騎士のような姿を見て、ときめいてしまったから。


  • 最終更新:2014-05-28 20:32:16