第二十八話「Boss Battle」2
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Cパート「トランプブレイク」
絵龍が目を覚ますと、そこは何の変哲も無いただの部屋だった。
壁には剣、十字架、花といった独特の形とシャープを持つ大きな置物が飾られており、絨毯は赤と緑のタイル状になっていて非常にカラフルだ。
そして部屋の中心にはカジノなどでよく見かけそうな緑色の細長い机があった。
その机に座っているのはトランプの束を広げ、奇妙な笑みを浮かべているジョーカー。
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! よーこそ、ジョーカー様のトランプハウスへ!!」
ジョーカーは馬鹿みたいな笑い声を上げ、両手を広げる。
絵龍は何だこの変人、と思ってしまった。名前こそ会議の時に電話越しにラルゴから聞いたものの、こんな存在だとは思っていなかったのだ。
そういえば手配書の中にこんなんがあったなー、と懐かしんでいると後ろからぽんっと肩を叩かれた。
「何をのんびりしてるのさ、絵龍ちゃん」
「クレモトさん!?」
聞き慣れた声に振り向くと、そこにはクレモトの姿があった。
絵龍は早速己の仲間と再会でき、ホッとする。敵が目の前にいるとはいえど、それでも安心できるものがある。
そういえば他にも人がいるのだろうか?
疑問に思った絵龍は辺りをグルリと見回してみる。自分とクレモトとジョーカー以外に見つかった人物は一人だけだ。
額の逆三角形のカラフルな紋様、頬の赤い痣、足の色彩を落とした黄色い痣、背中には丸みを帯びた水色の羽、と一目見たら中々忘れそうにない姿かたちをもつ紫色の男だ。
男……ラルゴは腕組しながら、ジョーカーに尋ねる。
「ここにいるのはこの二人と俺、そして貴様だけか?」
「そっ。メンバーの選出は争奪戦だったからなー。グリーンズの恒例収穫大バーゲンとまではいかねーけどよ! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
争奪戦と選出は違わね?
絵龍は内心そう思ったものの、グリーンズの大バーゲンと聞いて去年行われたグリーンズの収穫祭を思い出す。
あの時は仕事の仲間や友人達とそろって争奪戦に参加したんだっけ。で、予想通りダムさんがいっそ見ていて気持ち良いぐらい吹っ飛ばされたんだよなー。もう行きたくないって思ったけど、今年は……行けるのかなぁ。
懐かしむ絵龍を他所に、ジョーカーは机から飛び降りるとトランプの束を両手で覆い隠すように重ねながら三人に話す。
「トランプで俺様よりも早くお前等の内の誰かが上がれば、全員選定OKって事にしてやるよ。俺様はトレヴィーニにそこまで忠誠誓ってねぇし、さっきの戦闘の傷がまだ痛むしさ」
「は? 選定?」
「あぁ、そっちの説明がいるか」
ジョーカーは選定について説明する。
トレヴィーニが定めた主人公達以外が参加する権利を与える為の戦い。
その担当は先ほどまでハンターと呼ばれていたトレヴィーニの部下達。
全部で六~七名おり、それぞれが生き残りを何名か引き出して各自で戦闘を行う。尚、戦闘の形は各自の自由となっている。
互いに殺し合わさなくても相手に負けを認めさせる、相手から逃げ切る、相手に参加する事を認めさせればそこで選定は終了。その時点で参加する事を認められた生き残りは脱出口まで送り込まれる。
ただし認められない場合は殺されてしまう可能性が非常に高い。
しかも通信機能は存在しておらず、互いにどうなっているかは分からない。とにかく今は自分が生き残る事を優先させろ。
そこまで説明するとジョーカーは片手をトランプから離し、話を再開させる。
「さっきも言ったとおり、俺様は傷を増やしたくないんで得意のトランプで戦いたい。だが俺様はトランプになると運が非常に強くてね、だからそちら側の頼みをいくつか聞いてやるよ! あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「笑うのをやめろ。非常に耳障りだ」
「それ、呼吸をするなと言ってるもんよ? とにかくだ、聞く頼みはどんなルールにするか。誰がトランプを切るか。三人一緒でやるか個別にやるか! それらなら聞いてやるから決めてちょうだいな。リクエストが無いならポーカーで切るのはそっちの猫、それぞれ個別でいくよ?」
「イカサマはしないよね」
「トランプ大好きなジョーカー様がそんな事すると思う?」
「いや、思わないよ」
「それならOK! それよりもさっさと決めなよ」
ジョーカーに急かされるものの、クレモトもラルゴも特に何も言わない。
別に条件そのものは良いし、何かあっても力ずくでジョーカーを押さえつければいい話だし。
その様子を眺めていたジョーカーもこれでOKだと理解し、口を開こうとしたその時。
「ば、ババ抜きを希望するっす!!」
絵龍が勢い良く手を上げてリクエストした。
ジョーカーとクレモトとラルゴが絵龍に注目する。特に誰も驚いておらず、絵龍の意見を聞こうと待っている。
思った以上に冷静な反応に絵龍はどう返せばいいか分からなくなるものの、己の意見を口にする。といってもすごい簡単な理由だが。
「え、えと、あの、その……ポーカー知らないんす、自分」
「それはまた可愛らしい理由だね」
徐々に声の大きさを落としながら話す絵龍にクレモトは笑って言った。
それがどうしようもなく恥ずかしく感じた絵龍は顔を赤くしてポーカーのルールを覚えていなかった自分にへこみそうになる。
ドラ○エでコイン稼いでいた時も専らカジノだったとはいえ、もう少し覚えていけばよかったなー。
そんな事を考える絵龍を他所に、ラルゴはジョーカーに確かめる。
「構わないか、ジョーカー」
「別に俺様は何でもいいぜ~!」
「ならババ抜きで決定だな」
この時弄りもされず、普通に決められる事の方がなんとなく恥ずかしいと絵龍は思ってしまった。
とにかくこれより、ババ抜きが始まる。
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ジョーカーに指名されたクレモトがトランプを切り、四人にトランプをそれぞれ渡していく。
配り終えたと共に四人は揃っているカードをそれぞれ出していき、枚数を減らしていく。この間、無言。
最後の一組を絵龍が出し終えたところで、言いだしっぺの絵龍から時計回りに交換していくことをジョーカーが提案した為、三人共に同意する。この間、それだけしか話さない。
これで順番は絵龍→ジョーカー→ラルゴ→クレモトとなり、絵龍はジョーカーからカードを引くことになる。
何の問題も無く、トランプを引いていく。カードが揃ったら出していく。この間、無言。
あまりにも気まず過ぎる空間にて、絵龍は汗だくだった。
(何なの、このすさまじい静けさはあああ!! ってか誰、誰がババもってんの!? みんなポーカーフェイスすぎて分かんねーよ!! やべぇよ、これ自分がものっそ不利じゃね? 不利じゃね?!)
クレモトとはこの中では一番長い付き合いだけど、何考えているか分からない。
ラルゴとはあの大集合の時に見かけたけれど、ほとんど初対面に近い。
ジョーカーは今回初遭遇。ただ本人が自信満々だったということもあり、トランプが強いのは明らか。
でもって全員表情が変わらない。クレモトはにこにこ、ラルゴはむすーっ、ジョーカーはあひゃひゃ、としてるだけ。
正直言って、この空気はきつすぎる。絵龍は全身汗だく状態。
(あああああ! 思い切り自分場違いすぎね!? こんな重すぎる空気の中でババ抜き提案した自分、馬鹿だ! 大馬鹿だ!! えぇい、この空気をどうにかする手段は無いか! えーとえーと……そうだ。ここは世間話でもして空気を和らげよう!! ば、ババ抜きだからちょーっとぐらいお話しても特に問題は無いよね!!)
そう考え、即行動に移る絵龍。
クレモトとラルゴ相手では世間話も即切られそう、ならば一人しかやる相手はいない!!
「……あ、あの、そーいや何で否定の魔女と一緒にいるんすか?」
ジョーカーに話題を振ってみた。
ただしその内容はかなり重大且つとんでもないものだと絵龍は口にして気づく。
「やっちまったーーー!!」と内心叫ぶ絵龍だったが、ジョーカーはあっさりと答えた。
「あひゃ? フル・ホルダーにスカウトされたからだけど?」
「え? スカウト?」
「そっ! さっきダイダロスだらけになったじゃん。俺様、そんなんで死ぬのは嫌だったし楽しめればそれでいーやと思って否定の魔女側についたの」
「んな理由ってマジすか?! うーわー、信じられん……」
「俺からすりゃ反乱の企みの方が信じられねーけどな! あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「……反乱だと?」
「それって反大国主義の連中?」
反乱という言葉にラルゴとクレモトが話に乗る。ちなみにラルゴはクレモトからトランプを引いたところだ。
クレモトが絵龍のトランプを一枚引いて一組出している隣でジョーカーは質問に答える。
「そっ。レッドラムのネイビーが行おうとしている大国に対する反乱が秘密裏に行われているって話。俺様も偶々聞いただけで本当かどうかは良く知らねぇけどな」
「ちょ、戦争関係は否定の魔女だけで十分っす!」
「俺様もぶっちゃけそーだ! でもあんだけやりまくった大国に反発する連中は大量にいるからこうなるのは当然だろーけどよ!! あひゃひゃひゃひゃ!!」
「あー、エンペラー陛下になってから戦争起きたんだっけなー……」
絵龍がジョーカーから一枚引き、一組出す隣でクレモトは世界大戦時代を思い出しながらつぶやく。
無数の惨劇を呼び起こした大よそ五~六年間もの大戦。
否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガンが関係している「機械反乱事件」「皆殺し事件」「ダイダロスの軍勢事件」「魔女狩り」などが有名になっているとはいえど、人々の欲望と正義と悪意がぶつかりあっていたのも事実。
国に属さないものを使っての作戦、拉致した奴隷を残虐に扱う国々、勝つ事しか頭に無かった兵士達、自分が生き残る事しか頭に無かった民間人達、断末魔が決して病む事が無い悪夢。
正しく地獄と呼ぶに相応しい世界であった。ただ後半でトレヴィーニがラスボスになったから自然に戦争が終末へ導かれたのが唯一の救いだろうか。
そこでクレモトは引っかかった。
「……トレヴィーニの目的は、本当に戦争なの?」
「へ? どしたんすか、クレモトさん」
ジョーカーがラルゴから一枚トランプを引いて一組出している時、絵龍はクレモトの呟きを聞いて首を傾げる。
同じく呟きを聞いたジョーカーは全く変わらない調子で笑って答える。
「俺様も深くは知らねーぜ? この街でスカウトされてから、時間のある時に色々な連中と話して知ったぐらいだしな。あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「何も知らないよりはマシだ。話せるか?」
ラルゴがクレモトから一枚引き終わってからジョーカーに尋ねる。
特にトレヴィーニに拘っていないジョーカーは頷き、ある程度知っている事を話し出す。
「トレヴィーニの目的は俺様も知らない。色々と尋ねてみてもハッキリした答えは分かんなかった。ディミヌ・エンドとフル・ホルダーは『良く知らない』って答え。モザイク卿とホロは『メルヘンチック』って答え。オルカは『オルカと似たようなもの』って答え。キング・ダイダロスは『相当馬鹿げた自己満足』って答え。詳しくは教えてくれなかったが、少なくとも世界征服とか滅亡とかそーいうもんじゃなさそうだぜ? あひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「な、なんちゅー分かりにくいヒントばっか……!」
「無いよりはマシだけど、これはもう少し材料がいるね。オルカと似たようなのってどういう意味なんだい?」
「そこまでは聞く余裕が無かった。オルカの奴がナグサ襲撃に一人で先走っちゃったから」
あぁ、あの時かと間近でナグサVSオルカを見ていた絵龍とクレモトは納得する。
クレモトが絵龍から一枚引いて一組出す中、ラルゴは脳内でジョーカーの出したトレヴィーニの目的に関係するワードを纏めていく。
『メルヘンチック』『オルカと似たようなもの』『相当馬鹿げた自己満足』の三つ。
『メルヘンチック』の部分は十中八九この選定に選ばれなかった、すなわち主人公に分類された者達が関与しているのは明らか。トレヴィーニ自身が御伽噺のような結末を望んでいるのだとすれば違和感が存在する。
『オルカと似たようなもの』というのは少々分かりにくい。二人の共通点で一番に思いつくのは戦闘狂いだという事。だが力の差がありすぎるし、戦い方にも大きな違いがある。ならば思想の何かしらと一致している部分があるのだろうか?
そして『相当馬鹿げた自己満足』が一番の鍵を握っている。世界の征服や滅亡とは違う、恐らくトレヴィーニ個人の目的。この大国を現在進行形で巻き込んでいる彼女の最大の目的。
これではトレヴィーニの目的が突き止められない。後少しヒントがほしい。
順番が回ってきたジョーカーから一枚引かれたラルゴはクレモトから一枚引きながら、再度ジョーカーに尋ねる。
「そこまでしか情報は知らないのか」
「知らないもんは知らないぜ。知りたいんならスカイピアか海底神殿にでもいけばいいんじゃね~?」
「すかいぴあ? 確か学校で聞いたような……でも何でしたっけ、それ」
「大よそ八百年前に滅んだ天空王国の事だよ。当時滅びの魔女インヴェルトと呼ばれていた否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガンと戦い、共に海底へと沈んでしまった哀れな国」
「って事は海底神殿イコールかつてのスカイピア? でも何かそれだと矛盾しているような……」
クレモトが絵龍から一枚引きながら、絵龍に天空王国スカイピアについて説明する。
だがそれを聞いた絵龍はジョーカーの発言の矛盾に不思議がる。クレモトの説明が正しければスカイピアと海底神殿は同じものであり、別々に分けるのはおかしいことであるからだ。
絵龍がジョーカーから一枚引いて一組出した後、ジョーカーはラルゴから一枚引きながら答える。
「だってスカイピアの一部が不揃の魔女って名乗るロリゾンビの手で蘇っちゃったんだもん」
「はぁぁぁぁぁ!?」
「スカイピア復活に……!?」
「不揃の魔女……!?」
そのとんでもない発言に三人が揃って耳を疑った。
かつての天空王国の復活に新たなる魔女の出現なんて前代未聞過ぎる。
「そっ。トレヴィーニ並に長ったらしい名前の小娘でね、無邪気なのかすらも分からない矛盾だらけの女の子。どっちの味方で、どっちの敵なのかも分からない。それが不揃の魔女ノアメルト」
「ここで魔女が増えるとは……それもスカイピアを蘇らせるなんて何を考えているんだ?」
「知らねーよ、んなこと! スカイピアで何かやりたいんじゃねーの、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
「ち、ちょい待ち! スカイピアってそんなにやばい国なんすか!!」
かなり深刻そうなラルゴとジョーカーの言葉を聞いて、絵龍が慌てて横に入ってくる。
その質問に対し、クレモトは最後の一組を出しながら絵龍に答えた。
「己等こそが絶対なる神のしもべと信じ、地上の民を皆殺しにしようとした虐殺国家。それがスカイピアだよ」
そんな国がこのタイミングで目覚めてしまったら、何が起こるのかは――明白。
トレヴィーニが関わらなくとも、第二次世界大戦が起きる可能性が格段に上がってしまった。
やっと平和が戻ってきた大国だというのに、また戦う事になるのか。それも否定の魔女だけでなく、スカイピアという最悪の古代王国まで参戦するなんて。
絵龍は勢い良く机を叩き、スカイピアが起こすであろう惨劇を予測して叫ぶ。
「そんなの野放しにしたらやばいじゃないっすか! 否定の魔女だけでじゅーぶんお腹一杯っす!!」
「俺様もそんなのと相手するのは嫌だし、スカイピアに関してだったら俺様は共同戦線張ってもいいぜ? まっ、ゲーム終わったから扉出現させるわ」
そう言ってジョーカーは手札を机の上に置いて、パチンと指を鳴らす。
すると三人の後ろに巨大なトランプ型の扉が床からゆっくりと上がりながら出現する。
それを見たラルゴは手札を机の上に置き、扉のドアノブをつかんでゆっくりと開く。そこから見えたのは外にある滑走路と飛行機。すなわち勝利条件を満たし、脱出することを許されたということだ。
その様子を見ていた絵龍が理解できずに不思議がる。
「あれ? えーと、何でおーけー?」
「だってそっちのかたっぽ猫耳が上がっちゃったんだもん。こんなにあっさりしたババ抜き初めてだよ、あひゃひゃひゃ!」
「だって僕、こういう事になると何時も一番なんだもん」
あっ、そういえばそういう条件でしたね。
自分達三人の内、誰かがジョーカーよりも早く上がってしまえば参加OK。サザンクロスタウンからの脱出が認められます。
あっさり終わった事に関しては嬉しいものの、何というかこんなんでいいのかと思ってしまった。
絵龍&クレモト&ラルゴVSジョーカー――とりあえず勝利
■ □ ■
何も無い。何も無い真っ白なボール。
床と天井と繋がった滑らかな円状の白い壁、壁と床も丸くて真っ白い。
一言で言ってしまえば真っ白なボール。そんな幻想空間の中に二人は閉じ込められていた。
どちら共にカービィと断言するにしては異形の姿をしている。片方は全身にひびがあり、欠けた部分から灰色の何かが見えている水色の男。もう片方は両足に顔があり、奇妙な形の帽子を被った男。
「これはキミが狙ったのかな、オルカ」
後者の男――フー・スクレートはくすくす笑いながら、目の前の男――オルカに尋ねる。
オルカは首を左右に振り、呆れた口調で答える。
「んなわけねぇだろ、フー・スクレート。全員が獲物の取り合いしてたんだからよ」
「だろうね。あのトレヴィーニも乱入していたのも見たし、キミとボクの二人きりになったのは本当に偶然でしかない」
「それといい加減そいつ等喋らせたらどうだ? 俺にお前の幻術はそんなに意味無いぜ」
「あっ、やっぱり見破ってた? そんじゃアンダー、センター、レフト、ライト、もう喋っていーよ」
フーはあっさり認めると、己に宿っている四つの魔に声をかける。
それを合図にしたかのように両足の顔と帽子の装飾品からため息がつき、三体はいっせいに口を開いた。
「あー、息つまるかと思った!」
「早口詠唱ばっかで舌噛むかと思った!」
「もういい加減休ませろー!!」
「おうおう、元気だねぇ。連中はこいつ等に気づいたかい?」
「いいや、多分気づいてないよ。僕の幻術魔法はそこまで落ちていないからね」
オルカの質問に対し、フーは首を左右に振って答える。
フーの使い魔であるアンダー、センター、レフト、ライトの四体は強い幻術魔法によって普通の者には気づけなくなっている。
だから街中で喋っても誰も気づけないし、特に気にすることも無い。動いても誰もが忘れてしまう、気にすることが出来ない。
それほどまでにフーの魔力は強く、この四体のどれかに攻撃でもされない限りは感知できないのだ。
オルカは相変わらず高度な魔力に笑いながら、フーを褒める。
「さすがは反乱軍で一、二を争う魔法使いだな」
「……? ちょっと待って。オルカ、どうしてそれを知ってるの?」
反乱軍という言葉を聞いてフーは思わず聞き返してしまう。
「決まってるだろ? 俺もお誘いがきたんだよ、反乱軍につかないかってな」
「そりゃまた意外。そんな度胸のありまくる奴って誰なのさ。ネイビー……はレッドラム事情で違うとして、ユピテス?」
「いいや、リロードってガキンチョだ。結構強かったぜ?」
「あー、あの不思議ちゃん!」
「度胸ありまくりだろ、これ相手にお誘いなんて!」
「ってか戦ってんのかよ!!」
うるさいなー、こいつら。
ライト、レフト、センターの順でツッコミを入れているのを聞いていて、フーは一人思う。
一方で今まで黙っていたアンダーが口を開く。
「見たところ断ったようだな」
「風が吹いたから、昔から馴染みのあるこっちについただけさ。俺は小難しい考えと一緒に戦うんじゃなくて、単純な目的で戦う方が大好きなんでね」
オルカはそう言うと片手を前に出し、そこから光と共に人の領域を超えた長さを持つ槍「百戦練磨」を召喚すると勢い良くフーに向けて啖呵を切る。
「さて、無駄話はこの辺にしてそろそろ始めようぜ。……殺し合いをよ!!」
「オーケー。そんじゃ、こちらも手加減無しで行かせてもらうよ」
「最初から全力ってこと?」
「うわっ、めんどくさっ!!」
「でも相手が相手だかんなー」
「フーの意思だ。やるしかなかろう」
四つの魔が好き勝手言っているのも無視し、フーは足元に三角形型魔法陣を展開させてオルカ目掛けて雷を落とす。
雷が直撃するもオルカは黒焦げになった事など気にせず、百戦錬磨でフーに突きにかかる。
フーは咄嗟にシールド魔法で攻撃を防ぎ、両足の名前を叫ぶ。ライトとレフトは常人では決して聞き取る事が出来ない素早く詠唱し、オルカ目掛けて炎の球と氷の球を飛ばす。
両方の球が直撃するがオルカはそれも気にせず、シールドを力押しで破壊してフーに突きを入れる。
フーは慌ててしゃがみこみ、アンダーが百戦錬磨を正面から受け止める。百戦錬磨は刺さっておらず、アンダーの目と目の間で固定された状態になっている。
すかさずセンターがその身を伸ばし、オルカ目掛けて突撃する。
オルカは突撃してくるセンターに怯む事無く、逆に正面からその顔面を殴って攻撃を中断させると左手でその身をつかみ、勢い良く左の壁目掛けて投げる。
センターが投げられた事により、百戦錬磨からフーを守っていたアンダーもすぽっとフーから抜けて共に壁へとぶつかってしまう。
フーはその隙に後ろにジャンプして距離を離そうとするも、オルカはそれを許さずに詠唱させる暇も無いぐらいに百戦錬磨で何度も何度も突きにかかる。
ライトとレフトがフーの身体能力上昇魔法をかけて、フー自身の素早さと防御力を挙げるものの百戦錬磨の勢いはすさまじく、刺さりこそはしなかったものの、完全には避けきれずに全身に切り傷が出来ていく。
オルカが勢いを強めようともっとしっかり狙いを定めようとしたその時、突如オルカの体が火達磨と化す。
いきなりの炎にオルカが悲鳴を上げる中、フーは体制を素早く整える。壁に吹き飛ばされたアンダーも早足でフーのもとまでたどり着くとジャンプしてフーの頭に乗って帽子に戻る。
同時にオルカを包んでいた炎が体から離れて百戦錬磨一つに宿り出す。先ほどのダメージなんて全て嘘かと勘違いしそうなぐらい無傷の姿でオルカはフーに顔を向ける。
「今のはちょーっときつかったぜ?」
「痛みなんか感じない癖に。それよりも一対五でまだやる気?」
「そちらさんこそ、そんなのでこの俺に勝てると思ってるのか?」
互いに挑発し合い、勝気に笑う。
直後、オルカは百戦錬磨を勢い良く上から叩きつけ、フーは両手から氷の竜巻を発動して互いに攻撃し合う。
センターが素早く動き、百戦錬磨を銜えてフーに直撃するのを防ぐ。
氷の竜巻が直撃し、しもやけと傷だらけになったオルカはその場に踏みとどまって百戦錬磨にかける力を強めていく。
レフトとライトがあまりの姿に悲鳴をあげるけれど、フーはそんなの気にせずアンダーと共に呪文を唱えてオルカに二つの雷を落とす。
さすがに連続ダメージは答えたのか、オルカはややふらついてしまう。だがすぐに踏ん張り直し、勢い良く百戦錬磨を引き戻す。
センターもそのまま持っていかれそうになるものの、慌てて口を離して再度吹き飛ばされるのを防ぐ。
そのままの勢いでオルカは自分を軸にして百戦錬磨を回転させて、フーの横っ面に持ち手の部分を激突させる。
まともに食らってしまったフーは吹き飛び、大きな音を立てて壁へと激突して気を失ってしまう。
オルカは百戦錬磨を持ち直しながら、フーにすかさず駆け寄る為に走る。
こっちに向かってくるオルカに気づいたレフトが慌ててフーを起こそうと叫ぶ。
「フー、起きろ! フー!!」
「やばいよ、完璧のびてる!!」
「レフト、ライト、フーに回復呪文を唱えろ!! センター、我等でオルカを食い止めるぞ!!」
「マジかよ!? あぁもう、トレヴィーニじゃない分マシだけどさー!!」
フーが目覚めないと分かると、アンダーは細かい足を生やすと飛び降りてフーの前に立つ。
オルカはアンダーごとフーを突き刺そうと百戦錬磨を走りながら勢い良くぶん投げる。アンダーは勢い良く大口をあけ、百戦錬磨を避けずにその口で受け止めて飲み込んだ。
するとアンダーとセンターが共に発光し、姿かたちを帽子から細長いもの――漆黒の槍「百戦錬磨」へと変幻させていく。
すぐそこまで来ていたオルカ目掛けて漆黒の百戦錬磨は自我を持っている(アンダーとセンターが変化した姿なのだからとうぜんだ)かのように浮かび上がり、突進する。
オルカは右にジャンプして避け、新たに百戦錬磨を出現させて漆黒の百戦錬磨とぶつけ合う。互いに力は同じで、両者共にやや後方へと弾き飛ばされる。
漆黒の百戦錬磨は矛先をオルカに向け、その身に雷を宿しながら再び突進する。
オルカは突進してきた漆黒の百戦錬磨をギリギリで避け、雷が纏っているのも気にせずに持ち手の部分をつかむ。雷がオルカの体に襲い掛かる。
だが雷など諸共せず、オルカは漆黒の百戦錬磨を無理矢理フーへと向ける。前代未聞の長槍二刀流だ。
しかし漆黒の百戦錬磨は膨らんでいき、長さも縮んでいって元の帽子へと戻っていく。オルカに力強く握られていた部分だったセンターがぐえっと潰れた蛙のような声を出した。
オルカが元の帽子に戻ったセンターを放り投げようとした時、アンダーが勢い良く動き出してオルカの真正面から喰らいつく。
「やったか!?」
「馬鹿、フラグたてんな!」
ライトがそれを見て嬉しそうな声をあげるものの、レフトに即ツッコミを入れられる。
直後、オルカはセンターを力強く握り締めて己に喰らいついたアンダーを無理矢理引っ張り取ると勢い良く空中に放り投げ、百戦錬磨でアンダーとセンターの連結部分を突き刺した。
「ぐはっ……!!」
「ギャアアアアアアアア!!!!」
「馬鹿か、お前等? ……カービィの形もしていねぇ戦争用魔物に俺が負けると思ってるのかぁ!?」
アンダーとセンターの二体が悲鳴をあげる中、オルカが勢い良く叫ぶ。
その絶望的な光景を見てレフトが悲鳴を上げ、ライトが必死でフーを起こそうと声をかける。
「ギャアアアアア!! マジでフラグ成立しちゃったああああ!!」
「フー、起きて! フー!! アンダーとセンター、やられちゃったよー!!」
だけどもフーが起きる気配は無い。
オルカは百戦錬磨にアンダーとセンターを突き刺したまま、フーへと近づいていく。
レフトとライトが近づいてきたオルカに対して呪文で攻撃しようとするもそれよりも早く、オルカがレフト、ライトの順番で踏みつけて詠唱を中断させる。
両足が痛がっている間に、オルカは百戦錬磨の矛先をフーに向けて突き刺しにかかる。
だがフーに刺さる直前で百戦錬磨は止まってしまった。フーの背後から生えてきた真っ白な茨が絡まってしまったことによって。
オルカは茨に驚き、フーの背後に眼を向ける。
そこには八つの薔薇の装飾がある大きな鏡があった。一番上には白色の薔薇、両サイドには上から順番に黒:黄、緑:青、赤:桃となっていて、一番下には紫色の薔薇がある。
明らかにこの空間には無かった鏡にオルカが驚きを隠せずにいると、気を失っていた筈のフーが顔を上げながら口を開く。
「ボクは実に運が良い。……どうやらこの城にはミラリムがいるようだね。それもボク等側の誰かと契約しているミラリムが」
「……どういうことだ、テメェ」
「ボクも知らないよ? ただ彼女の魔力はなんとなく感じていたけどね」
フーはこんな状況下でもクスクス笑う。傷だらけだというのにクスクス笑う。
それに応えるかのように鏡から新たに生えてきた茨がフーを包み込み、鏡の中へと引きずり込む。百戦錬磨に刺さったアンダーとセンターを引っこ抜き、鏡の中へと引きずり込む。
オルカがそれを止めようにも、何時の間にか己の体を茨が拘束して全く動けない。
フーは全身を茨に包み込まれながら、いつもの妖しい笑顔でオルカにこう言った。
「バイバイ」
フー達は鏡の中へと引きずり込まれ、鏡ごと姿を消した。
同時に幻想空間が解除され、元の場所である己の部屋へと戻るオルカ。
不必要なものは一切置いていない生活観の無さ過ぎる部屋。その中央でオルカは、怒りに包まれていた。
「一体どこのどいつだ! 鏡の魔女と契約しやがったクソヤロウは!!」
折角の戦いがまたも邪魔されてしまった。ナグサだけでは飽き足らず、フー・スクレートまでも奪われた。
魔法の鏡であり、鏡の魔女であるミラリムは偶然こちらの手中にしていたというのに、何時の間にか奪われていた。誰かに契約されてしまっていた。
恐らくフー・スクレートはこういう展開になる事をある程度読んでいたのであろう。
体力を出来る限り消費させず、確実に自分から逃れる為にミラリムを待っていたとしたら? そうだとしたら――オルカは遊ばれていたということになる。
その事実にオルカは壁に拳をぶつける。壁がへこんだ。
「ぶっ殺す! ミラリムの契約者は……俺がこの手で殺す!!」
怒りのままに、己の戦いを邪魔した魔女とその契約者を殺す事を決意する。
フー・スクレートVSオルカ――ドロー
- 最終更新:2014-05-28 20:36:32