第二十八話「Boss Battle」
無限ともいえるぐらい真っ青なタイルが床一面に広がり、淡く光っている。
空に目を向けてみると、見ているだけで頭が痛くなりそうな計算式や記号といった数学に確実に出てくる文字が飛び交っている。
あまりにも奇怪すぎる光景にソプラノは頭が追いつけなかった。
「な、何これ~!?」
「幻想空間だよ、これも。……あーもう、何でこうも空間系統に縁があるのかな、僕さま」
一方でローレンは三度目の幻想空間に驚きを通り越して、呆れていた。嫌気が差してるのが丸分かりだ。
エダムは己が製作した小型多機能メカ「アーバル」をスカウター型に変換し、この異様な空間を解析している。
「簡単な魔法結界の上に凄い量のプログラムが張られている。解析するにしても凄い時間かかる量だよ」
『ってかこんなの解析できるのZeOぐらいしかいないっちゅーの。ってか作れる奴、まずいないし』
アーバルに内蔵されている人工知能「イーヴァ」が説明に補足する。
いきなり機械音声が聞こえた事にローレンが一瞬驚く隣で、ソプラノは己のヘッドホンであるトレブルに確かめる。
「トレブル、そうなの?」
『はい、マスターソプラノ。このような結界、普通の者にはまず不可能です。魔法結界こそ簡単なものですが上乗せされたプログラムの方が非常に厄介でして……』
「ジョーカーの神経衰弱と比べるとどう?」
『こっちの方がぶっちゃけややこしいですね』
「……そりゃ厄介」
相棒の分かりやすい答えを聞いてソプラノはまたも面倒な状況下に陥っている事を理解した。
その時、三人の目の前にあるタイルの一つが黄色に輝きながらある人物の姿を浮かび上がらせる。
触手を連想してしまいそうな複数に連なった長い桃色の耳を銀色の止め具でツインテールのようにしている女の子だ。
女の子はおっとりした口調で少し驚いていた。
『あらま、余りもので組み合わせたらこ~んなパーティになっちゃうなんて~』
その女の子の声は三人とも知っていたし、エダムはその姿から見て何者かすぐに分かった。
機械反乱首謀者であり、魔女一派の一人であるディミヌ・エンドだ。
『あなた達三名担当のディミヌ・エンドだよ~。他の人達はオルさんやモザさんやフルさん、馬鹿殿達にお相手してるから安心してね~』
「それ、どういうことだい?」
『トレ様が考えて、馬鹿殿がアレンジ加えた作戦。といっても馬鹿殿お目当ての小悪魔さんはトレ様が持ってちゃったから今頃馬鹿殿八つ当たりしてるんじゃないかな~?』
ということは全員何人かのグループに分担され、ハンターに位置するトレヴィーニの部下の幹部勢と戦闘させられているのだろう。
自分達の場合、目の前にいるディミヌ・エンドが相手。
それならこの異様な幻想空間についても納得できる。ディミヌ・エンドにとってもっとも戦いやすい空間として誰かが張った魔法空間の上に一気にプログラムをかけたんだと。
ディミヌは両手を後ろにまわし、明らかにこれから戦闘を行う者の態度ではないのんびりした口調且つ笑顔で話す。
『さて、それじゃ戦おうか。お手柔らかにお願いしま~す』
そう言ってディミヌは両耳の触手を針のように鋭くさせ、三人目掛けて突きかかる。
ローレンは右、エダムは左、ソプラノは後方にジャンプして避ける。
スカウター状態のアーバルを使い、ディミヌの解析を終わらせたエダムがローレンとソプラノに報告する。
「ディミヌはこの空間内だと実体に等しいから攻撃がちゃんと通じる! 特に魔法などの形がとらえられない攻撃に弱い!!」
『私の出番がっ!!』
「トレブル、戦闘モードに移項!」
解析役を取られ、ショックを受けるトレブルだがソプラノに命令されて素早く戦闘モードに移項する。ソプラノは力がわきあがってくる「パワーアップの歌」を歌い、三人の攻撃力をあげる。
攻撃力が上がったローレンは巨大鋏を出現させ、ディミヌ目掛けて切りかかる。
ディミヌは両耳の触手を器用に動かし、ローレンの切り付けを防ぐ。その内の一本をローレンの背後にこっそり回していく。
ローレンはすぐそれに気づき鋏を力ずくで開かせ、攻撃力が上がっているのを良い事に攻撃を防いでいた触手を切ってディミヌの顔面に蹴りを入れる。
顔面に蹴りを食らわされたディミヌはよろめくものの、タイルの下に引っ込んでローレンの前から姿を消す。
何処に行ったと三人が辺りを警戒しているとソプラノのすぐ後ろのタイルが黄色に輝いてそこから六つの触手が飛び出てきてソプラノを締め付け、電気ショックを流す。
強力な電気ショックに悲鳴をあげるソプラノ。エダムはアーバルを拳銃型に変形させるとソプラノを締め付ける六つの触手に発砲する。
全て直撃した触手は痛みのあまり、タイルの中に引っ込んでしまう。
触手が消え、開放されたソプラノはその場に倒れこみそうになるもののどうにか立ち上がり、癒しの歌を歌って自分の傷を治癒する。
再びタイルの中に姿を消したディミヌの行方をローレンはエダムに尋ねる。
「どのタイルにいる!?」
「タイルの中で無茶苦茶に移動しまくってる! 今何処にいるかは解析できるんだけど、向こうの動きが早くて……! うわっ、今スピード速くした!!」
「盗み聞きって性格悪っ!!」
その時、ローレンの真下から絡み合って一つとなった触手が勢い良く飛び出し、ローレンを上空にぶっ飛ばした。
性格悪いに反応したの!? とエダムが驚く隙を逃さず、触手はエダムを思い切り殴る。
エダムは衝撃に耐え切れず、吹き飛ぶ。だが足につけたスケート靴のスイッチをつけ、壁に激突するのを避けると拳銃状態のアーバルをディミヌがいるタイルを狙って発砲する。
タイルに穴ができるものの、ディミヌそのものには直撃していないのは拳銃型のアーバルについた小型モニターの反応で明らかだ。
ディミヌは再び動き回っている。しかも確実にエダムへと近づいてきている。
その時回復を終えたソプラノが口を開き、聞いているだけでテンションが燃え上がるような力強い歌を歌う。
するとタイルの一つが炎に包まれ、本当に燃え上がった。
『あっつ~~~い!!』
タイルの中から悲鳴を上げて出てきたディミヌ。すぐにプログラムを展開させ、己の身についた炎を消していく。
そんな隙だらけの姿を三人は見逃さなかった。
ローレンが先頭に走り、炎を消すのに必死なディミヌの背に切りかかる。
続けてソプラノが聞いているだけで鬱になりそうな歌を歌ってディミヌの炎の威力を倍増させて苦しめさせる。
トドメにエダムがアーバルを火炎放射器状に変えて、ローレンが離れると同時にディミヌ目掛けて放火した。
連続攻撃を喰らい、ディミヌ・エンドが悲鳴を上げる。
『イーーーーやーーーーーーーー!!!!』
リンチとしか言いようがない攻撃方法で、燃え上がるディミヌは見ているだけで正直きつい。
実行犯でありながらもソプラノとローレンは目の前の光景に罪悪感を感じてしまう。
「ちょーっとやりすぎたかな……?」
「間違いなくやりすぎたかもね……」
「相手はプログラムの敵。同情なんてする方が馬鹿だと僕さまは思うよ!!」
危険人物と称されているローレンは罪悪感なんてこれっぽちもなく、再度ディミヌに切りかかる為に鋏を構える。
その時ディミヌの炎が唐突に彼女の上空に移動し、紅蓮に燃え上がる巨大球へと変貌する。
攻撃が来ると気づいたソプラノはローレンの手をつかみ、彼を引っ込ませる。エダムはアーバルを使って三人を包み込むシールドを作り出す。
ディミヌは力強く三人をにらみ付け、紅蓮の炎球を叩き落とす。
炎球はシールドに直撃し、シールドとその辺り一体を炎で包み込む。シールド内部にも炎が響き渡り、熱くて熱くてたまらない。
続けてディミヌは右耳の触手を一本の銀色の槍へ、左耳の触手を一本の金色の槍へと変貌させてシールド目掛けて突き入れる。
シールドはひび割れ、二つの槍が貫通した。同時にシールドが爆発を起こした。
いきなりの爆発と爆風による煙によって視界を拒まれながらも、ディミヌはすぐにプログラムを展開させて三人の位置を把握にかかる。
プログラムを展開させ、位置を探る。すると出てきたのは自分の真後ろだというのが判明した。
ディミヌは咄嗟にタイルの中に引っ込もうとしたその時、彼女の体を巨大鋏が貫通した。
『――――――――――――!!!!』
言葉無き悲鳴がディミヌの口から響く。
彼女の背後にて巨大鋏を刺したローレンは笑い声を上げる。
「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!! どう、痛い? 炎よりも痛いぃぃぃ!?」
そう言いながらグリグリ巨大鋏をねじ込むローレン。ディミヌは再び悲鳴を上げる。
だけどもディミヌからは血も涙もこぼれない。プログラムだから当然だ。だが襲い掛かってくる痛みはなぜか存在してしまっている。
想像を超える痛みを相手にしてもディミヌは気を失わず、触手を即座に元の形に戻すと背後にいるローレン目掛けて全て伸ばす。
だが触手はローレンの後方にいたエダムが全て撃ち落とされてしまい、ディミヌの痛みを増やすだけの結果になった。
ディミヌはデータを巡らせ、三人が後ろに回れた意味を探る。
ローレンは鋏や針に変化する武器型。エダムは魔法が使えないエネルギー型。ソプラノは歌を扱う特異型。この中に通常魔法を行う者はいない。
だがディミヌは気づく。ソプラノの歌は魔法と同等、いや能力であるからそれ以上の万能性を持っていることに。
『テレポーテーションを歌で発動させたってわけね……!』
「そーいうこと! 危機一髪だったけど、間に合ったよ!!」
ソプラノが力強くハッキリ答える。その表情は勝利を確信した者の顔だった。
その言葉を聞いて「罪悪感はどうした」とディミヌは指摘したくなった。
だが今はそれどころじゃない。この空間の性質上、ディミヌはほぼ実体化状態。それが仇となって今、ローレンの鋏によって体を貫かれている。
幸いプログラムだから体がギリギリもっているものの、次に大きな攻撃がくればデリートしてしまう可能性が高い。再生プログラムも耳ではなくダメージの大きい体に集中してしまう為、ほとんど意味が無い。
ディミヌの負けはほぼ決定していた。だけどもディミヌには策があった。最終手段という策が。
ディミヌは内部でその策を発動させるプログラムを起動させながら、三人に話しかける。
『良いこと教えてあげる。この幻想空間はね、あたしのプログラムで繋ぎあっているだけなの。だから、そのプログラムが一気に消えちゃえばどうなると思う?』
「……元の空間に返るんじゃないの?」
『あは、正解。でもねぇ、元の空間がどこだか分かって言ってるの? 電子の乱姫ディミヌ・エンドが常にどこに存在しているのか分かって言ってるの?』
ディミヌが常に存在する空間――すなわち、電脳空間。人々が存在できない空間。
それに気づいたエダムが焦り、声を荒げる。
「お前、まさかっ!!」
『あはははははははは!! トレ様のプログラムが負けても何もしないと思ってたの~!?』
ディミヌは暗黒を象徴させるかのように不気味な笑顔を浮かべる。鋏が刺さったままだというのに。
すると空が墨をぶっかけたように真っ黒に変貌し、周りから一気にタイルが消えていく。
三人もその場から離れようとするものの足場としているタイルが消滅し、無限に続く0と1の螺旋が連なるだけの無限回廊へと落ちていく。
ローレンが落ちたことによって己を苦しめていた鋏も消滅し、一気に再生して完全回復したディミヌ・エンドは唯一残ったタイルの上で落ちていく三人に向かって叫ぶ。
『無限の海に落ちちゃえぇぇぇぇぇぇぇ!!!!』
その叫びが三人に届いたかどうかはディミヌには分からなかった。
だけども違う存在には届いてしまった。
『させるかあああああああああああああ!!!!』
二つの声が重なり合った奇怪なその声を聞き、ディミヌは顔を上げる。
その瞬間、通常の二倍の大きさはある青紫色の緑色の電撃を纏ったカービィと一瞬目があってしまった。
すぐに二倍の大きさがあるカービィは無限回廊へとまっ逆さまに落ちていき、ディミヌの視界から消えてしまう。
ディミヌは知らないカービィの存在を見て、慌てて概知データから引きずり出して何者かを探る。
結果はすぐに出た。サザンクロスタウンの地下にてエアライドマシンパーツの門番ともいえる電子の精霊アノ+カスが合体した存在、ロードだ。
こっちに潜り込んでいた事に気づけなかったとは不覚。しかし倒せない相手ではない。
ディミヌは己の周囲に無数のモニターを展開させ、六つの触手を更に細かく薄く分類させ、一本一本ずつモニターにつけてプログラミングを開始する。
ディミヌの目の前にある他のモニターよりも少し大きめのモニターには遥か下の光景が映っていた。
丁度ただ落ちていくしかできない三人を後から落ちていたロードが抱えて無限に落ちていくのを回避したところだった。
ディミヌはプログラミングを素早く行い、モニターに見えるロードに攻撃を加える。
ロードはというとディミヌから送られる妨害工作を喰らい、足から少しずつ光へと変わっていく。その場に立ち止まる事が出来ず、三人を抱えたまま落ちていく。
その時、彼等の真下に八つの薔薇の装飾がつけられた大きな鏡が出現したのをディミヌは見逃さなかった。
ディミヌはわけの分からない鏡の出現に驚きながらも、ロードへの攻撃を更に強める。
ロードは三人を助け出す事に必死なのか、己の足と体の下半身が消えていくのをあえて無視しながら鏡へ目掛けて落ちていく。
嫌な予感がして鏡側に干渉しようとしてもできず、ディミヌは仕方なくロードへの攻撃に集中する。
ロードさえ消えてしまえば、三人揃って鏡に向かって落ちれるなんて可能性がグンと低くなる――!
徐々にロードの体が消えていく。もう下半身が完全に消えてしまい、その上半身も周りからどんどん光となって消えかけていっている。
ソプラノ達がロードに向かって何かを叫んでいるけれども、ディミヌには関係ない話。
ディミヌはロードにトドメをさす為、最大級の攻撃ともいえるプログラムを送り込む。
『アノ+カス=ロード……デリートッッ!!』
するとモニターに映るロードの体が一気に消えていく。光へとなっていく。
だけどもロードは両手だけになろうとも、助け出した三人を最期の力を振り絞って鏡目掛けて投げ入れる。三人は抵抗することも出来ず、揃って鏡の中へと落ちていった。
そしてロードは完全に光となり、この空間から消去<デリート>された。
ローレン&ソプラノ&エダムVSディミヌ・エンド――ドロー。
■ □ ■
針地獄。
一言でたとえるならば、それが的確だった。
円盤のように広がった大きな皿は一本の針によってわずかなバランスによって存在するだけ。大きな皿の下から見えるのは無数の針、針、針、針、針。所々に腐りきって原型がとどめていない肉片や血があるのは気のせいだと信じたい。
あまりにも不安定且つバランスの悪いステージ上にいるのはハンターのフル・ホルダーと生き残りから選抜された三人、小さな人形の娘ちる、パワー系能力者のカタストロ、異様な特異能力を持つ黒脚ケイト。
カルベチアによって隻眼と化したフル・ホルダーは己と対峙している三人を見て、ため息をつく。
「キング・ダイダロスにも困ったものです。ミルエ・コンスピリトをトレヴィーニ様にとられたぐらいであんなに怒り散らし、一人で大勢とっていくなんて我侭にも程があります」
「……その言い方からして、全員こういう状況になっていると見て良いかな?」
「はい。隠しても無駄でしょうし、説明しておきましょう」
ケイトの推測をフル・ホルダーはあっさり認め、三人にこの作戦について説明する。
「この作戦はトレヴィーニ様による物語を主人公と定められた者達と共に歩む権利を与えるか否かのもの。すなわちトレヴィーニ様が直々に回収した者達以外の実力を私達トレヴィーニ様に仕える者達が確かめる戦いです。ですがあなた方の人数が多すぎる為、ベールベェラによって分断させていただきました。今頃彼女もどこかで誰かと戦っている真っ最中でしょう」
少々小難しいことを言っている気がするが簡単に纏めてしまえば、生き残りが分断されて魔女一派と戦闘しなきゃいけないって事だ。
トレヴィーニが認めていないだけで排除されるとはあまりに理不尽な内容だと思う。
だが思っている暇は、無くなった。カルベチアが鎌を手に取ったからだ。
「さて、それでは私達も始めましょうか」
カルベチアは翼を羽ばたかせ、上空に舞うと鎌の刃に魔力を込めて勢い良くその場で振る。
すると鎌の刃から無数の光り輝く小さな刃が出現し、三人のいる中央部分ではなく皿の南部分に集中して刺さっていく。
小さな刃とはいえど、大量に刺さってしまったせいで皿が一方へと大きく傾いてしまう。
いきなりの傾きに滑り落ちる三人。カービィよりも小さな人形であるちるは傾いた衝撃で空中に飛ばされてしまい、皿からはるか離れた場所へと落ちていく。
それを見たカタストロはすぐに翼を使ってちるの方まで飛んでいく。
しかしフル・ホルダーが回り込み、カタストロに鎌を振り下ろす。カタストロは巨大十字架を出現させ、咄嗟に攻撃を防ぐ。
互いに攻撃がぶつかり合った二人はすぐに武器同士を離し、己もある程度距離をとる。
フル・ホルダーは指を鳴らし、ちるが落ちていった方向に風を吹かす。
すると今まさに針に刺さろうとしていたちるを風が包み込み、瞬きする間もない速さでフル・ホルダーのもとまで回収する。
風が止み、ちるがフル・ホルダーの手の上に落ちる。ちるは小さな悲鳴をあげる。
「きゃう」
「大丈夫ですか?」
「あ、はい」
敵であるフル・ホルダーに声をかけられ、ちるは思わず頷く。
それを見たカタストロは一瞬呆気にとられるものの、すぐにフル・ホルダーを睨みつけながら助ける。
「……虐殺が目的なら、何で助けた」
「一応、選定ですからね。大半の者は虐殺を優先するでしょうが私は選定という命令を忘れておりません。だからこのような事故で死ぬのは不本意。三人で私と戦い、私に物語を歩む価値があると分かればあなた方の勝利なのですから。といっても、助けるのは今回だけですがね」
フル・ホルダーは冷静にそう答えるとちるをカタストロに投げ渡す。
カタストロは片手でちるを受け止めて頭の上に乗せ、フル・ホルダーと再度向き合う。だが肝心のフル・ホルダーはカタストロから目を離し、ケイトを確かめていた。
ケイトは刃に刺さる寸前で、己の能力を駆使して小さな出っ張りの足場を出して窮地を逃れている。
それを見たフル・ホルダーは感情も表情も変える事無く、カタストロと再度向き合う。
カタストロとフル・ホルダーの間に静けさが伝わりあう。
ごくりとちるが息を呑む。
直後、巨大十字架と鎌が再度ぶつかり合う!
今度は距離をとる事無く、互いに力押しだ。
互いに押し合う中、カタストロは力をより強めてフル・ホルダーを巨大十字架で皿目掛けて弾き飛ばす。
吹き飛ばされたフル・ホルダーはなすすべもなく、皿の中心部分に背中からぶつかって強打する。その際に鎌を落としてしまう。
それを見たケイトは皿に両手を当てると分子・原子の成分を理解し、分解させて再構築させる能力「空來凛守」を発動させる。
すると皿から鋭い針が伸びていき、フル・ホルダーの両手足を突き刺して拘束した。まるで蝶の正本のごとく。
ケイトは空來凛守を発動させ、皿の所々に小さな出っ張りを出現させると軽快にジャンプしてフル・ホルダーまで近づいていく。
フル・ホルダーに一番近い出っ張りまで到着すると彼女の右足に刺さっている針を更に伸ばす。フル・ホルダーの口から悲鳴が漏れる。
伸びた針にケイトは飛び乗り、バランスを崩す事無くフル・ホルダーと向き合う。
「……選定だったよね、この戦いって?」
「それが何か!? グッ……」
「あんまり大声出すと針が傷むよ。それよりもさ、君が僕らを認めればこの選定は終わるんだよね」
「面目上、ですけどね。ただそうなるかどうかはあなた方次第ですが」
「それじゃ言わせればいい話だね」
そう言ってケイトはフル・ホルダーの右頬に拳をぶち込んだ。
いきなりの殴打とその衝撃による針の傷みにフル・ホルダーは苦しみの声をあげる。
だけどケイトはそんな事一切気にせず、彼女の左頬をまた殴る。次に右頬を殴る。次の次に左頬を殴る。次の次の次に右頬を殴る。次の次の次の次に左頬を殴る。次の次の次の次の次に右頬を殴る。次の次の次の次の次の次に左頬を殴る。次の次の次の次の次の次の次に右頬を殴る。次の次の次の次の次の次の次の次に左頬を殴る。以下エンドレスなので、省略。
「すっごいキラキラした笑顔だ……!」
「ラルゴとは違う意味でやる事えげつないな……」
一方的フルボッコ光景にちるは騒然とし、カタストロは若干引いた。
ケイトは殴るのをやめ、色々な意味で悲惨な状態の顔になっている彼女を己と向かい合わせて言う。
「……言わない?」
「こんなやり方で私が言うと思いますか?」
グーパンチが左頬に入りました。
でもフル・ホルダーは全く怯む事無くケイトを睨みつける。そしたら今度は右頬を殴られた。
ケイトは殴りすぎて痛くなった手をふりながら、フル・ホルダーに笑顔でこう言った。
「言わなかったらずっとこのままだよ。……覚悟はできている?」
その笑顔は、今さっきちるが見たのよりもずっとキラキラしていました。
フル・ホルダーはその笑顔を見ても表情を変えなかった。いや、良く見ると口元が小さく小さく笑みを浮かべた。
直後、フル・ホルダーを縛り付けていた針が引っ込んだ。……否! フル・ホルダーを中心とし、唯一の足場であった大皿が光の粒となって消え去ったのだ。皿に刺さっていた刃も、ケイトが出した出っ張りも、大皿そのものも何もかもすべて。
急遽足場を失い、ケイトが落下する。フル・ホルダーは鎌を出現させ、顔の痛みも我慢してケイトめがけて切りかかる。
その間にカタストロが入り込み、ちるがフル・ホルダーに衝撃波を加えて怯ませる。
その隙にカタストロがケイトの足をつかんで針に刺さるのを防ぐとフル・ホルダーから距離を離しながら上昇する。。
助け出されたケイトは針よりも上の高さまでたどり着くと、自分からカタストロを振り払って針の上に飛び乗る。器用に足の指と指を針で挟んでおり、忍者を連想させる風景である。尚、カービィに対して指のツッコミは愚問である。
フル・ホルダーは鎌を片手に持ち直し、空いた手で優しく顔を撫でる。すると傷だらけで見てられなかった顔は全治され、本来の彼女の顔が姿を現す。
鎌を三人に勢い良く向けると、調子を取り戻したのかフル・ホルダーは戦闘開始直前と同じような口調でこう言った。
「黒脚ケイト、先ほどの問いについてお答えしましょう。私はトレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガン様の為ならば何時でも命を捨てられる覚悟はあなた方如きに跪くような薄いものではございません。……さて、あなた方に尋ねましょう。覚悟はできていますか?」
そう言ってフル・ホルダーは己の背後に三角形型魔法陣を展開させ、銀色に輝く大きな布を出現させるとそれですっぽり自分を覆い隠させる。
布はフル・ホルダーの体に密着し、同化していく。体も手足も翼も帽子も銀に、鋼に包まれていく。
完全なる鋼に包まれ、その身体防御力を強化させたフル・ホルダー……基、メタルフル・ホルダーは以前と全く変わらない素早さでカタストロ目掛けて突進する。
カタストロは咄嗟に横に飛んでかわす。
メタルフル・ホルダーはカタストロの背後にあった針山と正面激突するものの、メタルフル・ホルダー自身は無傷で針山が無残且つボロボロに破壊されるという事態になった。
それを見たちるは思わず声を上げる。
「か、硬っ! ありなんですか、アレ!?」
「……動けるストーンにしてもひどすぎる。魔法とコピー能力の混合技か?」
「もしそうだとしたら最悪だよ。僕の能力でも、そればかりは分解できないからね」
コピー能力はカービィにとって最も重要且つ尊重されている力であり、そこから生み出された物質を防ぐ事は出来ても消す事は否定の魔女でもない限り決して出来ない。
魔法から生み出された物質ならばどうにかなるものの、そこにコピー能力が付属されてしまえば……どうしようもない。
メタルフル・ホルダーはそんな三人を眺めながら、もう一つ鎌を召喚して二刀流にすると己の両手と融合させ、カマキリのような腕になると再び回転しながらカタストロ目掛けて突撃する。
カタストロは左に避けるものの、メタルフル・ホルダーは針山を破壊しながら戻ってくるとメタル化を解除し、両手の鎌を刃に変化させ、カタストロ目掛けて投げる。
それを見たケイトは針を目にも留まらぬ速さで次々と飛んでいき、元に戻ったフル・ホルダー目掛けてクナイを複数投げる。
フル・ホルダーは三角形型魔法陣を展開させ、鉄の盾を出してクナイを全て防ぐ。
ケイトはそれを見越していたのか、フル・ホルダーが盾を引っ込めると同時に彼女のすぐ隣まで移動すると蹴りをぶち込む。
蹴りを横から食らったフル・ホルダーはある程度吹き飛ぶものの、針にぶつかる直前で止まる。
一方で十字架模様の盾を出現させ、カタストロは二つの刃を防ぐ。刃は盾を突き破るものの、カタストロにはギリギリ届かなかった。
しかしそれも束の間。刃は高速回転して、盾を突き破ると両方共にカタストロへと直撃する。右羽と左足に刃が回転しながら刺さり、深い深い傷から噴水のように血が吹き出る。
そのあまりにも多すぎる且つ生々しい血を間近で見たちるはショックのあまり気を失ってしまい、またカタストロもその痛みに耐え切れず気を失い、その下に待ち受けている針山へと落下していく。
ケイトがそれに気づき、助けに行こうとしたものの再びメタル化したフル・ホルダーに突撃されそうになり、慌てて避ける。
メタルフル・ホルダーは避けられても尚、ケイト目掛けて突撃を繰り返す。ケイトは針の上を飛びながらその突撃を回避していく。
執着して行われる突撃により、ケイトは助けに行く事が出来ずどうするかと頭を悩ませる。
その時、幻想空間一帯に強い衝撃波が広がった。
何故かケイトには何の衝撃も襲わず、硬い鋼で守られたメタルフル・ホルダーには強い衝撃が襲い掛かる。無数の針も衝撃波に耐え切れず、いくつかが吹き飛んでいく。フル・ホルダーの生み出した幻想空間そのものに衝撃が走る。
何がおきた、とケイトもメタルフル・ホルダーも困惑する。
するとちるとカタストロが落下した場所からゆっくりと何かが上昇していた。血だらけのカタストロを抱えた、カービィとほぼ同じサイズのちるである。
けれどもちるの姿をしているちる以外の何かにしか見えなかった。だってその顔は、とても不気味で明るい笑顔なのだから。
彼女はメタルフル・ホルダーに尋ねる。一見幼い娘のようで、けれども何よりも狂った口調で。
「ねぇねぇ、あなたはだぁれ? 王子様でもお姫様でもないあなたはだぁれ? あは、あははははははは。どう見ても悪い魔女よね? 悪い魔女にしか見えないわ、あはははははははは!! だったらさぁ、倒してもいいよねぇ? 悪い魔女をお姫様が倒してもいいよねえええええええ!!!!??? 答えは聞いてない。聞きたくない。私が聞いてもいい答えはねぇ、私の王子様にしか答えてほしくないんだからねぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
悪魔。
そう呼ぶに相応しい存在が目の前にいるとケイトもメタルフル・ホルダーも思った。
カタストロのような外見が悪魔という意味ではなく、その精神が自分たちよりもずっと悪魔と呼ぶに相応しいものだからである。
ここにナグサかローレンのどちらかがいれば、彼女が一体何なのかすぐに分かったことだろう。彼女はちるであってちるではない。人形屋敷の少女の心であった“コッペリア”という狂った人形なのだと。
コッペリアはカタストロを抱えたまま、真空波をメタルフル・ホルダー目掛けて放つ。
メタルフル・ホルダーは即座にそれを避ける。彼女の後ろにあった針は見事縦真っ二つに切られてしまった。
あまりにも強すぎる存在の目覚めにメタルフル・ホルダーは危機感を覚え、詠唱準備に入る。
一方でコッペリアは笑う。狂った笑い声を上げる。狂った考えを叫ぶ。
「こうなるのも久しぶり。とても久しぶり。彼が、王子様が、やってきてくれた時以来。……あぁ、心が高ぶる。気持ちが高ぶる。あの頃に戻ったかのよう。あはは、あはははははははははははははははははははははははは!!!! 悪い魔女は倒さなきゃ! 王子様がいない今、お姫様の私が倒さなきゃ!! だから、倒されてよ。お姫様に倒されてよ、悪い魔女さん。それがお話として正しくて、素敵で、王子様も望んでいる結末なんだからさあああああああああああ!!!!???」
病んでいる。ケイトはその狂気を見て、そう思ってしまった。
コッペリアは片手でカタストロを抱えなおし、空いた手をメタルフル・ホルダーに向けて連続で真空波を放つ。
メタルフル・ホルダーはその場から動かず、足元に巨大な三角形型魔法陣を展開させる。無数の刃が鎖のように絡み合い、中央にある盾を無様に切り刻んでいる紋様である。
先ほどのものとは全く違う三角形型魔法陣を展開させたメタルフル・ホルダーは高らかに詠唱する。
「我が空間よ! 与えてやった魔力を私に戻せ。目の前にいる修羅を滅ぼす為、私に戻せ。否定の魔女唯一人に仕える空刃の魔女に力を与えよ。勝利を望む魔女に勝利への導きを与えよ。汝等は我が鎌。この手に宿れ、幾万もの存在を断ち切る鎌としてこの手に宿れ!!」
すると幻想空間内部の針が全て球体の光となり、真空波を弾き返しながらメタル化が消えたフル・ホルダーの鎌へと集結していく。
光が宿っていく鎌は徐々に形を変えていく。更に大きくなっていく。力を強めていく。
シンプルな鎌から、白い茨と薔薇の装飾がされた長い長い柄と血管を思い浮かべるように所々が浮かび上がっている不気味で恐ろしい赤黒い刃を持つ巨大すぎる鎌へと変化する。
フル・ホルダーは大鎌を両手で持つと翼を羽ばたかせてコッペリアに接近して振り下ろす。
コッペリアは衝撃波を咄嗟に放って相殺を図る。しかし大鎌によって衝撃波はかき消され、コッペリアの眼前へと大鎌は接近していた。
「ひぐっ!!」
悲鳴が上がった。フル・ホルダーの悲鳴が。
同時に大鎌がコッペリアに刺さる寸でのところで止まった。
ケイトがフル・ホルダーの背中目掛けてクナイを投げたからだ。
コッペリアはその隙を逃さず、至近距離から衝撃波を放ってフル・ホルダーを吹き飛ばして距離をとる。それを見たケイトが早足で彼女を追いかけていく。
大急ぎで何も無くなった地面に降りるとコッペリアはフル・ホルダーから離れた位置にカタストロをゆっくりと寝かせると、己もフル・ホルダーを追いかける。
吹き飛ばされたフル・ホルダーは両手両足と背中の痛みを堪えながらも、巨大鎌を勢い良く振る。
すると巨大鎌から無数の刃が生み出ていき、豪雨のようにケイトとフル・ホルダーへと降り注ぐ。
ケイトは地面に両手をつけ、己をすっぽり覆い隠すように地面を盛り上げさせて刃の雨を回避する。
コッペリアは衝撃波で刃を吹き飛ばしていき、フル・ホルダーの間合いへと入り込むと彼女の顔面をわしづかみにして地面へと勢い良く叩きつける。
「なぁに痛い事やってくれるのかな? そんなことしても無駄なのが分からない? 私はお姫様。あなたは悪い魔女。お姫様は悪い魔女をやっつけるものなの。だからさぁ、そんなことしてもさぁ、意味が無いの! 意味が無いんだよ!! 意味があるっていうならさぁ、言い返してみなよ! できないでしょ? そりゃそうでしょ! 言い返しても私は聞かないんだからさあああああ!!!!」
グリグリとフル・ホルダーの顔面を押し付けながら叫ぶその姿はどう見ても悪人です、ありがとうございました。
フル・ホルダーがどうにか起き上がろうとするものの、コッペリアの力は強くて起き上がりたくても起き上がれない。
その時ケイトがフル・ホルダーとコッペリアのもとまで歩いていき、しゃがみこんでフル・ホルダーと目線を合わせる。フル・ホルダーは包帯に包まれていて見えなかった筈のケイトの左目を見てしまった。
その直後、フル・ホルダーは悲鳴を上げた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
聞くに絶えない悲鳴で、あまりにも煩すぎる叫び。
フル・ホルダーの目からぼろぼろと涙がこぼれる。体中が痙攣する。頭の中が真っ白になっていく。
コッペリアが力を緩めてもフル・ホルダーは動かない。動けない。動いてくれない。
ケイトは無様なその様子を眺め、クスクスと笑っている。
フル・ホルダーの悲鳴で目覚めたカタストロは事態に追いつけず、混乱している。激痛と出血は未だ続行中。
コッペリアは抵抗できないフル・ホルダーをしばし眺めた後、体を縮めさせてちるへと戻る。
そんな中何も無くなった幻想空間は少しずつ消滅していって、とある一室へと四人は転移する。
ちる&カタストロ&黒脚ケイトVSフル・ホルダー――勝利
遠目から見た魔女の城と雰囲気が一致している真っ赤なベッド、真っ赤な机、真っ赤な椅子、真っ赤な棚、真っ赤な鏡、真っ赤な絨毯と赤色で染められているそれほど広くない部屋だ。
ケイトはフル・ホルダーの部屋かと疑問に思うものの、棚に何も置いていないし生活観が無さ過ぎるからすぐさまそれを否定する。
ならただの空き部屋なのかなと考えていると真っ赤な鏡からしゅるりしゅるりと茨が伸び出してきた。
ケイトが咄嗟に二人の前に出て、鏡から出てくる茨に警戒する。
『おいで。私に捕まって。大丈夫。私のミーディアムは惨劇を望んでいないからぁ』
茨は複数の女の子が重なった声で、話しかけてくる。
この茨の呼び声に、三人は……?
- 最終更新:2014-05-28 20:36:30