第二十九話「惨劇の王と氷の鬼神」

Eパート「悲しみの向こうへ」

 眼を覚ますと、そこは大きな鳥篭の中だった。
 辺りを見渡してみると自分と同じく、仲間達が鳥篭の中に捕まっているのが見える。
 天井から円状に吊るされた七つの鳥篭は分厚い鎖で繋がれているだけであり、地上は遥か真下にある。
 この塔は一体どのぐらいの高さを持っているのだろうか。八階立てや十階立てじゃすまない、そんなのよりもずっとずっと大きい。城といっても過言ではない大きさだ。
 遥か真下に見える地面は青色で埋め尽くされている。否、違う。地面が見えないぐらい、ダイダロスが密集しているのだ。上にぶら下がられている餌<自分達>が落ちてくるのをまだかまだかと待ちわびている。
 一体何なのだ、この地獄のような光景は。
 誰もがそう思った中、鳥篭の円の中心部に真っ赤な魔法陣が出現し、そこから浮かび上がるように一体のカービィが出現する。
 紫の肩アーマーと黒いマントを身に着けている全身を火傷に覆われ、左目には大きな傷跡を、右目にはダイダロス特有の痣を持つ額に一角獣の角を持つ桃色の男――ユニコスの体を媒介とし、この世に蘇ったキング・ダイダロスだ。
 キング・ダイダロスは軽く回って、一同を見渡してから自己紹介する。

「よーこそ、この世界で最もアンラッキーな連中! 俺様はキング・ダイダロス。冥界への片道キッププレゼントしちゃうブラックサンタクロースだよ~ん!!」

 セツ、チャ=ワン、タービィ、シャラ、シアン、アクス、マリネを見渡してゲラゲラ笑うその男の姿は下品で、けれどもダイダロス特有の瞳から見えるその悪意は底が見えない。
 とんでもない絶体絶命的な状況下でタービィはキング・ダイダロスを鋭く睨みつけながら問う。

「冥界への片道キップ……ってことは、オレっち達全員皆殺し目的か?」
「そのとーり。本当なら俺の悪魔ミルエ・コンスピリトを殺しにいきたかったんだけど、横からトレヴィーニが奪いやがったからお前等で八つ当たりしよーと思ったの。癖があったり、面倒だったりする連中は他の連中が持っててくれたし」
「八つ当たり!? あなた、そんな理由で……そんな理由で私達を殺す気なの!?」
「うん! 殺しますけど、それが何か?」

 世間話をするように明るく話すキング・ダイダロスにアクスが声を荒げる。だがキング・ダイダロスはムカつくぐらい良い笑顔で即答するだけだった。
 あまりにも人を人とみなしていない外道のその言葉にアクスは絶句する。
 こんなにも、あっさりと認めた? なんの悪びれもなく答えた? そんな、そんなの……あっていいの!?
 酷すぎるキング・ダイダロスに対し、シャラが牢を両手でガシッとつかみ、身を乗り出して大声で怒鳴りつけた。

「ふざけるなっ!! 私達をなんだと思っているの!! 人をなんだと思っているの!! 命をなんだと思っているの!! そんなに、簡単に、奪わないでよ!! これ以上、私から大切な人を奪うっていうの!?」

 それはシャラの心の底からの叫びであった。
 夜明国の事件で亡くなった父の真相は、目の前の魔王本人による虐殺。己と友の間に降り注いだ悪夢の再来。無限に連鎖していくかのように死霊が増えていく。昨日まで触れ合っていた人々が変貌されていく。これを地獄以外の何に例えろというのだ?
 だからこそシャラは憎む。命を命だと思わない、史上最低のキング・ダイダロスを。
 だがキング・ダイダロスからすれば、そんなシャラは鳥篭でぴーちくわめいている小鳥に過ぎなかった。

「お前さー、馬鹿? すき焼きとか牛丼食う時にさ、牛さんごめんなさいって一々謝ってるの? 卵食う時に鶏さんヒヨコさんごめんなさいって一々謝ってるの? 普通しねぇだろ、ボケ。それと同じ。ダイダロスとカービィ、ごっちゃにすんなっつーの。ちょっと考えれば小学生でも分かる可愛らしい問題だよ? そーんなのも分かんないなんて可哀想だねぇ、ぷぷぷ」

 まるで子供がするような他人を馬鹿にする幼いその口調は、鳥篭の中に閉じ込められた小鳥にとっては侮辱以外の何者でもなかった。
 それだけでなく人を命と見ていないどころか、食事程度にしか思っていない事も暴露した。
 つまりそれは、キング・ダイダロスからすれば、この地獄は大した事ではないということ。
 その言い方に小鳥は、シャラは、ついにキレた。

「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 その叫びは小鳥のさえずりとは全く逆。獣の咆哮も、竜の雄叫びも超えた、ただ怒りに満ちた叫び。
 聞いているだけで耳が壊れてしまいそうなその叫びに鳥篭の中の小鳥達は耳を塞ぎ、呆然とシャラを凝視する。地上にいるダイダロス達も驚愕し、天井を見上げていることしかできない。
 至近距離で大声を聞いてしまったキング・ダイダロスは両耳をめいいっぱい防いだものの、耐え切れなかったのか体がフラフラしている。
 だがシャラはそんな事気にせず、己の怒りのままに叫ぶ。

「殺してやる! 殺してやる殺してやる殺してやる!! お前は死ぬべきなんだ、滅ぶべきなんだ!! 私から全てを奪うくそやろうがっここに存在する意味なんて、無い!! この世から消え失せろ、くそがああああああああああああああああ!!!!」

 その形相は、心の底から憎いと、殺したいと、願う相手にしか見えない怒りを超えた顔……正しく鬼そのもの。
 それほどまでにシャラがキング・ダイダロスへと向ける憎しみの思いは大きすぎる。
 大親友のその姿にシアンは恐怖を感じずにはいられなかった。
 今まで頼れて優しくて、己を支えてくれた大親友が目の前にいる地獄を生み出した魔王一直線に向ける憎しみに支配されたその姿は、初めて見たもので、とても恐ろしくて。
 体が震える。あまりにも多すぎる悪夢と恐怖に、声が出なくなる。誰か、助けて。この地獄から、開放して。
 シアンは、この時が過ぎる事を祈った。
 それはすぐに叶った。

「あーもう、うっせー! だったらお前が死ね、バーカ!!」

 シャラの叫びを聞かされていたキング・ダイダロスが逆ギレし、指を勢い良く鳴らしたからだ。
 直後シャラを閉じ込めた鳥篭と天井を繋ぐ鎖が消滅して、鳥篭が重力に逆らえる事無く地上目掛けて落ちていった。
 それはあまりにも呆気なく、一瞬で、誰かが声を上げるも間に合わず。
 遥か下で鳥篭が粉砕される音と無数のモノが潰れる気持ち悪い音が聞こえてしまった。
 タービィとチャ=ワン、マリネとアクスが身を乗り出して遥か下を見る。地上では衝撃のあまり粉々に砕け散った鳥篭とその鳥篭に押しつぶされたダイダロス達の肉塊と血が広がっていた。シャラは、見えない。
 それでも災難を逃れた他のダイダロス達が鳥篭落下によって出来た肉塊を食らっていく。中には砕け散った鳥篭の中に入って、わずかな散乱した肉を食らう者もいる。

「こんな、こんなの、あっていいのかよ……」
「ゲホゴボッ……。どうして、どうして……!!」

 あまりにもえぐ過ぎるその光景にマリネは引いてしまい、アクスに至っては嘔吐してしまっている。

「地獄の再来どころじゃねぇ、こいつは……!」
「外道め……! あいつだけは、あいつだけは!!」

 あまりにも残酷すぎる光景にタービィは九年前と先ほどまでの地獄を思い出し、吐き気を催す。その一方でチャ=ワンは再び惨劇を生み出したキング・ダイダロスに対する怒りと憎しみを深める。

「嘘……。シャラ、嘘だよね。シャラ。シャラ。シャラ……?」

 そして、シアンは今起きた事実を認識できずにいた。
 己の隣でシャラが鬼みたいになって目の前のキング・ダイダロスに向けて怒鳴りつけていたのが、一瞬にして消えた。
 地上では出来てしまった肉と血にダイダロス達がむさぼっている。シャラだったものを、むさぼっている。己の友達が、バケモノに、食われてしまっている。
 唐突に、シアンは絶望と喪失を理解し、真っ白になっていく頭を抱えて悲鳴を上げた。

「いや、イや、いヤ、イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッッッ!!!!
 シアンが必死で脳内否定しようとするけれど、目の前で繰り広げられたのは全て現実。妄想でも遊戯でもない、れっきとした現実。一人のカービィが死んだという事実。シャラが、死んだという現実。
 シアンは益々悲鳴を上げて錯乱する。我をなくしたかのように、叫びを上げ続ける。

「うわっ、一人死んだだけでここまで行きますふつー!?」

 その叫びにキング・ダイダロスは再び耳を塞ぎながら、わざとらしい驚きの声を上げる。
 それを聞き、今までの惨劇に対して呆然としていたセツがハッと我に返ってキング・ダイダロスに向かって言い返す。

「あなたと僕達を同じに考えないでください!! みんながあなたのような外道と同じなわけないでしょう!?」
「あんまり煩いお説教はしないでくんない? さっきの小娘同様、あいつ等の餌に……ってお、お、お?」

 いい加減うんざりしてきたキング・ダイダロスが振り替えながら返す中、セツの顔を見てパチパチと瞬きしながら目の前で近づいていってジロジロ見つめる。
 己を見つめてくるキング・ダイダロスにセツは若干引きながらも、何をする気だろうと考える。
 キング・ダイダロスはぽんっと手を叩き、何かを思い出して口にする。

「あー、そうだったそうだった。ついでだからここでこの事も教えてやろう」
「は?」

 悪戯を思いついた子供のような顔を見せるキング・ダイダロスにセツは何がなんだか分からなかった。
 その様子を眺めていたチャ=ワンは殺意を隠さず睨みつけながら、キング・ダイダロスに問う。

「……今度は何をやる気だ」
「大した事じゃねーから安心しな。あ、でも一部の人にとっちゃ衝撃的事実かもね」

 キング・ダイダロスは怯まず、そういうと魔法陣の中央まで歩いていく。
 中央にたどり着いて立ち止まる。するとキング・ダイダロスの右目から広がっていくように火傷が消えていく。傷跡が消えていく。肩アーマーもマントも角も消えて、代わりに大きく真っ赤な帽子が光の粒子と共に出現して彼の頭に被さる。桃色の体は純白へと変化し、勇ましい男性から美しい女性へと変貌する。
 セツは、キング・ダイダロスが変化していく姿を見て目を見開いた。セツだけじゃない。他の者達もその姿に見覚えがあった。
 東の都市レクイエムの大貴族であり、守護を担当している女性。先ほどまでキング・ダイダロスの体となっていたユニコスの恋人。



「これが、キング・ダイダロスの本当の姿だよ」



 そこにいたのは、ダイダロス特有の瞳を持つセレビィだった。



 ■ □ ■

Fパート「悲しみの向こうで」

 ■ □ ■

『私はセレビィ。あなたは?』

『今度一緒に星空を見に行かない? とっても素敵な場所があるの』

『いいえ、私も楽しかったわ。それじゃ、またね』

 例えるならば、優しい光を帯びた月。
 出会えた事が奇跡だと思えてしまいそうなトレヴィーニとは違うベクトルの美しさを持つ女性。
 そして今、もう二度と会う事ができないと知らされてしまった悲しい女性。
 それが都市レクイエムの守護を担当する若き大貴族当主。
 それがキング・ダイダロスの真の媒介とされてしまった哀れな生贄。
 統合し、その名前を口にすると――セレビィ。

 ■ □ ■

 特徴的な真っ赤な帽子を被った雪のように白い女性は笑う。セレビィの姿をしたキング・ダイダロスはゲラゲラ笑う。
 小鳥達は驚愕し、どう反応すればいいのか分からなかった。
 だって目の前の大魔王が死亡した大国防衛隊四番隊副隊長から、現在行方不明になっているレクイエムの守護者へと姿を変貌させたのだから。
 純白の魔王、キング・ダイダロスは腹を抱えて笑いながら口を開く。

「驚きすぎて声も出ないってか! どーして俺がセレビィちゃんの姿をしてるんだーって思ってるっしょ?」

 彼等の心の声を勝手に代弁したキング・ダイダロスは魔法陣の中央まで軽くスキップしながら移動し、六人を見回しながら説明する。

「答えは簡単。モザイク卿のプレゼントの本命はユニコスじゃなくて、セレビィちゃんだっただけ。ってかよ、ちょっと考えれば分かるだろーが! 俺が死んじゃうと一気にダイダロス達の戦力落ちちゃうんだからさ、剣士っていう近接戦闘キャラ使ってたら昔と同じで指揮しか出来ないよ。前線出てたら何時死ぬかわかんないよ。後方で指揮するのがキング・ダイダロスの役目なんだからさ、後ろとか空とかそんなところでどっかんばっかん魔法ぶっ放す方がよっぽど賢いじゃん? だからこっちをメインに乗っ取る当たり前! しかもしかも突然変異発覚しちゃってて、その効力で俺様もユニコスボディもパワーアップ!! こんなお買い得商品使わないなんて勿体無いにも程がある!!」
「突然変異……? まさか!!」

 途中から通販番組のようなノリで話すキング・ダイダロスだったが、セツは突然変異でパワーアップと聞いてハッと顔を上げる。
 キング・ダイダロスは無駄にテンションを高くしてノリノリでこう答えた。

「そっ! 他人の能力をありえないぐらい引き上げる能力だよ、セッちゃん!! そのお陰でダイダロスどもが相当便利に使えちゃうようになったから非常に助かってんのよ。まっ、かなり加減してるけどね。だってさ、セッちゃんみたいにはしたくないもの」

 セツのようにはしたくない。その言葉で連想できたのは、氷の鬼神だ。
 トレヴィーニによってあっさり否定されたものの、その実力は普通のカービィから見ればありえないを通り越してしまうぐらいの凄まじさと強大さを持っていた。
 すごいうろ覚えではあるものの、その時の記憶はある。セレビィの能力が切欠でなったという可能性も聞いている。
 だから、今のキング・ダイダロスがセレビィの能力を使っているのならば非常に危険な事――第二の氷の鬼神を生み出す――になってしまう。それだけは止めなければ!
 けれどもキング・ダイダロスはセツの顔から考えを読み取ったのか、こう言った。

「どうにかしようと考えても無駄だぜ? トレヴィーニからHiteiの粉を借りて作った特性鳥篭なんだからよ」
「……Mahouの粉のパクリかよ」
「提案してみたらマジでやりやがったから俺様がびっくりしたぴょん」
「中身がキング・ダイダロスって分かってるから、べっぴんさんの姿でも可愛いと思えんぜよ」
「あら、手厳しい」

 タービィの呆れたツッコミに対してもキング・ダイダロスはひょうひょうとした様子で返す。全く堪えていないようだ。
 にやにや笑ってセレビィの美しさを台無しにしている魔王は残った六人を見渡し、話を切り替えた。

「さて、そんじゃ……次の餌の準備をするとしますかね」

 直後、五人に緊張とわずかな恐怖が走る。
 この空間はいわばキング・ダイダロスの独壇場。それもこの鳥篭がHiteiの粉(多分トレヴィーニの「否定」を扱える粉なのだろう、文字通り)から作られたのならば、脱出しようと抵抗しても否定されて無効になってしまう。
 出来る事ならばこの鳥篭を破壊して、目の前の存在を破壊してしまいたいがこの鳥篭が邪魔してくれる。ただ殺されるのを待つだけの現状に苛立ちと恐怖と不安が混ざり合う。

「さっきはついついキレちゃったかんなー。潰れたトマト以上にひっでー事にしちゃったし。下からのブーイングがすごいすごい。ってかテメェ等、声でかすぎ。……って、おいこらー! メガホン使うな、アホー!! 下手にそんな事やって勘違いされたら、トレヴィーニから給料削られるの俺なんだぞ!? あの魔女、その辺ケチくせーんだから自重しやがれぇぇぇぇぇ!!!!」

 彼等の心境を知ってか知らずか、今さっき行ったシャラ殺害を思い出しながらキング・ダイダロスが真下から聞こえてくるらしいダイダロス達のブーイングに表情を歪ませる。
 閉じ込められている六人にはブーイングなんて聞こえないけれどダイダロス同士ならばダイダロスの声が聞こえるらしく、キング・ダイダロスは耳を塞ぎながら対応している。セレビィの姿で先ほどのユニコスの姿同様に動き回っているから、どうにもギャップがありすぎる。ってか給料あるのか、否定の魔女一派にも。

「なんちゅーやかましい奴……」
「声も肉体に合わせて変わっているから違和感がありすぎる。聞いているだけで不快になってくる」
「これ、夢なら覚めてほしいです」
「非常に同感。マイハニーもそう思うだろ」

 男性陣はキング・ダイダロスのギャグそのものな様子を見て、先ほどの緊張が一気に解けてしまって呆れかえってしまっていた。(もっともチャ=ワンはござる口調に戻っていないので警戒は解いていないようだ)
 マリネはアクスに同意を求めようと彼女に振り返る。
 しかしアクスはマリネの声など聞いておらず、ただただ泣いているシアンの入った鳥篭を心配そうに見つめているだけだった。
 それを見てマリネはハッとする。
 今は確かにシリアスぶち壊しな空気であるものの、既に一人死んでしまっているのだ。ユニコスとセレビィ、両名の体を奪い取ってこの世に蘇ったキング・ダイダロス自身の手によって。

「しゃらぁ、しゃらぁ……」

 シアンはショックが強すぎて、大親友の名前を口にしながら泣き続けていた。
 あまりにも呆気なく残酷に散ってしまった大好きな大好きな友達がいなくなった事を受け止められずに、泣き続けていた。
 無理もない。年は違えど、唯一無二といっても過言ではない親友のシャラがキング・ダイダロスの些細な怒り程度で、殺されてしまえば泣かずにはいられなくなる。
 その時、部下達の対処に漸く終わったキング・ダイダロスがシアンの泣き声に気づき、すっごい嫌そうな顔で罵倒する。

「うわ、うぜっ。何泣いてんのさ、キモいんだけど? 悲劇のヒロインぶってるつもりぃ? 友達死んじゃったから悲しくて悲しくてたまんないってわけ? すっげーうぜぇ。女一匹死んだ程度で泣くんじゃねぇよ、ガキが。泣いてりゃスーパーヒーローでも助けてくれるのかい? 神様がシャラちゃんを蘇らせてくれるのかい? んなわけねーだろ、バァァァァァカ! んな幻想あったら、トレヴィーニはこの世に存在しないっちゅーの!! そんなのもわかんないのか、こんボケッ!! びーびー泣いてるだけなら赤ん坊でも出来るわ、くそったれがっ!!」

 罵倒しながら勢い良く指を鳴らすキング・ダイダロス。
 すると鳥篭が天井からダイダロス達のいる地上目掛けて一気に降下していく。天井と鳥篭を唯一繋いでいる鎖には無限のように伸びていく。その鎖は耐え切れないのか、徐々にひびが入っていっていた。
 あまりの急降下にシアンの悲鳴が響き渡り、五人が一斉に落ちていくシアンの鳥篭を思わず凝視する。
 シアンの鳥篭は地上にぶつかるかと思ったが、カービィの身長よりもやや高い位置でギリギリ止まった。いきなり止まった為、反動の衝撃が強いもののシアンはホッとため息をつきながら顔を上げた。
 目の前にあったのは、粉々になって鳥篭の面影が無くなった幾つか血に染まった瓦礫の小山だった。
 そこでは未だ残っている血肉を求める貧欲なダイダロス達がむさぼりついている。元が己の仲間であろうともおかまいなしで、己の餌と認識して食っている。その口を真っ赤に染め、臓器をぐちゃぐちゃに噛み締め、己の食欲に従って食っている。
 シアンは目にしてしまった。その内の一体の口に、赤黒い血に染まった夜空模様のバンダナの切れ端があるのを。

「――――!!」

 言葉にならない、小さな悲鳴がシアンの口から飛び出る。
 ゲームの中でしか存在しないと思い込んでいた、グロテスク且つ残虐なその光景に吐き気を覚える。だけどそれ以上に、親友が、シャラが、ゾンビどもに塵も残さず食われていく光景に、言葉が消える。頭が白になる。涙がこぼれる。気を失いそうになる。
 だがそれは突如鳥篭に襲い掛かった振動によって消され、シアンの意識を現実へと戻す。
 シアンは鳥篭の新たな振動に驚き、原因を探ろうと見渡そうとしてすぐに気づいた。この鳥篭に複数のダイダロスがしがみつきだしたのだ。新たな餌を食おうと牢獄のわずかな間から手を伸ばしてくる。
 幸いにも鳥篭の中自体は広く、カービィの小さな手をどんなに伸ばしても中にいるシアンには届かない。だが恐怖を感じないといったら嘘になる。それどころか恐怖で頭が染まっていく。
 餌を求め、鳥篭を揺らす死霊達。中にいる小鳥をつかまえようと必死に手を伸ばす死霊達。何時食われるか分からない狐の姿をした小鳥はあまりにも酷い状況に恐怖で発狂してしまいそうだった。

「あ、あああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 わたしもしゃらとおなじようになってしまうの? ぞんびどものえさになってしまうの? いや、いや、だれか、だれか、たすけて! おねがいだから、だれかたすけて!! このあくむからかいほうして!!
 シアンはすがりつくように、存在しない何かに願いながら大声で泣き出した。顔を上に向けて泣いて泣いて、誰かに助けが届くことを願った。でも、この状況で助かるなんて考えがどうしても思い浮かべられなかった。

 遥か上からその光景を眺めていたキング・ダイダロスはセレビィの姿だというのに、ユニコスの姿でも出した事が無いとても低く、魔王を連想させるぐらい恐ろしい声で言い捨てた。

「ダイダロスの餌になりやがれ、甘ったれの泣く事しか出来ない駄狐」

 キング・ダイダロスは体を上げ、残った五人を黙って見渡す。
 五人共に最初は呆然としていたものの、今ではキング・ダイダロスを憎むべき対象として睨みつけている。
 だけどキング・ダイダロスからすればそんなのは無駄なものでしかなかった。

「大丈夫だよ。Hiteiの粉は今は俺の意思に従っている。クソガキも含めてお前等の牢獄は俺の許可が無ければ何者も破壊できないようにプログラムしてある。……言い換えれば俺がちょっと手を加えてやればクソガキは今死んでもおかしくないんだよ。まぁ、例えるならば今だけ神様って奴?」

 五人を安心付ける口調に反して、その内容は先ほどと変わらない悪そのものだった。
 あまりにも傍若無人な態度に、アクスは耐え切れなくなって声を上げた。

「……いい加減にして!! どうしてそこまでして私達を傷つけるの!?」
「ハニー!?」
「八つ当たりって理由だけで殺さないでよ、苦しませないでよ!! あの子を傷つける権利なんてあなたには無いでしょ!? もう私達はあなたのせいで十分傷ついてるの!! 大切なサザンクロスタウンを奪われたんだから!!」
「ハニー、止めろ! 止めるんだ!! アクス!!」

 逆上して己の怒りをキング・ダイダロスにぶつけるアクスをマリネが必死で呼び止める。
 シャラもキング・ダイダロスに怒りをぶつけた。その結果、今さっき地面へと叩き落とされて殺されてしまった。
 このままではアクスもシャラと同じようになってしまう!!
 マリネは必死で愛しい人を宥めるものの、それよりも早くキング・ダイダロスが笑った。

「……君は実に馬鹿だなぁ。誰かが傷つくのを見て楽しむのが、王様の娯楽なんだよ」

 キング・ダイダロスの汚れた瞳とアクスの怒りに満ちた瞳が合う。
 次の瞬間、アクスが鳥篭の中から消えてしまった。
 それを見たマリネは顔を青くし、キング・ダイダロスに怒鳴り込む。

「アクス!? おい、何をしやがった!!」
「何って……俺はお腹の空いた民に食料を与えてやっただけだけど?」

 そう言いながら、マリネの前に光輝く球を出現させる。
 マリネはまばゆい光に目を細めながら、球に映っている光景を見て驚愕する。
 そこにあったのは、シャラが閉じ込められていた元鳥篭の瓦礫の山に置かれたアクスと彼女を食おうと迫る無数のダイダロスだったからだ。

「アクス!!」

 その光景にマリネが形相を変えて飛びつく。球から見える光景では、ダイダロス達はゆっくりと確実にアクスへと襲いかかろうとしている。
 助けに、助けにいかなければ!!
 マリネの頭の中がアクスを助ける事でいっぱいになっていく。だけども鳥篭に閉じ込められてしまっていては動く事もできない。出来ることといえば牢をつかんで揺らす事ぐらいだ。
 その様子を眺めていたキング・ダイダロスはにやにや笑いながらこんなことを提案した。

「助けにいきたいなら、連れていってやるぜ」

 その言葉にマリネがキング・ダイダロスを信じられないと言った様子で見る。
 キング・ダイダロスはマリネの返事も聞かず、指を鳴らしてマリネを地上へと転移させた。
 いきなり鳥篭から地上へと転移され、マリネは戸惑うもののすぐさまその手にハンマーを出現させて己目掛けて駆け寄ってくるダイダロス達を粉砕しながらアクスのもとに向かう。幸いにも瓦礫の小山からはそれ程離れておらず、走っていけば余裕の距離だ。
 無我夢中でハンマーを振るってダイダロス達を吹き飛ばし、アクスのいる瓦礫の小山に到着するとすぐさま駆け上がる。
 ダイダロスに囲まれて姿の見えないアクスを救う為、マリネはハンマーを大いに奮ってダイダロス達を一気に粉砕すると仰向けに倒れているアクスに手を伸ばす。

「アクス! 無事か!!」

 そこに何時ものキザな姿は無く、愛しい女を救うという一心で必死な男の姿があった。
 マリネの呼び声を聞き、アクスはゆっくりと起き上がってその顔を見せる。右目にダイダロス特有の痣を浮かび上がらせた、その顔を。

「……え?」

 マリネは目の前のアクス、否アクス・ダイダロスが信じられずに固まってしまった。
 その隙を狙っていたかのように、アクス・ダイダロスはマリネの手に喰らいつく。アクス・ダイダロスに続くように吹き飛ばされて倒れていたダイダロス達も起き上がり、我先にとマリネへと喰らいつく。
 生きたまま食われていくマリネは最初こそ悲鳴をあげるものの、徐々にその右目からダイダロス特有の黒い痣が浮かび上がっていく。だけどそれは一瞬。右目はアクス・ダイダロスにかぶりつかれて奪われた。
 マリネの血が、死霊達の体と足元を濡らしていった。

 ■ □ ■

 まただ。また、死んだ。また食われた。
 シアンの目の前で生きたカービィが生きたまま食われていく。
 さっきまで人として存在していたのに、ここに出現した直後ダイダロスに飲み込まれた。
 女の人は同じダイダロスになってしまって、男の人は無数のダイダロスに全身を生きたまま食われてしまって、死んじゃった。シャラと同じように、殺されちゃった。キング・ダイダロスがみーんな殺しちゃった。

「あは、あはははははは」

 引きつった笑い声が、口からこぼれる。
 体が震える。涙もぼろぼろこぼれてる。それなのに、口からこぼれるのは笑い声。
 あぁ、何かに書いてあったな。人は極限状態に陥ると笑う事しかできないんだって。
 そんなことを呑気に思い出しながら、シアンは目の前の惨劇の恐怖に笑うしか出来なかった。恐怖の雄叫びを上げる力さえなく、いっその事この意識を手放したいと願った。
 ダイダロス達の見世物とされているシアンの精神は何時崩壊されてもおかしくなかった。

 ■ □ ■

 新たに投下された肉に群がるダイダロス達を見下ろしながら、キング・ダイダロスは呆れたように呟く。

「バーカ、ちょっと考えれば分かる結果だろ」

 少し触れただけでも同じダイダロスと化してしまうんだ。そんな連中に一回も触らず触られず、この空間から脱出できるわけがない。
 ここには地上を埋め尽くさんばかりのダイダロス達がいるんだ。どんなに足掻いても触れられる事はまず確実。だから結末は二つだけ。アクスのように同じダイダロスとなるか、マリネのようにダイダロスに生きたまま食われるか。
 そんな空間が脱出可能のハッピーエンドになるわけがない!
 だからこそキング・ダイダロスはマリネを転移させてやったのだ。助けに行っても無駄だし、自分も死んじゃうんだし、その絶望を味あわせたいと思ったのだ。

「にしても三人散ったかー。今頃カーベルの腹ん中なんだろーなー」

 シャラ、アクス、マリネの命を奪った張本人だというのにキング・ダイダロスはそんな呑気な事を呟きながら残っている三人に目を向ける。
 最初の時と全く変わらない位置に鳥篭が残っている三人は言葉では言い表せない無数の負の感情を乗せて、キング・ダイダロスを睨みつけていた。その目を見ただけで常人ならば倒れこんでしまいそうだ。
 しかしキング・ダイダロスは絶対逆転不可能とでも思っているらしく、顔を左右に振って宥めるように言う。

「……そんな怖い目をするなよ。弱く見えるぜ?」

 口調そのものは優しいけれど、言っている事は思い切り挑発だった。
 その挑発を聞き、チャ=ワンは癖でつかんでいる茶碗の端にひびを入れながらも見た目的には冷静に挑発で返す。

「……こんな一方的な方法じゃなきゃ、誰も殺せないお前に言われたくはないな」
「それは自覚してるよ。今の俺はセレビィちゃんの突然変異能力と魔力、ユニコスの身体能力に依存してる。だがそれでも完全に強いとは言い切れない。一気にパワーで押し切らないと俺が先に殺されちまうのは理解している。俺の悪魔ミルエ・コンスピリトと戦って、ユニコスの体がどれぐらい動かせるのかも分かってこの結果だ」
「だからといって、このような手段を選ぶのか」
「そうだ。俺はどんなに力を持っていても、戦闘面では確実に弱い! そう自覚しているからこそ、こうやって絶対的立場にいるんだよ。分かったら命を削るだけの無駄な挑発は止めたらどうなの、鳥篭の中の生き残りさん」

 挑発に乗らず、平然と語ってから挑発し返すキング・ダイダロスにチャ=ワンは苦虫を噛んだような表情になる。
 ここで逆上すれば何かしらの逆転を起こせるかと考えていたのだが、キング・ダイダロスはそんな浅はかな考えを見抜いていたようだ。その証拠にキング・ダイダロスはセレビィの姿でいやらしく笑っている。
 何もかもが確信犯のキング・ダイダロスに憤怒するチャ=ワン。出来る事ならば今この場で奴の顔面を切り捨ててしまいたい!
 だがそれを見抜いたタービィがチャ=ワンを落ち着かせようと話しかける。

「チャ=ワン、落ち着くぜよ」
「だがタービィ!!」
「気持ちはオレっちも同じだ! だが今、行っても同じ目に合うだけ。……ここで死んだらどうにもこうにも」
「いんや、しねーけど? それに殺さねーけど?」

 タービィの説得を横から聞いていたキング・ダイダロスが呑気にあくびしながら口を挟んできた。
 は? と言いたげな顔でチャ=ワンとタービィがキング・ダイダロスに顔を向ける。
 キング・ダイダロスは指を鳴らし、どこからともなく禍々しい装飾がされた茶表紙の本を出現させて二人に見せ付ける。

「拷問大全って本拾っちゃってさ、それが面白くてたまんないのよ。……こっから先、何を言いたいのか分かるでしょ?」
「拷問の実験台……か?」
「ご名答」

 タービィの返事にキング・ダイダロスは笑って頷く。パッと見は綺麗なのだがその本質はとても歪んだ笑みだ。
 そう、それは己が絶対の支配者だと確信しているからこその笑み。

「隙を探そうとしても無駄だぜ。あったとしてもお前等に攻撃のチャンスは与えない」

 己が弱者だと理解しているからこそ、戦うという道にしないように操作し続ける魔王。
 完全にキング・ダイダロスの掌の上で踊らされている。チャ=ワンとタービィはその事実に深い悔しさと怒りを感じる。だがどうしようもできない。
 己の命は今、キング・ダイダロスが握っているのだから。この絶対的事実は今の状況で変わることは無い。

「……あなたは、どうしてそんなにも命を破壊したがるんですか」

 その時、今まで黙っていたセツが絶対支配の魔王を強く強く睨みつけながら口を開く。静かな口調だが、その目は憤怒に満ちている。
 だがキング・ダイダロスは攻撃できないことを確信している為、余裕の笑みを浮かべながら返す。

「おろ? 破壊とはまー面白い表現だね、セッちゃん」
「真面目に答えてください」
「見てて面白いからに決まってるだろ。俺が少し手を加えてやっただけで、あっという間に散っていく命どもがな。あー、思い出したら笑えてきた! 昔も今もやっぱり人って変わんないねー!!」

 答えている最中で笑いがこみ上げてきたのかキング・ダイダロスはゲラゲラ笑っている。
 一方でセツは酷すぎるその理由に信じられず、唖然とした。

「そんな理由で三人もウェザー君も夜明国やサザンクロスタウンの人々も……!?」
「そうだ! そんな理由だからこそ、俺は笑っているのさ!!」
「まともじゃ、ない……!」
「今更だろ、白カビ!」

 セツの顔を見ていて面白いのか、笑って言い返すキング・ダイダロス。
 夜空を好む女性を乗っ取った地獄を支配する魔王は両手を勢い良く広げて高らかに宣言するかのようにこう言い切った。

「まともじゃ王様は務まらねぇ! 王様ってのは欲張りで気まぐれで残酷で……退屈してんだよ!!」

 その姿――悪ノ王そのもの。
 身勝手すぎて、己しか見えていなくて、どうしようもなくて、同情の余地を与えようとしない悪ノ王。
 悪ノ王に、みんな殺されてしまった。
 悪ノ王の為に、セレビィとユニコスは殺されてしまった。
 悪ノ王の考えで、シャラもアクスもマリネもウェザーも……みんな殺されてしまった。
 悪ノ王の遊びで、また命が散ろうとしている。

「ゆるせない」

 許してはならない。こいつの存在を許してはならない!! 悪ノ王キング・ダイダロスだけは、滅ぼさなければいけない!!
 セツが強い思いを決心したその直後だった。

 巨大すぎる氷の豪腕がセツの鳥篭を内部から容易く破壊し、キング・ダイダロス目掛けてつかみかかったのは。

 キング・ダイダロスは咄嗟に瞬間移動魔法を唱え、氷の豪腕から避けるとセツが入っている筈の鳥篭を見る。
 そこにはセツの姿なんてなかった。
 あったのは己の身を氷で包んだ巨大化していく鬼だった。
 徐々にその両腕足はカービィなんかよりもずっとずっと長くなり、たくましい胴体と大きすぎる立派な角が生えた頭部は見ているだけでも恐ろしく感じる。
 こいつはやばいやばすぎると、この場にいる誰もが察する。地上にいるダイダロス達は我先にと隠されていた出入り口から逃げ出していく。
 ダイダロス達が逃げ切った直後、その地に氷の太く長すぎる恐ろしい足が着陸する。
 足と同等の太さと長さを持ち、その口から凍り付いてしまいそうな吐息を吐きながら鬼は顔を上げる。



 氷の鬼神が、再び目覚めた。



 キング・ダイダロスは己の前に出現した氷の鬼神に驚きを隠せなかった。

「おいおい、否定使ったから鬼神復活はありえないんじゃなかったのかよ!?」

 トレヴィーニが対峙した時、直々に否定を使って氷の鬼神を封印していたのは聞いている。
 だからこんな場面で目覚めるわけが無い。それほどまでにトレヴィーニの否定は絶対そのもの。その否定を打ち破るなど、同じ否定の力かそれに匹敵するほどの能力で無ければできない筈なのだ。
 そこまで考え、キング・ダイダロスは己の過ちに気づく。

「否定が否定されて、肯定になっちまったわけか……!」

 己はHiteiの粉をトレヴィーニにリクエストして作ってもらった。それが仇になってしまったのだ。
 否定の魔女トレヴィーニの否定が同等の力を持つHiteiの粉によって否定され、結果的に封印していた氷の鬼神を解放できる状態へと肯定していたのだ。
 思わぬ誤算にキング・ダイダロスが冷や汗を流す。氷の鬼神から漂う冷気で汗が凍って冷たい。

「な、なんじゃこりゃ……!?」
「ありえん。あんな化け物、ありえない……! 一体何故、あのようなものが!?」

 タービィとチャ=ワンは目の前に出現した氷の鬼神に戸惑いを隠せず、何が起きたんだと困惑する。

「今度は……何。なんなのさ。あは、あははあはははははは……」

 体が痛くなるぐらい氷の鬼神を見上げ、シアンは力無い笑い声を出すしかなかった。もう色々ありすぎてきついです。

 悪夢なら覚めてほしいと思う瞬間が刻まれていく中、氷の鬼神はキング・ダイダロスに顔を向けるとその豪腕で殴りかかる。
 キング・ダイダロスは足場にしている魔法陣を一旦消滅させ、その場から勢い良く落下して攻撃を防ぐ。
 勢いがつきすぎたのか、この塔では狭すぎるのか氷の鬼神の腕は塔の壁にめりこみ、抜くのに精一杯な状態となる。
 巨大さが仇になっている姿を見てホッとするも、こんな化け物と戦って無傷なトレヴィーニを心底ありえねぇとキング・ダイダロスは落下しながら思う。
 姿をセレビィからユニコスに変化させ、その手に平べったい大剣を出現させる。大剣は独りでにキング・ダイダロスから離れ、彼の真下に移動する。キング・ダイダロスは浮遊する大剣に着地し、エアライドマシンのように乗り込む。

「さーてとここは逃げないとマジでやべぇな……」

 氷の鬼神相手に戦う力なんてキング・ダイダロスには存在しない。
 ある程度ならば発動者自身が幻想空間から逃げ出しても大丈夫だが、元の空間ではここはキング・ダイダロスの自室に当たる。解除してしまえば魔女の城が大破するのは目に見えている。
 だがここで負け百パーセントの戦闘を行うよりは早々に退避し、唯一対処可能のトレヴィーニに連絡した方がマシだ。
 氷の鬼神が腕を抜くのに必死になっている隙にキング・ダイダロスは魔法陣を展開させ、己だけ幻想空間から逃亡しようと詠唱を唱えようと口を開く。
 だが詠唱は唱えられなかった。

『みぃつけた!』

 女の子の声と共に背後から生えてきた蔓によって拘束されてしまったのだから。
 キング・ダイダロスは驚き、目線を背後に向ける。
 そこにあったのは八つの薔薇の装飾がなされた不思議な鏡。それを見て、キング・ダイダロスは目を丸くする。

「ミラリムだと!? 何で勝手に動き回ってるんだ、おい!!」
『答えは簡単ですぅ。そんなのもわかんねぇんですぅ?』

 己の正面から可愛らしい女の子の答えが返ってきた為、キング・ダイダロスは振り返る。
 そこにいたのは己と瓜二つの姿を模した存在だった。違いを例えるとするならばダイダロス特有の痣と大きな傷跡が左右逆になっているところだけか。
 キング・ダイダロスは己を鏡に映したような存在――魔法の鏡ミラリムを睥睨する。

「ナグサ側と契約したのか……!」
「ナグサ? そいつは誰ですぅ? ミラリムはそんな奴知らないですぅ」
「敵対する時点で同類だ!」

 契約者そのものが何者かは知らないけれど、己に危害を加えてきた以上敵対関係者に変わりは無い。
 キング・ダイダロスは漂ってくる冷気を魔法で操ると蔓を凍らせ、自力で脱出する。
 直後、腕を壁から引っこ抜いた氷の鬼神がキング・ダイダロスが下にいる事に気づくと右足を勢い良くあげて踏み潰しにかかる。
 踏み潰されそうになったキング・ダイダロスは瞬間移動魔法で即回避。ミラリムは己の姿と鏡を一度消し、攻撃を回避する。
 しかしその下にはシアンの鳥篭が残っており、中のシアンが気づいた時には足がすぐそこまで迫っていた。

「いやあああああああああああああああああああ!!!!」

 シアンの悲鳴が響くと共に、鳥篭が蔓と共に踏み潰された。
 キング・ダイダロスはタービィとチャ=ワンの鳥篭の間に転移し、踏み潰されたシアンを見下ろしながら心底ホッとする。魔法が使えなかったら自分も踏み潰されてお陀仏になっていたからだ。
 これ相手に全くやられなかったトレヴィーニが凄すぎる……!
 己等の主である否定の魔女の実力を改めて凄まじいと感心する隣、氷の鬼神は足元なんて全く気にせずキング・ダイダロスに顔を向けて勢い良く咆哮する。

「ヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 咆哮だけでも部屋全体に伝わる振動が凄まじく、体が吹き飛ばされそうになる。現に鳥篭全てが大きく激しく揺れ動いている。中に残っているチャ=ワンとタービィはその振動だけで鳥篭の中をシェイクしてしまう。
 キング・ダイダロスは怯みそうになるものの何とか持ちこたえ、氷の鬼神に顔を向ける。
 氷の鬼神はキング・ダイダロスしか見ておらず、自由に動き回れる状態ならば問答無用で殴りかかってくるだろう。だがこの空間内部は氷の鬼神が動くには狭すぎる為、腕を自由に動かすことさえ困難だ。
 キング・ダイダロスはそれに気づくと幻想空間を狭めようと口を開く。

『空間主のキング・ダイダロスが命じる。幻想空間『哀れな小鳥』最大範囲まで広がれ!!』

 直後、幻想空間は凄まじい勢いでその幅を広めていった。
 縦長に広かった空間はどんどん横に広がっていき、終いには魔女の城よりもずっとずっと大きい広さへとなってしまった。
 広くなったのと呼応するかのように鳥篭も壁側に固定され、キング・ダイダロスから離れていく。
 キング・ダイダロスはいきなり広がった幻想空間に戸惑いを隠せず、辺りを見渡す。己は範囲を広くするのではなく、狭めるのが目的だったからだ。
 一体何故こうなった?
 しかし考える時間は与えられなかった。
 自由に動けるようになった氷の鬼神が両手でキング・ダイダロスをつかみにかかったからだ。
 キング・ダイダロスは剣を急上昇させ、回避する。
 氷の鬼神は大きな音を立てて両手同士をぶつけてしまうものの全く気にせず、そのまま上に逃げたキング・ダイダロス目掛けて殴りかかる。
 キング・ダイダロスは咄嗟にバックしてギリギリで回避し、瞬間移動魔法を使ってチャ=ワンの鳥篭付近まで逃げ込む。

「なっ!? こっちに来るな、キング・ダイダロス!!」
「やかましい! こっちもめいいっぱいなんだよ!!」

 チャ=ワンが巻き添えはごめんだと言わんばかりに怒鳴り込んできたが、キング・ダイダロスは即却下。
 氷の鬼神が自由に動き回れるようになってしまった今、即効で逃げ出さないと殺されるのは目に見えている。
 幻想空間が広がった謎について思考を止めようとしたその時、自分が口を開くよりも早く自分の声と類似した何かが呪文を唱えたのに漸く気づく。
 ここでキング・ダイダロスはこうなった原因に感づき、叫ぶ。

「ミラリム、テメェが広げたのか!!」

 するとキング・ダイダロスの前にミラリムの鏡が出現し、鏡の中から二体のカービィが出現する。
 一体は頭に長いヘッドドレスを被り、赤:緑のオッドアイが特徴的な金色の如雨露を持つカービィ。
 一体は頭に小さなシルクハットを被り、緑:赤のオッドアイが特徴的な金色の鋏を持つカービィ。

『そのとーりですぅ! テメェの思い通りにさせたら花お化けが悲鳴をあげる羽目になるですぅ!!』
『マスターの願いは一人でも多くの者と共にサザンクロスタウンから生還する事。みすみす殺させはしないよ!』

 二体のカービィが互いの武器をキング・ダイダロスに向けて敵意を向ける。
 同時に魔法の鏡がきらりと輝き、目を閉じているシアンを映す。
 キング・ダイダロスとチャ=ワンはその時わずかにシアンの生気を感じる事が出来た為、氷の鬼神に踏み潰される寸前でミラリムがシアンを救出したのだと推測する。
 鳥篭の生き残った小鳥達からすれば希望の光であり、悪ノ王からすれば余計な絶望のミラリムにキング・ダイダロスは両手に剣を出現させて言い切った。

「その言葉、テメェが後悔する事になるぜ!!」

 特徴的な双子に変化したミラリムに、キング・ダイダロスは恐れおののく事無く威風堂々としていた。


  • 最終更新:2014-05-28 20:41:11