第二十三話「北の大合流」
「むかしのはなし」
これは否定の魔女がよみがえる一年前のお話。
何時も穏やかなグリーンズで熱気が走っている。怒涛の叫び声があがっている。能力と能力がぶつかり合っている。
彼等が手にしているのは新鮮な野菜とお米の入った袋。
決して軽くはないその荷物を手にする者がいれば、他者から奪い取る者もあり。
列を正しく並んで順番に! という看板は無数の戦士達に踏まれ、最早原型が見えない状態だ。
世界大戦再来かと思うような光景だがグリーンズの住民は驚きはするものの、恐怖は持っていない。
何故ならばこれはグリーンズ恒例収穫祭という名の野菜・お米・果物などなどの大安売りなのだから。
「……毎年の事とはいえど、相変わらず人が鬼のようだ」
図書館の窓からでも見える遠くの争奪戦を眺めながら、ウェザーは後ろ頭に冷や汗を流す。
グリーンズ住民は前日の内にそれぞれ必要な分だけ貰っていく為、肝心要の収穫祭には危険に巻き込まれずに済むのだ。選ばれてしまったスタッフ以外。
グリーンズ住民で本当に良かったとウェザーがホッとしている隣にて、こんな状況下でも勉強していたナグサが一旦ペンを置いて言い返してくる。
「そんじょそこらの農学と違って徹底してるし、量も無駄に多いからね。城下町だけじゃなく、タワー・クロックからわざわざやってくる人もいるらしいよ?」
「あの極寒の地から!? うーわー、根性あるなぁ……」
「それだけ敏感なんですよ。安くて美味しくて信頼性があれば、誰だって欲しがるもの。これだけ集まるのは当然の事ですよ」
感心するウェザーに返すのはナグサではなく、カウンターにいる司書のクウィンスだ。
ウェザーとナグサぐらいしか客がいない為、クウィンスはカウンターから出て二人の下へと歩み寄る。
「地元住民だからこそ私達はこうやってのんびりできますが、他所の人からすれば一年にそう何度もあるわけじゃないチャンスですしね」
「何となく理由は分かるような……」
ぶっちゃけてしまえば、これはバーゲンセール。
ただでさえ大食いだというのに、それに加えて過酷な世界大戦を生き抜いた後のカービィ族からすれば食に関する事は凄まじいぐらいに敏感だ。
そんなところに野菜・お米・果物といった食べ物の大安売り祭があると知らせがくれば、誰だって飛んでくる。
そこから来る人知を超えた争奪戦にいえる事はただ一つ。
『食欲恐るべし』
であります。いや、マジで。
「世界大戦から五年たってるとはいえど、あの時代はカービィにとっては地獄に近かったもんね。主に空腹的意味合いで」
ナグサは世界大戦当時の事を思い出しながら、その時の食生活について語る。
軍人や保護されていた人民はともかく、一般人などの戦闘に無関係の人物に関しては小さな芋を見つけるだけで精一杯だった筈だ。
幸いにもナグサとウェザーは機械反乱時にクウィンスによって助けられていた為、非戦闘員にしては珍しく食には困らなかったが。
ナグサの話を聞いていたウェザーが続けるように小話を出してくる。
「で、飯の為だけに大国軍襲撃したのはいいんだけど空腹のあまり最初の攻撃入れたらすぐにバタバタッて倒れたってエピソードありませんでした?」
「あった。大国によってあっさり飲み込まれた小国に幾つかあった」
「って沢山あるんですか!?」
「ありましたよ。まぁ、一部は大国が盗賊雇って食料奪ったってのも理由にあるでしょうけど」
「「うわ! 知りたくない事実が出てきた!!」」
「他にも大国悪党話ならありますよ? 近場にいた海賊買収して色々な国々襲わせたり、小国同士の貿易港を潰したり、敵国の子供を脅して兵士にしたり……」
「ストップ! クウィンス、ストーップ!! それ以上は国民として聞いててきつい!!」
「何言ってるんですか。あなた方が想像する分にはまだ軽い方ですよ、この辺」
「どんぐらい悲惨だったんですか、世界大戦!?」
世界大戦にて大国が行った悪行を聞いていたウェザーが思わず叫ぶ。
クウィンスの体がピタッと止まった。
突然動きが止まった彼女に対しウェザーは首を傾げ、ナグサは何かを察する。
少しの間沈黙が走る。遠くから聞こえてくるボムの爆音が煩いけど、気にしなかった。
ゆっくりとクウィンスは口を開いた。
「私は泣き喚く子供を撃ち殺した事があります」
感情がまったく無い淡々とした口調だった。
唐突に出てきた話題にナグサとウェザーは言葉を失い、クウィンスを見る。
クウィンスは二人の視線を感じながらもそのままの口調で話を続けていく。
「その子だけじゃありません。時に屈強の兵士、時に逃げ惑う母子、時に老夫婦、目に付く邪魔者はすべて撃ち殺してきました。味方を撃ち殺してしまった事もあります、それで上司に殴られた事もあります。同僚を殺してしまった時はさすがに気が狂いそうになりました」
そう話す彼女の眼鏡越しに見える瞳は、人殺しの瞳。
ウェザーの背中に五年の歳月で忘れていた悪寒が走る。
「良く覚えていますよ、彼等が死ぬ様は。運が良ければ銃弾を喰らって血が出ただけで死ぬ。運が悪ければその場で数秒地獄を感じながら死ぬか、銃弾の強さに耐え切れず木っ端微塵になって死ぬ。どっちにしても私が命を奪っているのが良く分かります。蟻を潰す実感も無く、意図も容易く殺してしまったとはいえど、その光景を見るだけで一気に自覚させてくれます。私がどうしようもない人殺しだということを」
これはウェザーの気のせいだろうか。
語るクウィンスの体が血塗れているように見えるのは。
語るクウィンスの体がどうしようもなく汚れているように見えるのは。
これはウェザーの気のせいでしかない。
だけどもウェザーにそれを言えるだけの勇気は無い。ぱくぱくと口を動かすことしかできない。
目の前にいる<ヒトゴロシ>から感じる恐怖に、ウェザーは勝てなかった。
クウィンスは彼の気持ちを知ってか知らずか、こう言った。
「私は魔女の定義で言えば英雄に値される存在ですから」
一人殺せば人殺し。百人殺せば英雄。万人殺せば神。
否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガンが戦時中、残した言葉。
それは平和な今でこそ否定できるものの、戦時中では何よりも当たっているものだった。
当たり前だ。戦争でもしていない限り、英雄と言われるまで殺す事は無いのだから。
ウェザーは何も言えない。英雄のクウィンスに何も言えない。
「それは違う」
だけどもナグサがキッパリと言い切った。否定した。
クウィンスとウェザーの視点がナグサに向く。
ナグサは怯みもせず、堂々とクウィンスに言い返していく。
「何でそんな定義を出さなきゃいけないんだ? 英雄とか神とか馬鹿げているよ。クウィンスは人だ」
「……何をもってそう言えるのですか?」
「クウィンスは僕等を助けてくれたから」
「は? そんな単純な事で、ですか?」
呆けるクウィンスにナグサは頷き、こう返した。
「人殺しには定義が存在する。だけど人救いには定義が存在しない。だから人だ」
ナグサにしては少し珍しい屁理屈だった。
クウィンスもウェザーもその言葉を聞いて、ぽかーんとした。
何かしら言葉を並べたり、決まり文句を口にしてくると思っていたのだが、こんなのは予想していなかったからだ。
だけども、不思議と説得力があった。誰かを納得させる力があった。
クウィンスは小さな笑いをこぼし、ナグサに言う。
「……ナグサ君って、頭が良いのか馬鹿なのか分かりませんね」
「ば、馬鹿は余計だよ」
ナグサが少し顔を背けながら返す。若干赤くなっているのは気のせいじゃない。
その様子を見てクウィンスは更にくすくす笑う。ウェザーもつられて笑う。ナグサは顔を赤くする。
一瞬で空気が変わった。あの殺伐とした空気が、日常の空気に戻った。
しっかりした大人のクウィンス、機転の利くナグサ、そんな二人と共にいるのを好むウェザー。
グリーンズの中にある小さな繋がり。三人にとっては大きな繋がり。
■ □ ■
ウェザーは思う。
ナグサは言葉になると誰よりも天才だと。
昔から口先が巧みな人だった。年を追うごとに誰かを説得する力が強くなっていた。
だけども子供ですら戦いを強いられるような世界大戦の中でも、それは希望にもなってくれた。
ナグサもウェザーも戦った事が無いといえば、嘘になる。
少しでも能力が強ければ、能力の扱い方が上手ければ、年なんて関係なく戦場に借り出されてたから当然だ。
ディミヌ・エンドによる機械達の反乱、複数民族の皆殺し、魔女が本格介入してきた夜明国崩壊事件、狂気に歪んだ人々による魔女狩り。
有名どころの事件だけじゃない。たくさんの戦争があった。
一つの戦争で人が死にました。敵が死にました。仲間が死にました。民が死にました。
たくさん血が流れました。たくさん肉が飛び散りました。たくさん命が消えていきました。
地獄という言葉じゃ生ぬるい、その世界は幼い自分達にとって理解できなかった世界。
だから戦いが終わった後、感覚が残っていて、何時発狂してもおかしくなかった。
そんな自分に対し、ナグサは手を伸ばして「一緒に行こう」と言って、優しく微笑んだ。
強いナグサを見ていると、狂気が消えていくように感じた。
そして生き残っていた仲間と友達と一緒に束の間の平和である少ない食事を楽しむ。
今思えば世界大戦で唯一楽しい瞬間だったかもしれない。
今思えば世界大戦で自分が狂わなかったのはナグサがついてくれていたお陰だったかもしれない。
それが理由なのかもしれない。終戦後、クウィンスとナグサと良く一緒にいるようになったのは。
クウィンスに拾ってもらわなければ、自分は無残に踏み潰されていた。
ナグサに励まされていなかったら、自分は心を見失って人じゃなくなっていた。
だから、だから、とっても感謝していた。恩人でもある二人にはとても感謝していた。
そう、少し前までは感謝していた。
今は感謝していない。寧ろ、憎んでいる。
クウィンスは無実の罪で捕まった筈だったのに、いつの間にか魔女に魂を売っていた。
ナグサは否定の魔女を蘇らせた張本人だというのに、すべてをほっぽり出して逃げ出した。
そんな最低な存在を、何時までも感謝する事が出来ますか?
「ボクはとてもじゃないけど、出来ないよ」
色々なものに裏切られてしまっても大丈夫なほど、ボクは優しくないんだ。
ウェザーはそう呟くけれど、優しいという問題ではない。
裏切られてしまった結果、ウェザーの心は歪に落ちかけている。という表現が正解だ。
だけども彼は気づかない。己がまだ正常だと思い込んでいるだけな事に。
だけども彼は気づかない。己が今いる位置と行おうとする行為の矛盾に。
だけども彼は気づかない。己が否定の魔女の掌で踊らされている事に。
ウェザーは気づかないまま、悪夢都市の中を歩いていく。
己に与えられた最高のチャンスを己の手で成し遂げる為に。
否定の魔女と共にいる者はダイダロスに襲われる事はまず無い。だから何も恐れず、目的地まで歩いていくことが出来る。
だからあっさり北エリアにて生き残った者達が集う最後の砦、明かりのついたスーパーマーケットを見つける事が出来た。
自分でも分かるぐらい冷たすぎる目でスーパーマーケットを見つめる。
ディミヌ・エンドとホロがいうには、あの中に避難しているらしい。
否定の魔女トレヴィーニを蘇らせ、クウィンスと己の心を傷つけ、たくさんの死者を出した原因となった何者にも比べ物にならない愚者は。
ウェザーは自分にしか聞こえない小さな声でその名を口にする。
「ナグサ兄さん」
オモイシレ、オノレノオロカサヲ。
今の天気は分厚く汚れた雲によって光が見えない。
■ □ ■
ケイト達は気がつくと、そこは自分達が先ほどまでいた南エリアではなかった。
マリネとアクスはサザンクロスタウン住民なのですぐに分かるのも無理は無いが、ケイトはたまたまこの街に立ち寄っただけだ。
転移したから、という理由もあるがもっと簡単な理由がある。
それはダイダロスが凍っていることだ。中には凍ったものを叩き割ったものもあり、解凍したら間違いなくバラバラ死体以上の惨劇というわけで騒ぎになりそうなものまである。
オブジェのように凍ったダイダロスはまるで道しるべのように沢山続いており、それは明かりのついたスーパーマーケットに続いていた。
明らかに罠っぽく見えるのだが、ここで立ち止まっていては何もつかめない。
あえて踏み込んでみよう。
ケイトはそう判断し、マリネとアクスに振り返る。
「あのスーパーマーケットに行ってみよう。二人ともいける?」
「俺はどうにかな。マイハニーは?」
マリネはアクスを支えているままだ。
この状況下だからか、アクスはマリネに支えられたまま顔を俯かせている。
頭が追いついていないのだろうとケイトが推測している中、アクスはぽつりと小さな声で尋ねる。
「……ミルエ、さんは?」
「多分魔法陣展開した奴に捕まってる。あの放送のルールでいえばハンターにね」
「そんな! それじゃ助けないと!!」
ハンターに捕まったと聞き、アクスは勢い良く顔を上げてケイトに訴える。
ケイトは怯む事無く落ち着いて説明する。
「落ち着いて、アクス。彼女はそう簡単に死なないよ。銃の戦乙女であり、銃器狂と言われたミルエ・コンスピリトはね」
「……その銃の戦乙女って、さっきも言ってたけど一体何?」
「キング・ダイダロスの目ぶち抜いて、結果的に夜明国救った女の子の事。当時十歳という幼さでね」
「それがミルエさんなの? でも私、そんなの……」
「知らなくてもおかしくないよ。夜明国の事は色々ともみ消しされてるし、当時ミルエ・コンスピリトの格好は緑の帽子に銀の拳銃で今とは全く違うから気づきにくいし」
とまどうアクスにケイトは己が知っている限りのミルエについて説明する。
黙って話を聞いていたマリネはかなり詳しいケイトに尋ねる。
「夜明の生き残りだからお前は知ってたのか?」
「……そんなところ」
本当は生き残り、という単純な問題ではない。
ただ思い出しただけなのだ。
当時十歳のミルエと両親を殺害した存在が対峙していた、という強すぎるその光景を。
殺人者の方がインパクト強すぎてて、ミルエという存在がかすんでいた。しかし今さっきミルエと遭遇した事により、彼女の存在を思い出した。たったそれだけの事なのである。
連鎖的に殺人者が起こした両親殺害の瞬間を思い出しそうになり、ケイトは勢い良く首を左右に振ってそれを食い止める。
「まぁ、そんなわけだから彼女については大丈夫だよ。それよりもここで立ち往生していたらダイダロスやハンターに見つかる可能性が高い」
ケイトは回想を無理矢理終わらせようという思いで、アクスを説得する。
それでも尚ミルエの事が心配らしいアクスの顔は不安に満ちている。
そこをフォローするのは話を聞いていたマリネだ。
「オーケー。ここは見たところ北エリアっぽいし、もしかしたらナッくんいるかもしれないからな。マイハニーもそれでいいだろ?」
「あ、そうだった! 急患がいるのを忘れてた!!」
「それじゃ急ごう」
三人はスーパーマーケットへと駆け寄り、正面の自動ドアまで行く。当然開かなかった。
透けている自動ドアの中から見えるのは複数のカービィだ。
自動ドアに寄り添うように立っているのは奇妙な帽子を被った少年。ケイトと目を合わせた時、くすくすと笑みを浮かべる。
その奥に見えるのは横になって眠っている茶色の帽子を被った黄色の少年。その少年に付き添う大きな人形と小さな人形。そんな三人を心配そうに見ているのは上半身が雪となった融合型の子と少々目立つ帽子を被った桃色の女性と大きな尻尾を生やした飛行帽を被った男の子だ。
彼らを少し離れた位置で眺めているのは頭から若葉を生やした眼鏡の少年。
横になっている少年の左手に巻かれた包帯が真っ赤に染まっているところからして、恐らく彼が例のナッくんなのであろう。
確証は無いものの出会ってみる価値はありそうだ。
どうにかして入れてもらおうと口を開こうとしたその時、三人の背後から突然声が聞こえてきた。
「おや、まだ生きてる人がいたんだ」
その声を聞き、三人がいっせいに振り返る。
そこに立っていたのは緑の帽子を被った片方だけの猫耳の男だ。猫又のように二つに別れた尻尾をもっており、その白色の瞳はなんともいえない男の不思議さを表しているようにも見える。
初めて見る男にマリネとアクスが疑問に思う隣で、ケイトはその男が何者なのか知っていた。
「あなたはクレモトですね?」
「そうだよ。僕を知ってるって事は君、防衛隊隊員なのかい?」
「いえ、知人が防衛隊に所属しているだけで僕は違います」
「ふうん、そう。……そちらのお二人さんはカップルかい?」
クレモトはマリネとアクスに顔を向かせ、こんなことを尋ねてみた。
それを聞いたマリネは口にくわえていた薔薇を手に持ち替え、高らかに答える。
「そのt」
「ただの知り合いです。カップルなんてありえません」
だけどそれよりも早くアクスがより大きな声でキッパリと言い切った。
マリネ、へこむ。心なしか薔薇も項垂れているように見える。
普段からナンパしてるからそうなるんだ、とケイトは呆れながらも口出ししない。もう慣れた。
クレモトは二人の様子に笑みをこぼしながらも、スーパーマーケットに入る事を提案する。
「とりあえずここで立ち話は危険だし、中に入ろうか」
三人は頷き、スーパーマーケットの中に入る事にした。
規模は大きくないスーパーマーケットだが、避難している人員を考えれば十分な数の食料はある。これならば数日程度ならばもつであろう。
■ □ ■
裏口から入る間にクレモトによってそれぞれナグサ、ツギ・まち、ちる、絵龍、ポチ、セツ、フー・スクレート、ウェザーについて簡単な特徴と避難した時の状況について教えてもらった。
クレモトを含めたナグサ一行は負傷したナグサの為にここに避難し、先客であるセツとフーと遭遇。
当然のことながらこの中にもダイダロスはいたらしいがフーが全滅させていて除去済み。外にあった氷のオブジェ状態のダイダロスに関してはセツがやったとのこと。
その後、寒さに震えながらウェザーも避難してきた。セツの知り合いで尚且つナグサとも関わりがあるらしく、特に害は無い為入れた。
それから数十分後、フーが転移魔法の魔力を感知。それに続くようにケイト達三人が現れた、ということのようだ。
この話により、ナグサがミルエの言っていたナッくんだと理解したアクスはスーパーマーケットの中に入ると真っ先にナグサへと駆け寄った。
ナグサの周りにいた者達が驚くものの、アクスは明るく返す。
「ミルエさんの救援を聞いて、ナッくんくんを助けにきました!」
「ほんと!? やったよ、ツギ・まち!」
「~~~!」
ちるとツギ・まちの人形コンビが顔を合わせ、互いに喜び合う。その周りにいた絵龍、ポチ、セツもホッとする。
アクスは能力を発動し、両手で抱えきれないほど巨大な注射器を召喚すると頭の上に掲げてナグサに矛先を向ける。もちろん矛先はキラリと輝くぐらい尖ってます。
「ドスッていきますけど、我慢してくださ~い!」
「ちょ、それ逆に死なね!?」
「ってかチクッじゃないんですかー!」
「うわー、いたそー……」
絵龍とセツが注射器を見て焦る隣で、ポチは針を見ていて痛そうな顔で呟く。
アクスは絵龍とセツの言葉を無視して注射器を思い切りナグサの額に刺した。ナグサ白目向いた。
注射器の中に入っていた紫色の不思議な液体が徐々に注入されていく。ナグサの口から泡が吹いた。
明らかに治療と逆ベクトルにしか見えないそれは見物している側からすれば見ていてきつく、何人かは目を逸らしちゃっている状態だ。
紫色の不思議な液体を全て注入し終えたアクスは注射器の針を勢い良く抜き、召還する。
するとナグサの目は徐々に戻り出し、彼はゆっくりと起き上がる。冷や汗まみれで。
「……川の向こうにコッペリアが見えた」
「コッペリアはあたしです! ってかそれ女の子だったらやばいよ。冥界見えてたよ!!」
「!!!??」
「良くわかんないけど、無事なの?」
「二人とも落ち着いて。それと個人的にも驚くぐらい回復してるから無事」
ちるとツギ・まちの人形コンビはナグサの呟きを聞いて必死になる。その横で眺めていたポチがナグサを心配して尋ねる。
ナグサは左手に巻かれた包帯を外しながら三人に冷静に答える。包帯を解かれた左手は見事穴が完治しており、先ほどのがちゃんとした回復なのが証明されている。
奇跡のナグサ復活を見た絵龍とセツは半ば呆然とした様子で呟く。
「アレ、ちゃんとした治療だったのか……」
「僕にはトドメをさしたようにしか見えなかったのですが……」
黙って話を聞いていた見張り役のフーが二人に説明する。
「回復能力にもあーいうものはあるんだよ。まっ、能力者の意思によっては注射器の中身が毒になる事も良くあって病院内の殺人も少なくはないんだよね。それの後始末も何回か依頼されたかな」
「何そのいらんトリビア! しかも後始末やってたんかい、あんた!!」
「後始末といっても魔法での改ざんとか死体処理ぐらいだけど? 証拠は全部消してるから防衛隊に連絡しても無駄だよ。証拠不十分で釈放される自信あるから」
「怖ぇ! 怖ぇよ、あんた!!」
「能力見た時点で凄いと思ってましたけど、性格の方が凄かったですね……」
フーのえげつないトリビア+過去のお仕事について聞かされ絵龍は顔を青ざめ、セツはダイダロスとの戦闘を思い出しながら呟く。
予想以上に明るい状態に対し、ケイトは己の目を疑った。
夜明国の時はこんなにも明るくなかった。過去に前例も無く、この都市ほど発展していなかったというのもあって混乱に満ちていて、希望を持つことなんて出来なかったからだ。
それなのに避難できるだけでこんなにも落ち着き、明るくなれる彼らに感服する。
その時、マリネがアクスの下へと駆け寄ると跪いて口説き出した。
「マイハニー、相変わらず素敵な治療だ。あなたのおかげで一つの命を救える事が出来て、私は安心する。だけども心配になるよ。あなたの治療で患者の心が奪われない事を……!」
「それはありえないから安心して。ってかこんな状況下だってのに何時もの台詞を吐けるマリネに感心しちゃうわ」
「いやいや、これは俺にとって大切な事なの。マイハニーは多くの人の心を奪えてしまう笑顔と優しさの持ち主だから凄い心配でたまらなくて」
「褒めすぎだってば。それにそう考えてるのはマリネだけであって、他の人は違うからね」
「マイハニー! 君は自分の美しさがどれほどのものか理解していないのか!!」
「だからあんたが美化しすぎなの」
「あぁ、これは本当に気づいていないようだ。それなら教えてあげなければ!」
「いらない」
慣れているアクスは軽くあしらう。マリネは諦めずに口説く。それの繰り返し。
そんな二人を目の前で見せ付けられ、それぞれ独自の反応を見せる。
「アレも一種の愛ですね!」
「いや、一方通行にしか見えないのだが」
「(こくこく)」
「でもナンパ男と軽くあしらう女ってCP多いっすからねー。これはフラグとか成立したら一気に成立する可能性あるっすよ。とりあえず今の内にネタをメモらねば……」
「かいりゅー、何言ってるのかな?」
「僕にはさっぱり分かりません」
「そっちは気にせずカップルの方を見ようよ二人とも」
本当にナイトメアシティ化したサザンクロスタウンとは別世界な状態です。
あまりに平和な光景を見てケイトはどう反応すればいいか分からなかった。夜明国の時とは思い切り違いすぎるのだから。
そんなケイトを見て、クレモトは話しかける。
「昔と違うのが気に喰わない?」
「そういうわけじゃないんですけど、どうも慣れなくて……」
「そうなんだ。でもま、馴染んだ方が良いよ? ずっとシリアスでいたら息が続かなくなるからね」
「は、はぁ」
クレモトに言われ、ケイトは生返事する。
そんなケイトを他所にクレモトは話に参加せず、黙って様子を見ていたウェザーに体を向けて話しかける。
「そっちの君もね。さっきからずっとそんな調子じゃない?」
「……少し疲れてるだけです」
「さっきからそればかりだね。まぁ、無理にとはいわないから別にいいけど」
刺々しい態度を見せ付けるウェザーに対して怯んだり心配したりせず、ただ平然と返すクレモト。
ケイトはそんなウェザーを見て、何かがあると察する。ただ現状では何も分からないけれど、注意しておいた方が良いだろうと判断する。
そんな中、突然絵龍から着歌が大音量で聞こえてきた。
『♪ 乾いた心で駆け抜ける ごめんね何もできなくて ♪』
「うおおお!? やべ、マナーモードにしてなかった!!」←絵龍
「うわわ! 何ですか、この歌ー!?」←ちる
「!!??」←ツギ・まち
『♪ 痛みを分かち合うことさえあなたは許してくれない ♪』
「この歌声、ソプラノちゃん!?」←ナグサ
「でも彼女、こんな曲出したっけ?」←マリネ
『♪ 無垢に生きるため振り向かず 背中向けて去ってしまうんだ LonlyWay ♪』
「特別イベントで配布されるソプラノちゃんが歌った特別God knowsっす! ファン限定の特別レアアイテムなので知らなくてもおかしくはないっす!!」←絵龍
「それ、威張るところじゃないから」←フー
『♪ 私、ついていくよどんなつらい世界の闇の中でさえ ♪』
「とりあえずさ、さっさと出たら?」
着歌にギャーギャー騒ぐ一同に対し、クレモトが呆れながら口出しする。
言われた絵龍は慌てて携帯電話を取り出し、電話に出る。
「も、もしもし!」
『……北エリアとの通信成功。これで両エリアとも通信が出来るようになったか』
「は?」
『拡声ボタン押して全員と会話できるようにしろ。話はそれからだ』
見知らぬ男の声と訳の分からない事を言われ、絵龍は頭に?を浮かべるものの言われた通りに拡声ボタンを押して携帯電話を一同に向ける。
一同が携帯電話に注目する中、電話の向こうの男は話し出す。
『俺はラルゴというものだ。たった今地下施設を使って北エリアと西エリアとの通信連結も完了した為、両エリアの者達と話し合いを行いたい。ナイトメアシティを脱出する為にな』
それは生き残り達を繋ぐ架け橋ともいえる連絡だった。
■ □ ■
「サザンクロスタウンからの脱出……?」
「ってかラルゴさん、どっから電話してるんですか!?」
突然鳴り響いた電話の相手であるラルゴの言葉に、ナグサが反復してセツが驚く。
その声を聞き取ったラルゴはセツをスルーして脱出について話し始める。
『そうだ。この街に残って救助を待っていても絶望しか無いし、かといって連中がおとなしく外に出してくれるわけがない。……残された手段は俺達自身による脱出だ』
『ちょっと待ってよ! 脱出の意見については賛成なんだけどさ、方法あるの?』
ラルゴの説明に誰かが口を挟んできた。電話から聞こえてきたのと口ぶりから考えると西エリアにいる生き残りであろう。
その生き残りの声は北エリアのメンツからすれば思い切り聞き覚えがあり、すぐにある人物が連想できてしまった。
もしかして、と思いケイトが西エリアの生き残りに向かって尋ねてみる。
「君、アイドルのソプラノ?」
『え? アレ、もしかして声だけであたしだって分かったの?』
「ウソォ!? モノホンのソプラノちゃんっすかぁ!? 自分大ファンっす~!!」
『あ、ほんと!? それならありがと、ファンの人♪』
「きゃー! 電話越しとはいえ、リアルタイムで会話できたー!!」
「落ち着こうね、絵龍ちゃん」
「これで落ち着けっかー!!」
絵龍、大好きなアイドルソプラノと電話越しで会話できて大興奮。クレモトが宥めるものの珍しく効果無し。
いきなり話が反れちゃった中、電話からまたも新たな声が二つほど聞こえてくる。
『どんぐらい有名なんだよ。歌の嬢ちゃん』
『ソプラノちゃんは患者さん達も大好きだからね~。彼女ってジャンル幅広いし』
「その声、タービィさん!?」
「ナース先輩もそっちにいるんですか!」
ナグサとアクスはそれぞれの知人の声を聞き、身を乗り出して話しかける。
その質問に返ってくるのは二人ではなく、またも別の声だった。
『あ! その声、地雷君!?』
『ナグサ殿にちる殿! ご無事であったか!!』
それらはナグサ、ツギ・まち、ちるにとって聞き覚えのある声。チャ=ワンとローレンのものだ。
西エリアで生存していたのだと分かり、ナグサ達は顔をパッと明るくして互いに喜び合う。
そのわずかなタイミングを読み取り、ラルゴが本題に戻す。
『話を戻すぞ? まずは北エリア、西エリア、それぞれ誰か代表して、いる奴の名前全部あげてくれ』
「北側はクレモト、絵龍、ナグサ、ツギ・まち、ちる、ポチ、ウェザー、セツ、フー・スクレート、ケイト、マリネ、アクスの計十二名だよ」
『西エリアは豪鉄、エダム、コーダ、タービィ、チャ=ワン、ソプラノ、シャラ、シアン、ナース、ローレンの計十名』
北エリアは全員の名前を把握しているクレモトが、西エリアはサザンクロスタウンの守護担当であり、生き残りの一人である豪鉄が答える。
北エリア側のナグサ、ツギ・まち、ちるはカルベチアの名前が、西エリア側のチャ=ワン、タービィ、ローレンはミルエの名前が無い事に疑問を思う。
その名前を聞いていたラルゴは疑問の入った声を出し、北エリアの面々に尋ねる。
『ん? 北エリア、それで全員なのか? こちらのコンピュータには北エリアに大国防衛隊のアカービィ、セラピム、ログウの三名がいる筈なのだが』
「え、それホント?」
クレモトは思わず聞き返す。
その時、フーがいきなり体を自動ドア側に向ける。それを見たポチが首を傾げる。
「どしたの?」
「来たよ。アカービィ、セラピム、ログウの三人」
フーがそう言うと共に、スーパーマーケットの前に三人のカービィが空から降りてきた。その内一名は翼を持っていない為、二人に支えられる形である。
一人は翼の生えた茶色の帽子を被った赤色の少年。一人は水色の帽子を被った白い翼の生えた桃色の女性。一人は白いシルクハットを被り、左目の下に機械部分が露出している白い男性。
その内の二人については北エリアの面々にとって見覚えがあった。大国防衛隊一番隊副隊長アカービィと五番隊副隊長補佐官セラピムだ。必然的に最後の一人はログウであろう。
アカービィがガラスの自動ドアを叩き、中にいる北エリアの面々に話しかける。
「中に入れてくれないか?」
「今、入れるよ。裏口からだけど良い?」
「入れれば十分だ」
「分かった。それじゃ僕が行ってくるよ」
クレモトがアカービィに対応し、彼らを入れる為に裏口から外に出ていった。
新たにアカービィ、セラピム、ログウの三名を連れてクレモトがスーパーマーケットの中に戻ってくる。
三人共にダイダロス化している様子は無く、それほど目立った傷も無い。
裏口に連れていく最中でクレモトがある程度の事情を説明したらしく、一同が説明するという時間ロスは無かった。
全員が漸く揃った為、ラルゴは説明を再開しようとするがそれよりも話を交換する方が先だと言われ、それぞれ情報交換することになった。
詳しく書いていると長くなる為、簡単に纏めるとこんな形である。
北エリア
・メンバーはナグサ、ツギ・まち、ちる、クレモト、絵龍、ポチ、フー・スクレート、セツ、ウェザー、黒脚ケイト、アクス、マリネ、アカービィ、セラピム、ログウの計十五名。
・ハンターのオルカと接触。ナグサが戦闘を行うものの、キング・ダイダロスの妨害によって引き分け。
・スーパーマーケットの周辺にいたダイダロスはフー・スクレートの魔法とセツの能力によって除去完了している。
西エリア
・メンバーはチャ=ワン、タービィ、ローレン、シャラ、シアン、ソプラノ、ナース、コーダ、豪鉄、エダムの計十名。
・ハンターのフル・ホルダー&ジョーカーと接触。カルベチアが殺害される。
・ソプラノのマイクとタービィのボムにより、辺り一体のダイダロスは全滅済み。
秘密地下
・メンバーはラルゴ、カタストロ、フズ、アノ+カスの計五名。
・ハンターのキューピッドと接触。無事破壊完了。
・北・西・南に生き残りと魔女一派それぞれ誰がいるのか把握済み。ただし東エリアについては解析不能で分かっていない。
・ハイドラパーツを保管している。
南エリア
・確認できた人物はミルエ・コンスピリト、風神桜花の計二名。
・空港がトレヴィーニの魔法によって、禍々しい魔女の城に変化済み。ただし滑走路と飛行機までは変化していない。
・ミルエはハンターのキング・ダイダロスと接触。現在交戦中。
・桜花は魔女の城に一人残って、情報収集中。
・城内部にはモザイクとダイダロス、トレヴィーニの魔力によって生み出された兵士がうようよいる。
・コーダ、アカービィ、セラピム、ログウ、豪鉄、エダムの六名のみ脱出完了。
東エリア
・このエリアから広がるように一瞬のみ強大な魔震動が発生。
・魔震動後、トレヴィーニの黄金の風に包まれ解析不可能。
・唯一解析できるのは二つの強大すぎる魔力。
現在判明している否定の魔女一派
トレヴィーニ:居場所不明。東エリアに黄金の風が集中している為、恐らく東エリア。
モザイク:南エリアの魔女の城内部。
ディミヌ・エンド:居場所不明。間違いなくネットワーク内部。
キング・ダイダロスと愉快な部下達:前者は南エリアにてユニコスの体でミルエと交戦中。後者はいろんな場所でうろつきまわっている。
ホロ:西エリアの高層ビル屋上。
オルカ:ホロと同じ西エリアの高層ビル屋上。
フル・ホルダー:ホロと同じ西エリアの高層ビル屋上。
ジョーカー:ホロと同じ西エリアの高層ビル屋上。
キューピッド:ラルゴとカタストロによって破壊済み。
クウィンス:北エリア。魔法妨害により詳しい場所までは特定できず。
これだけなのかどうかは不明。現在アノ+カスが調査中。
と、こんな感じに様々な情報が交錯していく。
その中で話を聞いていたナグサ、ツギ・まちと大国防衛隊関係者と夜明国生き残りが目を見開き、送られてきた情報に驚き、互いに質問攻め(といっても大半はラルゴに向けられていたが)を行う。
ラルゴはそれら全てに丁寧に答えていく。クウィンスが無実の罪で捕まり、否定の魔女に魂を売った事や大国で起きた事件の概要。キング・ダイダロスの状態など。
あまりにも衝撃的な事実が発覚し、それぞれが驚愕を隠せない中でラルゴは話を戻す。
『情報交換はこれで終了した。これからナイトメアシティ脱出についての話し合いを始める』
それを聞き、北エリア・西エリアにいる者達は息を呑む。
今は驚き、戸惑っている場合ではない。
一刻も早くこの悪夢都市と化した南十字の町から生き残る為に脱出しなければならない。
己達の未来の為に。否定の魔女の思うがままにさせない為に。
最初に脱出に関して話し出すのはアカービィ、セラピム、ログウの三名だ。
「魔女の城から脱出後、コーダ隊長達と別れてセラピム補佐官の補助魔法を使いながら南エリア、東エリア、北エリアをざっと空から見て回っていたんだ。サザンクロスタウンからの脱出についても調べていた」
「でも結果はサザンクロスタウンの周辺に巨大な結界が張られており、三つの門からの脱出は不可能という残念なものでした」
「多分夜明国と同様、外からなら一人や二人程度ならば侵入できる穴はあると思う。だけど内側から出られるような穴をあの魔女が作る筈が無い。否定で補強している筈だ」
「……要するに脱出は困難って事」
アカービィとセラピムの説明、それを纏めるのはログウ。
そこまで聞いた北エリアと西エリアの者達の一部除いた全員が不安になっていく。
電話越しに聞いていたラルゴは不安になったそぶりも見せず、寧ろ予想通りだと言わんばかりの口調で呟く。
『やっぱりな。……それなら出口は一つしか存在しないか』
出口。その単語を聞いて、全員が己の耳を疑った。
「『出口!?」』
「え、えぇぇ?!」
「~~~~!!??」
「なっ!? ちょっと待て、どういうことだ!」
「出口ってマジっすかーーー!?」
「話聞いてなかったんですか、何でも屋さん!」
『おいこら、ラルゴ! 理由を教えろ、理由を!!』
『何の根拠があってそんな事言えるのさ! このドクケイル!!』
『ロー君、ラルゴさんと会った事あるの?』
『冗談だったら全身の血液抜くぞ、ワレェ!!』
『ひぃぃぃ! か、看護婦さん怖ぁぁ!!』
『シアンちゃん、泣かないの! 私も怖くて泣きそうだけど我慢してるの!』
ラルゴは「ドクケイル」の称号を手に入れた!
驚愕に満ちた声を何度も何度も浴びながらも、ラルゴは不気味なほどに動揺せず出口について詳しく話し始める。
『否定の魔女トレヴィーニは物語のような現実を望んでいる女だ。皆殺しや全滅を行うのはあくまでも邪魔なエキストラの排除。奴の本来の目的は主人公とその仲間に値する連中が己に立ち向かい、互いに力を出し合っての戦い。もしくは駆け引きだ』
『……あぁ、そうでしたね。確か戦争終盤頃ではほとんどが否定の魔女との戦いばかりで、私達同士の戦争は事実上終わらせられていましたし』
『今回のナイトメアシティもその一種ならば己が主人公と定めた者達による反逆を望んでいる筈。……これは連中からすればゲームなんだよ。地獄から地上へと抜け出そうとする選ばれてしまった戦士達と残虐な遊戯を楽しむ魔女と手下どものな』
コーダが過去の戦争のことを思い返し納得する。
ラルゴはそれを踏まえながらも説明を続けていく。
彼の出した例えを聞き、悪趣味だとほとんどの者が思う中で絵龍とシアンがラルゴの言いたい事を察したのか、それぞれ口を開く。
「……あの、ちょっと良いっすか? その話を聞いているとどうも、出口ってもしかして南エリアにあっちゃったりします?」
『それも魔女の城化した空港。こういうのってテレビゲームでいうと、その……間違いなくボスを倒さないといけないなんてことだったりして?』
『その通りだ』
「『うそおおおおお!!!??」』
ラルゴ、即答。
自分の言ったことが大当たりした絵龍とシアンが驚愕の声をあげ、この先の事に顔を青ざめていく。
大声を出した二人に何人かがびっくりする中、ラルゴは無視して話を続けようとするけれど、それよりも早くソプラノが口を挟んでくる。
『……ちょっと空気読めないみたいな発言するけどいーい?』
彼女の声を聞き、全員が耳を傾ける。
『話し合いの大切さは良く分かったけどさ、こんなに人数多いと話も思うように進まなくないかな? それに皆すっごい疲れてるし、もう夜だから考察したい人だけ残ってお話するっていうのはどう? そっちの方が順調に進むと思うけど』
確かに外は星の光が見えないぐらい真っ暗だ。
ナグサ達がトラックを使ってサザンクロスタウンにやってきたのは放送が起きる数十分前の夕暮れ時。
そう考えるとかなり長い間戦っており、全員が疲労しているのは誰の目から見ても明らかだ。この状態で考察を続けていくのはきついものがある。
ラルゴはソプラノの提案を受け入れる。
『それなら別に構わん。話が纏まったら俺が全員に話すだけだ』
『オッケー! それじゃ会議に参加しない人は各自おやすみタ~イム!』
ラルゴの許可を貰ったソプラノは明るい元気な声で皆に伝えた。
■ □ ■
結果、ほとんどの者が休息を選んだ。
その内の数名はダイダロスによる襲撃に備えての見張りを行う事にした。
そして脱出する為の話し合いに参加するのはラルゴ、ナグサ、クレモト、ケイト、アカービィ、コーダ、豪鉄、エダム、ナースの九名となった。
良い人数に調整されたな、と思いながらラルゴは話し合いを再開させる。
『それじゃ今度こそ脱出に関して話し合うぞ』
「はい」
「うん」
「分かった」
「何時でもいけるぞ」
『分かりました』
『何時でもOKだよ、こちらは』
『豪鉄さんと同じくです!』
『ふふ、外に出る為ならば何だって考えるわよ!』
全員が了承し、九人による話し合いが始められる。
進行役であるラルゴは早速脱出の為に必要な事を話し出す。
『エアライドマシンのドラグーンとハイドラについては知っているな?』
「世界大戦時に活躍した伝説のエアライドマシンの事ですね」
『確か否定の魔女トレヴィーニを封印した時に使用された神器でもありましたね』
『そうだ。ドラグーンとハイドラはそれぞれ大国の六大都市に隠されている。かつての持ち主であったマナ氏本人の手でな。このサザンクロスタウンに隠されていたハイドラパーツは既にこちらで回収済み。で、聞きたいのはグリーンズにある筈のドラグーンパーツについてなんだが……』
ナグサとエダムが答え、ラルゴが頷きながら説明を続ける。
グリーンズのドラグーンパーツを聞き、ナグサはどこからともなくベルを取り出す。悪魔を模した角をつけた額に六芒星の魔法陣がある髑髏の模様が描かれた白銀のベルだ。
悪趣味な模様のベルにクレモト、ケイト、アカービィが注目する中、ナグサはそのベルを鳴らす。
するとナグサの目の前にドラグーンパーツが出現する。人形屋敷で手に入れた機首のパーツである。
いきなり出現したドラグーンパーツにアカービィは思わず声を上げ、クレモトも驚きを隠せずナグサに尋ねてしまう。
「ど、ドラグーンパーツ!?」
「君が所持してたの?」
「ドラグーンパーツを預かってたヤンデレ少女の悪霊人形屋敷と激闘して手に入れた戦利品です」
「……大国語でおk」
ナグサの返答を聞いて、ケイトが思わず言い返してしまう。
それを言われたナグサは苦笑いを浮かべる。
言っている事は間違いではないのだが、赤の他人が理解するのは苦しすぎるだろう。
『ドラグーンパーツをナグサ君が所持しているって事なんですよね? ……なんでですか』
『ヤンデレ少女の悪霊人形屋敷って存在するんですか、豪鉄さん』
『いや、僕に聞かれても困るんだけど』
『何はともあれ、グリーンズにあった筈のドラグーンパーツをナグサ君が持っている事でいいのよね?』
その話を聞いていた西エリアの面々はドラグーンパーツの存在に驚きながらも冷静に分析する。
事前に知っていたラルゴは驚かず、ナグサに確かめる。
『ドラグーンパーツをどうやって持ち運んでいた?』
「人形屋敷騒動終わった後、カーベルって人から無理矢理渡されたんだ。そのときに持ち運びが便利になるようにって四次元ベルまで渡されてから、それに入れて運んでた」
『……さっきから言ってる人形屋敷って何だ?』
「えーと、話すと少し長くなるんですが」
『すっごい簡単に要点だけ話せ』
ナグサは言われたとおり、すっごい簡単に要点だけ纏めて人形屋敷について説明した。
けれどもその内容は聞いている側から凄まじいものであった。
マナ氏やカーベル、Mahouの粉にドラグーンパーツなどなどととんでもないものばかり。
これは間違いなく本物のドラグーンパーツだと一同は納得しながらも、マナ氏の悪行にどうしても頭がいってしまう。
「なんというか、僕から見てもサドだよ。マナ氏」
『マナ氏は元来性格悪いお方でしたが、まさか己に恋する少女を弄んでから捨てるとは……』
「コーダ隊長、何か別の意味に聞こえます。ってかわざと言ってません?」
『そっちの意味でも間違ってないわよ! モノを預ける為だけならそれだけにすればいいものの、乙女の気持ちを弄ぶなんて最低すぎるわ!! 同じ乙女として見過ごしてたまるものですか!!』
『え? ナースさん、男じゃ……』
『エダム、それ以上言ったら駄目だ。ダイダロス以上の苦しみを味わう羽目になるぞ』
「豪鉄さん、そーいうのって絵龍ちゃんが言うには自分の身にふりかかるフラグって言ってたよ?」
『アンギャーーーーッス!!』
『豪鉄さんの頭が注射器でへこんだー!?』
「遅かったか」
豪鉄がナースに制裁を食らわされたものの、彼らは特に気にせず話を戻す。ちょっとひどいね。
『とにかく現段階でドラグーンとハイドラのパーツを俺達は所持している。これは決して手放してはならないものだ。何せ人形屋敷化を抑えていたぐらいだからな。こちらもハイドラパーツの力でディミヌに邪魔されることなく、通信が出来ている状態だし』
「ハイドラパーツでキューピッドを倒したのは聞いたし、パーツだけでも戦闘には使用可能なのは証明済みだ。だからどうにかすることはできるだろ?」
「仮初のドラグーンで人の心の中に入れたぐらいだしね。切り札としては十分すぎるよ」
『対抗手段だけではない。こいつ等はあるヒントをくれた。それもとびっきりのな』
『とびっきりのヒント?』
『そうだ。……サザンクロスタウンが大国でエアライドマシン製作率の一番高い場所だっていうこと、知らない奴はいないだろう?』
ラルゴがやや笑いを含めた声で言う。
それを聞いて、八人は彼が何を言いたいのか察した。豪鉄の顔が一気に青ざめた。
『ま、ま、まさか……』
『そのまさかだ。エアライドマシンで城に突撃し、脱出の手段を勝ち取る』
『ななななななな何だって~!?』
『豪鉄さん、気を確かに!!』
「それは脱出以前の問題に繋がりそうなんだけど……」
『ってかそんな馬鹿すぎるギャンブルやろうなんて頭に乾杯だわ』
ラルゴのとんでも作戦を聞き、豪鉄、エダム、ケイト、ナースがそれぞれ反応を見せる。
ちなみに西エリアでは豪鉄が口から泡吹いて倒れ、エダムが慌てて支えている。
話を聞いていたクレモトは驚くそぶりを見せず、ナグサをちらりと見ながら賛成する。
「……うーん、僕からすればトラックで空飛んで入ったのに全員無事で尚且つ指名手配中の連続殺人犯オルカとやりあって重傷負って、それに追い討ちをかけるかのごとくトラックで見事はねられたにも関わらず現在無傷で生きているスーパーラッキーマンがいればどうにかなるような気がするんだけど」
「いや、偶然なんですけど」
「ヤンデレ悪霊の地雷踏みまくってやられかけたにも関わらず、その口で形勢逆転した人物のいう台詞なのかそれは」
ナグサが否定するものの、アカービィがそれにツッコミを入れる。ナグサ、撃沈。
ナグサは「スーパーラッキーマン」の称号を手に入れた!
そんな中、話を黙って聞いていたコーダがアカービィに話しかける。
『……ねぇ、アカービィ』
「何ですか、コーダ隊長」
『ログウの能力って己の近くにある物質に対しての錬金術でしたよね、ぶっちゃけて言えば』
「そうですけど、それがどうしましたか?」
『いや、少々無謀なアイディアが思い浮かんでしまっただけなんだけどね。でもクレモトの話を聞いていると、やってもいけそうな気がして』
そう言ってコーダは己が思いついたアイディアについて話し出す。
その内容もまたギャンブルに等しく、エアライドマシン以上にひどいものであった。
それを聞いて真っ先に豪鉄がものすごい必死な形相で拒否する。
『無理無理無理無理無理無理! 死ぬ、それは死ぬ! カーベルの口に入ってしまう!!』
『で、でも理論的には無理じゃないですよ。豪鉄さん!』
『そういう問題じゃなーーーい!!』
「でも脱出に有効な手段である事は確かだよ」
「それにこっちには幸運の女神を背負ったナグサ君もいるしね」
「そこまで発揮するとは思えないんだけどなぁ……」
『大丈夫よ! 自信持ちなさいって!!』
ナグサは「幸運の女神を背負う者」という称号を手に入れた!
何はともあれ、色々とむちゃくちゃな作戦であるものの彼らは話を進めていく。
否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガンが支配する悪夢都市から脱出する為に。
次回「それぞれの一夜」
三十人はきつすぎますorz
- 最終更新:2014-05-28 00:13:06