第二十一話「キング・ダイダロス」
うそだ。俺がこんな小娘に負ける筈が無い。
だが、この痛みは何だ? 右目に広がる痛みは何だ。体が壊れていくのは何故だ。
痛い。体中が痛い。頭が焼ける。何も見えなくなる。声が出なくなる。
何で、何で、何で! どうしてだ!? どうしてこの俺が!?
「なーんだ。すっごく弱いじゃん!」
小娘が無邪気に言う声が聞こえてくる。同時にムカつくほどの笑顔が自然に頭に浮かび上がってしまい、気持ち悪くなった。
弱くない。俺は弱くなんかない。本来なら負ける筈が無いんだ!
「ちょーとがっかりだったかなー? 皆が怖がってたからさ、すっごい強くてでっかいの考えてた!」
何を言っている! 俺は、俺はダイダロスの王なんだぞ!?
弱い筈が無い。無いんだ!!
お前のような小娘に、何が分かるというのだ!!
「でも、それは違った。命令するだけの王様。それがキング・ダイダロス」
俺の右目に冷たく硬い何かが押し付けられる。間違いない、小娘の銃だ――!
おい、待て。小娘、何をする気だ。まさか、まさか、まさか!?
やめろ! やめろ、小娘!! 俺はそんな展開を望んでいない。そんな展開を望んでいない!!
俺達が望んでいるのは災厄なんだ。小娘なんかに殺されるのが望みじゃないんだ!!
「そんなのどーでもいいの。ミルエはね、お前の望みや死体なんかよりもお金が大事なの。泥棒成功させたいからさ、ここで死んでくれると大助かりなの!」
小娘は明るすぎる声で、あまりにも身勝手な事を口にしてから銃の引き金を引いた。
俺の意識は永久の闇に堕ちた。
■ □ ■
九年前、世界大戦中盤にてダイダロスの軍勢が夜明国に発生した。
だが後に銃の戦乙女と呼ばれる少女の手によってキング・ダイダロスが滅んだ。
そこから結果的に夜明国に蔓延るダイダロス達を全て滅ぼす事が出来た。
しかし夜明国は生き残った者も少なく、実質壊滅状態であった。
夜明国は大国に吸収されてしまい、生き残り達も大国の中で生きる事を苦痛と思わなかった。
人が人でなくなる悪夢に比べれば、ずっとずっとマシだったから。
だけども歴史は繰り返される。
蘇った否定の魔女により、キング・ダイダロスは再び目覚めた。
そして再び、ダイダロスの軍勢を発生させた。
今度こそ魔女の望む展開にする為に、今度こそ王の願う展開にする為に。
王には新たなる目的が生まれていた。
九年前の滅びが切欠となった強い目的が。
■ □ ■
フル・ホルダー&ジョーカーを退けたチャ=ワン達がタービィ達と再会し、コーダ達とも遭遇したのと同時刻。
南エリアに位置する巨大病院内のとある一室にて、一人の男が呑気にテレビを見ながら肉を食べていた。
この部屋をびっしりと囲むように無数のテレビが積み込まれており、ここが病院ではないのかと錯覚される。
テレビを除くとベッドも無く、あるとすれば男が座る椅子と大きな肉を乗せたテーブルだけだ。
男は肉を噛み千切り、味を楽しむ。まったく火が通っていない死体の生肉だがこれはこれで美味しいものがある。
剣に突き刺した肉をテーブルの上に戻し、ちらりとテレビに目を向けてみる。全てのテレビが同じものを映しているのだが、これは男の趣味だ。
テレビに映っているのは三人の男女が軽トラに乗り込んで、必死になってこの場から逃げ出そうとしている様子だ。(余談だがこの時男はトラック系統が流行っているのかと思った)
軽トラの荷台に乗った男が己の能力を展開させて、妨害してくるダイダロスを次々に離れさせていく。その隣では看護士の帽子をかぶった女が物騒にも巨大注射器でダイダロス達を叩き落していっている。
もう一人の男は運転を行っているのは既に確かめ済み。
男はこの場から見ているだけなのだが、分かるのだ。その場に己の下僕がいるのならば、下僕を通して相手の位置が分かるのだ。
このまま行けば三人組はこの場から抜け出す事が出来るだろう。
しかし、どうせそこまでの話だ。ダイダロスの軍勢が発生してしまえば最後、どんなにあがいても仲間入りする以外に助かる手段は無い。
「まっ、マナ氏がこのタイミングで出てきたのにはびっくりしたけどな」
ぽつりと男がつぶやく。するとテレビのいくつかのチャンネルが変わり、マナ氏を映す。
トレヴィーニの引き起こす黄金の突風連打により、東エリアは一種の閉鎖状態になっているもののマナ氏とマナ氏に同行している二人組は無傷だ。マナ氏による防御魔法がそれほどまで強いという事だろう。
その光景を見て、やっぱりマナ氏は自分以上の化け物だと男は思う。
何でトレヴィーニはこんな男を気に入ったのだろうか。昔からずっと疑問でならない。
暫く出るつもりは無いし、トレヴィーニがマナ氏を気に入った理由でも思い出そうとしたその時、男の目にあるテレビの画面が映る。
そのテレビに映っているのは先ほどのトラックだ。
だが違いが存在している。それはトラックの横を通り過ぎたウィリーバイク。
突如現れたウィリーバイクとそれに乗ったカービィは自らダイダロス達の中に入っていく。
明らかに命知らずなその行為。自殺志願者のようにも見えてしまう。
ダイダロス達は自らやってきた餌へと群がっていく。
カービィはひどく落ち着いた様子で片手に持つライフルを構え、不敵な笑みを浮かべて言う。
『汚物は消毒だよ』
するとライフルから火が吹いた。それもかなりの広範囲に広がってだ。
もちろんダイダロス達に避ける間も無く、その場にいる連中は一体も残らず炎に包まれていく。
聞くに堪えない悲鳴が何重にも響いてくる。炎の下に見える体から肌が更に溶けていくのが見える。
いくら相手が死体とはいえど、炎で溶かして殺していくとは何とも酷いやり方だ。
他の奴は弱点である右目を狙うか、軽トラに乗った連中のようにとりあえず自分から追い出す為に叩いていくかのどっちかだった。
こんな酷い手段を使うのは数少ない。戦い慣れしているのか、気が狂っているのかのどちらかだ。
あっという間にダイダロス達は灰となり、その場には炎が吹いたライフルを持つカービィと軽トラに乗っていた三人組だけになった。
荷台に乗った二人の内、女がカービィに話しかける。
『あ、あなたは一体?』
『ミルエはミルエだよ! ねぇねぇ、回復能力もってないかなー?』
『それならあたしが使えるけど……』
『ほんと!? それならミルエと一緒に北エリアに来て! このままじゃナッくん、大変な事になっちゃうの!!』
『え? あ、あたしは別にかまわないよ』
『やったー! ありがとー!!』
『それよりもミルエって名乗ったよね、今。もしかして君、銃の戦乙女かい?』
『んー。それで呼ばれる事もあるね、ミルエ』
『……これはとんでもない大物が出てきたなぁ』
『それよりもこんなところで雑談しているよりかはさっさと進んだ方が良いんじゃないか?』
『マリネのくせして正論言った!』
『ひどっ! マイハニーひどっ!!』
『……マリネ、日ごろの行いというものだよ。あんだけアタックしておいて、全く進んでいないんだからそういうレッテルを貼られるのも仕方ないんじゃないの?』
『ケイト、追い討ちかけるんじゃな~い!!』
『ねー、早く行かないのー?』
軽トラ側の三人組が騒ぎ立てる中、カービィが急かす。
四人共にテレビの画面にハッキリと映った為、特徴は覚えた。
“マイハニー”と呼ばれたのは看護士の帽子を被った桃色の女。その手には毒々しい色の液体が入った巨大注射器を持っている。
“ケイト”と呼ばれたのは灰色の大きな髪を持ち、左目部分を包帯で巻いた男。左目が隠されている部分には紫色の奇妙な印が浮かび上がっている。
“マリネ”と呼ばれたのは白い帽子を被った金髪の男。何のつもりか分からないが、口には何故か薔薇をくわえている。
“ミルエ”はピンクの長い付け耳が出ているゴーグル付の帽子を被った銃器使いの女。
「……ミルエ? ミルエ・コンスピリトだと?」
男にとって“マイハニー”“ケイト”“マリネ”なんてものはどうでもいい。一番重要なのは“ミルエ”の部分である。
テレビに映る“ミルエ”の姿は九年前のものとは全く違い、最初は分からなかった。
だがテレビ越しとはいえ、近くで見ると間違いなくあの小娘の顔だ。
その顔こそ可愛らしいものの中身は無邪気ゆえの残酷さ。子供特有の心を持つ悪魔。
九年前の夜明国崩壊時、遭遇した小動物の皮を被った悪魔。
戸惑いも容赦も全く無く、己の右目を銀の弾丸で撃ち貫いた銃の戦乙女。
火事場泥棒なんて馬鹿馬鹿しい理由で夜明国を救った銃器狂。
何よりも憎い存在、ミルエ・コンスピリト。
「はは、はははは。ははははははははははははは!!!!」
ミルエを見つけ出した男は高笑いを上げる。
部屋の中に高笑いが響くのも気にせず、男は笑い続ける。
本当にちっぽけな動機で己を滅ぼし、今じゃ銃の戦乙女なんていう英雄扱いされている小娘。
あの時ナグサをオルカ共々トラックで吹っ飛ばした時は一瞬しか見ておらず、気づく事が出来なかったものの今ならば絶対に見逃さない。己を殺した悪魔を、見逃してたまるものか。
そう考えれば、男の行動は早かった。
素早く指を鳴らし、複数のテレビが波のように次々と異なる人物を映していく。
電子の乱姫、悲哀の炎、戦闘狂、空刃の魔女、トランプ使い、混沌の炎、否定の魔女。
男にとって互いに利用しあう存在達と、絶対なる主。
「こちら、キング・ダイダロス。現在動ける奴は全員返事をくれ!」
男――キング・ダイダロスはテレビに映った彼等に向かって叫ぶ。
その声が聞いたのか、画面の前の彼等は一斉に返していく。
『黙れ、馬鹿殿!』
『きんぐ、どした?』
『何の用だ。このCKY!』
『傷に響くので騒がないでください』
『声でけーよ。あひゃひゃひゃ!』
『へんじがない ただのまじょのようだ』
『閣下、通信で遊ぶのはよしてください』
返ってきた返事のほとんどが邪魔者扱いでした。主である否定の魔女に至ってはふざける始末。
あまりの酷さにこけそうになるものの、いくつかは自業自得なので言われても仕方が無いと自分に言い聞かせ、キング・ダイダロスは即本題に入る。
「現在地についてはディミヌがさっき割り出した通りなんだよな?」
『そうですよ。忘れたんですか、馬鹿殿』
「そうじゃないわっ!! あの小娘は今、ナグサのいる北エリアに向かっている。これに間違いは無いのかって聞いてるんだよ!」
『間違いないですってば! 旧式とはいえど、機械反乱を起こした私がミスすると思います?!』
『……いや、あなたはごくまれにですがとんでもないドジやるじゃないですか』
『ホルダーに同感だ。元はといえば、お前のドジのせいで昔失敗した事あるし』
『フルさん、オルさん、ひどいです~! 昔の事を掘り出さないでくださ~い!!』
「昔談義は良いっちゅーねん! ってかフル・ホルダーにオルカ、お前等ツッコミだろ。ツッコミの癖してボケの俺にツッコミ入れされるんじゃねーよ!! ディミヌも乗るんじゃねぇ!!」
話がずれだした為、慌ててツッコミを入れるキング・ダイダロス。
多分この光景を九年前の関係者(主に被害者)達が見たら、色々な意味で泣き出しちゃうだろう。そんぐらい空気が軽くなってました。
このままだと収集がつかないと判別し、モザイクが口を開く。
『死霊の長よ、何を考えているのだ? それを早急に説明せよ』
「おっとすまねぇ。簡単なこった、あの作戦に少々アレンジを加えたいだけだ」
キング・ダイダロスはそう言って否定の魔女発案の作戦に対するアレンジについて語る。
作戦そのものの大したところは変わっていない。
ただ細かいところがいくつか変わっており、最後の〆に当たっては完全に話が違ってしまっている。
その作戦内容のえげつなさを聞き、フル・ホルダーとディミヌが表情を歪ませ、オルカが顔に笑みを浮かべる。
『思い切り私怨入ってませんか、その作戦……?』
『全滅狙うなら確かにその作戦の方が一番良いですけど、トレ様に怒られる可能性大ですよ?』
『俺はどっちでもいいぜ。体は回復してるんだ、ナグサ潰しに関われるんならばそれでよし!!』
三人がそう言うけれども、キング・ダイダロスは反応しない。
それもその筈。主である否定の魔女が許すか許さないかで全てが決まるのだ。
自分達だけに任された戦場で立てた作戦ならばいざ知らず、今回は否定の魔女が関わっているので全ての決定権が魔女にある。
少しの間、静けさが魔女一派を襲う。
誰も何も言わない。主である魔女が口を開かない限り、何も言えない。
やがてゆっくりと否定の魔女が口を開く。
『……災い転じて福となるとは、正にこの事だな』
その声色は、面白がっていた。
怒っても呆れてもいない。ただただ、先の展開を予想して面白がっている。そんな子供のような声色。
どんな存在よりも純白で美しく、どんな力でもかなうことが出来ない否定の魔女は扇子を広げて口に当てながら許可する。
『良いだろう、蘇った死の王よ。その作戦を許可しよう。……妾はその間、マナと暇つぶしをしてきてやろう。彼奴の足止め役は妾にしか出来んからな。その間、指揮権は一時期モザイク卿に与える。かまわんな、蘇った死の王』
「寧ろそうしてくれて助かるよ、麗しのトレヴィーニ」
『お世辞はいらん。それよりも貴様は貴様の役目を果たせ、キング・ダイダロス』
妾を、退屈させるな。
否定の魔女トレヴィーニの命を聞き、死者達の王は笑う。
己が全てを破壊するという未来に期待し、歪んだ笑いを顔に出しながら答える。
仰せのままに。
■ □ ■
時は同じくして、ミルエの方を見てみよう。
ミルエは病院に向かっている最中、軽トラに乗った三人組と遭遇して結果的に助け出した。
三人組はそれぞれアクス、黒脚ケイト、マリネと名乗り、回復能力をアクスが持っているという理由で北エリアの避難場所まで同行する事になった。
道中何体かダイダロスが出現するものの先ほどとは打って変わって、あっさり倒す事が出来る。ミルエ自身が慣れているのもあるが、ケイトのクナイによる援護もそれに加わってペースを速めている。
途中で拾ったウィリーバイクという存在もあり、このペースならばすぐにでもナグサ達と合流できるだろうとミルエが考えていたその時だった。
「さっすがはディミヌ。見つけるスピードは本当に速いなぁ、おい」
若い男の声が聞こえてきたのは。
同時にミルエの足元に真っ赤な魔法陣が展開される。複雑怪奇に絡まった鎖に拘束されたカービィの模様という何とも悪趣味な魔法陣だ。
魔法陣の円から垂直に光が浮かび上がり、ミルエを取り囲む。
「なぁにこれぇ!?」
ミルエは驚き、浮かび上がった光の壁にぺたぺた触る。
炎のように赤いというのに、氷のように冷たくて硬い。だけど手は全く冷えない。
足元で魔法陣の模様がぐるぐると回り、徐々に輝きを増していく。
明らかに普通の魔法陣とは違いすぎる狂気にも見える異形の魔法陣。
「ミルエさん!?」
いきなり出現した魔法陣に閉じ込められたミルエを見て、アクスが荷台から飛び降りて慌てて傍に駆け寄る。
けれども魔法陣から発生している光の壁のせいで、相手はうっすらと見えているのに触れる事は出来なかった。
アクスはどんどんと光の壁を叩き、破壊しようとするも傷つくのは自分の手ばかり。光の壁そのものにも魔法がかかっているらしく、アクスの手が血に汚れていく。
駆け寄ってきたマリネがアクスの手を優しくつかんで止める。アクスがマリネに振り返る。マリネは顔を左右に振り、落ち着けと彼女に言う。
その横でケイトが光の壁に触れ、魔法陣から感じる魔力から解析する。
「……小さい魔法陣だけど、すごい魔力反応だ。でも本発動は多分これから」
「解析してる暇があるならどうにかしろよ。お前、確か魔法使えるんだろ?」
アクスの背を軽くさすりながらマリネが言うものの、ケイトは首を横に振って無理だと答える。
「格が違いすぎる。この魔法、とんでもない上級モノだよ。本来ならカービィが使えるものじゃないし、解除できるものじゃない」
「それじゃミルエ、でられないの~!?」
ミルエはそれを聞いて悲鳴にもとれそうな声を上げる。
彼女からすれば冗談ではない。
一刻も早くナグサの下にアクスを連れていかなければならないというのに、こんなところで足止めを喰らいたくない。
どうにかして破壊しようと思い、右手に銃器を出したその時。
「お嬢さん、そんなに慌ててどうしたの?」
再び若い男の声が四人の耳に入ってきた。
魔法陣がそれに合わせるように更に真っ赤に輝く。
輝きと共に魔法陣は回転しながら大きくなっていき、道を全て覆っていく。
魔法陣が大きくなっていく際に触れた障害物は全て消滅していく。それは壁に触れていた三人も例外ではなく、ミルエの目の前から消えていった。
その光景にミルエは目を丸くするものの、すぐに落ち着く。
これは一度見た事がある。魔法陣そのものが異空間となっており、魔法発動者と対象者以外の全てを追い出す戦闘専用魔法だ。それ以外の存在は消されるわけではなく、どこかに追い出されるだけだったのを発動者本人から聞いている。
ウィリーバイクもいつの間にか消滅しており、魔法陣が完全に展開するまで気づく事が出来なかった。それほどまでに魔力が強かった。
今、思い出した。この魔法陣も、この展開も、何もかも九年前と同じだ。
この魔法陣によって発生したのは夜明国を崩壊させた魔の化身が生み出す“歪みの国のアリス”という決闘空間。
それを生み出せる存在は、ミルエが知っている限りではたった一人しか存在しない。
「出て来い、キング・ダイダロス!」
その存在の名を叫ぶ。
すると、それに答えたのかミルエと向かい合う位置に魔法陣からカービィの形をした真っ赤な物体が徐々にその身を現してくる。
最初こそ普通としかいいようがないカービィそのものだったけれども、ゆっくりと特徴が現れていく。
「――――ッッッ!!」
ミルエはその様子を見て、目を大きく見開いた。
己の知っているキング・ダイダロスは黒い大きな帽子を被っていたところ以外は普通のダイダロスと同じ特徴だった。
だが、目の前に出現しようとしているのは全く違う存在であった。
紫色の肩アーマーと漆黒のマントを身につけ、全身を火傷で染めた桃色の男。額にはその姿と全く持って場違いな立派な一角獣の角を生やしている。
一番目につくのは顔だ。あまりにも大きい傷跡を左の顔に持ち、右目周辺にはダイダロス特有の黒い痣が浮かび上がっていて、右目そのものは半分飛び出していた。
九年前に戦った存在とは違いすぎるその姿は、大国防衛隊四番隊副隊長ユニコスのものだった。
「あまりにも素敵なお姿でびっくりしちゃったかい? まっ、そうだろうな!」
ユニコスは呆然とするミルエに対し、気さくな口調で話しかけてくる。
その口調を聞いてミルエはハッとする。
ダイダロスの痣があり、尚且つ喋れているということはキング・ダイダロス本人であるということを。
ミルエは両手に銃器を持つとキング・ダイダロスを強く睨み付けながら問う。
「……キング・ダイダロスだよね? その姿、何?」
「モザイク卿からの復活祝いみたいなもんさ。なかなか動きやすくて助かるよ、この体。火傷もこの傷も治せるんだけど、こっちの方がかっこいいって判断したの。ほんとはもーちょっとでっけぇ傷もあったんだけど、さすがにそれはみっともないから治したけどな!」
キング・ダイダロスは傷跡をぽんぽんと撫でながら明るく体の訳を話す。
ダイダロスという存在は生きたカービィを媒介にしない限り、出現する事は出来ない。
それは彼らの王であるキング・ダイダロスも同じ事であり、夜明国の時は予め拉致しておいた男に寄生してダイダロスの軍勢を発動させていた。
今回もまた同じ手段。しかし寄生した相手が前回と大きく違っていた。
大国防衛隊四番隊副隊長ユニコスという実力者の体を、キング・ダイダロスは手に入れているのだ。
キング・ダイダロスはユニコスの力を使い、二つのソードを出して両手でつかむ。
「あの時の屈辱は忘れた事が無い。お前を見るだけで、右目がうずいてたまらねぇ」
さっきとは打って変わり、ドスのきいた低い声。
殺意と憎しみを一心にその身に宿し、異なるけれどもどちら共に禍々しい目でミルエを睨みつける。
ミルエは動じず、己の武器をキング・ダイダロスに向けた状態のままだ。
キング・ダイダロスは右手に持つ剣先を勢い良くミルエに向け、己の中の恨みと共に宣戦布告する。
「今度はテメェが終わる番だ。俺の悪魔ミルエ・コンスピリト!!」
ナイトメアシティ第三回戦ミルエ・コンスピリトVSキング・ダイダロス――START!
■ □ ■
勝利の女神が微笑むのは銃の戦乙女か、死霊の王か。
否定の魔女が微笑むのは非常な勝者か、惨劇の主か。
それはミルエ・コンスピリトとキング・ダイダロスにしか分からない。
■ □ ■
キング・ダイダロスがミルエに素早く接近し、右の剣を振り下ろす。
ミルエは銃器を交差させる形で剣を防ぐと押し返して後ろに飛び、キング・ダイダロスから距離をとる。
そのまま流れるように両方の銃器をキング・ダイダロスに向かって連射する。
素早く防御魔法のシールドを行い、銃器を全て防ぐとキング・ダイダロスは呪文を唱えて巨大火球(ファイアーボール)をミルエ目掛けて三つ飛ばしていく。
ミルエは銃器をしまい、一つ目の巨大火球を右に走って避けるものの残りの巨大火球が追いかけてくる。
そのまま走り続け、落ちてきた二つ目の火球は間一髪でかわす。けれども続けて落ちてきた三つ目の火球には対処しきれそうになく、ミルエは慌てて自分の頭に銃を向けて発砲する。
同時に巨大火球がミルエに直撃する。空間一体に水蒸気が一気に広がっていく。
キング・ダイダロスは水蒸気に気づき、素早く呪文を唱えて消してミルエを確かめる。
ミルエは二つの拳銃を回転させながら余裕の笑みを浮かべていた。
その笑みを見て、キング・ダイダロスはミルエが自分自身をアイスで凍らせて巨大火球の攻撃を軽減させたのだと気づく。
素早くミルエは二つの拳銃をつかみとり、キング・ダイダロス目掛けて発砲する。
キング・ダイダロスは再び防ごうと防御魔法でシールドを展開させるものの、ミルエの二つの銃弾はシールドを突き破り、キング・ダイダロスの肉体を貫く。
二つの銃弾を喰らったショックで転倒するもののキング・ダイダロスは素早く立ち上がる。一発は左目の横、もう一発は右目の真下を貫いていたらしく、新たに出来た穴から血が流れ落ちていく。
けれどもゆっくりとだが穴はふさがっていき、血の勢いも途絶えていく。
キング・ダイダロスの自己再生能力を見たミルエは少し驚く。
「うわっ、昔はこれでノックダウンだったのに強くなってる」
「バーカ! 九年前とは違うのだよ、九年前とは!」
キング・ダイダロスはそう言った後、魔力を開放して二つの剣を赤と黄に輝かせる。
ミルエはキング・ダイダロスの魔力に気づくと再び拳銃を己の頭に発砲し、その身を“ミラーシールド”で包み込む。
同時にキング・ダイダロスの持っていた剣の形が両方共に変わる。
赤に輝く剣は巨大な炎剣。黄に輝く剣は巨大な雷剣。二つの剣を交錯させ、一つに融合させる。
炎と雷が奇妙に共鳴し、不揃いながらも立派な大剣がそこに生まれる。
キング・ダイダロスは大剣を横に構え、結界の壁に突き刺してしまう。
だがそんなのお構いなしと言った様子で彼は大剣を振るう。結界に突き刺したまま、大きく大きく振り回す。
明らかに大ダメージ+ぶつかる可能性大のその技に対し、ミルエは銃口を下に向けて発砲する。するとミルエの体は大きく上に跳ぶ。設定した銃弾は“ハイジャンプ”のコピーだから当然だ。
上空に回避した為、一回目の大回転切り(と呼んでいいのだろうか)はどうにか当たらずにすんだもののそう長く上空にいる事は出来ず、そのまま落下してしまう。
キング・ダイダロスはそれを見逃さず、大回転切りの速度を上げて落ちてきたミルエ目掛けて剣を振る。
ミルエはそれが避ける事も出来ず、正面から喰らってしまいそのまま剣と共に回転していく。唯一の救いはミラーシールドを発動していた事によって即死に繋がらなかった事だ。
それでも大剣の直撃は酷く、ミルエの全身を表現しきれないぐらいの強烈な痛みが襲い掛かる。
ミルエが言葉無き悲鳴をあげるものの、キング・ダイダロスはそれを聞かずに再び呪文を早口で唱える。すると大剣を形作っていた炎と雷の全てがミルエを包み込み、大きく爆発する。
爆発によって空間内部が爆風と煙に包まれてしまい、キング・ダイダロスの視界を遮る。
キング・ダイダロスは呪文を唱えて煙を消し、ミルエが吹き飛んだ方向に目を向ける。
そこには付け耳も吹き飛び、所々燃えている真っ黒になった帽子とレンズが割れたゴーグルをつけた傷だらけの銃の戦乙女が立っていた。
自分を睨み付けてくる二つの瞳から生気は消えておらず、絶望にも陥っていない。
その目を見て、キング・ダイダロスは露骨に嫌そうな顔となる。
「おいおい、しぶとすぎるぞ。普通ならとっくに死んでるぜ、俺の悪魔ミルエ・コンスピリト」
キング・ダイダロスの言葉にも耳を貸さず、ミルエはボロボロの姿のまま一言問う。
「……中に誰がいる?」
それを聞き、キング・ダイダロスは一瞬訳が分からなくなるもののすぐに質問の意図に気づいた。
ミルエは己の能力のおかしさから、中にいる者に対する違和感に気づいたのだ。
キング・ダイダロスにしても、媒介となっているユニコスにしても、おかしすぎる部分に。
戦いになると相変わらず気づくのが早い、とキング・ダイダロスは思いながらも質問には答えず、こう返した。
「テメェのからっぽ頭で考えてみな」
己の右手に鋭い刃を持つ銀色の剣を出現させ、ミルエに一歩一歩近づいていく。
ミルエは動かない。傷だらけの戦士は動かない。銃の戦乙女は動かない。
キング・ダイダロスは近づく。火傷だらけの王は近づく。穢れた一角獣は近づく。
ぴたり、とキング・ダイダロスの足が止まる。ミルエの目の前で。
「……言い残す事は無いかい?」
ミルエの顔ぎりぎりに剣先を向け、問う。
彼女は顔を俯かせており、返答は無い。
思った以上にあっさり来たな、と思いながらキング・ダイダロスは剣をゆっくりと上げていき、ミルエを見つめながら呟く。
「さよなら、俺の悪魔」
銀の剣が振り下ろされる。
辺りに、血が飛んだ。
キング・ダイダロスの血が。
銀の剣がキング・ダイダロスの手から滑り落ちる。彼の左目には血が流れる穴が出来ていた。
ミルエ・コンスピリトの右手には片翼模様のついた白銀の拳銃が握られていた。その銃口からは煙が上がっている。
「てめぇ……!!」
キング・ダイダロスは痛みに耐えながら、ミルエを睨みつける。
左目に空いた穴が塞がらない。涙のように血が流れていく。その度に痛みがキング・ダイダロスに襲い掛かってくる。
だけどもミルエにとっちゃ知った事ではない。
ずたぼろの姿でありながらも、ミルエは凛々しくそこにいる。
「なぜ右目を狙わなかったか。その理由は簡単、今のお前ならきっと右目にも防御魔法をかけていると予測出来るから」
子供らしさは何処にいったのやら。
彼女は年相応の大人らしさを見せつけながら、理由を語る。
「どうして止まっていたのか。その理由は簡単、お前に傷を与える為」
焦げた帽子と使い物にならないゴーグルや手袋を投げ捨て、何処からともなく取り出した帽子を被る。
その帽子は羽飾りのついた可愛らしい緑色の帽子だ。
ぼろぼろになっているミルエの体に反してとっても綺麗。それがミルエ自身の魅力を格段に引き上げている。
手袋も取り替える。先ほどの黒と一転して、この場には不釣合いな穢れを知らないといったようすの純白の手袋だ。
キング・ダイダロスはその姿を見て、あまりの不愉快さに顔を更に歪ませる。
ミルエはキング・ダイダロスの不愉快の理由を分かっていながらも、その理由を話す。
「そして、この姿になった理由も簡単。九年前と同じようにお前を滅ぼす為だよ」
酷く傷ついていながらも尚、力強く大地を踏みしめる彼女は正に戦乙女(ワルキューレ)と呼ぶに相応しい美しき戦士。
戦乙女は拳銃をキング・ダイダロスの眼前に突きつけ、強い思いと決意を胸に叫ぶ。
「昔と同じ。キング・ダイダロスにとってはどうでもいい理由、ミルエ・コンスピリトにとっては大切な理由と共に、九年前の悪夢を終わらせてあげる!!」
その瞳から光は消えない。生きる者として誰よりも強い光が煌き続けている。
九年前と全く同じだ。理由こそちっぽけだったけれども、生きて帰るという意思は誰よりも強く、死に導く魔王を退けた。
魔王は、キング・ダイダロスは、その強い光が、生きる者の証が戦乙女ミルエ・コンスピリトという存在の中で何よりも気に喰わなかった。
「……っざけんじゃねぇ!! 俺はオルカやモザイクみてぇな戦闘馬鹿じゃねぇんだよ!」
キング・ダイダロスは剣をその手に出現させ、ミルエに切りかかる。
ミルエは後ろに飛んで、回避するとキング・ダイダロス目掛けて素早く発砲する。
キング・ダイダロスは銃弾を剣で防いだ後、勢い良く剣を振ってミルエに向かって叫ぶ。
「いい加減くたばりやがれや、俺の悪魔ミルエ・コンスピリトオオオオオオオオオオオ!!!!」
銃の戦乙女<ガン・ヴァルキュリア>と死霊の王<キング・ダイダロス>の闘いは、終わらない。
次回「地下攻防戦」
- 最終更新:2014-05-28 00:11:54