第九話「セツの初めて城下町」


「……で、でかい」

 巨人の扉ではないかと思うぐらい、巨大すぎる門。
 セツは初めて間近で見た巨大門に呆然としていた。大国の本城・城下町が大きいのは知っているし、それを囲むように外壁も大きいのも知っている。
 だけど、そのでかさは想像以上であった。前に本で読んで知った「恐竜」と呼ばれる生命体でも余裕に入れそうなぐらい、この門はでかい。二十前後しかないカービィが入るにしては、無駄に縦も横も広い。広すぎる。
 門は全開しており、無数の人々が出入りしている。それは旅人だったり、運搬行の人だったり、家族連れだったりと様々。
 それを見たセツは慌てて門をくぐりぬけようと走る。
 何時もならば雪山にいるか、近くのタワー・クロックという都市で過ごしているのだが、今回は勇気を出して大国の中心へとやってきたのだ。
 黄金の風が吹き荒れた時、セツは今の内にやりたい事をやっておかないと、全てが終わってしまうと思ったのだ。
 なんたって、セツのやりたい事は沢山「友達」を作る事なのだから。だからこそ否定の魔女が復活した現在、セツは思い切って外に飛び出した。
 巨大な門をくぐりぬけ、セツは城下町を一目見てパッと顔を明るくして声を上げる。

「うわぁ……! すっごーーーい!!」

 北では見た事が無い建物、空を飛ぶのは近代化していっている最新式の乗り物エアライドマシン、そして見渡す限りの人人人人人。
 穏やかで巨大な時計塔がメインだったタワー・クロックと違い、建物が大きくて、田舎者のセツからすれば未知なる世界。
 豪華絢爛且つ煌びやかな大都会。それが大国城下町≪セントラルタウン≫。

「うわぁ、うわぁ!」

 初めて見るものばかりで、セツは興奮している。人でいっぱいの道路を歩いていくものの、目に入っていくもの全てが真新しくて、セツを刺激させていく。
 そのままの勢いで色々なものを見て歩き、新しいものを発見していく度に興奮する。
 さて、ここで読者の皆様に質問しましょう。このままだとセツはどうなりますか?

「……アレ? ここ、何処?」

 答え:迷子。
 気づいた時には道路から大きく反れており、巨木がシンボルとなっている公園の近くにいた。
 慌てて辺りを見渡すものの、先ほどとは別世界と思えるほどに人がおらず、地図代わりの看板も見当たらない。
 いきなり訪れたピンチ(ほぼ自業自得だが)にセツは額に冷や汗を流す。

「うわ、どうしよう……!」
「あらあら、どうしたの?」

 焦るセツの後ろから、唐突に誰かが話しかけてきた。
 セツは慌てて振り返り、誰かと向き合う。大きなハートの飾りがついた大きい真紅の帽子を被っている、雪よりも白い体躯の女性だった。
 女性は柔和に微笑んでいる。その顔はとても可愛らしくて、セツの顔が一気に真っ赤になる。

「あ、えとその、み、道に迷ってしまって!」
「そうなの。本道に戻るなら、東をまっすぐ行けばいいだけよ。ところであなた、この街は初めて?」
「は、はい。見たことが無いものがありすぎて、興奮しちゃって」
「だと思ったわ。あなた、この辺じゃ見ない姿をしてるし、慣れてる人なら滅多にこんなとこ来ないもの」
「あははは……」

 女性の言葉を聞いて、セツは思わず苦笑い。

「地図は持ってる?」
「あ、持ってません。探せばあるかなーって考えてたんですけど……」
「それどころじゃなかったのね。ふふ、地図ぐらいなら私が出してあげる」

 女性は優しく微笑みながら言うと、セツの手に優しく自分の手を置く。そのまま小さな声で何かしらを呟いていく。すると二つの手の間に光が浮かび上がる。
 光が浮かぶと同時に、セツの脳内に何かしらのビジョンが頭の中に入っていく。
 それは道のり、それは建物、それは名産品、それは人、それ等ひっくるめて――地図。
 光が止む頃には、セツの脳内には地図が作り上げられていた。

「え、えぇ!? こ、これは何ですかー!?」

 セツは驚き戸惑う。そりゃ誰だって、頭の中に知らない地図が出来れば戸惑う。
 その様子を見て、女性はくすくすと笑いながら説明する。

「魔法よ。私が覚えている限りの街の道のりを、あなたに見せて覚えさせたの」
「え? それ、本気で言ってます? 魔法にしてもこ、これは……」

 魔法についてある程度は本で読んで知っているが、今回のはあまりにも高度だ。
 本来、魔法はカービィ達が目覚めさせる事が出来なかった力を引き出し、己独自に改変して戦闘や生活の為に使うもの。
 ただし魔法は能力と違い、限界と言う概念があまりにも近すぎる。それ故に自然を滅ぼす程の大災害に繋がる魔法は使えないし、他者の心を操る魔法は己を傷つけてしまう事がある。
 よっぽどの手馴れで無い限り、上記の魔法を行うと己を傷つけてしまう代償が存在する。
 だが今回女性が使った魔法は人の心・記憶に干渉する魔法。だけども彼女は何も傷ついていない。
 セツが困惑している様子を見て、女性はその理由を説明する。

「私はね、エネルギー型なの。内に力を秘め続け、覚醒が遅すぎるかもしくは発生しない能力者。言ってしまえば、根っからの魔法使いってわけ。だから無茶な魔法も使えるの」
「そ、そーなんですか。って……能力者の種類って、そんなに細かかったでしょうか?」

 セツが知っているのは、通常型と特異型と集中型と分断型の四種類ぐらいだ。能力よりも、他の事を知る方が楽しくて調べるのを忘れてしまっていたのだ。
 尋ねられた女性は少し考え込むと、軽く頷く。

「うん、ちょっと細かいかな。あ、良かったら簡単に説明しようか?」
「あ、お願いします! えと……」
「私はセレビィ。あなたは?」
「僕、セツです!」
「セツ君ね。ふふ、宜しくね」
「うん、宜しくお願いします」

 二人は笑って自己紹介すると、公園の中にある巨木付近のベンチに腰掛ける。さすがに立ちっぱなしで話をするのは、ちょっとしんどい。
 セレビィは、カービィの能力についての説明を始める。

「それじゃ始めましょうか。あ、ところで通常型と特異型以外で知っているのはある?」
「集中型と分断型くらいかな。コピー能力か、何かの力に集中しているか、いくつかに分断されているかってぐらいしか知りませんけど」
「あら、思ったより知ってるのね。でも能力の種類って本当に多いの」
「これ以外にはどんなのがあるんですか?」
「えーと、武器型、防具型、絵描き型、動物型、融合型、エネルギー型、かな。これ以上細かいのは大体特異型にまとめて分類されているの」

 思った以上に種類がある。
 これは長引きそうだとセツは思ったが、ふと特異型の特徴を聞いて簡単にまとめてみる。

「……特異型って選択肢で言う『その他』ですか?」
「その通り。それじゃ名前だけ聞いて、分かるかなーって思うのはある?」
「武器型と防具型と絵描き型かな。武器と防具はその名の通りで、武器と防具に特化した能力。で、絵描き型は描いた物体を実体化させる能力。そんな感じかなーって思ってます」
「その通り! あなた、頭がいいのね」

 セレビィに褒められ、セツは照れてしまい、赤くなる顔を俯かせながら頬をかく。
 その時、セツの上半身である雪がドロリと溶けた。いきなり溶けたセツを見て、セレビィは悲鳴に近い声を上げる。

「きゃあ!? ちょ、溶けてる溶けてる溶けてるー!!」
「ああああ!? ど、どしましょどしましょどしましょ!?」
「も、もちついてー!!」
「も、もちですかー!?」
「間違えた! おち、おちをつくのー!!」
「え、えぇ!? おちって何処!? 何処にあるんですかー!?」

 そのまま二人はギャーギャーと悲鳴を上げ、慌てふためく。
 そうこうしている内に、雪はドンドン溶けていき、それはもう見てられない姿へとなっていく。
 あ、頭の上のみかんが転げ落ちた。しかも今度はマフラーを自分で踏んで、それはもう豪快にこけた。こけた事によって、雪はすり減り、益々凄まじい状態に。
 セレビィ、それ見て再び悲鳴を上げて、どうしよどうしよともっと慌てちゃう。
 どう見てもコントです、ありがとーございます。

「そ、そうだ! セツの中にある力よ、彼を救う為に目覚めよ。雪と氷の冷たき力よ、あなた達の宿主を救う為に再び力を尽くせ!!」

 セレビィは落ち着きを取り戻し、セツに向かって魔法を唱える。
 すると減った雪は、ビデオの巻き戻しのように戻っていく。溶けた部分も、磨り減った部分も、初めから無かったかのように、元の形へと戻っていく。
 セツは体が元に戻った事に困惑し、事態に追いつけない。

「え? こ、今度も魔法!?」
「うん。でも今回初めて使ったから、心臓ドキドキしちゃったわ。成功してよかった」

 心底ホッとした様子のセレビィを見て、セツは自然に笑う。セレビィもつられて笑う。
 そっから先は能力や魔法の説明も退けて、他愛も無い話で盛り上がった。何時もはどんな風に過ごしているのかとか、城下町に来るまでの事とか、綺麗な星空の事とか、そんな話で盛り上がった。
 セツもセレビィも楽しそうに笑い、短いけれども長い時間を共に過ごす。
 その姿は、仲の良いお友達。

 二人が話し合って盛り上がる中、不意に男性の呼び声が聞こえてきた。

「おーい、セレビィ。そこで何やってるんだー?」

 その呼び声を聞き、セレビィがさっきよりも嬉しそうな顔になって体を振り向かせる。セツも続けて振り向く。
 そこには額に角が生えており、剣を携えた桃色のカービィがいた。
 セレビィはその剣士を見て、嬉しそうに彼の名前を言う。

「ユニコス!」

 ユニコスと呼ばれた剣士は、すぐさま二人の下に駆け寄ってくる。

「悪い、待たせたか?」
「いいえ、セツ君と一緒にいたから大丈夫。あなたこそ忙しい中、来てくれてありがとう」

 そうか、とユニコスは安心した様子だ。セレビィはその様子を見て、可笑しそうに微笑む。
 その様子を横から眺めていたセツは、この二人がどういう関係なのかをすぐに知ると同時に、自分がちょっとお邪魔になってるのだと思い、ベンチから降りる。

「それじゃ、僕はこの辺で。セレビィさん、付き合ってくれてありがとう」
「いいえ、私も楽しかったわ。それじゃ、またね」
「はい、また会いましょう!」

 セツはセレビィとユニコスに別れを告げ、公園から去っていった。
 本当ならもう少しお話したかったが、そこまで無粋な真似をする気は無い。というよりも、隣で熱い光景を見続けていたら溶けそうだ。
 地図ならば先ほどセレビィの魔法によって脳内にある為、今度は迂闊に迷わないだろう。

 ■ □ ■

 本道に戻る為、人気の無い道を歩いていく。先ほどは興奮して気づかなかった物が、目に入ってくる為、帰り道もドキドキしている。
 やがて歩いていると路地裏に入ってしまう。この道は、脳内地図によると本道への近道。結果オーライだと思いながら、進もうとしたその時。

「待て」

 誰かに呼び止められた。綺麗な高い声だ。
 だけど、気のせいだろうか。背筋にとんでもない悪寒が走ったのは。否、気のせいではない。

「少し、聞きたい事があるのだが」

 声色は穏やか且つ綺麗で、何度でも聞きたくなるような声だ。
 だけど、その裏には闇が潜んでいる。とてつもない何かが潜んでいる。
 女神と思えてもおかしくないのに、セツには背後にいる存在が魔王のように感じる。

「貴様、振り返らぬのか?」

 振り返るな。振り返るな。振り返るな!
 セツの本能が叫ぶ。背後にいる存在と顔を合わせてはならないと、叫ぶ。
 振り返らないセツに苛立ったのか、背後にいる存在はため息をついた。

「よほど、振り返りたくないようだな。仕方ない、そちらに行こう」

 すると、セツの頬を“黄金”の風が撫でた。
 その風にセツが気づき驚いた時には、既に前方には人が立っていた。
 純白の花嫁衣裳を身に纏う絶世の美女。何よりも美しく幻想的で、見る人々を魅了させるその姿は芸術といっても過言ではない。
 だけど、セツにはその先にある絶対なる力を感じ、恐怖で震えていた。
 言い表せないほどの強大な魔力、真っ赤な瞳の奥にある悪意と殺意が、美しさと両立して存在しており、あまりにも綺麗で恐ろしい。
 そんな存在は、セツが知っている限りではたった一人しかいない。

「否定の、魔女……」

 セツの前に現れたのは、否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガン。

 ■ □ ■

「少々貴様に聞きたい事があってな。無論、答えてくれるな?」

 トレヴィーニは扇子を口元に当てながら、セツに尋ねる。
 セツは体が震えてしまい、目の前にいる魔女を見つめる事しか出来ない。
 それもその筈。こんなにも唐突に、こんなにも早く、世界を戦乱の世界に導いた否定の魔女と遭遇するなんて、思ってもみなかったからだ。

「……おい、何を見とれている? 何か言わぬか」

 無茶言うな。
 呆れた目でトレヴィーニが見てくるけど、セツは動けない。内心でツッコミを入れてしまったが、それも一瞬だけだ。
 そんなセツを見て、トレヴィーニは勝手に話を進め出す。

「まぁ良い。それよりも貴様の中にある力、何だ?」
「……え?」
「聞こえなかったのか。妾は貴様の中の力について聞いたのだ。貴様、何を持っている?」

 何を持っていると言われても、セツには心当たりが無い。
 他者と違って、変わった能力を持っている自覚はあるけれども、トレヴィーニに目をつけられるような強い能力は持っていない。
 体に鞭を打ち、首を左右に振る。それを見たトレヴィーニは表情を歪ませる。

「ふざけるな。貴様の中の魔力ぐらい、貴様自身が一番分かる筈であろう。……それとも、他者にそれ程までの力を与えられたというのか?」
「え、あ、あの……」
「……何を言っているのか、意味が分からないという面だな」

 戸惑うセツを見て、トレヴィーニは漸く悟ったのか表情を戻す。
 そして持っている扇子をセツの額に当てる。

「とりあえず、見せてもらうぞ」

 トレヴィーニがそう言った途端、セツの頭に一瞬激痛が走った。
 頭の中に渦巻きが迸る。己の中の記憶が巻き戻される。
 雪の中で過ごした記憶、初めて出会った友達の記憶、本の中で知った知識の記憶、黄金の風に震え続ける記憶、城下町に来た時の記憶、セレビィに出会った記憶。
 セレビィとの記憶が出現した時、扇子がセツの額から離れ、頭痛も消える。

「ふむ、そういうことか。セレビィという娘、そいつがその力の理由か」

 トレヴィーニは一人納得した様子。
 セツは何を言っているのか理解出来ない、けれどもトレヴィーニから発せられる力に何も出来ず、ただ彼女を見ている事しか出来ない。
 次の言葉を聴くまでは。

「丁度良い。……セレビィならば、何とも都合の良い生贄になるだろう」

 その言葉を聞き、セツは大きく目を見開いた。
 セレビィを生贄にする? 一体何故? どっからそういう話になる!? 先ほど自分に何かを行って、セレビィの事を知ったようだが、どうしてそんな発想になる?
 疑問が次々と絶えない。誰でもいいから、答えを教えてほしい。
 だけどもその答えを知っているであろうトレヴィーニは、困惑するセツを嘲笑う顔で礼を言う。

「セツ、感謝するぞ。貴様は妾に良い『友達』を教えてくれたのだからな」

 友達。その言葉を聞いたセツはハッとする。
 このままトレヴィーニをほうっておけば一体どうなる?
 答えは決まっている。生贄に選ばれてしまったセレビィを、殺す。自分と出会ってしまったせいで、セレビィが殺されてしまう。

 またね、と笑ってくれた彼女と二度と会えなくなる。そんなのは――嫌だ。

 セツの足元に、氷が生えていく。氷は少しずつ地を凍らせていく。周囲の気温が下がっていく。建物にまで氷は繁殖していく。
 目の前にいる否定の魔女を睨みつけ、己の思いを真正面からぶつける。

「僕の友達を傷つける事は、僕が……絶対にさせない!!」

 セツが叫ぶと共に、凍りついた地から氷柱が無数に発生していき、トレヴィーニ目掛けて次々と飛ばしていく。
 トレヴィーニは口元に笑みを浮かばせ、感心する。

「ほぉ、この妾に挑戦するか。だが、今はここにある氷を否定しよう」

 直後、セツが飛ばした氷柱が、セツの周囲に出来上がった氷が、全て消える。
 溶けたわけではない。本当に一瞬で、そこから消えたのだ。そこにある事を否定されてしまったから。

「嘘!?」
「嘘ではない。これは真の現実だ。妾は否定の魔女だからな。だが、妾が攻撃を否定したのはつまらないからさ」

 トレヴィーニはそう言うと黄金の風を何処からともなく吹かせ、セツを一気に上空に飛ばす。

「うわあああああああああああああああああ!!!!」

 セツの悲鳴が響き渡る中、トレヴィーニはその身を浮かし、己も上空に飛んでいく。
 派手に飛ばされ、空中でジタバタするセツを他所に、トレヴィーニは扇子を一振りする。
 すると氷の結晶が徐々にトレヴィーニの周囲に集まっていき、彼女を中心として空中に氷の大きな庭園を作り出していく。
 巨大な円の地を生み出すと、徐々に外側から盛り上がっていく。ただし、中央部分は広く大きく、そのままの状態でだ。
 氷がひとりでに作っていくのは庭園ではない。巨大な半透明のコロシアムだ。
 そのコロシアムは大国の大きな屋根となり、人々を嫌でも注目させていく。多くのエアライドマシンが止まり、突如発生したコロシアムに呆然とする。
 そんな中、トレヴィーニはゆっくりとコロシアムに降り立つと、黄金の風を操ってセツもコロシアムに降ろす。当然己と対峙する位置にだ。
 いきなり降ろされ、セツはパニックになるものの、目の前にトレヴィーニがいるのに気づき、顔を険しくさせる。

「これは、一体……」
「見ての通り、氷のコロシアムだが? 貴様の属性は既に見て分かっている。ならば、ハンデとして貴様の戦いやすい舞台を作ってやったのだ。親切だろう?」

 親切、じゃない。寧ろ何考えてるんだ、とツッコミを入れたくなる。
 だけど今はそんな軽口をたたける余裕なんて無い。
 トレヴィーニはあっさりと天地をひっくり返すような魔法を繰り出したのだ、しかもセツへのハンデというとんでもない理由で。
 それ即ち、彼女本人は全く本気ではないこと。いうなれば、遊びなのだ。
 その事実は絶対的な力の差があるのを理解してしまう。だけど、セツはこれに甘えなければならない。
 セツは負けられない状況下にあるのだ。ここでトレヴィーニをどうにかしないと、セレビィが殺されてしまう。それだけは絶対に嫌だ。
 それ故に、命をかけてでも……戦わなければならない。

「さぁ、来るが良い! 妾は逃げも隠れもせず、ここにいる!!」

 否定の魔女は啖呵を上げる。
 同時に、セツは床に手をつける。すると冷気が辺りを包み込み、トレヴィーニの体を徐々に凍りつかせていく。冷気が彼女の頬を、体を、凍らせ、床の氷が彼女を、足から凍らせていく。
 トレヴィーニの全身は数秒で凍りつき、完全なる氷像と化す。
 セツはすかさず氷のコロシアムという舞台を利用し、壁という壁から次々と氷柱を生み出していく。氷柱の先をすべて氷像に向け、高く手を大きく振り下げる。
 全ての氷柱が飛び出していき、次々に氷像めがけて突き刺さっていく。小さな氷像に対し、セツが生み出した氷柱は大きすぎて、二つ、三つ刺さった時点で既に氷像全体を覆っている。だけども、数十もある氷柱は追い討ちをかけるように、次々と絶えぬ事無く刺さっていく。
 セツは氷柱が刺さり続けたせいで一角が崩れてしまい、原型が留めていない氷像をにらみ続けながら、次なる攻撃の態勢を取った。
 だが。

「おいおい、何をやっているのだ?」

 己の背後から、魔女の声が聞こえた。
 セツが即座に振り向く。同時に真っ白な扇子が振り上げられ、セツの頬を思い切り叩いた。
 叩かれたセツは衝撃のあまり風を身に纏ったかのように吹き飛ばされ、コロシアムの壁に激突する。

「おぉ、予想以上に吹っ飛んだの。女にビンタされた程度で、そこまで吹っ飛ぶなんて何と情けない」

 壁に激突したセツを見て、トレヴィーニは呑気に話しかける。
 セツが壁から崩れ落ちる。だけども立ち上がれない。先ほどのビンタがあまりにも強すぎたのだ。
 黄金の風が宿っていたわけでもない。ただ、純粋にトレヴィーニは己の表面的魔力を扇子に宿して叩いただけなのだ。
 たったそれだけだというのに、硬い硬い金属で叩かれた衝撃を受けると同時に、全体に押し込まれてしまいそうな重い重力を与えられ、今まで感じたことが無い程の大きな苦痛がセツを支配した。

(嘘、嘘でしょ? たった一撃で、それもビンタだけで……!?)

 頭が混乱する。自分の身に起きた事が、理解出来ない。
 彼の体を支配するのは、麻痺を超える辛過ぎる痛み。そして、圧倒的すぎる力の差。
 甘かった。甘すぎた。
 世界を戦乱に導いた魔女が、この程度でやられるものか。
 人々を苦しませ続けた魔女が、あんな攻撃でやられるものか。
 多くの国を滅ぼした魔女が、自分なんかの手で倒せるものか。
 容赦なく叩きつけられた事実に、セツの体が恐怖に支配される。氷よりもずっと冷たく、恐ろしく、あってはならない魔女に、震える。

「……宝の持ち腐れということか。なら、嫌でも目覚めさせてやらねばならんな」

 トレヴィーニの周囲に黄金の風が渦巻き始める。

「貴様は幸福だぞ、セツ。否定の魔女に否定されず、直々に攻撃されるのだからな」

 黄金の風が無数の弾へと変化していく。
 十や百という数ではない。コロシアムのありとあらゆる所に浮かびあがり、トレヴィーニを中心として陣形を作っている。
 氷のコロシアムの中と外を、数千を超える黄金の弾幕が包む。

「さぁ、弾幕の時間だ」

 トレヴィーニが悪意ある笑みを、セツに向ける。
 直後、黄金の弾幕が一斉にセツへと飛んでいく。
 弾幕は氷の壁と床を破壊し、的確にセツだけを狙っていく。どんなにトレヴィーニの横を通り過ぎても、彼女には絶対に命中しない。
 次々に黄金の弾が生まれ、何発も、何十発も、何百発も、何千発も、何万発も、弾幕は続いていく。
 弾幕を受け続けるセツの体が、衝撃によって飛び続ける。その目に生気は宿っていない。何度も何度も何度も何度も続く弾幕に、意識を保てなかったのだ。
 だけども弾幕は容赦なく、セツを襲う。一発体に当たったら、十秒の内で何百発も当たっていく。一分も経たない内に、セツの体には何千発もの弾幕が当たり続ける。

「ふふ、その体どこまでもつのかのぉ?」

 あまりにも一方的過ぎる戦い。それが否定の魔女トレヴィーニ。

 ■ □ ■

 セツの命の灯火は、消えかけていた。
 何万発にも及ぶ弾幕を受け続け、その身が終わりに近づいてきているのだ。
 今、弾幕に撃ち続けられて、空中を飛び上がりながら傷つけられていく真っ最中。
 戦争が起きる前に沢山友達を作ろうと思い、城下町までやってきたというのに、出会ったのが否定の魔女張本人だったなんて。何て運が無いのだろう。
 セレビィと出会った時間が、遠い遠い過去のように思えてくる。今までの思い出が走馬灯として、頭の中を駆け巡る。
 あまりの痛みに、意識が戻ってくる。
 全身が砕け散るような痛みと苦しみの中、「死」が目の前にちらほらと見え出す。
 あぁ、ここで終わってしまうのかとセツは思う。だけど、この痛みから解放されるのならば、受け入れられそうだ。
 ゆっくりと目を瞑る。脳裏に浮かび上がるのは、最後の友達セレビィ。

『ねぇ、また会う事があったらでいいの』

 思い出すのは、他愛も無い話。

『今度一緒に星空を見に行かない? とっても素敵な場所があるの』

 優しい月を連想させる笑顔。それはきっと、星空の下で見たら何よりも素敵なものになるのだろう。
 あぁ、もう少し話したかったなとセツは思う。トレヴィーニと戦うなんてことしなければ、こんな事にはならなかっただろうなとも思う。
 そこでふと気づいた。何故自分は否定の魔女と戦っていた?
 その理由は、たった一つ。セレビィが、殺されるのを防ぐ為。
 ここで自分が死んだら、セレビィの命も消える。

「――――――――――――!!」

 セツの目が大きく見開き、声無き叫びが上がる。
 するとセツの体に強い冷気が纏い、彼の体を氷が包み込んでいく。
 氷はあっという間にセツの体を包み込む。しかもそれだけでは飽き足らず、コロシアムの氷も吸収していき、形を作り上げていく。
 その体はカービィなんか比べ物にならず、本城と同等かそれ以上の大きさへと倍増していく。太く長い脚が、鋭い一本槍の腕が、大きすぎる二対の角が生えた首が、作り上げられていく。
 否定の魔女が生み出した氷のコロシアムを種にし、巨人はさらに体を大きくさせる。
 巨人はあまりにも大きく、カービィと比べたら蟻と象。否、それよりも差がありすぎる。



 それは正しく――氷の鬼神――。



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!」

 氷の鬼神は咆哮を上げ、否定の魔女目掛けて腕を勢い良く叩きつける。
 トレヴィーニは咄嗟に黄金の風で身を纏うものの、鬼神の腕はそれを突き破ってコロシアムを真っ二つに叩き割った。
 巨大な氷の欠片が、次々に城下町へと落ちていく。
 だけどもその大半を、氷の鬼神は己の身体に吸収していく。街を防ぐ為ではなく、目の前にいる否定の魔女を排除する為に。
 コロシアムを叩き割られても尚、トレヴィーニは未だ無傷の状態で空中に浮いている。

「くく、くふふ……」

 トレヴィーニは氷の鬼神を見上げ、笑いがこみ上げてくる。身体が震えてくる。
 それは武者震い。これから始まる闘争への期待が、彼女を刺激させていく。

「ハーハッハッハッハッハッハッハッハッハッハ!!!! まさか、まさかこれほどまでとはなぁ!! 面白い、面白いぞ! 増倍の魔女の加護を受けし氷の鬼神よ!!」

 トレヴィーニは大きな笑い声を上げ、再び数万もの弾幕を展開させて発射する。
 弾幕は巨大な氷の鬼神に全て直撃して、身体を貫いていく。しかし氷が異常な速さで再生していき、どんなに弾幕を喰らっても平然としている。
 氷の鬼神は槍の腕をまっすぐにトレヴィーニ目掛けて貫かせる。トレヴィーニは黄金の弾幕を己の前に出して、巨大な盾を生み出して防御する。
 槍と盾は共に耐え切れず、同時に崩壊する。
 霰と輝きが視界を拒む中、トレヴィーニはそれを利用し、氷の鬼神の頭上まで移動すると、扇子に黄金の風を宿らせて、黄金の矛に変える。

「氷の鬼神よ、どこまで耐え切れるか見せてもらおう!!」

 トレヴィーニはそう叫ぶと矛を勢い良く投げて、氷の鬼神を貫き刺した。
 貫かれた氷の鬼神は左右に身体が別れてしまう。だが裂け目の部分の氷から無数の腕が発生し、腕と腕同士が互いに手を取り合って、別れていく身体を一つに戻していく。
 あっさり戻っていく氷の鬼神を見て、トレヴィーニは益々楽しそうに笑う。

「ふははははははははは!! そうだ、そうでなければならない! 氷の鬼神、貴様は魔女の加護を受けたのだ!! 貴様も魔女も、知らぬ内になぁ!! だがそれでいい。そのまま、妾と戦え!!」

 トレヴィーニが言い切ると同時に、氷の鬼神の角から無数の小さな氷柱が出現し、次々にトレヴィーニ目掛けて発射されていく。すばやく黄金の風を身に纏い、攻撃を防ぐ。
 次の攻撃が来るよりも早く、トレヴィーニは氷の鬼神の前に移動する。勢い良く片手を上げ、巨大な黄金色の魔法陣を出現させる。
 魔法陣から出現するのは、鬼神が持ててしまう程の巨大剣。トレヴィーニはその柄を握り、氷の鬼神目掛けて振り下ろす。
 氷の鬼神は無事である腕の形を広い盾に変え、剣の攻撃を防ぎきる。
 しかし剣の刃から次々と鎖が生え伸びていき、鬼神の腕をがんじがらめにしていく。鬼神が腕を引っ張って鎖を解こうとするものの、トレヴィーニはそれよりも早く剣を振り上げようとしたその時。
 複数の詠唱が聞こえてきた。

「「「「「紅蓮の炎よ。我が呼び声に答えよ! これより我、民に降り注がれる災厄を燃やす為、汝の力、ここに使わせてもらう!!」」」」」

 突如、複数の大きな炎の球が氷の鬼神とトレヴィーニ目掛けて飛んでいく。
 トレヴィーニはわかりやすいぐらい表情を歪ませ、炎の球の先にいる複数のカービィを見つける。どうやらこの騒ぎに漸く防衛隊が来たようだ。

「……空気が読めぬ狗どもめ。その炎、否定してくれるわ!!」

 彼女が「否定」と叫ぶと同時に、炎の球全てが跡形も無く消滅する。
 その瞬間、翼を持つ防衛隊のカービィ達が二人を囲み、全員が武器を向ける。武器には魔力が込められており、何時でも追撃が可能な状態だ。
 防衛隊のカービィ達の中から、隊長格と思われる少年が勢い良く叫んでくる。

「否定の魔女トレヴィーニ、氷の巨人!! こんな街中でドンパチなんかすんじゃねーよ!! 直すの大変なんだぞ!?」

 翼が生えた茶色の帽子を被った赤色の少年は、勢い良く紅色の剣をトレヴィーニに向ける。
 トレヴィーニは向けられたにも関わらず、平然とした態度だ。

「今回のは不可抗力でな。ここまでの発掘をするとは思っていなかったのよ」

 どこからともなく扇子を取り出し、己を扇ぐその姿は危機感が無い。
 警戒を最大まで高め、何時でも戦闘が行える状態の防衛隊とは別世界と思うぐらいの余裕っぷりだ。
 少年はトレヴィーニを睨みつけながら、剣に炎を宿していく。

「言ってる意味わかんねーっての。あんまりおかしな事言ってると……」
「あぁ、待て待て。貴様の能力では妾に勝てんよ。それよりも大切な事がまだまだ残っているから、暫し待つが良い」

 さっきとは打って変わって、落ち着いた様子のトレヴィーニ。
 彼女は氷の鬼神に身体を向けると、何時に無く優しい口調でこう言った。

「少々残念だが、今はおしまいだ。その時まで否定してやるから、今は――別の事に励むが良い」

 直後、氷の鬼神の身体にひびが入った。
 身体に、脚に、頭に、と次々にひびが入っていく。トレヴィーニが扇子を軽く己の手に叩く。すると氷の鬼神が完全に割れ、氷もろとも消滅する。残るのは核であったセツ。
 重力に従っていくセツ目掛けて、トレヴィーニは黄金の小さな竜巻を吹かす。竜巻はセツを飲み込み、そのまま本城に向かって飛んでいく。
 その光景を見た赤い少年は声を上げる。

「あ?! テメェ、何やってんだよ!!」
「何って、見てのとおりだが? さて、貴様等は壊れた建物の修復に励むが良い。その間、妾は本城に暖まりに行かせてもらおう」

 トレヴィーニは微笑みながらそう言った。すると彼女の姿は跡形も無く消えた。
 詠唱も能力も発動させず、あっさりと消え去ったトレヴィーニに隊員達が困惑する中、少年はすぐさま指示を入れる。

「予定変更! 直ちに戦闘被害を負った建物修復及びに住民救出を行う!!」

 隊員達はその指示に従い、戦闘の被害を負ったエリアへと飛んでいく。
 少年はそれを見送ると、赤色の通信機を取り出すと大声で連絡を入れる。

「こちら、一番隊副隊長アカービィ! 否定の魔女トレヴィーニを取り逃がしました。現在否定の魔女は部下一名を連れて、本城に移動!! 繰り返す。否定の魔女は部下一名を連れて、本城に移動!! 直ちに迎撃を願う!!」







  • 最終更新:2014-11-08 18:46:54

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