第三話「銃器狂VS操りの道化師」




「それでは行かせてもらうよ。ミルエ・コンスピリト!」

 カルベチアが大きく針を振るう。ミルエは咄嗟に左手の銃器で防ぎ、流れるように払い飛ばす。払い飛ばされたカルベチアは素早く受身を取って体勢を整える。

「ふむ、その見た目と違ってパワーも中々なようで」
「えへへ、すごいでしょー!」
「えぇ。さすがは銃の戦乙女(ガン・ヴァルキリア)だ」

 そう言ってカルベチアは針を器用に片手で回し、持ち手をミルエに向けて叫ぶ。

「本気で行く必要がありそうだ!!」

 すると持ち手についた赤と黒の糸が独りでに動き出し、目にも止まらぬ速さでミルエを拘束する。
 カルベチアはミルエが悲鳴を上げるよりも早く針を勢い良く振り上げ、そのまま糸に拘束されたミルエを壁にたたきつける。

「きゃああああ!!」

 壁が砕ける音とミルエの悲鳴が二重に響く。
 ミルエを何度も何度も壁に叩きつけ続けながら、カルベチアはぶつぶつと何かを呟いて己の周囲に無数の小さなニードルを出現させ、ミルエ目掛けて発射する。
 そのままニードルもミルエに直撃するのかと思ったが、ミルエはどこからともなくナイフを取り出し、糸を切り刻んで咄嗟に伏せて避ける。ニードルはカカカカカ! と軽快な音を立てて崩れた壁に次々に刺さっていく。
 ミルエはナイフを投げ捨て、再び二つの銃器を出現させてカルベチアに向けて連射する。
 カルベチアは二つの糸を操って、己の前方に赤黒の盾を作り出して銃弾を防御する。しかし何度も何度も撃たれていくと少しずつ糸がほつれ、一発カルベチアの仮面に直撃する。
 幸いにも貫通せず、兆弾しただけにすんだ。だが目の部分を中心にひびが出来ており、もう一発喰らえば仮面が壊れてしまう。

「まだまだいっくよー!!」

 ミルエはその隙を逃さず、連射をやめない。本来ならばとっくに弾切れを起こしている筈なのに、彼女の持つ銃器はそれを微塵も感じさせない。
 カルベチアの盾は崩れていき、彼の手足に銃弾でのかすり傷がついていく。まだ直撃こそはしていないもののこのまま行けばやられるのも時間の問題だ。
 瞬時に判断するとカルベチアは咄嗟に羽をつかみ、自分にしか聞こえない小声で呪文を唱える。

「瞳なる羽よ、今より本来の姿を取り戻せ。私の足となれ!」

 すると羽はカルベチアの背に独りでに飛んでいき、不似合いな真っ白な翼へと変化させた。カルベチアはそのまま一気に上昇して銃撃を避けると、そのまま無数のニードルをミルエ目掛けて飛ばしていく。
 ミルエは咄嗟に銃器をニードルに向けて、ほぼ全てのニードルを撃ち落としていく。一部は床やミルエの装飾品に刺さったりなどしているものの、ミルエ本人に直撃はしていない。
 カルベチアは軽く拍手を送り、心底愉快だと言わんばかりに褒め称える。

「お見事、銃の戦乙女! ダイダロスの軍勢相手に暴れまくっただけはある!!」
「良く知ってるね、ありがとう! でもお兄さん相手ならもっと早く終わりそうだよ!!」

 ミルエはそう言い返すと左手に抱える銃器をカルベチア目掛けて発砲する。カルベチアはそれをあっさりと避ける。
 だが発砲された銃弾はカルベチアを追うかのように方向転換した。

「何!?」

 カルベチアが声を上げた直後、銃弾が直撃して彼の全身を真っ赤な炎が包み込んだ。熱さと痛みに耐え切れず、大きな音を立てて床に落下する。何故か床に炎が燃え移らない。
 ミルエは落ちてきたカルベチアに対し、二つの銃器を向けると再び連射する。カルベチアの身に次々と銃弾が直撃する、そう思った瞬間だった。

「時間硬直! 対象:銃撃!!」

 直後、銃弾がカルベチアに当たる直前で空中に停止した。

「うそぉ?!」

 ミルエは思わず声を上げてしまう。
 カルベチアは糸を己の身で包み込んで炎を消す。火が消えたらすぐに糸を戻し、何事も無かったかのように再び上昇する。同時に止まっていた銃弾が動き出し、誰もいない床を貫いていく。
 思わぬ光景にミルエは慌てふためく。

「さっきの一体何何何何何!?」
「否定の魔女や動く人形が存在する世の中。それなら時間を操作する能力者がいてもおかしくはないでしょう? もっともザ・ワールド程の芸当は出来ませんけどね」

 カルベチアは丁寧に説明すると、ずれた帽子を整える。

「あなた、武器特異型能力者ですね? 先ほどの炎は明らかにコピー能力のファイアだ」
「そーだよ。そういうお兄さんは分断特異型。さっきの糸もその一種でしょ?」
「えぇ、その通り。ですが私の能力はまだこれだけではありません!!」

 そう言って針を振るい、赤と黒の糸を人形の山へと飛ばす。糸が縦横無尽に分裂していき、次々に人形達の手足にくっついていく。
 糸がついた人形達はゆっくりと立ち上がり、我先にとミルエへと飛び掛っていく。
 ミルエは瞬時に銃器を光に包み、二丁拳銃に変化させると一気に駆け出して次々に人形を撃っていく。

「いっくよー!!」

 まずは正面にいる数体を一気に撃ち飛ばし、すぐに左右に銃を向けて回転するように撃ち飛ばす。もちろん後ろに回りこんでいた人形も見逃さない。
 撃たれた人形達は次々に小さな爆発を起こし、ミルエの視界を拒む。
 爆煙の中から新たな人形が左右から襲い掛かろうと飛び掛るが、ミルエはあっさり体をそらして避ける。そのまま人形同士がぶつかり合ったのと同時に発砲して倒す。
 辺りを爆煙によって周囲があまり見えない状況だというのにミルエは勝気に笑って挑発する。

「こんなんじゃミルエは倒せないよ! 九年前に比べたらお飯事だもん!!」

 そう言って、四方八方から飛び出してきた人形達を一気に撃ち飛ばす。
 今度は先ほどよりも大きな爆発と爆煙が発生し、ミルエの視界を一気に黒に染める。ミルエはあまりの量と濃さに思わず目を瞑ってしまう。
 そのわずかな隙が生まれた次の瞬間、ミルエの真正面から針の先端をまっすぐに構えたカルベチアがミルエ目掛けて突進してきた。
 ミルエが気づいた時には時既に遅し。カルベチアは猛スピードでミルエの左頬に針を突き刺し、そのまま彼女を壁へと激突させる。背中から壁に直撃したミルエは勢い良く吐血し、カルベチアの顔面に血をつける。
 カルベチアは己の口付近についた血を舐めとり、うっとりする。

「うぅん、中々の美味……。トマトジュースなんかとは比べ物になりませんね」

 そう言って針を捻り、ミルエをより傷つける。

「アァァ!!」

 ミルエから悲鳴が上げられ、傷口から血が流れ出る。
 カルベチアは傷口に近づき、血を舐めとる。ゾクゾクゾクッとミルエに悪寒と痛みが走る。その表情を見てカルベチアは満足げに言う。

「どうです? 他人のジュースにされている気分は。最高に苦しいでしょう? あなたは私を玩具にしたんだ。私もあなたで遊ぶ権利ぐらいはあるでしょう?」

 血を至極美味しそうに舐めながら言うその姿はまるで吸血鬼のようだ。
 ミルエは顔を苦痛で歪ませながらも辺りを見渡す。武器は先ほど突撃された時、両方共に落としてしまった。取りに行くにしても左頬に針が刺さっている状態では身動きが取れない。
 武器に関しては生み出す事が出来るから特に問題は無い。だがこの状態ではタイミングを読んで攻撃しないとカルベチアにそれさえも封じられてしまうだろう。
 それに運が悪い事にカルベチアの左半分はよりにもよって仮面で覆われているのだ。露出している方に攻撃したくても身動き出来なければ意味が無い。

(なら、攻撃手段は……アレしかない)

 ミルエは内心で決意すると、右手に拳銃を生み出す。そして未だ血を舐め続けるカルベチアの仮面に突きつけ、発砲した。
 直後、カルベチアとミルエに緑色の電撃が襲う。

「ガアアアアア!!」
「キャアアアア!!」

 二つの悲鳴が上がる。
 カルベチアはあまりの電撃に針から手を離し、ミルエから距離をとる。感電が続く中、カルベチアは信じられないと言った形相でミルエを睨み付ける。

「あの状態で至近距離からプラズマを発射するなんて……!!」

 だがミルエは聞き耳を持たず、針と感電に苦しみながらもカルベチアに何度も何度も発砲する。
 感電したせいでろくに動けない状態のカルベチアは銃弾を避ける事が出来ず、全てに直撃してしまう。ほとんどが手足に当たっただけだが、それでも十分なダメージだ。
 六発ほど銃弾を受けたカルベチアは耐え切れず、床に倒れた。

「や、やったぁ……」

 漸く倒れたカルベチアにミルエはホッとしながら拳銃を床に落とし、己に突き刺さっている針を抜く。とんでもない激痛がミルエに襲い掛かり、吐血する。ドボドボと小さな血溜まりが出来る。
 左頬の傷も深く、ずきずきと痛みが襲い掛かってくる。あまりの痛さに涙がこぼれそうになる。
 カルベチアは思った以上の強敵だった。針の突き刺さり所が違っていれば、殺されてしまっていた。彼がトドメを刺さずに血を舐める行為に夢中になっていたのが幸いだった。だがそれでもミルエが重傷なのに変わりは無い。
 ミルエは左頬の傷を抑えながら、力を振り絞ってドアへと歩いていく。

「今の内に、ナッくんかまっちんと合流しないと……」

 ゆっくりとしたペースで、足もふらついている。ハッキリ言って後一撃与えられたらやられてしまうだろう。
 回復アイテムは黄金の風が吹く前の戦闘で切らしてしまった。幸いカービィには自己修復能力が備わっているけれど、それはあくまでも絶対安静での話。今は安静にしている暇なんか無い。
 焦りと傷がミルエの判断力を鈍らせたのか、気づけなかった。ミルエともカルベチアとも違う第三の存在が部屋に現れた事に。

『みぃつけた。新しい御人形さん――』

 青い帽子を被った桃色の少女は不気味な微笑を浮かべた。

 ■ □ ■



「幻想空間って……嘘だろ?」

 ナグサは己の耳を疑った。しかしハスは静かに体を左右に振って、再度説明する。

「嘘じゃないよ。さっきも言ったとおり、ここは誰かの魔法によって作られた幻想空間。あの人の粉と発生源の何かが重なって出来上がった世界」
「ちょっと待て。あの人とか発生源とか何の事? 悪いけど僕等はついさっきここに来たばかりなんだ」

 勝手に説明するハスに対し、ナグサは事態が把握出来てないのか待ったをかける。ハスは首を傾げる。

「どういうこと?」
「だからね。僕達この屋敷に来て一時間どころか三十分も経ってないの。麦畑じゃそんぐらい迷ったけど」

 そう言ってナグサは屋敷に到着してからの経緯をハスに簡単に説明する。
 カルベチアやちるとの遭遇。爆笑トーテムポール→ブチギレ化。一旦散り散りに。等など。
 全てを聞いたハスは呆気にとられた表情で素直な感想を口にした。

「気絶してる人を玩具にしまくる人なんて始めて見たよ」
「待って。僕は止めたの。ミルエちゃんが一人でやった事であって、僕は参加してない」
「でも爆笑したんでしょ?」
「そりゃそうだけど、イコール参加したって事にはならないから。ちゃんと止めたからね」
「もう分かったからいいよ」
「……絶対信じてないだろ」
「話が進まないから盛り返さないで。このままだと無限ループになるから」

 渋々納得するナグサ。ハスは一息つくと本題に入る。

「さて、何処から話せばいいかな? 聞きたい事はある?」
「……それじゃ根拠を。この屋敷が幻想空間っていう理由を教えてくれ。じゃないと理解が追いつかない」
「あ、それなら日記見た方が早いよ」

 ハスはそう言って机の上に置かれている古ぼけた日記帳を指差す。
 ナグサは机に駆け寄り、日記帳を手にして読み始める。

『旅をしていたところ、唐突に麦畑に迷い込んだ。右往左往に彷徨い途方にくれていたら、この屋敷を見つけたのでお邪魔させてもらった。だが人が誰もいない。一体これはどういう事なのだろうか? 失礼ながら色々な場所を見て回ったが誰一人として住民がいない。代わりに人形が置いてあるだけだ。その人形も異常な数だ。どの部屋にも必ずと言っていいほど十体以上はある。使用人の姿をした人形とシルクハットを被った人形が大半だ。一体どういうことだ? 私もシルクハットを被っているが、それとこれとは関係ないと思いたい』

『勝手に一泊させてもらったが、屋敷はやはり静けさに支配されている。この屋敷には人形しかないのだろうか? 人は私しかいないのだろうか? まるで全てが人形に変わってしまったようだ。カービィならありえそうで恐ろしい。嫌な予感がする。さっさとここから出た方が良いのかも知れない。あの延々と続く麦畑から出れるかどうかは分からないが、やらないよりはずっとマシだ』

『何なんだ。一体どうなっているんだ。どんなに走っても最後には屋敷に着いてしまう』

『考えたくはないがそういう存在がいるという事なのか? カービィは全てを無限大にする、という言葉があるように何でもありなんだ。いてもおかしくはない。だが人は私を除けば誰一人としていない。散策していない場所があるのか? それともそいつは人ではないのか?』

『予想以上に早くそいつは私の前に現れた。今は何とかにげれたものの、この中にいる限りどこまでも追ってくるだろう。なら私が行うことはひとつ』

 次のページをめくると、走り書きの文が中途半端に残っていた。

『やしき=コッヘ』

 残念ながら日記はここで終わっていた。
 ナグサは神妙な顔つきで日記帳を閉じると何処か自信に満ちた口調で言う。

「何となくこの屋敷がどうなっているのかはつかめた。後半から文字が雑になっているし、最後は明らかに書きかけだからね」
「僕の言った通りでしょ?」
「うん。それと一つ確認するよ。襲った相手はカルベチアとローレン?」
「ううん、違う。僕が来た時にはこの日記帳しか無かったし、その二人は僕の後からやってきたから」
「ありがとう。ならこっからは君の知っている事を全部話してもらうよ」

 そう言いながら振り返るナグサの顔は自信に満ちていて、尚且つ子供のような笑みを浮かべていた。

「――こういう謎解きは得意なんだ」

 その顔を見てハスは一瞬驚くものの、すぐに落ち着きを取り戻す。

「分かったよ。といっても僕も数日前に迷い込んだだけで、知っているのはほんのわずかだよ」
「それでも手がかりにはなるよ。これでも知り合いに鍛えられてるからね」

 脳裏にクウィンスの顔を思い出しながら言うナグサ。

「はいはい。それじゃ、僕の推測だけど原因について話すよ?」
「いきなり本題?」
「うん。でも幻想空間を作り出した人物そのものは僕も分かってない。分かっているのは物質と動機の一部だけなんだ」

 そこで一区切りをつけ、ハスはクローゼットに近づくと勢い良く開ける。中からは人形がぼろぼろとこぼれていく。ナグサはまたも出てきた人形の数々に若干飽きた顔で眺めるが、そこである事に気づいた。日記帳に書かれた通り、ほとんどの人形がシルクハットを被っているのだ。しかも良く見てみると薄い色か白色の体をしている。
 ナグサが理由を推理しようとするが、それよりも早くハスが口を開く。

「僕はこの沢山の人形を見て、あの人を探していると確信したんだ。あの人は変なところで人を惹きつけるから」
「あの人あの人って言ってるけど君の知り合いなの?」
「うん。僕、あの人のおかげでここに入れるからね。だから……分かるんだ」

 ハスはゆっくりと振り返る。

「あの人は不思議な粉を持っていてね。それは並大抵の魔法なんかよりも強くて、人の思いに反映する凄いマジックアイテムなんだ」
「賢者の石みたいなもの?」
「そんなとこ。僕はそれのおかげで今、ここにいるんだ」

 ハスが嬉しさを隠さずに微笑む。それを聞いたナグサは推理出来たのか、ずれた眼鏡を直しながら言う。

「……なるほど。君の言いたい事が分かってきたよ」
「察しが良くて助かるよ。それじゃ単刀直入に言おうか」

 ハスは一区切りつけると、己の推測を口にした。

「僕の予想があっていれば元凶はあの人を探しているんだ。――世界最強と謳われた、無限の魔術師マナ氏を」









  • 最終更新:2014-11-08 18:41:49

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