第三十四話「三日月祭り」



 ナグサ一行がサザンクロスタウンから脱出して三日後の三日月祭り当日。
 無数に煌く星空と三日月が照らす中、複数の屋台がどんちゃん騒ぎ。
 繁華街にはたこ焼き屋、アイス屋、金魚すくい、焼きソバ屋などなどと大量にお店が立ち並んでます。もうどこにでもあるお祭り風景そのものと化しております。
 住民達がこぞって楽しんでいる中、祭り会場の入り口にてナグサはツッコミどころがありすぎるその光景にツッコミをいれずにはいられなかった。

「一応南の島だろ、三日月島……。何でこんなどこにでもあるようなお祭り化してるんだ? 普通もうちょっとアレンジ加えてるもんじゃないのか?」
「ナッくん、何をゴチャゴチャ言ってるのー?」
「~~~!」
「ツギ・まちも早く行こうって言ってるよ!」

 少々気にしすぎなナグサに対しミルエが手を引っ張り、ツギ・まちとちるが呼びかける。
 お祭りを楽しみにしている三人にナグサは考えるのを止めて、顔は仕方ないといった様子で引っ張られていく。

「はいはい、分かった分かった。それじゃ今日は一息つきますか」
「そうそう。休める時に休み、楽しめる時に楽しまないと意味が無いぞ?」
「え?」

 そんなナグサの横から聞き覚えのある鈴のように高い綺麗な声がした。
 その声を聞いた四人が驚きながら振り返るとそこには人形屋敷以来の人物、骸骨を頭に置いた悪魔の翼を生やした忘れたくても忘れられない姿をしてるカーベルがおりました。
 やぁ、と独特な手を上げて挨拶する彼にナグサ達は思わぬ人物との再会に呆然。

「……何であなたがここにいるんだ、カーベル」
「スーパーウルトラデラックスハイパーメガトンパンチアルティメットサディスティック超大魔皇帝に私用で来たのと、この島の知り合いに歌を歌えって言われたからだ。まぁ、祭り目的って言うのもあるがな」
「え? マナ氏、ここにはいないんじゃ」
「あいつがここにいると直々に伝えてくれたよ。あいつに否定結界は通用しないし、今頃のんびりキノコ食いながら祭りを眺めてるんじゃないか?」
「っているのかよ!!」

 サザンクロスタウンに取り残されたのだと思い込んでいたのだが、しっかり脱出済みだった事実にナグサは裏手ツッコミをカーベルについついかわしてしまった。
 その見事なツッコミに拍手を送りながらもカーベルは言葉を続けていく。

「あいつに否定の力はそれほど通じないからな。その原理を知りたいんだがあいつはどうも教えてくれん」
「普通に脱出できてるなら会ってくれてもいいのに……」
「残念ながらマナ氏にそんな優しさは存在しない。あいつの性格の悪さはよぉぉぉぉぉぉっく知ってるからな! まぁ、今は祭りなんだからあいつもここにいるだろうから適当にぶらぶら歩いていれば見つかるよ」

 あぁ、この人こういう性格だったなー。
 マナ氏に対する独特の言い方をしているカーベルを眺めてツギ・まちは人形屋敷での騒動を良く思い出せた。特にカーベルとちるの二人に挟まれた時。
 とにかく四人はカーベルの言うとおり、三日月祭りを楽しむ事にした。カーベルも混ざる気満々らしいけど、そこまで気にしていたらキリが無い。

 ■ □ ■

 たこ焼き屋に行って普通にたこ焼き買って食べたり、

「あつあつあつっ!」
「~~~!!」
「ツギ・まちも同じこと言ってるよ!」
「一口で食べようとするからだよ。というか毎度の事ながらツギ・まちの身体構成が知りたい」
「し、舌火傷した……」
「ってお前もか、ブルータス!!」

 アイス屋で珍味カレーアイスうどんというとんでもないモノを見つけたり、

「さぁさぁ! 真のアイス好きならばsouai開発カレーアイスうどんに挑戦してみなぁ!!」
「おーっ、やるやる!」
「駄目だミルエちゃん!! 店の周りでぶっ倒れている死者の姿が見えないのか!?」
「安らかに眠れ、愚かながらも勇気ある挑戦者達よ。冥界は良いところだから安心するが良い」
「いや、死んでねーよ!? 勝手に殺すなよ、冥界張本人!!」

 射撃屋ではミルエが全て撃ち落として店主涙目だったり、

「Very easy!(簡単すぎ!)」
「(ぱちぱちぱち!)」
「て、的確な角度から少ない弾数で景品を全て撃ち落とすなんて……。しかもいくつかは板立てて支えてたってのに……」
「店主さん、大丈夫ですかー?」
「見事に凹んでるな、この店主。というかそんなインチキやってたのか」
「ミルエちゃん好きなの選んだら後返品ね」
「え? 何でー?」
「いや、他にもやりたいお客さんとかいるし、このままだとおじさん干からびるから。あ、でも板立ててた奴は問答無用で貰っとこう。何かの役に立つかもしれないからね」
「はーい!」
「あんた等鬼やぁ!!」

 場所的意味合いでかなりツッコミがいのある踊りも発見して眺めたり、

「あ、阿波踊りやってるよ!」
「ちるちゃん、それ本当? ミルエ、見たーい!」
「~~♪」
「ちょ、待てえええ!! ここ、三日月島だろ!? 徳島ちゃうだろ!?」
「ナグサ、そういうのは気にしたら負けだぞ」

 鰻釣りで奮闘しまくってる絵龍とそれを眺めるクレモトを見つけたり、

「おっし、来た来た来た来た来た!!」
「ちょっと絵龍ちゃん、そんな乱暴に引っ張りあげたら!」
「ギャー! 鰻逃げたー!!」
「あらら、見事に逃げられちゃった」
「う、鰻釣りなんてあるのか……」
「絵龍さん、釣れてますかー?」
「一匹も釣れてないよ! チクショー、一匹は釣ってやる!!」
「絵龍ちゃん、もう止めた方が良いと思うんだけど? ……まぁ、いっか」
「こういう負けず嫌いな者が屋台にとっては最大のカモなのだ。良く覚えておくように」
「「は~い!」」
「~~!」
「……は~い」
「ナッくん、もしかしてチャレンジする気満々だった?」

 こんな感じでそれなりに楽しんでいく五人。
 様々な屋台を巡りまわり、簡単なグループを作って楽しんでいる仲間達と軽く会話をしながら奥へ奥へと進んでいくとリングを連想させる作りの大きな大きな四角い舞台を見つけた。
 舞台の周りにはもう大勢の観客が集まっており、それぞれ立ち食いしながらまだかまだかと待っている。
 そんな光景を見てナグサは不思議がる。

「何アレ?」
「あぁ、儀式の舞台だ。時間的には十分だし、見ていくか」
「いいけどどんな儀式なの?」
「普段なら何名かでバトルを行い、その優勝者はりーむから三日月の冠を渡される儀式だけだ。だが今回の儀式はそれを中断し、とある特別な方式に変わっている。まぁ、それについては後のお楽しみだが」
「ふーん」

 何故か詳しいカーベルの説明を聞きながら、ナグサは買っておいたフライドポテトをかじりながら舞台に目を移す。
 横からフライドポテトを取ろうとミルエが手を伸ばしたその時、ふと視線の先にタービィとチャ=ワンがいるのを見つけて手を大きく振って呼びかける。

「あっ! タビタビにチャチャー!」
「お、ミル公!」
「ミルエ殿達もこちらに来ていたのでござるか」

 ミルエに呼ばれ、タービィとチャ=ワンは振り向きながら五人の下にやってくる。
 二人の後ろには黙ってたこ焼き食べてるシアンもいるけれど、まだナグサ達には慣れていないのかタービィの後ろに隠れている。
 そんなシアンを見て、ナグサはどうしてここにいるのか分からず不思議がる。

「アレ、何でその子……」
「歌の嬢ちゃんが最初連れ出してたんだよ。あのお嬢ちゃんには懐きだしてたから」
「でもソプラノ殿は三日月島のお祭りスタッフに見つかってしまって連行。だから拙者達がシアン殿を預かっているのでござるよ」
「あー、ソプラノちゃん人気アイドルだもんね」

 風来コンビの説明を聞き、ナグサは納得する。
 サザンクロスタウン生還の仲間とは言えどソプラノは大国全土に有名な人気アイドルだ。
 三日月島でも例外ではなかったらしく祭りを楽しむ予定だった彼女をスタッフが発見して、その人気を利用しようとお祭りに協力させようと連行していったようだ。
 人気がありすぎるのも問題だなぁ、とナグサは内心ソプラノに同情する。
 そんな中、後ろから子供二人の声が聞こえてきた。

「あーっ! 人面飛行機に乗ってた人達だー!!」
「ルク、ちょっと声でかいノ!」

 一同がその声を聞いて振り返ると、そこには三日月島の住民らしき子供が二人いた。
 一人は人面飛行機こと巨大豪鉄の第一発見者である夏湯。もう一人は猫を連想させる白い帽子を被り、眼帯をつけた紫色の男の子だ。
 二人は振り返った一同に対してニコニコ笑って挨拶すると、このお祭りに関して特別な儀式について話す。

「はじめまして! 僕、ルク。でもってこっちは夏湯っていうの!」
「こんばんはなノ」
「今日はカーベルの鎮魂歌ってのが歌われるらしいんだ。だからお兄さん達、とってもラッキーだよ!」
「ラージフィールドさんが言うには出会えるのが奇跡な人らしいノ!」
「カーベルとは確か彷徨える魂達を冥界に導く死神達の長でござるか?」
「そりゃまた貴重な経験ぜよ。狐の嬢ちゃん、出てきて良かったな?」
「……アレの後だから、かなり憂鬱だけど」

 風来コンビとシアンが特別な存在の名前を聞いて感心している中、ナグサ達四名の視点は一つに集中した。
 もちろん現在進行形でりんご飴食べてる彷徨える魂達を冥界に導く死神達の長であり本来ならば出会える事が奇跡なお人。
 四人分の視線に気づいた当人、カーベルはりんご飴をくわえながら首を傾げる。

「ん? ほーひは?」
「りんご飴口から出しなさい。威厳無くなるよ? 出会えるだけでも奇跡に等しいカーベルさん」
『へ!?』

 カーベルという名前を聞いて、五人が一斉にナグサ達に振り向く。
 ナグサは大して驚く事も無くただ冷静に己の隣にいるカーベルを普通に指差してここにいるとアピール。カーベルはりんご飴を口から出しながら普通に手で「やぁ」と挨拶。
 奇跡もへったくれも無い光景にツッコミが飛びそうになったその時、唐突に舞台がライトアップされた。
 ライトアップに一同が舞台に振り向くと、その中心では何故かソプラノが立っていた。
 事情を何も知らない三日月島住民がなんだなんだと不思議がる中、舞台の上にいるソプラノは元気な声を出して挨拶する。

「みなさん、元気ですか~! はじめましてこんばんは、サザンクロスタウンから奇跡の生還を果たしたソプラノです! 今日は三日月祭りということで、サプライズゲストとしてお邪魔しました!」
『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』

 色々な意味でサプライズ過ぎるゲストの襲来にファンらしき大勢の客が喜びの雄叫びを上げた。
 あまりの煩さにナグサ達が両耳を塞ぐ中、ソプラノは慣れているのか明るく笑顔で「ありがとう」って返しており、マイクを握りながら丁寧にこう言った。

「といっても本当にサプライズなだけ。だから私、カーベルさんの前座として歌う事しか出来ません。それでもよいというのなら一曲歌わせていただきます! 曲名は今度リリース予定の……」

 ソプラノがそう言って歌を歌おうとし、誰もが聞き入る体制に入ったその時だった。

「それは待った」

 誰かがそれを止めたのは。
 ナグサ達が止めた本人カーベルに目を向けると共に、彼はりんご飴をツギ・まちの口に突っ込んでから翼を羽ばたかせて舞台の上空に飛ぶ。そしてそのままゆっくりと降下し、ソプラノの前に降り立つ。
 いきなり現れたカーベルにソプラノも事情の知らない客も困惑し、ただ凝視する事しか出来ない。
 そんな彼らを他所にカーベルは頭を下げ、ソプラノにお願いする。

「折角の明るい気分を私の歌で暗くはしたくない。前座とあなたは言ったが、寧ろそれは逆だ。私が送り届ける事が出来るのは死者への祈りの歌だけだ。だがあなたの歌はとても明るい生きとし生ける者に送り届けられる。だから先に歌わせてくれないか?」
「え? えーともしかして……カーベルさんご本人?」
「そうだ。彷徨える魂達の還る場所であり、死者達に鎮魂歌を与える事しか出来ない冥界カーベルだ。先ほどの様子から見て、明るい歌を歌うつもりだったんだろう? だったら順序は逆だろ」

 要するに順番変われ、と言っているカーベルにソプラノはどうしようかと悩む。
 ちらりと舞台の下にいるスタッフ達を見ても向こうもこんな事態は予測していなかったらしく、軽くパニック状態だ。
 ソプラノ自身は無理矢理頼まれたような形だし、出来れば早々に終わらせたいのだが目の前にいる彼は譲る気はなさそうだ。それなら下手に話し合うよりかはとっとと順番を変えてしまった方が早い。
 ソプラノはカーベルの提案に頷いた。

「私は逆で構いませんよ」
「なら決まりだ。何、私の歌はすぐに終わるよ。お祈りのようなものだから」
「でも本当にどうして?」
「簡単さ。あなたのような人気者の後では私の歌なんてちっぽけなものにしかならないと判断したからだよ。私の歌は人を楽しませるような力なんて無いからね」

 ソプラノにそう答えるとカーベルはゆっくりと口を開く。
 そして歌う。とても優しく、とても深く、聞いているだけで心が救われるような、己の鎮魂歌を。
 その歌は優しさと悲しみがつまっており、それがサザンクロスタウンで亡くなっていった人々に送られていくのが分かる。
 最初は順番が逆転した事にガッカリする客人も多かったけれど、カーベルの鎮魂歌を聞いている内に静まり返っていく。聞き入っていってしまう。
 ただ純粋に死者に送るその歌はカーベルが話していたちっぽけなものなんかではない。
 とても強い強い力を秘めており、歌を聞いていた人々に亡くなっていった者達の冥福を心から祈らせていく。
 今この時だけは祭りではなくなり、サザンクロスタウンで散っていってしまった人々への歌葬となっていた。
 だけど。

「……なんで……?」

 シアンは違った。
 己の耳と目を疑う事しか出来なかった。
 何故なら、今カーベルが歌っている歌は死んでしまったシャラの歌なのだから。

「どうして……? どうして、ウチとシャラしか知らないあの歌が、あの人の鎮魂歌なの……?」

 小さな小さな声で呟いても、誰にも聞こえない。
 ただシアンにとって大親友シャラの歌であるカーベルの鎮魂歌が辺りに広がっていくだけ。
 やめて。お願い。歌わないで。思い出しちゃう。
 カーベルの鎮魂歌を、シャラの歌を聞いていると、嫌でも思い出してしまう。
 二日もかけて必死で記憶の奥に閉じ込めたキング・ダイダロスが起こした大虐殺を。
 呆気なく殺されてしまったシャラ、マリネ、アクスの三人の事を。
 目の前で繰り広げられていたおぞましいカニバリズムの事を。

『泣いてりゃスーパーヒーローでも助けてくれるのかい? 神様がシャラちゃんを蘇らせてくれるのかい? んなわけねーだろ、バァァァァァカ!』

 思い出してしまう。
 シャラを嘲笑うかのように殺し、恋人関係と思われる二人の思いを利用して残虐に殺しても尚、笑い続けていた地獄の王を。
 二人の実力者を媒介にして存在する悪ノ王キング・ダイダロスを。

「いや……」

 お願いだから、歌わないで。
 シャラを思い出しちゃう。シャラが死んだあの光景を思い出しちゃう。あの大虐殺を思い出しちゃう。

「イヤ……!」

 あのカニバリズムを思い出しちゃう。
 死霊達が数少ない肉をむさぼり喰い、辺りを血の海に変えていくあの光景を思い出しちゃう。
 死霊達が鳥篭に閉じ込められた小鳥<自分>を食おうとして群がっていた事を思い出しちゃう。
 あの変な鏡がいなかったら、自分も死んでしまっていた時の事を思い出しちゃう。

「やめて……!!」

 それでもカーベルの鎮魂歌は続く。
 カーベルの歌はシアンにとってのシャラの歌。
 だからシャラと過ごした思い出がフラッシュバックしていく。
 だからキング・ダイダロスがシャラを殺したあの瞬間を思い出していく。

 潰れたトマト以上に酷い惨劇と化した砕け散った鳥篭と肉塊と血が、それに貪るダイダロス達が、赤黒い血に染まった夜空模様のバンダナの切れ端が、シアンの脳裏に蘇っていく。
 その光景に耐え切れず、シアンは悲鳴といってもおかしくない声を上げた。



「やめてえええええええええええええええええええええ!!!!」



 少女の苦痛に満ちた叫び声は、お祭り会場に響き渡った。

 ■ □ ■

 カーベルの鎮魂歌が響き渡る最中、突然少女の悲鳴が響き渡った。
 その悲鳴を聞いたカーベルは歌を中断し、悲鳴の主であるシアンに視線を移す。いや、彼だけじゃない。この場にいる全員が大声で叫んだ彼女に注目していた。
 シアンは両耳を塞ぎ、大声で泣きながら我を忘れて叫んでいた。

「やめて! やめてよ!! お願いだから歌をやめて!! 思い出させないで!! やだ。やめてよ。何でシャラの歌を歌ってるのさぁ!! 思い出しちゃう。思い出しちゃうよぉ!! お願い、お願いだからやめてってばぁぁぁ!!」

 もう歌声は止んでいるというのに、シアンは錯乱しながら泣き叫ぶ。
 尋常じゃない様子の彼女にチャ=ワンが呼びかけるものの聞こえていない。

「シアン殿、落ち着かれよ! 一体どうしたのでござるか?!」
「駄目だ。錯乱状態になってやがる!」
「とりあえずホテルまで運ぼう! ここに彼女を置いてたらやばいよ!!」
「だねっ。強引な手段使っていいならミルエが道を確保するよ!」
「それは駄目!」

 ミルエの危ない提案は却下しながらナグサは夏湯とルクには一旦別れを告げ、風来コンビとツギ・まちと協力し、シアンをホテルに運び込む事にした。
 その間、ざわ……ざわ……と人々がざわめきだす。一体何があったんだ、急に叫びだすなんて馬鹿か、とか心無い声が聞こえてくるもののナグサ達はそれら全てを無視してシアンをホテルへと運び込んでいく。
 どうしたのだとソプラノも困惑するけれど、カーベルが彼女の方を振り向いて何か話しかけている。先ほどのシアンの叫びによって観客達には誰も聞こえていない。
 いきなりの事態に置いてかれた夏湯とルクが困惑し、お互いの顔を見合わせる。

「一体何がどうなってるノ……?」
「わ、わかんない。シャラの歌がどうたらかんたら……」
「確かカーベルの歌を聞いている最中、彼女はそう言ったんだよね」
「そうだよ。でもシャラって一体誰なんだろ? って、え?」

 と、ルクが不思議がったところで気づく。途中で入ってきた声、明らかに夏湯じゃない。
 慌ててルクが乱入してきた声が聞こえた方向、己の背後を振り向く。

「こんばんは」

 そこにいたのはサザンクロスタウン生還者である不気味な帽子を被った足に顔の紋様がある男性フー・スクレートだった。
 ルクが初対面のフーに驚く中、夏湯は何故か驚かずそれどころか彼の名前を知っていた。

「フー?」
「今のでキミ等側もボク等側も気づいた連中が出たよ。とりあえずキミ以外のキミ等側は言わなくても分かるだろうから、とりあえずキミには伝えておこうと思ってね。」

 フーはそう言うと静かに二人の下から立ち去った。
 夏湯はフーの言葉の意味を理解したのか、嫌な予感をたっぷり感じながら呟いた。

「……間違いなく話がこじれそうな気がするノ」
「ねぇ、夏湯。さっきの人誰? 夏湯の知り合い……?」
「知り合いなノ」

 ただし、どういう知り合いなのかは口にしなかった。

 ■ □ ■

 場所は変わって三日月島で生還者達が停泊しているホテル。
 一室の前でナグサ達が重々しい表情で待つ中、シアンの部屋の扉が開いてナースが出てくる。

「酷い錯乱状態だったから鎮静剤打って沈めてきたわ。今は布団の中でぐっすり眠ってるわ」

 その言葉を聞いて一同が一斉にホッとし、ナグサが代表して礼を言う。

「ありがとうございます。祭りの中楽しんでたのにわざわざすみません」
「いいのよ。あんな大叫び聞いたら楽しみたくても楽しめないしね。……でもさっきの話は本当なの?」
「はい。カーベルの歌を聞いていたら、いきなりやめてって叫びだしたんです」
「シャラの歌って言ってたから、大方……アレを思い出しちまったんだろうよ」

 ナースにナグサが答え、タービィが眉間に皺を寄せながら付け足す。
 タービィの言葉を聞いてこの場にいる全員が連想したのは――キング・ダイダロスの虐殺。
 あの場で生き残ったタービィとチャ=ワン(セツは途中から鬼神化した為、記憶がおぼろげ。シアンは精神的ダメージでその時話せる状態ではなかった)が一同に簡単に説明している。
 それはあまりにも酷すぎるもので聞いているだけでも辛くなる惨劇だというのに、当事者からすればトラウマレベル……いや、それを超えるぐらいの惨劇だ。
 ダイダロスの軍勢に巻き込まれた経験が不幸な事に二回目な風来コンビは惨劇に耐性が出来ているものの、シアンは親友を殺されてしかも目の前で人食を見せ付けられたのだから精神的に参っていてもおかしくない。
 だからシャラの歌と類似したカーベルの歌を聞いて、押さえ込んでいたものが爆発してしまったのだ。
 あの様子を思い出し、ミルエは深いため息をつく。

「九年前にミルエがやっつけたから、キングの性格がもっとひどくなってるの~……」
「あのクソは八つ当たりって思い切り口にしてたでござるからな。……あの時ほど本気で人を殺したいと思った事は無いでござる」
「チャ=ワン、その時はオレっちも殺るぜよ。あいつは一回殺すぐらいじゃ生易しすぎる」

 どんだけ恨み買ってるんだ、キング・ダイダロス。
 そう言いたくなるぐらい風来コンビの出してた殺気はマジでした。

「と、とりあえず今度会う時キング・ダイダロスは全力抹殺確定として……今はシアンちゃんの方だ。話聞いてる限りじゃ、ダメージでかすぎるよ」

 ナグサはそう言いながらナースに顔を向け、視線で尋ねる。
 ナースは少し考え込んだ後、己が考えられる限りの対処法を答える。

「こういうのは入院させた方がいいかもしれないわね。下手に連れまわすのは危険だし、本城に戻った時に中央病院に行かせてみるわ」
「お願いします、ナースさん」
「いいのいいの。お嬢の友達のお願いなんだし、このぐらいお茶の子さいさいよ!」
「ありがとなの!」
『……おじょう?』

 オカマなのにどこか男らしく答えるナースにミルエがお礼を口にする隣、ツギ・まち以外の話に加わっていない四人の声がハモった。
 お嬢って確か極道とかでのアレだよね? ここ、普通のホテルだよね。オリカビヘッドラインで騒がしい事になっているレッドラムじゃないよね。それなのになんでそんな言葉が出てくるの?
 意味が分かっていない四人に気づいたのか、ナースはミルエについてこんな爆弾発言をかました。

「あれ、知らなかった? お嬢はドン・ファミリーの頭であるドンの一人娘よ」

 ドン・ファミリー。
 それは西の犯罪都市レッドラムを統べる二つの派閥の内、一つであるドン一派の事を指す。
 世界大戦で活躍した傭兵部隊が戦後大国の力を借りて、この異常な都市を建設。他都市とは違いすぎる法を持って独特的な生き方をしており、その中では殺人行為も正当となっている。
 ある種大国の裏とまで言われているレッドラムだが、それをここまで大きくさせたのはこのドン・ファミリーの力が大きい。
 言ってしまえばドン・ファミリーはレッドラム創健を行った組織で、知らない者は子供ぐらいの有名なマフィアである。
 そのボスである一人娘が……ミルエ・コンスピリト。
 その事実はナグサ、タービィ、チャ=ワンに衝撃を与えた。

「……はあああああああ!!!?? あのレッドラムのドン!? あのドンの娘ぇ!?」
「うん! ミルエのパパはドンだよ」
「どこまで大物なんだ、ミル公! 銃の戦乙女って称号とった経歴だけでもすげーってのにレッドラム守護者の一人娘って大物にも程がありすぎるぜよ!!」
「そうかなー?」
「そうでござるよ! 言い換えるとミルエ殿は姫君に値する存在であり、普通はこんなところにいるべき人材ではないでござるよ!?」
「あー、お嬢は自由奔放だからねー。ドンもどっちかっていうと放置主義だし」
「放置主義にも程があるだろ!」

 とんでもない事実にギャーギャー騒ぎまくってしまう一同。
 ホテルの従業員は完璧慣れてしまっているのか、それとも関わりあいたくないのかスルーしている。
 その時、シアンの部屋から一緒に彼女の怒鳴り声とドアに何かをぶつける音が聞こえた。

「うるさい! ちょっと静かにしてよ!!」

 ナグサの説教地獄も防音できない程度の壁である為、こんなに部屋の前で騒いでいると当然シアンの部屋にまで響く。
 ナースの治療があっても、あんだけ騒いでいればそりゃ起きるよなぁ。ミルエ=ドン・ファミリーの一人娘事実に驚きすぎたとそれぞれ反省する。
 そんな中、再びシアンの部屋から彼女の声が聞こえてきた。
 さっきの怒鳴り声とは違う戸惑いの声、

「え? ちょっと、何これ!? きゃああああああああ!!!!」

 そして悲鳴が。
 その悲鳴を聞き、彼等は驚きながら扉に体を向ける。

「シアンちゃん、どうしたの!?」
「……返事がない。ちょっとやばいわよ、これ!」
「狐の嬢ちゃん、無事か!?」

 タービィが真っ先にドアノブをつかみ、ガチャガチャ回すけれどもオートロックになってるせいで開かない。
 一々呼びに行ってたんじゃ時間がないと判断し、タービィは扉をぶち破る事にした。
 タービィはパワー系のナースとツギ・まちと共に扉に何度も何度も体当たりをかます。
 幸いにもこのホテル、低予算で出来ているのか扉をすぐにぶち破って部屋の中に入る事が出来た。扉が物凄いひしゃげてしまっているのは全員スルーした。
 開いた扉から七人が部屋の中を見ると、そこはもぬけの殻だった。窓もカーテンも閉まっており、争った様子も見られない。
 中に入ってタンスやらベッドの下などを探ってみるものの、やはり彼女の姿は無い。

「狐の嬢ちゃんはどこに行った?」
「気配が無いからこれは転送魔法でござろうか?」
「~~~!!」
「ツギ・まちがわずかだけど魔法反応を感知したって!」
「だからタビタビとチャチャ、それで合ってると思うよ!」
「って事は誘拐? するメリットなんてあるのかしら?」
「……カーベルの歌をシャラの歌って言ってたよね? 彼女、それを歌えるとしたらちょっと厄介だよ」

 シアンを誘拐するメリットに対し、ナグサは一つの可能性を提示する。
 それはシアンが錯乱した原因となったカーベルの歌。

「少し本で読んだんだけど、彷徨える魂達を向かいいれる冥界の主……つまりカーベルが歌う歌は普通の人が歌っても本来の役割は発動されない。普通の人が歌うと魂を操る歌になるらしいんだ」
「た、魂を操る!?」
「そっ。世界大戦でこの歌を知っている吟遊詩人の一族は滅んだからもういないと思ってたんだけど、シアンちゃんは間違いなくこの歌を知っているっぽいからね」

 死者の魂を操る歌はあまりにも珍しく、強い。
 どれくらいの魂がこの世に残っているかは知らないものの、その思いは人と同じかそれ以上を持っていると判断されている。魂は精神体であるものの心が完全に失われたわけではないのだから。
 人形屋敷の件で痛いほど味わったナグサはこの可能性が無いとは思わなかったのだ。
 話を聞いていたタービィは納得したあと、別の理由を尋ねる。

「誘拐の理由は分かったぜよ。で、連中の居場所は辿れるか?」
「……治療に立ち会ったキルから簡単に全員の能力票見せてもらったけど、ここにいる全員サポート系統ではなかったから探索系統の魔法も能力も使えなかったわね」
「連絡手段が無いから呼び戻すとかは出来ないし、これはどうするべきか……」

 と、早々から詰んでしまった為に頭を悩ませる一同。
 そんな中、唐突に部屋の入り口から聞き覚えの無い女性の声が聞こえてきた。

『あなた達、そこで何をやっているのだわ?』

 七人が振り向くとそこにいたのは、やはり見覚えの無い女性だった。
 ケープコートとボンネット状の真っ赤なヘッドドレスを身に着けた気高い真紅を連想させる風貌をしている。
 その隣からひょこっと顔出しするのはサザンクロスタウン生還者で唯一の目玉カービィであるダム・Kだ。
 ダム・Kの顔を見た途端、一同はこの見覚えの無い女性=ミラリム七変化の一種だとすぐに気づいた。
 とりあえずナグサが一同を代表して、ダム・Kとミラリムに事情を説明する。

「あー、簡単に纏めると……シアンちゃん錯乱してホテル持ってたら、魔法誘拐発生されてえらこいっちゃ……ってとこかな」
『あら、それは大変ね。助けにいくの?』
「放っておく事も出来ないからね。あ、ミラリムは魔力からの逆探知とかできる?」
『今の私、赤薔薇なら得意分野なのだわ。もっとも家来がそれを了承しないとやる気は無いけど』
「……家来?」
『ミーディアムの事よ』

 どうやらこのミラリム――『赤薔薇』は見た目と違わないお嬢様的性格なようだ。
 一体どこまで姿があるのやら、と思いながらナグサはダム・Kに視点を向ける。
 ダム・Kは何が聞きたいのかすぐに分かり、「おk」と書かれた看板を出して許可した。それを見てナグサは礼を言う。

「ありがとう。それじゃ逆探知お願い!」
『了解なのだわ。あぁ、それとメンバーは決めておいてほしいのだわ』
「メンバー?」
『そっ。私の移動魔法は私自身がその場に移動しないと大人数は運べないのだわ。出来ない事も無いけど、後で色々面倒な事になるかもしれないから今回は控えさせていただくのだわ。あ、最高で四人程度なのだわ』
「……何かRPGっぽくなってきたな」

 赤薔薇の説明にナグサがぽつりと呟くけれど、彼女はそれをスルーして鏡を出現させると探索を開始する。

 ■ □ ■

 三日月島:巨大豪鉄不時着地点の草原の隣にある森の奥深く。
 位置的に言うと彼女達がいるのは森の中心地点。そこで二人の人物が会話していた。
 片方は灰色の髪とその中にまぎれた小さな耳を生やし、黒い翼を生やした男の子。
 もう片方は茶色の帽子の上に紫のバンダナを巻き、その間から白い毛に包んだ兎の耳のようなものを出している眼鏡をかけた知的な男性だ。
 男の子は気絶している狐の女の子を抱えているのを見ていた男性は口を開き、後を任せる。

「……ギンガ、頼んだ」
「りょーかい! あ、ちょっとぐらいなら血飲んでもいけっかな?」
「……駄目」
「じょーだんだってば。とりあえずあいつんとこにこいつ持ってくから、グレム囮頼んだぞー」
「……了解」

 男の子のギンガは男性グレムの返答を聞くと翼を羽ばたかせ、狐の女の子を抱えたままその場から離れていく。
 グレムは黙ってギンガに背を向け、四方八方木だらけの方向感覚が狂いそうな森の中で一人静かに立っている。
 実はこの二人、偶然三日月祭りに参加しており、その際偶々ナグサ達の近くでいたからバッチリ錯乱状態のシアンの言動を見てしまっているのだ。
 カーベルの歌を聞いて錯乱した彼女は言動から見て間違いなく歌を知っている。だがサザンクロスタウンの生還者は二十四名近くおり、さらってもその内の誰かが取り返しにこないとは限らない。
 グレムもギンガも協力して戦い合うのは苦手であるが個人で戦う分には実力がある為、今回はグレムが魔力痕跡を辿ってくる追っ手を相手にしてその間にギンガが彼女を運ぶ算段となった。
 滅多な事が無い限り、ギンガの方は大丈夫だろう。それよりも問題はグレムの方だ。誰が来るのか全く分からない。
 そんな最中、グレムの目の前に鏡が出現して四人のカービィがその中から出てくる。

「……来た」

 戦闘、開始。







  • 最終更新:2014-05-29 18:25:58