第三十八話「森のキノコにご用心!」


 幕間『U.N.オーエンは彼女なのか?』

 数日前。クゥが三日月島に向かい、夜空の下で飛んでいる時だった。
 サザンクロスタウンが悪夢都市へと変貌しており、その中に運命の打開者と二人の神々に称されたナグサがいる事は知っている。けれども神々は三日月島に向かえとしか言わなかった。
 どうしてそんな決断をしたのかは知らないけれどきっと何かお考えがあるのだろう。
 己にそう言い聞かせ、クゥはただ三日月島へ向かおうと翼を羽ばたかせてスピードアップしようと試みる。
 しかし。

「そんなに急いでどこ行くの?」

 唐突に、己の目の前から幼い女の子の声が聞こえてきた。
 それを聞いたクゥが顔を上げる。するとそこには今まで見た事が無い可愛らしくも美しく、七色に輝く水晶の翼と天使の輪を持った死者の如き青白い肌を持った幼女がいた。
 けれどもクゥは騙されない。魔力反応も、気配も、何もかも、全く無しで唐突にこんな空中に幼女がやすやすと現れる事なんてできる筈が無い。死者の体を持った生者なんて存在する筈が無い。こんな化け物、魔女以外に存在する筈が無い。出現時には全く見せなかったその魔力を今では痛いぐらいに浴びせてきているのが、その証拠だ。

「君は……誰?」

 クゥは強く強く警戒しながら、目の前の幼女に問う。
 幼女はその身に纏う魔力とは不釣合いすぎる屈託の無い笑顔で元気に答えた。

「ノアは不揃の魔女ノアメルト・ロスティア・アルカンシエル!」
「……魔女、というと」
「でも勘違いしないでね? トレちゃんとはお友達だけどさ、共犯者じゃないの」

 慣れているのか、ノアメルトはクゥが言おうとした言葉を先に否定した。
 そうはいっても否定の魔女トレヴィーニが惨劇を引き続けている中、魔女と聞くとどうしても彼女を連想してしまう。その溢れんばかりの魔力が否定の魔女と同じぐらいあるのかと錯覚してしまいそうなぐらいあるのだから尚更だ。
 一体何なんだ、この幼女の姿をした魔女は? 天使と死者と虹をごちゃ混ぜにした化け物ではないか。
 クゥがノアメルトを見つめ、必死に分析する中で彼女はにこにこ笑いながら一見無邪気そうに提案する。

「ねぇねぇ、ノアメルトと遊ぼうよ!」
「は? 遊ぶ?」
「そっ! 今、君が三日月島に行っても面白くないの。だからさ、遊ぼうよっ!」
「……それ、どういうこと?」

 ノアメルトが平然と口にした言葉に、クゥは不快そうな表情になりながら警戒を強める。
 その重い声を聞き、ノアメルトは両手を軽く合わせながらくすくすと無邪気な幼女そのもので、けれども破壊を愛する魔女を崩さず、幼女とも魔女とも取れる音程の声で理由を口にする。

「言葉のままだよ。ノアメルトはね、魔女の中でもいっちばんつまらないのが大嫌い。そんでもっていっちばん大好きなのが、止む事が無い刺激。ふふふ、最後には誰もいなくなっちゃうお話も好きは好きなんだけど、やっぱりノア個人は戦うのが大好きかなぁ」
「答えになってないよ」
「あははははは、君は知らなくてもいーの! だってね、これはノアの自己満足なんだから!」

 大きな声を上げて笑う不揃の魔女。その上を飛行機が飛んでいくのをクゥは目にするけれども彼女という存在の方が強すぎて、そんなに気をとめなかった。
 しかしこの時クゥは気づかなかった。知らなかった。
 飛行機が南にある三日月島に向かって飛んでいった事に気づかなかった。サザンクロスタウンは飛行機が出せる状態じゃない事に気づかなかった。
 不揃の魔女が持つ「不揃」の本当の意味を知らなかった。どうして彼女がここにいるのか、その理由を知らなかった。
 あぁ、このままでは埒が明かない。だから読者の言葉をあえて代弁しよう。不揃の魔女よ、何故あなたはここにいる? あなたは本来、あの飛行機の中にいる筈だろう。その筈なのに、青き旅人と対峙しているその姿は、“矛盾している”としか言いようが無い!
 けれどもこの言葉は不揃の魔女には届かない。矛盾の化身である不揃の魔女に言葉が届くわけが無い。
 虹色の翼を持った死者の体を持つ幼き体の魔に満ちた幼女はにっこり笑い、意気揚々と叫ぶ。

「さぁ、戦おう! 青き旅人よ!!」

 すると魔女の頭上に浮かぶ七水晶が光り出していき、それに伴うように二人を包むのは眩しい輝き。
 輝きは結晶となり、二人の周囲に無数に飛び散っていくと凄まじい速さで二人を閉じ込める箱――いや、巨大水晶という幻想空間が完成する。
 どうやらノアメルトはクゥを意地でも通す気が無いようだ。
 一体何が目的なのかどうかは分からないけれど、邪魔するならばこちらのやる事は唯一つ。

「……僕は、女の子にも容赦しない主義だから覚悟してね」

 小さな魔法陣を両手に出現させながらノアメルトを睨みつける。
 その勇ましい姿にノアメルトは嬉しそうに微笑み返す。周囲に様々な色の弾幕を出現させ、クゥ目掛けて飛ばしながら。
 クゥは即座に魔法陣から二つの長く大きな分厚い盾を出現させて己を守るように己の身を縮め、盾と盾をパズルのようにピッタリくっつけさせ、わずかな隙間さえ消してしまう。
 ノアメルトが放った全ての弾幕は巨大な球となっている盾を貫けず、次々に当たっていって消滅していく事しか出来ない。
 防御が成功してホッとしながらもクゥはこの攻撃がすぐに全力ではないと見抜き、盾を両方とも消してその姿を現すと翼を大きく羽ばたかせてノアメルトの上部へと移動していく。
 ノアメルトは飛んでいくクゥを見上げ、ゆっくりと右手を上げる。
 すると右手から広がるように針のようにシンプルな形をした真っ赤な真っ赤な槍。けれどもその長さは人が扱える長さを超えている。オルカの持つ百戦錬磨よりもずっとずっと長い。
 ノアメルトは長すぎる槍を空中にいるクゥ目掛けて投げつける。
 クゥは素早く身をそらし、槍を避ける。槍は壁に当たる寸前で消滅する。
 そのまま流れるように次の攻撃を行おうとクゥは呪文を唱えようとしたその時、左羽にとんでもない激痛が襲い掛かった。

「がはっ!!」

 激痛と共に左羽から血飛沫が上がり、その衝撃で吐血してしまう。
 痛みに堪えながら左羽に目をそらすとそこには何時の間にか避けた筈の真っ赤な槍が刺さっていた。
 何時の間に? 魔力の反応も感知もできず、ほんの一瞬の間でこんな芸当は本来出来ない筈。
 素早く回転する脳に対し、クゥは相手が不揃の魔女だと自称した事を思い返してその力量を改めて思い知る。
 そんなクゥを嘲笑うかのようにノアメルトは己の背後に巨大な魔法陣を発生させる。
 十の魔法陣からそれぞれ線が伸び、細長いクリスタルのような形となっている大きくも特徴的なそれは異端としかいえない。ノアメルトの瞳同様に常に色が変わり続けているのだから、尚更だ。
 そして己の両手に幼女が持つには明らかに不釣合いな大きさの血塗れた斧を出現させ、軽々と何回も回転させてからその刃をクゥに突きつけながら言い放つ。

「何百人集まっても否定に勝てないあなた達が、たった一人で矛盾を潰す事なんて出来ないよ? ……折角ノアメルトが手加減してあげてるんだからさ、気絶はしないでね? そんなのすっごいつまんないんだからさぁぁぁ!!」

 彼女が叫ぶと同時に、連結された魔法陣が一斉に輝き出して魔法を発動させる――――!
 クゥはその攻撃を避けれる筈も無く、強大すぎるその力を正面から受け止めてしまった。




















 ■ □ ■



















「ふふふ、最初からクライマックスで行き過ぎちゃったや」

 己が生み出した幻想空間の中で不揃の魔女は青き旅人を横抱きにしながら、苦笑いする。
 己が放った魔法でこうもあっさり気を失ってしまうとは。こんな攻撃も耐え切れないほどでは、否定の魔女を倒すのは夢もまた夢。出会っても死んでしまうのがオチだ。
 だが不揃の魔女は知っている。この旅人はそんな事をするような輩ではないということは。しかし確実に否定の魔女を攻略する道筋を追っている。今、旅人が三日月島に到着していれば何の問題も無く、彼等は旅人から様々な事を知る事ができるだろう。
 けれどもそれでは意味が無い。つまらない。そんなもの、物語にならない。
 避難所でしかない三日月島にも役割は存在する。そして彼等にはその舞台で知らなければならない事、出会うべき事が山ほど存在している。
 だからこそ登場人物と起承転結を器用に操らなければ、意味が無い。
 こんなところで神様と繋がっていて尚且つ真実に近い知識を持っている万能な旅人が待ち構えていてはつまらない。

「だからさ、ちょっとだけ待っててよ。ノアメルトと一緒にちょっとだけ待っててよ」

 そんな展開、ノアメルトは望んでいないんだから。
 そう言いたげにノアメルトは眠るように気を失っている旅人の顔を覗き込む。その顔は先ほど魔女の膨大な魔法を喰らったものとは思えないぐらい、顔色が良かった。
 それもその筈、ノアメルトが持つ事象を操作する力が発動しているからだ。だからあんな大魔法を喰らっても、巨大な槍を貫かれても、傷が一つも無い矛盾が起きている。
 ノアメルトは元々クゥを殺す気は無かった。多少扱いに困る存在であるとしても、使えない駒ではない。ノアメルトの「矛盾」で少々操作してしまえば、どうにでもなるからだ。
 お人形を愛でるようにノアメルトはクゥを抱き寄せ、気を失っている彼に耳打ちする。

「……トレちゃんはお馬鹿さんなの。この世界はね、トレちゃんが思っているほど素敵じゃないの。だから、ノアメルトが隠し味になって色々な事を盛り上げてあげるの。だから協力してね?」

 物語の駒は物語の駒らしく最高のタイミングで動いてくれればいいの。
 魔女はそう囁くけれども、旅人にその言葉は届かなかった。




 ■ □ ■

 シアン誘拐事件から翌日、サザンクロスタウン脱出から四日後の昼過ぎ。
 事件の舞台にもなった森の中、かすかに残っている骨男(反乱軍のグレムなのだが、ナグサ一行はその名前を知らない)の魔力をちりちりと肌に浴びながらローレンは深いため息をつく。

「なーんでこんな事になったのだか」

 人形屋敷でナグサに関わってから、面倒ごとに巻き込まれっぱなしじゃないかと思う。
 ここまで関わった以上、カルベチアの敵討ちやらナグサの借りなどもあって最後まで首を突っ込む気ではいるものの、まさかそれを言った途端ナグサからおつかいを押し付けられるとは思っていなかったのだ。
 やっぱりナグサに関わるとろくな事が無いとローレンはつくづく思う。
 そんなローレンに対し、シルクハットのふちに乗っかっていたちるが答える。

「ナグサ君、昨日は大変だったし、色々とやる事が出来ちゃったみたいで」
「それはあのオカマから聞いて知ってる。ってか何でついてきたのさ?」
「マナ氏に会いたいからだよ! 私もあの子もずーっと会いたくて会いたくて仕方なかったんだから」

 そういやマナ氏にベタ惚れだったな。ヤンデレ的意味合いで。
 人形屋敷でのコッペリア、人形屋敷、外を拒む者との連戦を思い出し、ちるが自分についていくだけの理由に納得する。
 今回ローレンがナグサに頼まれたおつかいは「マナ氏に尋ねたい事があるから探して聞いてきてほしい」というもの。ご丁寧にメモ帳とシャーペンと方位磁石まで渡された。
 断ろうとしたけど、打ち合わせでもしていたのか隠れていたツギ・まちによって捕獲。その後、ミラリムの魔法の鏡にぶん投げられてそのまま森の中に無理矢理転移されてしまったわけだ。ちなみにちるはツギ・まちの頭の上に乗っていたのだが、ローレンが投げられたと同時に自分も飛び込んで一緒に転移した。

 そんなわけでローレンとちるの凸凹コンビは昨日タービィ組がシアン誘拐犯の一人と戦った森の中にいるわけである。
 いきなり森の中に吹き飛ばされても、何の手がかりも無ければどうにも動く事が出来ない。事件の現場調査でもしろというのか。
 だが無茶苦茶ながらも面倒見の良いところがあるナグサの性格を考えると何も考えていないわけがないだろうと思い、メモ帳に何か書いてないかとページをパラパラめくっていき、最後のページに自分宛のメッセージが書かれているのを見つけた。
 ローレンはすぐさま黙読に入る。ちるも帽子から身を乗り出し、メモ帳を目で読んでいく。
 その内容はというと。

『いきなり飛ばされた為、道が分からない君には方位磁石と一緒にこれを見てほしい!
 ・転移した場所から見て、まっすぐ東に進んでいけば建物が見えるのでそこに迷わず入ること!
 ・森の中にはモフモフ族やキノコ好きのお兄さん(カーベル談)とかもいる為、困った時は話を聞いた方がよし!
 ・誰にも出会わないまま迷ってしまった場合に関しては、どんな手段を使ってもいいから戻ってOK!
                              以上の事を守り、マナ氏に出会って聞きだしてくれ!』

 ローレンはメモ帳を思い切り地面に叩きつけた。ベシィィィィン、と良い音が響いた。
 そのままローレンは溜まっていた怒りを爆発させるようにブチギレて叫びだす。もしここにちゃぶ台があったら、問答無用でちゃぶ台返しをやってるぐらいの迫力で。

「ふざけんじゃねぇぇぇ!! 誰でも良かった感が見え見えじゃねぇかぁぁぁ!!」
「ナグサ君、どっかキャラ壊れてない!? 何かヤケクソ感が見え隠れするのは気のせい?!」
「そんなもん知るか! あんの野郎、地雷大好きだとは思っていたけどこんな機雷まで用意してやがったなんて!! 地雷大好きカービィじゃなくて、爆弾愛好カービィじゃねーかー!!」
「ローレン、落ち着いて! 血圧あがっちゃうよ!!」
「地雷君が上がらせてるんだろーがっ! あぁもう、ほんとーにあいつが関わるとろくなことがない!!」
「ごめん、ナグサ君。フォローできない!」

 おめでとう! ナグサの称号『地雷大好きカービィ』は『爆弾愛好カービィ』に進化した!
 ナグサの名誉の為にここで言い訳させてもらうと、彼本来の勉強好き且つ真面目な性格が災いしてクゥから渡された魔道書の解読とマナ氏に聞かなければならない事などを疲れているのに頭をフル回転させながら徹夜で作業してしまった為、その疲労から壊れちゃったのかローレンとちるが読んだページの部分はほぼテンションのままに殴り書きしただけである。そしてローレンを鏡の中にぶちこんだのもその壊れたハイテンションが続いていたからであり、何時もの彼ならばまだマシな手段をとっているはずである。
 ちなみに現在ナグサはツギ・まちの昇竜拳を喰らって気絶してしまい、ベッドの上で寝かされている。

「と、とにかくマナ氏を探しにいかない?」

 このままだと延々ナグサに対する愚痴で終わりそうだった為、ちるは慌てて本題を戻す。
 それを聞いたローレンは帽子に乗ってるちるを反射的に睨みつけるものの、すぐにため息をついて視点を戻すとあっさり承諾する。

「だね。あいつの説教地獄は食らいたくないし、面倒事はさっさと終わらせるに限るよ」

 本来ならば動く人形というローレンにとっては格好の獲物であるちるを八つ裂きにしてストレス発散したいところだが、コッペリア戦でちるの強さは嫌というほど知っているし、やったらやったで後が面倒になるからそれは出来ない。
 メモ帳を拾い、唯一の手がかりである「東」に従おうと方位磁石で確認してから黙って歩き出す。いきなりローレンが動いた為、ちるは落ちそうになるけれどどうにかバランスを取り戻す。

 ■ □ ■

 迷った。
 道に迷った。
 当然の如く迷っちゃった。
 東に突っ走れっていっても、森の中じゃ方向見失っちゃうよ。
 でもま、ある意味これは仕方が無い事なのかもしれない。どうしてかって? その理由はとっても簡単だ。
 だって森の奥に向かって進んでいるローレンとちるの周囲を囲むように、草むらやら木の陰やら地面やらありとあらゆる場所からカービィよりも小さいけれども確かに量はある小型のモンスターが出現したのだから。
 部分的に違いはあるけれども、どのモンスターも頭に大きく平べったい傘をさしており、カービィのまんまる体系に比べるとちょっとのっぽでずんぐりした体系だ。のっぺらぼうのものもいれば獣のような鋭い牙を生やしたものもいる。顔だけならまだいいものの蜘蛛のような足を生やしていたり、目をそらしたくなる筋肉マッチョな腕が生えていたりとカオスにも程がある。
 ローレンは愛用武器である巨大鋏を出現させながらため息をつく。

「はぁ。本当にあいつと関わるとろくな事が無い……」
「ねぇ、ローレン。私、キノコを生で見るのは初めてなんだけどさ絶対こんな形じゃないよね?」
「これをキノコと認めるってことは地雷君を無害だと見るようなもんだよ」

 遠まわしに絶対ありえんと言ってるローレンに苦笑いしながらも、ちるは己等を囲むモンスターこと不気味なキノコ軍団を見渡す。
 そう、今この二人を獲物と見て囲んでいるのは……キノコ型のモンスター達なのだ。
 マナ氏の話や本などでキノコがどういうものなのかは知っているけれども、キノコはただの食べ物であってモンスターではないことは子供でも良く分かっている事だ。
 一体どうしてなのかは分からない。ただ今分かっていることは一つ。

「鬱憤晴らしには丁度いい。ここ最近溜まってたストレス、お前等で晴らさせてもらうよ!!」

 このキノコモンスターズを倒さないと先には進めない事。
 ローレンが勢い良く啖呵を切ると共に、キノコモンスターズは一斉に飛び掛る。
 勢い良く鋏を大きく横に振るい、己の正面から襲い掛かってきたキノコモンスターズを一気に吹き飛ばすと素早く複数の針を己の周囲に転換させると一斉に飛ばしていき、一体一体の傘に突き刺すと魔法を発動させる。
 直後、針の刺さったキノコモンスターズが風船のように膨らんでいき、小さな爆発を起こしながら破裂する。
 汚い花火が爆発し、周囲が爆発で生じた煙によって敵味方共に視界が塞がれる中、ちるはびっくりして声を上げる。

「アレってローレンの能力!?」
「いんや、魔法! 簡単な爆発系統ならカルベチアに教えてもらった事があるし、第一君喰らった事あるでしょ!」

 そう言われてコッペリアで戦闘した時、ローレンに思い切りやられた事を思い出すちる。アレは痛かった。
 その時、爆煙の向こうにいたキノコモンスターの一体がカメレオンよりも長い舌を伸ばしてローレンのマントへとまきつかせ、転ばせようと引っ張る。
 ローレンはいきなり引っ張られ、体制を崩してしまう。その隙を逃さないと言わんばかりに舌を伸ばしたキノコモンスターは魚を釣り上げるように勢い良く上へと引っ張り上げようと力を込める。
 それに気づいたちるはキノコモンスターの長い舌を真空波を発動させて切断する。斬られた舌は光の粒子となって消えていき、舌が切られたキノコモンスターは己の体制が整えられずに尻餅をついてしまう。
 その隙をちるは見逃さず、舌の長いキノコモンスターを近くにいる別のモンスターごと衝撃波で吹き飛ばす。
 だが衝撃波によってキノコモンスター達の視界を閉じ込めていた煙が晴れてしまい、それを合図としたかのようにまだ生き残っていたキノコモンスター数体がローレン目掛けて襲い掛かる。
 ローレンは鋏を両手で持って駆け出していき、己の目前に来たキノコモンスターが順番に一刀両断して消していく。
 正面から馬鹿正直に攻撃に行った者達がローレンの手で切られている間、別のモンスターが背後などの死角から飛び掛ってくるものの帽子に必死でしがみついているちるの衝撃波で吹き飛ばされ、追撃の真空波で両断されていく。

「こんな低級モンスターには負けないのはさすがだよ、コッペリア!」
「マナ氏に会う為、こんなところじゃ負けていられないの!」

 そんな軽口を叩きながら、ローレンは正面を、ちるは後ろから襲い掛かってくるキノコモンスターを倒していく。



 数十分後。キノコモンスターは全てただの普通のキノコとなって、ローレンの周りに落ちていた。
 その内の世界一有名なヒゲオヤジ愛用物でもある赤と白の水玉模様のキノコを拾いながら、ローレンはキノコモンスターの正体について推測する。

「あー、元があるって事はやっぱり天然物じゃないって事か」
「元って?」

 元という言葉を聞き、ちるは首を傾げる。
 マナ氏やナグサから色々教えてもらってはいるものの、元々は純粋な箱入り娘。一般常識でも知らない事は山ほどある。

「あ、そうか。グリーンズとサザンクロスタウン方面はほとんど魔物系統いないんだっけ」
「魔物!? 初耳ですよ、そんなの!」
「そりゃそうでしょ。天然物は見つかる方が希少だし、世界大戦でちょっと広まったようなもんだからさ」
「……えぇと、どういうこと?」
「地雷君、教えてなかったな……」

 この大国に在る魔物という存在がどういうものなのかさえ分かってないちるにローレンは少々頭痛を感じながらため息をつく。
 主に世界大戦の時に出まくったけれども、魔物が一般的だったのもその時だけだったし知らないのもおかしくはないし、知っている意味もそんなに無いからだ。
 とりあえず簡単に説明して、不思議がっているちるの疑問を取っ払う事にした。

「大半の魔物は人の魔力から生まれて、人に使われるモノって事。だから天然物はほとんどいないに等しいの」
「……最初から他者の指示を聞くだけに生まれた操り戦闘人形ってところ?」
「大雑把に纏めるとそんなとこ。まぁ、ある程度はダイダロスと似たようなもんだけど普通の人が使うのは難しいんだって。詳しい事は後で地雷君に聞いてね、僕さま説明は苦手だから」
「うん、分かった」
「そんじゃさっさと行こう。またキノコモンスター出たら僕さま嫌だし」

 ローレンは早々に話を終わらせ、方位磁石を取り出して目的地に向かおうと歩き出した矢先。ローレンから見て森の後方奥不覚から元気な男の声が聞こえてきた。

「その時はこの俺に任せろ! キノコモンスターなら、俺が一発で倒してやっから!」

 同時に草むらから勢い良くジャンプし、ローレンとちるの目の前に一人の男が着地……しようとして、バランス崩してずっこけた。
 それでも男は急いで立ち上がると緑のバンダナとオレンジの体についた土なんて気にせず、誰も聞いちゃいないのにややオーバーなアクションと一緒に元気に自己紹介する。

「待たせたな! 俺はストウル。キノコの事ならば何でもかんでもござれ、で有名なキノコマスターのストウルだ!!」
「なるほど。お前の差し金か」

 キノコマスターと聞いて、ローレンは鋏の刃をストウルの顔面に向ける。
 凶器を突きつけられ、ストウルは顔を青くしながら慌てて否定する。

「わーーーっ! 違う違う違う! これは俺のライバルが作った魔物であって、俺の仕業ではなぁーい!」
「はぁ? あんたのライバルって誰だよ?」

 面倒事はもうごめんだと言わんばかりのローレンの態度なんて気にせず、ストウルは無駄にハイテンション且つヘンテコなポーズをつけながらライバルについて説明する。

「よくぞ聞いてくれた! 俺の生涯の相手とも言えるキッキーキノキノキノコライバルというのはだな! かーつて、このオリカビ大国が否定の魔女トレヴィーニによって大戦時代に陥っていた時! 大国の核弾頭として、前線で暴れまくった最強最高の男がいたぁ!! その男の名はマナ氏! そいつこそ世界大戦の英雄でもあり、この俺のキノコライバルだぁ!!」
「「はぁぁぁぁ!!!??」」

 こんなんと世界大戦の英雄がキノコのライバルゥ!?
 あまりにもふざけてんのか、と言いたくなるその内容にローレンとちるは「ありえねー!!」と言わんばかりの声を上げた。そして数秒単位のわずかな時間に、その信じられない言葉に対して二人は別々の事を思う。

(何だよ、このヘンテコ男! あぁもう、ずったずったに切り裂いてやりたい!! ……って待て。そういえばキノコ好きのお兄さんとかそういうのメモ帳に書いてあったよな? まさかこいつ? こいつなのかぁ?! こんなんに頼れというのか、地雷!? これだったらモフモフ族を探す方がマシだ!!)
(そ、そういえばマナ氏からキノコがとっても美味しいって話を何度も聞かされたような! 毒なのかそうじゃないのか、の見分け方についてもキノコ単独でも教えられたし……。で、でも! この人とライバル関係なんてあんまり信じたくない!! せめてこの人の一方的思い込みであってほしい!!)

 両者共にストウルに対して物凄く失礼な事を考えていました。ナチュラルに酷い。
 そんな二人の表情を見て、ストウルはガクッと体を俯かせて傷ついた表情で呟く。

「そんなに信じられんのかよ、俺とマナ氏の関係がー……」
「当然だ。色々な部分で違いすぎる」

 その呟きに対し、新たな声が答える。
 三人が声の聞こえてきたローレンの背後に体を向けると、森の中から歩いて近づいてくるのは丸みを帯びた水色の羽を持つ民族的な出で立ちをした紫の男ラルゴがそこにいた。
 ローレンは表情を歪ませ、ちるはぺこりと頭を下げる。

「げっ、ドクゲイル」
「あ、紫の何でも屋さん」

 ラルゴは軽く手をあげて返した後、ストウルに顔を向けると少々困った表情をとりながら追い討ちという名のフォローをする。

「非常に残念な事ながらこいつがマナ氏とキノコライバルなのは事実だ。そしてマナ氏の住んでいる場所も知っている事もな」
「なぁ、何で残念つけるの? それも非常にって表現付で。そんなに認めたくねーのか、お前等」

 どう考えてもフォローになってない言い方に、ストウルが更に傷つきながらもツッコミを入れるけどラルゴはスルー。

「でもどうしてここにいるんですか?」
「マナ氏に用があってな。それでこの男に案内を頼んで向かっていたところだ」
「あー、やっぱりこいつを使わないとあかんのか……」

 ちるの質問に対するラルゴの答えを聞いて、ローレンは苦手なタイプ二名と一緒に行く羽目になった事を嘆く。
 言いたい放題されている当のストウルはあんまりな扱いに落ち込みそうになっていたけど、ローレンとちるが倒した元モンスターのキノコ達を見つけてそれの回収に渡っているので気分的には復活していた。

 ■ □ ■

 ストウルの案内により、一同は森の更に更に奥深く。ポツンと立っている小さな小屋を発見した。かつての英雄が住んでいるにしては粗末な形をしており、丸太を複数組み合わせて建てたようにしか見えない地味な小屋だ。
 先頭に立ったストウルがドアをノックする。するとドアの向こうから「どうぞー!」と小さな声が十個ぐらい重なって返ってきた。それを聞いたストウルはドアを開け、ローレンとちる、ラルゴを引き連れて小屋の中に入る。
 小屋の中も外観どおり狭く見える。ただしその原因は人口密度の多さだ。
 部屋の中央で椅子に座っているマント付の真っ白なシルクハットを被った男とその帽子に乗っかっている小さな蟻の形をしたカービィ十体はまだ分かる。
 しかしその周りにはサザンクロスタウン生還者内の数名がいた。
 クスクスと妖しい笑みを浮かべている不気味な帽子を被ったもう一人の何でも屋。
 射殺さんばかりの殺意を全く隠さない左目部分を包帯で隠した銀髪の忍び。
 大きな緑の帽子で右目を隠しちゃっている猫又を連想させる姿をしたミステリアスな男。
 色とりどりの四対の羽と竜の頭部を連想させる耳を生やし、その上から帽子を被った大国防衛隊隊長の一人。
 管制塔を連想(というかそのもの)させる被り物を付けた機械の身でありながらサザンクロスタウンの守護を担当する者。
 ガラスのように薄く滑らかな七対の翼を背に、七つの水晶が周囲に浮かぶ輪を頭に浮かばせている死体と同じ青白く生気のない肌を持つ不揃の魔女。
 こんなにも集まっている事に内心驚くちるを他所にローレンとラルゴは己と同じ目的なのだとすぐに察した。
 最後尾のラルゴがドアを閉めながら小屋の中に入り終わると共に、ゆっくりと部屋の中央にいる男……マナ氏は閉じていた瞳を開けながら口にする。

「これで聞き手は全員揃いましたね。それでは誰から過去を聞きますか?」

 営業スマイルそのものと言った感じでマナ氏が微笑みながら問う。

 ■ □ ■

Bパート「森のキノコ好きにもっとご用心!」


 今、この場に集結しているのはマナ氏、フー・スクレート、黒脚ケイト、クレモト、コーダ、豪鉄、ノアメルト、ローレン、ちる、ラルゴ、ストウルの十一名。
 マナ氏の帽子に乗っかっていた蟻型カービィ十体ことナンデ・モアリーズは背中に生えている羽をぱたぱた羽ばたかせて、近くの机へと全員飛び移っていく。
 少々空気に合わない小さな移動光景の中、マナ氏は慣れているのか全く動揺せずただ尋ねる。

「もう一度聞きます。誰から過去を知りますか?」
「……全員分律儀に答えるつもりですか?」

 逆に尋ね返すのはコーダだ。マナ氏は柔和な笑みを浮かべて頷く。

「はい、答えますよ。私個人としては不揃の彼女と話し合いたいところですが、あなた方にぴーちく騒がれるのも嫌なんですよ」
「相変わらず人を人と思わない傍若無人ぶりですね」
「おやおや、面白い事を口にしますね。私が何時エンペラー以外の存在を人と認めたのでしょうか?」
「……前言撤回しましょう。人を人と認識できない独裁者気取りの青二才さん」
「私はしがない男でしかありませんよ。力を出し惜しみしすぎ、麗しの花嫁によって何度も何度も傷つけられた図体だけの雑魚蛇さん」

 目には見えないけど、今マナ氏とコーダの間でダイヤモンドダストが吹雪いてます。
 どっちも女性を軽く落とせてしまう笑みで会話しているけれども、出てくるのは毒舌ばっか。しかも氷の如く鋭いのだから、聞いているだけでも心の傷がえぐられてくる。
 どうにかして止めねば。誰かがそう思った矢先。
 話を黙って聞いていた案内役だったストウルがマナ氏とコーダの間に入ると、空気に合わない明るい口調で止めに入る。

「はいはい、タンマタンマー! 見てるだけでこっちの寿命が縮んじゃう絶対零度毒舌大戦はやめてっちょ。それよりもさっさとお話進めないと不揃ちゃんとお話もできないんじゃないの?」
「……少々癪ですが、仕方ありませんね」
「マナ氏に同じく」
「だーかーらー! 俺、正論言ったのにどーしてこうなるのー!!」

 毒舌腹黒敬語野郎二名のいやみを聞いて、ストウルが半泣き状態で異議を唱えるけれど皆からスルーされてしまう。とにかくストウルのおかげで本題に戻る事が出来たので、内心では数名感謝しているのだが。
 マナ氏が再び「誰から聞きます?」と口を開くよりも早く、コーダが一番手として用件を伝える。

「それなら私から行かせてもらいます。……皇帝陛下があなたに大国防衛隊復帰命令を出しました。理由は言わなくても分かりますね?」
「私ぐらいしかトレヴィーニと対抗に戦い合える兵器はいないから、ですね。良いでしょう、他ならぬエンペラーの命令ならば私は喜んでそれを聞きましょう」

 さりげにとんでもない単語が出てきた為、ローレンはすぐさま話を聞いている他の者達を見渡す。
 ラルゴとクレモトとフーは元からポーカーフェイスなので読み取れないがケイトは先ほどよりも険しい表情になっており、豪鉄に至っては顔が青くなっている。ノアメルトはくすくす笑っているだけだ。
 皇帝陛下もついに重い腰を上げたか。
 ローレンが内心思う中、帽子の上に乗ってるちるが小声で話しかけてくる。

「ねぇ、防衛隊復帰命令ってやっぱり……」
「大国に魔女が攻め入ったのとサザンクロスタウンの件が切欠だろうね。何かヘッドラインだとそれ以外の地域でも揉めてるみたいだし、大国防衛隊どころか皇帝そのものが動いても全くおかしくない」

 寧ろこれは遅いぐらいだ。否定の魔女が蘇った時点でマナ氏を呼び出した方が良いに決まっているのに。それとも、その手段さえも魔女によって封じられていたのだろうか?
 面倒な推測を考えそうになるものの、ローレンはすぐさま首を左右に振って思考を止める。自分は自分のおつかいを済ませるだけだ。質問がいっぱい書かれたメモ帳を取り出し、無難なものを探し出す。

「帰還命令はすぐですか?」
「いや、私達が帰還する時と一緒でお願いします。彼等との話し合いもしなければならないので」
「そうですか。これで終わりでしょうか?」
「はい」

 マナ氏とコーダの話も終わり、次の質問に移れる状態となる。
 同時にローレンとうえから覗き込んでいたちるはメモ帳に書かれていた内容の一つに目が点となった。

「……なんじゃこりゃ」
「ナグサ君、どこまでギャンブラーなの?」

 二人が思わずもらした呟きを聞き、全員が一斉に注目する。
 注目された為ちるはびっくりしてシルクハットの陰に隠れちゃったので、代わりにローレンが居心地悪そうにしながらメモ帳をひらひら見せながら説明する。

「えぇとさ、大国防衛隊の隊長格を最低でも一人、出来る事ならば全員をパーティメンバーに加えたいからその穴をマナ氏に埋めてほしいっていうすっごい無茶なお願いがあるんだよ」
「……どういうこと?」
「僕さまも知らないよ。このメモ帳書いたのぜぇぇぇんぶ地雷君なんだから」

 ケイトに問われてもローレンはため息をつきながら、メモ帳をひらひらさせるのをやめる。それを眺めていたマナ氏は誰にも聞き取れないような小さな小さな声で何かを呟いて魔法を使う。
 するとメモ帳がぱたぱたと己を蝶のように羽ばたかせてローレンの手元から自ら離れていく。あ、と誰かが声を漏らしながらその様子を視線で追っていくとマナ氏の手元に落ちていったのを確認した。
 落ちたメモ帳を拾い、その中身をある程度眺めながらマナ氏は少し面白そうに笑う。

「なるほど。ドラグーンとハイドラを完成させるつもりなんですね。その為に私から搾れるだけ搾り取り、同じ目的である大国防衛隊を利用しまくろうという魂胆がよぉく分かります。力がない分、他者を使いまくるつもりなんでしょう」

 そう言いながらマナ氏はメモ帳の表紙を軽く撫でて、一瞬だけ淡い輝きを与える。すると再びメモ帳は蝶同様に羽ばたき始めていき、ローレンの手元に行くと羽をもがれたように落ちていく。
 ローレンは落ちる寸前でメモ帳をキャッチするとその中身を確認する。中に書かれていた質問には全て回答が書かれていた。驚きを隠せないローレンに対し、マナ氏は柔和な微笑を崩さず言う。

「一々書くのも面倒でしょうから、あなたが出す筈だった質問は全てその中に入れさせてもらいました。構いませんね?」
「……別に僕さまは構わないよ」

 コンピューターでも数分はかかる作業を魔法で、しかも一瞬でやり遂げた魔術師に対して化け物だと思う。
 一瞬でこんな細かすぎる事、誰にもできるわけがないのだから。メモ帳に書かれていた質問は二桁を軽く超えていたのもしっかり見ている。それだけ疑問があったナグサにも驚いてはいるものの、一瞬で全てに答えきったマナ氏の方にもっと驚いた。世界大戦時の英雄として知ってはいたものの、こうやってありえない魔法を見せ付けられるとついつい驚いてしまう。
 ある意味二度と出来ない体験にローレンが感心する。
 その時、意を決したのかちるがいきなり大声を出してマナ氏に話しかけた。

「あ、あの! マナ氏、あなたに……王子様に聞いてほしい事があるんです!!」

 マナ氏はちるに振り向く。
 ちるは振り向かれて顔が真っ赤になりながら慌ててしまい、ローレンのシルクハットから転げ落ちてしまう。
 慌てて立ち上がり、マナ氏が己を見続けているのに気づくとあわあわと慌てるけれど、何度も深呼吸を繰り返して落ち着きを取り戻し、真剣な表情でマナ氏を見つめながら答えを聞かずに、思いをぶつける。
 人形屋敷の中で待ち続けていたお人形の自分とその持ち主であった少女が、王子様にずっとぶつけた思いを――。

「病気で動けなかった彼女の傍にいてくれたあなたが好きでした。彼女に能力とか魔法とかキノコの知識とかいっぱいいっぱい教えてくれたあなたが好きでした。一人ぼっちだった彼女から寂しさを消してくれたあなたが好きでした。この大国、ううん、世界中の誰よりも――あなたの事を愛しています! 私も彼女も、マナ様を忘れた日はひと時ありませんでした!」

 小さな人形の少女の瞳から、涙がこぼれていく。
 ずっとずっと会いたかった。今すぐにでも飛びつき、抱きついてしまいたい。だけどそれはやったらきっと拒まれるのだろう。人形屋敷でのナグサが出した推理――マナ氏は少女を愛していない――を知っているから、必死に抑えつける。
 でもその代わり、溢れ出る思いをぶつける。誰よりも大好きで誰よりも愛した特別な王子様に、この愛という思いを凝縮させて、様々な思いと共に在る涙をぼろぼろこぼしながら、ちるはマナ氏に微笑みながらお礼を言う。

「だから……あの子と出会い、親しくしてくれてありがとうございます」

 その姿は、心の底からの思いだと皆に伝えるのには十分だった。
 黙って彼女の思いを聞いていた少女の王子様は表情を変えず、ただ彼女を見ているだけ。
 答えないのだろうかとちるは今まで感じたことが無い不安を抱きながら、恐る恐るマナ氏を見上げる。
 するとマナ氏の唇が動く。けれども声は無く、ただ何かの単語を唇だけで表現しただけ。
 最初は分からなかったけれども、ちるはその唇の動きが何を意味するのかすぐに悟る事が出来た。それもその筈、マナ氏が声に出さなかった言葉は――あの子の名前なのだから。
 驚いた顔で己を見上げるちるに顔を向け、マナ氏は言った。

「少なくとも嫌ってはいませんでしたよ」

 王子様と見間違えんばかりの優しい笑みは、ちるの中に受け継がれた少女の記憶の中でも強く印象に残っている大好きな姿そのものだった。
 その言葉を聞いたちるは嬉しさのあまり、号泣した。屋敷の外に出たお姫様は、王子様に嫌われてなかった事が純粋に嬉しかった。
 唯一人形屋敷事件の事を知っているローレンはちるをつかみ、ナンデ・モアリーズが待機している机の上の隅っこに置く。邪魔というのもあるがこれから行われるだろう話を聞かせてはいけないような気がしたからだ。
 その時、タイミングを計っていたのか、とある人物が皮肉を込めた口調でマナ氏に話しかけてきた。

「素敵な王子様だね。皆殺し事件や夜明国崩壊事件で人道無視して殺戮を繰り返した人と同一人物には全く思えないよ」
「あなたのご用件は何でしょうか。フー・スクレート」
「いや、ボクはただのボディーガード。用件があるのは豪鉄さんの方だよ」

 少女に向けた優しい王子様から、誰にでも見せる営業スマイルに早変わりしたマナ氏に対してフーは隣にいる豪鉄をアンダーで指しながら返答する。
 マナ氏は豪鉄に顔を向ける。つられて他のメンバーも豪鉄を注目する。
 守護担当であった為、特に驚きも緊張もせず、豪鉄はマナ氏に完結に用件を伝える。

「……残りのドラグーンパーツとハイドラパーツがどこにあるのか、その詳細を教えていただきたい。サザンクロスタウンそのものが否定の魔女に奪われた以上、あなたぐらいしか知る人物はいない」
「あれ? アノ+カスはどうしたんですか?」
「ディミヌ・エンドの猛攻によってデリートされちゃったよ。みんなでいうところのあれだね、名誉ある死?」

 マナ氏の呟きに答えるのは傍観者の如く話を黙って聞いていたノアメルトだ。どうやって知ったのかは尋ねても、この矛盾の塊である彼女には無駄である。
 それを聞いたマナ氏はあっさり納得し、豪鉄の質問であるパーツの隠し場所を次々と口にしていく。

「タワー・クロックのドラグーンパーツは時空の塔から行ける不思議な場所に住まう管理人に預けました。言っておきますがベルテス氏の事ではございませんよ?」

 北方の雪と時計台が有名なタワー・クロック。

「ブルーブルーのドラグーンパーツは八百年前の王国である海底神殿の内部にこっそり忍び込み、その中に隠しました。あそこ、洒落にならないものがあるのでご注意を」

 西南の水とともにあり続けるブルーブルー。

「レッドラムのハイドラパーツは少々特殊な魔法をかけてからドンに預けました。ドンに魔法の事を話したら凄い顔をされましたよ。あのドンがあんな表情するなんて始めて見ましたよ」

 西の社会不適合者が集う暗黒のレッドラム。

「レクイエムのハイドラパーツは地下の大聖堂内部に隠してあります。あぁ、セレビィ女史の財力も借りて私がとびっきりのモノを用意しているのでセキュリティ面に関してはご安心くださいませ」

 東の死した魂を清め続けるレクイエム。

 計四つの都市にマナ氏が世界大戦時に使用したエアライドマシンのパーツが隠されている。
 それもマナ氏の話を聞く限り、どいつもこいつも厄介なものばかりなようだ。人に貸す気が全く無いように見える。

(こいつ、まさかヤンデレも確信犯だったんじゃないだろうな……?)
(……サザンクロスタウンが一番楽で良かった)

 ドラグーンパーツ回収に関わったローレンとハイドラパーツを回収した本人であるラルゴは各自思う。
 話を聞いた本人でさえも、予想以上の鬼畜っぷりに表情が引きつってしまう始末。いくらドラグーンとハイドラの二つが強力な武器だからってこれは少しやりすぎな気がする。
 全パーツを隠した張本人はにこにこ笑ったままだ。

「これで終わりでしょうか、豪鉄氏」
「あぁ。予想はしてたけど君はやっぱり鬼畜だったよ」
「言わないでくださいよ、そんなこと。照れてしまうではございませんか」
「褒めてない!」

 豪鉄がツッコミするけど「冗談ですよ」とあっさり返された。
 マナ氏は豪鉄から顔を離し、一同をざっと見渡しながら尋ねる。

「さて、次はどなたですか?」

 ラルゴが手を上げ、質問する。

「十年前に起きた皆殺し事件と称されている名も無き国を攻め込んだ時、貴様はどういう立場にいた?」
「防衛隊の総指揮官ですね。後ろの方から結構ちょっかいを出しましたよ」
「……そうか。俺の質問は今のところ、これだけだ」

 マナ氏の答えを聞き、ラルゴはそう言うと黙り込んだ。

「ってそんだけかよ!」
「長々やるよりはマシだと思うよ」

 今までと違って、かなりあっさりしたやり取りにストウルがツッコミを入れるけどノアメルトにばっさり言い切られた。
 その一方で結果的に全ての質問が答えられ、ちるが泣き止むのを待っているローレンはさっさと終われと思っていた。正直言って、つまらないし空気が重苦しい。これだったらお涙頂戴劇の方がマシだ。
 国を護る者であるコーダと豪鉄、豪鉄のボディーガードとして同行したフーはともかく、残りのメンツが何を考えているのか全く分からない。ラルゴとクレモトは元から表情に出さないし、ケイトはさっきから無表情に話を聞いているばかりだ。一番の核弾頭でもあるノアメルトは大人しく話を聞いている。
 一体マナ氏はどれほどの答えを持っているのだろう、そしてその答えを持てるなんてどれほどの惨劇を行ってきたのだろうか。そう思わずにはいられなかった。
 そんな時、話を黙って聞いていたクレモトが唐突に口を開く。

「それじゃ次は僕が聞いていいかな?」
「構いませんよ。あなたが聞きたいのは何でしょうか?」

 マナ氏が頷いたのを見て、クレモトは目を細めながら問う。








「六年前の最終決戦の真相について、話してくれないかな?」




















  • 最終更新:2014-05-29 18:30:47