第三十九話「無限の魔術師VS否定の魔女」

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 さぁさぁ、今から語られるのは『否定の魔女』と呼ばれる物語の前座でもあり、『世界大戦』と呼ばれる物語の最終章。




 無限の魔術師マナ氏と否定の魔女トレヴィーニが己の出せる限りの力を出した最期の戦い!




 あなた方は思い知る事になるでしょう。この世にこんな戦いがあるのかと!




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 六年前、最終決戦の地帯に選ばれたのはかつて夜明国があった場所。
 誰もが否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガンとの最期の舞台だと理解していた。だからこそ、どんなに恐怖を感じても誰も一歩も引く事が出来なかった。
 長い長い間続いた世界大戦を終わらせる為にも、物語を最悪な形にばかり導く否定の魔女を封印する為にも。
 しかし、やはり否定の魔女は戦士達が思っているよりもずっとずっと酷すぎる強さを秘めていた。
 誰にも真似できないあまりにも酷すぎる、あまりにもずるすぎる『否定』の力の強さは文字通り希望を否定したのだから。先ほどまで否定の魔女と激闘を繰り広げていた希望の勇者が否定されたのだから。
 目の前で否定の魔女を裏切った暗黒騎士が嘆いているけれども、否定の魔女はそんなものどうでも良い。やるべき事は唯一つ、己の思いを裏切った愚者を希望の勇者同様に否定してしまう事だ。
 強大なる黄金の槍を手にしたまま、否定の魔女はゆっくりと口を開く。
 それに察した魔道兵団が一斉に詠唱し、否定の魔女を囲むように全ての方向に魔法陣を何重に重ねて展開させる。そして団長の命令と共に魔法陣が一斉に輝き出し、内側に閉じ込められた彼女を無限の爆発で苦しめていく。
 しかし全ての魔法陣は発動してすぐ、唐突に消えた。
 魔法陣が消えた事によって爆発により、煤だらけになった否定の魔女が威風堂々とした姿を現す。

「何を戯れている。……それともこれで妾を殺せると思ったのか? 貴様等と同じ存在でないのは、貴様等が良く知っている筈だろう」

 彼女が話していくたびに、煤が大気と同化して消えていく。
 黒で汚れていた筈が一瞬にして全てを寄り付けないけれどどんな色よりもハッキリしていてずっとずっと美しい、純白が蘇る。
 見渡す限りの花畑でさえも彼女を引き立たすただの背景と化してしまう、どんなに高価でハッキリと輝きを見せ付ける無数の宝石でさえもただの石ころと化してしまう、どんなに老若男女がいようとも彼女という存在を隠し切る事は決して出来ない。
 白きリボンをつけた半透明のヴェールを頭に被り、ある程度の飾りがつけられていながらもシンプルで、それでいて美麗な印象を残すウェディングドレスを身に纏い、雪よりも白き体躯を引き立てる真紅の瞳を細めるのは――この世界で最も恐ろしく、最も美しい、最も存在してはならない花嫁衣裳を纏った否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガン。
 戦場の中だというのに、戦士達は純白を身に纏う魔女のあまりの美しさに見惚れそうになる。数々の惨劇を引き起こし、人々に恐怖と絶望を叩きつけた張本人だというのに。
 地上に存在するありとあらゆる美だけを集結させ、擬人化させたような存在である彼女は兵士達にも裏切り者にも目をくれず、槍から元に戻した扇子を勢い良く開きながら愛しき者の名を口にする。

「いるのだろう? 妾の愛しい愛しい最低最悪の魔術師、マナよ。妾は前菜を食い散らかすのは飽きた。裏切り者を否定してからやろうと思ったが気が変わった。一刻も早く貴様で妾を満たしたい。これ以上我慢していては体の毒だ」

 だから、出し惜しみせずにさっさと出て来い。
 トレヴィーニが誘いをかけたその時、放心状態のベールベェラの足元に突然魔法陣が出現して彼女が魔女の前から消えてしまう。けれどもトレヴィーニは全く驚かず、まだ存在している魔法陣に体を向けるだけ。
 直後、魔法陣は強く輝きながら、己の上にベールベェラとは違う人物を出現させる。現れたのは、トレヴィーニが何よりも待ち望んだ男。

「……ならば、あなたの全身を私で染めてさしあげましょう。二度と我慢できないぐらいにね」

 複数の色をボーダーで色づけたマントが着けられたシルクハットは虹を凝縮させたのかと思うほど色とりどりで、白い体躯の彼を印象付けるには最適なものだ。夕日の色を持つ瞳を誰よりも美しい魔女に向け、無限の魔術師マナ氏はくすりと微笑む。その姿はとても扇情的で見ているこっちが興奮しそうだ。
 無限の魔術師が最前線に出たのを見て、総指揮官として自ら出願した皇帝が全軍に撤退命令を出す。兵士達はどちらの実力も知っているからこそ、その指示に従ってこの場から出来る限り離れていく。
 でもどのぐらい離れれば大丈夫なのか分からない。
 間違いなく、今から殺し合おうとしている無限の魔術師と否定の魔女は、範囲も仲間も何もかも気にせず、殺しあおうとしているのだから――巻き添えを食らったら間違いなく死んでしまう。
 どんなに屈強な戦士がいようとも、この二人が対峙する時はただの観客へと成り下がる。片や無限大と謳われた大国史上最大の魔力を持つ男、片や事象そのものを否定という形で操作する魔女。そんな二人が戦い合えるのは己の目の前にいる愛しき宿敵しかいない。
 マナ氏はその手に持ったキノコ杖に虹の魔力を宿し、トレヴィーニは扇子を黄金の風で纏わせ、心の底からの殺意と闘志を乗せて、全く同じ事を互いに叫んだ。



「「――さぁ、殺し<愛し>合おう! 我が宿敵<恋人>よ!!」」



 虹色の魔力と黄金の魔力が正面からぶつかり合い、世界に響き渡るのではないのかと錯覚しそうなぐらいの強さを纏った魔震動が辺り一体へと広がっていく。
 空気が震える。空に浮かんでいた雲が吹き飛ばされる。土ぼこりが二人を包むように舞う。同じように小石達も吹き飛ぶけれども、震動に耐え切れず塵となって消えていく。
 観客達の視線さえも封じられた中、土ぼこりの中だというのに全く汚れる気配の無い二人は待ちきれないと言わんばかりに地を蹴り、相手目掛けて武器を振る。
 金属同士がぶつかる特有の音が大きく辺りに広がる。ソレもその筈。マナ氏とトレヴィーニが持っている武器は何時の間にか剣へと変化しているのだから。
 剣同士で押し合う最中、マナ氏が呪文を唱える。すると剣の刃がいきなり輝き出し、爆発した。
 至近距離から爆発を食らったトレヴィーニが吹き飛ぶけれども、彼女の姿はすぐさま霧となって拡散される。
 次の攻撃を予測し、マナ氏は周囲に風を展開させて霧を吹き飛ばしていく。しかし霧が吹き飛ぶ前に否定されてしまった為に風は止んでしまい、マナ氏は霧と化したトレヴィーニに包まれてしまう。
 そして霧は形無き刃となり、マナ氏が再び呪文を唱えるよりも早く彼の全身へと突き刺さっていく。
 突き刺さった形無き刃は見えず触れられず、けれども感覚はしっかりとある。その刃は己の意思を持ってマナ氏の体内へと深く深く入り込んでいる。
 激痛を感じている筈なのにマナ氏は平然とした顔で、本来ならば触れられる筈の無い形無き刃の一つをつかむと勢い良く己の身から抜いて己の魔力を込めて握り潰す。
 直後マナ氏に刺さっていた形無き刃は全て消滅し、代わりにマナ氏の正面には彼に手を力強く握られたトレヴィーニの姿があった。
 傷だらけの男の掌に口付けを与えながら絶世の美女は微笑む。

「さすがはマナ。こんな魔法、簡単に打ち破ってくれる」
「私で満たされたい癖に、こんなしょぼい魔法を使うなんて何を考えてるんですか?」
「貴様の力が衰えていないかどうか見たかったのだよ。……その結果、衰えているどころか強化されているのが発覚したけどな」
「相変わらず無駄な事がお好きなお方だ。私としては最初からクライマックスで行きたいんですけどね」
「ならばそうしようか。これでは何時まで経っても決着がつかないからな」

 そう言ってマナ氏とトレヴィーニは互いに距離をとる。距離をとっている間、マナ氏は全身に与えられた傷が自然に治癒されていき、両方共に立ち止まった時には無傷となっていた。
 互いに顔を見つめて、誰よりも愛しいと感じながら微笑む。
 次の瞬間には二人とも足元にきっと誰にも解読できないだろう複雑な紋様と文字を組み合わせた巨大な魔法陣を展開させる。何重にも重なった円がぐるりぐるりと回転しながら輝きを増していく魔法陣から徐々に何かが浮かび上がってくる。
 マナ氏の魔法陣からは雄々しく逞しいカービィの何十倍もある一対の角が、トレヴィーニの魔法陣からは真っ黒なフードに包まれながらもその下は溶けながらもその形を保ち続けている巨大な泥団子が、浮かび上がってくる。
 どちらの魔法陣から出現する化け物はカービィの何十……いや、何百倍もの大きさを持っている事が、最早傍観者でしかない戦士達には魔法陣から浮かび上がってくる姿の一部と両者の無限大としか言いようが無い魔力から知る事は容易であった。
 これは「召喚獣」というものなのだろうか? いいや、違う。これは召喚獣なんかじゃない。二人とも己の魔力を媒介にし、即行で「魔物」を創作しているのだ――!
 マナ氏とトレヴィーニは各自自分が生み出そうとしている魔物の頭部に乗り込むと目覚めの合図ともいえる呪文を唱える。

「生まれなさい。私に従う事しか出来ない私だけの操り竜『鋼の暴君竜』……!」
「数多くの穢れを身に纏いながらも妾の手で肉体を得られる事に感謝せよ。妾の新たなる下僕『穢れの化身』よ!」

 すると魔法陣からゆっくりと出てきていた二人の魔物は先ほどとは打って変わって勢い良く魔法陣から飛び上がり、己の創造者を頭部に乗せながら咆哮を上げる。

『『ヲオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』』

 その咆哮だけで再び辺りに震動が響き渡る。震動を起こしたのは無限なる魔力を持った男女が生み出した魔物。
 男が生み出したのは鋼のように鋭く巨大な鱗に全身を包まれた巨大な竜。雄々しく逞しいのは角だけでなく、一度羽ばたかせただけでも船を転覆させてしまうぐらいの強風を生み出してしまいそうな巨大な翼にも当てはまる。戦いに飢えていると言わんばかりに唸り声を出し続け、鷲なんかよりもずっと鋭い瞳で眼前にいる魔物を睨み続けている。
 女が生み出したのはぶかぶかの黒いローブをすっぽり被されたシンプルで巨大な丸みを帯びた物体。形状そのものは花びらのような突起が無い巨大なダークマター。しかしその表面は泥に包まれており、巨大な一つ目を瞬きする度に泥が地面へと落ちていっていく。己を睨み続ける竜に対し、泥に包まれたダークマターは一つ目を囲むように四つの口を浮かび上がらせて不気味な笑い声を上げる。
 『鋼の暴君竜』に乗ったマナ氏がどこからか取り出したキノコ杖を勢い良く振り、『穢れの化身』に乗ったトレヴィーニが腰掛ける。

 次の瞬間、無限なる魔力から呼び出された巨大魔物達の戦いが始まった。

 先手をとった『鋼の暴君竜』は口を大きく開き、禍々しい紫の炎を放射する。『穢れの化身』はすぐさま己の身を硬化させ、頭上にいるトレヴィーニの体に結界を張って炎を防ぎきる。
 火炎放射が止むと同時に『穢れの化身』は硬化を解除し、四つの口で不気味な笑い声を上げる。すると体から泥で形成された触手が生え出し、『鋼の暴君竜』が動き出すよりも早く両手足を拘束させるとその巨体には似合わぬ素早さで相手の腹に密着する。
 密着した『穢れの化身』の気持ち悪さに『鋼の暴君竜』が雄叫びを上げながら必死で抵抗する。
 けれどもそんなものは無意味と言わんばかりに『穢れの化身』はより細く小さく分裂していく無数の触手を鱗と鱗の狭間に進入させ、そこから『鋼の暴君竜』を保つ魔力を奪いながら己は毒を与えていく。
 気色の悪い感触と共に襲い掛かってくる痛みに表情を歪ませながら『鋼の暴君竜』は力ずくで両手足を拘束する触手を打ち破り、右手の爪を大きく鋭く伸ばすとその巨体目掛けて横から突き刺す。
 突き刺された『穢れの化身』は激痛に悲鳴を上げながらも、四つの口を細い細い三日月のような笑みにする。
 その直後『鋼の暴君竜』と『穢れの化身』を囲むように黄金の弾幕がびっしりと展開された。それこそ無限大かと察するぐらいの億を超えている量があった。
 攻撃を察したマナ氏が魔法陣を展開させるけれども、時既に遅し。
 億を越えた黄金の弾幕は『鋼の暴君竜』目掛けて放たれた。
 一つ一つの黄金の弾が群れを成して鋼を貫通していき、Uターンして再度『鋼の暴君竜』の体に穴をあけていく。
 弾こそ『鋼の暴君竜』に比べれば小さなものだが、それが億を超える無限大の数であればこんなにも巨大な魔物を滅ぼすのはとても簡単な事。
 数秒間に黄金の弾幕が『鋼の暴君竜』の体を貫通して穴だらけにして、徐々に滅びを与えていく。
 否定の魔女が瞬きしている間に『鋼の暴君竜』は黄金の弾幕によって――塵へと消えた。創造者であるマナ氏の姿も見当たらなかった。
 その事実にトレヴィーニは驚きを隠せなかったものの、すぐさま魔力探査に移ろうとしたその時。『穢れの化身』の真下に大きな魔法陣が展開された。
 トレヴィーニが魔法陣に気づくよりも早く、魔法陣から飛び出るように出現した巨大な針が『穢れの化身』をトレヴィーニごと貫いた。
 不意打ちかつ強すぎるその力に耐え切れず『穢れの化身』はボロボロと崩れ落ちるように消滅してしまう。同時に貫いた針も消滅する。
 それでもトレヴィーニはそこにいた。己の生み出した魔物同様に針に貫かれ、その身が表現できないぐらいにズタボロになった筈なのにそこにいた。当然だ、否定の力を使ったのだから。
 トレヴィーニは姿の見えない宿敵に対して否定の力を発動させる。

「妾に姿を見せろ、マナ! 貴様が妾に姿を隠す事を否定する!!」

 その直後、唐突にマナ氏がトレヴィーニの目の前と左右と背後に出現してその手に持った剣で四方向からトレヴィーニの体を貫いた。
 真っ白な体から血飛沫があがるも束の間、否定の魔女は黄金の風となって四人のマナ氏の傍を吹き抜ける。
 黄金の風全てが四人のマナ氏を通り過ぎた途端、その内の三人が粉々に砕け散って消滅した。最後の一人……もとい本体は全身に出来た裂傷から血を流しながらも、大地へと落ちはしなかった。
 本体ただ一人が残ったのに対し、四つに別れた黄金の風はマナ氏に集中するように疾風の如く突撃していく。
 すぐそこまで迫ってくる風にマナ氏は全く怯みもせず、その手に持った剣を己の前に掲げると構えを取った。
 四方からの黄金の風がマナ氏に突撃して切り刻んでいくと同時に、マナ氏はその手に持った剣に魔力を乗せながら勢い良く回転させて深い深い傷を追うよりも早く吹き飛ばす。
 吹き飛ばされた黄金の風は一箇所に集まり、純白の花嫁トレヴィーニへと舞い戻る。
 その間に軽く呪文を唱え、簡易的にだが裂傷を全て押さえ込むとマナ氏はトレヴィーニを見つめる。
 二人は心底楽しくて仕方がないと言わんばかりに笑い声を上げた。

「「ふふふははははははははははははははははははは!!!!」」

 興奮で震えが収まらない。楽しくて楽しくて顔がにやけてしまう。早く早く戦いたいと全身が叫ぶ!
 こんな無茶苦茶な闘い、二度とあるものか。こんな馬鹿げた闘い、二度とあるものか。こんな全力の闘い、二度とあるものか!!
 あぁ、これが行えるのは私達二人だけ! 無限と否定の男女にしか繰り広げられない最悪にして最高の一騎打ち!!

「これだ! こうでなければならない!! これこそ妾が望んだ闘い! 最初にして最期の最高の死闘!! さすがだ、マナ! それでこそ妾の花婿に相応しい男だ!!」
「こちらこそ礼を言いますよ、私だけの花嫁トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガン! 無限大の魔力を持つこの私が、こんなにも力の底から、心の底から! 全力で! 殺し合えるのはあなただけなんですから!!」

 否定の花嫁と無限の花婿は闘いの興奮を全く抑えず、心のままに宿敵に闘志と殺意を込めながら叫ぶ。
 あんなに大きな魔物を生み出したというのに? 全身をボロボロにされたというのに? ――否!
 だからこそ闘うのだ! 完全に相手を滅びつくすまで、己の無限大の魔力を全て使い果たしてでも、闘うのだ!!
 それこそがこの世界大戦という物語の最終章に相応しい筋書きでもあり、闘いに狂った魔術師と魔女の望み!!
 だからこそ二人は再びその身に魔力を宿し、再び死闘を繰り広げる!!

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 一通り笑い終えるとマナ氏とトレヴィーニは同時に詠唱し、己の背後に無数の弾幕を張る。マナ氏は色という色を全てを揃えた弾幕を。トレヴィーニは己を象徴する純白と黄金の弾幕を。
 二人は同時に武器を持っていない空いた手を上げると勢い良く振り下ろす。
 同時に両者の弾幕が発射されていき、互いにぶつかり合って二人の体を包む形で空中に色取り取りの爆発が夏祭りの花火のように広がっていく。
 弾幕が発動者に当たる前に相殺されていく中、マナ氏はその手の剣を勢い良く横に振るう。トレヴィーニは扇子を己の前に広げる。
 次の瞬間、扇子がバラバラに砕け散った。しかしその後ろにいた魔女の姿は消えていた。
 マナ氏は全く驚きも怯みもせず、魔法陣を展開して詠唱する。すると己が出し続けていた弾幕が相殺されて出来た爆発よりもずっと大きな爆発を発動させ、より一層辺り一体を見えなくする。
 その最中、マナ氏の上下から巨大な黄金の掌が出現して勢い良く彼を押しつぶす。プチッという音……ではなく、何か嫌な音が手の中から聞こえた。
 だけどもそれは気のせい。
 だって瞬きする間には黄金の掌は消滅していて、少し血が流れているけれどもマナ氏の姿がそこにあるのだから。
 マナ氏が何時の間にか剣から変化した独特な形をした杖を握り締める。その直後、彼の目の前に唐突な形でトレヴィーニが出現していて彼の顔面へと殴りかかる。
 しかし拳は杖から発せられた目に見えないシールドによってギリギリで止められ、込めていた魔力をそっくりそのままトレヴィーニへと弾き返される。
 弾き返された衝撃にトレヴィーニは少々吹き飛ぶものの、マナ氏と間合いをとって相手を見て面白そうに笑う。

「おいおい、そんなものまで取り出すなんて無茶苦茶にも程があるぞ!」
「そりゃそうでしょう。こいつはあなたを滅ぼす為だけに私が生み出した兵器なのですから!」

 全身にダメージがあり、尚且つ血を流しているのにマナ氏は心底愉快でたまらないといった様子で杖を向ける。
 桃と白の二重螺旋で描かれたシンプルで短い柄、その先端につけられたのはデフォルメされた典型的な星。それだけ見れば子供の遊び道具のようにしか見えないけれども、それは違う。
 この武器は、始まりの存在が使ったといわれた夢の杖『スターロッド』なのだから。
 当然レプリカでしかないのだが、スターロッドから放たれる魔力はあまりにも圧倒的で常人が目の当たりにしたらその力の強さ故に触れる事すら出来ないだろう。先端から発せられる輝きは炎よりも眩しく、光よりも神聖さを見せ付けてくる。
 マナ氏はスターロッドを勢い良く振るい、その先端から煌びやかな星の弾丸を流星群の如くトレヴィーニ目掛けて放っていく。
 トレヴィーニは避けようとせず、己目掛けて放たれた星の弾丸をその一身に受ける。

「――!」

 言葉に出来ない激痛と力がトレヴィーニの全身に響き渡る。
 全身が穴ぼこだらけとなり、散り散りとなった風と風が繋ぎあっただけの姿となったトレヴィーニはスターロッドから放たれた流星群の力に歓喜を抱く。
 先ほどの攻撃なんかよりもずっとずっと力強く、耐え難いその力こそ否定の魔女が望んだもの!
 徐々に身体を回復させながら誰よりも恐ろしく誰よりも美しい否定の魔女は湧き上がる快感に震え上がり、にやにやと笑みを浮かべる。常人なら気色悪いと言われそうだが、この魔女がやっても美しいとしかいえない。
 そんなもの無視して、再びスターロッドを振るい流星群を突き落とすマナ氏。
 トレヴィーニはその身を麗しくも輝かしい半透明の水晶に包ませ、降り注ぐ星の雨を防ぐ。防ぎきると水晶を勢い良く回転させ、ドリルのような勢いでマナ氏目掛けて突撃させる。
 マナ氏はスターロッドを掲げ、己の正面に星型のシールドを発生させて攻撃を防ぐ。
 けれどもドリルと化した水晶は回転を強めながら、シールドを突貫しようとする。
 マナ氏がスターロッドの力を使って防御力を増やそうとするけれども、それよりも早く魔女がシールドを否定して己の身を突撃させてマナ氏を貫いた。
 ドリルの勢いによって細かい細かい肉塊と化したマナ氏がぼろぼろと大地へと落ちていく。
 トレヴィーニは己を包んでいた水晶を光の粒へと変え、扇子にその粒を集結させていく。扇子は光の粒によって徐々にその形を変えながら、クリスタルをモデルとした大剣へとなっていく。
 誰よりも美しい彼女はカービィの体格には明らかに合わない大剣を勢い良く振るう。その刃は鞭のように曲がりながら伸びていき、ある一点で止まる。
 その矛先の前にはバラバラになって落ちていった筈のマナ氏が平然と浮かんでいた。

「あなたは一体どこまでお見通しなのですか?」

 口調こそ驚いているものの、表情は平然としている無限の魔術師。
 否定の魔女は答えず、口だけをゆっくりゆっくり動かすだけ。彼女の口が閉じると共に、クリスタルの大剣がばらばらばらばらと小さな小さな水晶となって散り散りとなっていくと弾幕となって無限の魔術師の全身へと突き刺さろうと襲い掛かる。
 マナ氏はスターロッドを軽く振り、己の前方に無数の可愛らしい星を出現させて襲い掛かってくる弾幕を相殺させる。
 相殺の勢いで再び二人を色取り取りで見ている分には綺麗だなと思える大きな爆煙が包み込む。
 その中でマナ氏とトレヴィーニは互いに宙を蹴り、魔力を込めた拳を相手目掛けてぶつける。
 拳と拳がぶつかり合い、再び辺りに大きな魔震動が響いて爆煙だけでなく遥か下に位置する地上の兵士達さえも吹き飛ばしていく。

「スターロッドの力、そこまで再現していたとはな」
「Mahouの粉の応用ですよ。まぁ、ここまで上手くいくとは思っていませんでしたけどね」

 スターロッドは所有者の夢を叶える力を持っている。だからこそマナ氏が望めば、一回殺されても蘇る事ができたのだ。
 人の願望を叶えてしまうMahouの粉を生み出した張本人でもあるマナ氏だからこそスターロッドという神器をこの世に生み出す事が出来たのだろう。
 あぁ、やはりこの男は……素晴らしい! だからこそ愛しすぎる。愛しさと共にずたずたに殺してしまいたい!!
 絶頂すら感じる否定の魔女は興奮を全く抑えず、己とマナ氏の足元に魔法陣を展開させてそこから巨大な竜巻を吹き上がらせる。その竜巻は数多くの大気を飲み込み、大地を削り、災害へと化していく。
 荒ぶる竜巻の中、マナ氏は流れに乗ってしまい、その全身に竜巻から生じられるかまいたちによって傷ついた全身を更にズタズタに切り裂かれていく。
 竜巻の中心部にいるトレヴィーニはその手に彼女自身を再現したような真紅の宝玉がつけられた細長くも美麗なフォルムをした杖を出現させると神に祈りをささげるように掲げて宝玉を輝かせる。
 直後、竜巻がそのままの形で硬化するとそのままひび割れていって粉々に崩れ落ちていった。
 マナ氏もまた全身を紅に染めたまま、大地へと再び落ちていく。
 トレヴィーニは宙を蹴り、己も落下してマナ氏の真上に行くと勢い良く杖を振り下ろしてその顔面に打撃を加える。
 痛い音と生々しい小さな悲鳴がマナ氏から漏れるものの、当の本人は杖の宝玉部分を片手でつかむ。つかんだその手に魔力を込め、己を巻き込んでの爆発を起こす。
 鼓膜が破けてしまいそうな音が辺りに響き、その余韻である爆風によって竜巻だった瓦礫も散らばるように落ちていく。
 至近距離での爆発をまともに食らったトレヴィーニは血反吐を吐きながら吹き飛んでいく。
 己も大ダメージを食らいながらも無理矢理体勢を整えたマナ氏はスターロッドを振るって己の傷を完全回復させる。ただし出血までは戻らない為、全身血みどろなのに変わりは無い。
 まだ吹き飛んでいくトレヴィーニに対し、マナ氏はスターロッドを構えると何度も何度も振ってカービィ大の星を彼女に撃ち続ける。
 星が一つ、二つ、三つ、トレヴィーニに直撃していって確実なダメージを与えていく。
 四発目が当たろうとしたその時、トレヴィーニは杖を前に出して結界を張って防ぐ。それ以降の星も結界によって全て防がれてしまい、彼女にそれ以上の傷を与えられなかった。
 攻撃が止んだのを確認するとトレヴィーニは己の傷を否定して回復すると、杖の先端をマナ氏に向けて足元に魔法陣を展開させる。
 マナ氏も何が来るのか理解したらしく、スターロッドの先端をトレヴィーニに向けて足元に魔法陣を展開させる。
 共に杖の先端と魔法陣に強い強い光と魔力を込め、確実にダメージを与えられるように微調整しながら相手を睨みつける。
 視線が合った時、二人はそらさずに互いに狂った笑みを浮かべた。
 次の瞬間、マナ氏のスターロッドからは無限大の星が何万にも重なった砲撃が、トレヴィーニの杖からは黄金の風が集合した砲撃が、同時に放たれた。
 その砲撃は魔力があまりにも高いだけでなく、幅も大きさも太く太く、山を軽々と貫けてしまいそうな代物だ。
 そんなとんでもない代物が互いにぶつかり合い、この場一体に魔震動が広がっていく。
 ピッタリ中間地点でぶつかり合う魔砲撃。その余韻である相手の魔力によって、マナ氏とトレヴィーニの両者の杖をつかむ手がひび割れるように傷ついていき、その整った顔にまでどんどん裂傷が増えていく。
 それでも二人は攻撃を止めず、魔砲撃に加える魔力を高めていく。魔砲撃の幅も威力も更に太くなっていき、そこから生じられる魔震動も辺りに凄まじい勢いで響いていき、地上にいる観客達の大半を更に数十メートル吹き飛ばしていく。
 どちら共に諦める気配が無く、力で相手を吹き消す気満々だ。どっちも辺りの影響なんて全く考えていない。
 トレヴィーニが更に魔砲撃の力を強めようとしたその時。
 彼女の左右に魔法陣が展開し、そこから二つの飛行物体が出現する。
 二つの飛行物体はトレヴィーニが防御を張るよりも早く、突撃して彼女の身体を貫いてその場に磔にした。
 その痛撃によってトレヴィーニの魔砲撃も収縮され、マナ氏の魔砲撃がそれを飲み込んでいってそのままトレヴィーニを消し炭にしようと突撃していく。
 魔砲撃が目前と迫ったその時、トレヴィーニは杖をマナ氏の魔砲撃に向けて否定を発動させる。

「砲撃否定!!」

 直後、トレヴィーニのすぐそこまで迫っていた魔砲撃は唐突に消えた。
 そのままトレヴィーニは己の身を黄金の風に変化させ、飛行物体から逃れるとマナ氏の背後に回って実体化する。
 マナ氏は振り返るとそのまま流れるようにトレヴィーニから距離を取り、二つの飛行物体のすぐ前の位置で止まる。
 すっかり赤黒く染まってしまったマナ氏は息切れする呼吸を整えてからトレヴィーニに話しかける。その口調に余裕は無い。

「やはり否定は反則だ。私がどんなに攻撃を込めても、結局台無しにされてしまう」
「それはこちらの台詞だ。妾の否定でもカバーできんほどの猛攻を繰り返してきおってからに」

 トレヴィーニも余裕は無く、恨めしそうにマナ氏の後ろにある飛行物体を睨みつける。
 片方は天駆ける竜をモデルにしたような白の体躯に赤の紋様が描かれ、虹色の水晶を尾羽にさせた物体――ドラグーン。
 片方は雄雄しい緑の角を三つ持ち、いかなるものでも破壊するという意志を強く現せた物体――ハイドラ。
 マナ氏はあれほど力を放っても輝きを全く失ってないスターロッドをトレヴィーニに向け、不敵な笑みを浮かべる。

「数多の天を駆ける虹の翼ドラグーン。敵を終結に導く破壊の王ハイドラ。そして夢幻を叶える絶対なる守護の杖スターロッド。これらが私流否定の魔女打倒の三種の神器ですよ……!」

 その言葉を聞き、トレヴィーニはマナ氏がついに全ての切り札を取り出した事を悟る。
 そしてこのまま戦うのは礼儀に反すると判断し、トレヴィーニは杖を消すとマナ氏を見つめながら言う。

「貴様が本気を出すというのならば、この妾も本気となろう。妾に三種の神器は無いけれども――」

 トレヴィーニの身体が光に包まれていく。
 小さな球体は徐々に縦へと長くなっていき、途中でくびれを作り出していく。その際に両手足も細長く伸びていき、大きくなったトレヴィーニの身体に相応しいものへと変わっていく。
 何も身に着けていない裸体だったが彼女の胸元から生えてくるように白い布が出現し、リボンのように全身を包み込んでいってその裸体を覆う。
 下腹部からつま先まで大きく広がったフリルがふんだんに使われた純白のスカートが包み込み、地についてしまいそうなぐらい長い白銀の長髪を上から彩るのは二つの白いリボンがつけられた半透明のヴェール。
 その裸体を包んだ光を解き放ち、雪のような白い肌をあらわにさせて真っ赤な瞳をゆっくりと開く。
 ロング手袋を前に出し、光の粒によって形成される扇子をその手に取ると勢い良く広げて口元を隠すとそのまま妖美な微笑を浮かべてマナ氏に話しかける。

「――この姿は、あるからな」

 否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガンが成した姿は、人間そのものだった。

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 三種の神器を取り出した無限の魔術師と人間という存在の姿をとった否定の魔女。
 両者共に更に全力を振り絞り、己の中にある闘争の本能に従い目の前の宿敵を完膚なきまでに滅ぼそうと躍起になっている。
 これまでの戦いだけで人を超越した壮絶すぎる闘いだというのに、大きなダメージを負っているけれどもまだどちらとも倒れる様子は無い。どっちも回復能力が異常に高いから仕方ない事なのかもしれないが、連続で大技を出しまくっているというのに相手から食らった技でのダメージでしか疲労が無いのはどういうこった。
 世界大戦最期にして最大の闘いの中、マナ氏は姿を変えたトレヴィーニに見惚れていた。

「これ、は……予想外……」

 参った、と言いかけるもののそれはごくりと飲み込む。
 しかし何時も柔和な笑みを浮かべている彼にしては珍しく顔を赤くし、ただただ姿を変化させたトレヴィーニを眺めていた。
 この大国では決してお目にかかることがない『人間』という伝説に近い存在。初めて見た時は猿の仲間なんだと納得していたのだが、それは己の思い違いであった。
 宝石のような輝きを持つ真紅の瞳はより扇情的となり他者の心をつかむ。薄い口紅が塗られた唇はぷるんと柔らかそうで、深く深く味わいたくなるもののそれを吸ってしまったら終わってしまう気がしてならない。
 ヴェールで飾り立てられた足元まで届いてしまいそうなとても麗しい白銀の長髪を除けば、露出している肌から毛は生えていない。それどころかその肌は雪のように白く、触れてしまうだけでも汚してしまいそうな繊細さと優美さを兼ねている。
 否定の魔女の象徴とも言えるウェディングドレスもカービィの時に比べるとフリルやリボンなどが多く細かく飾り付けられ、それでいて尚彼女の美しさを更に引き出しているのは最早職人技ともいえよう。
 白銀の長髪も、真紅の瞳も、柔らかそうな唇も、一国の女王を連想させる純白の花嫁衣裳も、全てが全て――世界大戦という物語を起こした否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガンを象徴させている。
 ただでさえカービィの姿の時は大国一と言っても過言ではないぐらい美しかったというのに人間の姿になった途端、彼女はこの世界中の何よりも美しいと錯覚させてくる。
 今の彼女を例えられるものは無いだろう。何故ならばこれほどまでに究極と至高の美麗を体現した存在はいないのだから――。

「おやおや、マナともあろうものが妾に見惚れているとは……。珍しいものを見た」

 貴族そのものといった様子で優美な微笑を浮かべるトレヴィーニ。
 声をかけられ、ハッと我に返ったマナ氏はすぐさま何時もの柔和な笑みを浮かべてお得意の丁寧口調で返す。

「仕方ないでしょう? 誰よりも愛しい花嫁が更に美しくなったんですから、見惚れてしまうのは寧ろ当然のことです」
「開き直ったな、貴様」
「話が進みませんし、私は自分にとっても正直でしてね。それにあなたがそのような姿になったということはカービィという枠から離れたということ」
「……さすがは妾の花婿だ。察しが早くて助かるよ」

 カービィというこの世界の人種という枠から外れた事。ソレ即ち、カービィそのものにかけられた制限を自ら解き放つ事。
 否定の魔女トレヴィーニというカービィは消えた。ここに存在するのは種族さえ関係ない否定を司る唯一つの存在。
 今まではカービィであるマナに合わせて己の無限なる魔力によるごり押しで戦っていたけれども、ここからは違う。トレヴィーニの二つ名である「否定」を何の遠慮も無く、使うという事。
 カービィと人間、どちらが本来の姿なのかは知らないがそれでも分かるのは――彼女が正真正銘の全力を発揮するという事。
 しかしマナ氏はその姿になった事に疑問を持つ。

「何故ですか? 人間の姿にならなければ、全力で否定できないのですか?」
「……いいや、それは違うよ。妾はあくまでもトレヴィーニ一個人としてマナ一個人と戦いたいだけ。だからこの姿になったのだよ」

 その言葉を聞いて、マナ氏はトレヴィーニが何を言いたいのか唐突に理解した。
 彼女と同等に戦える時点で予測はしていたものの初めて心の底から愛しいと思った花嫁に突きつけられるとどうも心にくる。
 トレヴィーニの姿とその言葉から辿られる事実は、つまりそういう事なのだから。
 胸に痛みを感じながらも、マナ氏は目の前の魔女に確かめる。微笑もうとして、失敗した中途半端な悲しい顔で。

「つまり、あなたは私を愛しているけれども私を愛していないんですね」

 純白の花嫁は頷いた。
 マナ氏はそれを聞いて「やっぱり」と納得した。
 ――私が唯一愛した女性も、私を認めてはいなかったのですね。
 悲しさと切なさをマナ氏が浸りかけた寸前、トレヴィーニがマナ氏の顔スレスレに扇子を突きつけてそれを阻止した。

「妾のマナよ、これ以上の戯言は必要ない。どっちにしろ、これで妾と貴様と彼奴等が揃い、長い長い年月の中で奏でたこの物語は終わるのだ。さぁ、戦いを再会しよう。貴様は三種の神器を出した以上、ここで引く事は許されていない!!」

 その激励を聞いて、マナ氏はハッとする。
 そうだ。こんなところで落ち込んでいてはつまらない。己が彼女の前に立ちはだかったのは、己の闘争欲を限界まで満たす為!
 折角のラストダンスを自分が台無しにしてしまっては意味が無い。長い長い年月をかけてここまで来たんだ。誰よりも愛しく、誰よりも殺してしまいたい、誰の手にも届かない花嫁を己の手中にする為に!
 向こうが「否定」を開放するのならば、自分もまた三種の神器と魔力の全てを賭けてこの命が消滅するまで戦い続けるのみ!!
 覚悟を決めたマナ氏は不敵な笑みを浮かべ、スターロッドで扇子を払い飛ばしてトレヴィーニに言い放つ。

「あんたこそ、そんな姿になってまでこの私を思い切り傷つけたんだ。……簡単に消えないでくれよ?」

 その口調は今までのマナ氏とは全く違う。けれどもそれが本当のマナ氏だと理解するには時間がかからなかった。
 トレヴィーニは愛しき小さな花婿にくすりと小さな微笑を向けた後、両腕を左右に伸ばしてあの言葉を呟く。

「否定しよう」

 次の瞬間、否定の魔女とマナ氏と三種の神器以外の全てが消えた。
 空を眺めようとしても白。地上を見下そうとしても白。辺りを見渡しても白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。白。全てが白。奥行きも何も無い、ただ白だけが広がる世界。
 どこからどこまでこの白は続いているのだろうか? それこそ世界の果てまであるのだろうか? 上下左右、四方八方、全てが全て、真っ白なキャンパス。無地の白。
 それもその筈。「否定」されたのだから。魔術師と魔女からすれば世界が否定されたように見えるだろう。世界からすれば魔術師と魔女が否定されたように見えるだろう。どちらが真実なのかは分からない。
 ただ白の世界に放り出された二人が行うのは、世界大戦最終戦争だけ。だから真実などどうでもいい。
 マナ氏は三種の神器を輝かせ、トレヴィーニは両腕を下ろし、互いに宣戦布告する。

「あなたを夢と消して差し上げましょう。誰よりも美しく、誰よりも在ってはならない否定の魔女、トレヴィーニ!!」
「この永い物語を貴様の手で終わらせてみせろ! 誰よりも強く、誰よりも哀れな無限の魔術師、マナ!!」

 白だけの世界に二人の叫びが広がっていく。それが、第三ラウンドの合図となった。

 ■ □ ■



 世界大戦と呼ばれた物語の最終章終幕――無限の魔術師と否定の魔女の戦い。



 それは人々が思っているよりもずっとずっとずーっと壮絶で、あっけなくて、無茶苦茶で、けれども誰にも負けないものだった。



 だけども戦いの終局の時、魔術師も魔女も思った。「これが、望んだ結末なのか」と。



 ■ □ ■

 単刀直入に言おう。白の世界で行われた最終決戦最期の闘いはとてもじゃないが描写できるものではなかった。
 血で血を洗う血みどろの戦いではない。力と力をぶつけ合うだけの戦いではない。
 ただ、それはマナ氏とトレヴィーニにしか成しえない戦いとしか言えなかった。
 トレヴィーニが否定を繰り返すたびに、マナ氏が三種の神器を使って打ち破って確実にダメージを与えていく。
 しかし否定の力を最大限に使う魔女はそのダメージを全て否定し、再びマナ氏に魔法でも能力でもない言葉に出来ない力でマナ氏に痛撃をひたすら与えていく。
 マナ氏はダメージをスターロッドで回復させ、ドラグーンとハイドラを直接突撃させたり、貯めさせた力を解放させてトレヴィーニに何度も何度も何度も傷を与えていく。
 けれどもトレヴィーニはその傷さえも否定し、マナ氏に苦痛という苦痛を与えて与えて与え続けていく。
 けれどもマナ氏は苦痛に耐えながら回復し、己の魔力を最大限まで貯めた大魔法と二つのエアライドマシンで攻撃を繰り返していく。
 その闘いから発せられる二人の力は二人以外の人物ではきっと神か魔女ぐらいしか耐えられる事はできないだろう。けれども何度も何度も行われる二人の全力攻撃を耐え切れる者はいないに等しいだろう。
 しかし二人はそれさえも大部分回復する事が出来てしまい、延々と繰り返してしまう。ただただ相手に負けず、己が勝つという執念に近い望みの為に。
 あぁ、それは何秒、何十秒、何分、何十分、何時間、何十時間、何百時間、繰り返されたのだろう。それは誰にも分からない。闘っている二人でさえ、時間がどれだけ経っているのか把握できていない。
 ただ同等のレベルで、宇宙の如く無限に力がありすぎるが故に、何時まで経っても決着がつかない。このままではただのくだらない遊戯になってしまう。誰もが飽きてしまうつまらない劇になってしまう。
 世界大戦という惨劇に満ちた巨大な物語の結末がこんなものでいいのだろうか?
 答えは「否定」である! 戦いには、男女には、物語には、全てには、絶対に終結がある!!
 だから――三種の神器を操る無限の魔術師とカービィを捨てた否定の魔女は、最期の一撃を共に行う事にした。

「あんたが未来永劫滅ぶ事を私は望もう」
「妾はこの一撃で貴様が完全に滅ぶ事を望もう」

 誰よりも誰よりも愛しくてたまらなく、けれども己の手で絶対に殺してしまいたい宿命の相手に最後の言葉を交わす。
 マナ氏は己と三種の神器スターロッド、ドラグーン、ハイドラに出せる限りの最大限の魔力を宿す。
 トレヴィーニは白に満ちた否定の世界さえも崩しながら、己の中の否定の力を一点に集中させる。
 両者が貯めていく最初にして最後の全ての力だけで、何もかも消え去った白の世界が歪んでいく。崩れていく。保てなくなっていく。終末へと導かれようとしている。
 だけども二人はそんなもの全く気にせず、己の全ての力を放出して目の前にいる伴侶を滅ぼそうと全力を尽くす。
 無限の魔術師と三種の神器から発動された力と、否定の魔女が繰り出した世界さえも崩していく否定がぶつかり合う。
 その瞬間、マナ氏の意識が、感覚が、魔力が、能力が、力が、白という白に包まれて、そのまま――途切れてしまった。






























































 マナ氏が全てを取り戻し、目覚めた時には己のベッドの上にいた。
 兵士達がいうにはドラグーンもハイドラもバラバラとなり、スターロッドも光を失っていたけれどもトレヴィーニは何時の間にか出現した魔道書によって封印されたとのこと。
 しかしそれは嘘だとマナ氏は察する事が出来た。何故ならば自分はトレヴィーニを封印するのではなく、完全に殺す為に全ての力を放出したのだから。
 だからマナ氏はエンペラーに尋ねた。「トレヴィーニを封印したのはあなたですか」
 エンペラーの答えは結論から言ってしまうと「YES」だった。
 彼が言うには二人とも一瞬だけ姿を消えるものの、すぐに姿を現してそのまま大陸全体に響いていくほどの力を両者共に発動したのだという。
 無限と否定のぶつかり合いから発せられた白色の力はこの世界至上二度とありえないだろう力の強さを皆に叩きつけ、心身共に与えられる強大なダメージには誰もが耐えられずに倒れていき、終わる頃には両手で数えられる程度の者しか戦場には立っていなかった。
 その中央、力の発信源の片割れであるマナ氏は力尽きて物言わぬ死体のように倒れこんでいて、同様に全力を尽くしたスターロッドは完全に輝きを無くし、ドラグーンとハイドラに至っては三つのパーツに別れてただの物質と変わり果てていた。
 その一方でトレヴィーニは全身に重傷を負い、同様に倒れこんではいたものの――意識そのものは消えていなかった。

 最期の一騎打ちは、僅かな差でトレヴィーニが勝利をつかみとっていたのだ。

 それでもトレヴィーニは一歩も動けず、ただ少しずつ少しずつ己の身を回復させる事で精一杯な状態だった。
 立っていられた者達はその隙に乗じて己等の力を発揮し、トレヴィーニ封印を実行した。その中に神と呼ばれる存在達もおり、相当な時間をかけながらも瀕死状態のトレヴィーニを確実に封印していった。
 封印した理由は簡単だ。下手に戦って「否定」されてしまう事を恐れたからだ。戦いを始めてしまえばきっとトレヴィーニは己のダメージ全てを否定して再び世界大戦を起こせる状態に舞い戻ってしまうだろうと、誰もが推測できたのだ。
 だから、彼らは封印した。マナ氏が瀕死まで追い込んだトレヴィーニを魔道書に勝手に封印した。
 しかしトレヴィーニはそれを良しとしなかった。

「否定してやろう! 永久なる封印を否定してやろう!! 良いか、良く聞け!! 馬鹿な旅人が何時の世か、妾を目覚めさせるだろう!! 今ではない、しかし近い将来だ!! 妾の言霊は絶対だ! これは現実となる!! それまでせいぜい平和に暮らせ! そしてその時が来たら無様に足掻き、滅び行く姿を見せろ!!」

 トレヴィーニは最期の力を振り絞り、否定をかけた。
 だがそれは年月の話。封印そのものは何故か否定せず、彼女は封印を行った者達と漸く目覚め出した戦士達が見守る中、力尽きるように魔道書へと封印されていった。
 その際、彼女は否定の魔女として見せ続けてきた絶対なる破壊者の姿を凛と保っていた。
 このやり取りの中、マナ氏は目覚めなかった。

 これが真実。マナ氏が封印したというのは戦士達の勘違いと封印を行った者達によるデマ。
 マナ氏は広がってしまったデマに耐え切れず、トレヴィーニをこの手で滅ぼす手段も絶たれてしまった為、人知れぬ地へと消える事を決意した。
 その際、三種の神器を誰にも触れさせる事が出来ないようにと長い年月をかけて隠していった。トレヴィーニを殺す為だけに用意した武器を何時までも持っていては意味が無いからだ。
 だけども信じていた。否定の魔女トレヴィーニが再びこの世に蘇る事を。
 彼女の否定は絶対だ。よっぽどの例外が無い限り、絶対に覆される事は無い。今ではない、しかし近い将来に彼女は馬鹿な旅人によってこの世に再び目覚める。
 だから己は黄金の風が世界に響き渡るまで、待ち続けよう。
 無限の魔術師マナという存在は、否定の魔女トレヴィーニ・フリーア・フェイルモーガン無しではもう生きられないのだから。





 これが「世界大戦」と呼ばれた物語の終末。これが後に「否定の魔女」と呼ばれる物語への長い長いカウントダウンの始まり。











  • 最終更新:2014-05-29 18:32:04