第三十三話「ようこそ三日月島」


 三日月島はいつものようにとっても良い天気。
 きらきら輝く太陽がとっても眩しいけれどあったかい! 時々あったかい通り越して暑くなっちゃうけど、そんな時はアイス屋さんに行ってアイスを買って食べちゃおう。
 ここは大国のある大陸に比べるとそんなに発展してないけれど、それでも人々はとってもあったかい。
 そんな三日月島の住民、蛙の被り物をした女の子……あ、間違えた。男の子の夏湯は浜辺に近い草原を歩きながら手で影を作りながら朝日を見上げる。

「朝日がとっても綺麗なノ~!」
「もふー!」

 そんな夏湯に同感するのはわた飴みたいにふわふわした毛を持つ兎の耳を持つ種族モフモフの子供だ。
 夏湯は何時の間にか隣に来ていたモフモフに挨拶してから尋ねる。

「あ、モフモフさんおはようなノ。モフモフさんも見に来たノ?」
「もふ! もふもふ!」
「そうなノ。それじゃ一緒に見るノ!」
「もっふもふ!」

 夏湯がそう言うとモフモフは嬉しそうに頷く。
 そんなのどかな光景の中、きらりと草原の上にある空に何かがあるのが見えた。
 何だろうと思って二人は良く目をこらす。鳥……というには少々形状がおかしいし、翼が固定されている。というか徐々に大きくなってきているのは気のせいだろうか? 否、気のせいではない。
 何故ならばソレは二人のいる草原目掛けてまっすぐに落ちてきているのだから。

「やばいノ!!」

 夏湯は即座に判断すると己の身を水で出来た巨大蛙に変幻させ、その背中からを触手を生やすとその触手でモフモフの腕をつかむ。そのまま蛙化した夏湯は跳ねて跳ねて跳ねまくって草原から一気に離れ、横にある森の入り口にギリギリ滑り込む。
 同時に先ほどまで二人がいた草原に空から二人が見たモノが勢い良く滑り落ちてきた。
 あまりにもスピードがつきすぎていて良く見えなかったものの、白くて細長い物質――飛行機なのはどうにか分かった。
 飛行機はタイヤを出して着陸しようとするものの勢いがつきすぎている為、中々止まらない。このままだと浜辺から海へと一直線だ。
 とんでもない光景を目にするんじゃないかと元に戻った夏湯とモフモフが慌てふためく中、飛行機は草原を抜ける一歩手前でギリギリ止まる事が出来た。
 ホッとしながら夏湯とモフモフは恐る恐る森から出て、飛行機を見ようと近づいていく。
 で、気づく。この飛行機、何かおかしくないかと。飛行機にしては先端部分が何か丸っこいし、何か大きな灰色の足っぽいのついてるし。明らかに普通の飛行機じゃない
 一体何だろうと思いながら飛行機の先端部分の横まで移動したその時。

「あ」
「もふ?」

 先端部分についてる目と目が合った。
 しばしの沈黙が走った後、夏湯は絶叫した。

「じじじじじじ、人面飛行機なノおおおおおおおおお!!!!???」

 それはサザンクロスタウンの生存者を乗せた巨大豪鉄であった。

 ■ □ ■

 サザンクロスタウンから無事生還できた二十四名(ノアメルトは何時の間にかいなくなっていた)はその後三日月島の住民達によって救出され、観光用に用意されているホテルと病院から緊急でやってきた医師達の手もあって傷は無事に完治。
 コーダが大国防衛隊と通信を行い、救助を要請した為に一週間後には三日月島に救援が来るようになっている。
 その間彼等はサザンクロスタウンで繰り広げた死闘の分だけ休息する事にした。
 軽く情報交換はしたものの、やはり疲れは癒えていないからだ。それにナグサ達の目的であったマナ氏もサザンクロスタウンにいたらしく、現在は三日月島にいないのだからやる事も無いし。
 丁度三日月祭りというお祭りも近日あるらしいので、彼等はそれぞれ休息を得る事にした。

 サザンクロスタウン脱出から二日経った日、ホテルの一室でナグサは怒っていた。
 怒れるナグサの前で座らされているのはミルエ、ツギ・まち、タービィという組み合わせだ。誰もが冷や汗たらしながらナグサの顔色をうかがっている。
 出来る限りの笑みを作りながらナグサは怒りを含めた猫撫で声で三人に確かめる。

「ミルエちゃん、ツギ・まち、タービィさん。僕がこんなに怒っている理由分かってるかな? かな?」
「えっと食い逃げしちゃって……」
「でも無駄に渋い兎に見つかって、それでバレたから……ぜよ?」
「~~~……」

 三人(といっても一名理解出来ないけど)が冷や汗を更に流しながらその理由を答える。
 それを聞いたナグサはうんうんと頷く。

「うんうん、三人とも分かってるみたいだね。分かってるなら何で……、食い逃げしたんだお前等あああああああああ!!!!」

 そしてホテルに響き渡る勢いで思い切り怒鳴った。外の木で休んでた鳥が一気に飛んでった。
 勢いのありすぎる怒号に三人揃って耳を塞ぐものの、ナグサはそんなの気にせず食い逃げをやった彼等に向かって説教を開始する。

「普通に買い物するなら良いよ? でもね、お金持ってるのに食い逃げとはどういう了見なのかな? というか前回もそれやって痛い目あいかけたでしょーが!! そのぐらいちゃんと理解しているの、あんた達!? そのツケ払わされるの僕とチャ=ワンさんなの分かっているの!? 大体ね、三日月島に来てまでやるかそこ!? 一応僕らはあの人達に助けられた側なんだよ! その辺分かってんの!?」

 以下エンドレス。このまま数十分かかります。ある種の拷問ですね、分かります。

 ホテルの廊下にて、ガンガンもれてる大音量の説教に無関係なので部屋から逃げ出す事が出来たちるは顔を青ざめていた。

「な、ナグサ君滅茶苦茶怒ってる……」
「二日連続でやられりゃ誰だってキレるよ。でも地雷君煩すぎ、こっちの鼓膜が破れるよ」

 ちるをシルクハットの上に乗せ、ため息をつきながら毒舌を吐くのはローレンだ。
 狂気の人形屋と動く人形が一緒にいるのも変だとは思うが人形屋敷の件がある為、ローレンはちるには手を出さないから別に問題は無いのだ。
 そんなローレンの言い分にちるは納得してしまう。確か一日目もバレて説教くらったんだから、今回のも自業自得だ。
 その時、片手に荷物の入ったビニール袋を持ってホテルに戻ってきた絵龍が二人に話しかけてくる。

「ナグサ流説教地獄は今日も続いてるみたいっすねー」
「あ、絵龍さん」
「あ、オタクメガネ」
「……ローレンさん、誰がオタクメガネっすか」
「いや、ヒッキーを説得する時に意味の分からない単語並べて懐柔された人が反論しても全く説得力ないよ」
「ぐはっ」

 絵龍、正論言われて撃沈。凹みそうになって倒れかけたけどそれはギリギリ耐えた。
 二人の会話を眺めていたちるはふと気になる単語を聞いたので尋ねる。

「ナグサ君流説教地獄って言ってましたけど他にもそれをやっている人がいるんですか?」
「あー、イブシ隊長が大の説教好きでね。自分、それをやられた経験あるんすよ」
「うげっ、悪趣味な奴。地雷君以外にもやる奴いるのかよ」
「ぶっちゃけコレの何十倍もきついっすよ? ……あぁ、思い出すだけで辛い!! 自分は修行僧じゃないっす~!! だから正座崩しただけで叩くのはやめて~!!」

 イブシの説教地獄を思い出した絵龍は頭を抱え、絶叫する。どうやらかなりのトラウマのようだ。
 地雷踏んでしまったとローレンがちょっぴり後悔しながらも放っておいてそのまま歩いていった。ちるは言い返そうとするけれど、今の絵龍は放っておいた方が良いと判断して何も言わなかった。
 まだまだ聞こえるナグサの説教をBGMにして、階段を降りていくローレン。
 その際にふと見た廊下では一室の前でチャ=ワンがどんどんとドアをノックして誰かを呼びかけているの目にした。

「シアン殿、そろそろ出てきてはどうでござるか? もうサザンクロスタウンではないのでござるから大丈夫でござるよ?」

 けれども返事は無く、廊下に静けさ……じゃなくて上の階から聞こえてくるナグサの説教が響くだけだ。
 チャ=ワンは思わずため息をついてしまう。
 だがシアンの引きこもる理由も分からなくは無い。
 キング・ダイダロスによって親友を殺されただけでなく、目の前で人食される光景を見せ付けられ、四方八方をダイダロスに囲まれる地獄に叩き落とされてしまって無傷でいられる方が奇跡に近いのだ。それにミラリムの救出が間に合ったからいいものの、下手していたらシアンも死亡者の仲間入りをしていた。
 こんな悪夢のような事件の後ではトラウマになってしまっていても何の不思議も無いのだ。
 だからといってこのまま引きこもらせるわけにはいかない。でも肝心のシアンが出てきてくれないのだ。
 チャ=ワンがどうするべきかと思案している中、ちるとローレンは彼に近づいて話しかける。

「チャ=ワンさん」
「ヒッキー、まだそん中にいんの?」
「あぁ、ローレン殿にちる殿。ここに来てからずっとこんな調子でござるよ」
「……大好きな人が目の前からいなくなっちゃったら、苦しいからね」

 己の前から消えた愛しい王子様の事を思い出し、ちるは今のシアンの気持ちを理解できた。
 だがローレンはそれに異議を唱えた。

「でもさ、それってアホなだけじゃん。何で一々閉じこもらないといけないわけ?」
「どういうことでござるか?」
「世界大戦とかレッドラムじゃ殺人は良くあった事だし、僕さまからすればカルベチアをぶっ殺した奴を人形以上にぶちのめせばいい話。まっ、それは僕さまに出来る力があるから言える話でグチグチ泣いてるお子様には無理だろうけど」
「うるさいっ!!」

 ローレンがわざとらしく大きな声で説明している中、部屋の中から少女の怒鳴る声が聞こえた。若干泣き声交じりなのは三人の耳にしっかりと届いた。
 ちるとチャ=ワンがどうにか慰めようとするも、それよりも早くローレンがズバズバと彼女を責めていく。

「うるさい? うるさいのは地雷君の説教BGMでしょ? 僕さまはちるとチャ=ワンに話していただけで、君に話していた覚えはないんだけど? 引きこもりが勝手に口出さなくていいっての。口しか動かない足手まといは引っ込んでてくれない? すっごくうざくてたまんないんだけど」

 扉の向こうからの返事は無い。言い返す言葉が見つからないようだ。
 弱い奴だとため息をつきながらローレンが更に責め立てようと口を開こうとした時だった。

「はい、そこまでー! ロー君、いじめすぎ!!」

 何時の間にか来ていたソプラノに後ろからマントを引っ張られたのは。
 引っ張られたローレンは潰れた蛙のような声を出してしまい、シアンを責めるのを中断してしまう。
 ナイスタイミングで止めたソプラノにチャ=ワンは親指(あるの?)を立て、ちるはぱちぱちと拍手を送る。

「ぐっどたいみんぐでござる!」
「ソプラノさん、凄いです!」
「いや、偶々だよ。にしてもさっきのは酷くなかった、ロー君?」

 ソプラノにそう言われるけれどローレンは反省した様子も無く、普通に言い返す。

「僕さまは正論を言っただけだよ。説教BGMのところはあってるっしょ?」
「そこは確かに正論だけどその後が酷いって言ってるの! 君の基準でズバズバ責めない。アレ、虐め入ってるよ!?」

 ソプラノが説教し始めた為、ローレンは両耳を塞ぎながら声を上げるとちるを乗っけたまま逃げ出した。

「あー、地雷君以上にうるさいBGM! ちる、悪いけど僕さま逃げるよ。繁華街方面に!」
「え、あ、ちょっと!?」
「あ、こら! 逃げるなー!!」
「逃げるよ! 昨日食い逃げトリオのせいで食べられなかったカレーうどん食べたいんだし!!」

 ローレンはそう言い返してから、階段を駆け下りていってソプラノとチャ=ワンの目の前から逃げ去った。
 思った以上の素早さに捕まえる事も出来ず、二人は台風の如く過ぎてったローレンをただ見送る事しか出来なかった。
 そんな時、シアンが引きこもっている部屋の扉が開いてシアンが出てくる。
 出てきたシアンに驚きながらも、チャ=ワンは尋ねる。

「シアン殿! どうしたのでござるか?」
「……カレーうどん、食べたくなった」
「は?」
「だから! カレーうどん食べたくなったの!! 変な勘違いしないでよ。あいつにボロクソ言われたのが悔しいわけじゃないんだから」

 思い切りテンプレ通りのその言葉を聞いて、チャ=ワンとソプラノにはある単語が浮かび上がる。
 それ即ち「ツンデレ」の四文字が。

「ソプラノ殿、こういうのがアレでござるか?」
「うん、ワン君の考えてるアレで合ってると思うよ」
「うっさい、黙れ! それよりもカレーうどん!!」
「はいはい。そんじゃ行くでござるか」
「あ、あたしも着いてっていいかな? 昨日は食い逃げトリオのせいで食べれなかったし」
「……勝手にすれば?」
「オッケー」

 そんな感じで三人はのんびりとした様子で繁華街へと向かっていった。

 ■ □ ■

 三日月島:繁華街。
 独特なアジアンテイストの町並みが広がり、人と人との繋がりが豊かな街中。
 真っ赤に輝く太陽の下、彼等はのんびりと過ごしていた。
 ちなみに彼等とはアイス屋「なんたって神様だもん!」の前にて、冷たいアイスを食べる五人組の事だ。

『地獄から 抜け出したとこ 天国だ』

 その五人組の一人、ダム・Kは看板を使って今の心境を伝える。
 けどそれを見た四人からのツッコミは甘くなく、寧ろ辛かった。

「五・七・五にはなってますけどベタすぎませんか、それ?」
「それならたった一週間程度の天国にならないか?」
「確か一週間後には本城に戻るんですし」
『あ、マスター、それ乳酸菌入ってるなら頂戴』

 上からフズ、カタストロ、セツ、ミラリムの四段コンボ!
 サザンクロスタウン編では接点が無いメンバーなのだが三日月島に避難して以降はそれぞれ繋がりを広めているらしく、これもその一団と見てもおかしくないだろう。カタストロに関してはセツとフズにラルゴ経由で繋がりが元からあったし、ダム・Kとフズは大国防衛隊同士でもあるから仲良くなるのも不自然ではないし。
 とはいえ、色々ツッコミされまくったからダム・Kはやや凹んでいる。あ、自分が注文したヨーグルトアイスはミラリムにあげてます。
 ミラリムは貰ったアイスを美味しそうに食べてニッコニコ。

『ううん、やっぱり乳酸菌はいいわぁ』
「……ミラリムさんって確か昨日は黄色い傘持った女の子だった記憶があるんですけど」
『ミラリムの姿は万華鏡の如くだから統一性は無いのよ。ちなみにこの姿は黒薔薇で、昨日の傘持った姿は黄薔薇っていうの。良く覚えておきなさい、おばかさぁん』

 少々相手を馬鹿にするような態度で話すミラリムにフズはやや納得いかない様子で頷いた。
 現在のミラリムの姿は黒の翼とヘッドドレスが特徴的な大人の女性で本人曰く「黒薔薇」という姿らしい。ちなみに何故かこの姿になると乳酸菌に煩くなってる。
 万華鏡の如くあるとはいうから、本当にどれぐらい姿があるのか全く分からない。まぁ、独特な特徴を持っているからミラリムだとはすぐに分かるけど。
 キャロットアイスを食べ終えたセツはふと気になり、チョコアイスを食べているカタストロに尋ねる。

「ところでカタストロさん、ラルゴさんは?」
「あいつなら豪鉄さんのとこだよ。一応魔法分野での手伝いを行っているらしい」
「あー、なるほど……」
「って事はまだ豪鉄さん、あの状態なんだ……」
『そりゃ大規模な魔力を持つパーツ二組を使って飛行機そのものと融合させちゃったから時間がかかるのも無理無いわ』
『こういう時、物体って不便』

 豪鉄さんとこと聞いてセツだけでなく、他の三人も納得した。
 現在豪鉄は元に戻る為、三日月島の住民達と比較的魔力の強い者達と練成系統の能力者が協力して飛行機と分断作業をやってもらっている真っ最中だ。ドラグーンパーツとハイドラパーツ、ノアメルトの矛盾の力も合わさっている為、分断させたくても時間がかかるし、能力も魔力も相当使うので面倒この上ない。
 せめて自由に大きくなったり小さくなったり出来ればいいのだが、そうは問屋が卸さない。こういう時だけ魔女の力が欲しいです。
 そんな中、黙って話を聞いていたアイス屋の店主が笑いながら口をつっこんでくる。

「まっ、街の連中が言うには近い内には戻れるから安心しな! その間、あんた等は三日月祭りを楽しめばいいんだからよ」
「三日月祭りって確かに街中で良く聞くけどそれはどういう祭りなんだ?」
「なぁに、幾つかの儀式を除けば普通の祭りと大して変わんねぇよ。それに今回はかなりレアな人物と出会えるかもしんないぜ?」
「レア?」
「何でそんな事分かるんですか?」
「だって俺、souaiは神様なんだから分かるんだもん」

 セツとフズが不思議がるのを他所にアイス屋souaiはニカッと笑ってそう言うだけだった。
 ちなみに彼の見た目はコーンの模様がついた四角い飾りをつけた赤く丸い帽子を被った紫カービィ。どう見ても神様に見えません、ただのアイス好きなアイス屋にしか見えません。
 といっても彼の言動に関しては三日月島住民曰く「何時もの事」なので誰も大して気にしてはいないし、ここにいる五人も二回目なのか気にしていない。

『そんじゃレアな人物ってどんなんですか?』
「そうだねー。一個ヒントを上げるなら、これから大忙しになる連中の親玉ってところかな?」
「いや、どんな連中だよ」
「本当に何で分かるんだろ、この人」
『さぁね。まぁ、戯言程度に聞いておいた方がいいんじゃない?』

 そんな感じで五人組とsouaiは呑気に雑談とアイスを楽しんでいた。

 ■ □ ■

 三日月島の小さな病院。元から健康な人が多いのか、カービィ独自の驚異的な再生力もあってか、そんなに患者はおらずに医師と看護士も比較的穏やかに過ごせている。
 そんな病院の中にある小さな医師の部屋にてナースはため息をついていた。

「本当にここに来れたのは奇跡よ。サザンクロスタウンじゃ百回ぐらいは死ぬかと思ったわ」
「ナースさんがただでやられるとは思わないけどね」

 ナースにそう返すのは医者のキルだ。
 キルは本来サザンクロスタウンに勤めている医者なのだがトレヴィーニが大国で暴れまくった事件を境にサザンクロスタウンに勤めていた医者達が色々なところに派遣されてしまい、キルもこの三日月島へと送り込まれたのだ。
 ランプのついた大きな帽子のズレを直しながらキルは真剣な面持ちでナースに尋ねる。

「でも、アクスさんが死んだのは本当?」
「……ここに来ていない時点で分かるでしょ?」
「本当……なんだね」

 アクスが亡くなった事を知り、キルは深く落ち込み顔を俯かせる。
 その姿を見てナースは何も言えず、ただ彼を見つめる事しか出来なかった。
 アクスはキルとも仲が良い友人だったし、将来有望な彼女があんな事で殺されるとは誰も予想していなかったし望んでいなかった。
 しかしどんなに悲しんでもアクスは戻ってこない。
 ナースは気づかれない程度に深呼吸をした後、キルにアクスの死について話す。

「お侍さんは詳しく話してくれなかったけど、かなりエグい殺され方をされたみたい。ちなみにアクスちゃんを殺したのはキング・ダイダロス。サザンクロスタウンを地獄に染めた張本人よ」
「キング・ダイダロス!?」

 とんでもない存在の名前を聞いてキルは顔を上げ、驚きの声を出す。
 夜明国崩壊事件で知ってはいたものの、まさかアクス殺害の張本人だとは予想していなかったのだ。
 一体どうしてキング・ダイダロスが殺したのだろうとキルが思案する横で、ナースはどこからともなく注射器を出現させて勢い良く地面に置く。
 ドンッと大きな音が立ち、キルはびくっと体を振るわせる。

「ここまで舐めた真似した糞にはこの俺自らがキッチリ成敗してやらんとなぁ。ドン・ファミリーの名にかけてよぉ……!!」

 さっきのオカマ口調はどこへやら。男を通り越して漢らしさを存分に出しながらナースは低く威圧感のある声で決意する。
 キルにはその姿が看護士の姿をしているヤクザにしか見えなかった。

 ■ □ ■

 場面変わって豪鉄墜落地点の草原。
 そこでは心底ホッとしながらその場に倒れこみながらも、元の大きさと姿に戻った豪鉄がいた。

「あぁ、やっと戻れた……!!」
「豪鉄さん、お疲れ様です」

 心底嬉しそうな声を出す豪鉄にエダムは駆け寄り、お茶を渡す。豪鉄はお茶を素早く受け取り、一気飲みしてぷはーっと息をつく。
 そんな二人の下、分断作業を手伝っていたラルゴが近づいてくる。

「やっと分断できて良かったですね、サザンクロスタウン守護担当豪鉄様」
「いや、その肩書きはもうあって無いようなもんだし畏まらなくてもいいよ。それよりもどうしたの?」
「あなた様次第ですぐ済むお話ですよ」

 ラルゴはそう言うと一枚の紙を取り出し、豪鉄とエダムに見せる。
 その紙を覗き込んだ豪鉄はピシッと石化してしまい、エダムは思わず何度も目をこすって紙とラルゴを交互に見る。
 二人がこんなにも動揺している理由はとっても簡単。
 ラルゴが出した紙は『脱出料金:7800万od』という請求書だったからだ。
 固まっている二人を他所にラルゴはキラキラ営業スマイルである意味地獄へと片道キップ的な事を説明する。

「悪夢都市化したサザンクロスタウンの脱出料金に相応しい料金でしょう? 本来なら一億odでもおかしくはないのですがさすがにそこまで行くと図々しいので大まかにまけてこの値段に致しました」
「いやいや、どう考えても大まかにまけてる値段じゃないよ?! とっても図々しい値段だよ!?」
「な、ななせんはっぴゃくまんおだ……。あは、あはははははははははははは……」
「うわ! 豪鉄さんがあまりの値段にぶっ壊れた!!」
「おや、これは高すぎましたか? なら7500万odはいかがでしょう?」
「だからまだ高いって!! どんだけ豪鉄さんから搾り取る気なんだ、あんた!?」
「ウニョラー! トッピロキー!!」
「って豪鉄さーん! ショックのあまり野生化しないでぇぇぇぇぇ!!」
「豪鉄さんは青唐辛子でも食べたのですか?」
「理由分かってるくせにボケないで!! それよりも豪鉄さん抑えるの手伝ってー!!」
「了解。20odな」
「こんな事でも金取るのか、あんたって人は!?」

 現在カオス発動中。現在カオス発動中。主にがめつい何でも屋のせいで。
 その光景を眺めながらもドラグーンパーツをぺちぺち叩いているのはログウだ。

「にしてもドラグーンパーツもハイドラパーツもどこまでチートなんだか。解析したいけど出来ないし」
「まぁ、そのチートのおかげでどうにか分離成功したんだけどね」

 ログウの独り言に返すのはハイドラパーツを抱えるケイト。
 生存者達の中で唯一物体に干渉する能力を持つ二人は三日月島を楽しむ暇も無く豪鉄と飛行機の分断作業に借り出されていた為に、終わった事でホッと一息をついている。といってもドラグーンパーツとハイドラパーツの能力を利用し、一気に分断していったのだから本人達自体の体力はそんなに削られていないのだが。
 そんな二人の横で魔力方面で分断作業を協力していたコーダが言葉をかける。

「二人ともお疲れ様でした。この後少し休んだら自由にしていいですよ」

 それを聞いたログウは顔をパァッと明るくし、ケイトは小さく頭を下げながら礼を言う。
 三日月島での休息はわずか一週間程度なのでここからはゆっくりと休んでいきたいのは二人とも同じ意見なようだ。
 そんな中、ふとログウはカオス状態の豪鉄達を見てからコーダに尋ねる。

「ところでコーダ隊長、豪鉄さん助けないんですか?」
「面白いからもう少し見てます」
「確かに。あんな面白い見世物は中々無いよ」

 サディスティックな二人の返答は放置であった。結構えげつない。
 ログウにはドSな二人に異議を唱える勇気もないし、する気も無かったので同じく黙って見る事にした。
 そんな彼らの周囲にいる三日月氏までの民間協力者達はかなりへばっており、中にはぶっ倒れている者もいる始末。

「うっわー、協力してくれた人達が皆揃ってばたんきゅーしてるよ」
「ノアメルトだっけ? あのロリっ子の矛盾も入ってたから解除するのに滅茶苦茶魔力使ったからね」
「今回ばかりは疲れた! 否定の魔女に関わるのは金輪際ごめんだー!!」

 レフト、ライト、センターが愚痴る中でその宿主であるフーは一同からやや離れたところで仰向けに寝転がっている。
 フーと四つの魔物も豪鉄の分断作業に協力しており、かなりの魔力を消耗しているので疲労困憊状態だ。出来る事ならば矛盾を発動させた張本人のノアメルトに一発お見舞いしてあげたいのだが肝心の彼女がいないのでは意味が無い。
 その為、今はゆっくりと休む事にしている。
 そんな中でアンダーはフーに尋ねる。

「ところでフー。これからどうするのだ?」
「……とりあえずナグサ達と同行するつもりだよ。ボク等は元々そういう役割だし、変わるつもりもない」
「そうか。それで色々と見て廻る気か?」
「うん。下手に変な事をして敵対するよりは味方として簡単に見て廻った方が何倍も良いからね」

 アンダーにそう答えた後、フーはそのまま眠りについた。

 ■ □ ■

 三日月島の繁華街にある小さな図書館。
 その奥で一人ぽつんと本を読んでいるオレンジ色の二股帽子を被っている青年の下にクレモトは近づいていき、声をかける。

「はじめまして、君がフロースでいいかな?」
「はい、そうですが何か?」

 フロースと呼ばれた青年は顔を上げ、クレモトに頷く。
 クレモトはフロースの隣に座り、小声で彼に尋ねる。

「少し尋ねたい事があるんだけどいいかな。マナ氏のお弟子さんである君に」
「一体何でしょうか? マナ氏は今おりませんが」
「いや、マナ氏の行方を聞きたいんじゃないんだ。……僕が聞きたいのは戦争の真実」

 戦争の真実。
 その単語を聞いてフロースはわずかに表情を曇らせ、本を閉じると真剣且つ重い表情でクレモトに尋ね返す。

「……どういうことでしょうか?」
「簡単な事だよ。一体誰が十数年前、トレヴィーニを蘇らせたのかっていう答えを君が言えばいい話なんだから」

 その言葉を聞いてフロースの表情は益々曇る。
 否定の魔女トレヴィーニはかつての世界大戦で猛威を振るっていたのは周知の事実。
 しかし人々の大半は気づいていないし、考えてもいないのだ。“どうして海底神殿と共に封印されていた筈のトレヴィーニが世界大戦を起こせたのか?”という世界大戦の根本的な疑問に。
 何故か大国そのものはそれを発表しようとせず、隠し通そうとしている。少なくとも今の時代に生きる者達には現在に蘇っているトレヴィーニが第二次世界大戦を起こすだろう未来に畏怖しているからバレはしないだろう。
 だけどもクレモトのような勘が鋭い人間は気づいている。トレヴィーニに纏わる最大級の疑問を。
 その答えを知っている数少ないカービィの一人であるフロースは恐る恐るその理由を尋ねる。

「……知ってはいますが、何故その事を尋ねるんですか?」
「知りたいんだよ。世界を惨劇に導く魔女をわざわざ復活させた馬鹿者をね」
「馬鹿者って確かにそうですけど、何故そこまで知ろうと?」
「黒歴史にしようとしている大国に教えたいんだよ」

 尋ね続けるフロースに対してクレモトはその答えを一旦区切ると、深く深く思いを乗せて、口にする。



「――お前達が仕出かした最低最悪の悲劇だってね」



 そう口にするクレモトの声色はわずかにだけれど、憎しみが宿っていた。




  • 最終更新:2014-05-29 18:24:21

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