第三十一話「架空の勇者ソラ」


 上下左右、全てが黒。黒。黒。
 前に何があるのか、後ろに何があるのか、上に何があるのか、下に何があるのか、右に何があるのか、左に何があるのか、全部が全部まったく分からない。
 ただ漆黒だけが支配していた。
 それでも不思議な事に人物同士は明かりがある場所同様にクッキリハッキリと見えていた。
 この漆黒の世界の中に居るのは三人。紫の帽子を被った髪の生えた男、竜の耳と尻尾を持つ飛行帽を被った少年、赤い宝石が装飾されたオレンジのマント付帽子を被った女。
 女、ベールベェラは己の前にいる二人に微笑みかける。

「そら」

 その笑顔は自然のように見えて、酷く壊れていた。
 表面上だけ見れば全く変わらないけれど、その瞳は何も映していない。ぽっかりと笑うように空いた口は開いたまんまで閉じようとしない。それでも彼女は笑っている。
 壊れていても尚、美しく感じる笑顔で彼女は二人に話しかけていく。

「そらがふたりもいますわね。だけど、ちがう。あなたたちはそらじゃありませんわ。あのそらがいっていましたわ。あのそらいがいはにせものだって。にせものをたおさないかぎり、ほんとのそらはもどってこないって。どうしてほんとのそらはもどってきませんの?」

 その口調は普段の彼女と全く同じだけど、明らかに狂っている。
 目の前にいるのはベールベェラが認識している「架空 空」とは異なった外観をしているというのに、彼女には二人とも同じ「架空 空」にしか見えていない。
 だがそれを愛そうとしない。彼女が見た別の「架空 空」の言葉を信じている。本当の「架空 空」が戻ってくることを望んでいる。
 だから別の「架空 空」の言葉を信じ、目の前の二人の「架空 空」と戦おうとしている。

「■■■■■■■■■■■■■(これがヤンデレというものか)」
「■■、■■■■■■■■■(ソラ、現実逃避しちゃ駄目)」

 あぁ、何を言っていますの?
 聞こえない。私には何も聞こえない。あなた達の声なんて聞こえない。
 私が聞きたいのはあなた達の声なんかじゃない。空の皮を被った偽者の声なんかじゃない。本物の声が聞きたい。本当の空の声が聞きたい。だから静かにして。邪魔しないで。
 私はあの人に会いたいだけ。だから――――死んでくれません?

 壊れてしまった暗黒騎士ベールベェラは青海の杖を高く上げ、その先から暗黒物質の集合体である小さな球体を複数出現させて目の前の偽の「架空 空」目掛けて放っていく。

 ■ □ ■

 ベールベェラの杖から発せられる暗黒の球体攻撃に対し、ポチは咄嗟にソラをつかんで飛びながら全て避けていく。己等のすぐ傍まで来た球体に関してはソラが虹の剣で切り刻んでいく。
 球体がソラの手で全て切り刻まれていく中、ポチは不気味な微笑を顔に貼り付けたままのベールベェラを見て焦った声を上げる。

「そ、ソラがいるのに攻撃してきたよ!」
「精神崩壊しているのは聞いていたけどかなりの重症だな。ちょっとやそっとの説得じゃ聞きそうに無い」

 何せ、ソラとポチを「架空 空」の姿をした偽者と認識していたのだから。
 ベールベェラは元々気丈で弱音を吐くなんて滅多に無い女性だというのに、否定の魔女トレヴィーニの干渉によってここまで酷く壊れてしまった。
 何度も何度も何度も何度も何度も拷問し、殺し、その分蘇らせる。己の気が済むまで殺して蘇らせて、それの繰り返し。
 トレヴィーニを裏切っただけで、彼女はここまで傷つけられてしまった。愛する「架空 空」以外、受け付けられなくなってしまった。
 だからベールベェラはソラとポチに刃を向ける。歪み狂った世界の中、本当の「架空 空」に会う為に。

「あら、にせもののくせにつよいのですね」

 ベールベェラは攻撃が全て防がれられたのを確認すると杖を振り、己の周囲に大きな暗黒の球体を出現させる。その球体から無数のナイフが弾幕のようにソラとポチ目掛けて飛んでいく。
 ポチがナイフを落とす為に火を噴こうとするよりも早く、ソラがポチから離れて前に出る。
 ナイフが己の寸前まで迫ってくる中、ソラは虹の剣を一振りする。
 次の瞬間、ソラとポチに襲い掛かろうとしていた全てのナイフが粉々に切り刻まれ、暗黒の海へと落ちていった。
 その姿にベールベェラがわずかに目を見開くけれども、ソラはただ静かに口を開く。

「……ベールベェラ、お前は俺が救い出す」

 落ち着いているけれども、その思いは炎のように熱く燃え上がるぐらい激しく強きもの。
 架空の勇者ソラが手にした虹の剣の輝きが強まり、この暗黒空間を照らしていく。まるで絶望の海に一筋の希望の光が現れたように。
 それに抗うかのようにベールベェラは青海の杖を握り締め、ソラの前まで走っていく。

 次の瞬間、ソラの剣とベールベェラの杖がぶつかり合う。

 互いに押し合うものの、すぐに後ろにジャンプして距離をとる。
 そのままベールベェラは詠唱し、己の周囲に漆黒の球体と一つ目を持つ暗黒物質<ダークマター>を複数召喚させると彼らの身についた花びらにも似た突起物を弾幕のようにソラ目掛けて放っていく。
 ソラは虹の剣をベールベェラに向けて詠唱する。すると弾幕分はある無数の虹のナイフがソラの周囲に出現し、ダークマター達が放った突起物目掛けて飛んでいく。
 二つの弾幕がぶつかり合い、空間内部に複数の小さな爆発が響き渡る。
 爆発によって生じた煙によって辺りが見えなくなる。その時、ベールベェラが操るダークマター達は煙の中をかいくぐってソラとポチ目掛けて我先にと体当たりして襲い掛かる。
 ポチはめいいっぱい息を吸い込み、火炎放射して己に襲い掛かってきたダークマターを焼いて倒していく。
 ソラは動揺する事無く、襲い掛かってくるダークマター達を一刀両断しながら煙の向こうにいるベールベェラの下へと走る。
 煙から抜け出したソラがベールベェラの姿を目にした次の瞬間、一気に黒の弾幕をその身に受けてしまう。
 吹き飛ばされるソラに対し、ベールベェラは詠唱を唱えると彼の真上からギロチンに似た一筋の刃を出現させるとそのまま落下させる。
 刃によって両断されまいとソラは虹の剣を勢い良く振るい、逆に刃の方を両断すると出来た間に割り込んで攻撃を回避する。ソラを間に挟む形で二つに別れてしまった刃は先ほどのナイフ同様暗黒の海へと落ちていった。
 ソラは無事に着地するとベールベェラの眼前へと接近する。
 ベールベェラは反応に遅れ、ソラに懐に入られてしまう。懐に入ったソラは至近距離からベールベェラ目掛けて虹の剣を突き刺そうとする。
 だがベールベェラはそれよりも早く青海の杖でソラの足をはらってこけさせ、詠唱する。
 するとその場にちゃんと入れた筈のソラが唐突に落下していく。上下左右全てが暗黒に包まれている為、どこまで落下していくのは分からない。ただもう見えなくなっているので落下スピードが速いのは確かだ。
 ソラが落とされたのに気づいたポチは大急ぎで救出しようと翼を羽ばたかせ、己も空間の遥か下へと飛んでいく。

 ベールベェラが生み出した幻想空間「暗黒世界」は意思によって立てる場所が変わってくる。
 己がそこを大地と思えば、何も無い暗黒だろうとしっかりと立ち続けられる。逆に意思が無い無機物などはその場に居続けられず、ただただ無限に広がる暗黒の中へと落ちていくしかない。
 それに幻想空間を発動させたベールベェラの意思次第で他者の意思があるにも関わらず、暗黒の海へと落とす事が出来る。
 つまりソラは己の意思でその場に居る事が出来なくなり、ただ落ちていくしか出来なくなってしまったのだ。

 ポチは必死で翼を羽ばたかせ、今まで出した事が無いだろう素早さで落下していくソラを助けようと飛んでいく。
 ただどこまで落ちてもソラは見当たらず、上下左右四方八方全てが何も変わらない暗黒で自分の気が正しいのかどうかわからなくなっている。ちゃんと下に向かって飛んでいるのかどうかさえ見失ってしまいそうだ。
 その時、ポチの真下に切れ目に似た何か細い隙間が出現する。それを見たポチは思わず止まってしまい、見つめる。
 次の瞬間、隙間は勢い良く開いて中から黒の弾幕が襲い掛かる。
 ポチは驚くものの咄嗟に火炎放射を吹いて落とそうとする。
 しかし黒の弾幕は炎をもろともせずに貫通していき、全てポチに直撃する。
 弾幕全てをその身に受けてしまったポチは吐血して気を失ってしまい、ソラ同様に暗黒の海へと落下していく。
 その姿を真上から眺めていたベールベェラは終わったと判断し、幻想空間を閉じようと口を開く。

 しかし次の瞬間、己の目の前から光に包まれた穴が出現してその中からポチを抱えたソラが飛び出してきた。

 あまりにも早すぎる且つ唐突過ぎるそれにベールベェラは驚愕してしまい、反応が遅れてしまう。
 その隙をソラが逃すわけもなく、虹の剣を片手にもつとベールベェラ目掛けて左から右へと流れるように切る。
 至近距離だった為に避けられる筈も無く、ベールベェラは正面からまともに受けてしまう。
 バリン。
 その際、何かにひび割れた小さな音がソラの耳へと入った。
 音を聞いたソラはポチを抱えたまま、ベールベェラを見る。
 ベールベェラは何故か無傷のまま、そこに突っ立っているままだ。
 ソラはそんなベールベェラに何もせず、ただ眺めるだけだ。でも抱えているポチの頬をぺちぺちと叩いて起こしてはいる。
 ぺちぺち頬を叩かれたポチが起きると同時に、ベールベェラはソラへと振り返って話しかけてくる。

「あなた、いったいなにをしましたの? そらのすがただけでなく、そらのつるぎまでまねするなんてひどいにもほどがありませんかしら? あぁ、わかっていないのならば、わたくしじしんのてでおもいしらせてあげますわ」

 その口調は未だ狂ったままだ。
 未だにソラとポチを見ても「架空 空」にしか見えていない。
 そんなベールベェラを見て、ソラは予測していたのか冷静な状態で静かにこう言った。

「俺達は逃げも隠れもしないさ、ベールベェラ。お前を救いたくて仕方が無いんだよ」
「あぁ、なにをいっていますの。わたくしをすくえるのはそら、ひとりだけなんですわよ」

 ベールベェラはそう言うと青海の杖に暗黒を宿し、剣の形へと変貌させてソラ目掛けて飛び掛る。
 ソラは咄嗟にポチを後ろに投げ捨て、虹の剣で暗黒の剣を受け止める。刃と刃がぶつかり合い、金属特有の高い音が空間内部に響き渡っていく。
 カキンカキンと剣をぶつかり合わせ、互いに傷を与えようとしても防がれる。
 ソラが上から勢い良く剣を振り下ろしても、ベールベェラはそれを剣の面で受け止めると空いた足でソラの顔面に蹴りを入れて吹き飛ばして暗黒球体を弾幕にして攻撃する。
 ソラはすぐさま立ち上がり、弾幕を全て切り刻むと一気にベールベェラの懐まで入ると顔面に拳をぶち込む。
 顔面に拳をぶち込まれたベールベェラは鼻血を出し、よろけそうになるもののどうにか踏みとどまってソラを切ろうと剣を振る。
 その攻撃をソラはジャンプして避けるとベールベェラの真後ろに着地し、彼女が振り向くよりも早くその背中にあるマントを勢い良く引っ張って彼女をこけさせる。
 そしてそのまま剣の面で顔面を思い切り叩いた。ベールベェラ、気絶。

「そ、ソラ、昔と違って全く容赦ない……」

 思い切り紳士的でも勇者的じゃないし、それどころか本気と外道が入ってるとんでもない攻撃にポチは少々顔を青ざめる。男が女にそんな攻撃やってもいいのか。
 その呟きを聞いたソラはポチに振り返りながら平然とした態度で言う。

「ポチ、時と場合によっては人は外道にならなきゃならんのだ。分かってくれ」
「世界大戦中のソラなら絶対言わない台詞だよ、それ?」
「すまんがその時の記憶は無い。あるとしてもベェラの記憶ぐらいだ」
「そのベェラに対して男にあるまじき攻撃ぶちこんだのどこのどいつ?」
「ここのこいつだ。それよりも今から否定を切るから…………?!」

 ポチの指摘を軽く返しながらソラはベールベェラにかけられた否定の魔法を虹の剣で切ろうと構えた時、大きく目を見開く。驚愕を隠せないまま、一歩二歩引くと虹の剣をその手から消してしまう。
 それを見ていたポチが首を傾げてソラに尋ねる。

「どうしたの?」
「……切れている。トレヴィーニのかけた否定はとっくに切れている!!」
「えぇぇぇ!?」

 予想外の報告を聞いて、ポチは悲鳴をあげてしまった。
 ソラはさっきの冷静さとは打って変わって、焦りと驚きが交じり合った様子で説明する。

「今のベールベェラにはトレヴィーニの否定の関与がない! あの魔女、精神崩壊とかに関しては実力行使でやっている。精神に否定をかけることなく、問答無用で!! くそっ、否定の関与がすぐ切れた時におかしいとは思ったんだ……!」
「ち、ちょっと待って! それじゃ今のベールベェラは否定の力関係無しに壊れちゃってるって事!?」
「そういうことになる! 否定ならばともかく、心そのものが壊されているのなら虹の剣で断ち切る事はできん……!!」

 とんでもない結果にソラが苦悩する中、ベールベェラがゆっくりと立ち上がった。
 ソラとポチは立ち上がったベールベェラに気づき、すぐに戦闘態勢に入る。
 ベールベェラは青海の杖に暗黒を宿しながら、精神が壊れている筈なのに気高く力強い口調で二人に言う。

「そらのすがたで、わたくしをきずつけないで」

 暗黒は青海の杖を再び剣の形へと変貌させる。しかしその形は違っていた。暗黒が成した剣は、色こそは黒で染まっているものの形はソラの持つ虹の剣と類似していた。
 ベールベェラは暗黒の剣をソラに向け、壊れているとは思えない強い思いと共に叫ぶ。

「あなたがやっていることは“空”にたいするぶじょくなのですわ!!」

 その瞳からは、涙がこぼれていた。
 そこでソラとポチは気づく。今のベールベェラには二人とも「架空 空」に見えるのだと。だからベールベェラからすれば、愛しい愛しい人が己に襲い掛かってきているようにしか見えないのだと。
 いくら本人が偽者だと分かっていても、それでも心が痛んで仕方が無い。特に「架空 空」しか見えていない状態で壊れている彼女にとっては死活問題。
 ベールベェラは涙をこぼしながらとんでもない早口で詠唱を唱える。
 すると暗黒の剣が巨大化していき、カービィが持てる筈が無い大きさとなっていってソラ目掛けて飛んでいく。
 ソラはポチを下がらせると虹の剣を構え、巨大化した暗黒の剣に立ち向かう。

「ベールベェラ!!」

 ソラは叫ぶ。暗黒の剣が目の前に迫ってきても、尚彼女の名を叫ぶ!
 壊れてしまった暗黒騎士、無くなってしまった記憶に唯一残っていた愛しき人、己が舞い戻ってきた大きな理由――ベールベェラに向かって、ただ己の思いを叫ぶ!!

「俺と……「架空 空」と共に来い!!」

 その言葉にベールベェラが大きく目を見開いた。
 次の瞬間、虹の剣と巨大化した暗黒の剣がぶつかり合って空間一体にとんでもないエネルギーが響き渡って三人の意識を奪い去った。
 そのまま幻想空間は解除された。



 解除されて元に戻った部屋は、無人であった。



 次回「ナグサとトレヴィーニのお茶会」



  • 最終更新:2014-05-28 00:16:51