第七話「外」
少女は微笑みながら、ナグサに思いを託す。
『あなたはちるの王子様になって』
画面が次々と割れる。王子様を映した画面が粉々に砕け散る。
『それと訂正させて』
球体にひびが入る。上からも、下からも、ひびが入り、欠片が落ちていく。
『あなたは悪い魔法使いなんかじゃない』
球体の外から、光が入ってくる。光の向こうには、青空が見える。
『あなたは私達の救世主』
とびっきりの笑顔で少女が微笑んだ。すると少女は優しい光となって、消えた。
■ □ ■
一つの大きな風が外を拒む者から吹いた。
その風はとても優しく、人を、麦を、大地を、撫でていく。
するとどうだろうか。外を拒む者の体が砂となり、空へと飛んでいく。麦畑も少しずつ少しずつ透明になっていき、その姿を消していく。
「おお!? 何々、どーなってるのー?」
「???」
ミルエとツギ・まちは突然起きた現象に首を傾げる。
だけどどちら共に戦闘態勢になってはいない。だって、この風はあまりにも優しくて、穏やかで、武器を向ける必要が無いと分かれるから。
カルベチアとハスもまた針をしまい、消えていく外を拒む者と麦畑を眺めている。
「……凄い勢いで魔力が消えている」
「Mahouの粉の効力が終わったのかな……?」
「あ! アレ、見て!!」
ローレンが外を拒む者の上を指差しながら、声を上げる。
一同が指差した方向を見ると、外を拒む者の体から複数の光が空へと飛んでいくのが見えた。いくつかは空へと飛んでいき、いくつかはカーベルの下に飛んでいく。
己に駆け寄る複数の光にカーベルは苦笑する。
「私の下に来るのは遅かった連中か。安心しろ、冥界は悪いとこじゃない」
そう言って、カーベルは口を開く。
すると光は独りでにカーベルの口の中へと入っていく。それも一つや二つではなく、全てだ。
いきなり起きたその光景に対し、見てしまったミルエとローレンは目を丸くする。
「くったー! 光くったー!! なんでなんでどしてー!?」
「ちょ、何やってんの!? 何で食べてるの!? 遅かったって何!?」
驚き騒ぐ二人に対し、口の中に光が入りながらもカーベルは説明する。
「この光は魂だ。私は冥界だからな。中に送ってやったに過ぎん」
「た、魂!? ってか冥界!?」
「あぁ、聞いた事があります。死神王、冥界の主、そう呼ばれる者が世界大戦時、最強の魔術師と共に戦ったと。それ、あなたの事ですか?」
魂と聞いて驚くローレンの隣で、カルベチアは思い出したように尋ねる。
カーベルは頷き、一同に名乗った。
「その通り。私はカーベル。彷徨える魂達の還る場所であり、迷い子達を導く死神の長であり、運命の鐘を鳴らす者だ。まぁ、他の連中より些か強いだけなんだがな」
いやいやいや、十分凄いから。些か強いだけじゃないから!
目の前にいる冥界そのものであるカーベルに、彼等は内心でツッコミを入れる。
「すっごーい! ベルルン、神様なんだー!!」
ミルエのみ素直に関心。カーベルも満更でもない様子で、笑っている。
天然の恐ろしさを垣間見た瞬間だと、男性四名は思ったのだった。(約一名男性かどうか微妙なのがいるけど)
その時、外を拒む者は完全な砂となり、麦畑が完全に消滅した。
砂は風に乗り、大地に降り注ぐ。するとどうだろうか。砂が降り注いだ大地から、花が咲いた。ぽん、ぽんっと軽快な音と一緒に、花が次々に咲いていく。
その中でも一際大きいものがあった。カービィ一人を飲み込んでしまいそうな、とても大きな蕾だ。蕾は早送り映像のように、どんどんと開いていく。
完全に開いた蕾の中央にいるのは、ちるを抱きかかえ、機首だけになったドラグーンに座ったナグサだった。
「あ、アレ……? な、何これ? 僕はあの子の世界にいたんじゃ……」
ナグサは状況についていけないのか、その場に座ったまま困惑した様子で辺りを見渡している。
ちるを抱えたナグサに、ミルエとツギ・まちはパァと顔を明るくさせ、我先に駆け寄って抱きつく。
「ナッくん! ちるちゃん!!」
「~~~!!」
「うわぁ!?」
二人に抱きつかれ、ナグサはバランスを崩して、花畑の中に転覆する。
片方ぬいぐるみ、片方女の子、とはいえど重い事に変わりは無く、ナグサは苦しみのあまり声を出す。
「お、重い……!」
「あ、ごめんごめん!」
「~!」
ミルエとツギ・まちはあっさり退いてくれた。
ナグサは立ち上がると、手に持っているちるを見る。ちるの目は閉じられている。少女が消滅してしまったから、人形だけが残ってしまったのだろうか。
彼女は自分に「ちるの王子様になって」と頼んで、消えた。だけど今、ちるは眠り続けている。もしかしてちるの心は既に消えてしまったのでは?
と思っていたら、
「ふああ、良く寝たぁ……」
ちるが起きた。大きなあくびをしながら起きた。
しかも第一声があまりに呑気なものだった為、ナグサはずっこけそうになった。何とか踏ん張り、そして何時ものツッコミを入れる。
「寝てたんかい!!」
「おはよー、ちるちゃん!」
「~~~♪」
続けてミルエとツギ・まちが笑って挨拶。
寝起きのちるはいきなりの三人に驚くものの、すぐに笑って返す。
「おはよう。やっと起きれた」
その笑顔は、とても幸せそうだ。
先ほどまで悲鳴を上げていた少女をナグサが救った事により、ちるも救われたのだろう。その証拠に彼女はどこか、開放感を得ているように見える。
ナグサは一風変わったちるを見て、尋ねる。
「外に出てきた気分はどう?」
「すっごい良い気分。今まで損しちゃったかな。マナ氏に期待しすぎちゃった」
マナ氏の事は吹っ切れたのか、今までの自分を恥ずかしそうにしている。
この様子だとちるに関しては、もう心配事が無さそうだ。コッペリア時の暴走状態も起きなさそう。ナグサはホッと一息つく。
だがちるは顔を俯かせ、ぶつぶつと呟き出した。
「でも、だからって何も言わずに消えるなんて、酷いにも程がない? あぁ、どうして黙って去っていったの。嫌いだったら嫌いって言ってくれたらまだ良かったのに。あぁもう、どうして? どうしてですか、王子様。どうしてどうしてどうしてどうしてどうして……!! 私もあの子も、あなたの事が大好きだったのに。どうして、消えるのですか? どうして好きとも、嫌いとも、言わなかったのですか!? あぁもう、許せない許せない許せない許せない許せない……!」
前言撤回。ヤンデレレベルアップしてる。
「ヤンデレ属性はそのままのようですね」
「地雷君、地雷大好きでも踏まないようにね」
「まぁ、口先の魔術師ほどの話術なら何とかなるかもね」
「他人事か、お前等あああああ!!」
カルベチア、ローレン、ハスがヤンデレモードに入ったちるを見て、呑気にそんな事を口にする。ナグサは三人にツッコミの叫びを上げた。
そんな彼等を見て、ミルエとツギ・まちとちるは声を上げて愉快そうに笑う。
その光景にカーベルは静かに微笑んだ。
「なるほど。絶対大丈夫とは、こういうことか」
相変わらず性格が悪い男だとカーベルが苦笑していると、彼女の側に一つの魂がふわふわ浮きながら近づいてきた。
カーベルはその魂を手に取ると、七人に気づかれないように小声で話しかける。
「お前は、これが望みか?」
魂は淡く光る。カーベルは「そうか」と返すと、魂を飲み込んだ。
「……彼女の来世とちるの未来に、幸あらんことを」
祈りの言葉を小さく小さく呟き、たった今飲み込んだばかりの魂の事を思う。
王子様を待ち続けたお姫様のお話は終わった。これからは人形の女の子が旅立つお話が始まる。
カーベルは一同の方に振り向き、大きな声で「集合」と叫ぶ。集合をかけられた一同は咄嗟にカーベルの下に集まる。
全員が集まったのを確認するとカーベルは話を始めた。
「幻想空間は今さっき消滅した。即ちここは現実世界、ここからどう動くかはお前達の自由だ。城下町に向かうもよし、サザンクロスタウンに向かうもよし、レクイエムに向かうもよし、グリーンズに向かうもよし、タワー・クロックに向かうもよし、ブルーブルーに向かうもよし、レッドラムに向かうもよし。私は止めはしない。私の用件は終わったからな」
カーベルはそう言うと、翼を広げて飛び立つ準備をする。
それを聞いて真っ先に反応したのは、意外にもハスだった。
「それじゃ、僕は適当に一人旅を続けるね。また出会える事を祈っているよ」
すると、ハスの姿が消えた。姿を消しただけなのか、何処かに飛んだのかは分からない。
ハスが消えたのを見て、ローレンとカルベチアのコンビも去ろうと歩き出す。いきなり歩き出した二人に対し、ナグサは思わず呼び止めてしまう。
「待って! ちょっと二人とも何処行くの!?」
「人形遊びにいくの。屋敷の外には出られたし、地雷君の言ってたように集めて切り刻んで遊びたいからね!」
「私も似たようなものですよ。否定の魔女が復活したとしても、私達は人形遊びを続けます。それしか頭にありませんから」
ローレンとカルベチアはそう返すと再び歩き出して、その場から去っていった。
二人の背中が見えなくなっていく中、残ったナグサ達はお互いに顔を見る。四人とも騒動が終わった途端に解散していった三人に少し呆然としているのが丸分かりだ。
少々名残惜しいような気がする。けれども、自分達もここから動かなきゃいけない。
「さて、僕達も行こうか」
「うん!」
「!」
ナグサが呼びかけ、ミルエとツギ・まちが頷く。ナグサはちるに顔を向ける。
「ちるちゃんも一緒。嫌?」
「ううん! すっごく嬉しい!!」
ちるは満面の笑顔でそう言うと、自分から出てくるとナグサの頭に上る。
先に去ったドライな三人と違い、ずいぶんと微笑ましい光景だ。
そんな光景にカーベルはクスクスと楽しそうに笑うと、四人にある事を教える。
「マナ氏は三日月島で隠居しているよ。それにここはグリーンズから然程離れていない。三日月島に唯一行けるサザンクロスタウンには、早く着くであろう」
「「ほんと!?」」
「って! 何で僕等がマナ氏を探してるって分かったんですか!?」
嬉しそうに声を上げるミルエとちる。その横でナグサが驚く。
カーベルはナグサの問いに頷くと、その理由を話し始めた。
「トレヴィーニの魔力は独特だからな。かなり気づきにくいが、私ほどの力の持ち主ならば分からなくもない。お前達からトレヴィーニの魔力を感じるという事は、少なくとも彼女に接したということ。でもって、お前達の性格を見ていれば、トレヴィーニをどうしようと考えているのかは把握可能だ。マナ氏辺りに封印の手段を聞こうと思っているんじゃないか?」
その推測は見事に当たっており、口先の魔術師の称号を手に入れたナグサも言葉が出なかった。
その表情を見てカーベルは満足げに微笑むと、言葉を続ける。
「安心しろ、私はお前達が気に入った。少なくともあのスーパーウルトラハイパーメガトンデラックス至上最悪サディスティック超大魔皇帝よりはマシだからな」
「……うわー、会いたくないなー」
「マナ氏の本当の性格が分からなくなってきた……」
カーベルの話す人物のあだ名を聞き、ナグサとちるの表情が若干暗くなる。どこまで性格悪いんだよ、マナ氏。
ツギ・まちは二度目だから慣れている様子。一方でナグサと同様初めて聞いた筈のミルエはというと、明るい表情のままだ。
「まぁまぁ、ナッくんもちるちゃんも落ち込まない! スティックでも大丈夫だよ!」
「……ミルエちゃん、それ本気で言ってる? それとサディスティックね」
呆れた様子のナグサだが、ミルエは子供のように純粋な笑顔で頷いて爆弾発言した。
「うん! だってナッくん、凄いかっこよかったもん。だからだいじょーぶ!」
ナグサの顔が一気に真っ赤になった。まるで茹蛸だ。
とんでもない殺し文句。しかも無自覚且つ天然で言っているのだから、性質が悪い。ハッキリ言おう。破壊力がありすぎる。
ナグサは慌ててミルエの言葉を否定するのだが。
「ぼ、僕はそんなんじゃないって! た、ただ必死だっただけで、その、いっぱいいっぱいだったの! それに僕は全然かっこよくないし……」
「ううん、かっこよかったよ」
しかしミルエは言い切るばかり。それも満面の笑顔で。
その様子を見て、ナグサは益々顔を赤くさせる。しかも言葉が出ないのか、パクパクと口を動かす事しか出来ない。
ツギ・まちは呆れた目で、ちるは首をかしげながら眺める。
カーベルはそんな四人の光景に、笑みがこぼれるばかりだ。
■ □ ■
「ふむ、さすがというべきか。この程度の事象はこなしてもらわんと困るからな」
黄金の風が円を渦巻きながら光っている。円の中にはハッピーエンドで終わったナグサ一行の姿が映っている。
扇子を口元に当てながら、純白の花嫁は満足そうに微笑む。
全ての人々が魅了するであろう美しさを持つ花嫁。しかしその実体は人々を恐怖に陥れる否定の魔女トレヴィーニ。
トレヴィーニの横で、一人の魔女が話しかけてくる。
「……トレヴィーニ様。どうしてこんな事を?」
「強さの見極めだが? その為に、ナグサ達をあの屋敷に導いた。それだけのことだ」
「それで、どうなのですか?」
「とりあえず合格だ。だが妾の宿敵になるにはまだまだだ」
トレヴィーニは魔女にそう答えると、黄金の風を消して魔女に振り向く。
「さてと、フル・ホルダー。貴様と早々に再会出来たのは幸いだ。それ故、いくつか聞かせてもらう」
「何でしょうか?」
「妾と契約し、人を捨てた連中は今、何処にいる?」
「炎は両名共に大国内部に封印。歪んだ死者は核だけとなり、レクイエムと呼ばれる東の街地下のどこかで眠っています。戦闘狂は各地を転々と回っている模様」
「……そいつ等しか分からぬか?」
あまりの少なさにトレヴィーニは聞き返す。
フル・ホルダーは頷くと、話を続ける。
「彼等以外には一名判明しています。ですが本城にて「人」として通しているようでして……」
「人? 人と申したか?」
「はい。人を捨てたのに、人として生きています」
それを聞いたトレヴィーニの口元に、笑みが浮かぶ。
最初こそ声を抑えていたものの、少しずつ声色の音量が上がっていく。最終的には耐え切れなくなり、大声で笑い出した。
「くく、くくく、はーっはっはっはっは!! 馬鹿か! あいつは馬鹿か!! 妾に命乞いをし、己が生きたい故に人を捨てたというのに! それなのに、妾が封印されてからは人として生きている!? 何という戯けだ!! あぁ、何とも馬鹿馬鹿しい! 馬鹿馬鹿しすぎて……反吐が出る」
最後に呟くのは、氷よりも冷たく、剣よりも鋭い、禍々しい魔の声。
その声を聞いただけでも心臓を握り締められたような錯覚に陥り、目の前の感覚が歪みそうになる。
フル・ホルダーは否定の魔女トレヴィーニが秘める禍々しさと恐ろしさに震える。
けれども、それらを含めても彼女はあまりにも美しすぎる。それ故にフル・ホルダーはトレヴィーニを崇拝する。
「……して、どうするのですか?」
「妾は本城に向かおう。貴様は戦闘狂を見つけ出し、雑兵の元を探せ」
「後者に関しては既に見つけております」
「ほぉ? 何処だ?」
トレヴィーニに尋ねられ、フル・ホルダーは答える。
「巨大十字街サザンクロスタウンです」
偶然か必然か、その街の名は、ナグサ達の次なる目的地だった。
第一章「人形屋敷」完 第二章に続く。
次回予告
「あなたを、迎えに来ました」
クウィンスの前に現れる、大国の使者。
「あ、あぁ、あああ……」
「怯えなくていい。妾は貴様に話があるだけだ」
大国の中に姿を見せる、否定の魔女。
「王者は、残酷でなければならない」
「……でもだからってこれは!!」
「気持ちは分かる。だが、こいつは罪をやってしまったという事だ」
二人の旅人が見たのは、あまりにも残酷なもの。
「というかお前みたいな奴が何でここにいるんだ? 俺が言えた台詞でもないけど」
「へ? それって、まさか……あなた、大国兵士じゃないんですかぁ!?」
一方で、へんてこな出会いが生じる。
次回「容疑者クウィンス」に続く。
「……なるほど。役者は揃い始めていますか。だが、私の出番はまだだ」
最強の魔術師は、何処かで呟く。
- 最終更新:2014-11-08 18:45:27