第五十八話「巡られる歌姫」


 ■ □ ■
Aパート「エメラルド卿」

 カチャリ、と皿の上に紅茶を飲み終えて空になったコップを置く。横から青色の二股帽子を被ったカービィがすかさずそのコップを皿ごと手に取って下げる。
 その様子を翠色のカービィは仮面越しに横目で見送った後、前に座る旧友に話しかける。

「……なるほどな。否定の魔女打倒の為、現在はその封印を解いた存在であるナグサの指示に従って各自ドラグーンパーツとハイドラパーツを集めていると。だからこの屋敷の地下にある大聖堂内部にあるドラグーンパーツをよこしてくれと」
「そうだ」

 翠色のカービィに対し、大きなソファーに座ったまま頷くのは赤いマントをつけた真っ白いカービィ――大国防衛隊四番隊隊長ホワイトだ。そのソファーに一緒に座っているのは赤いバンダナを頭に巻いたシアン、さすがに相手が相手なので真面目な顔をしているフー・スクレート、そして裏口から入ってきて合流したローレンとソプラノだ。
 この五人に加え、現在外で中華店の店員であるリクと追いかけっこしている真っ最中のチャ=ワン、タービィ、ツギ・まちの三人を入れた八人は東の都レクイエムに到着し、この街に隠されたドラグーンパーツを回収する為、現時点でレクイエム最高位に当たる人物――エメラルド卿の下へとやってきた。その道中三名ほどいなくなってしまうものの、後で回収しようと考えて放置した。
 エメラルド卿は仮面越しにホワイトを見つめながら好意的に頷いた。

「そういう事ならば今は亡き当主セレビィ様もご理解いただけるだろう。それなら地下大聖堂に入る許可を与えるとしよう。しかしあそこは色々と危険で厄介だから気をつけろよ?」
「お心遣い感謝する。だが俺の実力、忘れたわけではなかろう? それにここにいる連中は大国防衛隊にいないのが残念なぐらい強い連中ばかりだ」
「そうか。しかしそれにしては……一人、不安そうな子がいるんだが」

 ホワイトの話に返しながらも、エメラルド卿は視線をシアンに向ける。シアンはびくりと体を震わしながらも、勘違いさせないように説明しようとするが上手い言葉が見当たらない。

「いや、あの、えと……」
『単純にこの場所に慣れていないだけですよ、エメラルド卿。シアンはサザンクロスタウン脱出時から成り行きでここまでついてきているようなもんですから』

 そこにシアンの右手につけられた腕時計から女の子の音声が彼女をフォローした。代わりに言われた為、シアンはちょっと不機嫌になってぷいっと顔を背ける。
 その時、食器を台所に片付けていった青色のカービィは女の子の音声を聞いて振り返る。

「アレ、もしかしてアルケーいるんですか?」
『ってスカイ、あんたここで働いてたの!? うわ、ZeOが驚くよって言ってたのこれだったのか……』

 女の子の音声――正確には腕時計内部にデータを移し、共に行動できるようになったアンチウイルスソフトのアルケーは思わぬ人物との遭遇に驚きの声を上げる。
 二人の様子を見たエメラルド卿はスカイに尋ねる。

「スカイ、知り合いか?」
「あぁ、前に働いていたとこで仲良くしてたんですよ」
「そうか」
「……でさー、地下大聖堂にはどう行けばいいのさ?」

 会話が終わったのを見計らい、ローレンはエメラルド卿に直球で尋ねる。エメラルド卿はすぐさまそれに答える。

「あぁ、それなら今から案内する。ただし色々行くのに手間がかかるから、ちょっと待っててくれないか? その間、召使や部下を相手にさせるから」

 そう言うとエメラルド卿はソファーから降り、奥の部屋へと行ってしまう。それに合わせてスカイが一同に向かって話す。

「エメラルド様が戻ってくるまで暫しお待ちくださいませ。その間、何かご用件がありましたら何なりと申してください」
「あぁ、それならこの屋敷の中に本ってある? 待っている間、暇だから読みたいんだ」

 彼の言葉に遠慮無く真っ先にフーが尋ねる。スカイは嫌な顔一つせず、答える。

「書庫ならあります故、本は沢山ございますよ。どんな本をご要望で?」
「あ、自分で探したいんだ。だから書庫に案内してくれると嬉しいんだけど」
「分かりました」

 フーの要求にスカイは頷く。そのまま二人はこの待合室から出ていき、姿を消した。
 その後姿を見送ったソプラノはシアンに何気なく尋ねてみる。

「フー君、どんな本読むんだろうねー?」
「凄まじい殺人用の毒が書かれた本じゃないの?」
「いやいや、もしかしたら恋愛に関する本だったりするかもよ」
「それさ、地雷君がギャンブラーじゃないぐらいありえないから」
『うわ! シアンがアイスみたいになってる!!』

 ソプラノが冗談半分で口にした例えを聞き、速攻でローレンが否定した。その一方、あからさまな乙女向けの恋愛指南本を読んでいるフーを想像したシアンは予想以上の気持ち悪さに顔、というか全身が青ざめた。それを見たアルケーはびっくりして声を上げた。
 そんなどたばたした中、ホワイトは止める様子も見せずにただエメラルド卿を待っているだけだ。シアンは体を元の色に戻した後、恐る恐る彼に話しかけた。

「ね、ねぇ、シャラと知り合い……だったんだよね?」
「そうだが、それがどうした?」
「えと、そん時のシャラってどんな子だった?」
「……奴隷にされたっていうのに、私の事を気にかけてくれた心優しい良い子だったよ。ただ……」
「ただ?」
「前に大怪我して帰ってきた際、鬼が降臨したのかと思うぐらいの剣幕で怒鳴ってきた。アレを見た時、久々に身の危険を感じたな」

 当時の事を思い出し、さっきまで仕事一心と言わんばかりの表情が少しずつ柔らかくなるホワイト。それを見たシアンはかつて話してくれたシャラの過去が不幸だったけど幸せであった事を再確認した。そして、そのシャラがもう戻ってこない事も同時に思い出してしまって顔を俯かせる。
 ホワイトはそんな彼女に対し、優しく頭を撫でてあげる。撫でられたシアンは驚いてホワイトに顔を向ける。彼は無言のまま、父親のように彼女を撫でるだけ。シアンにとってはそれが心地良くて、ついつい目を瞑ってしまう。
 だけど、それはホワイト自身の手で破られた。唐突に彼はシアンから手を離し、ソファーから立ち上がると先ほどとは一転して冷静すぎる様子でアルケーに支持を出す。

「……アルケー、魔力探知をしろ」
『え? あ、はい。……って、なんじゃこりゃー!? 魔力数値がこんなに急上昇してるって何で!? 何で気づかなかったの、私!?』
「「「はぁ!?」」」

 予想外の結果に驚くアルケーの叫びを聞き、他の三人は揃って声を上げた。
 直後、タイミングを計ったかのように床と天井、両方全体に広がる翡翠色の魔法陣が出現する。四人が行動するよりも早く、翡翠色の魔法陣は輝きを増していき、シアンを除いた三人の体を同じ色の光で包み込んでいく。
 その様子を見たシアンが戸惑いと驚きの声を上げる一方、ホワイトは原因を察した。

「え、えぇ!? 何なの、これ!?」
「あの馬鹿仮面、今は向こう側に所属しているって事か……! ローレン、ソプラノ、次エメラルド卿に遭遇したら全力全開で殴り飛ばしてかまわんぞ!!」
「切り刻む相手指定してくれてありがと!」
「色々とよくわかんないけど、分かったよ!」

 ローレンとソプラノが答えた直後、二人の体は翡翠色の光に包まれたまま消えていった。ホワイトの方も同じぐらい光り輝いていき、今にも二人同様消えてしまいそうだった。
 シアンは慌ててホワイトに駆け寄ろうとするが、それよりも早くホワイトが彼女に向かって命令を出した。

「シアン! ……絶対に、連中の言葉に飲み込まれるな!!」
「え?」

 言葉の意味が分からず、シアンは思わず立ち止まってしまう。その直後、彼女の目の前でホワイトの姿が消えた。同時に魔法陣も消滅した。
 シアンは誰もいなくなった待合室のソファーの上、一人残されてしまった。

「……何、これ……?」

 一気に起きた事態に追いつけず、シアンはぱちぱちと瞬きするしかなかった。
 その時、待合室に扉が大きな音を立てて開いた。シアンは大げさに体を震わせ、恐る恐る振り向く。そして目を見開いた。何故ならば入ってきたカービィ四人が全て会った事があり、尚且つその組み合わせが異常だったからだ。
 四人組の一人、カービィにしては珍しい黒い髪を生やし、背中にこうもりの羽を生やした白色の男の子――ギンガはシアンを見つけると嬉しそうに笑う。

「いやー、ラッキーラッキー! まっさか向こうからやってきてくれるなんてねー。自分の手で捕まえられてないのが残念だけど、これでいーや!」
「…………」
「グレム殿、言いたい事は分かるけど落ち着くでござんす。結果オーライって考えるしかないでござんす」

 その隣、帽子とバンダナの隙間から白い耳を垂らす眼鏡のカービィ――グレムが黙り込みながらシアンを睨みつける一方、隣にいるチャ=ワンそっくりのカービィ――オ=ワンが彼を宥める。
 シアンはすぐに三人が三日月島で自分を誘拐した連中だと気づき、体を固まらせる。同時に一つの疑問が生まれる。この三人組は確か「反乱軍」と呼ばれる一味の一員であり、文字通り大国に反乱しようと企てている連中の筈。それなのにどうしてエメラルド卿が管理している守護担当の屋敷にいる? それに――。

「気分はどうだい? 世界でたった一人の歌姫さん」

 どうして、フー・スクレートが彼等と一緒にいて、あの誘拐事件でオ=ワンと同じ事を口にしているのだろうか。
 答えは簡単。だけども気づきたくない。考えたくない。だけども、シアンは目の前の光景は現実だという事だけは分かってしまった。

 ■ □ ■

Bパート「巡られる歌姫」

 シアンは何が何だか分からなかった。どうして仲間である筈のフーが向こう側に居るのかどうか、理解できなかった。だけどこの光景が現実に起きていることだけは理解してしまった。
 震えた声でシアンは唯一の知人に恐る恐る話しかける。

「え、あの、スクレートさん……。これ、何……?」
「依頼人はレッドラム守護担当の一人兼反乱軍ボスのネイビー。現時点ではレッドラムとの通信方法が途絶えている為、腹心の部下達が実質的にボクの依頼人となっている。今回の場合、エメラルド卿が依頼人だね」

 フーはシアンの質問に明確には答えず、自分の本来の立場について説明する。それを聞いたシアンは軽く目を見開いた。いや、既に察してはいたものの認めたくなかった。だけど相手がそれを肯定した。
 シアンは馬鹿ではない。自分にとって理解しなければならないと思った事に関しては理解するのが早い。その事については自覚していたものの、今回に限って自分のそんな頭が嫌になった。
 震える声を絞り出し、シアンはフーに確かめる。

「裏切ったって……こと?」
「裏切り? これはおかしな事を聞いたね。ボクは成り行きでキミ等と共にいただけだし、元々サザンクロスタウンにはこの仕事に関する事で来てたんだよ。まぁ、ダイダロスのせいで君以外のほとんどを壊されちゃったから予定が色々狂っちゃったけどね」

 普段と全く変わらない妖しげな笑みを浮かべ、フーは答える。
 その言葉を聞いてシアンは信じたくないと思う反面、納得できる答えだと思ってしまった自分が恨めしく感じてしまった。あぁ、ガキの癖にどうしてこんなとこばっか理解力が良すぎるんだよ。
 認めている気持ちと認めたくない気持ちに板挟みとなり、苦悩するシアンを他所にギンガはわざとらしく大きな不満を上げた。

「あーあ! フーがいたんなら、俺等がわざわざ仕掛ける事無かったじゃん! おかげで銃の戦乙女に殺されるかと思ったし~? あ、グレムもきつかったんだっけ?」
「……注射器投げられるのは予想してなかった」
「拙者もやられたでござんす。まさか遠くからカービィ大砲が来るなんて予想してなかったでござんすよ。……あそこで、あそこであの変な青色さえ出てこなけりゃ……!」

 ぼそりとグレムが愚痴った後、続けてオ=ワンが当時の事を思い出して腹立ったのか、隣にいるギンガの頭をぼこぼこ叩き出した。八つ当たりの相手にされたギンガは「痛い痛い!」と悲鳴を上げる。

「ちょ、オ=ワン、八つ当たりならグレムにやれって! 俺を叩くな、馬鹿! それでも侍ですか?!」
「侍と八つ当たりに関係は無いでござんす!!」
「開き直るなよ、このアホ侍!! ってこら、力めるんじゃねぇぇぇ!! ヘルプミー、グレム!」

 パンチ力が上がってきた為、本格的にきつくなったギンガは咄嗟にグレムに助けを求めた。だけどグレムはすぐさま目を逸らしただけだった。

「目ぇ逸らすな、ホネホネラビットーーーー!!」

 グレムは「ホネホネラビット」という称号を手に入れた!
 明らかに空気の違う三人組の盛り上がりを見て、シアンは益々憂鬱になる。彼等――反乱軍が盛り上がっている中、自分はそういう立場ではないから。全くもって望んでいない状態でこんなもの見せ付けられても辛いだけだ。
 一方でフーは呆れた目で三人を見ながら注意する。

「あのさ、遊ぶのは良いけどそろそろ動かないとやばいんじゃないの? 時間的にもうすぐアレ、始まるんだし」
「あ、そうでござんすな。それじゃ早く歌姫殿を……」

 ギンガを弄るのをやっと止めたオ=ワンはシアンの方に体を向け、近づこうとする。シアンは咄嗟に逃げ出そうとするのだけど、体が震えてしまってやや後ろに引く事しか出来なかった。
 そんな彼女に対し、フーは笑みを保ったままこう言った。

「反乱軍のリーダーはカーベルの歌に関する手がかりを持っている、と言ったらどうする?」
「……え?」
「カーベルの歌を歌えるのはシアンちゃんだけ。だけどその知識は本人から聞いた大雑把なものだけ。その一方、反乱軍のリーダーとその関係者はカーベルの歌に関して深く知っている。そしてその手がかりも握っている。……君はこの歌の完成を望んでいるんでしょ? それならこっちに来ても良いと思うけど?」
「で、でも……」
『何ふざけた事言ってるのよ、あんた! そんな事するわけないじゃない!!』

 いきなりの勧誘に戸惑いを見せるシアン。そこに彼女の腕時計に入っているアルケーがフー目掛けて怒鳴りつけた。その言葉を聞き、ハッと我に返ったシアンはぶんぶんと顔を左右に振る。
 予想してたのかフーは特に動じる様子も見せず、逆に聞き返した。

「何で君が言い返すの? これは大国と反乱軍の問題じゃない。歌姫が歌を完全に歌う為の取引に過ぎないんだよ」
『だったらホワイト隊長達をぶっ飛ばす理由が分かんないんだけど? というか屁理屈過ぎるわよ、それ』
「あぁ、バレたか。出来れば同意貰った方が反乱軍としてもやりやすいけど、時間無くなってきたからとりあえず強硬手段で行かせてもらうね」

 アルケーの最もなツッコミを聞きながらも、フーは軽くスルーしてシアンを見つめた。その何を見つめているのか誰にもとらえる事が出来ないだろう不可思議な緑と青の瞳をシアンはどうしてか目を反らす事が出来ず、彼と同じように見つめてしまった。そして、糸が切れた人形のように倒れこんでしまった。

『シアン!?』

 アルケーが彼女の名前を呼ぶものの、シアンは起き上がらなかった。

「おっし、そんじゃ連中が地下から戻ってくる前に……!」

 それを良しと判断したのか、ギンガが翼を羽ばたかせてシアンに近づいて抱える。その際にグレムが部屋の中に入り込み、周囲に小さな白色の円型魔法陣を展開させたまま部屋の中央で座り込む。
 その間にオ=ワンを先頭にしてフーとシアンを抱えたギンガは部屋から出ていった。部屋に残っているのはグレムただ一人。ソレもそのはずだ。彼はチームプレイこそ出来ない、その欠点を凌駕するほどにワンマンプレイが強いから残されたのだ。もちろんあの三人が戻ってきた時に備えてだ。
 だから暇になるけど、待つ事にした。その光景を壁の中から眺めている幽霊――ハスがいることなんて知らずに。

「何、このとんでもシチュエーション……」

 自分が遭遇した幽霊の為にシアンを探していた最中、突然起きた部屋の中での騒動にハスはため息をつく。この騒動に目が行った隙に何時の間にか彼女はいなくなってしまうし、追いかけたくても明らかに実力のある魔法使いがいる。アレが幽霊にも攻撃可能だとするとお絵描型でしかない自分はまず倒される。
 さて、これからどう動くべきか。ハスは壁の中、一人残ったグレムを観察しながら思案する。

 ■ □ ■

 たったった。たったった。
 複数の小さな黄色水晶と青いト音記号の飾りがついた緑の大き目のバンダナを頭に被った黄色い女の子――紗音は東の都レクイエムの道路を走りながら、携帯電話で文句を言っていた。といっても乱暴にではなく、涙交じりのやや俯き表情で落ち込んだものだが。

「どうして私を置いていったのさ~……?」
『だからごめんってば! ただ人一倍ファンだったあのバカが早く行かないと良い席とられるって煩くてさ、だから仕方なく先に行く事になったんだよ。今度何か奢るから許してよ』

 電話口の相手は必死で謝ってるものの、紗音は知っていた。人一倍ファンだった彼の次にアレに行きたがっていたのは電話口の相手張本人である事を。
 だけどそんな事はしょっちゅうやられてるし、彼等も悪気があってやってる事ではないのは誰よりも紗音が知っている。だから涙を引っ込ませ、一旦立ち止まると話を切り替える。

「そんな事より、もう皆はついちゃってるの?」
『お前の分含めてバッチリ良い席ゲットしてるよ。まだコンサート始まってないから今からなら迎えにいける。でも時間惜しいからタロウの乱暴運転で行くから良いか?』
「いいよ、タロウ君の運転にはもう慣れてるから」
『オッケー。念の為、俺も一緒に行くわ。場所どこよ?』

 場所と聞かれ、紗音は何か目立つ建物は無いか周りを見渡す。そしてすぐさまこのレクイエムのシンボルともいえる青と白のコントラストで立てられた見上げるほどに大きい大教会兼守護担当の屋敷が向こう側の道路にあるのが目に入った。

「えと大教会付近……」
『遠っ! よりにもよって一番奥の三番街かよ。まぁ、いいや。今から迎えに行くから待ってろよー。三番街まで来たら電話するから』

 相手はそう言って電話を切った。紗音も合わせて電話を切り、迎えを待つ事にした。タロウの運転は確かに乱暴だがスピードだけで言えば自分達のどの交通手段より圧倒的に早い為、数分すればすぐに来るだろう。コンサートに間に合うかどうかは時間的にギリギリではあるが。
 紗音はため息をついた。そもそも自分が待ち合わせ場所に遅刻した理由はそのコンサートそのものが待ちきれないのと初めて行くコンサートがこんな切ないものだったという二重の理由で眠れなかったという子供染みたものだ。おかげで友達の皆にも迷惑をかけてしまい、わざわざ迎えに来させてしまった。
 そんな自分に憂鬱になり、紗音は少しでも気を晴らそうと思ってぽつりと呟く。

「早く来ないかなぁ」

 その直後だった。すぐ近くの物陰から聞き覚えのある男性の奇声が聞こえてきたのは。

「んぎゃあああああ!!!??」

 その声は紗音がバイトしている先の中華料理店で知り合い、仲良くしてもらった男性のものだ。紗音は何事だと思い、咄嗟に物陰の方に走っていって中を覗きこむ。
 そこでは笠を被ったカービィとでかい茶碗を被ったカービィの二人組、奥には人形みたいな体をした一回り大きいカービィがいた。良く見ると大きいカービィの足元では見覚えのある白い帽子とオレンジの体――沙音の知り合いであるリクがあった。
 紗音はそれを見て、思わず声を上げた。

「な、何してるんですか!?」
「どわっ?!」
「やばっ、気づかれたでござるか!?」

 いきなり話しかけられ、手前にいた二人組は揃って声を上げた。同時に一番奥にいたカービィがいきなりジャンプし、紗音の目の前に着地する。紗音が小さな悲鳴を上げる中、布をツギハギに縫い合わされたぬいぐるみに似たカービィは彼女目掛けて手刀を振り下ろそうとする。もう駄目だと紗音は目を瞑った。だけど何時まで待っても衝撃は来なかった。
 どうしてだろうと思い、紗音は恐る恐る目を開ける。するとそこでは二人組に左右から抑え付けられているぬいぐるみカービィの姿があった。

「バカ、まち公何やってるんだ!」
「また騒ぎを起こすつもりでござるか! 漸くこの男を気絶させられたというのに!」
「~~~~!」
「文句言っても無理! というかミル公もちるもいないから何言ってるか分からん!」

 自分を他所にぎゃーぎゃー騒ぐ三人組(約一名喋れないのか、首を左右に振ってるのだが)にぽかんとし、紗音はぱちぱち瞬きするしかなかった。そんな時、その中にいる茶碗を被った男が話しかけてきた。

「あー、出来ればこの事は他言無用でお願いしたいでござる! 拙者達も事を大きくしたくないでござる!」
「え、えと……何なんですか貴方達……」
「見ての通りただの旅人でござる! だから警察とかに連絡とかは出来ればしないでほしいでござる! 今、捕まると色々面倒臭いから本気でお願いするでござる!!」
「わ、分かりました! 分かりましたから落ち着いてください、ござるさん!!」

 ござる口調の男性の勢いに負けてしまい、紗音は必死で頷いた。それを聞いた三人組はホッと一安心し、全員揃って脱力した。いきなりの事に紗音は益々ついていけなくなり、困惑する。
 だけど彼女の事なんて気にせず、三人組の中で年長と思われる三度笠の男性が深いため息をつく。

「あー、何で二連続でこの兄ちゃんに追っかけまわされなきゃならんぜよ……」
「食い逃げの恨みというものはホント心底恐ろしいでござるな。それよりも早く屋敷に行って合流しないと口煩く言われるでござるよ。特にソプラノ殿に」
「え?」

 茶碗を被った男の話を聞き、紗音は己の耳を疑った。だけど三度笠の男もぬいぐるみも疑問に思うどころか普通に受け止め、すぐさまその場から立ち去ろうとしている。
 紗音は今の言葉が理解できなかった為、確かめようと思い彼等に声をかけた。

「あ、あの! 今ソプラノって言いましたけど……もしかしてあのアイドルのソプラノですか!?」
「ん? 歌の嬢ちゃんの知り合いか? 何か口出ししたいイベントがあるから、早くそっちに行きたいって愚痴ってたけど」
「……え、それじゃつまりソプラノちゃん……生きてるんですか!?」

 三度笠の男の答えを聞き、紗音は驚愕と歓喜の入り混じった声を上げた。少し前のニュースでは否定の魔女が引き起こしたダイダロスの軍勢により支配されたサザンクロスタウンにソプラノが滞在していた事が発表された為、自分やテレビ局含めてほとんどの者は彼女が死亡したものだと解釈していたから、寝耳に水だった。
 そんな彼女に対し、和風の二人組はソプラノについて更に付け加えてきた。

「生きてるも何も、めっちゃピンピンしてるぜよ」
「マイクでダイダロスの軍勢ぶっ飛ばしたぐらいでござるからな。アレ聞いた時はこっちが死ぬかと思ったでござるよ……」
「あ、あのあなた達って一体何なんですか……?」
「~~~~~!!」

 ソプラノの事を明らかに知ってる二人に紗音が尋ねようとした矢先、突然ぬいぐるみのカービィが何時の間にか取り出した古い大型の携帯電話に似た通信機を出して三人に割り込んできた。
 何事だとこちらが驚いていると、ぬいぐるみのカービィは通信機の画面を三人に見せつけた。そこにはとんでもない事が書かれていた。

『エメラルド卿による罠により、ホワイト隊長、ソプラノ、ローレンの計三名が転送魔法によって地下大聖堂に飛ばされた。またフー・スクレートの裏切りが発生。及びに三日月島にて接触した反乱軍三名とも接触。シアンが誘拐される。目的地不明、ただし時間制限があるらしく現在急速で車で向かっている。色々分かり次第随時連絡する。byアルケー』

 その内容は部外者の紗音から見てもただ事じゃないのは分かった。事実、当事者である和風の二人組は少なからず動揺するものの現状をすぐさま把握した。

「……おいおい、歌の事で何か起きるとは思ってたがまさかこんなすぐだったとは思わんかったぜよ」
「恐らく守護担当代理も反乱軍だったのでござろう。……どちらを行くでござるか?」
「ホワイトグループは放っておいてもいける。それより狐の嬢ちゃんの救出が先決だ。連中を追いかけないとやばい」
「だが場所が分からぬ以上、やみくもに動くのは体力の消耗でござる」

 先ほどとは一転し、どう動くか話し合う二人に紗音は別世界の人物を見ているような錯覚を感じた。そんな時、目の前にぬいぐるみカービィがずいっと出てきて通信機の画面を指差しながら寄ってくる。その行動に紗音は引きそうになるものの向こうが必死で何かを訴えているのを見て、紗音は何事かと思いながら尋ねる。

「~~っ! ~~っ!!」
「えと……何か知らないかって聞いてるんですか?」
「(こくこくこく!!)」
「そんな事言われても今日、コンサートがある事ぐらいしか知らないのですが……」

 そこでふと思い出す。そういえば今回のコンサートってちょっと急ではなかっただろうか? 本来なら色んなユニットによって開催されるただの大型コンサートだった筈なのに、一週間前かそこらに急に予定を変更して今回の形のコンサートに変えてしまった。最初はニュースの事もあって納得していたのだけどソプラノ生存の事実を知った今、何か不自然さを感じた。
 まさか、と紗音が疑問を不審に感じたその時だった。屋根の上から女性の声が聞こえてきたのは。



「幻想空間「水上庭園」発動!!」



 直後、リクを含めた五人の周囲が唐突に変わった。先ほどまで狭い物陰にいたはずなのに、何時の間にか大きな丸い足場の上にいた。その足場の周囲は巨大な湖となっており、よく見るとチラホラ周囲に自分等の足場と大きさは異なるものの丸い足場が沢山見られた。その中で一番大きい北にある足場(幻想空間から見て中央)にはどうしてか縦長の机とそれに見合った複数の椅子が置かれていた。
 その椅子の一つに一人のカービィが座っていた。雫型の宝石を幾つも組み合わせ、二つのリングで整えている大きなティアラを身に着けた水色の女性だ。その両手には二つの茶色のロッドを丁寧に持っている。
 和風の二人組とぬいぐるみカービィは咄嗟に前に出て、紗音と未だ気絶中のリクの盾になるよう行動する。
 そこにタイミングを見計らっていたのか、女性は椅子から立ち上がると一同の方に体を向けてご丁寧に自己紹介する。

「始めまして。オリジナル・カービィ大帝国関係者の皆々様、私は反乱軍所属のシズクと申します」
「……その声、幻想空間ぶっ放した嬢ちゃんだな。水関係の魔法使いか能力者ってところか?」
「どう推測しようがあなた方の勝手ですよ、タービィさん」

 シズクは特に動揺する素振りも見せず、それどころか三度笠の男の名前を当てて見せた。タービィは内心驚くものの三日月島での戦いの事を思い出し、すぐに冷静さを取り戻して聞き返す。

「何でオレっちの名前を? あぁ、仲間から聞いたって奴か?」
「はい。タービィさんとチャ=ワンさんの親しいご友人方から聞きました」

 親しいご友人方。普通に考えて同国の者であろう。タービィは誰が反乱軍にいるのか推測しながらも、シズクに対する警戒心を強めていった。
 その一方、話を聞いていたチャ=ワンは軽く表情を歪ませながら呟く。そこに話についていけない紗音が尋ねる。

「オ=ワンだけではないのか。反乱軍に所属している武士は……」
「あ、あのござるさん。これ、一体どうなってるんですか? 何か凄い事になってるんですけど」
「簡単でござる。お嬢さんは戦いに不運にも巻き込まれてしまったのでござるよ。……失礼ながら質問するでござる。お嬢さんは戦いに経験はあるでござるか?」

 逆に真剣な声色で背中を向けられたままチャ=ワンに問われた紗音は一瞬言葉を失いそうになるものの、「いいえ」と答えた。その答えにチャ=ワンは少し沈黙するものの「そうでござるか」と返した。
 そしてチャ=ワンは大きな声を上げた。

「この空間にいる反乱軍達に告ぐ! そなた等の目的は大国からの支配を取り返し、真の国を手にする事!! それならばここにいる女子とオレンジの男は拙者等と無関係の立場にある! この者達に危害を加える事はどちらにとってもメリットが無い!! ならば、早急にこの二人を幻想空間から脱出させる事を要求する!!」

 その要求はタービィ側からすれば尤もなものである。紗音とリクは全くの無関係で巻き込まれてしまっただけである。しかも紗音の方は戦闘慣れしていない民間人だから尚更だ。
 だからこのように申し立てたのだが、自分等のいる場所とシズク等のいる場所から離れて東側から男の異議が入った。

「残念ながらきゃーっか!! 情報を保有している可能性があり、尚且つ主張としては何の証拠も無い発言……悪いけど信じる事は出来ないな!! 疑わしきは全て罰せよって言葉知らない?」

 その声を聞き、一同はそちらに顔を向ける。そこには右方向に横被りした状態で茶色のベルトで固定している黒灰色の帽子を被った暗い緑の体と橙色の足を持つ男が腕を組んで立っていた。
 ツギ=まちはその男に見覚えがあるのか、バタバタと両手両足動かして驚きを示す。男の方も分かりやすく表情をゆがめ、愚痴をもらした。

「~~~っ!!」
「ゲッ。アレって銃の戦乙女の相方じゃねーか……。おいおい、あいつと撃ち合うのはもうゴメンだぞ」
「ゼネバトルさん、彼の報告では銃器狂は現在タワー・クロックにいます。だから心配しなくても大丈夫だと思いますよ」
「わーってる。ただこの後の展開を考えちまっただけさ」

 シズクの口出しに男ゼネバトルは軽く答える。
 その最中、チャ=ワンは刀を抜き取って構える。タービィも何時でもコピー能力が使えるように構え、チャ=ワンもファイティングポーズを取る。何時でも攻撃に備えられるように準備したのだ。
 益々日常とは空気が違う世界になってきて、紗音の頭がグルグルと困惑する。ただ分かるのは今が非常にやばい状態であるという事だけである。待ち合わせに遅刻しただけだというのに、こんな仕打ちなんてありなのか。
 そんな中、タービィとチャ=ワンが背中越しに紗音に話しかけてきた。

「すまん、見知らぬ嬢ちゃん。……こんな戦いに巻き込んじまって」
「本当に申し訳無いでござる。だからちょっと待っててほしいでござる。……すぐ終わらせるから」

 紗音に優しく言った後、チャ=ワンは目を鋭くしてシズクに向かって睨みつける。シズクは動じる素振りも見せず、両手それぞれに二つのロッドを手にして戦いに備えた。



 次回「反乱軍との戦い」




  • 最終更新:2014-06-15 18:25:15

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